4〜みぞれ
蘭に笑顔が戻った。
蘭は、元気に出かけていった。
今日は、園子の家でクリスマスパーティだ。
「中学の時の友達も来るから、何着て行こうか迷う」と言いながら服を選んでいた。
「クッキーを焼いて持っていく」と張り切って昨日から準備していた。
そして、出かける時にこちらを振り返って言った。
「それじゃぁ、私行って来るから。コナン君も楽しんできてね!」
一瞬、キラリと光り輝くものがあった。
それは、蘭の首に掛かっているネックレス――
昨夜、小五郎と蘭が寝静まるのを待ってからこっそりポストに入れたものだった。
――工藤新一からのクリスマスプレゼントとして。
朝、新聞を取りに行った蘭は慌てて階段を駆け上がって来た。
見つけたな、と覚った。
「何か小さな箱が郵便受に入ってたんだけど…」
「何だぁ?」
小五郎は眠そうな目を擦りながら怪訝そうに聞いてきた。
それは、手のひらに乗るほどの大きさだった。
赤い包装紙で丁寧に包まれていて、「クリスマス」を連想させるものだった。
コナンは、全て秘密にしていたので、蘭への電話でもメールでも
クリスマスイブにプレゼントを贈る、なんて言っていない。
言わなくても分かるだろう、と思っていた。
全ては、蘭に笑顔でクリスマスを過ごしてほしいから――
「蘭へ」だとか「工藤新一より」とかいうカードは添えなかった。
そんなことをしなくても、分かってくれると思っていたのだが――
「えぇ〜お父さん、何だろコレ…?」
「お前へのプレゼントじゃねーのか?」
「だって…名前が書かれてないし…」
何だか、気味悪がっている様子だ。
これではマズイ、と思い2人の会話の輪に入った。
「きっと、クリスマスプレゼントだよ!」
他に言うことが浮かばなかったので、余計怪しまれるようなことを言ってしまった。
小五郎が蘭の手から箱を取り上げる。
「貸せ!俺が開けてやる!」
「あ!ダメだよ、蘭姉ちゃんの物なのにおじさんが開けたら…」
「ん?何でこれが蘭のものだって分かるんだよ?」
「そ、それは…」
マズイ…
自分で更に状況をマズイ方へ持っていってしまった。
こういう時の小五郎は何故だか鋭くなる。
事件の時は全く、と言っていいほど頭を使わないくせに、
何でこんな時に限って…と言ってしまいたくなる気持ちを必死に抑えた。
「新一から、かなぁ…」
隣で蘭が呟いた。
そうそう!と心の中で言いながら1人小さく首を縦に振るコナン。
何で探偵ボウズから…と怪しげに自分の手に乗っている箱を睨む小五郎。
「貸して!私、部屋で開けてくるよ!」
そう言って、蘭は小五郎の手から箱を取って部屋に戻っていった。
次に蘭に会った時は、かなり驚いた様子だった。
「何が入ってたの?蘭姉ちゃん…」
中身を知っているくせに知らないふりをして聞いてみた。
「ネ、ネックレス…」
蘭は、最初はさすがに驚いていたが、素直に喜んでいた。
その表情を見て、ホッと一安心した。
だが、落ち着いていられないのは小五郎だ。
隣でブツブツと小言を言って、朝からうるさいものだった。
そのネックレスを買うまでには色々大変だったし、これで気に入るのか不安もあったが、
蘭の喜ぶ顔を見たら、それは一気に吹き飛んだ。
しかし、灰原に助言を求めた、なんて口が裂けても言えることではないのだが。
蘭が出かけるのを見送った後、コナンも出かける準備を始めた。
自分も博士の家で、いつものメンバーとクリスマスパーティをすることになっている。
昨年もこのメンバーでパーティをした。
今と違うのは、その時はまだ、灰原が居なかったということぐらいだ。
あの時は結局、博士の家に泊まったんだったな、と思い出す。
きっと、今年もそうなるだろうと思いながら――
出かける準備をしながらもう1つ、思い出していた。
――コナン君とずっと一緒にいたい…
そう願う少女の顔が浮かんだ。
あれから、そのようなことは一切言われないが、今も気持ちは変わってないだろう、と思った。
それを聞いて、自分はどう思ったかが思い出せなかった。
自分が戻るべき場所は違う所にある。
今まで一緒に時間を過ごしてきて、自分を慕ってくれていたのに、
何だか悪いことをしてしまっているようだな、と今更ながら思った。
予想通り、パーティは夜遅くまで行われ、
これまた予想通り、博士の家に泊まることになった。
蘭に連絡を入れると、私も園子の家に泊まろうかな、と言っていた。
後ろでは賑やかな声が響き渡っている。
その中には、「工藤新一」として仲良くしてきた奴の声も混じっていて懐かしく思った。
ふと、時計を見るともう10時を回っていた。
