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レジェンド  作者: 神無月 紅
アゾット商会
132/3865

0132話

「……ふぅ。儂の出番が無くて何よりじゃわい」


 一瞬で終わったその戦闘を見ていたブラッソが安堵の息を吐く。

 心配されていたフロンによる空中からの奇襲も、頭部という狙いは外したが、それでも首筋から胸元を斬り裂き一撃でハーピーを絶命させていた。

 セトが振るった鉤爪による一撃はその膂力でまるで生卵でも割るかのようにあっさりとハーピーの頭部を消し飛ばし、レイが槍の投擲で狙ったハーピーもまた、頭部を槍に貫通されてその衝撃で首から上は砕け散っていた。

 安堵の息を吐いているブラッソだがその腕に握られている槍は穂先を洞窟の入り口へと向けられたままだ。視線も注意深く洞窟の入り口へと向けられている。

 フロンは一撃でハーピーを倒した後はすぐさま移動し、入り口から見えない場所へと。セトもまたハーピーの頭部を消し飛ばした一撃の後はその反動を使って地を蹴り、空中へと移動していた。


「どうやら気が付かれてはいないようだな」


 数十秒程息を殺して洞窟の様子を窺い、それでも他のハーピーが出てこないというのを確認してからレイも改めて安堵の息を吐く。

 フロンが洞窟の入り口から影になっている場所からこっちに来いと手で合図を送る。


「行くか」

「うむ」


 レイとブラッソは顔を見合わせ、フロンのいる場所へと向かう。


「それにしても、レイの一撃を受けたハーピーが少し声を漏らしたが……」

「ああ。タイミングが少しずれたからな。中に聞こえたと思うか?」


 荒野と言ってもいい、草の生えていない剥き出しの大地を素早く駆けながらブラッソへと小声で尋ねるが、小さく首を振る。


「仲間の様子がおかしかったから、どうした? とでも言うような意味の声じゃったと思う。それなら近くにいる仲間に掛けた声なのじゃから、洞窟の内部までは聞こえていないじゃろう。……そこの洞窟に入ってすぐの場所にハーピーがいなければ、じゃがな」

「だといいが」


 そんな風に会話をしている間に洞窟の影の部分へと到着。自慢気に笑みを浮かべるフロンが2人を出迎えた。


「どうよ。俺に任せればこんなもんだ。素早い一撃だっただろう?」

「……頭部を狙って外したようじゃがな」

「ああ!? あの一撃は狙いにくい頭部じゃなくて、最初から首筋を狙ったんだよ」


 小声で怒鳴っているフロンを横目に、血の臭いがこれ以上広がらないように身体の中程まで斬り裂かれているハーピーとセトによって頭部を失ったハーピーをミスティリングへと収納する。

 まだ言い合いを続けている2人をそのままに、少し離れた場所でこちらも同様に頭部を投擲の一撃で無くしたハーピーを収納する。


「槍は……駄目か」


 ハーピーの頭を砕いた槍を探すが、その辺に転がっていたり、あるいは洞窟の外側や木に突き刺さったりといった様子は無い。恐らくはハーピーに命中した程度では殆ど速度を殺すことも出来ずにどこかへ飛んで行ったのだろうと判断し、回収を諦める。

 何しろブラッソにも言ったことだが、元々は盗賊から奪った槍なだけに安物なのだ。槍の品質として見れば、辛うじて通常レベルの品。少し厳しい目をした武器屋なり鍛冶師なら粗悪品と判断してもいい程度の品だ。


「どうした?」


 溜息を吐き戻って来たレイへと向かい、ようやく言い合いが一段落付いたのかフロンが尋ねてくる。その横ではどことなく沈んだ顔をしているブラッソがいるのを見れば、どちらが言い合いで勝ったのかは一目瞭然だろう。


「いや、何でも無い。俺がハーピーに投げた槍を回収出来ないかとも思ったが、それが無理だと判明しただけだよ」


 呟き、夜空で周囲を警戒していたセトが降りてくるのを見ながら小さく首を振る。


「そうか。まぁ、それよりもだ。……見張りを片付けたとなると」


 チラリと洞窟の入り口へと視線を向けるフロン。

 その視線の後を追い、レイもまた小さく頷く。フロンの隣では既に言い合いで負けた衝撃から立ち直ったブラッソもまた愛用のハンマーである地揺れの槌を手にしている。レイの隣には音を殆ど立てずに翼を羽ばたかせながら着地してきたセトが、こちらもまたいつでも行動へと移せるように鋭い目付きで洞窟へと視線を向けていた。


