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レジェンド  作者: 神無月 紅
復讐の刃
1494/3865

1494話

 レーブルリナ国。

 王制国家という点ではミレアーナ王国と同じだが、その規模は大きく違う。

 ミレアーナ王国の周辺に幾つもある小国の一つで、ミレアーナ王国の属国という扱いの国だ。

 もっとも、属国という立場ではあるが、そこまで酷い扱いをされている訳ではない。

 毎年ミレアーナ王国に安全保証金という名目で金を支払う必要はあり、ミレアーナ王国から何人かがレーブルリナ国の国政の場に送り込まれているが、それでも外交の自由はある程度保証されている。

 また、戦力としてもミレアーナ王国から一軍が滞在しており、その際に必要な資金もレーブルリナ国から出されているが、ミレアーナ王国の軍がいるからこそ周辺にいる他の国々から攻められるといったこともない。

 何か際だった特徴があるような国ではなく、本当に普通の小国といった国だ。

 とてもではないが、宗主国のミレアーナ王国に対して敵対するような真似をするとは、その場にいた人々には思えなかった。


「落ち着けよ。さっきも言った通り、別に俺達に女を連れてくるように命じたのは、レーブルリナ国のお偉いさんって訳じゃない。あくまでも俺の所属する組織だ」

「……それでも、レーブルリナ国の人間がこの国で騒動を起こせば、どういうことになるのか。向こうが何も知らないとは思えないがな」


 アジャスの言葉に、エレーナが難しい表情を浮かべてそう告げる。

 実際、その言葉は間違っていない。

 もし今回レーブルリナ国がミレアーナ王国に危害を加えたとなれば、それがレーブルリナ国の意思によるものであろうとなかろうと、ミレアーナ王国からレーブルリナ国に対して何らかのペナルティが与えられるのは間違いない。

 それも、中立派の中心人物のダスカーが治めるギルムでこれだけの騒動を引き起こしたのだ。

 当然のように、そのペナルティは厳しいものになるだろう。

 貴族派と中立派は最近友好的な関係になっており、国王派と中立派は敵対してはいる。だが、それはあくまでもミレアーナ王国内部でのこと。

 今回の一件でミレアーナ王国の利益になるのであれば、中立派が被害を受けたとしても、国王派や貴族派はレーブルリナ国に対して手心を加えるようなことはないだろう。

 ……もっとも、国王派は出来れば中立派に対してもっと被害を与えて欲しいというのが正直なところかもしれないが。


「本当……なのか?」


 最初はアジャスの言葉を信じていなかったエレーナだったが、あまりにも堂々とそう告げているアジャスの様子を見て、疑問を抱く。

 普通であれば、従属国が宗主国に対して半ば攻撃といったような真似をするとは、信じられない。

 だが、今の堂々としたアジャスを見れば、もしかしたら……という思いを感じてしまう。


「本当だ。レベジェフやハストンの命が懸かってるのに、ここで下らない嘘を言うような真似をすると思うか? もしそんな真似をすれば、それこそ仲間を見殺しにすることになる。俺が組織と仲間の命のどちらかを選ばされて、組織を選ぶように思うか?」


 そう言われれば、エレーナも、そして周囲の者達も納得せざるを得ない。

 レーブルリナという国を知らないレイから見ても、アジャスが仲間の二人に対してどのような気持ちを抱いているのかは明らかだ。

 そうである以上、アジャスの口から出た言葉は信用するに値するというのがレイの判断だ。

 ……もっとも、当然アジャスの言葉を全て鵜呑みにする訳ではなく、他の者達からも情報を聞き出し、裏を取る必要はあるのだろうが。


「そう。じゃあ一応聞くけど、ギルムに来たのは貴方の判断? それとも、組織からの命令?」

「組織からの命令だな」


 エレーナに続いてマリーナが尋ねるも、アジャスはこちらも特に躊躇することなく告げる。

 その言葉が真実かどうかは、聞いている者にも分からない。

 だが、アジャスがこれまで口にした事実や、仲間のことを思えば、それが真実である可能性は十分にあった。


「けど、娼婦にする為に女を連れて行く? ……何でわざわざそんな真似を……なぁ、レーブルリナって娼婦に偏見とかそういうのがあったか?」

「いや、なかったと思うぞ。良くも悪くも普通の国って感じで」

「だよな? ……だとすれば、美人の女だけを強引に連れ去って、娼婦の質を上げるとか?」

「別に娼館は国営って訳じゃねえだろ? なら、娼婦の質を上げる為だけに他国にくるか? いや、それが同じ従属国なら分からないでもないけど、何で宗主国のうちにわざわざ来るんだよ」