歩美、元太、光彦は楽しそうにゲームをしていたが、眠たそうな目を必死に擦っている。
元太は、大あくびをしていた。
「もう眠いんじゃったら、寝ていいんじゃよ?」
博士はニヤニヤしながら言った。
「博士…子どもたちにプレゼントを買ったのよ。
それを早く枕元に置きたくて、ああやって早く寝かしつけようとしているのよ。
そうしないと、子どもたちより自分が先に睡魔に襲われたら困るから、って」
哀が隣でファッション誌を読みながら、子どもたちには聞こえないような小声で言った。
「そっか…博士も大変だな」
実の親でもないのに、ここまで大事にしてくれるご近所さんなんていないよな、と
博士のほうに視線を移しながら哀に呟いた。
「それはそうと…アレ、どうだったのかしら?」
哀は、突然話を変えた。
それに対しコナンは、驚いた様子もなく答えた。
「喜んでくれてたよ。色々と話を聞いてくれた灰原にも感謝してる」
哀は、コナンの穏やかな表情を見て気に入らないのか、
別に感謝されるようなことはしてないわ、とだけ言ってまたファッション誌に目を通していた。
子どもたちがようやく寝静まった頃、博士はゆっくりと音を立てぬように慎重に枕元にプレゼントを置いていた。
その様子を隣の部屋から覗きながら哀とコナンはコーヒーを飲んでいた。
「ふう…これで仕事も終わって安心して寝れるのう」
博士はそう言いながら、自分のコーヒーに手を伸ばした。
「博士も大変だな」
博士の苦労が分かるコナンはしみじみと言った。
博士は新一君も大変なことがあったのか?と聞いてくる。
「蘭にちょっと、な」
そう言ってふと携帯電話を見た。
バイブにしていなかったので気付かなかったが、よく見ると「着信4件」の文字があった。
それは、全て蘭からのものでどれも1分以上着信を鳴らしていた。
「ヤベッ!蘭から電話4件も来てた…」
慌てて別の部屋に行って蘭に電話をかけた。
先程の電話の時は、博士の家のものでかけたから仕方ないか、と思い直した。
時計を見ると、もうすぐ「クリスマスイブ」から「クリスマス」になろうとしている頃だった。
起きてないかもしれないな…と思いながらボタンを押した。
「もしもし、蘭?俺だけど…」
「し、新一!私、お昼からずっと電話してたのに…何かあったのか心配したじゃない」
電話の向こうの蘭は、なかなか連絡をしてくれない新一に対して少し怒っている様子だったが、
パーティが楽しかったのだろうか、特に何も言ってこなかった。
それどころか、蘭は大人しくなっていた。
「ねぇ、プレゼント……いつの間に持って来てくれたの…?」
「え?あぁ…アレ?…昨夜のうちにこっそりと…」
突然、思ってもみないことを聞かれて、怪しげな答え方をしてしまった。
だが、蘭は疑うこともなく言った。
「ありがとう…私、ネックレスなんてもらったことないから嬉しくて。
今、園子の家でパーティしてるんだけど、ちゃんとつけてるからね…」
蘭の表情が浮かぶ。
1週間くらい前は、涙声になって電話してたので心配していたが、
これで大丈夫そうだな、と更に安心した。
その後、少しだけ話をしてから電話を切った。
蘭も眠たそうだったのでまた明日でもいいか、と思った。
「…今日は、まだ一応イブだしな」
1人でそう呟いた瞬間、12時を告げる音が時計から流れた。
直接、蘭がどんな顔しているかは分からないが、取り合えず笑顔でパーティに参加できたんだろう、と思った。
年が明けた。
年々、「今年も早かったですね」と言うのは、もう年末恒例の挨拶のようにも思えてうんざりしていた。
そんな自分は、幼い姿に逆戻りしてしまっている、というのに――
コナンは、蘭と小五郎と一緒に初詣に行くことにした。
今年の元日は、珍しく博士に灰原、それに歩美、元太、光彦も一緒だった。
――と言うより、歩美たちが重ねてきた、と言ったほうが正しいだろう。
子どもたちが賑やかで鬱陶しかったのか、小五郎は先に帰ってしまった。
家からは歩いて帰れる距離なので、小五郎がいなくても帰れるから問題はないのだが。
歩美が皆にどんな願い事をしたのか一人ひとり聞いて回っていた。
「俺は、今年こそうな重が腹一杯食えるように、って頼んだぞ!」
「違いますよ、元太君!そういうことじゃなくて『今年も健康で暮らせますように…』ってお願いするんですよ」
「元太君、いつもうな重のことばっかり…ねぇ、哀ちゃんとコナン君は?」
突然、歩美は、哀とコナンにも話しかけてきた。
哀は、「解毒剤が完成するように」と。
コナンは、「早く元の体に戻れますように」と。
