本命と囮
独自設定・解釈あり。
統合国防会議――
それは陸海空軍の最高司令官が出席するドイツ帝国における軍事部門の最高会議だ。
フランスとの戦争は軍にとって大きな発展と拡大をもたらしたが、終わりが見えた今となってはどこをどう削減していくかで各軍は頭が痛かった。
無論、それでいて他国との差を縮ませないようにする為に常に最先端の技術を使用した兵器を開発していかなければならない。
ヴェルナーにより各軍は今後の大まかな方向性を決定しているが、それでも膨大なカネが掛かることに変わりはない。
ツィタデル作戦の開幕初日の夜であったが、作戦そのものの進行は順調であるが為に今後の予定を彼らは話し合うことができた。
敵中に上陸した海兵隊は陸軍の増援を受け、橋頭堡を確固たるものとしていたが、フランス軍が動いていることは間違いなく夜襲があることは既定路線であったが為、後方にいる彼らにできることはほとんどない。
「陸軍は動員を解除し、本国・植民地の警備の為に20個師団程度まで削減する」
ゼークトは言った。
これは予想されたものであり、また空海軍についても同じことが言える。
「大量の余剰兵器は友好国へ売り払う。主に日本とイタリア、オスマントルコだ。それでも余るだろうから、解体して再利用できるものは利用する」
オスマントルコ、というところでヴェルナーとシェーアの表情が曇る。
二重帝国と国境を接し、色々と因縁もある彼の国はドイツとは準同盟関係にある。
それは良いことであるのだが、今回の戦争の開始当初からドイツの為に参戦する、と言ってきているのだ。
しかし、今の今までドイツ側は参戦しないよう自制を求めている。
それはひとえに、苦労して纏めた戦後のバルカン半島の勢力図にちゃちゃをいれられたくないからだった。
オスマントルコは強い。
それはドイツからの今日に至るまでの様々な経済的・軍事的支援によるものであり、中東の安定をドイツが望んでいたからであったが、こういう事態においてそれは裏目に出た。
もし参戦すれば、かろうじて軍の体裁を取っているに過ぎない二重帝国軍をあっという間にオスマントルコは破るだろうし、第三次ウィーン包囲なんぞ仕出かすかもしれない。
言うまでもなく、歴史的な経緯からヨーロッパ諸国のオスマントルコに対する恐怖心は大きいものであり、オスマントルコ脅威論が出てくれば、ドイツは非常に苦しい立場に置かれてしまう。
それはよろしくない、極めて。
「戦後に売り払うのは良いが、新しいオモチャを手に入れたと、あちこちに喧嘩を吹っかけないか?」
シェーアが言った。
彼は海軍の現在の主力艦艇が新型艦の就役後、記念艦や予備艦として保存されることが決定している為、気楽なものだ。
先のシェルブール海戦にて、海軍の意地を示すことができたが故、殊勲艦を解体処分はいかがなものか、とあちこちで声が上がった為だった。
「ロシアは強大だ。オスマン帝国よりもな。連中は早くも五号に匹敵するような新型戦車の開発に躍起らしいぞ」
ゼークトの言いたいことは簡単だった。
開発競争というのは終わりのないマラソンだ。
マラソンはランナーのスタミナが切れたら、ペースが鈍りあっという間に置き去りにされてしまう。
開発競争のランナーのスタミナとは経済力だ。
国内開発に多くの予算を取られているとはいえ、それでもロシアの方が経済的に余裕があった。
つまり、オスマントルコがドイツの型落ち品を入手しようと、それを使える相手がどこにもいない。
ロシアに喧嘩を売ろうものなら、あっという間に戦車と航空機の波でもって押し潰されてしまう。
これまで数百年も帝国を保ってきたのは伊達ではなく、オスマントルコがそのような負ける勝負をしないことは言うまでもない。
「空軍も似たようなものだ。陸軍と同じく現在の状態から2000機程度まで段階的に削減する。無論、動員も解除するし、余ったものは売却したり解体したり再利用する」
削減、軍縮という言葉は嫌な響きだった。
理解はできるのだが、どうにも色々と感情的によろしくはない。
シェーアもヴェルナーもゼークトも揃って溜息を吐いた。
