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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第5章 消える人々

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消える人々(3)

 陸たちが走り去ってみると、たちまち喧騒が引き潮のように新校舎の奥へと遠ざかっていった。
 空は教室には戻らず、新校舎二階にある自習室を目指した。教室に戻っても、授業をボイコットした生徒たちのおしゃべりに付き合わされるだけだろうと踏んだからだった。
 生物室から自習室までは中央階段をあがって旧校舎二階の渡り廊下から新校舎に移ればいい。しかし、そのルートでは記念礼拝堂の前を歩いていかなければならない。忘れようとしている聖歌の痛ましい姿が脳裏によみがえりそうで記念礼拝堂の前を歩く気にはなれない。
 空は八角の間を抜けて一階の渡り廊下を歩いていくことにした。
 ただでさえ薄暗い八角の間が梅雨時とあってますます暗さを増している。湿気を吸った木造の建物は黴臭いようなにおいを発していた。
 幽霊など出るはずもないと自らに言い聞かせながら、空は顔を伏せ、そそくさと八角の間を通り過ぎた。
 新校舎の階段をあがり、二階をめざす。
 授業中とあって、校舎内は水を打ったように静かだ。居並ぶ教室のドアの向こうには何十人という生徒がいるのに人の気配がまったく感じられない。まるでゴーストタウンに迷いこんだかのようだ。
 生徒たちも授業に集中しているだろうから、廊下を出歩いている空の存在には気づいていないだろう。旧校舎の教室のドアには視線の高さに窓がはめこまれているが、新校舎の教室のドアには窓はない。壁一面を隔てて、空は他の生徒たちとは別の世界にいる気分だった。
 この状況で襲われたら――ふとそんな不安が胸をよぎった。誰にも気づいてもらえず、手遅れになるかもしれない。現に七美は襲われた。
 ふと、背後から人が迫ってきたような気がして、空は足を速めた。
 わずか数メートルの距離を息せき切ってかけこんできた空に気づいて、自習室にいた数人の生徒が顔をあげた。しかし、その目は虚ろで空を見てはいなかった。まるで風でも入り込んできたかのように空には無関心で、彼らはすぐまた教科書の海に潜っていってしまった。
 一般教室と広さは同じ自習室だが、勉強により集中できるようにと席は一人一人パーテーションで仕切られている。高等部二年からは授業は選択制になるので、飛び石の授業の合間に勉強できるようにと用意されたが、利用者はあまりいない。ほとんどはコンピュータのある図書室で勉強するか、勉強しないで食堂で友達と話し込むかするからだ。試験前にはさすがに利用者が増える。この日は、高等部三年と思われる生徒がちらほら見えた。
 席につくなり、空は我知らずのうちに大きなため息をもらしていた。得体のしれないものがうごめいている海面から引き揚げられた遭難者さながらに、机の縁に強くしがみついた指先が白くなっている。心なしか、体が震えていた。
 七美の事件以来、学園は安全な場所ではなくなってしまった。七美を襲った犯人は未だに逮捕されずにいる。空たちが事件に首をつっこんでいると知られたら、襲われても不思議ではない。
 それにしても、七美を襲った犯人はどうしてわからないのだろうか。
 恐怖心が収まったところで教科書を開いても、どうしても考えは事件の方へと向いていく。教室に戻れば嫌でも怪談の話と七美や聖歌の自殺の噂話が耳に入るからと、自習室へと避難してきたのに、事件のことが頭から離れない。
 事件当時、学園内には千人近くの人間がいた。にもかかわらず、事件の目撃者はいない。篤史は八角の間に現れた幽霊が犯人だというが、事件との関連性が証明されたわけではない。
 津田沼校長を殺害し、聖歌を呼び出した時には海のケータイを用いたことからも犯人はどうやら学園関係者だと推測されるが、七美が襲われた時、生徒と教師は教室に、職員も持ち場を離れていない。つまり、アリバイがあるのだ。
 アリバイがない人間は、ごく少数の人間だけだった。保健室にいた佳苗、校長室にいた富岡校長、事務室にいた玲子、新校舎の廊下を歩いていた事務員の幸子、旧校舎から職員室へとむかっていた市川。アリバイがないというより、証明する第三者がいないといったほうがいい。逆に、アリバイを証明する第三者がいながら、居所がはっきりしない人物が二人いる。希美と松戸だ。互いに職員室にいたと言っているが、職員室前で出くわした市川と幸子は二人の存在に気がつかなかったと言っている。
 仮に、アリバイがしっかりしている人物のほうが怪しいということはないのか、と空は考えなおした。わざわざ授業中を狙って犯行に及んだのは、目撃者される恐れがないというより、教室にいたというアリバイが作れるからではないのか。しかし、それならどうやって七美を襲うことができたのか……。
 考えれば考えるほど、伸びてくる思考の枝葉にがんじがらめになる。空は頭を抱え込んで声のするため息をもらした。
 しまったと顔をあげた視線の先に光るものがあった。
 パーテーションと机の間の隙間に何かが挟まっている。爪の先でほじくり出してみると、それは石のついたピアスだった。ダイヤモンドだろうか、放つ光が透明感を帯びている。
 イヤリングより外れにくいはずのピアスだが、キャッチと言われる留め具が緩いと外れてしまうものらしい。キャッチは見当たらなかった。どこか別の場所でキャッチが外れ、ピアスは自習室の机の上に落ちてしまったというところだろうか。
 落とし物として届けておこうと、空はピアスをティッシュで丁寧にくるみ、ポケットにしまった。



 その夜のニュースで、空たちは松戸が津田沼校長殺害容疑の重要参考人として指名手配されたことを知った。
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