カタナと故郷
ドレッドと名乗った男は俺に爽やかな笑みを浮かべつつ手を出してきた。
「俺はSS-ランクのセイイチ。見た目通り十八歳です」
俺がそう言ってドレッドの手を握ると、ドレッドとジョズが驚いたような表情を浮かべた。
「見た目通り……なのかな。十五くらいに見えるよ?」
「俺もそれくらいだと思ってた……」
ドレッドはともかく、ジョズにまでそんな低年齢に見られていたのか……。ま、まあ日本人は幼く見られるし、しょうがないだろう。王国でも勇者達が年齢より幼く見えるって言われてたし、俺は日本人で言えば平均的な身長だ。
それにこの世界にはステータスがある以上、多少の体格差は押し切ることができる。ならば低身長の方が接近戦において有利な事が多い……はずだ。
「それより、百二十三歳ってことは……見た目からして、魔族?」
ドレッドの藍色と青の間のような色をした髪の毛をよく見ると、二か所ほど小さく盛り上がっているのがわかる。おそらく角だろう。
「へえ、一応小さくしている上に認識阻害の魔法を掛けているんだけど、わかるんだ。ほとんど無意識に見えてるってことは【鑑定眼】持ちかな? そのスキルがあれば商人としても十分やってけるのに、よく冒険者になろうと思ったね」
そう言いながらドレッドが指で角を軽くなでると、二本の角は10cmほどの長さに変わった。先端はその辺の魔物が持っている角よりずっと鋭そうだ。
「まあこの街にSS+ランクがいる事は有名だが、そいつが魔族だと言うのはなかなか知られてないな」
ここの爺さんはドレッドと仲がいいのか何でもないことのように言うが、SS+ランクの冒険者と知り合いって言うだけでも凄いことだろう。さらにそんな冒険者と対等に話す事ができる程の鍛冶屋なのだ。さぞ凄い人なのだろう。その割にはあまり人が出入りするところを見たことが無いが……
そんな事を考えていたら、本来の目的を思い出した。
「それで、剣を作っていただけますか?」
俺が話題を元に戻すと、爺さんは思い出したように再び俺をじっと見る。
「そうじゃな……お前さんがあの英雄だとは知らなかったが、だと言う事は見た目よりは力があるじゃろう。どうせ他にまともな仕事が入っている訳でもないし、別に構わんよ」
俺を改めて見ても、やっぱり力がなさそうな見た目という評価は変わらないようだが、どうやら引き受けてくれるらしい。ちなみにまともじゃない仕事って言うのは……妖岩を斬る剣がほしいとかそういう依頼なんだろう。
「とは言っても、儂はお主の持っているようなほとんど魔道具のような木剣は作れんぞ?」
爺さんは俺の木刀に視線を向けながら言う。勿論、俺だって金属を扱っている店に半分魔道具と化した木刀を作ってほしいなんて言わない。
「いえ、俺の今の剣は反りが入っていて形も変わっていますし、所謂普通のまっすぐとしてる剣がほしいんですよ」
俺が木刀を二人の前に出して、特に深くは考えずに木刀を指先でなぞって見せる。すると爺さんとドレッドは同時に目を見開いた。
「これは……お前さんはこの――木刀じゃったな。これをどこで手に入れたんじゃ?」
「えっ? これは俺の自作ですけど……あ、でもこの木刀って言うのはにほ……俺の故郷にあった刀って言う剣を模したものです」
爺さんは一瞬だけ考え込むような仕草をすると、物凄い食い付きを見せた。その勢いに思わず日本の事を喋りそうになってしまったが、そんなに木刀が珍しかったのだろうか。
俺が爺さんの勢いに若干引きつつ疑問に思っていると、ドレッドがアイテムポーチの中に手を突っ込んで何かを取り出した。
「これを見てくれ。こいつは俺が爺に作って貰うように頼んだ剣で、『決して折れずに、何でも切れる』をコンセプトに作られた剣だ」
ドレッドが取りだしたそれは、真っ二つに折れてはいるものの、俺の記憶にある日本刀――脇差にかなり似ていた。柄や鍔など、西洋剣らしさの残る所はあるが、これを武器として使うのなら刀と同じような斬り方になるのだろう。
「これは色々な地域の剣を見て回り、生物……特に人型の生物を斬る為に最も効率的であろう曲線と、肉を斬れるように刃の部分を徹底的に鍛え上げた代物だ。この折れているのは鉄で作った物だが、完成品は魔法金属でも使えば折れることもない。妖岩でも斬ろうとすれば話は別じゃがな」
こいつを作ることができたのはやっぱり嬉しいのか、爺さんはかなり誇らしげに言う。そりゃあ独力で全く新しい形態の剣を作ったんだ、自慢もしたくなるだろう。
ちなみに、地球では西洋の剣はあんまり物を斬る為の物ではなく、殴る為の武器として使われていたと言われることが多いが、この世界では形こそ西洋剣に似ているが、切れ味も重視されている。
