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終わりの始まり

独自設定・解釈あり。




「場所の提供を感謝する」


 堅苦しい挨拶にヴェルナーは苦笑する。

 彼――ヒトラーとは今更そういう間柄でもない。


「というか、君は別荘をあちこちに持ちすぎだろう」


 相手もそう思ったのか、すぐにいつもの調子に戻る。


「税金は払っているし、きちんと圧力を掛けることなく合法的に購入している。全く問題ないだろう」

「まぁ、そうだな。ところで今日、わざわざここを提供してもらった理由だが……」


 ああ、とヴェルナーは言いながら、壁時計を横目に見る。

 会議の始まる時間まであと30分程はあった。


「要するに、フランスに対する最終的な解決の決定だ。ゼークト元帥やシェーア元帥は君に任せる、と一任してきた」


 ヒトラーから告げられた言葉にヴェルナーは内心溜息を吐く。

 政治家との繋がりも強い自分を軍の代表者として出した方が楽――そういうことだった。


「とはいえ、もう実質的に決まっているものだ。政府内でも纏まっている。今回の集まりは単なる確認に過ぎない」

「まさか、全部を併合するとか言わないでくれよ? そんなことをすればカネが保たない」

「分かっているとも。取るべきところを取る。それだけだ」


 ヒトラーの言葉を聞き、ヴェルナーは頷きながら思わず脳裏に描くある単語。


 ヴァンゼー会議――


 年代も状況も違えど、似たようなことは起きるものらしい。


「そろそろ宰相達も来る。まあ、気楽に確認しよう。私は軍事は素人だが、もはや勝ったも同然なのだろう?」


 ヒトラーの問いにヴェルナーは躊躇なく頷く。

 局地的にはともかくとして、戦争の趨勢はもはや決している。

 降下猟兵とローレライ部隊は勿論のこと、あと1週間もしないうちにフランス軍の要塞線はあちこちで破られ、ドイツ軍の主力が雪崩れ込むことになる。

 

 一箇所でも破れてしまえばあとは回りこんで終わりだ。

 既に大量の捕虜が出ることを予期して各地で捕虜収容所の増設が行われていたりする。


「今は良い。だが、戦後、経済は勿論、傷痍兵に対する社会的補償やら何やらで問題は山積みだ」


 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷き、告げる。


「その為の制度は万全ではないが、ほどほどに整いつつある」


 補助金漬けにするよりも仕事を与える方をヒトラーは選んでいた。

 とはいえ、それとて全員をカバーしているわけではなく、またその仕事を作り出す為に、もカネが掛かっていた。


「結局のところ、我々はフランスには勝つだろうが、国家としては敗北だ。戦争の後始末は数年で終わるものではない。まったく死者が出ず、経済に影響を与えなければようやく勝利できるだろう」


 実現不可能だがな、とヴェルナーは告げたのだった。












「……いや、さすがにコレはないだろう、コレは」


 マンシュタインは目の前にある代物にほとほとに呆れ果てていた。

 確かに祖国の技術力は凄まじいものがある、と彼自身もよく理解しているつもりであったが、これはちょっと行き過ぎであった。


 確かに要塞の分厚い壁やトーチカ群を撃破する為に何かしら欲しい、という要望は山のように兵器局に届いている筈だ。

 しかし、兵器局のその要望に対する解答が目の前にある、四号戦車の車体を利用して作られたとんでもない代物だった。


「ロケット臼砲なんぞ聞いたことがないぞ」


 四号臼砲戦車とかいうなんだか訳の分からない名称となったそれは簡単に言えば、ロケット弾を打ち出すものだ。

 何でも元々は海軍と空軍が共同開発していた対地ロケット弾だとかで、直径38cmという巨大さを誇る。

 それを自動車から打ち出す為にアレコレ知恵を巡らせ、なるべく安く仕上げようとした結果が余っている四号戦車と組み合わせてしまおう、ということになったらしい。


 そんな経緯で誕生したにも関わらず、乗員達の士気は高い。

 どうも傍目から見れば何とも奇妙な戦車に自信があるようだ。


「閣下、どうされますか?」


 参謀長が遠慮がちに問いかけ、対するマンシュタインは腕を組む。


「……とりあえず、使ってみよう。威力は高いらしいからな」

 

