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キカプロコン二次選考通過作品。
「"選ばれたければ"、努力しなさい、シェレーヌ。私はお前に期待しているのだ。親の望む者になる事が、娘の使命なのだよ」
幼い頃、父は私にそう言った。その言葉は、忘れる事なんてできない位、脳裏にしっかりと焼き付いた。
それが、私の生まれた理由。私が両親の遺伝子を引き継いで、それらの娘として造られた理由。
だから、その時確かに私の後ろに居ながらも、私のように名前を呼ばれず、娘としての存在性を期待されなかった双子の妹のシャロンは、"どちらが娘として適切であるか"の争いにおける、私の競争相手に当たる存在であるのだ。
ところで、通信教育の歴史科目で習ったことによると、昔の人間は「家族を愛する」だなんていう、愚かな思考がまかり通っていたらしい。
"両親は愛するものだ"ということは、倫理科目で叩き込まれてきた。確かにそれは、至って当たり前の思考だと思う。子供は親の意思で造り出した被造物なのだから、その所有権他、子に関わる権利は、全て親が有するものだ。
でも逆に、直接の両親以外に従属する義務はない。資源を浪費するのを忍びないと思い、いずれは殺処分を受ける祖父も祖母も、そして、単なる競争相手でしかない妹も、愛する価値の無いもの。
それ故に、私はひたすら努力し続けた。親の気に入る私になれるように。
全国ネットワーク上――と言っても、貧困層の無能共は接続権すら得られないけれど――における学生向け定期テストでは、常に上位を達成し続けた。それに、体術などの芸術分野でも、高品質な技術プログラムを接続器――脳内との相互通信を行う、小型のコンピュータで、私のはカチューシャ型だ――にインストールすることで、やはり好成績を取得した。これは私の力というよりは、財の力だけれど。
時に、具体的には、そうした方が効率的だと思った時に、妹を虐げ、或いは罪の濡れ衣を着せたりした。相手を蹴落とすのは、競争の基本だ。
どうせ元々、シャロンは期待されていなかったのだ。私たち双子は、同じ環境で育てられたところ、早々に性格指向の違いが出ていたから。当時から、内気なシャロンは私に負けることが決まり切っていた。
***
先日、十五歳の誕生日を迎えた私は、高揚した気分で、居住区のある塔と、商業区のある塔の間にかけられた、街道として機能している程に大きな橋を歩いている。
"私が娘に選ばれた"のだ。シャロンは甚だ無能であるから、半ば予定調和であったとはいえ、自らのレゾンデートルを達成できたことが嬉しくない筈も無い。
この意味を、ここから遥か下に見下ろせる貧困層居住区に住む連中は、知る由もないだろう。
何となく、ビルから投影される、ホログラムで表現された街頭ビジョンを眺めると、様々な形状の接続器の宣伝の他、"不慮の事故が起きても安心。政府公式のバックアップサービス"等といった宣伝文句の流れる、精神移植の広告も打ち出されていた。
世界に十二個存在する、複数の塔からなる巨大居住施設、モナド。モナドは、貧困層の住む居住区画と、あらゆる意味での汚染や悪環境から解放され、都市運営システムによる正確な管理によって制御された、塔内部及び上方外部の富裕層向け特別区画で構成されている。
およそ五千万人、世界総人口のうちの約五パーセントを占める私たち富裕層は、そんな特別区画に居住できる事の他にも、様々な特権を有している。
その一つが、精神移植。
現代では、脳の神経活動を解析することで、個々人の脳情報をデジタルなデータとして記憶することが可能になった。つまり、記憶や人格をデータ化して保存しておくことが出来るのだ。今でも、こうした私の思考を接続器が解析して、精神移植サービスを提供している行政機関が管理するデータベースに送信し続けている。
こうやって精神のバックアップを行っておくことで、もし私が死亡した場合でも、別の肉体の脳にデータを移植することで、実質的には蘇生が可能となる。その別の肉体とは、私の場合だと、シャロンである。
私たち富裕層の家庭で一般的なのは、意図的に一卵性双生児を作り出し、何らかの基準でそのうち一人を選定して、もう一方は、選ばれた方が死ぬまで生きて、死んだ時に、その意識を移植する、予備の肉体とすることだ。