また不遇の日々が始まるのか、と。
「まあ、将来は将来として、今は夢を味わおう。ウチは六号戦車の開発計画を開始した。120mm程度の主砲を搭載し、火器管制装置やら何やらの新機軸を満載する予定だ」
ゼークトの言葉に早いなぁ、とシェーアは思う。
ついこの間、五号が出たばかりというのに。
「ウチはジェット機だな。順調そのものだが、主力兵器の形態があまり変わらない陸軍とは違って、ステルス性を考慮し、かつ、そのステルスの為の塗料も開発していかなくてはならない、航空力学的に無理のある形状の機体を飛ばす為の設計やエンジン開発……値段は考えたくもない」
そう言うヴェルナーだが、どうにもその顔は楽しそうなものだった。
シェーアもゼークトもヴェルナーが飛行機マニアであることを知っているので、苦労しているようには全く見えなかった。
「海軍はどうか?」
ゼークトの問いにシェーアは口を開く。
「建艦計画は遅延なく全て予定通りだ。それと戦艦の艦砲に関してだが、ミサイルと比較して命中率が悪い、射程が短いならば欠点を解消してやれば良いという結論に至った」
つまり、とシェーアは続ける。
「研究段階の全地球測位システム……といったかな。ミサイルやらはあれを利用して誘導するそうだが、戦艦の主砲弾にもそれを利用させてもらって、ついでに前、ルントシュテット元帥が提案してくれたロケットモーターを取り付けて射程の底上げを図る。威力の減少はこの際、目を瞑る」
ヴェルナーはドン引きした。
将来の技術の発展具合にもよるが、砲弾の迎撃は将来的にはそこまで難しくはない。
だが、恐ろしいのはその投射量だ。
砲弾に色々付け足したとしてもミサイルよりは安い。
短時間に大量に投射できるのは戦艦の強みであり、飽和攻撃を仕掛けるには最適だ。
ヴェルナーはそれを聞いて、もしかして、とあることを思った。
ドイツがそのような対策を取れば当然、他の列強も真似をしてくる。
将来的には各国の恐竜的な進化を遂げた戦艦が見られるかもしれない、と。
「そういえば、陸軍の野戦防空に関してなのだが、既存の対空砲やガトリングガンの性能向上は無論のこと、より高精度なレーダーや高機能・高速処理ができる電子計算機といったシステム回りの発展に力を入れることにする。その為に空軍や海軍も協力して欲しいのだが……」
「ウチに異論はない。それを艦艇に応用すれば費用が浮く。ミサイルは高いからな」
シェーアは真っ先に賛同し、ヴェルナーへ視線を向ける。
「勿論、賛同する。だが、これから攻撃はより高速化するだろうから、レーザー兵器の開発も検討の対象とすべきだろう。航空機は無論のこと、信管さえ高温にさらせば砲弾や爆弾も破壊できる。何よりも弾薬いらずだし、文字通りに光の速さで脅威を潰せる」
まず他国なら相手にされないような話を平然とヴェルナーは言う。
そんな話をこれまた平然とゼークトとシェーアは受け止める。
「実用化までどれくらいの時間と資金が必要に?」
ゼークトの問いにヴェルナーは答える。
「最低50年はみている。予算に関しては民間を巻き込めば良い。アーネンエルベで理論研究させているからちょうど良い」
これまで通りのやり方にゼークトもシェーアもやれやれ、と溜息を吐く。
こういう発想ができるのは経営者もやっていたヴェルナーだからこそだ。
「そういえば航空騎兵は?」
ヴェルナーの問いにゼークトは告げる。
「今回の作戦には間に合わなかったが、フランス侵攻時にはおそらく投入できるだろう」
航空騎兵、すなわちヘリ部隊。
どうしても某映画のワンシーンを再現したい、というヴェルナーの個人的な欲望から始まったその開発は主にフォッケウルフ社が担当していた。
勿論、ヴェルナーによる史実のアメリカ軍やロシア軍といった各種ヘリの入れ知恵がある。
クルト・タンクがRFRに就職してしまった為、フォッケウルフ社はRFRをはじめとした巨大メーカーの乱立する固定翼機業界から抜け出し、創業者の1人であるフォッケが興味を抱いていた回転翼機やVTOL、STOLといった分野の航空機の開発に力を注ぐことになった。
