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レジェンド  作者: 神無月 紅
継承の祭壇
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0105話

『戒めの種』で行動を縛る範囲を、セトについての情報からレイにとっての不利益な情報に広げれば普通にこのダンジョンを脱出するよりも早く出られると告げたレイ。その言葉を聞いたエレーナは口を開く。


「良かろう、今は一刻を争う時。数時間ですら惜しい事態だ。レイの提案に頷くのも悪くないだろう。……だが、せめてその『戒めの種』というのがどのような効果を持つのかをきちんと説明して欲しいのだがな」

「私はエレーナ様がそう仰るのなら」


 その2人の言葉を聞き、レイもまた口を開く。


「『戒めの種』というのは、その魔法を掛けた時の誓約を破った際には体内で文字通りに炎の華を咲かせて生きたまま燃やし尽くすというものだ。もちろん魔法を使った時にした誓約を破らない限りは魔法が発動することは無い。それと同時に、戒めの種を埋め込まれた者は熱や炎に対する耐性が上がり、自分でそれらの魔法を使うことが出来る場合は消費する魔力が下がり、威力が上がるという一種の補助効果のようなものがあるのが特徴だな」


 レイの口から出た『戒めの種』の説明に数秒程目を閉じて考えを纏めると、エレーナは何でも無いように頷く。


「良かろう。そもそもその『戒めの種』という魔法を受けるというのは地下4階を突破した時に既に私の名で受け入れると決めていたのだ。今更多少喋ってはいけない範囲が広がろうとも、今は少しでも早くこのダンジョンを出てヴェルとセイルズ子爵家の裏切りを父上に知らせることが大切だ」

「私も問題ありません。もとよりエレーナ様がレイ殿と約束した事柄を破るような真似をするつもりはありませんので」


 2人が頷いたのを確認し、どこか安堵の表情を浮かべるレイ。


「なら早速『戒めの種』を使いたいと思うんだが、構わないか?」

「ああ、やってくれ」

「エレーナ様、私が先に……」

「構わん。私はレイを信頼しているし、ここで妙なことをするとも思えんからな」

「……分かりました」


 エレーナが頷き、アーラもまた同様に頷く。

 それを確認したレイは魔力を集中しながら呪文を唱え始める。


『炎よ、汝は種なり。宿主が我との契約を破りし時はその命を用いて美しき炎華を咲き誇らせよ』


 レイが呪文を唱えるのに従い、魔法発動体でもあるデスサイズの柄に炎がその姿を現す。やがてその炎が圧縮され、本来であれば拳大の大きさだったその炎は数秒後にはまさに花の種のような小ささまで圧縮されていた。

 そのデスサイズの柄をエレーナの頭部へと触れさせ……


『戒めの種』


 魔法が発動するのと同時に、その炎の種はエレーナの頭部へと沈み込んでいく。


「これは……」


 炎で出来た種が己の頭の中へと埋め込まれるという慣れない感触に、思わず呟くエレーナ。だがその違和感も数秒程で消え去り、自らの頭の中に『戒めの種』と呼ばれるような物が埋められたというのはまるで夢であったかのように感じられた。


「魔法は埋め込まれた……のだな?」

「ああ、問題無く完了した。次はアーラだな」


 エレーナが『戒めの種』を平然と受け入れていたのを見ていたからだろう、特に緊張した様子も無くただ黙って頷きレイへと近付くアーラ。


「どうぞ、私の準備は出来てますので」


 その言葉に頷き、エレーナの時と同様に頭部へと『戒めの種』を埋め込むのだった。


「……さて、これで私とアーラはレイの不利になるような出来事を他人に伝えることは出来なくなった。そろそろこのダンジョンから素早く出る方法とやらを教えてもいいのではないか?」

