11.心に平和を!?
(く…こいつ、本当にパワーアップした!?)
酢乙女あいは、痛みをこらえて立ち上がった。吸血鬼の回復能力のおかげで、身体の痛みはそう長く続かなかったものの、心の動揺はなかなか取り去ることができなかった。油断していたとはいえ、あの攻撃をまともに食らってしまうとは………。
それでも、こいつらを倒さなければならない。それが命令なのだから。
それに……。
「…フフフ。」
「!」
あいの笑い声が、しんのすけたちの歓声をぴたっと止めた。
「なかなかやるじゃありませんの………でも残念でしたわね。
こっちは、一人じゃないんですから♪」
「何!?」
ドンッ!
キッドが聞き返すのとほぼ同時に、後ろの天井辺りから飛んできた衝撃波が、ドラニコフを直撃した。
「ギャウッ!」
「あ!ドラニコフ!!」
苦しげに叫んで床に倒れたドラニコフを、ドラリーニョが慌てて抱き起こす。
「てめえ、何しやがる!」
キッドが怒りの声を上げて、衝撃波の飛んできた方向にこぶしを振り上げた。
天井近くに浮いている男が一人いた。そして彼もまた、野原一家にとって見覚えのある人物であった。
「黒磯さん!」
「んん?こいつも知り合いなのか。」
「ええ、あいちゃんのボディーガードをやってる人なんだけど…」
「ボディーガードですか…なるほどね。」
王ドラが、鋭い目つきで黒磯をにらむ。
「よくも私たちの仲間を!しかも背後から不意打ちなどという卑怯な手を使うとは、許せませんよ!アチョー!」
王ドラの手からぬんちゃくが飛んだ。しかし黒磯はするりとかわし、ぬんちゃくは壁に傷をつけただけであった。
「ちっ…」
「卑怯でも結構です。我々はどのような方法を使ってでも、野原さんたちを仲間にせねばならないのですから。」
無表情な声で、平坦にしゃべる黒磯。
「…そしてそれを邪魔するあなたたちには、たとえ卑怯な手を使ってでも消えてもらわなきゃいけないってわけですわ。」
あいの声も、同じくらい無機質だった。聞いていて、みさえとひろしは思わず寒気がしたくらいだ。
「…そんなの、ひどいわ。」
「え?」
あいと黒磯は、声のした方へ顔を向けた。
エム・マタドーラが立ち上がっていた。
「どうして無駄に争おうとするの?どうして無駄に誰かを傷つけるの?分からない…あたしには、あたしには理解できない!」
エム・マタドーラの声は、さっきのあいの冷たい声と同じものだとは思えないほど、悲しみに満ちていた。キッドたちも思わず、胸がずきんとしたほどだ。
しかしあいの心までは、届かなかったらしい。
「うるさいですわね、さっきからごちゃごちゃと!これでくたばりなさい!!」
あいがさっと手を上げる。すると空中をふわふわ漂っていた宝石たちがぴたりと動きを止めたかと思うと………キッドたちめがけて、一斉に襲いかかってきた!
「うおわ!いて!これいてえ!」
「アチョーッ、アチョーッ!…あだ!やっぱりダメです!」
ぬんちゃくを振り回していた王ドラは、宝石を打ち砕いたものの、その飛び散った破片に腕を傷つけられてしまった。これではキリがない。
「危ないっ!」
ドラリーニョが突然叫び、しんのすけを突き飛ばした。
「おわ!…あ!ドラリーニョ、耳が……!」
起き上がったしんのすけが思わず大声をあげた。宝石の破片にかすられ、ドラリーニョの耳のてっぺんが、少し欠けてしまっている。
ドラリーニョはちょっと耳に触ってみたが、すぐに笑顔になった。
「大丈夫大丈夫、これぐらい。全然痛くないもん!」
「ドラリーニョ、しゃべっている場合ではないであーるよ!」
ドラメットが叫ぶ。彼は一人、小型の絨毯に乗って、部屋の中をあっちこっちと猛スピードで飛び回っていた。
そのすぐ後ろには、同じくすごいスピードで追いかける宝石の大群が!
どうやら宝石たちは、キッドたちだけを攻撃しているらしい。しんのすけたちを傷つけるつもりはないのだ。
「あ!ドラメットが大変だ!!」
と叫ぶと。ドラリーニョはふところから取り出したボールを、力をこめて蹴った。
ドシュンッ!
