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大正牡丹灯篭
作:坂田火魯志



第七章


「おわかりですな」
「はい」
 社長が答えるのであった。
「わかりました。それでは」
「宜しいですな」
 住職は藤次郎に顔を向けて問うた。
「それで」
「わかりました」
 藤次郎は一応は答えた。だがその返答は虚ろなものであった。しかしそれもまた住職も社長も気付いてはいなかった。彼の本当の心に。
「左様ですか。それではこれで」
「ええ」
 社長が応える。
「ではこれから」
「何でしょうか」
 社長はその顔を急に笑わせてきた。住職もそれに応える。
「仕事も終わりましたし今日は」
「おお、それですな」 
 住職も笑顔になっている。話がわかっていたのだ。
「はい、般若湯でも」
「いいですな」
 般若湯とは酒のことである。僧侶は本来酒を飲めないのであるがこう名前を変えて飲んでいるのである。何時でも相当厳格でない限り僧侶も酒を嗜んでいるものであるがそれにはこうした理由をつけているのである。方便であるがそれでも立派な理由になっている。
「それではそれで」
「ええ。さあ貴方も」
 住職は気を利かせて藤次郎にも声をかけてきた。
「是非共。さあ」
「遠慮はいらんぞ」
 社長も笑顔で彼に声をかける。
「飲むのは多い方がいいからな」
「わかりました。それでは」
 こうして三人はある料亭に向かった。そこは社長の行き着けの店であるがそれと共に海軍将校達がよく来る店でもあった。広く大きな店であり中に入るとやはり白い軍服の男達の姿があちこちで見られるのであった。
「今日も大勢おられますな」
「そうですな」
 社長は笑顔で住職に応える。彼等も海軍とはそれなりの付き合いがあり知らぬ仲ではないのだ。だからこそこの店にしたという理由もあるのだ。
「なあ木村」
 社長は店の女の一人に案内されて黒く長い木の廊下を進みながら藤次郎に声をかけてきた。その左右には襖が立ち並びそこからも賑やかな声が聞こえてくる。
「こうした店ははじめてだったか」
「いえ」
 だが彼はその言葉には首を横に振るのであった。
「東京の大学にいた頃に。先輩に連れて行ってもらったことがあります」
「ほう、東京でか」
「そうです、赤坂の店に」
 そう社長に告げた。
「一度だけですが連れて行ってもらいました」
「いい先輩だな」
 社長はその話を聞いてこう彼に告げた。
「わざわざ後輩を連れて行くとはな」
「その時は何が何だかわかりませんでしたが」
「ははは、最初は何でもそうですぞ」
 住職は藤次郎のその言葉に顔を崩して笑うのであった。
「拙僧も最初の法事の時は何をしていいのかわかりませんでしてな」
「そうだったんですか」
「そうしたものです。わからないものです」
 そう彼に述べた。
「しかし何事も数を積めば」
「ええ」
「変わってくるものなのです」
 明るいが優しい声で彼に言う。その言葉はそのまま彼の心に入って来るものであった。不思議な説得力のある言葉であった。
「だからです。こうした場も」
「何回か来るうちにですか」
「左様です」
「見ろ、木村」
 社長はまた辺りを指差す。そこでは海軍の若い将校が芸者達を相手に賑やかに笑っていた。
「あの海軍さん達は御前と左程変わらない歳だな」
「はい」
 見ればそうであった。彼によく似た感じの将校までいる。
「そういうことだ。彼等も最初は慣れてはいなかった」
「何回も来るうちにですか」
「仕事だってそうだろう?」
 今度は何気なく仕事にも言及する。
「何度もやるうちにさまになってくるな」
「はい、それは」
 仕事のことになったので真面目に答える。この真面目さが彼であった。
「まあ御前は最初から立派だったがな」
「いえ、私は」
「それだ」
 ここで彼の真面目さに頼もしい笑みを見せるのであった。
「その真面目さがいいのだ。わかったか」
「そうだったんですか」
「そうだ。だがな」
 そこまで話したうえでまた顔を真剣なものにさせる。
「真面目過ぎて。周りが見えないのもよくない」
「はあ」
「社長の仰る通りですな」
 それに住職も笑顔で頷くのであった。
「時として破目を外さなければ駄目ですな」
「住職はまた外し過ぎでは?」
 社長は今度は住職に突っ込みを入れた。
「遊びも大概にしないと毒ですぞ」
「ははは、毒も知らねばなりませんので」
 住職もまた懲りない。相変わらずの様子である。







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