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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第5章 消える人々

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消える人々(1)

 八角の間には霊が出る。創立者の霊だったり、日本軍の兵士だったり、出没するものに一貫性はないが、とにかく何かが出る、それが八角の間にまつわる怪談だ。八角形という形の珍しさ、昼間でも薄暗い場所であることなどから、“何か”が潜んでいそうだと思われるのも不思議ではない。
 その八角の間で幽霊を見たと言い出す人間が現れた。七美が襲われたその日、八角の間に吸い込まれるようにして消えていく幽霊を目撃したというのである。
 ちょうど七美が襲われたくらいの時間だったことから、七美を殺したのは八角の間に現れた幽霊だったのではないかという噂がたち始めた。津田沼校長の事故、聖歌の自殺も実は八角の間の幽霊の仕業ではないか、そんな話もちらほら聞かれた。
「バカバカしい。お前ら、本気で幽霊が相馬を殺したと思ってるわけ? 幽霊が人を殺すはずがないだろ」
 マスメディア部の女子部員たちが幽霊の噂話に花を咲かせているところに割って入ったのは、寺内篤史だった。それまで部室のコンピュータにむかって調べものをしていたようにみえたが、噂話に耳をそばだてていたというわけらしい。
「まさか」
 噂話をしていた三人のうちでリーダー格のように振る舞っていた黒木亜里沙が低い声で応えた。その他の二人も白けた顔をしている。
「幽霊が人を殺すだなんて話を本気で信じているわけないじゃない。ただのおしゃべりのネタだっての。そんなこと、言わせないでよ」
 亜里沙の言う通りで、誰も本気で幽霊が七美を殺したなどと考えてはいない。ただ、そう考えないと怖くてたまらないのだ。七美を襲った犯人はいまだに逮捕されていない。人を殺して平然としている人間がこの世にいるのだと考えるより、いもしない幽霊の仕業だと考えることで、わざと七美が殺された事実を頭の隅に追いやろうとしているだけなのだ。
 博学で語彙も豊富、マスメディア部随一の記者である篤史だが、感情の機微には疎く、幽霊話を面白がる心理がわからない。本を読みふけっている姿は思わず見とれてしまう美少年だというのに、モテない理由は女心といったものにまるで通じていないからだ。そんなところも海と共通している。海と篤史は学園で一、二を争う天才、顔も悪くない、というより、いい方だというのに女子生徒たちに敬遠されている。
「人を殺すことができるのは人間だけだ。津田沼校長も山下も殺したのは人間だ」
「何言ってるの」
 今度は亜里沙がバカにしたような表情を浮かべる番だった。
「津田沼校長が亡くなったのは事故でしょ。聖歌は、親友を失った悲しみから自殺。どっちも怪談の呪いなんかじゃないって、みんな、本心では分かってるわよ」
 亜里沙につられるように他の二人も笑いをかみ殺していた。しかし、篤史はかえって亜里沙たちを見下すような薄笑いを浮かべてみせた。
「津田沼校長は地震で倒れてきた石膏像に押しつぶされたって話、本気で信じているんだ。それこそ、本物のバカじゃねえの。あの日の地震の震度は三。じっとしていてやっと揺れを感じるって程度だったんだぜ。そんな程度の地震で石膏像が倒れてくるわけねえっての。だからって石膏像が動いたわけでは当然ない。誰かが事故に見せかけて津田沼校長を圧死させたのさ。そんなこともわかんねえのかよ。これはれっきとした連続殺人事件さ。誰かが、学園の怪談に見立てて次々に人を殺しているんだ」
 とたんに、高笑いが部室中になり響き渡った。亜里沙が腹を抱えるようにして大笑いし、他の二人も涙を流さんばかりに笑い声をたてていた。
「バッカバカしい。連続殺人事件だなんて考えるほうがどうかしてるわ。頭が良すぎると変なことを考えちゃうのね」
 亜里沙たちは、軽蔑と同情の入り混じった顔をしてみせ、篤史の説明を待たずに部室をさっさと引き上げていった。
 同じ無機質な天才肌で人を遠ざけてしまう海と篤史だが、コンピュータのように分析結果を無感情に叩き出すだけの海に対し、篤史は知性を武器に相手をねじ伏せようとする。そういう時にだけ人を見下した感情を露わにして嫌われるのが、近づき難いと思わせるだけの海との違いだった。
