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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第3章 トイレの紙さま

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トイレの紙さま(3)

午後の授業はすべて取りやめになった。迎えに来た保護者に連れられ、生徒たちは沈痛な面持ちで下校していった。
 何者かによって生徒が襲われたという事だけで詳しい事情を聞かされなかったが、それまでには情報を交換しあって、襲われたのはC組の相馬七美、新校舎昇降口脇のトイレ付近で倒れていたらしいといったことが知れわたっていた。
 七美と特に仲のよかった聖歌は、襲われたのが七美だと知ってショックを受け、迎えにきた母親に支えられるようにして下校していった。
「災難だったな」
 海と陸の父親、御藏真澄が教室に姿を見せた途端、空は真澄に抱きついていた。海と陸の父親ではあるが、父親同士が親友で小さい頃からよく面倒みてくれた真澄は空にとってはもう一人の父親も同然だった。
 御藏は石川愛花というペンネームで恋愛小説を書いている作家だ。キラキラしいペンネームとは裏腹に、偉丈夫で、精悍な顔立ちをしている。脱ぎ着が楽だからという理由で常に着流し姿で、この日も鉄紺の単衣に蕎麦色の帯を締めていた。
 仕事でどうしても抜けられない空の両親のかわりに空を迎えにきた真澄は家まで送っていくと申し出た。
 海のいる教室に立ち寄ってから、一行は昇降口にむかった。
 高等部一年の教室は新校舎の二階にある。昇降口へは階段を下りていけばすぐなのだが、教室を出てすぐの廊下から生徒たちの行列が出来ていて、渋滞の列は一向に動き出す気配がない。
「ああ、もう、旧校舎側の階段から降りようぜ」
 せっかちな陸についていく格好で、一行は行列の向かう先とは逆方向、旧校舎へとむかった。
 新校舎と旧校舎は一階と二階で渡り廊下でつながっている。旧校舎への渡り廊下の手前には新校舎一階へと降りる階段があり、降りた先は正面玄関、事務室、校長室、職員室の居並ぶ廊下を歩いていくと昇降口へとたどり着く。
 職員室の前の廊下を歩いて、角を曲がればすぐ目の前という昇降口に、しかし一行はたどりつけなかった。
 旧校舎寄りの階段を降りた廊下の先に立っていた制服警官に一行は制止されてしまった。
「すみません、こちらは通れないので別の道を行ってもらえますか」
 若い警察官はこわばった表情で一行に来た道を引き返すように言った。
 警察官の肩越しにちらりとみえたトイレの周囲にはテープが張り巡らされ、関係者以外の人間の立ち入りを遮断していた。道理で、少し遠回りになるとはいえ、旧校舎側の階段を降りる人の姿が見当たらなかったわけだ。
 そういう事情なら仕方ないと、一行は降りてきた階段を昇り、列の最後尾についた。
 まるで元旦の明治神宮の参道のように、行列は動く気配が一ミリもなかった。初詣ならワイワイおしゃべりしながら時間が潰せるというのに、事件のせいで気持ちがふさぎ込んでいて口を開く気にすらならない。一刻もはやく学園の外に出たくて堪らないのは誰も同じで、苛立った気持ちが廊下から階段中に群雲のように沸き立っていた。
「空ちゃん、明彦たちが帰ってくるまで、うちに来るかい? 何なら泊まってってもいいけど? 明日は土曜だし、明彦たちにはお昼頃にでも迎えに来てもらうとしてさ」
 明彦とは空の父親の名前だ。学生時代と変わらず、父親たちは互いを名前で呼び合う。
 休校が決まったので保護者に連絡するようにと言われ、空は父親の星野明彦に連絡した。インテリア雑誌の編集長を務めている母の星野華は仕事で出張中だったからだ。しかし新聞記者の父親も取材先で、すぐには迎えに行けないと言われてしまった。取材先から戻るから言っていたが、それにしたって帰りは夜遅くなる。いつもなら、夜を勝手きままに過ごせると喜ぶところだったが、今夜は一人きりになりたくはない。
「お願いします。夕食ぐらいは作りますから」と空は真澄にむかって頭を下げた。真澄の妻、海と陸の母親は二人が幼い頃に亡くなっていて、御藏家は男所帯だった。
「七美、大丈夫なのかな……」
「週末にでも、山下を連れて見舞いに行こうか?」
 優しい眼差しの陸にむかって、空は無理やりに笑顔を作ってみせた。
「そうだね……」
「海、相馬の運ばれた病院、どこか知ってるか?」
「多分、中央病院だ。この辺では一番大きな病院だし。でも、お見舞いはやめた方がいい」
「なんでだよ」
 ききわけのない子供のように陸はむっとした。いつものようにとんでもない思い付きを否定されるのならまだしも、見舞いを反対される理由がわからないらしい。
「陸、海の言う通りにしよ。お見舞いはいろんなことが落ち着いてからの方がいいと思う」
 空がなだめてようやく陸の機嫌が直った。
 落ち着いてから、と言ったものの、空は微かにもう七美には会えないのではないかという不安を抱いていた。
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