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snowdrop
作:美月



5〜雪解け


 雪が降ってきた。

 今年の冬も「異常気象」だった。
11月も半分が過ぎた頃は、「今年は暖冬」と言っていた。

 しかし、12月に入るとその予想は脆くも崩れ去り、厳しい冬の寒さが襲って来た。

 この冬は、雪がたくさん降った。
その分、子どもたちにとっては嬉しいことだろうが、寒さが増すので、嬉しくない人もいる。
 寧ろ、そう考える人のほうが多いだろう。

 そっと、しゃがんで雪に触れた。
こうして雪に触れるのも久しぶりだな、と思った。
手のひらの上に雪を乗せた瞬間、その雪は泡のようになってすぐに溶けた。

 「淡雪、か…」

 じっと雪を見つめていると、思い出すことがある。
まだ小学生だった頃、
“彼”とずっと一緒だった頃を――






 「新一!待ってよー!」

 新一は、うっすらと雪が積もる中を、必死に走っていた。
蘭もその後を必死になって追いかけていた。
学校からの帰り道――背中のランドセルが重くて、走りにくかった。

 新一は、ひたすら走り続けていた。
体力には自信がある方だとは思っていたが、追いつけなかった。
少し前を走る新一は、学校が終わると「帰るぞ」と言って、慌てて走り出した。
何も知らない蘭は、息を切らせながらその後を追いかけていた。


 新一の足がようやく止まった。
蘭はやっとの思いで追い付いて新一に声をかけた。

 「どうしたの?突然走り出して…」

 まだ息を切らせている状態だった。
自分はこんなに疲れているのに、何で新一はそんなに疲れてなさそうに見えるんだろう、と思った。

 「これだよ!よかった。まだ生きてる…」

 新一が自宅の庭の陽が当たらない場所を覗き込みながら言った。
「こっち見て」と言われ、同じように蘭も覗き込んだ。

 「うわぁ!かわいい!」

 思わず声が出た。

 それは、小さな小さな「雪だるま」だった。

 新一に話を聞くと、今朝、いつもよりも早起きしてしまい暇だったので、
ふとカーテンを開けると、目の前には真っ白な雪が一面を覆っている状態だったそうだ。
 その時、以前蘭が「雪だるまを作りたい」と言っていたのを思い出し、
朝のうちに1人で雪だるまを作り、溶けてしまわないよう日陰に置いておいた、と言うのだ。

 今日は、幸いにも土曜日だ。
午前中には学校も終わるので、何とか溶ける前に蘭に見せることができるかもしれない――

 新一は、そう思って蘭を誘ったんだ、と言う。


 ――私に、見せるため……


 新一の優しさを感じることができて、とても嬉しかった。
蘭は、しゃがんでそっとその雪だるまに触れた。
肌ではひんやりと冷たく感じたが、何故か温かい、とも思えた。

 だが、その雪だるまは蘭が触れた瞬間、泡のように溶けて消えてしまった。

 「し、新一… 雪だるまが…」

 新一は寂しそうな表情をしていたが、「また積もった時に作ればいい」と言ってくれた。
蘭は、「ありがとう」と言って笑った。






 ふと、新一と過ごした懐かしい日々のことを思い出していた。
今、彼は何をしているのかは分からないけれど――

 クリスマス前には「今はまだ逢えなくてもいいよ」と言った。
あれは、強がりのつもりで言ったわけではないはずだった。
今更になって、あの時の自分の気持ちが理解できなくなる。


 街からは、クリスマス気分も正月気分も消えて、一気にバレンタイン一色の状態になっていた。
恋人がいる、もしくは一途に誰かを想っているのであろう女の子たちは、楽しく話をしながら並んで店に入っていった。

 冬、という季節は、恋人たちにとっては最高の季節かもしれないが、
そうでない人たちにとっては苦痛の日々である。

 冬が嫌いになりそうだった。
逢いたくても逢えないから、渡したいものを渡すことすらできない。

 できないことばかり――

 店でどのチョコにしようか迷っている女の子たちの顔を見ると、涙が出そうになった。
以前、いつまで経っても逢うことすらできない誰かのために、チョコを作ったときのことを思い出した。

