比較的穏やかな日々
独自設定・解釈あり。リアルがちょーっっと忙しかったのですよ_(:3」 ∠)_
「随分と壮大な作戦だ」
マンシュタイン元帥は次の作戦について、そう感想を述べた。
彼は第2装甲軍司令官の任を解かれ、参謀本部に戻ってきていた。
しかし、それは決してマイナスな意味合いをもつものではない。
戦力の再編と物資集積を急ピッチで進める傍ら、参謀本部から通達された作戦は誰が見ても、彼と同じような感想を抱くだろう。
ベルギー・ルクセンブルク及びフランス北部へ侵攻――黄色作戦――が初動であり、それに続いてフランス本国へなだれ込む赤色作戦へと続く。
またこれらと同時にフランス本国上陸であるバルバロッサ作戦――
これらに加え、空挺降下や空軍の空襲、海軍の支援などなど大小10にも及ぶ作戦が計画され、準備が進められている。
そして、これらは総称して皇帝攻勢と呼称されている。
マンシュタインはこれらのうち、バルバロッサの総司令官に就任することが既に決まっていた。
バルバロッサ作戦は端的に言えば貧乏くじであった。
単純に史上初となる大規模な上陸作戦というだけでなく、海軍や空軍との高度な連携や同盟国軍にも気を使わねばならない。
彼が選ばれたのは有難くないゼークト元帥の推薦による。
ゼークトはマンシュタインが提案した20インチ砲弾による要塞――フランス側呼称マジノ線――攻撃を高く評価していた。
しかし、彼は彼で負けてはいない。
自分のところに何人かの将軍を引っ張りこんだのだ。
マンシュタインは上陸することは比較的簡単であると考える。
海軍の火力支援があるからだ。
空軍の空爆とは違い、艦砲射撃は持続性が高い。
特に戦艦ともなれば下手な要塞であるならば一撃で粉砕できる。
問題は上陸後、内陸部への進撃に移ってからであった。
「敵の大部隊が集結する前に、迅速に進撃し、敵を孤立、包囲しなければならない」
その為にはとにかく勇猛果敢で突っ走る将軍が必要であった。
幸いにもマンシュタインの友人や部下にはそういうタイプの将軍がいた。
「しかし、問題はやはり補給だ。迅速に進撃したはいいが、補給切れで立ち往生とは笑うに笑えん」
再度確認すべく、マンシュタインは電話へと手を伸ばした。
「重雷装巡洋艦、ですか?」
レーダー元帥は聞き慣れない単語に思わず問い返した。
日本海軍が本国から新たに巡洋艦2隻を派遣するという決定されたのがつい1ヶ月前のこと。
ちょうどドイツ・フランスの陸軍が互いに殴り合いを演じていた時だ。
誰も彼も興味はドイツ陸軍とフランス陸軍、どちらが勝つかということに注目していた為、日本の決断は大して注目されることもなく終わった。
レーダー自身もドイツ領内からフランス軍が消えて一息ついたところで、そういえばそんなこともあったな、と思い出した程度。
そんな軽い認識で今、日本海軍から新たにやってきたフネ――北上と大井を出迎え、歓迎パーティーに出席していた。
「はい。我が国が苦肉の策として編み出したものであります」
そう答えるのは遣欧艦隊の水雷戦隊を預かる南雲忠一少将だった。
「名前の通りに魚雷を大量に積んでいるのですか?」
「その通りです。片舷20射線、両舷で40門の魚雷発射管を搭載しています」
「それは何とも……攻撃力は強いでしょう」
下手をすれば機銃弾一発で轟沈しかねない危険な代物に思わずレーダーも言葉に詰まる。
しかし、真っ向から言っては相手の面子を潰すことになりかねず、中々面倒くさい。
「酸素魚雷はご存知ですか?」
南雲の問いにレーダーは頷く。
実用化は簡単であったが、あまりに危険性が高いことと高性能電池の量産に目処がついた為、結局、試験用に少数生産に終わったものだ。
どうもヴェルナーも酸素魚雷については考えていたらしく、空軍との共同開発を持ちかけてきたが、あんまり期待はしていなかった印象だったのをレーダーは覚えている。
その一方で彼は電池式魚雷やロケット推進式魚雷の開発には非常に熱心であったこともあわせて思い出した。
「我が国はそれを実戦配備しており、重雷装艦は無論、それ以外の艦にも順次配備しております」
南雲はそう言うものの、その顔は平然としていた。