勿論、皆の前で言えるようなことではない。
「そ、そんなの…何でもいいじゃねぇか!それより、歩美ちゃんは何て言ったんだ?」
隣で慌てるコナンに教えてくれないの?と言いながらも歩美は先程の願い事を言おうとしていた。
だが、何だか照れていて言いたくない、といった様子だ。
「…歩美も……秘密」
哀は、きっと工藤君のことでもお願いしたのね、とでも思ったかのように1人微笑していた。
その間、元太と光彦は、博士にも何をお願いしたのか聞いていて、
「博士は『自分の発明品が陽の目を見ますように』だそうです」と光彦が言っている。
歩美は、蘭にも尋ねた。
「蘭お姉さんは? 何てお願いしたの?」
「えっ…」
蘭は突然のことに驚いたようで、振り返りながら言葉に詰まっていた。
その目には、「哀しさ」が浮かんでいるようにも思えた。
「…私も、秘密よ」
すぐに笑顔になり、歩美に答えていた。
しかし、コナンの頭からは、先程の蘭の表情が離れなかった。
何をお願いしたのか、なんて聞かなくても知っているような気がしていた。
胸が痛む。
こんなにも側にいるというのに、全てを偽って接し続けている、と思うと
どうにかしてりたい、という気持ちが湧いてくる。
隣で歩く灰原の鋭い視線を感じた。
今、自分が何を考えていたのか読まれているかの如く――
灰原は、無言で首を横に振った。
自分の感情に対しても甘いコナンの考えは、灰原によって釘を刺された。
初詣の後、歩美が「夕日を見に行こう」と言ったので、
近くに夕日が綺麗に見える場所があるのでそこに行くことになった。
蘭が、電話で小五郎も誘ったが、「面倒くさい」と断られた。
誘った本当の理由は、「皆の運転手として」だったので、それを薄々感じ取っていたのかもしれない。
車は、博士が家まで取りに行けばいい話だが、これでは定員オーバーになってしまう。
博士は、渋々レンタカーを借りにいくことにした。
蘭が申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、博士は「構わんよ」と言っていた。
やはり皆と遠くへ出かけることは楽しいことだ。
それを思えば、レンタカーを借りに行くことぐらいどうって事ないだろう。
1時間もしない内に、とある神社に着いた。
もう4時を過ぎていたが、元日ということだけあってまだたくさんの人が来ていた。
今日は爽やかな青空が広がり、初日の出も綺麗に見えたそうだ。
皆で夕日が見える場所まで歩いた。
そこには、綺麗な赤色の夕日が広がっていた。
それは、目の前に広がる景色を全て真っ赤に染めていた。
海も赤く染まっていた。
「うわぁ!綺麗!」
「すげー綺麗だぞ!」
「まさに絶景ですね!」
子どもたちが口々に言った。
博士と灰原は、何も言わずにただ目の前に広がる景色を眺めていた。
蘭も何も言っていなかった。
だが、博士と灰原と違うのは、蘭は何故か哀しそうな表情を浮かべている、ということだろうか――
初詣の時と同じ表情をしていて、何も言えなくなってしまった。
蘭は、今、何を想っているのだろうか――
「もう帰る時間じゃよ」
暫くその夕日を見てから、博士が言った。
皆でまた、車までのそれほど長くない距離を歩いた。
「ねぇねぇ!このお花も夕日みたいに綺麗じゃない?」
歩美が何か見つけたようで、灰原に話しかけた。
「これは…スノードロップだったかしら?
でも珍しいわね。花が咲くのは2月くらいなのに…」
そこには、雪のように純白で綺麗な花が一輪だけ咲いていた。
「“雪の花”とも呼ばれているのよ。よく見つけたわね…」
隣で灰原が説明しながら、2人でその花を眺めていた。
蘭も足を止めて、「綺麗だね」と言っていた。
その表情には、ようやく笑顔が浮かんでいるようにも見えた――
車に乗り込んでから、今度は光彦が何かを見つけたように声を上げた。
「雪が降ってきましたよ!」
皆で一斉に窓のほうに視線を移した。
外では、純白の小さめの雪がはらはらと舞っている。
まるで、先程のスノードロップのように――
よく見るとその雪には雨も混じっていて、
正確には雪、ではなく「みぞれ」だった。
外で元気に遊んでいる子どもの吐く息が白くなっていた。
蘭は、じっと窓の外の景色を見つめている。
その光景を見つめながら微かに笑みを浮かべていた。
コナンは、蘭のほうをちらりと見たが、すぐに視線を窓の外へと移した。
年が明けたばかりだが、もう春はすぐそこまで来ているような気がした――
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