「ああ。そっちが約束を守ったんだ。こっちも約束は守らせて貰うさ」


 エレーナへと小さく頷き、ミスティリングから対のオーブを取り出す。

 どこからともなくレイの手の中に現れた拳大の水晶玉へと視線が集まる。


「それは?」

「対のオーブというマジックアイテムだ。名称通りにこのオーブと対になっているオーブと自由に連絡を取れる」


 エレーナに説明しながら、手に持っているオーブへと魔力を流すレイ。すると……


『おや、誰かと思えばレイかね。随分と早く連絡してきたものだが……』


 数秒程して、レイの手の中にある水晶に映し出されたのは王冠を被った骸骨だった。

 かつてゼパイルに憧れた古の魔術師でもあるリッチロードのグリムだ。


「この声は……」


 顔を見ていなくても、頭に響いたその声に聞き覚えがあった為だろう。思わずといった様子でエレーナが呟く。


「ああ。この地下5階で迷い込んだ裏の空間にいた存在だ」


 エレーナに答え、水晶へと顔を向ける。


「俺としてもこんなに早く連絡をするつもりは無かったんだが、ちょっと事情があってな。空間魔法を使えるグリムに力を借りたい」

『儂に、ねぇ……良かろう。対のオーブの反応からすると今は地下5階にいるな?』

「ああ」

『ふむ、少し待っておれ』


 それだけ言うと、映像がプツリと途絶える。


「レイ、お前はやはり……いや、詳しい話を聞いている暇は無い。だが後で詳しく説明して貰うぞ」

『はっはっは。あまりレイをいじめないでやってくれたまえ』


 つい数秒程前にオーブを通して頭に聞こえた声ではなく、直接頭の中に直接響く声。それはレイとエレーナの会話を聞いても誰のことを話しているのか分からなかったアーラにしても、どこで聞いた声なのかをすぐに理解させられるものだった。


「こ、これは!?」


 自分達のすぐ側に何の兆候もなく姿を現したグリム。剥き出しの頭蓋骨の上に乗っている王冠。右手に握られている杖。そして何よりも、その圧倒的な存在感。一目見ただけで自分では勝てないと本能的に悟ってしまったアーラだったが、それでもエレーナを守る為に一撃でも……とパワー・アクスを握りしめた時にレイが口を開く。


「グリム、お前の気配は俺達にはちょっと刺激的過ぎる。少し抑えてくれ」

『おや、済まぬな。どうも1人で研究漬けの生活をしていると、どうしてもその辺が甘くなって困る』


 3人と1匹の頭に苦笑じみた声が響き、その瞬間グリムから放たれていた圧力のようなものがふっと消える。


「で、早速だが空間魔法で俺達をダンジョンの外……いや、見られると厄介だな。ダンジョンの地下1階辺りのあまり人がいない場所に送って欲しい。出来るか?」

『そうじゃな……ふむ、問題ないじゃろう。幸い今はダンジョンの地下1階付近には殆ど人がいないようじゃしな』

「……グリム殿、と言ったか。今のたった一瞬で地下1階にどれだけの人がいるのかどうかを調べたというのか?」

『うむ。この程度はそれ程難しく……む? なるほど、お主が継承の儀式を受けた者じゃな』


 答えたグリムは数秒程観察するようにエレーナを見て尋ねる。


「はい。その儀式で色々とありまして、なるべく早く地上に戻りたいのです。……グリム殿は私達が継承の祭壇に向かう時にもその類い希なる魔法を使ってくれました。どうか、もう1度その力を貸して頂きたい」


 深々と頭を下げるエレーナに、一瞬間が空き……


『くっくっく。はーはっはっは! 面白い。本来であればモンスターとして討ち果たすべき儂に躊躇無く頭を下げるか。前回の時といい、今回といい、レイの仲間は愉快だな。……良かろう、レイと縁ある者の頼みでは断る訳にもいくまいて』


 頭の中に心底愉快そうな笑い声が響き渡ると、右手に持っていた杖を大きく振るうグリム。

 するとレイ達から少し離れた場所の空間が歪み始める。


『これで良し。その空間に入れば自動的にダンジョンの1階に移動する筈じゃ』


(詠唱すら無しでこれ程の魔法を使いこなすとは……やはり……)


