表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/128

秘策と交渉

 最近毎年のように夏風邪を引いているけど、それよりも汗が肌に優しくないと思う今日この頃。


 いつもより長めです。

 翌日、朝食もそこそこに俺達は一枚の紙を三人で囲んでいた。


「どうしたもんかね……」

「決まってるでしょ。こんなふざけた話切るわよ」


 俺の呟きに神田さんが即答する。まあ、彼女ならそう言うと思っていた。


「でも、この話を断ったらクラスの皆は……」

「そのために自分たちの命が脅かされてたら馬鹿みたいでしょ。そういうことは本物の勇者にでもやらせとけばいいのよ」


 鎌倉さんはクラスメイト達のことを心配しているが、いくらなんでもリスクとリターンが釣り合わない。俺だって親しい人はいるし、二人にだっているだろう。だが、そのために自分達の命を掛けるかと言われればそれはNOだ。


「それは分かってるんだけど……どうにかする方法ないかな? ほら、うまい具合に人質とかとって有利にするとか……」

「国の兵士を一瞬で同時に千人くらい殺す戦力があるなら考える余地はあるかもしれないけどな」


 一度こちら主導の『契約』で相手を雁字搦めにすればこっちの物なので脅迫という考え自体は悪くないのだが、断れば相手が致命的なデメリットを被るような条件を提示できない。それこそ兵士を一瞬で皆殺しにしたり、国王でも人質にとらない限りは。


「それとも、あの近衛全員を出し抜いて国王を拉致する案があれば聞くけど」


 そう言うと鎌倉さんは押し黙ってしまう。可哀想だが、自分達の命には代えられない。


「うぅ……鈴ちゃん! とっておきの秘策はないの!?」


 最後のあがきと神田さんに縋るが、いくら神田さんでもこの状況をなんとかする方法は――


「一応あるわよ」


――あるのか。


「……成功率が低かったら協力しかねるぞ」

「分かってるわよ。私だってクラスメイトなんかのために分の悪い賭けに出るつもりなんてさらさらないわ」


 クラスメイトを「なんか」呼ばわりした神田さんは、アイテムポーチから紙の束をよこしてきた。


「これは?」

「図書館の禁書の中に挟まってたから持って来たわ。魔法陣を書くための紙らしいわよ」


 神田さんが図書館や王城の外で見つけたアンダーグラウンドな稼業の人々から物をくすねてくるのは今更なので突っ込まずに受け取る。【鑑定】を使ってみると、どうやらこれで魔法陣を書くと魔法を発動させるときの消費魔力が普通に詠唱して仕様する時と同じ程度になるらしい。それが二十枚、そのうち三枚はすでに図形が書いてある。


「これは『爆発(エクスプローション)』で、こっちの二枚は……アレンジされてるけど『(アイス)(ウォール)』か?」


 以前神田さんに貰った上級魔法の魔法陣が書いてある本――当然のように禁書だった――を読んだ記憶を頼りに思いだす。


「それで、残りの紙に上級魔法を書きこむとして、どのくらいかかる?」


 そうだな……魔法陣魔法のスキルレベルが上がってから魔法陣を書くのに補正がかかってるし、上級魔法でも一枚に十五分あればなんとかなるか。


「昼過ぎには書き終わると思う。全部同じ魔法なら正午には終わる」


 俺が答えると、神田さんは不敵な笑みを浮かべる。


「それなら私の計画には支障はないわね。作戦上貴方の負担が大きくなるし、二人がリスクが大きいと思えば切っても構わないし、そうしたら三人で国外逃亡でもすればいい。だから取りあえず話だけでも聞いてもらえないかしら」


 そう言って神田さんは作戦について話し始めた。





**********




 その日の夕方、王城の一室にノスティア国王、王女、宰相の三人が集まっていた。


「――それで、勇者達の方は?」


 ノスティア国王、ガウル・ノスティアは書類を片付けながら目の前にいる王女マリーに問いかける。


「昨日接触して契約を持ちかけました。予定通り今夜契約を行う予定です」

「そうか」


マリーの返答にガウルは満足そうに答える。それに宰相は上機嫌で笑った。


「今回の戦争であの三人が戦争に参加すれば大きなアドバンテージになりますからな。特にあれほどの回復役と魔法の火力は戦況に大きく影響します。うまい具合に『契約』を誤魔化して他の勇者にも戦ってもらえば心強い」


 この世界ではステータスやレベルが存在する為、個人の戦闘能力の差が大きくなりやすい。冒険者で言えばB級やA級のレベルになれば、文字通り一騎当千の兵となる。特に遠距離・広範囲の攻撃が可能な魔術師や魔導師は数人で形成を逆転させることもある。


