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暁の歌
作:マグロ頭


 砂嵐と広がる白色の砂漠、切り立つ岩山がその世界の全てでした。
 雲一つない快晴の空で、大地を焼かんとばかりに強く照りつける灼熱の太陽。白い大地に、陽炎が異常な高さまで揺らめいています。
 そこを吹き抜ける乾いた突風。砂が石が舞い上がり、全てを削る砂嵐となります。吹いては収まる破壊の砂嵐です。時と共に崖は削がれ、岩は砕かれ、やがて刃物のような鋭い凹凸を刻まれた石のモニュメントが、あちこちに出来上がります。この枯れた世界の墓標がぽつぽつと出来上がっていきます。
 そして岩山から崩れ落ちる岩石。ただ崩れていくだけで元に戻ることのない崩壊。ゴロゴロゴロゴロと、岩山で岩は崩れ落ちていきます。ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。
 何もない世界。木も草も花も川も。鳥も獣も昆虫も。もちろん人間だっていない。そこは終わりの世界。何人も近づかせない、閉じられた世界。その存在を忘れられてしまった、たった一つの心。
 そこは毎日が同じことの繰り返しで、変化がなくて、時間の感覚も無くしてしまいそうな場所なのです。
 そんな枯れた世界に、たった一つだけ動く影がありました。岩をも砕く砂嵐の中を悠然と動きまわる、巨大で厳つい影です。動く度に蒸気を噴き出し、噛み合っていない歯車を軋ませるそれは、人の身体を模したロボットでした。
 ブリキの板が全体を覆う身体。木の幹のように太い足と腕。体内に詰め込まれたいくつもの配線が、穴の空いたブリキの板から覗いています。歯をかたどったでこぼこした下あごの上には、大きな黄色いランプが二つ。
 露呈した歯車をぎしぎしと軋ませて、背後から伸びるパイプから蒸気を噴き出すその姿は、丁度ブリキ人形をそのまま百倍大きくしたような姿でした。
 ロボットは、毎日毎日、ただひたすらに崩れた岩を一ヶ所に集めていました。砂嵐の襲いくる痛みも、焼けつく太陽の暑さも、全てを感じないままに岩を集めていました。
 そこに理由なんてありません。動機なんてありません。思考すらないのです。誰に命令されてやっているのか。いつこんなことを始めだしたのか。そんなことすら分からない。分からないまま、朝から晩まで、灼熱の太陽と凍える月夜を繰り返しながらこの世界で動いているのです。
 それがこの世界で動く、たった一つの機械。とても孤独なロボットの姿でした。

 何年も何年も続いてきた孤独。でもそんな孤独はある日突然終わります。それは、満月がとても綺麗な夜の出来事でした。

 その日は寒さがいつもよりもぐんと和らいでいて、夜空には煌めく星と月とが浮かんでいました。
 ロボットはいつものように何もない世界をただ何となく、当てもなく歩いていました。広い白い砂漠の上を、適当に右に進んでは左に曲がり、時には振り返って来た道を歩き回っていました。道中、岩があれば収集場所に持っていき、そこからまた気ままに歩き出していたのです。
 ですから、ロボットがその場所へ辿り着けたのは全くの偶然でした。偶然だからこそ、その出会いには確かな必然があったのかもしれません。
 そこは小高い丘になっていました。白砂の丘です。そこからは、この世界が地平線までずっと見渡すことが出来ました。ロボットは丘の上に立ち、広がる景色を見回していました。
 不意に、ロボットの視界を左から右へと、何か光るものが横切っていきました。とても淡く儚い、小さな光です。触ってしまうと壊れてしまいそうな危うさを秘めた光でした。ロボットの身体を自然と動いていました。自分でも気付かない内に、光を追っていたのです。
 向いたその場所に、光は飛んでいました。すぅー、すぅー。光っては消え、また光り、空中を撫でるように飛んでいました。その動きはまるで舞のようで。ロボットの瞳は釘づけになってしまいました。
 この感覚はなんだろう。ロボットは突然そう思いました。光を見つめていると、目が覚めるような温かな衝撃が身体を包んでいくのです。全てを洗い流すような、温かく清々しいもの。
 これは一体何なんだろう。ロボットは考え始めました。今まで感じることも考えることも一切なかったロボットがです。ふとそのことに気がついて一番驚いたのは、他ならぬロボット自身でした。
 身体の中に去来した温かなもの。それを考えた思考。驚きという感情。どれもこれも、ロボットにとっては初めての体験でした。初めてだったのでこれは何だろう、自分はどうなってしまったのだろうと深く考えてしまいました。
 だからでしょう。ロボットは勢いよく蒸気を噴き出し始めてしまいました。オーバーヒートを起こしてしまったのです。そしてついにはその機能を停止してしまいました。輝いていた黄色い瞳はその輝きを失い、ロボットの稼働音も消えていきました。
 世界は風の通り抜ける音と、月光とに包まれました。月の光に照らされた世界は、白銀の海のような、なんとも幻想的な姿をしていました。
 飛んでいた光はふわりふわりとロボットに近づくと、やがてその頭の上へと降り立ちました。ロボットの頭上に、点灯する小さな小さな光が生まれました。この世界に飛込んできた、たった一匹の勇気。それは一匹のホタルでした。
 ホタルはその後ロボットの頭上から飛び立つことはありませんでした。ロボットもとうとう再起動することはありませんでした。