 暫し考えて、マンシュタインが出した答えは使えれば儲けもの、というような程度であった。








 そして、マンシュタインが臼砲戦車の戦果と欠点に驚くことになるのは1時間後のことだった。









「……とんでもないな」


 西住小次郎は思わずそう呟いた。

 彼の目の前には撃破されたドイツ軍の四号戦車が至る所にあった。

 そして、それらには整備兵や工兵達が取り付き、四号戦車回収車という専用の車両を使い、車体や砲塔をウィンチで引き上げては回収している。


 死者や戦傷者は既に回収が終わっているが、もし終わっていなければ嘔吐していたかもしれない、と西住は思う。


 まだまだ彼は見習いであったが、独仏戦争の観戦武官の一員としてこの地に立っていた。


「君は随分と若いな」


 唐突にドイツ語でそう話しかけられ、西住は声のする方へ向く。

 そこにいた人物に慌てて彼は敬礼をする。


 その様子に笑い、その人物は答礼する。


「第28装甲師団のクルト・マイヤーだ」

「自分は西住小次郎であります、少尉殿」


 マイヤーは頷き、尋ねる。


「他の観戦武官は?」

「5分程前にテントへ向かいました。指導官の許可をもらい、もう少しだけここに……」

「なるほど……ちなみに、この陣地を制圧するまでに、まるまる1個大隊分の戦車とその乗員がこの世から消えた。中々衝撃的だよ」


 西住は思わず顔を青くする。


「交戦時間は短い、わずか数時間足らず。君ら日本軍もどこかの戦線に投入されると聞いてるが、被害が少ないことを祈っているよ」

「何か、秘訣とかありますか?」


 西住は思わず問いかけた。

 主語が無くとも、それは十分にマイヤーに理解できた。


「無駄に考え過ぎないことだ。始まる前は緊張するが、始まってしまえばそれほどでもない。自分の職務をこなせば結果はついてくる」


 気楽にやれよ、とマイヤーは西住の肩を叩き、踵を返すのだった。
















「撃て!」


 ドイツ語・フランス語、言語は異なれど、全く同じ命令の下、砲声が戦場の隅々にまで轟き渡る。


 たちまちのうちに擦過音を発しながら、互いの砲兵陣地に砲弾が落下し始める。

 互いの陣地は簡易であったが、その偽装は巧妙なものだった。


 互いの砲兵が撃ち合っている時、キューポラから身を乗り出して、グロス・ドイッチュラント師団所属のヴィットマンはぼーっとしながらタバコを吸っていた。


 彼の愛車である五号パンターはいつでも進撃できる準備を整えていた。

 とはいえ、パンター装備の部隊は良く言えば切り札、悪く言えば数が少なく運用が難しいといえた。


 その為、彼らに対し、師団司令部は先陣ではなく、その快速を活かし、火消し役として使うと彼らに通達してあった。


 端的に言って、ヴィットマンらは始まるまでの待ち時間が多く、暇であったのだ。


「初めての本格的な戦車戦ですけど、ちょいと狭すぎやしませんかね」


 下から聞こえる操縦手の言葉。


「そりゃ、両軍合わせて1000両近い戦車と10万の人間がいれば狭いだろうよ」


 装填手の言葉にヴィットマンは「だろうな」と肯定する。


 ヴィットマンとしては今回の攻勢作戦――春の嵐――は最初で最後のフランス軍機甲師団との本気の殴り合いと考えていた。

 時間が経てば経つ程にライン川を超えて味方は増える。

 となってしまえば、数でもって圧殺できる。

 同数程度の戦力で戦える機会はもはやフランス本国へ侵攻したとしてもないのではないか。


 かつて子供の頃に学んだような、1つの戦いで戦争の行方を決定づける決戦はなく、ただただひたすら小さな局地的な戦いの積み重ねで、じわじわと占領地を広げていく――

 そういったものが今回の戦争だった。


 唐突に互いの砲声が止む。

 砲声が止んだということが示すものは1つしかない。


『我々は待機だ』


 小隊長からそういう通信が飛んでくる。

 声色からして小隊長も今回の命令は面白くはないらしい。


 戦闘の矢面に立たなくて良いのは嬉しいが、かといって戦果がないというのもよろしくない――


 そういう裏の声が聞こえてきそうだった。


「勲章くらいは貰わないとやってられん。それくらいの働きはしてやろう」


 ヴィットマンの言葉にちょうどタイミングが良かったのか、戦場が動いた。

 次々と彼らの小隊の横を四号戦車が通り過ぎて行く。


 フランス軍でも同じように戦車がこっちに向かって動いているだろうことは想像に容易い。


 事前偵察では遮蔽物となりそうなのは道脇の雑木林程度しかなく、あとは畑と草原が広がっているとのこと。


 とはいえ、フランス軍が簡単に負けてくれるとはヴィットマンは全く思っていない。


 チラリ、と彼は後方を見る。

 小隊の専属とされた擲弾兵小隊が見えた。

 近衛師団ともなれば歩兵戦闘車を優先的に回してもらえている為、装輪の輸送車は少ない。

 彼らも思い思いに車内から出、英気を養っている。


「何もないといいが……」



 絶対に罠があるだろうな、とヴィットマンはそう確信した。

 