そんな中で国の騎士団長レベルの剣と卓越した魔法を同時に使いこなす大地のような人材は貴重である。更に他の勇者も実力としては並の兵士よりもはるかに高い。銃や大砲がほとんど戦場に出てこないこの世界では勇者のような集団は大変貴重であった。


 そして上機嫌な宰相はカップに入った紅茶を口に含み――そのまま倒れた。


「なっ――!」


 それに反応して部屋の中にいた二人の近衛がすぐさま動こうとするが、同時に爆発音が響き天井が崩れ、マリーの頭上に落ちてくる。


「敵襲か!」


 近衛がマリーを庇いぎりぎりの所で避けると、もう片方の近衛は大声を上げて王の傍に寄ろうとする。が、その前に天井に開いた穴から何者かが落ちてきた。


「『昏倒(フェイント)』、『混乱(コンフューズ)』」


 その侵入者は魔法を唱えながらマリーとガウルに向けてナイフを投擲した。マリーへ放ったナイフは近衛に弾かれたが、ガウルへと放ったナイフは腹に突き刺さり、魔法の効果かガウルのもとへ駆け寄ろうとした近衛はバランスを崩す。


 その隙にその侵入者は王を椅子ごと蹴り飛ばすとガウルを魔法で椅子に拘束し、首元に短剣を突き付けた。


 マリーは侵入者の顔を見ると苦々しげな表情を浮かべてその人物を睨みつけた


「……これは何のつもりですか? レイさん」

「見てのとおりよ。あと、全員動くな」


 それだけ言った彼女は椅子に縛られたガウルを見る。


「気でも狂ったか。こちらは腕輪を使えば命令一つで勇者共に自殺をさせることもできるのだ――ぞっ!?」


 ガウルはなんとか拘束から逃れようとするが、鈴は首に下げていたペンダントを無理矢理引きちぎると、ガウルの動きが鈍くなった。鈴は更にガウルの付けている指輪を奪う。


「『昏倒(フェイント)』それと、そっちの二人も武器を捨てないと主の首が飛ぶわよ」


 魔道具を失って毒や精神へ干渉する魔法への抵抗がなくなった王が昏倒すると、鈴はマリーと二人の近衛に見せるようにガウルの首に短剣を押し当てる。


「そちらこそ、早く解放しないとお仲間の首が飛ぶことになりますよ?」


 マリーは鈴に牽制するように言うが、それを鈴は鼻で笑った。


「元々他は見捨てる予定だったから最悪死んでも構わないわよ。そしたらこいつを殺して適当に逃げればいいし」


「我々が逃がすと思いますか?」

「確かに近衛全員から逃げるのは難しいけど、捕まっても城の武器庫と食糧庫を爆破するくらいは訳ないわよ。例えば――」


 不意に城の何処かで爆発音が聞こえた。王女は思わず音のした方向を向くが、もちろん爆発が起きた場所は見えず、代わりに扉が氷に覆われているのが見えた。


「――こんなふうにね。今回の戦争はあなた達の命もかかってるようなものでしょう?」


 今までの帝国との戦争はどちらかが降参すれば戦争は終わり、賠償として土地や金品を受け取ると言うもので、負ければ手痛いものの、負けたらそこで国家が崩壊したりするものではなかった。


 しかし、そこに宗教が絡むと途端に厄介になる。自分のためではなく、神のために戦うとなると目的は相手の殲滅、賠償に土地を貰って収まりがつくものではなかなかない。特に異教徒死すべしを掲げる宗教などは特にその傾向が顕著だ。


 更に、帝国の方もこの機会に王国を属国として取り入れようと大規模な軍を編成していた。


 というのも、帝国の予想以上に邪神教の戦力が大きく、それに乗じて王国を取り込み周辺国家からの避難を撥ねつけようと計画されていたからだ。


 別に全ての国が強く聖神教を信仰しているわけではないし、何百年前の魔王について知っているわけがない。ましてや当時も戦場にならなかった大陸の北側の国々では、今回の勇者召喚をせいぜいノスティア王国が外交にも戦闘にも使える戦力を手に入れた程度に考えているところもある。なので帝国のことを避難こそするだろうが、そのためにわざわざ大きな国に戦争を仕掛けようとは思わない。だからこそ帝国は王国に大規模な戦争を仕掛けて王国を取り込もうとしている。そのためなら邪神教徒が王国の首を狙うつもりでも帝国は構わない。


 勿論王国側もそれに対応した準備を進めているので多少分が悪いものの勝てないと言う訳ではない。しかし鈴が宣言したように城の武器庫や食糧庫を破壊されるのはまずい。特に食糧は兵として送り出す国民に支給する分もある。それらを失うと言う事はほとんど負けに直結するようなものだ。