受精卵にある種の加工を行うことで、生まれた子供の特徴を任意に決定付けることは、資金を積めば有る程度は行える。私やシャロンなんかは、受精卵加工によって、一般的に"美しい"と評される金髪碧眼を持って生まれ、顔や体系もよく"良いデザインだ"と表現されるから、生まれた時から、優れた外見を持つことが決定付けられていた。それでも、"育ってみないと分からない"事、即ち、遺伝的な要素だけではない、その人物の個性は存在する。だからこそ、一人、或いは家庭によってはもう何人かの"予備"を造っておくことで、より優れた者を、選択的に子供にする。
精神移植は、最も優れた子供を選択した上で、その子供が不慮の事故に見舞われた際にも替えが利く、まさしく一石二鳥の技術なのだ。まあ、富裕層居住区に住んでいて事故死することなんて、そう多くはないけれど。
父に赦しを与えられたので、今日は一日、商業区で遊び尽すつもりだ。私のアカウントに、お金を沢山チャージして貰ったから、ひたすら好きな事が出来る。ただ単に買い物をするだけならバーチャルモールで事足りるけど、それでも、実物を見ながら選択する、現実上でのショッピングも楽しいものだ。
勿論、己を研鑽して優れた人間になることは、人生の最大目標である。しかし、目標のためとは言っても、毎日其れを続けていては、却って能率が低下してしまう。私の親はその辺りの事をよく理解した上で私に期待しているから、時々、こうして休みが与えられるのだ。まあ、第一目標すら満足に達成できないシャロンには、そんな権利は無いのだけれどね。
そんな事を考えながら、周りの見渡しつつも、橋の上の並木道を歩いていると、遠方の行政区塔の、ガラス張りになった巨大な昇降機によって、多くの軍人が貧困層居住区に降りていくのが見えた。
そういえば今日は月初めだから、"間引き"が行われるのか。
貧困層の連中は、まともな教育を受けていないから、まともに育成できもしない癖に、性行為を行って子供を乱造する。反吐が出る位に愚かしい事だと思う。所詮、奴らは"人間ではなく、生き物"。私達"人間"は、既に、性行為など行わない。子供は、両親の配偶子を取り出して、最適な環境下で行われる体外受精によって造られる。時代から取り残された劣等種は、人類や世界の為にも、殺処分すべきなのだ。
***
商業区に着く。
ここでは、巨大なショッピングモールを中心に、各種娯楽施設や、最小限のオフィスビル等が配置されている。
ショッピングモールへ向かうアーケード――天井へのホログラムの投影によって、様々な演出が可能である――の下を歩いていると、偶然にも、見知った顔と出会った。
「あ、奇遇ですね! おはようございます、シェリーちゃん」
そう声をかけてきた女の子は、レナ・ニコル。私の友人。まあ、直接会った事はそう多くないのだけれど。
「おはよう、レナ。あなたも今日は休暇なの?」
通信教育や各実習、自由時間、また、その中でも外出が可能な時間の予定は、各家庭の都合によって、それぞれ個別に決定される。その為、基本的に、予定は被らないものだ。そういう訳で、友人といえども、滅多に対面することは無いのだけれど、何だか今日は運が良いみたい。
「そうなんですよ。偶然とはいえシェリーちゃんと会えるなんて、嬉しいです!」
満面の笑みで喜ぶレナ。
柔らかな茶髪に大きな胸、丁寧で温和な性格の彼女は、能力こそ私に劣るものの、周囲にヒーリング的効果をもたらす為、その観点では良いデザインだと思う。実際、決して彼女自身が全くもって無能な訳ではないのだけれど、そういう側面での評価が非常に高い。
私と彼女が十二歳の時に、ここ、第五モナドで行われた品評会、即ち、子供に対して様々な観点から評価を行って、その優劣を決定する催しで、私は、参加者一千人の中の一位、レナは二位になったのだけれど、その時に私達は知り合った。ちなみにシャロンは、私とほぼ同じ外見を持ちながらも、百位を下回るという体たらくであった。
私は何となく、愛玩ペットとしての完成度があまりにも高すぎるレナの頭を撫でつつ、自らの事情について説明する。