ボールは勢いよく飛んでいき、宝石の大群の中へと突っ込んだ。素早くかわされてしまったので破壊することはできなかったが、少なくともドラメットから引き離すのには成功した。
「ガウー!ガウー!!」
ドラニコフはコサック風の動きで、意外と素早く宝石の動きを回避していた。できるならば丸いものを見て狼に変身し、火を吹いてこの宝石たちを一掃したいところだが、四次元マフラーから何か出そうとしている間に、攻撃の餌食になってしまうだろう。
あいはなかなか相手をしとめることができないので、イライラしてきていた。
「しぶといですわね………そうだわ、あのエム・何とかって奴はどうかしら?」
いくら力が強いとはいっても、この無数の宝石たちのスピードについていけるとは限らないはずだ。
あいは期待の目を、エム・マタドーラのいた辺りに向けた。きっと今頃は、ずたずたになって倒れて………
いなかった。
「ええ!?嘘!」
エム・マタドーラは無傷のまま、そこに立っていた。左手に持った赤い布みたいなのを振り回している。なぜかそれが近づくと、宝石たちは皆方向を変えていってしまうのだった。
そしてなぜか、右手には絵本を持って読みふけっているのである。
「お…お前、やっぱヒラリマントは持ってたんだな!!でも何その絵本?」
「まあマタドーラといえば、ヒラリマントですからね…」
息を切らしながら、キッドと王ドラが苦笑した。
しかし、そこに隙が生まれた。
ガシュッ!
「がっ!」
宝石数個の直撃を背中や腹に受け、キッドと王ドラは痛みにひっくり返った。
「二人とも!」
ドラリーニョが助けに向かおうとするが、自分がよけるので精一杯だった。ドラメットも再び宝石たちの追跡を受け、ドラニコフは…もうコサック風を放棄して全力疾走している。野原一家も、宝石たちに囲まれたまま動けずにいた。うかつに動いたら、さっきのトオルみたいに宝石化されてしまうだろう。
「まず二人…」
あいの不気味な笑いと共に、宝石が地面に倒れた二人に向かって降り注ごうとしていた。
「キッド!」
「王ドラ!!」
二人の名前を呼ぶ声が、室内にむなしく響き渡った………。
ブオン!
「………え?」
あいと黒磯は、わけが分からずにぽかんと立ち尽くした。
部屋の中が……変わった?
いや、そこはもう、部屋ですらなかった。地面には青々と草が生え、花が咲き、周りにはいくつもの木々。爽やかな香りのする風がそよぎ、そして空は、きれいな青色をしている。
森。一言で表せば、ここはまさに森の中であった。
それはいいとして、なぜいきなりこんな所へ来てしまったのだ?まさかバトル中に夢を見るわけもあるまい。
「何なの、ここは一体?」
「さあ…」
「…ここは、絵本の世界。あなたたちをあたしの絵本の中へ、招待したのよ。」
「!?」
声のした方向を振り返ると、エム・マタドーラが立っていた。
そしてその後ろには、野原一家にドラえもんズの姿。キッドと王ドラは、ドラメットたちに助け起こしてもらっていた。
「え、絵本の世界ですって?そんなはず…」
「本当のことよ。そして悪いけど、ここじゃあなたたちの力は無に等しい。この世界は、あたしの意のままなの。」
「何を言ってるの?そんなはずないわ!!」
あいは鼻で笑って信じようともしない。そんな彼女に、エム・マタドーラが静かに言った。
「信じられないって言うんなら…
証明してあげましょうか?」
「え?」
あいは目を見開いた。
いつのまにか、マタドーラの手に一つの宝石が握られている。きれいな青色の、サファイアだ。
そう、トオルが宝石に変えられた姿だった。
「何をす…」
あいが言いかけた、次の瞬間。
ボンッ!
