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星になれ

作者:佐々木海月
 雪はやみ、森は静かでした。
 幼いユーサリは、誰の足跡もない雪の上を、あてもなく歩いていました。
 こっそり家を抜け出して、どこかに行こうと思ったのです。
 身じたくも自分でしたのか、上着のボタンも、マフラーの結びもめちゃくちゃでした。

 雪に足をとられながら歩いていると、ふと、低い老人のような声がしました。
『おや? 人間の子どもだ』
 見ると、近くのモミの木が、眠そうな目でこちらを見ていました。
『銀色の髪をしているよ。きれいだねえ』
 となりのモミの木が、言いました。
『銀色の髪は、珍しい』
 別のモミの木が、言いました。
『この辺りで生まれた子どもじゃないのかい?』
 気が付くと、周りのモミの木が、みんな、こちらを見ていました。
『もらわれ子かね?』
『親なし子かね?』
『かわいそうに』
『かわいそうに』
 恐ろしくなって、ユーサリは思わず、あとずさりました。
 走り出して逃げたいのに、からだがうまく動きません。

 そのとき、よく通る声が割り込んできました。
『騒がしいぞ、お前たち』
 見ると、白い大きなフクロウが、木の枝にとまっていました。
『ふむ。モミたちが騒ぐから来てみれば、ほんとうに人間の子どもじゃないか』
 フクロウは、ユーサリの周りをぐるりと飛んで、また元の枝にとまりました。
『道に迷ったのか? それなら、自分の足跡をたどって戻るといい。さいわい、今夜は晴れている』
 ユーサリは、肩ごしに後ろを見ました。まっさらな雪の上に、自分の足跡だけが残っています。
『それとも、どこかに行きたいのか?』
 ユーサリは、答えません。おびえるような目で、じっとフクロウを見上げています。
 フクロウは、ふうむ、と、何か納得したようにうなずき、言いました。
『帰りたくないのか。これは、困ったな』



『名前は、なんという?』
 フクロウがたずねました。
 モミの木たちは、成り行きを見守るように、じっとだまってこちらを見ています。
「……ユーサリ」
『ユーサリ、か。ふむ。良い名前だ。ずっと東の遠い国の言葉だ。透きとおる夕暮れのような言葉だ』
「ずっと、東……」
『行ってみたいかね?』
 フクロウがそうたずねると、ユーサリは少し迷ってから、小さくうなずきました。
 フクロウは、困ったというように、小さく笑いました。
『何か、悲しいことがあったのか? 少しならば、つきあってもいい』
 言いながら、枝から枝へと、ふわりふわりと飛び移ってみせます。
『わしはな、この森のことなら何でも知っている。どこでも連れて行ってやろう』
「どこか遠いところ?」
『さあな。だが、わしが知っているのは、この森だけだ。外のことは分からんよ』
 そうして、フクロウは、おいで、と言うように、翼を大きく動かしてみせました。 

『ああ、ひとりぼっちの子どもがいるよ』
『かわいそうに』
『かわいそうにね』
 周りのモミの木たちが、また、低い声で口々にそう言います。
 フクロウはかまわずに、ユーサリをみちびくように、枝から枝へと飛び移っていきました。
 ユーサリは、つたない足取りでそのあとを追いかけていましたが、モミの木たちの心ない言葉に、自分がみじめなものに思えてきて、とうとう、その場にしゃがみこんでしまいました。
『ああ、いる場所がないんだね』
『どこか遠くに行きたいか』
『どこか遠くに行ってみたいか』
 モミの木たちは、なおも次々と、ユーサリに言葉を投げかけます。
 ざわざわと、声は不気味に重なり合って、ユーサリにおおいかぶさってきました。

『だまれ!』
 フクロウが、思い切り叫びました。
 モミの木たちはおどろいたように、びくりと枝をふるわせました。
『お怒りのようだ』
『怒らせてしまったようだ』
 ひそひそと、小さな声で言い合っています。
『立ちなさい。あいつらの言うことは、気にしなくていい』
 フクロウが声をかけますが、ユーサリはしゃがみこんだまま、首を横に振りました。
『立って、空を見るんだ。ほうら、星がきれいだぞ』
 フクロウは誘うように、ユーサリの周りを飛び回ります。ぐるりと周り、枝の上で飛び跳ね、どうにか元気づけようとします。
 それでやっと、ユーサリは言われたとおり、空を見上げました。
 木々のすき間から、小さな星の光が、いくつも見えました。
『きれいだろう? びっくりしたか?』
 ユーサリはうなずきます。
 それで、フクロウはほっとしたように、小さくため息をつきました。

「ねえ、聞いてもいい?」
 フクロウに導かれるように歩きながら、ユーサリは言いました。歩きにくそうにしながらも、目は、きれいな星に釘付けのようでした。
『なんだね?』
「星は、どうして空から落ちてこないの?」
 ユーサリはそう言って、そっと、両手のひらで受け止めるような仕草をしました。
 ふうむ、と、フクロウは少し考えて、答えました。
『きっと、強いからだな』
「強いから?」
『弱いものだけが、地面との引っぱりっこに負けて、落ちてくる』
「あなたは、強いの?」
 フクロウは、ふぉ、ふぉと、おかしそうに笑いました。
『われわれは、みんな、弱いんだよ。わしだってな、空を飛んだまま眠ることはできない』

 モミの木たちが、チラチラとこちらを見ていました。
 ヒソヒソと何か話しているのが聞こえてきますが、何と言っているのかは分かりません。先ほどフクロウに叱られたので、大きな声は出さないようにしているようでした。

 フクロウは、ユーサリをかばうように、ふわりとその肩に降り立ちました。
 そして、ばさりと片方の翼を大きく広げると、ユーサリの頭を抱くように、冷たくなった頬をなでました。
『だがな、お前は、星になるんだよ』
「……僕は、空なんて飛べないよ」
『飛べるさ。どこまででもな』
 ユーサリは、分からないというように、首をかしげました。
 フクロウはそれには答えず、代わりに、すっと、片方の翼で前の方を指しました。
『ほうら、お前の村が見えてきた』
「……え?」
 思わず、ユーサリは立ち止まりました。
 黒く、影絵のように、村の家々が見えます。
 どうやら、遠回りをして、もとの場所に戻ってきたようです。
 フクロウは、小さく笑い、言いました。
『ここでお別れだ。悲しいことがあったら、またおいで』
「……でも」
『旅立つときは、お前が自分で決めるんだよ。悲しみに引きずられ、恐れや憎しみに背中を押されて旅立つものではない。だから、今日はお帰り』

 そうして、どこかへ飛び去ってしまいました。

 気が付くと、モミの木のひそひそ声も、聞こえなくなっていました。
 静かな森にひとり残され、ユーサリは途方に暮れました。
 遠くに、自分の村が見えます。
 目をこらすと、その中にひとつだけ、明かりの点いた家がありました。

 それが自分の家だと気付いて、ユーサリは、村の方に走り出しました。

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