老人の正体
アユミがアルバイトをしている小さな本屋に、ひとりの老人が現れた。ふらふらと物珍しそうに棚を見ている。古めかしい、穴だらけで、随分と風通しのよさそうな着物だった。お金がないのか病気なのか、相当痩せている。
「いらっしゃいませー」
声をかけつつ、変な人かしら、とアユミは警戒して見ていた。すると、子供の本が並んでいる辺りで動きを止めた。そしてひとつの絵本を取り出すと、ずんずんとレジにいるアユミの元へ歩み寄ってきた。
(何!? 怖い……)
ビクビクしながら待ち構えていると、バン! と本をカウンターに叩き付けた。
アユミがよくよくその本をみると、それは『浦島太郎』の絵本だった。
「今でもこの話は語り継がれているのかねっ?」
鼻息荒く、目を大きく広げ問う。だいぶ元気なようだ。
「はっ、はい。今でもコンスタントに……」
何かの調査だろうか? 売れているか気になるなんて変なの。
「こんすた……。よく分からんが、皆読んでいるのだな」
アユミは恐々頷いた。何が聞きたいんだ?
「娘、今は何年だ?」
「は? えぇと、平成○×年です」
「へーせぇ? 知らんな。とにかく未来なのかっ」
「未来というか、今は今ですが」
「話の通じん娘だなっ。この話より未来なのかと聞いている」
顔を真っ赤にし、浦島太郎の絵本を叩いている。
「まぁ、そうなりますけどぉ」
そんなこと言われても、とアユミは不愉快だった。そこで、まさかの仮定が頭をよぎる。
着物で、どうやら昔から来たらしく、白髪のおじいさんで……てことは!
「浦島太郎……!」
老人はにんまり笑った。
「やっと話が通じたな。そうだ。わしが浦島太郎」
アユミは目を輝かせた。すごい! タイムスリップだわ!
と、わくわくしていると。
「の、作者だ。印税、今もらえんかのう。お金なくて」
両手を差し出し、老人は子首を傾げた。お腹がくるる……と鳴った。
了