 エンジン音が大きく聞こえ始めた。

 もう間もなく、ドイツ軍はここを通過する、とB3戦車の車長は確信していた。


 道から400m程離れたところにある雑木林。

 そこに偽装されたB3戦車4両と5門の対戦車砲陣地。

 支援の歩兵達も2個中隊を確保している。


 ドイツ軍の先鋒を潰す、と歩兵達の士気は高い。


 唯一の心配事は持ってきた対戦車砲が128mmではなく、105mmであることだが、移動の観点から考えれば105mmの方がまだマシであった。


 戦闘前の奇妙な静けさが辺りを包んでいた。


「きやがれクラウツ……早く来い……」


 砲手の小さな呟きが聞こえてくる。

 それはここにいる全てのフランス軍将兵の気持ちを代弁したものだ。


「いつも通りにやろう。それで解決する」


 車長はそう言い、その時を待つ。




 やがて、エンジン音はいよいよ大きくなる。

 同時に、敵の規模に関する連絡が斥候より入った。


『敵は軽戦車、戦車の順で共に12両、周囲に歩兵2個中隊以上。戦車は四号、軽戦車は230タイプ。敵部隊は縦列、低速にて侵攻中』


 こっちよりも戦力が上であったが、それは予期されたことだった。


「230タイプ……ということは歩兵はプラス1個小隊は確実だ」


 230タイプの軽戦車はいわゆる歩兵戦闘車のことであった。

 内部には1個分隊を収容できるスペースがある。




 そして、斥候からの連絡が入り数分後、遂に彼らはその視界に敵を捉えた。




 報告通りに軽戦車、戦車の順番でその周囲に歩兵がいる。

 速度は警戒している為か遅い。



「予定通りに、対戦車地雷が敵の先頭を潰してからだ」


 喉がからからに乾くのを彼が感じた。

 それを唾を飲み込むことで、無理矢理潤す。


 あと少し――


 彼がそう思った直後、車長用の狭い視界の中で先頭を進んでいた軽戦車が轟音と共に吹き飛んだ。


「攻撃開始!」


 無線からほぼ同時に響き渡ると同時に、車長もまた叫んでいた。

 たちまちのうちに周囲は轟音に包まれる。

 105mm砲の重々しい発射音、機関銃の連続した発射音、迫撃砲の軽い発射音、そこに混じる歩兵の叫び声。


「弾種、徹甲! 三両目の四号!」


 彼の乗車も、あらかじめ装填しておいた榴弾を発射し、予定通りに二撃目の装填にかかっていた。

 車長の叫びに装填手が手慣れた手つきで徹甲弾を装填。


「装填完了!」


 砲塔がゆっくりと旋回し、砲手は指示通りに先頭から三両目の四号戦車へと照準を合わせる。


「照準完了!」

「撃て!」


 砲手の言葉に返される車長の言葉。

 すぐさま砲手は主砲を発射。