 篤史も海と同じことを言っているだけなのに、亜里沙たちに信じてもらえないのは篤史の人をバカにした態度のせいだった。海の推理を聞く前だったら、空も篤史の話を素直に受け入れられなかっただろう。しかし、海の指摘によって、津田沼校長が事故死ではないこと、聖歌が津田沼校長の事件について何かを知っていて自殺に見せかけて殺されたのではと考えている空は、篤史がどこまで知っているか気になった。
「何で、連続殺人事件だと思うの?」
「そう思わない方が不自然だろ」
 空に向き直った篤史は、膝の上で両手を組んでみせた。
「一か月もたたないうちに、学園内で人が立て続けに死んでいくなんて偶然で片づけられるか? さっきも言ったけど、津田沼校長の事故は事故とは到底考えられないし、相馬は授業中という、学園内から人の目がなくなる時間帯を狙って襲われている。突発的に起きた事件というより、計画性が感じられる。たまたま相馬が教室の外にいて襲われたように考えられているけど、彼女、家からかかってきた電話に応対しようとして教室の外に出たんだってな。それって、呼び出されたってことじゃないのか?」
「聖歌は? 自殺ってことだけど」
「親友を殺されて悲しみのあまり自殺。よく出来たシナリオだと思うぜ。だけど、自殺するのにわざわざ学園まで出向くか? 山下のやつ、相馬が殺されてから学園には来たがらなかったじゃないか。自殺するなら家でも構わないだろ」
 聖歌が海のふりで送られたメッセージにつられて学園までやってきたことを知る空はごくりと生唾をのんだ。
「連続殺人事件ということは、寺内くんは犯人は同一人物と考えているのね」
「ああ。最初の津田沼校長の事故を殺人事件と考えれば、おのずとそう考えざるを得ないね。相馬も山下も、茶道部だった。茶道室は、校長の死んだ美術室の近くだ。そう考えると、二人は校長の死に関して何かを知っていた可能性がある。犯人にしてみれば脅威だった、だから、二人を殺した――」
 果たして、聖歌がまさに津田沼校長が殺されたその時間に美術室近くにいたと篤史は知っているのだろうかと、空は再びごくりと生唾をのんだ。
「海も、僕と同じ考えでいるんじゃないのか?」
 嘘をつくことでもないし、ついたところで篤史には見破られるだろうと、空は素直にうなずいてみせた。
「海なら連続殺人事件だと気づいて当然だな」
 天才を理解するのは天才のみとでも言わんばかりに、篤史は満足げな笑みを浮かべた。ともに天才だの秀才だの称えられるだけあって、篤史は海をやたらと意識している。何かにつけて、海に挑むような態度をとるのだが、海の方は相手にしていない。
「警察は、相馬の事件だけを捜査しているけど、犯人の目星もついていないんじゃないか。まあ、それも、僕と海とが事件だと気づいた以上は、犯人逮捕も時間の問題だろうけど。それに、相馬の事件に関しては目撃者がいることだし」
「目撃者?!」
 素っ頓狂な声をあげ、空は慌てて口を覆った。高まる動悸を抑えて空は尋ねた。
「それで、犯人は誰か、もうわかってるの?」
「ああ。幽霊さ」
 高まった気持ちが一気にしぼんでいった。
「さっき、幽霊は人を殺さないって言ったばかりじゃない」
「確かに、幽霊は人を殺さないさ。相馬が襲われたその時間に目撃された幽霊というのは、実は相馬を襲った犯人だったってこと。ただし、目撃者本人は、自分が犯人を見たとは思っていないんだけどね」
「どういうことなの?」
「八角の間には霊が出るという怪談がある。人外のものが存在しているという先入観と、八角の間の薄暗さとで、犯人を目撃したことが幽霊を目撃したという事実にすり替わってしまったんだろうな」
「その、幽霊、つまり七美を襲った犯人の目撃者は誰か、寺内くんは知ってるの?」
「当然」
 顎をあげた篤史の視線は自然と空を見下すような角度になった。
「誰なの?」
「マスメディア部員だろ、それくらい自力で調べろよな」
 それ以上何も話すことはないとばかりに篤史は椅子からすくっと立ち上がった。
 廊下に出ようとする手前で空を振り返り、篤史は叫んだ。
「そうだ、海に伝えておいてくれ。どっちが先に事件を解決するか、競争だってな」
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