ドイツならそれくらいは当然掴んでいる情報であり、それよりも凄いものを持っているだろう、と。
南雲が今回、酸素魚雷の情報を伝えたのはひとえに、上からの指示であった。
あわよくば酸素魚雷を売りつけたい、とそういう思惑。
しかし、ドイツがそう言うことはまずありえない為、単純にそういう兵器を持っていますよ、という情報提供だった。
さすがに用兵側として、酸素魚雷の危険性は十分に承知している。
もし万が一、敵の攻撃で大爆発を起こしてそれが原因で同盟国軍に被害が出たとなれば、色々と問題。
おまけに酸素魚雷自体の値段も極めて高額だが、それらの短所を含めた上でも捨てがたい、という痛し痒しの状況だった。
もっとも、レーダーとしては事前の情報提供はありがたかった。
角田中将よりかねてから要請があった、次作戦における日本海軍の配置。
敵と交戦する可能性が高いところに配置して欲しい――
日本側としては少しでも戦果を上げようと必死だった。
莫大な予算と燃料を使い、一戦も交えることなく帰ってきました、では議会も国民も納得しない。
「では、日本海軍には先鋒を務めてもらいましょう」
レーダーとしても被害があると戦後における海軍の発言力低下に繋がるが故に、一石二鳥だった。
互いの選手達はゆっくりとコートへ入る。
すると大勢の観客たちは大きく歓声を上げる。
片方はフランス語、もう片方はドイツ語の歓声は両者が戦争当事国であるとは微塵も感じさせない。
バイエルン州ミュンヘン近くにあるダッハウ、そこにある捕虜収容所では本日、この収容所にいるフランス軍捕虜とドイツ軍看守との間でのサッカーの試合が行われるのだ。
フランス側が勝利すればこの収容所にいる全ての捕虜達の1週間の食事が豪華なものになり、ドイツ側が勝利すれば全ての看守達の1週間の食事が豪華になるというのが賞品だ。
互いの選手達は配置へとつき、ホイッスルの音を静かに待つ。
試合前の独特な静寂もつかの間、高らかにホイッスルが吹かれた。
「ダッハウはフランスが勝ったか」
ヴェルナーは本日の各地の対戦成績をラジオの速報で聞き、微妙な顔となる。
かねてより戦争となった場合、捕虜収容所での待遇はなるべく良いものにしよう、ということでゼークトらと組んで企画したものの1つがサッカーの試合であった。
折しも、ドイツサッカー連盟によりドイツ帝国内の全国リーグとしてライヒスリーガが設立され、国内のサッカー熱が高まっていたこともあり、スムーズに事は進んだ。
無論、審判などの試合に必要なスタッフは厳正中立となるよう、サッカー連盟が選出することとした。
そして、始まったフランス戦、捕虜収容所でのサッカー試合は当初からドイツ側にとって戦争ほどにスムーズな勝利をもたらしてくれるものではなかった。
どちらかといえばこちらの負け数が多い。
「こればかりはしょうがないからなぁ……」
スポーツへのテコ入れは戦前から行っているとはいえ、勝負は時の運もある。
とはいえ、当初の目的である捕虜の感情を和らげているのは確かなようで、収容所での暴動などは現在まで起きておらず、比較的穏やかな状態にあるという報告をヴェルナーは受けていた。
一部からは憎きフランス人にそんな平穏を与えるなんて、という批判も上がっているには上がっているが、それよりも戦後のフランス人の感情を和らげる方が先決だった。
彼らに復讐を決意されると、将来的に面倒くさいことになるのだ。
「次期作戦の準備も順調だし、いつも通り仕事していれば戦争も終わっているだろう」
戦争のことを頭から追いやり、かわりに頭に浮かんでくるのは戦後のことだ。
大幅な軍縮とそれに伴う人員整理・企業の過剰な生産力の整理などなど、経済を減退させるには十分過ぎる要素が揃っている。
対策は幾つかあり、それらは既に着々とその準備が進んでいる。
減税からはじまり、再就職支援の為の職業訓練学校への入学支援などなど。
しかし、それらとて気休めに過ぎない。
実際にフタを開けてみなければどのようになるか分からないのも事実だった。
扉が叩かれる。
許可を出せば、入ってきたのはミルヒだった。
彼の用件は日本大使館の山本大佐が面会に来ているとのこと。
