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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第2章 女神の死の抱擁

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女神の死の抱擁(1)

金曜日はただでさえ集中力が薄れるというのに、昼休み直後の午後の授業ともなるとまるで身が入らない。授業の始まる前から眠気に襲われ、うつらうつらしていると、けたたましいサイレンの音に、一瞬にして目が覚めた。
 クラスメートたちが我先にとサイレンの聞こえてくる窓へと駆け寄っていく。弾かれたように空も席をはなれ、爪先だって窓の外を覗き込んだ。
 ちょうど、大きく開かれた正門から救急車が校内に滑り込んでくるところだった。スピードを落とさずに走り込んできた救急車は旧校舎中央玄関前で急停車した。救急車を飛び出した救急隊員たちは疾風のごとくに旧校舎の中へと駆けこんでいった。
 気分の悪くなった生徒でもいるのかな――空はその程度に考えていた。軽く考えていたのは空だけではなかった。窓際に鈴なりになって興味深く旧校舎を覗き込んでいる誰もが、人が死んだとは思ってもいなかっただろう。
「何かあったのかな」
 ひとりだけ席から動こうとしなかった陸を振り返ってみると、陸は教室の外から手招きしている海に向かっていくところだった。そしてそのまま外の廊下に姿を消した。五分もしないうちに戻ってきたかと思うと、陸は空の耳に「校長が死んだ」と囁いた。
「校ちょ……」と言いかけた空の口をふさぎ、陸は黙っていろといわんばかりに人差し指をたてて唇にあてた。
「ほらほら、席について。もう授業が始まってるのよ」
 教室に入ってきた白石希美が生徒たちに席に戻るように促したので、空は詳しい事情を陸から聞きそびれてしまった。午後一限目の授業は英語で、教師になって三年目だという若い希美が担当している。
「先生、何があったんですか?」
「大した事じゃないわ。気分の悪くなった生徒がいるってだけよ。さ、はやく席に戻って。授業を始めるわよ」
 何気ないふりを装ってこたえた希美だが、その笑顔はこわばっていた。
 金曜の午後のけだるさはどこへやら、サイレンの音ですっかり頭は冴えてしまったが、授業の内容は全然頭に入らなかった。校長が死んだ、いつ、どこで、どうやって? そんな疑問ばかりが浮かんで、空は授業中ずっと何かを知っているらしい陸の横顔をうかがってばかりいた。
 チャイムが鳴った途端、空と陸は顔を見合わせてうなずきあった。陸の眉が上がって視線が上向いているのは屋上へ行こうという合図だ。ふたりはチャイムが鳴り終わる前には教室を飛び出していた。
 十分後には午後二限目の授業が始まるが、授業に出る気はなかった。空と陸は時々、そうやって授業をサボっては屋上でたわいもないおしゃべりをして時間をつぶす。でも今日は、いつものようなくだらない話ではなく、校長の死についての話を聞かなければ。
 何かを知っている陸も話したくてしょうがないのか、前へ前へと踏み出す足が時折もつれそうになっていた。

「校長が死んだって?」
「校長が死んだ!」
 質問と答えが同時だった。空は陸と顔を見合わせて笑った。
 屋上までの階段を一気にかけあがってきたものだから、ふたりして息があがっている。体も心も高揚して耳たぶまで真っ赤だった。
「ねえ、校長が死んだってどういうこと? 事故? それとも、事件だったりするの?」
 殺人事件だったりしたら――ムクムクと湧き上がってくる好奇心を空は抑えきれなかった。殺されたのなら、誰が、どうやって? 授業中、そんなことばかりが気になって仕方なかった。退屈な日常が非日常に上書きされるかもしれない、そんな予感に心が踊った。
「たぶん事故じゃねえの。美術室で石膏像に押しつぶされて死んでいたから」
「美術室? なんで校長先生がそんな所にいたの?」
「知らねーし。とにかく、校長は美術室で死んでた。午後の一限目が美術だったんで、美術室に行ったら、みんな教室の外でたむろしててさ。いつもなら授業の前に市川が教室を開けておいてくれるだろ?」
 市川とは非常勤で美術を教えている市川章介のことだ。
「しばらくしたら、やっと市川が来てさ。鍵がなくなったって言うんだ。しょうがねえから、俺が体当たりくらわしてたら、松戸が来てさ」
 松戸寛、生物を担当している三十代の教師だ。生物室は美術室の真下にあるので、陸がドアに体当たりする音が響いたのだろう。
「うるさかったんだろうな。美術室のドアを開けるところだって言ったら、手伝ってくれて、二人がかりでドアを破ったんだ。んで、中に入ったら、床に校長が血だらけで倒れていたってわけ。石膏像の破片が周りに散らばっててさ、足の踏み場もないくらいぐちゃぐちゃ。石膏像だか、バラバラ死体だかわかんねえような感じでちょっとしたホラーだった――って、海が言ってた」
 とってつけたように陸は、さも海から聞いた話のように語ったが、陸自身が目撃した光景だと空は気づいていた。海――正確には海のふりをした陸が、海を教室の外に呼び出し、メガネを受け取った海が廊下を走り去っていったのを空は見逃していなかった。
 双子であるのをいいことに海と陸は時々入れ替わっている。二人の間でどういう約束になっているのか、数学だとか英語とかいった頭の痛くなりそうな授業で入れ替わっているのをよくみかけるから、陸の苦手な授業に海がかわって出ているようだ。
「陸。美術室、石膏像ときて、何か思い出さない?」
「何かってなんだよ」
「美術室の動く石膏像の怪談!」
 一瞬の間を置いた後、陸はふきだした。
「お前、まさか石膏像が校長を殺したとでも思ってんの?」
「そんなわけないじゃないっ! 美術室で石膏像に押しつぶされていたって聞いて怪談を連想しただけよ」
 メルマガで怪談を紹介してから二か月、桜の花びら舞った空からは五月雨が降り注ぐ季節へと移り変わろうとしていた。
「でもまあ、石膏像が校長を殺したってのは、そうなんじゃねえの。実際、校長は石膏像の下敷きになっていたわけだから」
「事故だったのかな? それとも……」
 空はフェンスに両手をかけ、旧校舎をみやった。
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