 渡す気なんてなかったのに、勝手に人の家に上がり込んで、勝手に人のチョコを食べた人――

 これは渡せたことになるのだろうが、きちんと想いが伝わっていないだろう。
今年も、作って家に置いておいたら、勝手に新一が食べに来てくれるのではないだろうか、という甘い考えが頭を過ぎった。

 叶うわけないのになぁ…と思った。



 雪はまた、みぞれになっていた。
もうすぐ春が来る、と予言しているようだった。

 季節はどんどん巡っていくが、蘭には時間が止まっているように思えた―――






 「ただいまー…」

 「あ、蘭姉ちゃん、お帰りなさい!」

 コナンがソファに座って本を読みながら、蘭に笑顔を見せた。
蘭は、まだボーっとしている状態だった。

 「蘭姉ちゃん…顔色悪いよ?熱でもあるんじゃないの…?」

 「え?」

 前にも同じようなことを私が言ったな、と思った。
今は、あの時と立場が逆転してしまっている。

 「無理しちゃダメだよ…」

 コナンが蘭の顔を覗き込む。
その表情が、「待ち続けている人」と重なる。
どうして、いつもコナン君とアイツを重ねて考えてしまうんだろう――と自問する。

 「大丈夫よ。ちょっと考え事してただけだから」

 蘭は、笑って言った。
コナンは、まだ何か言いたそうだったが、これ以上は何も言わなかった。



 蘭の塞ぎ込んでいる様子を見ると、更に胸が痛む。
いつだって傍に居るというのに、こんな姿では何もしてやれない。




 「どうしたんじゃ?新一君…」

 突然のコナンの訪問に、博士は少しだけ驚いていた。
休みの日に、何も言わずに博士の家を訪れることが滅多にないからだろう。

 「いやぁ…何か、蘭の顔見てるのが辛くなってさ…」

 俯きながら、そう言うコナンの目には「哀しさ」が映っているようにも思えた。

 「何かあったのか?」

 「いや…別に大したことじゃないけど……」

 そう言ってコナンは、顔を上げて、辺りを見渡した。
そして、何かに気付いたように博士に尋ねた。

 「なぁ、博士…あの花って、初詣の時に歩美ちゃんが見つけたヤツだよな?」

 その質問に近くに居た哀が反応する。
哀は、すぐ側にあるソファに座って、コーヒーを飲んでいた。

 「その花、吉田さんが気に入ったから、暫くしてから花屋で買ったのよ。吉田さんの家にもあるわ。
…花の名前、ちゃんと覚えてる?」

 突然聞かれ、何も言えなくなった。

 「スノードロップよ。平成のホームズさん?」

 哀は、微かに笑みを浮かべながら言った。
コナンは、何も言い返さなかった。
その言い方に腹が立ったとかではなく、何も言い返す気になれなかった。
ただ、その真っ白な一輪の花を見つめていた。

 「その花の花言葉…知ってる?」

 哀はさらに質問してくる。
花言葉には詳しくないので、首を横に振った。

 「お前、意外とそういうことに詳しいんだな…」

 「“意外”ってどういう意味かしら?」

 2人の会話の間に博士が「まぁまぁ…」と言いながら入ってきた。
博士も興味があるようだ。



 スノードロップにはこんな伝説がある――


 アダムとイブが、禁断の実を食べてエデンの園を追放された時のことだ。

 冷たい雪が容赦なく吹きつけて震えていると、そこに天使が現れ、
「寒い冬の後には、暖かい春がやって来ます」と慰めて
雪をスノードロップの花に変えたと言われている――

