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彼らの最悪の時あるいは彼らの最良の時


「ああもうクソッタレが!」


 バッツは穴に潜みながら、悪態をつくことくらいしかできなかった。

 時折、降ってくる砂に顔を顰めながら、周囲の状況を窺う。


 援護のイギリス空軍は弾を使い果たしたのか、その機影は疎らとなっている。

 彼らの攻撃は決して無意味であったというわけではない。

 現に先程から敵の火力は若干、衰えつつある。


「バッツ!」


 そんな声と共に穴に飛び込んできた輩がいた。

 誰かとバッツはその顔を見れば、ベスターだった。


「お前の小隊の状況は!?」

「目に見える範囲は生きてるらしい! まだ戦えると思う!」

「うちも似たようなもんだ! 後続も来ていることは来ている! 軽く見てきただけだがな!」


 爆発音やら着弾音で騒々しく、隣り合っていても怒鳴り合わなければマトモに意思疎通ができない状況だ。

 その時、また1人、誰かが彼らの穴に飛び込んできた。

 いくら何でも3人は入りきれず、バッツとベスターは入ってきた輩に対して罵声を浴びせたが、すぐにその顔を見て口を閉じた。


 入ってきたのは彼らの上官であるボーデヴィヒ大尉だった。


「元気そうだな!」


 幸いなことに、大尉は怒ったりはせず、むしろ、嬉しそうにそう怒鳴ってきた。


「大尉もお元気そうで!」


 ベスターが返すと大尉は頷きながら、再度怒鳴る。


「君らの隊はどうか!」


 バッツとベスターは即座に大丈夫だと返す。

 そうか、とボーデヴィヒは返し、少しの間を置いて問いかけた。


「撤退するか?」


 バッツとベスターは思わずに顔を見合わせた。


 この状況から撤退するなんぞ、とてもではないができそうにない。

 撤退の為に再度舟艇を呼び寄せるという行為が既に自殺行為であり、その帰りの舟艇が沈まないという保障はどこにもない。

 勿論、それにより作戦全体に支障が出ることは言うまでもない。


 バッツもベスターも返す答えはすぐに決まった。


「撤退はクソ食らえであります!」


 その答えにボーデヴィヒは満足げに頷いて、怒鳴る。


「部隊を集めろ! 予定通りに右翼から突破する! 支援は2つある! 空と海だ! 海はアテにならんがな!」


 アテにならない、と言われてどういうことだ、とバッツとベスターは首を傾げる。


「ロケット臼砲戦車だからな! 海上から撃つそうだ! 当たらんが、脅しにはなる!」

「それはアテになりませんね!」


 ベスターの言葉にバッツは同意見とばかりに頷く。


 要塞やトーチカなどの目標に近距離から直接撃ち込むというのがロケット臼砲戦車――四号臼砲戦車の運用法だ。

 遠距離から重砲のように撃ち込むということはできないし、そもそも射程が短く、誘導装置なんぞついていない全くの無誘導。

 ましてや、それが揺れる海上で戦車揚陸艇からとなれば撃ったところで外れるのは目に見えている。

 

 本当に虚仮威しにしか使えない。



「空は安心しろ! 近場まで進出していたドイツ空軍が出てくる! 30分以内に始めるぞ! 全員に伝えておけ!」














 マンシュタインは揚陸艦エルベの司令部にて全ての指示を出し終え、状況の推移を見守っていた。

 初めからドイツ空軍に支援を任せれば良かった、と彼としては思うのだが、あいにくと同盟国の面子に対する配慮という非常に面倒くさいものがそれを邪魔した結果がイギリス空軍による支援という結果となって現れていた。


 手柄だけ、被害はなく貰いたい、というイギリスの清々しい程の図々しさが発揮されたためだ。

 史上最大の上陸作戦、その護衛及び上陸支援というのは敵の戦闘機がいないならば、事故やまぐれ当たりの対空砲火以外では被害の受けようがない。


 一定の成果は出たのだがな、とマンシュタインは心の中で呟く。


 イギリス空軍が無能であったというわけではない。

 彼らは仕事をしていたが、近接支援に対する経験と武装の威力が足りなかった。


 もっぱら開戦以来のイギリス空軍の仕事はフランスの都市に対する夜間空襲であり、英仏海峡をはじめとしたブリテン島周辺海域の哨戒だ。

 ドイツ空軍のように、毎日朝昼晩、陸上部隊を叩くという仕事ではない。

 

 イギリス空軍が失敗したときの為の保険ということで、予めマンシュタインは作戦の準備段階からドイツ空軍側に話を通してあった。



「臼砲戦車搭載の揚陸艇が進発します」

「空軍の管制機より、支援部隊は120機規模、15分以内に到着予定とのこと」


 