「勇者を手放すか、王国が滅ぶか。私はあなたがそこまで愚かだとは思っていないわよ。それに、受け入れればそっちにもメリットがないわけじゃないわ。この国の状態を嗅ぎまわってる大量の邪神教徒、そいつらの情報を提供するくらいはしてやらないことはないわ。」


 そんな鈴の台詞にマリーは思わず苦笑する。


「間者の一掃とは……国がかなり力を入れてできないことを簡単に言ってくれますね。そもそもそんなことが可能なんですか?」

「数が数なだけに全員殺れるかは保証できないけど。まあ街だけで50人近く紛れ込んでるわね。あと貴族にも何人か裏で――この先は契約した後でね」


 そう言って肩をすくめる鈴。そのタイミングで氷で覆われていた部屋が蹴破られ大勢の護衛が侵入してきた。その中でも高価な軍服に身を包んだ男が鈴に剣を突きつけて叫ぶ。


「無礼者! 今すぐその手を離せ!」


 鈴は煩わしそうな表情をその男の方に向けると首に短剣を突き立てる。


「うるさいわね。今こっちで話がまとまっているんだから余計な口出しはしないでとっとと武器を捨てなさい」


 流石に自分の国の王が人質に取られてはどうしようもなく、護衛たちは剣を地面に置く。尤も、魔法にも警戒する必要はあるのだが。


「もし仮にこの要求を蹴ればあなたの命もないのですよ? もう少し話をするべきだと私は思いますが」


 王女は遠回しに「条件を変えないと国の存亡に代えても殺すぞ」と脅しをかけたが、鈴は余裕を崩さない。


「もうあんたたちには捕まらないけどね。そもそも、私が本気で自分の命を交渉の場に出している訳ないでしょう」


 そう言いながら鈴が視線を向けた部屋の入口には、大地と結衣が立っていた。


「……というか、遅い」

「いや、国の警備や暗殺者自体は計画通り倒せたんだけどさ、混乱に乗じて変なのが入ってきてそっちを片付けるのに手間取った。神がなんとかとか言ってたから多分教信者の方なんだろうけど、この剣のおかげで早く終わった方なんだぞ」


 そう言う大地の手には、いつもより大きな一振りの剣が握られていた。


[魔剣アロンダイト 伝説級


 アダマンタイトとミスリルの合金で作られた剣。現在の技術で作ることは不可能とされている。


 強度が高い上に切れ味がよく、相応の使い手が持てば並の剣ならたやすく両断することができる。また、魔力を流すことで刀身を伸ばすことができる。

]


その剣を見て先ほど叫んだ男が再び声を上げる。


「なぜその剣を貴様が持っている! その剣は国宝として厳重に保管されている筈――」

「王が人質に取られている状況で、どうせ使いもしない剣なんかどうでもいいだろ。あと文句なら作戦の立案者に言ってくれ」


 そう言って大地は護衛たちに剣を向ける。流石にこの数ではまともに戦えば近衛たちが勝つだろうが、相手が全力で逃げようとすれば簡単に逃げられてしまうだろう。これでは提案が蹴られても三人にデメリットはない。今更他の勇者の命など、もはや結衣相手にも交渉材料として使えないだろう。


「野本くんが言うには混乱に乗じて余計なのが入り込んできたみたいだけど、早いとこ提案を受け入れないとそっちに潰されるわよ」


 鈴はもはや選択の余地がないマリーを急かすように言うと、マリーは諦めたように答えを出す。


「いいでしょう。今すぐ勇者31名につけた隷属の腕輪の解除と王城に残る勇者14名の解放を行うよう『契約』を行いましょう。あなた達は今すぐ城の警備と侵入者の排除に回りなさい」


 王女の言葉に少し驚きながらもこれ以外に方法がないと理解し、すぐに部屋を出て行く護衛たち。それを見送ると大地が再び扉のあったところに氷の壁を張り、天井の穴を土魔法で埋める。


「これで邪魔者はいなくなったわね。今すぐの出発でも構わないから早く『契約』を。ついでに今後一切私たちに関わらないようにも契約してもらうわ。まあ、そんなことをしたら今度こそ国が滅ぶかもしれないけどね」




 翌日、ノスティア王国は邪神教徒に襲撃を受け王城が破壊されたと発表。その数日後にグラント帝国がノスティア王国に侵攻し戦争が起こることになったが、勇者が戦争に参加することはなかった。

 二、三個ルートを考えながら書いたけど、やっぱり鈴ちゃんがこんな提案を受け入れるビジョンが見えなかった。


 次回から主人公のベr……誠一くんがでます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