 諜報部隊の面々が、近くにいる仲間とだけ小声で言葉を交わす。

 だが、元々五感が鋭いレイや、エンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナ、ダークエルフのマリーナ、アンブリスを吸収したヴィヘラ、盗賊のビューネ。

 その場にいた、アーラ以外の者達は殆どが常人よりも鋭い五感を持っている為、そんな諜報部隊の男達の会話はしっかりと聞こえていた。


(結局その組織は何がしたいんだ? 娼婦を集める為……ってのは、多分名目上のことで、その裏で何かやってるのは多分確実だ。ただ、アジャス達がその裏でやっている何かを知らないだけで。まぁ、普通に考えれば仕方がないけど)


 わざわざ危険を冒して他国に……それも宗主国のミレアーナ王国に向かうのだ。

 それが見つかれば、レーブルリナという国そのものが危険になる可能性もあるのだから、国の方でもアジャス達が所属している組織を潰すことに躊躇いはない筈だった。

 そのような危険を承知の上で、何故このような真似をするのか。

 それがレイには理解出来なかった。 


(可能性としては、その組織自体が国から……そこまでいかなくても、国の要職にある人物から何らかのバックアップを受けていた? いや、それでも何でこんな真似をするのか、それは分からないな)


 そう悩んでいるレイに向け、アジャスは口を開く。


「情報は教えた。これで俺達の命は助けて貰えるんだな?」

「……そうだな」


 アジャスの言葉に、レイはイルゼに視線を向ける。

 そこでは、イルゼが殺気を込めた視線でアジャスを睨み付けていた。

 もしここでアジャスを許すと言えば、間違いなくイルゼは暴走するだろうことは確実だ。

 大きな騒動が起こり、それに乗じてジェスタルやその部下達が逃げ出さないとも限らない。

 そして何より……


「うん、考えたけど、やっぱりアジャスを生かしておけば色々と面倒なことになる。残念だが、他の二人はともかく、お前は生かしておくのを許容出来ないな」


 レイはアジャスを生かしておくということに何の価値も感じなかった。

 ここで命は全て平等で、何よりも尊い……と、そう断言出来る者がいれば、もしかしたらこの件も問題になったかもしれない。

 だが、幸いにもと言うべきか、ここにそのようなことを言う者はいない。


「馬鹿なっ! 何故俺達だけ! アジャスも助けてくれるんじゃなかったのか!」


 いつもは若干柔らかな言葉遣いをしているレベジェフだったが、アジャスの……仲間の命が消えようとしているこの状況では、言葉遣いが荒くなるのも当然だろう。

 荒々しく叫ぶその様子に、レイは冷たい視線を向けて口を開く。


「お前達は今まで何人、何十人、もしくはそれ以上の人々を殺してきたんだろう? その殺された者にだって、アジャスを殺されようとしているお前のように心配する奴はいた筈だ。だが、お前達はそれに構わず殺してきた。……なのに、何故自分がそんな立場になったらそうやって喚くんだ?」