「私ね、昨日ようやく、お父様やお母様の娘になれたの。それでお小遣いを一杯貰ったから、今日は色々と、お買い物しようかなって」
「なるほど。シェリーちゃんが娘に選ばれるって、昔から思ってましたよ。シェリーちゃんみたいな良い子、なかなか居ませんし」
それは、私自身が思っていた事だ。容姿にも才能にも恵まれ、さらには努力をして、結果も出している、理想の娘。しかしそれだけではなく、競争相手が力不足に過ぎるというのもある。
それよりも、そっちはどうなったのだろう。
「まあ私はね。それより、レナはどうなの? とても魅力的なあなたの事だから、大丈夫だとは思うけれど」
レナの家庭は確か、双子の妹に加えて、別の受精卵に由来する弟や妹が他に四人居る上、それらを比較的平等に育てる方針だった筈。最近はネットワーク上でも会っていなかったから、気になるところではある。
私の質問を受けたレナの表情が、変わらず明るいままなのを見て、両親からの評価が相変わらず良好であることは容易に推測できた。
「はい、この前、"このまま頑張り続ければレナが娘になれる"って、お父様が仰ってました! まだ決定ではありませんけれど、きっと大丈夫です!」
この子も私と同じく、勝者の側に立てそう。
「レナの場合、予備の身体が五体になるのかな。私なんてシャロンしか居ないから、羨ましいかも」
富裕層の家庭では、大抵の場合、正式な子供を一人しか持たない。そうなると、当然のように富裕層の――見かけ上の――人口は減少していく訳だけれど、その事に問題が有るとは、私も含めて、誰も思わないだろう。
私達はこの時代に生まれ、"ようやく人間になった人間"。だから、人類種の維持等という、まるで単なる生き物みたいな存在理由は持ち合わせていないのだ。人類は、殖やす為に生きる事を、とっくに卒業した。これからは、緩やかに消滅していくのが正しい在り方だ。
レナの家庭も、恐らくはレナだけを子供とし、他を皆、レナの予備にするのだろう。
「そうなりますね。私がもし死んだらお父様やお母様が悲しみますから、予備が多いのは嬉しい限りです」
この子は、本当に出来た娘だ。
親というものは、"子供が生きているか否か"を気にする。だから、この子のような優れた娘が突然居なくなる恐怖を、精神移植によって幾等か緩和できるのならば、それ程の親孝行は無い。
「うん、そうだね。まあ、余程の事が無い限り、ここで生活してて死ぬことは無いから、別に心配はしていないけれど」
富裕層の人間は高等な教育を受けているし、そもそも最初から、選ばれた者しか生存して居ない。万が一"不良品"が生じた場合は、即刻、貧困層に投棄されるため、意図的な問題――例えば、殺人だとか――は生じない。機械的な事故も、確率的にはまず無いと思っていいと言われているし、ヒューマンエラーだって、全面的に万全な対策が講じられている。普通に生活していれば、滅多な事では死亡しないのだ。
「それもそうですね。ちょっと心配しすぎなのかも知れません」
「それより、レナも休みなんだったら、一緒に行かない?」
「勿論ですっ!」
誘いに乗ってくれたので、私はレナの手を握って、彼女と一緒に、何となく色んなものを眺めつつ、クレープを買って食べたりした。
クレープは古典的な菓子の一つである。普段の食事は、カロリーと栄養価を兼ね備えたブロック型の合成食品、いわゆる「パケット」で済ませることが多いが、娯楽として食を楽しもうとする場合、それではあまりにも物足りないと感じる。そういった時の為に、料理店や菓子屋は存在しているのだ。
***
ショッピングモールで暫く店を周り、買い物を行った私達。
モール内には、自走式機械で荷物を持ち、必要に応じて自宅への配送を行うサービスも存在するため、私は料金を支払って、新たに購入したネットワーク接続端末を運ばせていた。一方、レナは大した買い物をしていなかったので、利用の必要はないようであった。
彼女は、新しく買った最新式のヘアピン型接続器を、早速付けていた。かなり小型化されているだけあって、高価なものだ。
「似合ってますか?」
そんな事を、私に聞いてくる。
「うん、素材が良いお陰もあると思うけど、可愛いよ。私みたいなカチューシャ型なのも良かったけどね」
「アレは飽きちゃいまして……」