 こちらへと車体正面を向けようとしていた敵の四号戦車の側面部分に命中し、その砲塔を吹き飛ばす。


「徹甲弾! 一番こちらに近づいている四号だ!」


 瞬間、土砂が吹き上げられ、樹木が何本か薙ぎ倒される。

 ドイツ軍の反撃が始まったことを悟りながら、車長は装填完了、次いで照準完了の声を聞く。


「撃て!」


 しかし、その攻撃は目標を通り越す。

 悔やむよりも早く、車長は命じる。


「徹甲弾! 装填急げ!」









「クソッタレが!」


 撃破された四号戦車の影に隠れて、中隊長の大尉はそう悪態をついた。

 

 状況は最悪だった。

 側面からの奇襲はあっという間にこちらの戦車を半減させ、今また新たに1両が血祭りに上げられた。残り5両。

 彼の指揮下にある擲弾兵中隊はそれぞれ訓練通りに分隊毎に分散し、手持ちの火器で攻撃を仕掛けているが、焼け石に水。


 敵の対戦車砲とおそらくはいるだろう戦車に対しては火力不足が明白。

 唯一、どうにかできそうなものはパンツァーファウストくらいであったが、それとて有効射程距離は短い。

 

 敵の火点は目算で500m程離れた雑木林の中にあるが、この距離ではいくら四号戦車といえど、正面装甲から貫かれる。


 四号は歩兵達の盾になるべく、前へと出はり、砲弾を叩き込んではいるものの、敵の火力が衰えない。



 既に増援は要請してあるとはいえ、そこまで持ちこたえられるかは甚だ疑問であった










「先遣隊が奇襲にあって、拙いことになっているらしい」


 ヴィットマンは緊急のブリーフィングから自らの戦車へと戻り、そう乗員達に告げた。


「敵は雑木林の中に対戦車砲らしきものが10門程あるそうだ」

「らしきもの?」


 砲手の疑問にヴィットマンは答える。


「戦車か対戦車砲か、判別がつかない。敵の歩兵も1個中隊以上」

「早速火消しか……やれやれだな」


 装填手の言葉は乗員達の心を代弁しているものだった。


「ぼやくな。さっさと終わらせるぞ。前進だ」



 ヴィットマンの言葉に各々が座席へと座る。

 同時に操縦手がエンジンを始動させ、甲高いタービン音が響き渡り始める。


『第2小隊全車へ。先遣隊の救援に向かう。第1小隊と競争だ。戦車、前へ』


 了解、とヴィットマンは返し、前進を告げる。


 小隊長車は宣言通りにたちまちのうちに加速していく。

 合わせて、他の五号もまた同じ程度に加速し、一定の距離を保って後を追う。

 彼らに遅れないよう、ヴィットマンも発進を命じた。


 歩兵は多少遅れても構わない、とブリーフィングでは小隊長が言っていた。

 そうであるが故のこの速度だろう――ヴィットマンはそうあたりをつけた。

 