 心の底から理解出来ない。

 そんな視線を向けられたレベジェフは、何かを言おうとして……レイが自分に向けている視線がどれだけ冷たいものなのかを理解し、口を噤まざるを得ない。

 実際、レベジェフにしてみれば、仲間は大事だがそれ以外はどうなってもいいという判断なのだろう。

 それは決して間違っている訳ではないが、それでも現状を打破出来るのかと言われれば、答えは否だった。


「分かったら黙っていろ。少なくてもお前の命は助かるんだから、それで満足しておけ」

「待て! アジャスを殺したら、俺は何も喋らないぞ! それはハストンも同じ筈だ!」


 そんなレベジェフの言葉に言葉を返したのは、レイ……ではなく、諜報部隊の男の一人だった。


「俺達の尋問を受けて、何も情報を話さないって真似が出来たら、それは十分に誇っていいと思うぞ。今のところ、それが出来た奴はいないしな」


 諜報部隊は公の組織ではない。

 それだけに、非合法の尋問……それこそ、拷問と呼ぶべき行為を行っても、そこまで非難はされない。

 いや、拷問というだけであれば、そこまで珍しいものではない。

 人権という言葉の意味が明確に定まっていない以上、その程度のことは普通に行われている。

 そもそも、人権という言葉があるのなら、奴隷という存在自体が問題になってくるのだろうが。


「くっ!」


 レベジェフもその辺りは理解しているのだろう。言葉に詰まる。


「アジャスについてはもういいな?」

「はい」


 レベジェフが黙ったのを見て、レイが諜報部隊の人間に尋ねた。

 元々アジャスの身柄はイルゼが貰うということに決まっていたのだが、ダールから多少なりとも情報を聞きたいと言われているので、それは問題ないと諜報部隊の男は告げる。

 それを見て、レイは改めてイルゼに声を掛ける。


「そんな訳だ。我慢させたな。後はお前の好きにしろ」


 レイの言葉に、イルゼは言葉を発さずに無言で頷いた。

 短剣を手に、ゆっくり、ゆっくりとアジャスとの距離を縮めていく。


「待て! アジャふがぁ!」


 イルゼに対してレベジェフが何かを言おうとしたのだが、近くにいた諜報部隊の男がレベジェフの口に布を当てて言葉を封じる。

 そんなやり取りがされているのを全く気にした様子もなく、イルゼはアジャスに向かって近づいていく。

 アジャスはそんなイルゼに対し、何を言うでもなく黙り、じっと視線を向けていた。

 ここで何を言っても、イルゼが復讐を止めるとは思えない以上、何を言っても無駄だと理解しているのだろう。

 現状で何か行動を起こそうにも、周囲をレイ達に囲まれている今の状況ではどうしようもない。

 

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。私の家族三人を奪った罪……その命で償ってちょうだい」

「そうか。どうやら、もう俺はここまでらしいな。けど、いいのか?」


 アジャスの言葉に、イルゼが動きを止める。

 本来なら、アジャスの言葉は無視してそのまま短剣でその命を奪うつもりだった。

 だが、何故かアジャスの言葉を聞いたイルゼはその動きを止めてしまう。

 もしかしたら、アジャスの口から命乞いの言葉でも出てくるのではないか。

 そんな思いを抱いてしまったのだろう。

 仇を取るのだから、アジャスには精々苦しんで欲しい。

 そういう意味で、命乞いをしてくるのであれば大歓迎というのがイルゼの考えだった。

 しかし……イルゼの視線の先にいるアジャスの目に卑屈な色はない。

 寧ろ、どこか挑発するような目でイルゼを見ている。


「何が、かしら? 今更何を言っても貴方が死ぬという結末に変わりはないわ」

「お前、人を殺すのは初めてなんじゃないか? 勿論何か確証があって言ってる訳じゃないが、お前の様子を見る限りそう思うんだが。……どうだ?」


 それは、図星だった。

 元々冒険者としての活動も採取をメインに行ってきたイルゼだ。

 人を殺すなどという経験が、そうそうある訳がない。

 それでも、イルゼはアジャスを殺すという行為を止めるつもりもなければ、躊躇うつもりもない。


「どうやら当たりか。これから初めて人を殺すお前に、これまで多くの人を殺してきた俺から助言をしよう」

「助言?」

「ああ。……お前が俺を殺すというのであれば、それもいいだろう。だが、俺を殺した時点でお前も人殺しの一員になるんだ。それはつまり、俺と同じ存在になるということでもある」

「違うわ!」


 イルゼは、アジャスの言葉を即座に否定する。

 だが、アジャスはそんなイルゼの言葉を聞き、首を横に振った。

 右耳のあった場所を押さえていた手から衝撃で血が周囲に飛び散るが、アジャスはそれを気にした様子もなく口を開く。


「違わねえよ。理由の有無はあれど、人殺しって意味じゃあその通りだ。……もっとも、この世の中人の命なんて安いもんだけどな」


 その言葉に、諜報部隊の何人かが同感だと頷いてしまう。

 諜報部隊には、エッグの部下だった者もいれば冒険者から引き抜かれた者、元暗殺者……それこそ様々な者達がいる。

 そのような者達だからこそ、人の命は安いというアジャスの言葉が理解出来るのだ。

 事実、冒険者がランクアップ試験を受ける時には、盗賊を自分の手で殺すという試練を乗り越える必要がある。


「……それでも、私は貴方を殺すわ」


 そう言いながら、再びイルゼはアジャスとの距離を詰め……頭部に向かって、短剣を振り下ろすのだった。

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