ゲルト・アハゲリス、アントン・フレットナーなどの志を同じくする者達も合流し、経過は順調であった。
またその運用に関しては陸軍において戦車の出現で冷や飯を食っていた騎兵科の者達が中心となっており、海空軍では輸送・救難部隊として編成される予定だ。
「ミサイルに関してはもうそろそろ投入できると聞いているが、どうか?」
ゼークトの問いにヴェルナーが答える。
「現在、配備されているのは空対空ミサイルのみだが、遅くとも今年中には残る全てのミサイルを実験的に配備できる。空中発射型、地上発射型、艦載型のどれもだ。ただ、大陸間弾道ミサイルはまだまだ当分先になる」
「艦載型に関してだが、水上艦艇には小規模な改修で事足りる。ルントシュテット元帥の提案で研究・開発が進められている潜水艦発射型はまだしばらく時間が掛かりそうだ」
シェーアがヴェルナーの言葉を補足して答えた。
ゼークトは更に問う。
「命中率は?」
ヴェルナーは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……砲弾よりは当たる。これからの技術的な向上で命中率は上がっていくから安心して欲しい」
「価格もより上がっていくな」
「それを抑えるのも我々の仕事だ」
ヴェルナーはそう締めくくった。
海兵隊が上陸した地点は対岸にデュッセルドルフに程近い、ニールストという小さな町の近くにある岸辺だ。
上陸から半日が過ぎ、夜を迎えていたが上陸当初の攻撃を除けば大規模な反撃はなかった。
反撃を許さなかったのはひとえにドイツ空軍がその上空に居座っていたからであった。
そうであるが故に、海兵達は昼間のうちに大急ぎでニールストを解放し――とは言っても、フランス軍も住民もいなかった――そこに司令部を置いていた。
また陸軍の先鋒部隊であるグロス・ドイッチュラント師団が到着し、守備についていた。
驚くべきことは陸軍側の総司令官であるクライスト大将が司令部要員を引き連れてグロス・ドイッチュラント師団と共にやってきたことだ。
「未だに信じられん」
クリーガー少将はそう呟いた。
迅速な意思疎通を、ということで海兵隊の司令部と陸軍の司令部は隣同士だ。
しかし、クリーガー少将が信じられないのはクライスト大将が教えてくれた陸軍側の兵力だ。
近衛の精鋭たるグロス・ドイッチュラント師団をはじめとし、近衛師団を全て出してきていた。
第2近衛師団ホーエンツォレルン、第3近衛師団カイザー・ライヒはどれもこれも戦前から常設師団として、そして精鋭師団として評価されている。
これら近衛に加え、頭号師団である第1装甲師団――陸軍の虎の子部隊がやってきて海兵隊の士気が上がらない訳がないのだが、残る2つの師団に海兵達は微妙な感情を抱いた。
「シャルルマーニュにヴィーキングねぇ……」
前者はフランス系ドイツ人、後者は北欧系ドイツ人で構成されており、本人達の志願と政治家のゴリ押しで参加となったらしい。
本人達からすればドイツ人であることを示したい、という単純な理由であり、政治家のゴリ押し原因はドイツを愛すればフランス系だろうと何だろうと差別しないことをアピールしたいから、とクリーガーはクライストから聞いていた。
ともあれ、経緯は微妙だとしても、戦力として使えることはクライストが保証しているので、その点では心配いらない。
いくら政治家のゴリ押しや本人達の希望があるとはいえ、戦力として使えないものを実戦に出すことを許す程に軍の権力は弱くない。
そして、バリバリの騎兵将校であったクライストも今ではパンツァー・クライストと言われる程に戦車戦術に精通しているとか何とか。
クラウゼヴィッツも読んだぞ、と何故か誇らしげに言われた時にクリーガーはどう答えていいか分からなかった。
同席していたクライストの参謀によれば、魔法使いにクラウゼヴィッツくらいは読んだ方が良い、と言われて読んだらしいとのことだ。
そんなどうでも良い回想をクリーガーは頭の隅に追いやり、現在の展開兵力が描かれた地図に目を向ける。
ライン川にはマックス・シュルツらの6隻とは入れ替わりに、レーベレヒト・マースを旗艦とする6隻の支援部隊がやってきている。