「この速さなら10分程で辿り着けるだろう」














 轟音と共に三号車の砲塔が吹き飛んだ。


 車長は舌打ちしたものの、冷静だった。

 ドイツ軍の練度は疑うべくもない。

 ましてやそれが、最精鋭と謳われるグロス・ドイッチュラント師団であるならば。


 ドイツ軍は残存している四号戦車でもって横隊を作り、その背後に軽戦車、装甲車、歩兵が展開し、ゆっくりとこちらへ迫ってきている。


 無論、フランスも負けてはいなかった。


『戦車、前へ! 皆殺しだ!』


 小隊長の勇ましい命令と共に、車長は操縦手へ告げる。


「戦車、前へ! 行くぞ!」



 エンジン音を高鳴らせ、ゆっくりとB3戦車が動き始める。

 その間にも、敵や味方の砲撃音が木霊する。


 彼らの乗るB3戦車はまっすぐに進み、すぐに雑木林の外へと出た。

 たちまちのうちに、銃弾の当たる音が連続して車内に響き渡る。

 しかし、そんなものではB3戦車の強固な装甲を貫くことは到底できない。


 残る敵戦車は5両。

 しかし、横隊を作っていた敵戦車は3両がこちらへ正面を向けつつあり、残る2両は進路を変えず、対戦車砲陣地へ進む。


「歩兵を分離させたいが……」



 車長はそう言いながら、内心舌打ちする。

 これだけに叩いても、ドイツ軍の歩兵を戦車から引き離すことはできなかった。

 戦車を倒すには徹底した歩兵と戦車の分離、それこそが肝であったが、ドイツ軍もそれは知り尽くしていた。


 ドイツ歩兵はどれだけの砲火に晒されようとも、戦車の傍を離れていなかったのだ。

 とはいえ、こちらもそれは同じことだ。


 彼らB3戦車の後ろにも歩兵達が続いていた。

 


「互いに正面からの殴り合いになるな」


 こちらの主砲はようやくドイツ軍の四号戦車の正面装甲を徹甲弾で撃ち抜けると聞いていた。

 しかし、ドイツ軍の四号戦車は特殊な弾頭でもって、その主砲でこちらの正面装甲を貫ける。


 しかもこの近距離ならば尚更だ。


「右旋回! 徹甲弾! 正面の四号!」


 B3戦車のエンジンがより唸りながら、右へと車体を向ける。


 正面の四号戦車はこちらの意図を察したのか、速度を上げながら、砲塔をこちらへと指向し始める。

 対するこちらも砲塔を左へ――すなわち、目標となった四号戦車へと指向し始めている。


 装填完了の叫び声が響く。

 しかし、まだ敵戦車は照準からズレているらしく、照準完了の声は聞こえない。


 瞬間、敵戦車が発砲。

 B3戦車の数m横を敵の砲弾は通り抜けていく。


「照準完了!」

「撃て!」


 待っていた報告に車長は間髪入れず告げた。

 瞬間、轟音。

 近距離で発射されたB3戦車の主砲弾は狙い過たず、四号戦車の砲塔へ命中し、穴を穿った。

 四号は急激に速度を落とし、砲塔から火の手が上がる。



『敵戦車1両撃破! 陣地へ向かっていた2両もこっちへ向かってきている!』


 そんな報告が耳をつく。

 どうやら僚車も撃破に成功したらしい。あと3両。

 敵の歩兵達は変わらずに激しく攻撃を加え、またパンツァーファウストと思われるものも時折飛んでくるが、今のところ撃破された車両はいない。



「これなら……!」



 勝てる――!

 車長がそう思った直後――



 彼らの左前を進んでいた四号車が吹き飛んだ。

 まるで、巨人に蹴飛ばされたように。


 四号車だったものの残骸が彼らの乗車に当たり、音を立てる。


「……何?」


 思わず、車長は目の前の出来事に呆然とした。

 戦場の只中であるにも関わらず、それがまったく現実味のないことに感じられた。

 敵の四号戦車の反撃が当たったのか?


