童顔と日光
それから三日後、俺達は『大回廊』の出口に到着した。
「やっと終わりか。結構長かったな」
「ぜぇ……ぜぇ……もう無理……」
ベルを頭に乗せながらノワールに乗っている俺とは対照的に、『大回廊』二層目の出口である階段の真ん前で肩で息をしているジョズ。某チャリティ番組のマラソンと同じ距離を野生動物のごとくスピードで駆け抜けながら魔物との戦闘をこなしていくのだからまあ無理もない。
ちなみに、結論から言えば食糧は問題なく足りた。というのも、ベルがこのダンジョンで狩った魔物のドロップ品を大量に持っていてくれたお蔭で食糧に不自由することは無かったのだ。
どちらにせよジョズの戦闘ノルマは上がったのだが。
ジョズの技術もなかなかついてきたのだが、如何せんステータスが足りない。比べた事は無いが、対魔物の技量としてはAランクに匹敵する物を持っている。その代わりにステータスが低いためそちらで足を引っ張ってしまっている。
ジョズにはステータスに低い理由があるとはいえ、レベルを上げればどんな生物だってステータスは上がる。現にここで何度か戦闘を繰り返しているうちにジョズのレベルはかなり上がって、ステータスもかなり高くなってきていた。
俺達の目指す国はお世辞にも平和とは言えないし、勇者召喚の影響でパワーバランスが崩れたことを考えると、いつ直接戦火を交えることになるかも分からない。それならば身を守る力は多いほどいい。
だからといって闇魔法で周囲の魔物を無理やり興奮状態にさせて――勿論他の人に被害を及ぼさない範囲でだが――襲わせるのはやりすぎたような気もしたがな。
息絶え絶えのジョズをノワールの上に乗せて先へ進む。すると、数日前に見たような門が見えてきた。
門を抜ける際、二層の中に入るときにも見せた許可証を見せる。そういえばベルは勝手に仲間になっちゃったけど問題ないのだろうか。
「このダンジョンの中で魔物をテイムする従魔士もいるし、そう言う場合は門で町の入り口と同じように腕輪をもらえるから問題ないぞ。尤も、スライムの場合は腕輪は免除されるんだけどな」
まあ確かに、普通のスライムだったら目印を付けると同時に死にそうだからな。
ちなみにノワールは、元々低ランクなのに珍しい魔物を持っていて悪目立ちするのが嫌だっただけなので、ハーメルンを出たころからずっと黒い姿でいる。冒険者ギルドでもわざわざSS-ランクの冒険者の従魔にちょっかい出す奴はそういないしな。
「これは自由通行許可証か? 悪いが確認のためにギルドカードも見せてくれ」
門番のおっさんは俺の許可証を見ると驚いた表情を浮かべ、確認ようにとギルドカードを出すように言ってきた。俺は別に断る理由もないのでギルドカードを見せる。
「ほう、SS-ランクか。見た感じじゃ十五歳くらいなのに大したもんだ。それともエルフのクォーターか何かか?」
「いえ、純粋な人族ですよ。それと俺は十八です」
尤も、地球とグランティアの人間が生物学的に全く同じなのかと言われると確信は持てないので、純粋な人族かと言われると微妙だが。ステータスに人族と記載されているし、かなり身体の構造を考慮したオリジナルの回復魔法がジョズにも使えたりすることから、身体構造もほぼ同じだとは思うが。……それにしても、やっぱり日本人は童顔に見られるのだろうか。もしかしたら今話題の勇者達御一行も実際より若く見られているかもしれないな。
無事に門を通過した俺達の前には、キール公国側の一階層と同じような店が広がっていた。ダンジョン内での価格がぼったくりなのは相変わらずだが、食料品の種類には若干の違いが見られる。
更に出口に近付いて行くと、二層に潜る冒険者向けの商品が主だった物から嗜好品や生活用品、布や木材に鉄鉱石などといった街で生活する人々を相手にする物も売っていた。生産の材料が多いことからして鍛冶屋や服屋など、商人の利用が多いのだろう。
俺達はダンジョンに潜る予定も無ければ生産職な訳でもないので、そのまま通り過ぎる。その途中で見たミスリル鉱石とやらは気になったが、【錬金】スキルだけで物を作るのは簡単では無いし、値段も値段なので諦めた。ちなみに、ミスリル鉱石は3,000度の熱で溶かさないと純粋なミスリルを取り出す事はできないらしい。
この温度は鉄なら融解どころか蒸発するレベルの温度なので、竜種の鱗や耐久性を上げる魔法を掛けた魔石を使った炉を用意する必要があり、ミスリルの武器となると技術と設備のある鍛冶屋にしか作れないそうだ。融かすだけだったら魔法でなんとかなるかもしれんが、それを加工するのは俺には無理だろう。
ミスリルで3,000度ならオリハルコンの融点は何度くらいなんだろうか。そもそも加工できる人間がほぼいないのでジョズも知らないようだが、かつて火魔法を得意とする宮廷魔導士が全力でオリハルコンの剣に攻撃を叩きこんでも、剣には傷一つ付かなかったという逸話があるほどなのでよっぽどなのだろう。
並んでいる店を過ぎると最後の門が見えてきた。俺達はそこでも許可証を見せる。
「おっ、冒険者か。自由通行と制限通行許可証ってことは二人ともなかなかやる冒険者みたいだな。この辺でS+以上の冒険者なんて最近聞かないし、まさかキール公国の方から来たのか?」