地上兵力は陸軍1個師団と海兵隊2個大隊がニールストを中心に西へ向かって最大5km程の距離を置いて半円状に展開している。
戦車も野砲も充分とはいえるが、それは相手がどれくらいの兵力を繰り出してくるかによる。
ライン川西岸にいる敵は機甲師団を主とする10個師団程、上陸地点周辺にいる師団は2個師団程度。
現有兵力ではすり潰される可能性はあるが、絶望的といえる程の差はない。
まさしく踏ん張りどころであり、将兵の練度と運が命運を分けることになる。
クリーガーが壁にかかった時計を見ると、時刻は21時を回っていた。
コーヒーでも飲むか、と思い立ったそのとき――
西より雷鳴のような音が1つ聞こえた。
それから程なく、次々とその音――砲声が響き始めた。
「閣下! 敵の夜襲です!」
部屋の扉を蹴破って入ってきた士官にクリーガーは鷹揚に頷いてみせ、告げる。
「予想通りの展開だ。こっちも撃ち返せ、正確な位置が分からなくても良い、とにかく撃ち返すんだ」
それと、とクリーガーは続ける。
「海軍に支援を要請しろ!」
『砲兵と海軍が撃ち始めた!』
ミハエル・ヴィットマン少尉は僚車の戦車長が興奮気味にそう叫んだのを聞いた。
まだまだ20にも満たない、ヴィットマンはグロス・ドイッチュラント師団に属する戦車長であった。
近衛師団に彼が属しているのはひとえに、訓練学校で実車を使った訓練で抜群の成績を収めていたことと何故か陸軍の訓練学校に視察にやってきた空軍の魔法使いによる。
そこで彼は何故かヴィットマンのサインを欲しがり、彼と30分も色々と話した結果、予定よりも早く学校を卒業することになり、近衛師団に配属されたのだ。
魔法使いが権力を使ったことは言うまでもなかったが、ヴィットマンはそこまでするのが不思議でしょうがなかった。
そんな経緯があるヴィットマンは敵味方の砲声の中、攻撃命令が早く出ることを祈る。
昼間なら視界の確保と情報収集の為にコマンダーキューポラから身を出しているところだが、夜間であればそれもできない。
その為に彼は車内に篭っている状態だ。
噂に聞く話では赤外線暗視装置なる、夜間でも昼間のように視界を確保できる代物を兵器局が開発しているらしいが、噂は噂であった。
ヴィットマンが砲声を聞いて30分程経った頃、唐突に双方の砲声が鳴り止んだ。
『全車、警戒態勢。敵が来るぞ』
短く耳に響いたのは小隊長の声だ。
了解、とヴィットマンは返し、即応できるように指示を出す。
それからさらに10分程経った頃、銃声が前方から途切れることなく響いてきた。
敵の先鋒が警戒線に当たったらしく、ヴィットマンはそろそろ出番かと身構える。
緊張により汗が出てくるのを感じるが、彼はそれを無視する。
唐突に何かが打ち上げられた音がした。
何事かとヴィットマンはキューポラを少しだけ開けてみれば、太陽のような白い光の塊が夜空に上がっている。
『敵の星弾だ。自分から照らしてくれるとは有り難い』
小隊長の声にヴィットマンは慌ててキューポラから身を乗り出し、現状を確認する。
ヴィットマンら装甲小隊のすぐ前には歩兵が築いた塹壕陣地がある。
ヴィットマンらはトーチカとしてここから射撃支援を行う予定だ。
歩兵達は緊張した面持ちでアサルトライフルを構えながら、あるいは機関銃を構えながら前面を見据えている。
星弾が更に連続して打ち上げられる。
真昼のように、とはいかないが、それでも充分に周囲を見通せるような距離だ。
ヴィットマンはそう思いながら、双眼鏡を構える。
歩兵による突撃ならば一度で事足りる。
だが、続けて星弾を打ち上げるということは――
ヴィットマンがある可能性に思い至ったその時――
多数のエンジン音が前方より響いてきた。
ヴィットマンは咽頭マイクに怒鳴る。
「敵の装甲車両多数接近中!」
『五号の長射程を見せてやろう。攻撃準備!』
「攻撃準備!」
ヴィットマンは小隊長の言葉をそのままに叫ぶ。
そうこうしているうちに、砲兵が再び撃ち始めた。
雷鳴の如く響き渡る砲声は次々に数を増し、また敵砲兵もそれに応じて再度、撃ち始めた。