 翌日からロボットの毎日は驚くほど変わりました。
 早朝、空がうっすら白み始めた頃に再起動を果たしたロボットは、頭上に止まり休んでいるホタルに気がつき、とても嬉しくなりました。嬉しくなったついでに、ついつい飛び跳ねてしまったのですから、その嬉しさを測るのに苦労はいりません。それはもう、諦めようとしていた矢先に大切な探し物が見つかった時のような、最高最大限の嬉しさでした。
 突然のジャンプに驚いたのは、休んでいたホタルです。眠気眼にも関わらず、なんだなんだと飛び立ちました。強制的に目を覚まさざるを得なかったホタルは少々不機嫌でした。
 ロボットは、飛ぶホタルを見つけて、再び大きく飛び跳ねました。ホタルにはわけが分かりません。飛び跳ねるロボットをただただ眺めていました。けれど、手放しで何かに喜んでいるロボットを見ている内に、ホタルも何だか嬉しくなってきました。
 顔を出し始めた朝日が、優しく二人を照らし出していました。

 ロボットはホタルを連れて大きな洞窟に来ていました。あのまま外にいたら、ロボットならまだしも、ホタルは絶対に焼けこげてしまうからです。この世界の自然は厳しいのです。
 ロボットがやって来た洞窟、そこはロボットがしばしばその機能を停止する時に訪れる場所でした。水が湧き出て、袋一杯に詰め込まれた何かの種がいくつも積んである、この世界で唯一生命の始まりが眠る場所でした。
 ロボットはホタルを洞窟の岩にそっと置きました。始め、ホタルは洞窟をキョロキョロと見回していましたが、やがて飛び立ちました。洞窟が気に入ったようです。元気よく飛び回り始めました。
 それからの毎日、ロボットはホタルが飛ぶのを飽きもせずに見ていました。岩を運ぶことも忘れて、一日中洞窟の中にいたのです。光るホタルは、まるで天使のようで。ロボットは、何もなかった世界に舞い降りた、小さな小さな天使をずっと眺めていました。
 初めて得た感情というものを、特に喜びと幸せという感情をロボットは噛み締めていたのです。それはとても心地のよいものだったから……。ロボットは幸福を抱き締めていたのです。

 けれど、この世に永遠に続く幸福などはありません。そのことをロボットはまだ知りませんでした。毎日が幸せだったから気づくことすらありませんでした。出会いがあれば別れがあるように、幸福に包まれた今があるなら、相反する絶望もまたいつかは訪れるのです。