こちらの門番さんには許可証そのものよりも、キール公国側からわざわざ渡って来た事に驚かれた。まあ確かに、商人の護衛を依頼されたのならともかく、そうでもない人間がわざわざ何日もかけて移動はしないよな。狩りのため等にダンジョンに潜る冒険者もいるが、そういう人たちは大体一日か二日で帰ってくるし、入った入口の側から出てくるのが普通だ。
「何でわざわざこっちまで来たのかまでは知らないが、なかなか大変だったみたいだな。このウィールに来るのは初めてか?」
ジョズがあるかどうかは知らないが、俺は取りあえず頷いておく。
「なるほどな。さしずめお前らは流浪の冒険者ってところか。一応忠告しておくと、宿はなるべく早めにとることをお勧めするぞ。二ヶ月後くらいに勇者がこの街に来るらしく、商人がこの街に集中しているんだ。一応ダンジョンに近い街の中では一番でかいからな、ここは……っと、許可証は見せてもらったから行ってもいいぞ」
最後に勇者が来るなどと門番さんがとても重要な事を言っていたが、この人が言うように商人達で混んでいて、丁度後ろにも荷馬車に乗った商人が後ろで待っている。わざわざここで流れを止めてしまうのは邪魔だろうし、噂になっているくらいならその辺でも聞くことができるだろうと思い、とっとと外に出た。
門を抜けた俺達の体に夕日が降り注ぐ。数日ぶりに当たった光は、ダンジョン内にも光源はあったとはいえそれでも眩しく感じた。
一応数ヶ月間ダンジョンに籠っていたこともあるんだけど、あのときはダンジョン内に太陽っぽいものがあったので新鮮な気持ちにはならなかった。それにあの時はいきなり雲の中に突っ込むはめになったから、なにかを考える暇もなかった。
「やっぱり混んでるな」
普段のウィールの街並みを知らないので何とも言えないが、門番さんが言っていた通り商人の姿が目立つ。街灯など存在しないこの世界では日が落ちたらすぐに家に入るのが普通なので、急いで宿を取らなければいけない。勇者の噂については明日、宿屋や冒険者ギルドで聞けばいいだろう。
ノワールを泊めてもらうことのできる宿屋を探すのには手間取ったが、なんとか冒険者向けの宿を取り、そこで夕飯を取るとダンジョンで張り詰めていた状態から解放されたせいか、どっと疲れが押し寄せて来てすぐに部屋のベッドに横になってしまった。やはりダンジョンと言うのはなかなか慣れないものだ。
俺はベッドの中でベルを抱き枕にしながら、勇者のことを考える。
「問題はどうやって勇者に会うかだよなぁ……街の中で会おうとしたら、下手すれば取り押さえられるよな。だとしたら街の外で会うことになるだろうけど、どのくらい護衛をつけてるのか……あいつらが野営とかをしてるんならこっそり会えるんだけどな」
後は相手が俺のことを覚えていてくれるかだよな。護衛の警戒網をかいくぐって勇者に会いに行ったのに「あなた誰?」なんていわれたら心が折れるぞ。
多分噂からにじみ出るカリスマオーラからして、一人は浅野なのだろう。どうせ浅野の事だからリーダーなんだろうが、俺のことは覚えててくれるだろうか? 元々交友関係がとても狭いから、俺だったら一年以上会わなかったクラスメイトがいきなり出て来てもほとんど分からないだろう。大地か結衣辺りがいればすんなり行けそうだが、17人の中に二人が入っているかは分からないしな……
そんな事を考えながら、俺はベルを抱きしめたままいつの間にか眠りについていた。
---おまけ---
吾輩はスライムである。名前はまだない。
私はダンジョンを一人で進んでいた。襲い掛かってくる敵は返り討ちにして、食べた。
暫く敵を食べていると新しいスキルを手に入れた。どうやら食べたことのある物を身体の中にしまえるらしい。主人のアイテムバッグみたいだ。これに魔物の肉をいっぱい入れて、主人に褒めてもらうのだ。
途中で分かれ道にぶつかる。私は直感的に暗い方に行くべきだと感じた。
その道に入ってから、でてくる敵が強くなった気がした。だが、今の私にとってはどちらもただの餌にしかならない。主人から教えてもらった技と修行の成果があれば当然なのだ。
暫くすすんでいると、主人とのつながりが少し強くなるのを感じた。おそらく主人も同じダンジョンの中に入ったのだろう。自然と自分の足も速くなる。
さらに進んでいくと主人とのつながりが一気に強くなった。私は思わず全力で走りだした。目の前に立ちふさがる邪魔な魔物は触手ですれ違いざまに倒していく。今はそんなくだらないものに構っている暇はないのだ。
そうしていると主人が見えてきた。どうやら魔物と戦っているようだ。後ろにも魔物と人間がいるが、そんな事は気にならなかった。
私は主人に襲い掛かる曲者を後ろから襲い掛かる。今までの敵より力が強いので少し抵抗されたが、無理矢理に丸呑みした。主人に襲いかかろうとする敵に慈悲などいらないのだ。
邪魔者を片づけた私は、主人に向かって飛びつこうとする。最初は主人の魔法に阻まれてしまったが、気を取り直してもう一度主人の胸元に飛び込んだ。
こうして私は、大好きな主人と感動の再会を果たしたのであった!