 それが最もありうることであったが、近場にいた敵の四号は残る2両と合流をはかっており、歩兵達もそれは同じだった。

 見た限りでは敵の四号の反撃というわけではなさそうだ。


「いったい何が?」


 そのとき、味方の対戦車陣地に弾着を示す土砂が吹き上がった。

 それは1発や2発ではなく、次々と味方陣地に着弾する。



 やがて、車長の耳に聞きなれない甲高い音が聞こえてきた。


 その音と敵の砲弾が飛んできた方角を見る。

 狭い視界であったが、十分であった。


 そこにいたのは四号よりも長大な主砲を持った、見慣れない敵戦車の群れだった。


「敵戦車発見!」


 車長はそう怒鳴り、方位を全車に告げる。

 無論、砲手への指示も忘れない。


 増援の敵戦車を叩くべく、砲塔が旋回するが、信じられないことが起こった。


「くそったれ! 何だアレは!」


 まるで弾かれたように、敵戦車が次々と急激に加速してこっちに向かってきたのだ。

 その巨体にも関わらず、スポーツカーのように。


 甲高いタービン音が全ての音をかき消すかのようだ。

 敵戦車はやがて急停止し、次々と主砲を発射する。


 その発砲音から車長はB3と同じ主砲を搭載した敵の新型戦車と断定する。


「徹甲弾! 目標は正面の新型! 左側面に回りこむぞ!」


 装填完了の声を聞きながら、車体が敵の新型の側面へ回りこむべく、旋回を開始する。


 早く早く――


 車長以下全ての乗員達の願い。

 時間にすれば数秒程度であるにも関わらず、それは永遠にも感じられる。


 しかし、彼らの望みは呆気無く潰えることになった。

 敵の新型戦車は彼らの意図を察していたのか、停止からの急加速で狙いを外す。

 慌てて車体を旋回させようとするも、敵はそれを許さなかった。


 車長は見た。

 敵の新型の側面にはグロス・ドイッチュラント師団所属を示すGDのマークと共に212という車体番号が描かれていることを。


 そして、彼の見た光景はそれが最後となった。





「敵戦車、1両撃破。合計で2両。皆、良くやった」


 ヴィットマンはそう告げながら、たった今、撃破した敵戦車の残骸から目を離す。


 コマンダーキューポラから敵の陣地がある雑木林の方を見てみれば、多数の味方兵と五号戦車、残存の四号戦車や装甲車、歩兵戦闘車が次々と突入しているのが見えた。


 戦車や歩兵に守られているからこそ、対戦車砲陣地は強い。

 しかし、それが取り払われては脆いものだ。

 事実、敵の対戦車陣地は味方の攻撃にやられたのか、対戦車砲を撃ってきていない。

 




 この地のフランス軍の敗北は決定的であった。

 そして、このような光景はあちこちで見られていた。

 フランス軍は待ち伏せ攻撃を多用することでドイツ軍に出血を強いたが、ドイツ側は一歩も引かず、最終的にはフランス軍を叩き潰した。

 各地で時間的な差はあれど、フランス軍は破れて後退を開始しつつあった。

 
















「我々は勝ったのか? 負けたのか?」


 クライスト元帥は届けられた報告に対し、端的に問いかけた。


「我々の勝利です」


 参謀長はそう宣言した。


「我々はフランス軍に大打撃を与え、後方へと撤退させました。こちらの被害も大きいですが、作戦目標は達成しています」


 参謀長の言葉にクライストは頷く。


「しかし、本当に大きな損害だな」


 クライストは溜息を吐きたかった。

 フランス軍の待ち伏せ攻撃は予期されていた事態だが、ここまで被害が大きくなるとは思ってもいなかった、というのはクライストの本音だ。

 3個師団合計で100両近い四号戦車が撃破されている。

 死傷者数は数えたくもない程だ。

 戦車は補充できるとはいえ、高い練度を持つ人員はすぐに補充できない。



「敵の損害も大きいですが、まだ大きくなるでしょう」


 参謀長の言葉にクライストはすぐに敵の損害が大きくなる原因が分かった。


「空軍が?」

「はい、閣下。既に動いております」


 クライストは問う。


「敵の予想される後方戦力は?」

「各地から敵の増援が予想されます。4から5個装甲師団は確実かと」

「追撃は空軍に任せよう」


 クライストは即決した。

 こちらの増援のアテはあるが、何が起こるか分からないのが戦争だった。

 