なるほど。流石は、私以上に外見への拘りが強いレナだ。接続器の数だけなら、私よりも多く持ってるし。とはいえ、外見が違うだけで、同じ性能のものが多い上に、殆どは、バックアップツールや知識及び技術データ、店舗検索ソフトウェアやメディアプレイヤー等がプリインストールされた、初期環境のまま使っているらしいけれど。
そういった、他愛無い会話をしながらモール内のオートウォーク内を移動し、通路と店舗の広がりの中心となっている、円状のホールに出る。
すると、ふと、見知らぬ男と目が合う。接続器内に常駐しているソフトウェアが、外見情報からデータベースを探索し、即座にその人物の公開情報を求めて、視覚上に表示する。単なる二十五歳、食料製造管理業に携わる、精神移植後の《スレーブ》、即ち「身体的には、その人物Aの予備――スレーブ――であるが、精神的にはAである人間」だ。別段、気にする程の事ではないのだけれど、何かに堪えているような表情が、妙に視線を引き寄せた。
その直後だった。
耳を劈くような音が鳴り響いたと思ったら、隣に居たレナが、うつ伏せになって倒れる。
男は、一般の市民には出回っていない筈の、拳銃を持っていた。それによって、何故かレナが射殺されたのだ。
突然の出来事に、逃げ惑う客。
状況が分からないなりに、冷静さを即座に取り戻した私は、男の脇をすり抜けて逃走しようとした。男は見るからに体格が良く、幾等、私が高度な格闘術プログラムを使用出来るとはいっても、たかが知れていたから。
しかし、私の予想は甘すぎたようで、男に首根っこを掴まれ、柱に叩きつけられる。
長らく感じることの無かった、肉体的な痛みで、涙が零れそうになる。
男は、息を荒げ、焦点の定まらない目を私に注いでいる。右手に持った拳銃で私を撃とうとは、なかなかしなかった。
「俺は、何なんだ……俺は……」
うわ言を呟く男。明らかに、精神に異常を来しているのが分かった。
未知の電子ドラッグの影響? もしそうなら、試してみる価値はある。
私は、秘密回線で、接続器によって公安への通報を行ってから、専用ツールを用いて、男の接続器にクラックを試みた。接続器のセキュリティシステムは、民間からのデータ提供によって開発されている。私は過去に、システム開発企業の開催する、技術競技大会で優勝したことがある。そして、流通していない、非合法な電子ドラッグを用いる場合、規制の甘い、旧式の接続器用システムを用いている可能性が高い。
男が私を撃ち殺すのを渋っている間にクラックを成功させ、ファイルを覗き見たが、これといって非合法なソフトウェアは存在しなかった。
ならば一体、何なのだろう?
いや、もう私がどうにかする必要はない。
接続器が、モール外の監視カメラの映像をダウンロードした。それによると、既に公安は到着し、今まさに、狙撃銃で男の頭を打ち抜こうとしている。
しかし、それは僅かに間に合わなかった。
男が側頭部から血を流すよりも速く、震えていたその右腕を私に向けてしっかりと伸ばし、そしてレナと同じように、銃弾が私の頭を穿った。
勿論、恐怖はある。死ぬのは初めてだから。それでも、"シャロンが居る"という安心感があったから、意識が一旦途切れる際に、絶望に苛まれることは無かった。
折角の予備を、早々に使ってしまうのは勿体無いけれど。
***
「起きなさい、シェレーヌ」
―――えっ?
父の声がした。
目を覚ますと、確かにそこには父が居て、私を見下ろしていた。ああ、ここは、自宅のベッドなのか。
どうした事だろうと、記憶を巡ってみる。
確か私は、ショッピングモールに行ったら、偶然、友人のレナと出会って、それで、彼女の一緒にショッピングを楽しんだ筈。
いや、待って。レナって誰? そんな人、私は知らない。
それはおかしい。そんな訳があるまい。レナは私の友人だ。彼女についての記憶は幾等でも残っている筈なのだから、忘れる筈がない。そう、レナは友人だ。
それで、ショッピングをしていたら、変な男に会って、レナと私は、何故だか分からないけれど、撃ち殺された筈。
え? 私は本当に殺されたの? そもそも私は、外出すらしていない。外出していないのだから。殺される筈もないよ。
何だ? 精神移植に失敗したのか? バックアップが上手くいっていなかったのか?