「……よし、ならレイ。お主の魔法を洞窟の中に叩き込んでくれ。威力に関してはお主に任せるが、素材の回収も考えると洞窟の崩落は出来るだけ避けてくれ。ただでさえ報酬の安い依頼なんじゃから、素材や魔石、討伐部位で少しでも懐を潤したいからのう」

「その報酬によって、飲める酒の種類も変わってくるしな」

「喧しいわい」


 ボソッと呟いたフロンに、小さく言い返してレイへと視線を向けてくる。


「洞窟に関してはともかく、魔法の威力に関してはな。洞窟の内部がどんな広さか分からない以上は、ハーピーが燃え尽きない程度の広さになってるのを祈っててくれ」

「……むぅ。確かに内部の様子を探れない以上はしょうがないか」

「レイもこの酒飲み親父の言葉を真に受けなくてもいいから。とにかく出来るだけハーピーを一網打尽にするのを重要視してくれればいい」

「ああ、問題無い。それよりそっちの準備がいいようなら早速始めるぞ」


 レイの言葉に2人が頷き、セトもまた小さく喉の奥で鳴くのを聞いて呪文を唱え始める。


『炎よ、汝の力は我が力。我が意志のままに魔力を燃やして敵を焼け。汝の特性は延焼、業火。我が魔力を呼び水としてより火力を増せ』


 呪文を唱えるのと同時に、魔力によって作り出された10を越える火球がデスサイズの前へと姿を現す。

 文字通り、レイの使う炎の攻撃魔法の『火球』が10個現れたかのようなその姿に、夜の筈の洞窟周辺は急激に明るさを増していく。同時に炎の熱により明るさと共に周囲に気温も急激に上がっていった。


「熱っ! おいレイ! それ本当に大丈夫なんだろうな!」


 レイの持つデスサイズを中心に浮かぶ10個の火球。それぞれが人間の頭程の大きさがあり、空中をまるで泳ぐかのように浮かんでいる。


『10の火球!』


 呪文が完成するのと同時に、その10個の火球は空を飛び洞窟の入り口へと向かっていく。そして火球自身に意志があるかのように洞窟の中へと入っていき……やがて洞窟の前からは明るさが消え、上がっていた温度も秋の夜風に散らされて急速に下がっていく。


「洞窟の中がどのくらい広いのか分からないから、もしかしたら入り口から炎が少し出て来るかもしれない。ちょっと離れた方がいいぞ」

「お、おう」

「分かった」


 フロンとブラッソが頷きながら茂みの方まで駆け戻り……次の瞬間。

 轟っ!

 耳を揺するかのような爆発音が聞こえてくる。それも1つや2つではなく、連続して幾つもだ。洞窟の中に入っていった火球が、連鎖的に爆発を起こしているのだろう。


「キキキィッ!?」


 寝ている所を急襲されたハーピーの混乱したような悲鳴が幾つも聞こえて来るが、幸いなことにレイがデスサイズを構えて待ち構えている洞窟の入り口に到達したハーピーの姿は無い。

 ……そう、レイの待ち構えていた洞窟の入り口には、だ。


「レイッ、上だ!」


 背後にある茂みからフロンが放った警告に、夜の空へと視線を向けるレイ。その隣ではセトもまた同様に上空へと視線を向けている。

 洞窟の中から溢れる炎に照らし出されている夜空には、鳥の翼を広げたハーピーの姿があった。そしてその姿を照らしているのは、レイのいる洞窟の入り口から溢れている炎だけではない。レイ達から見て、洞窟の裏側辺りにある方からも明かりが照らし出されているのだ。


「なるほど。洞窟の入り口とは言っても1つだけしかないとは限らない訳か」


 呟きつつ、仲間を殺した犯人をレイだと判断したハーピー達が速度をそのままに急降下してくるのを待ち受ける。


「キキキィッ」


 セトとは比べものにならない程に華奢だが、それでも先端は鋭く敵を傷つけるのには十分な威力を持った鉤爪を突き立てんとしたハーピーだったが……


「はぁっ!」


 そんな攻撃は意味など無いとばかりに、デスサイズが振るわれる。

 魔力を通して振るわれたその刃は、急降下してきたハーピーとすれ違ったその一瞬で胴体を斬り裂く。そして地面へと激突したハーピーは衝撃で胴体を上半身と下半身の2つに分けて、血と内蔵を周囲へと撒き散らしながら地面を滑っていった。


「はあああああぁっ!」


 そんなレイの背後では、雄叫びを上げつつ突き出されたフロンの剣先がハーピーの胴体を貫く。

 デスサイズを振るって刃に付着したハーピーの血を吹き飛ばし、上空へと視線を向けるレイ。そこではまだ20匹近いハーピーが空を飛んでおり、レイ達へと襲い掛かる隙を窺っている。


