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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第1章 怪談のタネ

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怪談のタネ(5)

「イエスの場合は? 処女懐胎とか復活だとか一切信じちゃいねえけど、たくさんある奇跡話は全部作り話か?」
 陸は、キリスト教系の学校に通っている人間とは思えない暴言を吐いた。
 空は思わず周囲を見渡し、先生たちがいないのを確かめた。
「そもそも、聖書自体がフィクションだ。核となる事実はあるだろうけど、そっくりそのままを事実や史実としては受け入れられない」
「遺体がなくなっていたって話が死人が復活したってことになったんだもんな。たぶん遺体が盗まれたとか、そういうオチだろうにさ」
「二人とも! イエス様を信じていないのね?」
「信じているよ。イエスという人物が存在していたのは確かなんだから」
 同じ「信じる」という言葉にしても、神父さまたちと海の口から聞くのとではまるで違う言葉のようだ。神父さまたちは情熱をこめて発するのに、海の口から出てくると、冷たくて固いもののように感じられる。
「でも、水の上を歩いたとか、死人を生き返られたとか、そういう超人的なイエス様は信じていないのね?」
「当然だ。水の上を歩けるわけはないし、死人が生き返るわけはない。生き返ったのだとしたら、その人間はもともと死んでいなかったってことだ。本当に死んだかどうかなんて、昔の人にはよくわからなかっただろうから」
「水の上を歩くのは? 手品だっていうの?」
「いいね! イエス、実はマジシャンでした! ウォーク・オン・ザ・ウォーター。マジックショーのタイトルみたいで、かっこいいじゃん!」
 左手で空中にタイトルを書き連ね、陸は声をたてて笑った。
「水の上を歩くマジックは確かにあるが、イエスの話はトリックがあるわけじゃない。そもそも、彼は水の上を歩いていないと思う」
「どういうこと?」
「水の上を歩いたという話は、マタイによる福音書とマルコによる福音書に書かれている。湖の上に浮かんでいる小舟に乗っている弟子たちにむかって歩いてきたって」
「浅い湖だったとか?」
「空のその単純な考え方、俺、好きだな!」
 花火のように弾ける陸の笑い声が辺りに響き渡った。読書に耽りたい生徒たちはもうずっと前に遠く離れた席へと移動してしまっていた。
「浅い湖なら船は浮かべられないだろうね」
 冷静なのは海だけで、空をバカにしたように陸はいつまでもカラカラ笑い続けている。
「トリックでもない、船を浮かべられるほどの深さだっていうのなら、どうやって湖に浮かんでいる船に行くことができたの?」
「湖の上を歩いていったんだろうね」
「水の上をあるけるわけがないって言ったのは海よ?」
「僕は、『水の上を歩いた』とは言っていない。湖の上を歩いたんだろうって言ったんだ」
「でも……どういうこと?」
「湖が歩ける状態だったって意味さ」
 脇から陸がすらっと答えた。
 海は学園で一、二を争う天才だ。アスリートとしては天才的な陸も脳の筋肉までは鍛えられないのか凡人の陸と空とは海の話についていけない時があるのだが、ふとしたところで陸は海を理解できてしまう。双子ならではのテレパシーか何かでつながっているようで、そんな時、海と陸の強いつながりに空はほんの少し、嫉妬してしまう。
「凍っていたら湖の上を歩いていける」
「そっか!」
 お勉強は苦手な陸だが、頭の回転は速い。そして、たまに変な方向へと回転する。奇抜なアイデアを思いつくのは海よりも陸だ。
「アメリカの学者が、イエスは湖の上に浮いていた氷の上を渡ったのではないかという説をとなえている」
「たしか、ガリラヤ湖よね。現在のイスラエルにある湖だけど、凍るほど寒い地域なのかな? イスラエルっていうと、暑くて乾燥しているイメージなんだけど」
 宗教の時間に勉強した知識を空はひっぱりだしてみた。確か、テストにも出たはずだ。結果はまあまあだった。ふと、海の宗教の成績はどんなだろうと気になった。
「当時のイスラエルの気候は今とはだいぶ違うものだったらしい。理屈としては通るが、歩けるほどの厚みのある氷が浮かぶ湖で弟子たちが一晩を過ごしたとは考えにくい。凍死してしまうだろうから」
「じゃあ、海はどうやってイエス様が湖の上を歩いたんだと考えているの?」
「僕は、そもそもイエスは湖の上を歩いていないと思っている」
「え?」
 空がとっさに振り返って見たのは陸だった。摩訶不思議な海の思考回路を読み取ってくれとばかりに陸に助けを求めたのだけど、頼みの陸もきょとんとしている。
「科学的な証拠は何もないけど、そうでないと説明がつかない。水の上を歩くなんて人間にはできるわけないんだから。神の子だからできるなんて話も信じない。第一、イエスは神の子でも何でもないし」
「神父様たちが聞いたら卒倒しそうなコメントだわ」
「誤解しないでほしいから言うけど、キリスト教そのものを否定しているわけじゃない。イエスの考え方には大いに賛同できるくらいだ。彼が神の子だろうと何だろうとね。超人的存在としての彼の言う事しか受け入れられないという態度は幼稚だと思うんだ。それは信仰というより、盲信に近いと思わないか?」
「よくわからない――」
「話を湖に戻してくれよ、海」
 別の方へとのびていく海の思考の網を陸が手繰り寄せた。
「いいだろう。そもそも湖の上を歩いていないという話だったね」
「そう。歩いていないのなら、どうして水の上を歩く奇跡譚が誕生したの?」
「イエスを超人的な存在にするためだけど、話の核はきっとこういうものだろうと思う。おそらく、弟子たちはイエスが歩いているところを見てはいない。聖書には『湖の上を渡ってくるのを見た』とあるけど、聖書に書かれていることは後の人間によって手を加えられている可能性が高いからそのまま受け取ることはできない」
「弟子たちは、じゃあ、何でイエス様が湖を歩いてきたと言ったのかしら」
「おそらく、湖の上を歩いてきたとしか考えられない状況を体験したんだと思う。船に乗って湖に浮かんでいたのは事実だとして、問題はその後に起きた出来事だ。気づいたらイエスが船にいた、橋もないのにどうやって船まで近寄ってくることができたのだろう、これは湖の上を歩いてきたとしか考えられない、となった。それか、湖で立ち往生しているところを救助してもらったか。救助劇を人に話してもそれほど感心されないが、湖の上を歩いてきて助けてくれたとなると、人々は耳を傾ける。こうして嘘が大きく膨らんでいって――」
「……海、その話、神父さまたちにはしない方がいいと思うわ」
「するわけないだろ」
 頬を膨らませ、海はぷいっと横を向いてしまった。不信心だとか地獄に堕ちるぞと言われるだろうとわかっていて、うんざりしている様子だった。
「要するに、海は、湖の上を歩いてきたとしか思えない状況のイエス様の話が、湖の上を歩いたという奇跡になったと言いたいわけね」
「最初は単純な話だったのが、イエスという人物が知れわたるようになり、神秘性を高めるために誕生時の話から脚色されていったというところだ。真珠のようなもので、光沢のある層を剥がしていくと、中心には外側のものとは似ても似つかない核があるってこと。怪談も同じだ。おどろおどろしいものを取り除いたら、核にあるのは案外とりとめもないものだったりする。たとえば、トイレに関する怪談なんか、ほとんど全国の学校に伝わっていて、細かい点は異なるものの、共通するのはトイレに何かが出るという話だろう?」
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