 このことから「希望」という花言葉が生まれた、と言うものだ。



 哀はたくさんのことを1度に言った。
博士とコナンは、その詳しさに驚いていた。

 「…何よ?その顔は…」

 呆れたように哀は、聞いてきた。

 「いや…お前、詳しいなぁと思って…」

 慌てて言ったコナンの隣で、博士はゆっくりと首を縦に振った。

 「誰のこと言ってると思ってるの?工藤君…」

 哀は、じっとコナンのほうを睨むように見つめていた。

 「は、灰原…」

 初詣の時もそうだったが、哀には何も言わなくても心の中を読まれてしまっているような気がしてならない。
今だって、ここに来た理由をきちんと説明していないのに、
「こっちには全てお見通しよ」と言わんばかりにこちらをじっと見つめてくる。



 ――寒い冬の後には、暖かい春がやって来ます……


 果たして、今の自分には、
そして、自分たちには、「希望」なんてあるのだろうか――





 バレンタインは、当然のように何事もなく過ぎ去っていった。
その日、新一から電話なんて来なかったし、自分から電話する気もなかった。

 今日は、久しぶりに新一の家を掃除しに行こう、と考えていた。
今回は、園子は誘っていなかった。
何度も付き合ってもらうのも悪い、と思ったからだ。


 久しぶりに入る新一の家――

 懐かしい匂いがした。
新一が、目の前にいるように感じた。

 まずは、本棚から掃除していこうかな、と思いながら視線を移した。
本棚、と言っても壁一杯に場所を取っていて、いくつもの難しそうな本が並んでいる。
これを見ると、改めて新一があんなにホームズを好きになったかが分かるような気がしてくる。

 久しぶりに来たから、たくさんの埃が溜まっていた。
本を汚さないように慎重に掃除をしていた。

 何段か終わって、やっと自分の目線ぐらいの高さになった時に、本の奥に何かあるのを見つけた。
それは、くしゃくしゃに丸められていた小さな紙だった。

 何だろう、と思って何の躊躇いもなく、それを開いた。

 そこには、見慣れた文字が並んでいた。


 『蘭へ
いつも掃除してもらってて悪いな。
お前の編んでくれたセーター暖かいからよく着てるぜ!
あんまり余計な心配しなくても俺は大丈夫だからな!  新一』


 見慣れた文字と、ぶっきらぼうな言葉がたったの4行――

 それでも、嬉しかった。

 「あのセーター…着てくれてるんだ…」

 そっとコートのポケットに入れていた手袋を取り出した。
私も暖かいよ、と心の中で呟きながら、新一からもらった手袋をじっと眺めていた。
「冬」は、寒い季節としか思っていなかったが、暖かな季節でもあるのかな、とも思えた。
大切な人の温かさを全身で感じることができる季節なのかもしれない。


 どこに居るのかは分からないけれど、同じことを考えているのかな、と思うと
いつまでも悩んでばかりじゃいられない。
 いつか新一が帰って来た時は、笑顔で迎えてあげなきゃいけないし――



 その時、突然、携帯電話の着信が鳴った。






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 希望――それは、持たないと何も始まらない。
持つことが大事なのかもしれない。


 逢いたくても逢えない人を想うこと
 いつも傍に居るのに、真実を言えないこと
 初めての気持ちを大事にしよう、と思うこと
 誰にも言えない秘密を知っているからこそ、想ってしまうこと


 大切なのは、その気持ちをどうするか、ということ――



 寒い冬の後には、必ず、暖かい春がやって来る。


 だから、決して希望を捨ててはいけない。


初めまして、美月です。
今回が初めてで色々と問題もありましたが、無事、完結することができました。読んでくださってありがとうございましたm(__)m
この場をお借りして最後に言いたいことがありまして。「雪解け」で哀がスノードロップの伝説を詳しく言ったのは何故か…ということです。答えなんてないので個人個人で考えてみてもいいと思います。(一応、美月の考えはありますが)
こんなに短い小説なのに完結するまで10日以上もかかってしまいました…今回は東京のメンバーで雪の季節だったので、いつか大阪の彼らも書いてみたい、と思ってます。
長々とすみません。これからもよろしくお願いします。













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