ヴェルナーははて、と首を傾げるも、通すように告げる。
ミルヒに案内されて入室してきた山本五十六は深々と頭を下げ、告げる。
「事前に連絡を入れずに申し訳ありません、閣下」
頭を下げる彼にヴェルナーはむず痒い気持ちになった。
「やめてくれ。君からそう言われるのはどうも合わん」
「たった1、2年で大佐から元帥に上り詰めた魔法使い様だからな。自然と敬語にもなる」
「日本じゃ、元帥は名誉称号だったな。ウチに来ないか? 元帥になれるぞ」
「せっかくの誘いだが、化け物揃いのドイツ軍に入りたくはないな」
2人のやりとりを見ているミルヒとしてはハラハラであった。
彼の上司であるヴェルナーはもちろん、対する山本もヴェルナーからよく底の知れない人物と聞かされていただけに。
「化け物揃いとは酷いな。ヴォータンの軍勢と言ってくれ。帝国を守護する力強い英雄達だ」
「聞いた話によれば、士官学校から君が引き抜いたパイロットは前線任務についてすぐに戦車・装甲車の撃破数トップになったそうじゃないか。これを化け物と言わずに何と言う?」
「日本軍では刀で戦艦をぶった斬ったり、砲弾を竹槍で撃ち落としたりするんだろう? どっちが化け物か?」
「どこの日本軍だそれは? それなら日本はとうの昔に世界征服でもしているだろう」
ひと通りの応酬の後、どちらからともなく、互いに対面となるようにソファに座った。
「元気そうだな、大佐」
「おかげさまでな。挨拶はあれくらいにして……今日は個人的な相談に来たのだ」
あれが挨拶だったのか、とミルヒは疑問だったが、口にも顔にも出さない。
上司から退室の許可が出ていない上に、それを述べる機会も失ってしまった彼は終わるのを待つしかない。
「戦闘機不要論がウチの若手で出ていてな。恥ずかしい話だが」
山本は頭をかきながら告げた。
しかし、ヴェルナーは別段驚くことでもない。
「いや、それは将来的には正しい。ウチも将来的に戦闘も爆撃も雷撃も単一機種でこなせるようにする。そっちのほうが安上がりだ」
山本は目が点になった。
どうしようか、と個人的に相談に来たのだが、まさかそれが正しいと言われてしまうとは予想外の事態。
「とはいえ、レシプロ機でやるのはキツイだろう。ウチは将来的に、ジェット機……日本では噴進式航空機というのか? それでやる予定だ」
あっさりと告げられるドイツ空軍の将来に、山本は深く溜息を吐いた。
「ところで、話は全く変わるが、日本海軍は戦艦と空母の八八艦隊を作る予定はあるか?」
山本はドキリとしたが表情は全く平然。
八八艦隊はまだ公にはなっていない話だった。
しかし、ヴェルナーは単純に長門型・金剛型で8隻揃っている為、これから空母も8隻揃えるのか、という単なる疑問だった。
「そんな予定はまだ聞いてないが、なぜ?」
「戦艦が8隻いるから、空母も同数揃えるかと思ったからだ。やるとしたら、やるのか?」
「やるだろう。我が国はイギリスと同じだ。本土に一歩でも敵が入ったらその時点で負けに等しい。上陸した敵を海に落とすのは極めて困難だ」
山本の想定は日本陸海軍の総意と言っても過言ではなかった。
敵軍に上陸を許す、ということはすなわち日本海軍が壊滅状態に陥っている可能性が高い。
陸軍が奮戦したところで、第二波・第三波の敵の上陸に耐えられるかというと怪しいところであった。
「日本本土で陸戦はとてもではないが、やりたくはないな。被害がどれだけ出るか、分かったものではない」
山本はヴェルナーの言葉に意外性を感じた。
圧倒的な物量で押し潰せば良いのではないか、と素直に疑問に思ったのだ。
「何か理由はあるのか?」
山本の問いにヴェルナーは告げる。
「島国であることから、まず補給が面倒くさい。ついで、ほとんど山と森しかない地形だ。引きこもられたら、とてもではないが手は出せんよ」
なるほど、と山本は納得する。
「まあ、日本に喧嘩を売る国はまずいないだろうから、ゆっくりと国力の増大に努めれば良いだろうさ……」
そう言い、ヴェルナーは壁時計をちらりと見る。
時刻は11時を回っていた。
「どうかな? 昼食でも?」
「ぜひ、ご一緒させて頂こう」