 120機ということはそれなりに大規模な陣地でも叩く予定だった部隊か、とマンシュタインは思いつつ、空軍の柔軟さに感心するばかりだ。


 あの先輩だから、それも当然か、と彼は苦笑する。

 

「空軍に感謝する、と伝えてくれ」


 マンシュタインは帽子を被り直し、その後は我々の仕事だ、と気合を入れた。

 出鼻を挫かれたが、巻き返しは十分に可能と彼は確信していた。














『イギリス空軍もだらしがない』


 隊内無線に響いた声に一斉に笑いが溢れた。


 ルーアン近郊にある陣地を襲撃する予定であったドイツ空軍の攻撃隊は、ルーアンを素通りし、ノルマンディーの海岸に近づきつつあった。


 4つの上陸地点に対し、おおよそ20機前後が1つの上陸地点に向かう。

 たった20機と考えれば少数だが、それらはすべてA5であり、その火力は凶悪極まりない。

 また後詰として20分遅れて、四発輸送機を改装し、105mm榴弾砲と37mm機関砲を積み込んだA47が20機、護衛機を引き連れてやってきていた。


『ルーデル、頼むぞ』


 そう声を掛けたのは隊長のステーンだった。

 

「任せてください」


 既に体の一部と言っても過言ではないA5を操りながら、ルーデルは答えた。

 彼は既にドイツ空軍の地上攻撃のエースとして有名人だ。


 破壊した戦車は確認されただけで50両近く、火砲やトラックなども入れれば200を超える。

 ヴェルナーとは勲章を授与される時に再会したのだが、彼は勲章を渡しながら、こっそりとA5をジェット機に改装したA10という機体も近いうちに出てくる、と耳打ちされた。 


 ルーデルとしては本当は戦闘機に乗りたかったが、何だかA5が思った以上にしっくりときたのでまあいいか、とそんな感じであった。

 

 

『あと少しで目標地点だ。上陸地点ヴァイスに我々は突入する。海岸からすぐの崖の上に敵のトーチカやら塹壕やらあるそうだ。好き勝手暴れて構わん』


 ステーンの指示に了解とルーデルは返しつつ、いつも通りにやるか、と思った。















「もうそろそろの筈なんだが……」


 バッツは時計を見つつ、その時を待っていた。

 命からがら、部下達に声を張り上げて、指示を伝えて回ったのは15分程前のこと。


 よく怪我もしなかった、と自分の幸運に感謝しつつ、空軍の到着を待っていた。


 その時、後方から甲高いロケットの飛翔音が聞こえた。

 しかし、現場には何の変化も見られない。

 38cmのロケット弾だ、当たれば崖ごと敵の陣地を吹き飛ばせるだろうに。


 断続して聞こえる飛翔音。

 放たれたのはだいたい20発程だろうか。

 どこかに1発くらいは当たっても良さそうなものだったが、そううまくいくものではなかったらしい。


 海に落ちたか、あるいは内陸部のどこかに着弾したか。

 

 やれやれ、とバッツは溜息を吐いた。

 ともあれ、気を取り直して、次を待つ。


 本命は空だ。


 バッツは崖の上を見る。

 忌々しい程によくできた陣地だ。


 

 その時だった。

 崖の上が満遍なく、砂煙に包まれた。

 ついで、聞こえる牛の鳴き声のような独特の――ベヒーモスの咆哮と呼ばれる音。


 バッツが空を見上げれば、そこには彼らがいた。


「来たぞ! A5だ!」


 横隊で通り過ぎていくA5の姿がそこにあった。

 一斉掃射後、A5は小隊ごとに分散し、次々と各個に攻撃を開始していく。


 弾着を示す砂煙とその後に聞こえる独特の射撃音。

 それらは海岸から絶望を取り除く、角笛にも思えた。

 無論、それは表裏一体のものであり、フランス軍にとっては希望を取り除き、絶望を与える悪魔の咆哮だろう。


 敵からの攻撃はA5の攻撃開始から程なくして、一気に下火となった。

 先程のイギリス空軍の攻撃と違い、ドイツ空軍が誇る地上攻撃の専門家達による襲撃は精密さが違った。


 彼らは的確にフランス軍の火点を潰していく。


 バッツは好機を逃さずに穴から出ると、駆け足で部下たちに大声でついてくるよう指示しつつ、崖を目指す。

 

