12.落ちた先には
酢乙女あいは敗北の屈辱を味わいながら、床に横たわっていた。
もう意識は戻っている。黒磯もあと少しすれば、目を覚ますだろう。
野原一家とトオル、そしてあのいまいましいタヌキロボットたち(あいはいまだに彼らがタヌキだと信じていた)は、既に下への階段を下りていった。
でも、今度はそう簡単にはいかないわよ。
あいは思わず、にやりとなった。
次の階で待ってるのは、あい以上の力を持つ四天王たちばかりなのだから。
しかもあの『地獄』の戦場で、彼らが生き残れるとは、到底思えなかった。
その頃、キッドたち一行は階段を降りきって、部屋に通じているらしい大きな扉の前に立っていた。
「ここに、二人目の四天王が待ってるんだな…よし、みんな行くぞ!」
ところが、返事が返ってこない。どうしたのかとキッドが振り向くと、みんな何だか妙な顔をしている。
「おいおいどうしたんだ?まさかここまで来て、怖気づいたって言うんじゃないだろうな?」
励ますように声をかけると、王ドラが少し心配そうな声で、キッドに囁いた。
「実は…マタドーラがまだ……」
振り返ったキッドの視線の先に、がっくしとうなだれてのろのろついてくる、エル・マタドーラの姿が目に入った。その傍らでドラメットが、どう声をかけたらいいのか分からないらしく困った顔をしている。
なるほどな。キッドは一人うなずいた。マタドーラは可愛い女の子が大好きだが、その分自分が男らしくあることを意識する。『男の美学』と言い張って、なぜかドラ焼きを剣に串刺しにして食べていたりするほどだ(それを見るたびに、キッドはいつも食べにくそうだなと思う)。
だからこそというか、彼は女装した男が大の苦手だ。それなのに自分のパワーアップした姿が女の子だったと聞いて、まだショックから立ち直れないでいるのだった。
「マタドーラ!そう落ち込むな!すぐに次の敵との闘いが始まるんだぜ!沈んでる暇はないんだ!!」
わざと叱りつけるように叫ぶと、キッドはドアを押し開けた。どんな光景が待っているのかと、内心ハラハラしながら。
しかし、その心配は無用だった。
なぜというに、彼はその扉の向こうを見ることができなかったからだ。足元の床が、一瞬で消滅したために。
「!?」
ドラメットが絨毯を出す間もない。ぽっかりと開いた穴に、一同は呑み込まれるようにして落ちていった。
「た、高い所、怖〜い!」
叫んで王ドラにしがみつく、高所恐怖症のキッド。
「わっ!ちょ…離して下さいキッド!!」
背は低いものの、様々な高度な部品とオイルが体内につまっているために、ネコ型ロボットの体重はかなり重いものだ。
そんな重たいキッドにしがみつかれ、自分のも合わせて重さがダブルになったのだから、たまったものではない。王ドラはキッドと一緒に、超スピードで落ち始めた。
「うわあああああぁぁぁ………」
王ドラとキッドの悲鳴は、あっという間に遠ざかっていってしまった。
ドラリーニョは相変わらず能天気なもので、
「ばいばーい、王ドラ、キッドぉー!」
「まったくドラリーニョは…それ、空飛ぶ絨毯であーる!」
「よっしゃ、みんな乗れぇ!」
「おー!」
さすがに活気を取り戻したマタドーラの大声に応じ、みんなまさに火事場のバカぢからとでもいうべきものを発揮した。どうやって空中を動いたのか、全員が無事に絨毯の上に転がり込んだのである。
ところが…。
「あれぇ?ドラメット、これさっきよりちっちゃくない?」
ドラリーニョに言われ、ドラメットははっとした。
しまった!間違えて、通常サイズを出してしまったのだ!!
そして、当然のごとく………。
「定員オーバーであーる!」
「ギャー!!」
絨毯はしんのすけたちの重みに耐えられず、ぐにゃりとなり、放り出されたみんなは再び落下することになった。
みさえは思った。も、もしかして、私たちこのまま死ぬの!?嫌よ!こんな若さ(!)で死ぬのは!!
せめてひまわりとしんのすけだけは………。
バシャーン!