 内心で考えつつも、その歪みを見て再度頭を下げるエレーナ。


「ありがとうございます。このご恩はいつか必ず」

『そうじゃな、また機会があれば会うこともあるじゃろうて。では、儂はそろそろ研究所に戻るとするか。あぁ、その空間は数分程度で消えるから行くなら早くした方がよいぞ』

「……感謝する」

「グルゥ」


 レイが慣れない様子で頭を下げると、その隣にいたセトもまた小さく頭を下げる。それを見たグリムは再びレイ達の頭の中へと笑い声を響かせながらスゥッとその姿を消すのだった。


「今のは、現実だったんでしょうか?」


 グリムが消えてから数秒。アーラがパワー・アクスを握っている腕を振るわせながら誰にともなく呟く。

 自分とは桁の違う相手と正面から向かい合い、尚且つ最初にその滲み出る死の臭いと闇の魔力とでも言うべきものにまともに当てられたアーラは、精神的にかなり消耗していた。


「現実だろう。でなければそこにある空間の歪みは説明が付かん。……それよりもグリム殿の話が正しければこの空間の歪みはそれ程の時間維持出来ない筈だ。今のうちに急ぐぞ」

「待って下さい! あのリッチを……その、信頼しても本当によろしいのですか?」


 空間の歪みへと1歩を踏み出そうとしたエレーナへとアーラがそう尋ねる。

 いや、尋ねているのはどちらかと言えばエレーナではなくレイに向かってだ。グリムと連絡を取ったのはレイなのだから当然だろうが。


「少なくても俺はグリムを信じている。実際、対のオーブという高価なマジックアイテムも譲って貰っているしな。それにお前もグリムの実力を本能的にでも察知しただろう? 実力差が分からない程に未熟な訳でも無い筈だ」

「それは……」

「正直に言って、俺とセトが一緒に掛かってもグリムには恐らく勝てないだろう。それだけの実力差がある相手だぞ? 俺達に何かをしたいのならこんな面倒臭い真似をしないでどうとでも出来る筈だ」

「……」


 レイの言葉にそれ以上言葉を発せず、黙り込むアーラ。

 だがその瞳だけはまだ納得していないとはっきりと示している。

 そんな風にレイへと強い視線を向け、半ば睨みつけているアーラの肩へとエレーナが手を置く。


「エレーナ様……」

「アーラ。ヴェルの裏切りを目の当たりにし、その為にキュステが逝ってしまったことを思えばお前がそう簡単に他人を信じられないというのも分かる。だが、今レイが言ったようにグリム殿の力があればわざわざ私達を騙すような真似をしなくてもどうとでも出来たのだ。……それに、私はグリム殿がこちらを騙すような者には見えなかった。そうだろう、レイ?」

「……ああ」


 エレーナの問いに頷きながらも微かに疑問を抱く。


(何故初めて会った……しかもリッチロードと言ってもいい程の実力を持つグリムをこうまで信じられる? それも、ヴェルという自分の部下に裏切られてからまだそれ程経っていないというのに)