 それは、ホタルを洞窟に連れてきて、一週間がたった日のことでした。
 この頃になると、さすがにずっとホタルを見ているのも悪い気がし始めていたロボットは外での岩運びを再会していました。朝洞窟を出て、日中はずっと岩運びをしていました。その最中、いつも考えるのはホタルのことです。今日もまた帰ってあの飛ぶ姿を見ることが出来ると思うと、ロボットの仕事の効率はぐんと上がりました。
 ロボットはいつの間にか仕事と休憩という時間の区別をしていました。
 一通り働いて、空が濃紺に染まり始めた頃ロボットは洞窟へと帰ることにしました。ウキウキワクワク胸を高鳴らせながら。それが不安定な幸せの上に成り立つ感情だと気づかないままに。
 異変は洞窟に入ってすぐに分かりました。いつもならば元気に飛んでいるホタルの姿がないのです。ロボットはどうしたんだろうと思いながら奥へと進んでいきました。
 するとどうでしょう。岩の上にホタルが力なく光っていました。飛びたいのでしょう。懸命に羽を動かしています。ロボットは慌ててホタルは近づきました。
 そっと手を差し出すロボット。触れたホタルは空気のように存在感がなくて。ロボットは驚いて手を引っ込めました。それにホタルはいつもよりも長く光りました。ごめんね。まるでそう伝えるかのように、長く儚く光りました。
 ロボットはそっとホタルを掬い上げ、両手で包み込みました。この小さな光を、奇跡の光をどうか消さないでください。そう誰に頼むのでもなく、強く願いました。
 それからの毎日はロボットにとって苦痛の日々でした。日に日に弱まっていくホタル。思い返せば五日目辺りからその動きはぎこちなかったのです。それに気づくことが出来なかった自分。今も何も出来ない自分。ロボットが自分という存在がどれほど無力なのかを痛感していました。
 ホタルのために、何かしてあげたい。でも機械の自分に何が出来るのだろう。ロボットが毎日一日中悩みました。
 ある日、外から帰ってきたロボットは、突然ホタルの前で逆立を始めました。重い身体を勢いよく蹴り上げて、慣れない両手での起立を試みたのです。
 結果は散々たるものでした。十回やって十回とも二秒ともちませんでした。それもそのほとんどが勢いのあまり背中から倒れこんでしまうという情けないものでした。
 ロボットは自分が大嫌いになりそうでした。あの小さなホタルが自分に与えてくれたもののたった一握り、いえ一摘みでさえも自分は返すことが出来ないと思ったからです。ロボットはその場で頭を垂れてしまいました。
 あくる日、外から帰ってきたロボットは、恥ずかしそうにホタルにある物を差し出しました。
 ゆっくりと開かれる機械の右手。そこには何やらよく分からない石の塊がありました。ホタルはそれを見てきょとんとしてしまいました。光ることさえありませんでした。
 そんなホタルの反応を見て、ロボットは今すぐにでも自分の手を壊したくなりました。自分の芸術的センスの無さに、情けない気持ちを通り越して腹立たし気持ちが生まれてきたのです。ロボットはその石の塊をホタルの隣に置くと、またその場で頭を垂れてしまいました。
 そのまたあくる日、外から帰ってきたロボットは何を思ったのか突然歌いだしました。それは仕事場で考えたホタルの回復を願う歌でした。
 けれど、それは歌にはならなくて。ロボットの口から発せれた音は、まるで騒音でした。長年ただ岩を運び続けていただけのロボットの身体は、錆び付いた歪な声しか出せなかったのです。自分のそんな声を聞いて、ロボットはやがて口をつぐみました。そして三度項垂れてしまったのです。
 そのまたまたあくる日、外から帰ってきたロボットは――
 ロボットがこういった数々のことを、どれだけ自分が嫌いになったとしても続けることが出来た理由は、やはりホタルにありました。ホタルはロボットが項垂れる度に弱々しくも光っていたのです。
 面白いよ。ありがとう。素敵だね。そう言うかのようにホタルは光っていたのです。その度にロボットは元気になりました。また何かが出来るような気になりました。
 ロボットはホタルに対して、言い表すことの出来ないくらいのありがとうの気持ちを持っていたのです。だからロボットは毎日毎日ホタルに色々なことをやって見せました。毎日続けることがロボットにとって唯一の感謝の表し方だったのです。

 ホタルの状態は一進一退を繰り返していました。ロボットのすることがホタルを元気づけていたのかもしれません。
 それでも、その時を避けることは決して出来はしない。別れの日は刻一刻と近づいていました。