「……どうやら、ハーピーの多くが寝ていたのはもう一つの出口の近くだったようじゃな」


 地揺れの槌を肩に担ぎながら、レイの近くまでやって来たブラッソが苦い表情を浮かべながら呟く。

 その槌の頭の部分にはハーピーの物と思われる血や羽毛が付着しており、フロンやレイ同様に一戦を交えた後なのは明白だった。


「グルルルルルゥッ!」


 セトもまた、翼を羽ばたかせながら上空から襲い掛かって来るハーピーを空中で迎え撃っている。


「あっちは随分と余裕そうじゃがな」


 そんなセトを見ながら呟くブラッソ。セトによって振るわれる鉤爪やクチバシは、それを回避しようとするハーピーにはその隙を与えず、迎え撃とうとするハーピーに対してはその鉤爪の一撃を己の鉤爪で破壊する。


「とは言っても、このままだと多勢に無勢だ。いや、上空に固まっているのならある意味楽だな」

「レイ?」

「これからちょっと大きい魔法を使う。少しの間俺の防御を頼む」


 レイの言葉に、洞窟の内部を燃やしている炎で照らされている空を見上げる。


「……なるほど。うむ、任せるがいい」


 それだけでレイが何を狙っているのかを理解したのは、さすがに熟練の冒険者といった所だろう。

 その様子に笑みを浮かべつつ、魔力を高めて口を開く。


『炎よ、踊れよ踊れ。汝らの華麗なる舞踏にて周囲を照らし、遍く者達にその麗しき踊りで焼け付く程に魅了せよ』


 その呪文が聞こえたセトは、レイの使う魔法がどのような物なのかを思い出したのだろう。かつて魔の森を抜け出した時に見たその魔法を。

 夜の森と山という違いはあれど、奇しくも状況は魔の森を抜け出した時と酷似している。

 そう判断したセトが、大きく鳴いてハーピーが怯んだ一瞬の隙を突いて地上へと降りてきたのを見ながら、レイは魔術の効果範囲を指定し、最後のキーワードを口に出す。


『舞い踊る炎』


 魔法が発動するのと同時に、人間大の炎が100近く姿を現す。その数は魔の森で使った時に比べるとかなり少ないが、それでも空を飛んでいるハーピー達の5倍近くはあった。そしてレイによって生み出された炎は、ユラリ、ユラリとまるで踊るように指定された範囲内を飛び回る。そして……


「キキィッ!?」


 現れた炎の多さに、さすがに全ての炎を回避することも出来ずにハーピーは炎へと触れ……次の瞬間には全身へと炎が広がり、数秒で燃やし尽くされる。


「なんともはやまぁ……それなりに長い間冒険者をやっているが、これ程の炎の魔法を見たのは数度あるかどうかじゃな」

「……ああ。正直、レイの力を見くびっていたな」


 ブラッソとフロンが唖然と呟く。

 先程までハーピーと戦っていたフロンの周囲にはその死骸が数匹程転がっているが、フロン自身は特に息が上がるでもなく周囲を警戒しながら触れる側から燃やされていくハーピーの群れを眺めている。


「じゃが、あそこまで完璧に燃やされると素材も魔石も討伐証明部位も剥ぎ取るのは不可能じゃのう」


 消し炭と化し、地面へと落下して砕け散るハーピーへと視線を向け思わず呟くブラッソ。


「それはしょうがないだろ。あのまままともにハーピーとやり合ってたら、恐らく面倒なことになってたぜ? 例えばセトに恐れをなしたハーピー達がここから逃げだして、またどこか別の場所に巣を作るとかな。それを考えれば、レイの魔法で逃げる暇すら与えずに一網打尽にするというのはそれ程悪い選択肢じゃないさ」

「……まぁ、ハーピーの討伐に来たのに追い出しただけとかになったら本末転倒だからな」


 デスサイズを構え、周囲に異常が無いかを見回しながらレイが呟く。

 そこには、20匹近いハーピーを纏めて消し炭にする程の規模の魔法を使ったにも関わらず、大して疲労した様子の見えないレイの姿があった。


「あんな大規模魔法を使ったってのに、まだまだ余裕がありそうだな」


 そんなレイを見ながら、フロンは呆れたように呟くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーは面白い [気になる点] ただ文章は気になるとこだらけ、後説明とか例えががやたらくどい 当たり前のことを無駄に書き加える必要ないです ある程度は読者に読み取らせる位でいいと思いま…
[一言] 面白い
2020/08/22 04:29 退会済み
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