この理由については俺の推測でしかないが、西洋で剣が鈍器のような使われ方をされたのは、全身を金属で覆って隠すようになり斬撃の効果が薄れ、鈍器に移行していったことが大きい。それに対して魔物との戦闘が多いこの世界の住人は、相手の肉を斬ると言うことに重きを置いたのではないかと思っている。
とはいえ横の大きさや重さは西洋剣寄りなため、殴ろうと思えば殴れない訳ではないし、硬い魔物相手にも使えない訳ではない。まあパーティーを組んでいる冒険者なら魔術師がメインになって戦えばいいだけだが。
「それにしても驚いたよ。君がこれと同じような木剣を持っているってことは、すでにこれと同じような剣が存在するってことだ。僕は見ての通り魔族だからこの国からはなかなか出られないとはいえ、世界中から物と人が集まるこの国で見ないってことは君の故郷は随分遠くにあるってことだ」
ドレッドは俺が木刀を持っていることに驚きつつ、俺の故郷が遠くにあるだろうと鋭く推測した。まあ、日本の知識を持っている人間なんてこの世界には俺と勇者しかいないだろう。
「俺の故郷は簡単に行き来でき無いくらいには離れているので、なかなかこの辺りまで情報が伝わらないんですけど……俺の故郷では、こういった剣を刀と言って、俺の故郷では最も主流な剣ですね」
取りあえず、俺の故郷の話をぼかしつつ、簡単に説明をした。その際に、この世界に同じ言葉が無いからか、発音が日本語の「カタナ」になった。前に「木刀」と言った時は「木剣」に自動で変換されていたようだが……翻訳の詳しい仕組みがわからん。
「カタナか、変わった発音の割には聞いた事が無いな……お主の故郷はどのあたりにある?」
子音の発音が難しいのか、外人のKATANAのような発音になっている爺さんは、興味深々と言った様子で俺に尋ねてきた。流石に大陸からちょっと次元を飛び越えたところにありますとは言えないので、適当に情報をでっち上げる。
「えっと……大陸から少しだけ海を渡った先にある、日本っていうちっちゃい島国です。昔は内部で戦ってたみたいですけど、今は基本的に平和な国です」
「ニホン……やはり聞いたことないな。そんな国があるとは、是非行ってみたいものだ」
ごめんなさい、行くのはちょっと難しいかな……。
俺が心の中で爺さんに謝っていると、爺さんはカウンターの下から布に包まれた一本の剣を持って来て、神妙な顔をして俺の前に出した。
「これは?」
「儂がこの小僧に渡した後、自分なりに反省点を見つけてもう一本打ち直した物だ。カタナを知っているお前さんから見て、こいつの出来はどの程度だ?」
爺さんが布を外すと、中から出てきたのは70cmほどの長さをした刀、日本では太刀や打刀に分類されたはずだ。
「い、いや、流石に鍛冶なんてしたことないし、口出しできるような事なんて全然ないですよ」
一応、一オタクとして刀とかサスペンションについて、ググール先生やウェキペディア先生に聞く程度の事はしているが、魔法補正があればサスペンションだけならなんとかなるとしても、刀を材料から作れなんて言われても不可能だ。刀の良し悪しなんて勿論分からない。せめて俺が骨董オタクか何かだったら良し悪しくらいは分かったかもしれないんだがな。生憎とアニメとラノベくらいしか取り柄が無い。
「些細な事でも構わん。例えばお主の国のカタナと違う所はあるのか。大きさ、素材、反り、刃の付き方、柄、鍔、何でもいい」
それでも食いさがってくる爺さんに根負けし、俺のおぼろげな記憶の中にある刀を思い出しながら刀を受け取る。
「大きさはこれでいいはず……と言うより、さっきの短い方も、小太刀や脇差という名前で使われていたり、1m以上ある大太刀とかもあるので、あくまで歩兵が振り回すのに丁度いい大きさってことですかね」
「日本にあった刀は、鍔はもっと小さくて、斬る時に右手を最低限保護する程度の大きさだったと思います。あとは、鍔の重さでバランスを取っているんだったような……」
だんだん俺も調子に乗ってきて、刀はもっと刃が薄いだとか、鎬っていう部分があって重心と頑丈さを調整しているだとか、柄は木に鮫の皮をかぶせてその上からひもを巻きつけて握りやすくしているだとか、知識の限りを話し、爺さんの技術と魔法でうろ覚えの製法の中で使えそうな物を取り入れたりと、本来の目的をすっぽかして一時間ほど話しこんでしまった。
「うーむ……聞けば聞くほど新しい発見じゃの。取りあえずいくつかは検証が必要な物もあるし、また今度話を聞かせに来てくれ」
爺さんは手元のメモを見ながら唸り、鍛冶屋の奥に引っ込んでいこうとする。待ってお爺ちゃん。まだ俺の用事が終わってないよ。
これを書きながら色々調べてたら、素材から作らなきゃいけないのに知識チートとかってちょっとggっただけで出来るわけがないなって。
明日も更新予定です。