 内心で呟くレイだったが、エレーナのその説得でようやく落ち着いたのかアーラは小さく頷いてエレーナの方へと視線を向ける。


「エレーナ様があのリッチを信じているというのは分かりました。……ですが、万が一という可能性もありますのであの空間の歪みには私が最初に入らせて貰います」

「分かった。それでお前の気が済むのならもう私はこれ以上何も言わん。お前に任せる」

「はい」


 エレーナの言葉に頷き、その両手にパワー・アクスをしっかりと持ち空間の歪みへと視線を向ける。

 そしてそのまま数秒程で覚悟を決めたのか口を開く。


「行きます!」


 そう叫び、床を蹴って空間の歪みへと突っ込んでいき……そのまま地下5階から姿を消す。


「よし、どうやら問題は無いらしい。レイ、私達も行くとしようか」

「ああ」


 エレーナの言葉に頷き、この場に残された2人と1匹はそのまま空間の歪みへと向かって歩き出すのだった。






「ここは……確かに地下1階だな」


 空間の歪みを抜け、周囲を見回しながらエレーナが呟く。


「どうやらそうらしいな。……アーラは?」


 エレーナに答えて周囲を見回すレイだが、先に空間の歪みへと入っていった筈のアーラが何処にもいないことに気が付く。

 そしてそう呟いたその時。


「あ、すいません。ちょっと勢いをつけて走りすぎました」


 通路の先からひょっこりと姿を現したアーラの姿にエレーナ共々思わず笑みを浮かべる。


「さて、ではさっさとダンジョンから出るとしよう。確かここはダンジョンに降りてきてから10分程度の位置だったと思うが」

「そうだな、そこの通路を曲がってまっすぐ行くと地上に出る階段がある筈だ」


 ダンジョンに入ったのはほんの数日前だというのに、まるで数ヶ月近くも経っているかのような感覚に襲われながらも、ここを通った時の記憶を思い出すレイ。エレーナもまた同様だったのか小さく頷き、レイの示した方へと歩み始めるのだった。






 場所は変わり、ダンジョンから数km程離れた位置にある場所。

 本来であればモンスターが闊歩する筈のその場所には、現在10人程の人影が野営地を築いていた。

 一晩程度の夜営であるのならともかく、ここに野営地を築いてから既に数日。普通なら自殺行為としか思えないその行動は、ダンジョンの近くにある為に他の地域よりもモンスターの数が少ないというのと、何よりもその10人がかなりの腕利きだからこそだろう。

 そしてもし誰かがその姿を見た場合、恐らくその人物はすぐに冒険者ギルドへと駆け込んでいた筈だ。何しろその場にいる10人の殆どが顔がゴーレムのように岩で出来ていたり、あるいは足が植物の根のようになっていたり、顔の数ヶ所に目があったりと、とてもではないが人とは思えないような容姿をしていたのだから。

 そんな中、一行のリーダー格らしい人物が不意に顔を上げる。

 ローブを被っており杖を持つという、上半身のみならば人間の魔法使いにしか見えないその姿だが、下半身は蜘蛛のそれだ。まるでアラクネというモンスターにも見えるが、その上半身が男だという時点でアラクネの類で無いのは明らかだった。


「……来たな」


 その異形の魔法使いが呟くと、周囲にいた他の異形の存在達も視線を野営地の中央にある魔法陣へと向ける。

 もしこの者達の存在をミレアーナ王国の上層部の者達が見たとしたら、何者なのかすぐに分かっただろう。この者達こそがベスティア帝国の継承の儀式により産みだされた魔獣兵と呼ばれる存在なのだ。その名の如く、人というよりはモンスターにしか見えない容姿が千差万別の者達。

 異形の魔法使いが呟いてから数秒。野営地の中央にある魔法陣が一瞬だけ強烈に光り……次の瞬間、その魔法陣の中央には1人の人間が存在していた。


「姫将軍の暗殺は失敗。所詮裏切り者に期待したのが間違いだったか。……無能者めが」


 視線の先にいるのは左肩から先を無くし、顔が焼け爛れ、そして足には鋭利な針が突き刺さって気を失っているヴェルの姿だった。そんなヴェルへと侮蔑の視線を向けて呟く魔法使い。


「退くぞ。姫将軍を暗殺出来ていればこのままダンジョンの周辺に出来ている村へと攻め込む予定だったが、失敗したのならこれ以上の長居は無用だ」

「この間抜けはどうします?」


 顔の脇にエラが存在し、鱗で顔を覆われた魚人にしか見えない男の問いに再度魔法陣で気を失っている男へと視線を向ける。

 恐らくこのまま放っておけば数時間と経たずに死ぬだろう弱き存在。だが仮とは言ってもベスティア帝国へと恭順した存在だけに、このままここへ置いていくよりは、連れて行けば情報なり何なりで少しは役に立つだろうと判断する。


「連れて行くぞ。もし碌な情報を持っていないにしても人体実験用の材料にはなるだろう」

「了解しやした」


 魔獣兵達は自分達のリーダーでもある魔法使いの指示に従い、気を失っている男ヴェルへと素早く、しかし乱暴に応急手当をして素早くベスティア帝国への帰還準備を始めるのだった。

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[気になる点] ヴェルに刺さった毒針は即死系じゃなかったのか残念です
[気になる点] 直ぐにきえるかもしれない階段を前に悩みすぎ
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