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第一章(5)
   第一章(5)


「ずいぶん種類があるんだな。どれを選んだらいいのか…」
「あたしは、ナッティ・クリーミィとベリーフレンズ、それから定番のバニラだな。もちろんワッフルコーンで」
「はいよ」
 店の雰囲気に不似合いな、頑固そうな親父が三つのアイスを器用に積み重ねる。それは、少し溶けてもバランスを崩さない、絶妙な盛りつけだ。
「おいなんだ、一つじゃないのか、いくつでもいいのか」
「ああ、いくつでもいいんだ。なんたって、」
 シィは、ちら、と蒼馬を見る。
「蒼馬のおごりだからな」
「そ…そうか」
「そうかじゃないよ…」
 蒼馬は、ちら、と財布を覗く。
「おい、あの緑のはなんだ。どんな味だ」
「ミンティ・ミンティか。甘いけどスーッとする」
「こっちは? ええと、スウェット・スーツ」
「…スウィート・ルーツな。サトウキビの素朴な甘さが旨い」
「ナオ、よだれよだれ」
「じゅる。このつぶつぶのは?」
「ビター・ビット? それあたしは好きだよ。バニラアイスがベースで、赤とか黄色のつぶつぶはいろんなフルーツ、黒い粒はチョコ。このチョコは苦いぞ」
「苦いのはいやだな」
「ところが、だ。苦いチョコのつぶつぶが、アイスの冷たさで麻痺した舌を生き返らせてくれる。そうするとどうなると思う?」
「ナオ、よだれよだれ」
「じゅる」
「次の瞬間にだな、」
「じゅる」
「忘れかけていた強烈な甘さが、口いっぱいに蘇るんだ。口の両はしがキューンと痛くなって、溶けたアイスが体の芯に冷たく染みこんでいく。それと同時にいろんなフルーツの香りが鼻を突き抜けて、バニラの甘い香りがそれを追いかける」
「ナオ…、ああもう、大変なことに」
「じゅる。ごく。じゅる。じゃ、じゃあ、どれがいいかな」
「選んでやろうか? あたしのとかぶらないのがいいな。あたしのも味見させてやるよ」
「た…頼む」
「お金出すのは僕なんだけど…」
「じゃあ、最初にシンプルなスウィート・ルーツ、次にオレンジ・サンライズ。ビター・ビットで引き締めて、ゴーヤー・アタック、ハニー・ハニー・ハニーで締めよう。ガンさん、リバースでワッフルコーンね」
 親父の眉がぴくりと動く。
「五個か…。五個積むのは三年ぶりだな」
「ダメ?」
「べらぼうめ、五個でも十個でも積んでやらあな、見てな!」
 ひょいひょいひょいひょいひょい、とアイスを積み重ねる。素早い動作の中で、しかもスクレーパーを一種類ずつ交換することは決して忘れない。
「どうだ!」
「ふわぁ…」
「ナオ、よだれよだれ」


