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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第5章 消える人々

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消える人々(8)

 さながら倒壊するビルのごとく、希美の体が空の目の前で崩れ落ちていった。
 とっさに椅子から立ち上がり、空は教壇に倒れ落ちていく希美の体を支えようとした。希美は小柄で華奢な体格をしていたが、力を失った体は容赦なく空にのしかかって来、空は重力の力をいやとなく知らされた。
 教室中にあがった叫び声を聞きつけ、他の教室から駆け付けた教師たちによって、希美は保健室へと連れていかれた。
 席を立った時にでもどこかにぶつけたものか、すねに大きな切り傷を負った空もまた、陸に抱きかかえられるようにして保健室へと運びこまれた。
「ただの切り傷ね。大したことなくてよかったわ」
「血が出ていたので、陸がパニックになっちゃって。大した量でもないし、自分で歩けるっていったのに、わざわざ保健室までついてきて」
「意外と男の子は血に弱い子が多いのよ。見慣れてないから」
 保健医の野沢佳苗は手際よく傷の手当てを施した。年は二十代後半ぐらい、面長で色白、セミロングの髪は染めているのか地毛なのか、赤味をおびてゆるくうねっている。
 不思議なもので、怪我をしたと気づいてからの方が痛みが強くなっている。
 出血に動揺した陸はいてもまったく役に立たないので、ひとりで教室に帰ってもらった。
「白石先生は大丈夫ですか?」
「多分、貧血だと思うから、少し休んでおけば大丈夫だと思うわ」
 空と佳苗とは同時にカーテンの仕切りに目をやった。その向こうのベッドに希美は寝かされている。
「ちょっと疲れがたまっていたのじゃないかしら。このところ、いろんなことがあったから……」
「松戸先生のことがあったから……」
 一瞬、咎めるように鋭い目付きをしてみせた佳苗だったが、すぐに苦笑いを浮かべてみせた。
「もうみんな知ってるのね。松戸先生と白石先生との関係」
「学園の外で二人でいるところを見かけた生徒がいて、噂にはなっていました」
「その噂なら知っているわ。松戸先生は結婚しているのだから、関係をもつのはやめるように言ったのだけど……」
 佳苗は再びカーテンの仕切りに目を向けた。その目は、忠告を聞き入れられなかった女心を憐れんでいた。
「いつだったか、亡くなった津田沼校長に呼び出されて、怒鳴りつけられたらしいわ。怒鳴り声が廊下を歩いている人に聞こえやしないかとひやひやしながら、お説教されていたらしいの。でも、それでも関係を続けていたのね……」
 松戸と希美が校長室に呼び出された話は空も聞いて知っていた。津田沼校長は誰かれ校長室に呼びつけては叱りつけるのが仕事みたいなところがあったから、あまり深くは気にもとめていなかったが、津田沼校長が亡くなり、松戸が行方をくらましている今、校長に叱責された事件がひっかかった。
「松戸先生と白石先生は、不倫関係についてとやかく言われたことで津田沼校長を恨んだんでしょうか」
「さあ、それは……そんなことで……」
 言葉を濁し、佳苗は目を伏せた。
「ところで、野沢先生。七美が襲われた時、どこにいましたか?」
「どこって、ここ、保健室よ」
「一人でですか? 生徒はいましたか?」
「あの日は誰もいなかったから、一人だったわ」
「保健室と、七美が襲われたトイレとすごく近いですけど、七美が襲われたのに気づきませんでしたか?」
「警察にも同じことを訊かれたけれど、何も気づかなかったわ。悲鳴が聞こえて、慌てて廊下に飛び出したら、血まみれの女子生徒がトイレの入り口に立っていて。私、その子が怪我でもしたのかと思ったのだけれど、どうも血だまりに滑って転んだだけだったのね。どうしたのって聞いて、トイレを覗きこんだら、相馬さんが倒れていたの……」
 記憶を追うようにドアの向こうをみつめる佳苗の視線を追って、空もその先を見透かそうとした。
 保健室からトイレまではわずか数メートルの距離だ。人が殺されたような大事に気づかないということがあるのだろうか……。
「七美が襲われたのはそれより前ってことになりますけど、本当に何も変わったことはなかったんですか?」
「ええ、何も。気づいてあげられたら、相馬さんを助けてあげられたかもしれないのに」
 きっと下唇を噛んだ佳苗の様子は心底悔やんでいるようで、演技にはみえなかった。
「ここと職員室とも近いですけど、職員室にいても、悲鳴は聞こえたと思いますか?」
「ええ、聞こえたはずよ。事務室や校長室まで聞こえたくらいだから。富岡校長も、浅見さんや市川先生も何事かって駆け付けてきたのだから」
 ややあってから、佳苗はそうこたえた。
「松戸先生と白石先生は?」
「二人は二階で授業中だったでしょ?」
「職員室にいたと言っているそうです。悲鳴が聞こえてきた時、二人は職員室から出てきましたか?」
「……いいえ」
 佳苗は首を横に振った。疑念がわきあがりつつあるのが八の字になった眉から読み取れた。
 その時だった。隣のベッドからかすかな呻き声が漏れ聞こえ、佳苗はあわただしく希美の枕元に駆け寄っていった。
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