上位種とダンジョン
だんだん朝が寒くなってきましたね。私はすぐ体壊すので気をつけたいものです。
日も傾いてきたし、どうせここに一泊する予定だったので、宿に寄ってノワールを従魔用の小屋に預けてからギルドに向かうと、職員や冒険者が慌ただしく走っている光景が飛び込んできた。どうやら、俺の思っている以上に大事になっているようだ。
「隣町への連絡は済んだな!? 街の警備は警備隊にやらせればいい! とにかく情報が足りん! Sランクパーティーの偵察部隊を出せ!」
ギルドの中央で冒険者達に指示を飛ばす男性。おそらくギルドマスターなのだろうが、明らかな焦りを顔に浮かべている。
「すいません。たった今この街に来てギルドから招集を受けた冒険者なんですが、一体どうなっているんですか?」
流石に忙しそうなギルドマスターに話しかけるのはためらわれたので、受付に行き事情を聞く。すると、もう慣れたのか簡潔な返事が帰ってきた。
「一時間ほど前、オークの巣が発見されました。それが大規模なもので、オークロードが存在している可能性が高いということになったんです」
やっぱりオークか。オークロードがどれだけやばいのかわからないけど、Sランク冒険者を偵察に出さなきゃ行けない程度には強いのだろう。しかし、俺が探した限りではオークの上位種のような飛び抜けた反応を見ることはなかったのはどういうことだろうか。
そのことを尋ねると、驚きの答えが返ってきた。
「それはオークの巣がダンジョンになっているからです。過去の事例で、一定の知能を持った個体が、元にあったダンジョンを半ば乗っ取る形で攻略することでそこのダンジョンボスとしてダンジョンを支配することがあるようです」
その答えには驚いたが、俺がオークの巣を発見出来なかったことにも納得ができた。ダンジョンの中は入り口から離れたところで【索敵】を使っても気配を感じ取ることが出来ないからだ。
「そうですか、ありがとうございます。それで、具体的には何をすればいいのですか? 人手は全然足りてないみたいですが」
「まだ大規模な巣がある。ということしかわかってい無いので、とにかく結果が出るまではこの街から出ないことは絶対です。それと、SS-ランク以上の方は特に不足しているので、ギルドマスターが一段落するまで奥の部屋で待機していただきます」
やはりSS-ランクとなる不足しがちなのだろうか。ハーメルンの時も高ランク冒険者の多くが大きな依頼に出ている者や各国を渡り歩いている者が多かったし。俺はSS-ランクであることを告げると、受付の彼女はホッとしたような顔を浮かべる。
「それでは奥の部屋に案内します。お連れの方は同じパーティーならば一緒でも問題ありません」
そう言ってカウンターの向こう側にある部屋に案内される。華美な装飾こそされていないが高そうな素材を使っている事がひと目で分かる扉を抜けると、もう一枚扉が現れる。ギルドによって外観や内装は多少異なるが、この部屋はハーメルンと変わらないようだ。
部屋の中にはすでに四人の男女が集まっていた。そのうち二人は面識があるのか何か話しているが、あとの二人は互いに面識が無いのか、交流している様子はない。
「ここでギルドマスターをお待ちください。あと十分ほどで来るはずです」
それだけ言うと受付のお姉さんは部屋を出ていった。
とりあえず俺とジョズは空いているソファーの隅に座ってこっそりと他の四人を改めて見る。
一番近くに座っている男は二十代くらいで、おそらく魔物の素材から作られているのであろう革鎧をつけている。獲物は……この位置からは見えないが、槍のようだ。
その向かいに座っているのは50代くらいの男性。腰に短めの杖をつけていることから魔法使いなのだろう。今は護身用らしき短剣を磨いている。
最後に話し合っている二人の男女。どちらも二十代くらいでお互いの近況を話し合っていることから同じパーティーではないようだ。
あまりジロジロと見ているのもおかしいのですぐに目線を外してぼんやりと待っていると、扉が開いた。
「すまない、遅くなった。いろいろとゴタゴタがあってな。」
そう言って入ってきたのは先程ギルドの中心で指示を飛ばしていた男性。やはりギルドマスターだったようだ。
「俺がここイストラのギルドマスターのムングだ。先に言っておくと今日は討伐に乗り出す予定はないからその辺りは安心してほしい」
ムングさんは最初にそう言うと、ひとまず分かっている情報を俺たちに伝えてきた。
「一応分かっていると思うが確認させてもらう。最近街道に出るオークの数が多いと報告を受けて調査した結果、ダンジョンがオークの巣となっている事が判明した。具体的な規模は不明だが、ダンジョンの中の魔力を探った結果は過去最大級の規模であることがわかった。ここまではいいな?」
ムングさんの言葉に全員が頷くと、更に話を続ける。
「で、今は知能のある上位種がダンジョンを占領してそこから繁殖していったのだろうと考えられている。いつからあそこにあるのかはわからんが、過去数年以内に行ったオークの巣の殲滅との関連を調べているところだ。オークにさらわれる被害があった中で、姿を消した被害者がいたことを考えると、考えたくない規模の巣になっているかもしれないな」
つまり、過去に発生したオークの巣は、今回見つかった巣から追い出されたのか、それともダンジョンを隠すために形成されたものである可能性があるということか。その巣のオークが襲った人間をダンジョンに送っているのだとすれば後者だろう。
「調査に送り込んだ冒険者が戻って情報を整理するのに一日はかかる。特に討伐隊を組む以上は規模はなるべく正確なものが欲しいからな。そっちはまだ詳しい話が出来ないとして、もう一つ。教会が勇者をこの討伐に参加させろと言ってきた」
ムングさんが言うには、勇者は大陸の混乱を収めるという名目で、通過する国で何かしら魔物の討伐や慈善活動などを行っている。が、長時間一つの国にとどまっていられない以上、大きな討伐だったり事件に巻き込まれたりすることはそうそうない。そこで教会が今回の事件に便乗して勇者の名声をあげようとしているらしい。
「まあ、別に戦力が増える分には構わんが、問題は勇者の実力がわかっていないということだな。勇者を率いているリョウ・アサノとかいう勇者は相当強いと聞くが、他の勇者の戦力はどこまでのものなのかがわからんことだ」
そう言われ、俺が王城に居た頃の力関係を思い出すと、たしかに浅野はクラスの中でも一位二位を争う実力を持っていたはずだ。
だから浅野だけずば抜けて強いのはなんとなく予想がついていたが、よく考えればそれ以外が全員強いわけじゃないものな。浅野はともかく、他の奴らは多少転移による補正があってもダンジョンで死ぬほど頑張って魔神に加護を貰った俺よりは弱いと考えると、Sランク程度だろうか。
あんまり弱いと足手まといになりかねないと言うのは懸念事項だが、勇者と接触する機会が与えられると考えれば俺としてはありがたい。
「まあ、詳しい話はまだ全然出来ないし、俺もまだ調べなきゃいけないことが山ほどある。明日の正午、またここに来てくれ。最後にもう一つ、まだこの話は大々的に公開してはいないとはいえ、すぐに街中に広まるだろう。勇者が出る以上は市民の感情の操作なんかは教会の連中に任せておけばいいから、不安を煽るような発言をしないようにしてくれ」
そう言うとムングさんはそそくさと部屋を出ていってしまった。部屋に残された俺たちも、特に会話をすることもなく部屋を後にした。