夏休み明けの厨二病患者
中学にはいろんな奴がいる。
特に中だるみの時期として悪名高い「中学2年生」というのはそんな中学の中でも飛びぬけておかしなやつらが発生しやすい時期であるのは周知のとおり。
中2の夏休み明けにピアスをしてきたり髪を染めてきたりして先生に怒られたという苦い思い出のある人も少なくないだろう。この桜山中学校2年3組の教室でもそんなことがまさに今、起ころうとしている。でもこいつは他の奴らとは少し違った――
「おい谷中、お前絶対先生に怒られるぞ。その……変なヤツ取ったほうが良いよ」
俺は夏休み明けで久々に会った友の変わり果てた姿を見て少々戸惑っていた。日焼けしたね、とか痩せた?とかそういう次元の変化じゃなくてもっとこう、根本的に変わってしまったというか――
「ふん、お前も教師の犬か。あいにく俺の中の化け物は教師には止められない、自分で“制御”する必要がある。このロザリオはその“手伝い”をしてくれる――」
つまり、こんな感じになってしまったのだ。夏休み前は心優しい普通の生き物係だったのに……
「いや……それ……についてはノーコメントだけども……とにかく、髪いじったりしてる人が多いから先生達気が立ってるんだよ。今だけでもちゃんとしといたほうが良いって」
「“神”を弄る……だと? こんなところにまで第12委員会の連中が……いや、そんなまさか――」
「第12委員会じゃなくて風紀委員会の連中が迫ってるよ」
怒鳴り声の方に目を向けると、先生は藍田のだらしなく開いたシャツの第3ボタンを閉めさせようと四苦八苦している。先生は名前順に並べられた席を出席番号順に点検して回っているため、谷中の順番が回ってくるのはまだ先だ、それまでにこの友人をなんとか説得してやらねば……
「ねぇ、その包帯はどうしたの、怪我でもしてるの?」
「ふ……知らない方が身のためだ」
「あぁ、そう。じゃあ無理には聞かないけど」
俺が包帯を巻いた腕から目を離すと、谷中は少し戸惑ったような表情を見せてから口を開いた。
「ただ、これだけは知っておいてくれ。俺に異変があったら――構わず逃げろ」
「え……うん、分かった」
俺がすんなり承諾すると、谷中は水をぶっかけられたような顔になって一瞬言葉を失った。そんな谷中の様子を見て首を傾げると、谷中はまた真剣な表情で口を開く。
「いいか、異変が少しでも起こったら逃げてくれよ」
「分かったってば」
すると、谷中は唇をかみしめて何とも言えない悔しそうな表情になった。俺にはその表情の意味が分からず、ただただ首を傾げる。
その時!
「ぐっ……こんな時まで……しつこい奴だ」
谷中が包帯のまかれた左腕を押さえて呻き始めた。
「え、なに? どうした」
「はぁ……お前は知らなくて、良い……あぁ、力が抜けていく」
そう言うと、谷中は腕を抱え込んで机に突っ伏した。
「保健室行く?」
「ふふ……保健室に行って治ったらどんなに良いだろうな」
そう言うと谷中は苦しそうに顔を歪めながらも小さく笑う。どうやら谷中の腕は保健室に行っても治らない物らしい。
「クク……主の生気を食らってやがる」
「ええと……大丈夫?」
俺が声をかけると、腕を庇うそぶりを見せながらもゆっくりと起き上がって俺に微笑みかけた。そして何事もなかったかのように口を開く。
「あぁ、もう慣れたさ。それより、夏休みは楽しんだか?」
「うん、まぁまぁね。夏休み中はいろいろなところへ行ったよ」
「ふっ……その“日常”を噛みしめて生きていくことだな。覚えていてくれ、世の中には“普通”の生活を渇望しながらも戦場に身を投じている奴がいる事を――」
谷中は含みのある笑顔で俺の顔をまじまじと見た。なんと言ってよいのかわからず、床に視線を移す。
「え……う、うん。ところでさ、その眼はどうしたの? 右目が充血してるよ」
「ああ、コレはオッドアイと言って……“神に選ばれし能力”を持つ者特有の刻印――とでも言っておこうか」
谷中はピンと伸ばした手のひらの人差し指と中指の間から赤い眼を覗かせるという良く分からないポーズをとって見せた。
と、その時大きな影が谷中を包み込んだ。俺は思わず声を出す。
「あ、先生……」
「谷中ァ、そのネックレスはずせ」
谷中の顔からサッと血の気が引いていく。それでもすぐには首を縦に振らなかった。
「いや、これを外すと俺の中の獣が……」
「はずせ!!」
「……ハイ」
これ以上なくイライラした先生の一喝に恐れをなした谷中は大人しくネックレスを外してポケットにしまう。
「ちゃんと第2ボタン閉めとけよ」
「ハイ」
そう言うと谷中は怯えたような表情で第2ボタンに手をかけた。そして俺の顔を横目でちらりと見てからぼそりと呟く。
「ふん、小うるさい蠅だ。まぁ良い、あんなものがなくても能力の制御くらいできる――」
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SHRが終わり、教室内は喧騒に包まれる。俺は隣で荷物をまとめている谷中に声をかけた。
「なぁ谷中」
「なんだ」
谷中は気怠そうに俺の方に顔を向ける。
「今日暇? 俺の家こない?」
「ほう……ちょうどいい、いつもなら聖戦があるが今日は大丈夫だ」
「そう! 良かった、早めに用事が済みそうだ」
「何か俺に用か?」
「ちょっとね。あぁそうだ、家に連絡するから待っててよ!」
俺は谷中にそう告げると廊下へ出て携帯を開き、ある場所へ電話をかけた。
『合言葉』
いつもの機械音のような無機質な声が耳をくすぐる。それは加工されてはいるが、まぎれもなく先ほど谷中を怒鳴りつけた担任教師の声だ。
「もしもしお母さん? 今日友達が来るからおやつはカステラが良いなぁ」
『CNカインか。例の音声データは届いている』
「そっか、じゃあ部屋を掃除しといたほうが良いかなぁ? 嫌な感じはしなかったんだけどね」
『確かに暗黒物質の数値に変化はなかったが、我々の敵となりうる者は早急に排除しておいた方が良いだろう。ヤツの言動はまさしく“異能者”の物と一致している』
「やっぱそうかぁ、じゃあ早めにうちに連れて行くね」
『始末は任せたぞ、カイン』
それだけ言うと、通話が切れた。
俺はなんでもないような顔をして教室へと戻る。俺を待っている谷中の後姿を見て思わずつぶやいた。
「ごめんな、谷中」
俺は今日も闇の暗殺者として仕事をこなす。
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