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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第4章 嘆きのマリア

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嘆きのマリア(2)

 ケータイが鳴った。翌日の授業の用意をして後は寝るだけという時間に、知らない番号だった。ためらいながら出てみると、聖歌の母親、山下夫人からだった。遅い時間に申し訳ないと言い、山下夫人は本題を切り出した。
「聖歌、そちらにお邪魔していないかしら」
「いいえ」
「そう……」
「あの、何かあったんですか?」
「ええ……」
 寝る前に聖歌の部屋をのぞいたところ、ベッドで寝ているはずの聖歌の姿がなかったのだと今にも泣き出しそうな声で山下夫人は言った。トイレにでも起きたのかと思ったが、どうも様子がおかしい。パジャマは丁寧に折りたたまれて枕元に置かれてあり、肌身離さず持ち歩いていた携帯電話が見当たらない。外出したのかと慌てて携帯に電話をかけても、電源が入っていないようで連絡がつかないのだという。
「夕食後、すぐにお風呂に入って、そのまま自分の部屋に引きこもったの。七美ちゃんの事件があってから、ご飯時には顔を見せるけど、それ以外は部屋にこもりきりだったから、てっきり部屋にいるものだと思っていたのだけれど。外に出るのをとても嫌がっていたのに、しかも夜になってこっそり家を出て行くなんて考えられないのだけれど……」
 ひょっとすると親しい友人たちの顔が見たくなったのかもしれないと山下夫人は楽観的に考え、心当たりを連絡して回っているところなのだという。
 聖歌がいなくなったと聞いて、空は嫌な予感がした。怪談の呪いがぱっと頭に浮かんだが、そんなバカげた話を山下夫人にできるはずもない。
「私からも聖歌の友だちに聞いてみますね」
 何かわかったら連絡すると言い、空は電話を切った。
 知る限り、聖歌と仲のよかった子たちに片っ端から連絡してみたが、誰も聖歌の行方をしらなかった。
 心配でまんじりともしないでいるうち、夜が明けた。
 寝不足でぼんやりする頭を抱え、だるい体を引きずるようにして空は学園へと急いだ。七美が殺されてからというもの、学園には足を向けようとしないでいる聖歌だが、夜中近くに家を抜け出した聖歌が向かうとしたら学園の他にはないような気がしていた。
 聖歌は怪談の呪いを信じていた。怪談に呪われていると信じている聖歌なら、呪いを解くには学園に行くしかないと考えても不思議はない。もしかしたら、怪談にまつわる場所にむかったのではないか、空はそう考えた。
 正門は開いたばかりで、校内に生徒の姿はなかった。
 昇降口に一歩足を踏み入れるなり、嫌でも七美が襲われたトイレが視界に飛び込んできた。いつもなら顔を背けてそそくさと二階の教室に駆けあがっていくところだが、ひょっとすると聖歌がいるかもしれないと思うと無視はできない。
 事件以来、誰も昇降口近くのトイレを使おうとしなくなった。足を踏み入れるのは空も事件以来だった。トイレの紙さまが“出た”のは職員用トイレだと聞いていたが、七美が襲われたのは昇降口近くのトイレだ。トイレの紙さまが存在するとは信じていない空だが、防衛本能が働いたものか、心臓を守るかのようにカバンを胸に強く抱きしめた。
 トイレは事件前とまるで変わっていなかった。とはいえ、事件前のトイレがどんな様子だったかをはっきり覚えているわけではなかったから、何かが変わっていたとしても空にはわからなかった。それに、変わったのはトイレではなくて、空の方だった。人が死んだ場だという意識が、たとえその痕跡が跡形もなく消え去っていたとしても、以前と同じものとしてその場を見ることを難しくしていた。
 個室は四室が向い合せになる格好で全部で八室。入り口の正面には人が出入りできるほどの大きさの窓がある。
 空は窓を開けてみた。網戸の向こうに格子がみえた。外側から打ち付けられているのだろう。格子越しに校内をぐるりと取り囲む生垣の茂みが見えた。
 個室は全部ドアが開いて無人だった。隠れる場所もない。聖歌がいないと確認するやいなや、空はトイレを出た。
 教室にカバンを置き、さて次はどこへ行こうかと考え廊下に出たところで、走ってきた生徒にぶつかった。隣のクラスの渡辺真紀だった。怪我を負っているらしく、制服も、制服の袖から伸びる両腕も真っ赤に染まっていた。
「どうしたの? ひどい血。怪我でもしたの?」
 しかし真紀は激しく首を横に振り続けた。出血のショックなのか、唇をわななかせるばかりで、言葉が出てこないとみえる。急に口のきけなくなった真紀は、それでも必死に何かを伝えようとするかのように、走ってきた廊下の先を指さした。
 新校舎の二階には旧校舎へむかう渡り廊下がある。真紀はその廊下の先を指さしていた。その先にはマッケイ記念礼拝堂が存在する。
 礼拝堂とは名ばかりで、記念礼拝堂は現在はYMCA・YWCAの部室として使用されている。真紀はYWCAの部員だ。何か用があって朝早くに礼拝堂を訪れたのだろう。礼拝堂のドアは廊下にむかって大きく開いていた。
 何かに導かれるようにして空は礼拝堂に向かった。
 廊下に体を残し、開いたドアから空は内部を覗き込んだ。
 ステンドグラスからはぼんやりとした朝の光が差し込んでいた。埃が煌めきながら天井へと昇っていく、剥き出しになった木組みの梁は時代めいた艶を帯びて、周囲の白壁と美しいコントラストを描いている。
 祭壇の両脇にはいつも美しい花が飾られている。新しい花を活けようと礼拝堂に足を踏み入れ、真紀は空と同じものを見たらしい。白バラとユリが祭壇の前に散乱していた。
 祭壇には大理石のマリア像が安置されている。高さは一・五メートルほど、全身をベールで包み、両手を祈るようにあわせ、心もち天を仰いでいるようなポーズをとっている。怪談によれば、このマリア像は血の涙を流すということだった。
 その朝、マリア像は怪談に語られるように血を流していた。膝のあたりから足元にかけて大量の血にまみれ、マリア像はさながら膝下が赤い色の衣をまとっているかのようだった。その姿は廊下でぶつかった真紀を彷彿とさせた。真紀の両腕も赤い長袖かとみまごうほど血にまみれていた。空は初め、真紀が大怪我をしたのかと慌てたが、今になってそうではなかったのだと気づかされた。
 マリア像が血を流しているのではなかった。マリア像の血は、彼女の足元に横たわる聖歌につけられたものだった。
 マリア像に捧げられた生贄のごとく、聖歌の体は祭壇の上に仰向けに寝かされていた。左手は胸に、右手はだらりと祭壇から落ちている。天井を見上げているはずの顔は入り口を向き、大きく見開かれた瞳が空を恨めしそうに睨みつけていた。不自然な首のねじれは深くえぐられた傷によるもので、夥しい血の源でもあった。
 その後のことはあまり覚えていない。大勢の大人が出入りして、聖歌が担架で運び去られていった。救急車のけたたましいサイレンの音をBGMのビデオでも見ているかのように、聖歌が運び出されていった光景だけが焼き付いて、何を訊かれたのか、何を話したのか、はっきりしない。記憶はところどころ恐怖に塗りつぶされてしまっていた。
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