「お、お、お、父様、何だか、え、えっと、ちょ、調子が悪いみたいで、そ、その、し、し、死、死ぬ前のこと、を、う、上手く思い出せません」
ベッドに仰向けになったまま、自らの状態を申告する。
「記憶の混濁は、精神移植の直後にはよくある現象だ。じきに良くなる」
「そ、そう、で、ですか。そうですか」
記憶が不明瞭なだけではなく、何故だか、上手く発話が出来ないのだが、お父様が「良くなる」というのなら、良くなるのだろう。
いや、発話が出来ないどころの話ではない。身体に力が入らない。或いは、"どうやって身体に力を入れるのか"を忘れてしまったのだろうか。とにかく、全身が上手く動かない。
「いいから起きなさい、シェレーヌ。通信学習の時間はとうに過ぎているぞ」
「シェレーヌ? な、なんでそんな、そんな風に、呼ぶんですか?」
私は今、なんて言った? "なんでシェレーヌと呼ぶのか"だって? そんなのは、当たり前の事だろう。だって私は―――。
「……え?」
いけない。惚けた声をあげた私に、父は、すっかり呆れた顔をしている。そして私を放置し、部屋を立ち去ってしまった。
待って。行かないで。見捨てないで。今まで頑張ってきたのに。シャロンを蹴落として、私こそが優れた娘であると証明してきたのに。こんな所で愛想を尽かされてしまうなんて。
そうだ。こんなのおかしい。私の元の身体は死亡したけれど、私の精神はシャロンの身体に移って、今まで通り、皆に愛され続ける筈なのだ。
私は、私は、私は――。
必死に震える両手を動かし、頭に付けているカチューシャ型の接続器を取り外した。それは、いつも私が付けている、水色の其れではなく、桃色のもの――シャロンのものであった。それは当たり前の事。だって、これはシャロンの身体なのだから。当たり前。そう。じゃあ、私は? こうして動かしているのがシャロンの身体ならば、私は?
「あ、え、えっと……」
一人でそんな風にぼそぼそ呟きながら、持っていた接続器を壁に叩きつける。
そして、覚束無い足取りで部屋を出た。
父が、驚いたような顔で私の、シャロンの顔を見る。
「お前、どうしたんだ!?」
疑問を無視して、勢いに任せて身体を動かし、家の外へ飛び出た。
その筈だったのに、何故か私は、すぐに家の中に戻ってきてしまった。でも、父はいつの間にか、何処かへ行ってしまったみたい。母も居ない。
何故そんな事をしたのかよく分からないので、もう一度外に出る。
そこは、シャロンの部屋だった。よく分からない。通信教育用の端末を起動するも、何も投影されてこないので、仕方がないからベッドで寝ることにした。明日になれば、きっと良くなっていると思うから。
***
再び意識が覚醒すると、私は、見たことも無いような所に座り込んでいた。
周囲をコンクリート製らしき建物に囲まれた、薄暗い場所。コンクリート張りの地面にはゴミが散かっていて、酷い臭いだった。
真上を見上げると、薄暗い理由はすぐに分かった。遥か上空にある巨大な橋が、陰を落としているから。
そして、視線を正面に戻すと、何人かの男が、私を取り囲んでいることが分かった。接続器は、昨日の寝る前に外してしまったから、その連中についての情報は何も得られない。
男の一人が、私の服を引き裂く。
今まで感じたことのない恐怖。私は、喉が枯れる程に叫び続けた。
「お父様、お母様、シェレーヌお姉様、助けて――!」
叫んでも叫んでも、私の家族が、誰かが、私を助けに来ることは無かった。
***
「やっぱり、精神移植にはまだまだ問題点が残ってますねえ」
「こんな技術が出回り始める以前から、"人格が脳だけによって構成されるとは考え難い"とは指摘され続けたからな。それでも成功例が多くあって、尚且つ、金が動くから、無理矢理、実用化にこじつけたんだよ」
「失敗例も決して少なくはありませんがね。ほら、昔、"間引き"の途中に、反抗勢力に殺害されて精神移植を行った元軍人の彼とか。後は、かの姉妹とか。すぐに自我の乖離が起きるなんて、よっぽど適合性が低かったんでしょうね」
「可哀相な話だ。こっち側の人間は、貧困層の奴らに相当恨みを買ってるから、あの子も、もう生きていないか、もしくは人として生きる事なんて出来ない状態になっているだろう」
「ホント、酷い話ですよ。"エラーが起きたら切り離せばいい"って」
「まあ何にしても、ここ以外ではあんまり滅多なことは言わないことだな。俺達は、この技術のお陰で食っていける身なんだから」