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学校の怪談殺人事件 作者:あじろ けい

第2章 女神の死の抱擁

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女神の死の抱擁(9)

舞に別れを告げ、空と陸は事務室へと急いだ。昼休みは残りわずかしかない。
 鍵が事件解決の鍵だと陸は言い、事務室でどんな風に管理されているのかを知りたがった。
 昼休みの時間を利用して各種手続きを行う生徒たちで、事務室はごった返していた。
「陸くんじゃないの」
 事務室に入るなり、目ざとく陸に気づいた浅見幸子が笑顔で話しかけてきた。
 事務員受けは自分の方がいいからと、陸は海のふりをやめていた。
 陸の名前を耳にして、もう一人の事務員、本宮玲子も机から顔をあげ、陸にむかって微笑んだ。
 事務員の幸子と玲子と陸とは顔なじみの仲だ。というのも、遅刻すると昇降口ではなく、来客用の正面玄関から校内に入らなくてはならないのだが、その正面玄関は新校舎にあり、通る時は事務室につながっている小窓から幸子と玲子とに声をかけていく。中等部時代、数えきれないほど遅刻を繰り返していた陸は、毎日のように二人と顔をあわせていくうちにすっかり親しくなってしまったらしい。
「最近は遅刻しなくなったのね、えらい、えらい」
「もう高校生なんで」
 自慢げに胸を張ってみせる陸の姿を、まるで出来の悪い息子の成長ぶりを喜ぶかのように幸子は目を細めてながめていた。実際、幸子は高校生の子供がいそうなくらいの年代で、生徒たちを自分の子供のように扱うが、独身だ。女性にしては背が高く、痩せていて、目鼻立ちがはっきりしている。ウェーブがかった髪とあいまって、外国人の血でも入っていそうな外見だが、本人いわく百パーセント日本人の遺伝子なのだそうだ。
「今日は何の用?」
「実は、前の時間に旧校舎の音楽室に忘れ物をしちゃって。取りに行きたいんだけど、鍵が閉まっていて。忘れ物を取りに入るだけなんで、音楽室の鍵を貸してもらえませんか?」
 打ち合わせした通りの作り話を簡単に信じた幸子は、それは困ったわねと言いながら鍵を取りに席を立った。
 まるで姉に対するように軽い口で陸が玲子と世間話をしている間、空は幸子の動きを追った。
 事務室を入るとカウンターがある。カウンターの奥にはふたりのデスクが向かい合わせにあって、ふたりは普段はそのデスクで仕事をしていて、生徒がやってくるとカウンターで応対する。
 向かい合わせのデスクの奥の正面には大きな窓があり、グランドが見える。窓にむかって左側の壁には小窓があった。正面玄関に来た客に応対する窓だ。
 幸子は右側の壁にむかった。幸子の目の高さにヒューズボックスのようなものがあった。ボックスの前に立つと、幸子は脇にある電卓のようなもののキーを押してボックスを開けた。中には鍵がずらりとつりさげられていた。キーボックスだ。キーボックスは暗証番号を入力しないと開けられないらしい。
 空は両目を精一杯見開いて幸子の押した番号を見ようとしたが、距離がありすぎて番号は確認できなかった。
「はい、音楽室の鍵。忘れ物を取ってきたら鍵を返しに来てね」
「学園の鍵は全部キーボックスで保管しているんですか?」
 陸が鍵を受け取るのと同時に、空はさりげない様子を装って幸子に尋ねた。
「ええ。といっても、旧校舎の鍵がメインね。新校舎の教室はカードキーだから」
「キーボックスを開けられるのって、浅見さんたちだけですか」
「いいえ、先生たちも開けられるわよ。一応、私たちに一事声をかけていってくれるけど、暗証番号を知っているから自分たちで勝手に開けて鍵をもっていくわね」
「戻す時も?」
「そうよ。私たちが席を外していたりすることもあるから、先生たちだけでキーボックスにアクセスできるようになってるの」
「放課後は? 事務室は確か五時までですよね。部活は七時ごろまでだから、五時過ぎてから部室とかの鍵を返そうと思ったら、どうすればいいんですか?」
「先生たちに頼めばいいわ。事務室は閉まっているけど、先生たちは出入りできるから」
 ちゃんと返しに来てねと念を押す幸子の声に見送られ、空と陸は事務室を出た。

「舞先輩の話だと、美術室を閉めて鍵を松戸先生に託した。松戸先生はキーボックスに鍵を戻した。その後に犯人がキーボックスから鍵を取り出すのは簡単ではないわね。まず事務室に入らなくちゃならないけど、カードキーがないと入れないし、入れたとしても今度はキーボックスの暗唱番号を知っていないといけない」
 怪盗にでもなって下見を終えたように、空の気持ちは高揚していた。
 相棒の陸も同じだったらしく、頬がほんのり赤く染まっていた。
「鍵を取り出すことが出来た人物がひとりだけいるぜ」
 空は足をとめ、陸の横顔を見上げた。
「津田沼校長さ」
 どちらから言うともなく、空と陸とはそろって美術室を目指し始めた。もとより、音楽室に行く気などさらさらない。
「キーボックスから鍵を取り出し、津田沼校長は美術室に向かった。部活の面倒を見ると市川先生に言った手前、後片付けをきちんとしたかぐらいは確認しないとでも思ったのかもしれない。そして、待ち構えていた――かどうかはわかんねえけど、犯人に殺された」
「石膏像が倒れていた時には鍵がかかっていたという小野さんの話と矛盾しないよう、犯人は鍵をかけて美術室を立ち去るしかなかった。でも、どうやって犯人は鍵を津田沼校長のスーツのポケットに戻したのかしら」
 美術室にたどりついた空は、ドアの小窓から中を見わたした。鍵がかかっていて中には入れなかったが、今さら調べなくとも中の様子は頭に入っている。
 内側から鍵をかけ、鍵を中に残して外に脱出すれば密室が完成する。だが、美術室は二階にある。窓から一階に飛び降りられないこともないだろうが、旧校舎の窓はすべて上げ下げ式、上部ははめ殺しで下部の窓はせいぜい顔が出せるほどしか上がらない。蒸気なら脱出するのに十分な隙間だろうが、人間には難しい。しかし、その密室から犯人は煙のごとくに姿を消したのだ……。
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