   ◆


「なあ、ナオモドキ」
「♪?」
「…うまいか?」
「♪〜!」
「…そうか。ところで、まだ詳しい話を聞いてないんだが」
 ぎろ、とナオがシィを睨む。けれど、その目は三段重ねの「へ」の字になっていて迫力のかけらもない。
「どうしてお前が、その、禍物まがものとかいうやつを追いかけることになった?」
「何度も言っているだろう。お前には関係ない。…ところでその紫のやつ、少しくれ」
「奈緒の体を勝手に使っておいて、関係ない、はないだろう。…この果肉がかたまってるとこ、舐めてみな」
「わたしはおまえのためを思って言ってるんだ。…んむふ〜、果物が生きてるみたいだな」
「話を聞いてどうするかはあたしが決める。とりあえず話せ。…おい、オレンジサンライズ、全部食べるなよ。少し舐めさせろ」
「しつこいな。話さないと言ったら…あ、わたしはそんなにたくさん舐めてないぞ」
「おごってもらった分際で何を言ってる。あ、バカお前、下のから舐めたら倒れるだろう」
「じゃあ上のも舐めてバランスをとろう」
「あっこら、じゃあお前のももらうぞ」
 いちばん安いソルティ・ピアニシモをちびちびと舐めながら、蒼馬は首を捻っていた。
 蒼馬には、どうしても理解できないことがあった。
 それは、仲が悪いと思っていた二人が、それぞれのアイスを舐めあっていること。ただし、「女の子とはそういうものだ」と思えば納得できなくもない。
 もう一つ、蒼馬がおごったということを覚えているかどうかも気になったが、それはどうもすっかり忘れられてしまっているようだから諦めた。
 ――まあ、あれだけ楽しんでくれれば、おごった甲斐がある…よね?
 蒼馬には、ソルティ・ピアニシモの甘さの中に隠された塩味が、少しだけ強く感じた。
「蒼馬、お前のはなんだ」
 シィのアイスを一通り味わって、ナオの矛先は蒼馬に向かった。
「これ? ソルティ・ピアニシモだよ。塩が入ってて、しょっぱ甘いんだ。僕は甘いのちょっと苦手だから」
「塩…? アイスにか? どれ」
 ナオは怪訝な表情で少しだけ舐めてみる。
「あっ、ちょっ」
「ん、これは…。なるほど、さっぱりしててうまいな」
「あたしも食べたことないんだよな。ちょっと舐めさせてよ」
「え、シィさんまで」
 舌でアイスをすくい取る感覚が、コーンを通して手に伝わる。それはまるで自分の指が舐められているような、そんな錯覚を蒼馬にもたらす。
「ななななんだよ二人とも、そんな、ぼぼ、僕のアイスを」
「わかってるって。わたしのも舐めていいぞ」
「あたしのもやるよ」
 目の前に突き出された二本のアイスを交互に見て、蒼馬は思った。
 ――ひょっとして、
 ナオのアイスに顔を近づける。
 ――ひょっとして、これが僕の人生の絶頂期なんじゃないだろうか…。
 アイスは溶けかかっているけれど、ナオの舌が通った跡ははっきりとわかる。その部分をなるべく意識しないように、おずおずと舌を突きだしてそっとアイスの表面を撫でる。緊張で味はよくわからないけれど、冷たさだけは伝わってきた。
「うまいか?」
「あ、う、うん。チョコ、美味しいね」
「ベルギー産のを使ってるらしいよ。ほら、次はバニラ」
 シィの手に包まれたワッフルコーンは、上の方が囓られている。そのふちの部分はアイスに触れていないのにしっとりと濡れていて、
 ――ああ、これ、シィさんが囓ったんだよね…。
 さらに蒼馬の緊張を誘う。
 尖らせた舌の先で、アイスをちょんとつつく。その冷たさに、びく、と一瞬舌を引っ込めて、もう一度ゆっくりとアイスに舌を伸ばす。とろりと流れ落ちようとするアイスを今度は平らにした舌でやさしく舐め上げた。いったん口を離し、くちびるについたアイスをぺろりと舐め取ると、今度は口をすぼませてアイスの先端を吸った。
「お前――」
 顔を上げると、シィが顔をしかめていた。その横にはナオもいて、同じような表情で蒼馬を見ている。
「お前、イヤラシイ舐めかたするなぁ…」
「え、いや決してそんなつもりは」
 あたふたと言い訳をする蒼馬を気にすることもなく、ナオとシィは自分のアイスを舐めはじめた。お互いに一通り味見して気が済んだ、というところだろう。
 いったん落ち着くと、三人は黙り込んだ。はしゃいでいるときはいいけれど、きっかけを失ってしまうと話すこともなくなってしまう。ナオは、ひとりごとのようにつぶやいた。
「わたしはこの体を傷つけないようにするのが精一杯だ。…お前たちまで守ることはできない。守ってもらわなくてもいいと言うかもしれないが、んぎゅむわっ!」
「あん?」
「おいシィ!」
「…アイスがか? そりゃよかったな」
「そうじゃない、おい、シィ! なんだこの苦いのは!」
 ナオは緑色に染まった舌をべろんと見せた。
「ゴーヤー・アタック。ニガウリの苦みをそのまま活かした逸品だな」
「今まで甘かったのに、台無しじゃないか!」
「まあそういうな。そこで、次のハニー・ハニー・ハニーを舐めてみろ」
 半信半疑、というより、九割がた疑いの目をシィに向けながら、恐る恐る舐めてみる。
 ぺろ。
 瞬間、ナオの目が大きく見開かれる。
 ――こ、
 ぺろ。
 ――これは、
「ふ、深い! これは深いな!」
「ゴーヤーとハチミツの組合せ、奇跡のコラボだ。いいだろ?」
 ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
 夢中になって舐めている。
「…あの子も好きだったのよね」
 ぼそ、というシィの小さな声は、思わず口から出てしまったものだろう。そして素早く目をそらしたシィの仕草は、決してその言葉の意味を聞いてほしくないのだろう、と受け取れた。だから、
 蒼馬は聞こえなかったふりをして、ナオは一瞬舐めるのを止めただけだった。


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