煙が突如、立ち昇ったかと思うと、
「うーん………あれ?何ここ?」
中から、地面に座り込んだ体勢のトオルが現れていた。きょとんとした表情で、同じくらいびっくりして固まっているあいと黒磯、それにキッドたちを見回し、最後にすぐそばに立っている人物に気がついて、びくっと後ずさった。
「え?あ、あいちゃんが、ふ…ふた……!?」
「おおーっ、風間くんが戻ったゾ!」
「そんなバカな…」
しんのすけの歓声に、あいの呆然とした呟きが重なる。酢乙女あいにそっくりな少女は、トオルをなだめるような口調で言った。
「ご安心を。あたしはエム・マタドーラ、あなたを助けてあげただけよ。」
「エム………ってこの人、マタドーラさんなの!?」
やはりトオルも、キッドたちの負けず劣らずびっくりしたらしい。呆気に取られてその少女を眺めているばかりだ。
このままではマタドーラと一緒に、敵の攻撃を受けかねないとでも思ったのだろう、王ドラが呼びかけた。
「トオルくん!あとの闘いはマタドーラに任せて、早くこっちへ!!」
「え…あ、は、はい!!」
王ドラの言葉の言わんとしているところを察知し、トオルは転がるようにしてしんのすけたちの元へ駆け寄った。たちまちシロが、嬉しげに吠えて飛びつく。
「黒磯!何をぼやっとしているの!?早く衝撃波を…!!」
あいがお嬢様らしくもない金切り声を出した。しかし黒磯は青白い顔をさらに青くして、震える声で答えた。
「も、申し訳ありません、お嬢様…しかし、出ないのです、衝撃波が。」
「嘘でしょう!!?」
嘘ではなかった。あいも衝撃波を放とうとしたが、手の平からは何も出てこない。それどころか、身体が思うように動かないようだ。息苦しく感じられる。
そんな…。ここは本当に、奴の意のままなのか?
「…でも何だかんだ言って、すごいですよ、あのマタドーラは!」
「もしかしたら、このまま勝てるかも知れないであーる!!」
王ドラとドラメットの表情にも、明るいものが蘇ってきた。
「さあ、現状が理解できたかしら?」
「な、何をするつもりよ!」
あいは自分の声に怯えた調子が混じるのを、どうしても止められなかった。
「別に手荒なことはしないから、大丈夫よ。…あなたたちのすさんだ心に、平和を送ってあげるだけだから♪」
「?………!!」
最初、わけが分からないという表情をしていたあいと黒磯の顔が、驚愕の色に染まった。なんだ、これは?
熱い。
ちょうど心臓の辺りが、異常なほどに熱くなってきていた。それに呼応するかのように、鼓動も激しくなっていく。
ズギュン!
次の瞬間、胸にものすごい衝撃が来た。外からではない。体内からのものだ。まるで弾丸で心臓を打ち抜かれたかのような衝撃に、あいは身悶えした。
「う…苦…し…」
ズギュン!
もう一度来た。
今度はこらえきれず、あいは地面に倒れた。視界がだんだん、霧に覆われるように薄れていく。
それと同時にものすごい熱さが身体中に広がり、あいの意識は闇の中へと落ちていった………。
「…でさあ。」
キッドが少し、ためらいがちな口調で切り出した。
もうあのメルヘンチックな森の中ではない。あいと闘っていた部屋に戻っている。
ただし、空中を漂っていたあれだけの宝石は、全て消えてなくなっていた。
「この二人に、何をしたわけ?」
「心に平和を送ったのよ。」
「だからそんな説明じゃ全然分かんねえってば。」
さっきからずっとこの調子だ。
「で、でも、やっつけたのは確かなようですね。」
そう言う王ドラの足元には、あいと黒磯が同じような姿勢で倒れていた。二人とも、胸を押さえている。
用心深く触れてみたところ、気絶しているだけで命に別状はないようだった。
そして、それはともかく………
「わーい!僕たち勝ったんだー!!」
「やったゾ!わーいわーい!!」
ドラリーニョとしんのすけの二人は、もう既に緊張感から解放されたらしく、喜んで大騒ぎしている。
「こら!あいちゃんたちがまた目ぇ覚ましたら、どうするの!!」
みさえが慌てて怒鳴る。すると、その時、
ピコーン!ピコーン!
ボシュッ!
「あ!戻りましたよ!」
ちょうど18分23秒たったらしい。少女の姿が煙にまぎれて消え、それが晴れた後には赤い身体の、角を生やしたエル・マタドーラが………
ぐーすか眠っていた。
「なんだこいつ…シェスタしながら闘ってたのかよ……」
「まったく幸せ者であーるな…」
呆れるキッドとドラメット。王ドラがマタドーラに歩み寄り、伺うように他のメンバーを見やった。
「どうします?起こしますか?」
「おう、頼む。こいつ持って移動するのはメンドくせぇもんな。」
そこで王ドラは、いつものようにマタドーラを起こしにかかった。ぬんちゃくを使う覚悟をしていたのだが、幸い目覚める一歩手前だったらしい。一回揺すっただけで目を開いた。
ぼんやりとした声が、それに続く。
「んー?…俺、何してたんだっけ?」
王ドラたちは束の間顔を見合わせたが、やがて王ドラが、ため息混じりに告げた。
「色々ありましたよ、エル・マタドーラ。とにかくここの敵は撃破しました。さっさとそのよだれをふいちゃってください。」 |