再会と名前
なんでそんなに疑いのコメントが多いんですかね? そんな悪い事しましたかね? しましたか、そうですか。
緑の粘液に包まれた二頭の狼はなんとか粘液から逃れようともがくが、それを無理やり押し込むように粘液の体積が増え、二頭の狼をすっぽりと覆いつくした。
その直後、狼と周りの粘液が一点に集中するように小さくなり、一秒もしないうちに手のひらサイズに変化した。その身体の中央には薄緑の核が浮かんでいて、これはまるで――
「え? スライム?」
俺の呆然とした呟きに反応して、そいつは魔力の壁に飛びついて来た。敵意は無いようだが、これは一体……
俺が不審に思いつつも『魔力障壁』を解除すると、スライムは一度地面に着地すると、地面を蹴って俺の胴体に飛び込んできた。
「うおっ! なんだこれ?」
敵意が全く感じられないので思わず受け止めてしまったが、一体何故俺が『大回廊』の魔物にこんなにも抱きつかれているのかがさっぱり見えてこない。とにかく分かるのはこのスライムからとてもうれしそうな感情が流れ込んでくることくらい……
「いや、何で俺がスライムの感情を理解できるんだ? それに普通のスライムがグレーターウルフを倒せる訳が……」
そもそもさっきのは倒していたのか? それとも取り込んでいたのか? なにがなんだかさっぱり――いや、スライムと言えば一応心当たりがないわけではないが、俺の知っているスライムはノスティア王国にいる筈。ダンジョンとノスティア王国だって馬鹿にならないような距離が離れているし、スライムがここまで来るなんてあり得るのか……?
俺は混乱しながらもスライムに向かって【鑑定眼】のスキルを発動する。
[【種族】スライム(使役)
【名前】なし
【レベル】135
【主人】セイイチ・キサラギ
]
俺がスライムを使役した経験など一度しかないし、この世界に日本人の名前であるセイイチ・キサラギなんていう人間が何人もいるとは思えない。そして何よりも俺の【使役】スキルがこのスライムに反応している事に気付いた。俄かには信じがたいが、ノスティア王国からこの『大回廊』まで、スキルによる絆を伝ってここまで来ることができたのだろう。
「そうか……お前にもいろいろ心配掛けてたんだな。わざわざこんなとこまで探しに来てくれてありがとうな」
俺の腹に乗っかっているスライムをなでてやると、俺が思い出したことに気付いたのか嬉しそうに身体を震わせた。
俺はスライムを抱えて振り返ると、ノワールがスライムに対する警戒心をむき出しにしていた。得体のしれない、しかも自分と同格の魔物を一瞬で二体も倒す力を持っている相手なので無理もない。ジョズもなにが起こっているのか理解できず、困惑している。
「あー、こいつは俺が昔テイムしていたスライムで、いろいろあって生き別れになったんだけど……とにかく敵じゃないから安心してくれ」
俺が誤解を解くためにそう言うと、ジョズは取り合えず敵ではない事に納得した様子だが、ノワールがなかなか警戒を解こうとしない。
しかもスライムの方まで「何ガンつけてんだテメェ」みたいな雰囲気を出して威嚇をするのでこの二体の間だけ異様な空気が展開されていた。
「どうしたお前ら、もっと仲良くしてもいいんだぞ?」
俺が左手にスライムを持ったままノワールの頭を撫でてやると、ノワールの方は少し落ち着いたが、今度はスライムから不機嫌な感情がひしひしと伝わってきた。どうやらノワールだけなでられた事がお気に召さなかったらしい。
仕方ないのでスライムの事も撫でてやっていると、ジョズに声を掛けられる。
「それにしてもそのスライム……明らかに俺より強い魔物を瞬殺してたよな? どんな訓練をしたんだ? そもそもこんなスライムあり得るのか?」
ジョズの疑問は尤もである。俺の記憶が確かならノスティア王国にいた頃のスライムは俺の動きを真似して体操のような物をしたりと、野生のスライムと比べても活動的な一面を見せていたが、こんなにチートな魔物では無かった。いつの間にこんな劇的な変化を遂げたのか、俺が知りたいくらいである。
「まあ……色々大変な事があったんだよ」
だとすると俺と別れてからこのようになったとしか考えられない。俺はその努力を見てきた訳ではないが、俺がダンジョンに潜っている間に度重なる死闘を繰り広げていたのは、俺だけでは無いと言う事なのだろう。
「まあ兄貴だから何でもありだとは思うけど……名前はなんていうんだ?」