「ぶわっ!水!?」
一同は突然、ひんやりした水面に叩きつけられた。
一瞬息がつまるほどの衝撃が来たが、幸いそう深くない。大人なら、足が余裕でつくぐらいの水深だ。すぐにみんな、水面から顔を出した。
ちなみにネコ型ロボットは、重いながらもちゃんと水には浮けるようになっている。
「な、何でいきなり水が…?」
「さあな。でもおかげで助かったぜ。」
そう言ってぷっと水を吐き出したマタドーラの口から、一緒に入れてしまったらしい小さな魚も飛び出してきた。
「そうね、よかったわ。下が水だったなんて…」
みさえがほっとしたように言う。
ところが、一人、助かってない者がいた。
「水怖い水怖い水怖い!」
「うお!ドラメットのこと忘れてた!こいつ水嫌いなんだよ。」
「そうなの?」
それにしてもこの怖がりようは、しんのすけたちの目から見て尋常ではなかった。この何の変哲もない水に、ネコ型ロボットたちの中でも最も落ち着いていると言えるドラメットを取り乱させる、どんな要素があるというのだろう。
水の中でわたわたしているドラメットを助けようと、マタドーラとドラニコフが近寄りかけたが、それより早く、ドラメットの身体が下からぐうっと持ち上げられた。
「んもー、ドラメットったら本当に水が怖いんだね!」
「ド、ドラリーニョ…助かったであーる……」
ドラリーニョは無邪気な表情で、息もたえだえのドラメットを頭に乗せていた。
するとその時、
「おーい、お前らー!」
「大丈夫ですか?」
振り返ると、岸辺に王ドラとキッドがいて、みんなを手招きしていた。
「やれやれ、何とかまた集まれてよかったぜ。」
マタドーラがため息をつきながら言った。
「まったくだ。でもよ、ここって…
遊園地じゃねぇかぁ!」
キッドの言う通り、彼らが今いるのは広大な遊園地の中だった。あの塔の中に、こんな所があったのかと驚いてしまうような広さだ。
みんなが落ちたのは、園内にある大きな池の中。キッドと王ドラもここに落ち、這い出て自分たちのいる場所にびっくりしているところへ、しんのすけたちが落ちてきたというわけであった。
「でも何でドア開けたら、床に穴開いたんだろ?」
「多分そういう仕掛けだったんだよ。罠なんだ。僕たちをここへ、おびき寄せるための。」
首をかしげているしんのすけに、トオルが説明している。
「恐らくトオルくんの言う通りでしょうね…敵は我々をハメて、ここへ連れてきたのです。でも、何のために?」
王ドラの顔もまた、疑問符でいっぱいという感じになっている。他のメンバーは考え込み、黙り込んでしまった。こんな所へ連れてきて、一体何を考えているのだ?かえって不気味に感じられてくる。
「あー、分かった!」
「!ドラリーニョ?何は分かったであーるか?」
ドラリーニョは常に変わらぬニコニコ顔で、みんなに自分の考えを述べた。
「あのね、あんまりマタドーラが落ち込んでるから、敵の人が心配になっちゃったんだ。それできっと、ここで遊んで元気出せるように………」
「絶対違う。」
ドラリーニョの究極に楽観的な考察に、ドラえもんズのみならず、野原一家とトオルとシロまでもが断固否定の意志を表明した。
「そんなお気楽に考えないで下さい、ドラリーニョ。」
「そうだぞ。敵は十中八九、俺たちを破壊するつもりだ。そんな親切心を見せてくれるわけないだろ。きっとここにも何か、危険な罠が…」
『よく分かったね。』
突然空から降ってきた声に、一同は仰天して振り仰いだ。
ちょうど真上、地上3メートルぐらいの高さに、マイクみたいなのがふわふわ浮いていた。
「何だありゃ、マイクか!?」
マタドーラの声に答えるかのように、再びそのマイクみたいなのの中から声が響いてきた。遊園地中に響き渡るような、大きく増幅された声だった。
『ここには吸血鬼四天王と、その仲間の人たちがいっぱいいるよ。それに遊具の一つ一つには、恐ろしい仕掛けが施してある………命が惜しかったら、乗らないことだね。でもまあ、乗らなくたって僕たちが始末しちゃうけど♪』
