25.終わり
夜の闇に包まれた春日部山の中を、走る人影が一つあった。
ボーン・キングは痛む身体を引きずり、ボロ同然の衣をまとって、激しく息を切らしながら駆けていた。
「くそ………予想外なことばっかりや。なんでおかんまで、出てこなあかんねん………」
それらさえなければ、自分の復讐は簡単に果たせていたはずなのに………!
足がもつれ、キングは地面に倒れ込んでしまった。口の中に砂が入ってくる。
「くっ………」
顔を上げたキングは、目の前に覆いかぶさるようにして立っている小さな影に気づき、一瞬ぎょっと目を見開いた。
「………なんや、お前か。」
思わず安堵のため息がこぼれる。そんなキングの姿を見下ろしながら、少女の無表情な声が、その場に響いた。
「ずいぶん手ひどくやられたようですね、ボーン・キング。」
「ふん、こんぐらい何ともないわ。………そや、ちょうどええ。安全に隠れられるようなとこに連れてってくれや。少なくともおかんがいなくなるまでは、わいは隠れとった方がええからな。」
影は何も答えなかった。───代わりに、音もなくすうっと、キングのすぐそばへ歩み寄った。
キングは身を堅くした。何をする気だ?
しかし影は、別段何もせずにキングのそばを通り過ぎた。
「───役立たず。」
次の瞬間、キングの全身から炎が上がった。
キングは束の間、ぽかんとして自分を見つめた。………そして、絶叫し、転げ回り、何とかして身体を呑み込む炎から逃れようとした。
しかし、火の勢いは強かった。みるみるうちに、キングの骨が黒く変色していく。
「ぐあぁっ!………何で、何でやっ!?わいが何をしたって………」
「キングさん。───あなたは、約束を破りましたね。」
感情を一糸も交えずに、声が静かに言った。
「や、約束?そんなもん………」
「風間トオルに、直接には手を出さないという約束です。」
一瞬、その場に沈黙が満ちた。
「で、でも………風間トオルは死んどらんやろ!?わいが撃ったんは、おかんやったんや!」
「あなたはそれを分かっていたわけじゃなかったんでしょう?」
声は冷ややかに言った。
「もう少し使えるかと思っていたのですがね………残念ですよ、ボーン・キング。」
キングはさらに何か言おうとした───が、焼けた骨が一挙にがらっと崩れ、灰に変わり、キングの身体は崩された積み木の城みたいに、一気にぺっちゃんこになった。
影はそちらに目を向けようともせず、しばらくじっとたたずんでいたが、ふところから何かを取り出して操作し、小声でしゃべり出した。
「私です。───はい、ボーン・キングはダメでしたが…さっき始末しました。……あのロボットたちは、使えるんじゃないかと………」
タイムマシンで家に到着した途端、みさえは泣き出した。ひろしがみさえの肩を抱くようにしながら、キッドたちに何度も礼を言っている。
春日部はもう、すっかり元通りになっていた。ネネたちも、吸血鬼化された人々も記憶を消され、みんなキッドたちの手によって家に帰されている。明日の朝になれば何事もなく目覚め、いつも通りの日常が始まることだろう。
ボーン・クイーンは歌を歌い終わると、忽然と姿を消していた。
もう時刻は真夜中になっていたが、しんのすけとトオルはこれまでになく目がさえていた。───王ドラが即行で調合した薬品のおかげで、トオルはもう男の子に戻っている。
静かな夜を取り戻した春日部を窓ごしに見つめているうちに、命からがら逃げ出したあの日が───ドラえもんズのメンバーたちに助けてもらった時のことが胸に迫ってきた。
「ひま、おうちにやっと帰ってこれたゾ。」
しんのすけが呟くと、しんのすけの腕の中でひまわりが首をよじり、こちらを見上げた。その目に明るい色があるのを見て、しんのすけは心が温まるのを感じた。
「みんな。」
不意に呼ばれて、キッドたちは振り返った。
トオルが何だかもじもじしながら、こちらを見つめて立っている。
「みんな………」
トオルは口ごもった。
自分が何を言いたいのか、不意に分からなくなってしまったのだ。胸にあふれている思いがあまりにもたくさんありすぎて、何と言ったらいいのか分からない。
ようやく口から出たのは、とても単純な言葉だった。
「───ありがとう………」
言ってしまうと、急にふっと楽になった。
キッドたちは顔を見合わせたが、何に対するお礼なのか問おうとはしなかった。
「これから、色んなことがあるんだろうな。」
キッドがトオルとしんのすけを交互に見つめながら、言った。
「でも、お前らならきっと、俺たちに負けないくらいの親友どうしになれるぜ………仲良くするんだぞ。」
二人の顔に笑みが浮かぶのを見て同じようににっこりしながら、キッドたちはゆっくりと身体の向きを変え、タイムマシンが置いてあるタイムホールへと向かい始めた。───が、突然、ドラリーニョがくるりときびすを返した。
「ドラリーニョ、どうしたであーるか?」
慌てて止めようとするドラメッドの手を、ドラリーニョはやんわりと振り払った。
「みんな、ちょっとだけ待ってて。」
そう言ってから、ドラリーニョはトオルに近づいた。右手を後ろに回して、何かを隠しているような格好をしている。
「はいっ、これあげる!」
ドラリーニョはトオルの鼻先に、背中に回していた右手をぐっと突き出した。───けげんそうな顔をしていたトオルの目が、大きく見開かれる。
そこにあったのは、ドラリーニョが首にまいているものとそっくりな、小さいサッカーボール付きの首輪だった。
「これ………」
息を呑んだトオルに、ドラリーニョは無邪気なにこにこ顔で言った。
「これあげるから、トオル、僕のこと忘れちゃダメだよ!僕もトオルのこと、忘れないようにするから!!」
「ドラリーニョ………みんながドラリーニョみたいに物忘れが激しいわけじゃないんですよ。」
呆れかえった王ドラの声。ドラリーニョはえへへと照れ笑いを浮かべ、それでもちゃんとトオルに首輪を押しつけて、みんなの元に戻った。
「ばいばーい、お便器で〜。」
「たいや〜い。」
しんのすけとひまわりが、タイムホールへ消えていくキッドたちの背中に声をかけた。
最後にドラリーニョがタイムホールによじ登った時、トオルは思わず叫んだ。
「ドラリーニョ!」
ドラリーニョはくるっと振り向いて、トオルと視線を合わせた。トオルは何と言うべきか、また迷っているような顔をしていたが、やがて、大声で言った。
「ドラえもんさんに、よろしく!」
ドラリーニョの顔に、真夏の太陽のような明るい笑みが浮かんだ。
その笑顔のまま、ドラリーニョはタイムホールの中、仲間が待つ所へと、入っていった。
〈おわり〉
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