「こないだのSS+ランクのドレッドとかと比べればまだまだ諦められる程の存在でもねえよ。それと、名前はまだ付いていない」
ジョズに諦められながら投げかけられた質問に対し、俺は簡単に答える。
言われてみれば、召喚された当初から俺とボロ小屋の中で生活をしていたこいつだが、スライムの核から生み出された存在と言うことや、地球ではゲームの中にしかいなかった生物だったので、「スライム」という名前に更に固有名詞を与えると言う感覚が薄れていたのであろう。こいつに名前をつけようとしなかった。
その後ダンジョンで出会った自分の従魔と命がけの戦闘をして、最後には失ってからやっと魔物一体一体の存在に情が湧いたような人間だが、あの頃はそのくらい魔物の命に対して適当でないとやってやれなかった部分もあったのだろう。
そんな事を考える俺にスライムから、何かを要求するような思念が流れこんできた。どうやらノワールにだけ名前が付いている事に嫉妬して、自分にも付けてほしいようだ。
昔の事はひとまず置いといて、今はスライムの名前だったな。俺はスライムと向き合ってふさわしい名前を考える。
「スライムだから……ライム? は安直過ぎるか、じゃあ身体の色かあらライム……じゃ同じだしなぁ……」
ノワールに引き続いて色から取るのは流石に芸がないし、ライムは却下だよな。ならその他の特徴から付けるか。例えばスライムがここまで強くなってるんだから何かしら特徴的なスキルを持っていたりしてもおかしくは無いのでは?
そう思った俺は目の前のスライムに【鑑定眼】を使う。
[スライム lv135
【生命力】1400/1400
【魔力】1200/1200
◆スキル
[火魔法 lv4]
[水魔法 lv4]
[威圧 lv5]
[土魔法 lv3]
[風魔法 lv3]
[溶解液 lv7]
[大食い lv8]
◆エクストラスキル
[胃袋収納lv1]
◆固有スキル
[悪食]
[スライムイーター]
[早食い]
[触手 lv3]
[肥大化 lv5]
◆称号
[大食い]
◆加護
[神々からの注目]
[魔神の加護]
]
「……え?」
俺はあまりにおかしな鑑定結果に思わず二度見してしまう。いや、確かに普通のスライムでここまで来ることができないことくらいは分かっているのだが、余りにも変わったスキルが多すぎた。
腕の中からこちらを「どうかした?」と言うようにきょとんとしているスライムを撫でつつ、気になるスキルの詳細をいくつか確認する。
[胃袋収納] 物を自分の体内に吸収し、保管できる。但し、取り込めるのは一度自身が食べた事のある、若しくは食べた事のある材料からなる物に限り、生きている物は取り込むことができない
[悪食] 食物として摂取した物のあらゆる毒および異常を無効化する。
[触手] 自身の体から触手を伸ばす事ができる。伸ばす事の出来る長さはレベルに依存する。触手は自分の体の一部として扱われ、触覚および痛覚が存在するが、元々触覚を持っていない者はその限りでは無い。
[大食い] 【大食い】スキルの限界を超えて食事をした者に与えられる称号。【大食い】スキルの効果が高くなり、スキルレベルが上がりやすくなる。
[神々の注目] 複数の神が興味を引かれた存在に与えられる。微弱ながらも神の力に晒されることにより、僅かに成長が早くなる。この効果は注目している神が多いほど強くなる。
ツッコみたい所が多すぎてなにからツッコんでいいのか分からないが、取りあえず……
「食事に関するスキルが多くね?」
色々と大変な戦いがあったのは確かなんだろうが、どんな戦いを経ればこんなことになるんだろうか。地球にあったスライム系のチート物だと、食べて成長していたし……やっぱり敵を倒して食べていたのだろうか。
「でもまあ、名前は思いついたぞ。ベル、なんてのはどうだ?」
大食いからベルゼブブを連想し、ちょっと可愛くなるように頭の二文字をそのままもらってくるという何とも安直な発想だが、俺の持つセンスの精一杯を発揮たつもりである。
俺がスライムに問いかけると、スライムからとても嬉しそうな感情が流れて来て、頭の上に元気よく飛び乗ってきた。どうやらお気に召したらしい。
「これからよろしくな。ベル」
こうして俺達の一団の中に、スライムが加わることとなった。
やっと本編とサブストーリーが合流した感じです。どちらが本編なのかとかいう議論は置いといて。