「んだとぉ、てめえ!」
いきり立ったキッドが怒鳴った。もし空気砲があれば、ためらわず撃っていただろう。マイクからの声には、明らかに軽蔑の感情が含まれていた。
一方王ドラは、全然別のことを考えていた。この声、本物の声じゃないな。妙に電子チックだ。とすると、やはり野原さんたちやトオルくんの、よく知っている人物なんだろうか………。
『じゃ、そろそろお話は終わりにしよう。せいぜい頑張ってね♪』
最後にバカにするような笑い声を残し、マイクは空を飛んであっという間に消えてしまった。
「畜生!バカにしやがって!!」
「まったくだぜ!!」
怒りっぽいキッドとマタドーラが、顔を真っ赤にしている。ドラニコフも珍しく腹を立てたのか、さっきからマフラーの下でうなり声を上げている。一方、王ドラとドラメットは冷静だった。
「これは遊んでいる場合などではありませんね。宣戦布告を受けた以上は…」
「命がけで闘うしかないであーるな。」
「そうだそうだ!闘おうぜ!」
「目にもの見せてやる!!」
「ワウー!!」
「わ、私たちも協力するわ!」
「おう!できる限りでな!!」
「オラもおケツを貸すゾ!」
「それを言うなら『手を貸す』!」
「お?いつからそーなったの?」
全員が来たるべき闘いに、それぞれの闘志を激しく燃やし始めていた。その様子を、くすくす笑いながら眺めていたトオルだったが………。
ふと、おかしなことに気づいた。
「あれ?」
ドラリーニョだけが、みんなの輪に加わらず、ぼーっと遊園地の方を眺めているのだ。
「ドラリーニョさん?どうしたしたんですか。」
近寄り話しかけると、ドラリーニョはゆっくりとトオルの方へ顔を向けた。あ、この人瞳孔開いてるとトオルが思った瞬間…。
「いやああああああああああああ!」
「わあああああ!?」
ドラリーニョの爆発するような絶叫に、トオルもつられて叫んだ。
何?何があったの!?
「ドラリーニョ?」
ドラメットたちも、怪訝そうにこちらを見る。するとトオルが固まっている周りで、ドラリーニョがぐるぐる走り回り始めた。
そのスピードときたら………チーターもびっくりして降参するだろうというほどのものだったのである。トオルは自分の周りを回っている、黄緑色の帯しか視認できなかった。
「おいっ、ドラリーニョ、どうしたんだ!」
キッドが叫ぶが、ドラリーニョが余りにも速過ぎて近寄れない。そして走り続けるドラリーニョは、ずうっと同じことを叫び続けていた。
「やだやだやだやだやだやだやだ…」
「?やだ?何が?」
みんなの言葉が聞こえているのかいないのか、ドラリーニョはさらに予想外の行動に出た。
ガシッ!
「へ?」
トオルはきょとんとなった。いきなり身体をつかまれ、持ち上げられたのだ。
ドラリーニョだった。
「え…あ、え、えーっ!!?」
もがく暇すらない。トオルを頭上に持ち上げたドラリーニョは、今度はぐるぐると円状にではなく、お尻に火でもついたのかと思えるような勢いで、一直線に爆走を開始した。
「うわあ!」
「どうしたであーるか、ドラリーニョ!!」
爆走の勢いで生まれた風にあおられ、ひっくり返りそうになったドラメットたちが叫ぶ。それへドラリーニョもまた、叫び返して答えた。
「遊園地に来たのに遊ばないなんて、僕やだーっ!!!」
「はあぁ!?」
それっきりだった。
ドラリーニョの姿はあっという間に、ジェットコースターのある辺りへと、消えてしまったのである…。
「…よっぽど遊びたかったんだな。」
「ああ。」
ドラリーニョが水面を走った時に(ドラえもんズ一の運動神経を誇る彼には、そんな芸当も可能なのだ)巻き上げられた水しぶきを浴び、びしょびしょになったキッドとマタドーラが言った。
「風間くん…連れてかれちゃった……」
しんのすけもまた、ぽつりと呟いた。
ドラリーニョの思わぬ暴走に、闘いのことなど、全員の頭の中から吹っ飛んでしまっていたのだった………。 |