 その日は、毎日の天候が嘘みたいに穏やかな日でした。夜明けとともに世界は光に包まれていきます。ロボットはそんな太陽を、あのホタルと出会った運命の丘に立って見つめていました。見つめながら、何かが決定的に終わってしまうような、悲しく切ない想いを抱いていました。
 洞窟に帰ったロボット。その瞳は奇跡を捉えました。ホタルが、あんなにも弱っていたホタルが元気よく飛んでいるのです。もう治ったよ。元気になったんだよ。そんな喜びを表すかのように強く強く光っています。
 ロボットはそんなホタルを見て、何だかすごく泣きたくなりました。深いところを締め付けられたような気持ちになったのです。
 ロボットは手を差し伸べました。一日中散歩をしよう。一日中一緒にいよう。最初で最後になってしまうであろうデートにホタルを誘いました。

 ロボットとホタルはとても幸せでした。ロボットの頭にホタルが止まって、行く当てもなく歩き回るだけのデートでしたが、とても楽しく、とても幸せで、今までで一番の幸せをロボットとホタルは胸一杯に感じていました。
 時々ホタルは空高く飛び立ちました。世界を眺めるために。何もない、でも本当はとても綺麗な世界をその目に焼きつけるために。
 時々ロボットは色々なことをしました。今までやって来たことの上達ぶりを見せてあげるために。少しでもこの時間が楽しくなるように。
 ロボットとホタルはそうやってに一日中一緒にいました。
 そして夜。夜空の天辺に、あの日と同じように大きな大きな青白い満月がかかった頃、ロボットとホタルはあの丘へと来ていました。出会いを果たした想い出の丘です。そこでロボットは歩みを止めました。
 お互いの胸の中を、言葉にならない込み上げる想いが暴れまわっていました。少しでも近くに、少しでも長い間、寄り添っていたい。この時が終わるまで、この幸せが終わってしまうまで、二人で過ごしていたい。ロボットとホタルはそう思っていました。
 不意にホタルが飛び立ちました。ふわっと風に舞うように。出会った日のように軽やかに飛び立ちました。そんなホタルをロボットの視線は追います。空に刻まれる儚く淡いその光をずっと追い続けます。
 それは、今まで見てきたどんな姿よりも美しく、ロボットの心を全くの無にしてしまいました。何も考えることが出来ない。ただ目の前で繰り広げられる芸術を眺めていることしか出来ない。直接魂に響く、本当の“舞”でした。
 眺めているロボットの脳裏にはたくさんのことが浮かんできました。楽しかったこと。苦しかったこと。嬉しかったこと。みんなみんなホタルがいてくれたから知ることが出来たものでした。
 だからでしょうか、ロボットは、ロボットの心は涙を流しました。辛くて、悲しくて、苦しくて。今にも胸がはち切れそうでした。
 そんな時です。ロボットは確かに聞きました。ホタルの本当の声をです。透き通る、鈴の音のような声でした。
 その日、ロボットは最後までホタルの舞を見続けていました。ホタルはずっと舞い続けていました。

 翌朝、ロボットは頭の上にホタルの存在を感じました。触れると、何の抵抗もなく砂の上に落ちてしまいました。ロボットは砂の上のホタルをそっと掬い上げました。両手で包み込み、その手を額に押し付けました。そしてそのまま、ただじっとその場に佇んでいました。
 朝日は変わらず世界を照らし始めました。

 ロボットはホタルのお墓を造ることにしました。場所はもちろん丘の上です。岩の収集場所からいくつか岩を持ってきて、穴を掘って、棺を造って、お墓を造りました。その中に小さな小さな、でもどこまでも大きな存在だったホタルを埋葬しました。
 蓋をします。砂を被せて、小石を積みます。何個も何個も。出来上がったのは小さな小石の山でした。ロボットはしばしじっとしていましたが、立ち上がると、さっと振り返って立ち去っていきました。
 その墓前には精巧に出来た石像が一つ置かれていました。それは石を削って造られたホタルの石像でした。

『どうか私が死んでも悲しまないで。あなたは私にたくさんのものを与えてくれたのだから。あなたがいなければ、こんなにも楽しい日々を送ることは出来なかったのだから。だからどうか悲しまないで。あなたが悲しむ姿を私は望まない。あなたに出会えて、本当によかった』


 ――ありがとう――



書きました。始めての童話です。一応現実世界の男女を照らし合わせて書いたので、そんな感じで読んでもらうとまた違うかもしれません。出来れば現実視点で書いてみたい気がするのですが……きっと書かないでしょうね。さて、迫ってきました夏ホラー。どうしましょうか。間に合うか心配です。それではまた夏ホラー辺りに。













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