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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第3章 トイレの紙さま

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トイレの紙さま(2)

 窓から流れ込んでくる雨の匂いを含んだ空気に眠気を誘われる。重くのしかかってくる瞼をおしのけようと顔の筋肉をあちこち動かしてみても、動かせば動かすほどかえって気怠さが増していく。
 潔く負けを認め、目を閉じてからどれほどの時間が経っていたのだろう。突然入った校内放送の大音量に、空は叩き起こされた。
 寝ぼけた頭に、放送の内容はすぐには理解できなかった。まるで外国語のようにしか聞こえない。後で富岡校長が流していたと知った空だが、その時は誰の声という判別もつかなかった。
 上ずった、やたらと甲高い声が絶え絶えの息使いとともに天井付近のスピーカーから流れてくる。壊れたCDのように、同じフレーズが何度も繰り返されていた。
 はじめのうちこそ、生徒たちと同じように何事かと放送に聞き入っていた教育実習生の大塚優だったが、ものの数秒後には一目散に教室の入り口にかけよってドアを閉めようとした。
 今にも閉まるドアをすり抜けるようにして、授業開始早々、授業を優に任せて教室を出ていった希美が駈け込んできた。
 その時になってようやく、空は事の重大さを理解した。
 富岡校長はしきりに、教室の外に出るなと繰り返していた。
 校内で何者かに襲われた生徒がいる、犯人が校内にまだいるかもしれないから教室の外には出ないこと、教師の指示に従うことなどを告げ、校内放送は終わった。
 それからパトカー、救急車のサイレンが聞こえてくるまで、教室内の様子は静止画のようだった。
 全員席についたまま、無言で身動きせずにいる。というより、動けないのだ。生徒を襲った人物が校内をうろついているかもしれない。新校舎の教室のドアはオートロックだが、そのドアが打ち破られないとは言い切れない。そう考えると、侵入者の入ってくるかもしれないドアから目が離せなかった。侵入口は同時に逃げ口となる箇所でもあるのだ。
 パトカーのサイレンが聞こえてきたその時、空は全員が一斉に胸をなでおろす音を聞いた気がした。ゴトン、と低く鈍い音だった。
 サイレンの音を聞いて、反射的に窓の外に顔をむけ、グランドに停まっている救急車を目にした時、空は過去にタイムスリップしたかのような感覚に襲われた。
 あれは二週間前、午後の授業の始まる直前にまどろみかけた時だった。救急車のサイレンが静けさを破った。その日も今日と同じ、金曜日だった。
「先程、校内にて生徒が何者かに襲われるという事件が発生しました。警察官が校内を巡回して不審者のいないことを確認しましたが、今一度、こちらから指示のありますまで、教室にて待機していてください」
 制服警官が教室を訪れ、事務的な調子で告げた。生徒たちを怖がらせないよう時折笑顔を浮かべてみせ、始終穏やかな口調だったが、彼の頬は青ざめて、とりつくろった笑顔の目は怯えたような光を発していた。
「あの、襲われた生徒は無事なんでしょうか」
 空は恐る恐る警察官に尋ねた。
「病院に搬送されたそうですから……」
 若い男性警察官は無理やりにつくった笑顔で、教室中を見わたした。
 病院と聞いてほっとしたような表情を浮かべるクラスメートたちがいる中、空は別のことを考えていた。襲われた生徒は病院に連れて行かなければならないような怪我を負ったのだ……。
 空はこっそりケータイの電源を入れた。授業中は電源を切っておく決まりだが、今はもう授業どころではないし、希美と優は教室の外に立つ警察官と話し込んでいて、生徒のことはほったらかしだ。
 電源を入れるなり、メールが次々と来た。教室にいろという海のメール以外は、他のクラスの友だちから来た無事を尋ねるものばかりだった。無事だと返信しながら、空もまた、安否を尋ねるメールを送り続けた。何が起きたのか、襲われた生徒は誰なのか、知っている生徒は誰もいなかった。
「空……七美と連絡とれた?」
 今や誰もがケータイ片手に落ち着きなく教室中を歩き回っている混乱の中、山下聖歌が空のもとにやってきた。聖歌もまたケータイを握りしめている。相馬七美とはクラスが違うが、仲のいい二人だから七美の様子が気になっているのだろう。
「まだだけど。連絡とれないの?」
「うん……」
 ケータイを胸にギュッと抱きしめ、聖歌は青い顔で頷いた。
「電源入れてないんじゃないのかな」
 微かに抱いた不安を聖歌に悟られまいと、空は無理に笑顔をつくった。
「そうなのかな……。七美と同じクラスの何人かとは連絡とれたんだけど、七美だけメールの返事もないし、かけてもつながらないの」
「ケータイを家に忘れてきたのかもしれないよ? それか、今はケータイをもっていないとか。特別教室での授業だとケータイを教室に置いてくることになってるし。……まあ、守ってない生徒が多いけど」
「情報処理の授業だから、PC教室にいるはずなの。もしかしたら、教室のロッカーにいれっぱなしなのかも。他にも連絡のつかない子もいるし」
 来た時とは打って変わって晴れやかな表情で、聖歌は自分の席へと戻って行った。
 その背中を見送りながら、空は七美と同じクラスの生徒にメールを送った。七美の無事を尋ねるそのメールの返信には、襲われたのは七美とあった。
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