 程なくして崖に到着し、体を崖に張り付けた。

 続々と部下達が集まり、彼らもまたバッツに習って崖に体を張り付けた。

 いくら何でも崖の真下には敵も撃てない、というバッツの考えだったが、既に敵にはそんな余裕はなさそうだった。


「バッツ! 一気に難易度が下がったな!」


 ベスターもまた小隊を引き連れてやってきた。

 彼の言葉にバッツは頷いてみせる。


「さっきまで苦労してたんだ、これくらいはいいだろう」


 バッツはそう返すと、ボーデヴィヒ大尉が残存していた他の海兵達を引き連れているようだ。


「バッツ! ベスター! 良し、生きているな。怪我はないか?」


 大尉の問いかけに2人共無事だと返す。


「それは良かった。実はだな、言い忘れていたが、君ら以外の小隊指揮官は負傷しているか、死んだかのどっちかだ。残った連中は連れてきた。後続は来ているから問題ない、すぐに陸軍も来る」


 同僚達の死や負傷に一瞬だけ、バッツとベスターは沈黙するが、すぐに了解と返す。


「突破できるか?」

「これなら問題はありません。訓練の方が厳しいくらいです」


 バッツの答えにボーデヴィヒは満足げに頷く。


「よし、行くぞ。一段落ついたら、全員にワインとビールを奢ろう。バッツ、先頭はお前の隊に任せる。次は私が、後詰はベスターだ。A5の攻撃は5分以内に終わる。終わったら攻撃開始だ。空軍が後続の部隊も派遣してくれているが、その前に終わらせよう」

「予定通りに崖の一部を爆破します。位置はあそこの、少し凹んでいるところを」


 バッツは指で示せばボーデヴィヒとベスターがそちらを見る。

 示された崖は他の崖よりも少し凹んでいるところがあった。


「ああ、あそこを崩せばうまい具合にいけるだろう。それぞれ準備に入れ」


 了解と2人は返し、それぞれの部下達に声を掛けていく。




 やがて、A5の攻撃は終わりを迎え、無線で帰投する旨が伝えられた。

 そして、バッツは叫んだ。


「突撃!」


 援護射撃の下、バッツを先頭に彼の小隊が攻撃を開始した。

 フランス軍は撃ってきたものの、A5の攻撃前と比べると悲しい程にその数は少ない。


 バッツとその小隊は崖の一部分を爆破して崩し、そこから一気に崩れた斜面を駆け上がり、フランス軍の陣地へと雪崩込んだ。


 彼らが陣地へ突入を開始した頃、海岸には海兵隊の戦車を載せた揚陸艇が到着し、揚陸を開始。

 また第二陣である陸軍部隊――グロス・ドイッチュラント師団――が搭乗した舟艇部隊も続々と海岸に向かいつつあった。










「どうにか終わったな」


 マンシュタインは椅子に腰掛けて、力を抜いた。

 時計を見れば8時を回ったところだった。

 海兵隊の上陸から橋頭堡確保まで2時間程しか経過していなかったことに驚きを感じた。


 それこそ半日くらいは費やしたような気持ちであった。

 既に海岸から2km程の内陸部までは海兵隊及び陸軍により確保されており、後続部隊及び必要な物資も続々と順調に揚陸されている。


 あとは全部隊及び全物資の揚陸を終えるまでの艦隊の安全確保であったが、それは海軍と空軍の仕事だ。

 

 他の海岸ではここヴァイスよりかはマシであったが、それでも大きな被害が出ている。

 それでも上陸に成功し、橋頭堡の確保に成功したが為にバルバロッサの第一段階は成功として良いだろう。


 だが、良からぬ報告も入っていた。

 ダカールにいたフランス海軍の艦隊が出撃したらしく、昨日の夕方までは確認されていたが、今朝にはいなくなっていたとのことだ。

 つい1時間前にその報告は入ったものだが、その後の行方は掴めていない。



「フランス海軍は出てこないと思ったのだが……来るだろうな」


 ここには上陸部隊と物資を満載した多数の輸送船・輸送艦がいる。

 部隊のほうは何とか今日か、遅くても明日までに降ろすにしても、物資は最低でも数日、遅ければ1週間近くは掛かる。


 そして、物資を海に沈めてしまえば、上陸部隊はその行動に大きな制約を受けることになる。

 果たしてフランス海軍がここまで辿り着けるかどうかは甚だ疑問だが、用心しておくにこしたことはない。


 何しろ、ビスケー湾からケルト海では日本海軍が睨みを効かせている。

 日本海軍に見つからなかったとしても、イギリス海軍の艦艇やイギリス空軍の哨戒機がわんさかと待ち構えている。


 油断してはいけない――


 マンシュタインは思いつつ、早めに陸に司令部を移すべきか、と考え始めるのだった。



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