挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第3章 トイレの紙さま

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

22/71

トイレの紙さま(4)

 ケータイで他のクラスや部活の後輩たちとやり取りして得た情報を整理すると、七美は血まみれでトイレの床に倒れているところを発見されたという話だった。どうやら刃物で切り付けられたらしい。七美を発見したのは、PC教室のとなりにある化学実験室で授業を受けていた生徒だという。授業中にトイレに行って凄惨な現場を目撃しまったとかで、ひどいショック状態でやはり病院に連れていかれた。
「まさか、学園の中で襲われるなんて……」
 不安がつい口をついてこぼれ落ちた。誰でもいいから傷つけたいという悪意ほど怖いものはない。
「犯人はまだ捕まらないのかしら」
「警察が何とかするさ」
 いつもなら、楽観的な陸の態度に救われるのだが、今日はむしろ不安が募った。
「トイレで襲われたんでしょ? 叫び声を聞いたとか、知らない人が学園の中をうろうろしていたら、誰かに気づかれたと思うんだけど」
 答えを求めて空は背後に立つ海を振り返った。警察より海のほうがよほど頼りになると空は思っている。
「授業中だったから。叫び声ぐらいは聞いたかもしれないけど、犯人を見たという人間は下手したら誰もいないかもしれない。先生も生徒も、みんな教室にいただろ」
「……」
 海に指摘されて空は初めて学校という場がいかに危険であるかを思い知らされた。千人近くの人間がいても、授業中の校内には誰もいない。みんな授業を受けるため教室にこもっていて、教室の外は無人といってもいい空間になるのだ。そんな時に襲われたら、ひとたまりもないのだ。
「小野さんは何か見てないのかな」
 いくら定年退職後のパートの仕事とはいえ、まがりなりにも警備と名のつく仕事をしているのだからと、空は期待した。
「見てないだろうね。大体、生徒を襲おうと考えている人間が正門から堂々と入ってくるわけはないし」
「学園は鉄柵で囲まれているけど、男ならよじのぼれないこともないしな」
 まるで柵を越えた経験があるような陸の口ぶりだった。
「さては、最近遅刻していないというのは嘘で、正門が閉まった後でも柵を乗り越えて学園内に入っていたのね」
 空の指摘に、陸は舌を出してみせた。
 学園の広範な敷地は二メートルほどの鉄柵で囲まれている。柵の間は十センチもなく、隙間を通り抜けられるのは猫ぐらいなものだ。鉄柵の上部は矢じりのような形をしていて、まるで矢を立てかけたような鉄柵だから、誰もよじのぼろうとは思わないだろうに、陸のような向こう見ずな人間もいるのだ。陸は生徒だからいいとしても、鉄柵をよじのぼって学園に侵入しようとする人間が悪意のある人物ならば――。
 どんな経路にしろ、敷地内に入ってしまえば校舎内に侵入するのは簡単だ。訪問客用の正面玄関脇には事務員の幸子と玲子が待ち構えているが、生徒が出入りに使う新校舎の昇降口は朝七時から完全下校時の夜七時まで開けっ放しだ。
「学校って安全な場所だとばかり思っていたけど、案外そうでもないのね」
「逆に危険な場所と言えるだろうね。教室にいるところを襲われたりしたらパニックだっただろうから」
 海の言う通りだった。教室には入り口が一か所か、多くても二か所しかない。閉じ込められでもしたら逃げ場がない。富岡校長の指示通りにドアを閉めて教室に閉じこもっていた間、今にも犯人が襲ってきたらと思うと生きた心地がしなかった。
 ようやくたどりついた昇降口は、階段にも増した混雑ぶりだった。生徒だけでも千人近くいるというのに、今日は保護者まで付き添っていて、昇降口にたむろする人の数は倍に膨れ上がっている。そのうえ、誰もが我先に外へ出ようとするものだから、混乱をきたしていた。
 靴を履きかえながら、空は奇妙なことに気づいた。
 昇降口のすぐ脇にはトイレがある。七美が襲われた場所だ。旧校舎側の階段を降りていって見た時と同じテープがはりめぐらされていて、制服警官が両腕を後ろ手に直立不動で立ちふさがっている。
 昇降口にいれば嫌でも視界に入るそのトイレから、誰もが顔を背けているのだ。まるでまがまがしいものに魅入られまいとするかのように、背中を丸めて足早に外へと出ていく生徒の列が続いている。
 無理もないかなと空は小さくため息をついた。誰でも被害者になり得た状況だった。トイレで血まみれになっていたかもしれない自分の姿を想像してしまうのが怖くて、トイレのある方向に顔すら向けられないのだ。
「七美は運が悪かったのね……」
 昇降口から校舎内にまんまと侵入した犯人は、たまたま教室の外にいた七美を襲った。教室の外にいさえしなければ――たらればの話だが、そう考えずにはいられない。空は七美が負った怪我が早く癒えるようにと祈った。
 ――数時間後、夜のニュースで、空たちは七美の死を知った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