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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第3章 トイレの紙さま

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トイレの紙さま(9)

「全学年の時間割。浅見さんにお願いしてもらったの」
 時間割をみながら、空は見取り図の上に教科担当の教師の名前を次々に書きこんでいった。
「授業で教室にいた先生と生徒は全員アリバイがあるとみなすってわけだ」
 次々と書きこまれていく名前をみながら陸は感心しきりだった。
「おっと、松戸は教室にいなかったって話だぜ」
 化学実験室に空がペン先をあてたところで、陸が声をあげた。
「どういうこと? 授業だったでしょ?」
 松戸は化学の教科を担当している。
「松戸のやつ、授業が始まったばかりの五分ぐらいは教室にいたけど、後は教生にまかせてどこかに消えたらしい。校内放送が流れた後に慌てて戻ってきたんだとさ」
 毎年六月頃、二週間の期間限定で教育実習生が学園を訪れる。ほとんどが卒業生で、後半の一週間は担当教科の専任教師の指導のもと授業を行う。すでに二週間が過ぎ、実習生たちは学園を立ち去ったが、七美が襲われた時はちょうど実習生がいた頃だった。
「そういえば、白石先生も授業は教育実習生に任せてどこかに行ってたっけ。確か、職員室にいたとか」
 空は安達との会話を思い出していた。
「教室にいなかったのなら、松戸先生はどこにいたのかしら?」
「職員室にいたんだってさ。こっちも確認済」
「そうなんだ。市川先生も職員室にいたのよ。正確には職員室の前だけど」
 名簿を取りに来たところで幸子に出くわしたという話をしながら、空は市川、松戸、希美の名前を職員室に書きこんだ。
「浅見さんを忘れるなよ」
 空は驚いた顔で陸を見上げた。
「職員室前で市川に出くわしたんだろ? 事務員っていったって学園にいたんだから相馬を襲うチャンスはあったってことだから、アリバイを確認しておく必要があるだろ」
「そうよね」
 空は幸子の名前を市川の隣に書き付けた。それから、事務室にひとり残してきたという玲子の名前を事務室に、騒ぎを聞きつけて駆け付けてきた保健医の野沢佳苗と富岡校長の名前を、それぞれ保健室と校長室とに書きこんだ。校長秘書の奈穂はその日は休みを取っていた。
「教室にいなかったのは、市川先生、松戸先生、白石先生、事務員の浅見さんの四人。でも、四人ともアリバイが成立してるのよね。市川先生は浅見さんと職員室の前で会っているし、松戸先生と白石先生は二人とも職員室にいた――」
「富岡校長と本宮さん、野沢先生はアリバイがないぜ。三人とも、それぞれ校長室、事務室、保健室にいたことになっているが、それを証明する第三者がいない。たとえば、本宮さん。浅見さんがPC教室にむかった後、こっそり事務室を抜け出し、相馬を襲って事務室に戻ってくることだって可能だった。同じことは、富岡校長と野沢先生にも言える。二人とも、相馬を襲って、校長室や保健室に戻れたはずだ。ほら」
 陸は見取り図の上の事務室、校長室、保健室にペン先を落とした。
「事務室、校長室、保健室ともに新校舎の一階にある。相馬を襲って戻ることは簡単だ。相馬が襲われたトイレから一番近いのはこの中だと保健室で、走れば一分もかからない。校長室も事務室もせいぜい、一、二分で戻れる」
「本宮さんと富岡校長は難しいと思うわ」
「なんでだよ」
「廊下を走って事務室でも校長室にでも戻ったとするじゃない。だとしたら、旧校舎から新校舎に渡ってきていた市川先生に見られてしまったはずだわ」
 見取り図上でも、廊下はまっすぐに伸びていた。視界を遮るものは何もない。トイレを出て廊下を旧校舎側にむかって走っていけば、旧校舎からくる人間に見られてしまう。普段の授業中なら誰も歩いていないが、事件当時はたまたま市川が歩いていた。
「でも、保健室なら、駆け込めたかもしれない……」
 急げば市川に目撃されずに保健室には戻れただろう。その頃、美術室を出たばかりだろう市川はまだ旧校舎の二階にいるか、中央階段を降りている途中だったはずで、新校舎側は見通せなかったはずだ。
「さっき、空は、富岡校長か本宮さんなら市川に目撃されているはずだって言ったけど、それって市川が一階の廊下を歩いてきた場合だろ。美術室は二階だ。二階にだって渡り廊下があって新校舎に移ってこれるぜ。もし市川が二階の渡り廊下を歩いてきたんなら、校長室に戻ろうとする富岡校長を目撃できなかったはずだ。本宮さんだって、事務室にかけこめたと思うぜ」
「確かに」
 空はあらためて見取り図に目を落とした。旧校舎と新校舎をつなぐ廊下は一階と二階にある。市川が一階の廊下を渡ってきたなら、富岡校長か玲子を目撃できただろうが、二階の廊下を渡って来たとすれば、一階の廊下を歩いていた人間は誰もいなかったことになる。無人の廊下なら、堂々と歩いて校長室なり、事務室なりに戻れたはずだった。
「空……。富岡校長も野沢先生も本宮さんも、悲鳴を聞いて、校長室なり、保健室なりから出てきたんだったよな」
「浅見さんから聞いた話ではそうよ」
「そうか……」
 陸は唇をしきりに左右に動かした。何か言いたいことがあるらしい。
「何かひっかかるの?」
「『悲鳴を聞いた』『何かと思って廊下に出て様子を窺った』」
「そうよ。富岡校長も本宮さんも野沢先生も廊下に出てきたからこそ、事件があった時にも部屋にいたっていうアリバイが成立しているの」
「松戸と白石はどうなんだ?」
 陸の指先が職員室を指し示していた。職員室とトイレとは距離にして数メートルしか離れていない。
「職員室にいたんだろ? なら、相馬が発見された時の悲鳴を聞いているはずなんだ。トイレからもっと離れた校長室や事務室まで聞こえたっていうんだから、職員室にいて聞こえていないはずはない。異様な物音が聞こえたら何かと思うだろ? 現に、校長たちはそう思って廊下に出てきた。でも、誰も職員室から出てきた松戸と白石を見ていない。浅見さんが見たのは、校長、本宮さん、野沢先生だけだ」
「つまり、二人とも職員室にはいなかった。陸はそう言いたいのね」
 我が意を得たりとばかり、陸は満面の笑みを浮かべた。
「松戸と白石は本当はどこにいたのか。こいつは調べる必要がありそうだな」
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