 クライストが空軍に追撃を任せるという決定を下した頃、早くも空軍からの追撃者達がフランス軍の地上部隊の上空にあった。


 道を西へと後退するフランス軍部隊。

 戦車と装甲車が含まれており、中々に大きな獲物だ。


『やり方は簡単だ。訓練通りに敵の部隊の上空をまっすぐ飛ぶだけでいい』


 先輩であるステーンの声に彼は了解、と返しながら、ゆっくりと旋回しながら、A5を降下させていく。

 敵軍はこちらに気づき、撃ってきているが、悲しい程にその弾幕は薄い。

 見る限りでは対空車両はおらず、手持ちの小火器や車載機銃を撃っているようだが、そのようなものではA5を落とすことは困難だった。


 元々彼の士官学校卒業はまだ先の話であった。

 しかし、なぜかつい1ヶ月前に急遽卒業となり、以後、先輩であるステーンの所属する航空団でA5乗りとして腕を磨くことになった。

 噂では空軍の魔法使いが動いたとかいうものがあったが、真偽は分からなかった。


 そして、今回初めての出撃。

 彼はステーンの教えられた通りに機体を操っていた。


 やがて、敵の部隊後方に機体を占位させ、急速に迫る敵部隊に対し、彼は30mmガトリングガンを発射した。

 感じる振動と轟音。

 敵部隊に面白いように弾着を示す土煙が上がり、あっという間に敵部隊を飛び越した。


『よくやった!』


 ステーンの声を耳に聞きながら、彼は小さく呟く。


「意外と簡単なものだな」


 彼――ハンス・ウルリッヒ・ルーデルが初めて戦果を上げた瞬間だった。














「戦局は大きな転換を迎えた」


 国防会議の席上、ゼークト元帥はそう切り出した。


 ヴィリッヒでの戦いから早くも2週間が経過しており、彼の言葉通りに劇的に戦局は大きく変化していた。

 まずもっとも大きな変化としてはフランス軍の要塞線が数カ所で綻び、ドイツ軍が突破したことだ。

 そして、その小さな穴に戦力を集中し、より大きくこじ開け、要塞の背後にドイツ軍が進出し、またライン川を渡り、ローレライ部隊との合流を果たしていた。

 また、ガイレンキルヒェン航空基地は比較的小規模な戦闘が行われたものの、数時間程度でフランス軍守備隊の組織的な抵抗が終わり、来襲した敵の装甲部隊を空軍と協同で撃破している。


 今やガイレンキルヒェンは戦前と同じくドイツ空軍基地としての機能を回復させつつあった。


「逃げた敵の装甲師団に対して、空軍は攻撃を連続して加えている。余剰ができた兵力は全て敵の装甲師団へ回す予定だ」


 ヴェルナーの言葉にゼークトは満足気に頷く。


「陸軍と空軍の活躍は目覚ましい。我々もどうにか活躍したいところだがな……」


 シェーアは自嘲気味に言った。


 もはやドイツ領内に敵はいない――


 そんなヴィルヘルム2世の声がラジオから流れたのはつい数日前のことだ。

 シェーアとて仕方がないといえば仕方がないのだが、どうにも感情的によろしくない。

 

「ウチもあと3ヶ月で……」


 そう言うシェーアにゼークトとヴェルナーは苦笑する。

 とはいえ、タイムスケジュール的にはギリギリであった。

 1931年3月から実施された春の目覚め作戦はいきなり頓挫し、それからツィタデル作戦の準備に費やした時間は3ヶ月程。

 ローレライ作戦は5月半ばに実施が予定されていたが、ツィタデル作戦と連動させる為に6月にまで実施がズレこんでいたのだ。

 できれば年末までに戦争を終わらせたいが故に、季節感を感じる暇もないほどに彼らは必死であった。

 そして、ようやくドイツ領内から叩きだしたと思えばあと3ヶ月でフランス本土上陸作戦――バルバロッサが控えている。


 既に物資の集積等はツィタデルの準備と並行して行われていたが、まだまだ準備に時間が必要だった。


 そして、同時並行的に地上からのフランス本国侵攻、ベルギー・ルクセンブルク解放作戦も進め、敵の目をあちこちに分散させなければならず、陸軍は頭が痛かった。



「ともあれ、戦争も終わりが見えた。あと少しだ」


 ゼークトはそう締めくくったのだった。

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