星弾で照らされる中、ヴィットマンらから少し離れた場所に連続して敵砲弾が着弾する。
衝撃で戦車が小さく揺れる。
「敵の砲兵は腕が良いな、クソったれめ」
砲手が悪態をつく。
「全くだ。やってくる連中にはお返しに銛を撃ちこんでやろう」
銛の単語で装填手は意図を察し、必殺であるAPFSDSを装填する。
ヴィットマンはキューポラから外を覗き見る。
星弾は途切れることなく打ち上げられており、視界は良好だ。
5分としないうちに、彼は発見した。
敵の装甲車両が白い光の下、こちらへ高速で突っ込んでくる。
「敵は戦車を先頭にしている。パンツァーカイルだな。敵の先頭を潰すぞ」
「了解」
ヴィットマンの指示の下、砲手が照準を合わせるべく砲塔を旋回させる。
その間に敵の戦車が牽制射撃を走行しながら撃ってきたが、砲弾は見当外れの場所に着弾し、虚しく土を巻き上げる。
「ルノーの新型だ……すぐにクズ鉄に変えてやる」
そう呟きながら、砲手は準備完了を告げる。
「撃て」
ヴィットマンは短く告げると同時に砲弾が発射され、衝撃が襲う。
あいにくと第一射は敵の先頭車両の手前に着弾した。
敵との距離はどんどん縮まってきている。
「連続射撃だ。先頭からどんどん狙い撃て」
ヴィットマンの指示に砲手は俄然張り切りながら、狙いを定める。
第二射が発射されるが、これもまた外れる。
そのうちに歩兵達が撃ち始め、辺りは激しい喧騒に包まれた。
ドイツ側の応戦に対し、フランス側は当初の予定通りに行動を開始した。
戦車と装甲車に分離し、戦車は前進・停止・発砲を繰り返しながら、ドイツ軍陣地に迫る。
これにより陣地の近くに敵弾が集中し始め、また同時に敵の装甲車からは後部ハッチが開いて次々とフランス軍兵士が出てきた。
雄叫びを上げ、フランス兵達は手に持つアサルトライフルを乱射しながら、ドイツ側の陣地に殺到してくる。
ドイツ軍も負けてはいない。
勇敢なフランス人に対し、ドイツは多数の銃弾で出迎える。
特に電動ノコギリの異名を取るMG27は凄まじい制圧力を誇っており、歩兵を全く寄せ付けなかった。
とはいえ、フランス軍も必死だった。
戦車が5両程、被弾覚悟で真っ直ぐに全速力で陣地目掛けて突っ込んできた。
すぐにドイツ側の五号戦車がその意図に気づき、砲撃を開始する。
たちどころに先頭車両が撃破され、爆発炎上する。
2両目、3両目も同じく装甲を正面から貫かれ炎上。
しかし、残る4両目、5両目は砲火を掻い潜り、まさにドイツ側の塹壕陣地の目前までやってきた。
フランス軍の戦車は主砲を放ち、同軸機銃を撃ちながらその陣地を蹂躙せんとしている。
その姿に勇気づけられ、また敵の注意も引きつけてくれたおかげで、生き残っていたフランス軍の歩兵達はしゃにむに走ってきた。
塹壕からほんの30m程にまで迫ってきた敵戦車に対し、ドイツ側は極めて冷静だった。
「パンツァーファウスト!」
誰かの叫びにパンツァーファウストを抱えていた兵達はすぐに目標を定め、次々と発射する。
連続して響く独特の風切音。
近距離ということもあり、次々とロケット弾が着弾する。
発射された数は実に20を数えたが、やってきた敵戦車2両に命中したのは合計して5発程度。
しかし、それでも敵戦車の装甲正面に命中。
避弾経始に気を使い、また分厚い装甲を施していても、パンツァーファウストの威力に耐え切るには不足であった。
2両共、その砲塔が爆発して吹き飛び、炎上。
そして戦車の後に遅れてやってきた敵の随伴歩兵達に再度、弾幕が張られ、次々と倒れ伏していく。
見渡す限りの敵兵がいなくなったところで、ある兵士が叫んだ。
「ルノーの新車をクズ鉄に変えてやったぞ! ざまあみろ!」
「あまり良い状況とは言えんな」
クライストは司令部にてそう告げた。
現在は午前1時を回ったところで、21時頃に夜襲があったが、それ以後、全くない。
こちらの損害は僅かであり、突破された陣地は一つもない。
しかし、報告から合計しても敵の兵力は2個大隊程度であり、大規模な反撃とは到底言えなかった。
「敵は再度の夜襲を計画しているのでしょうか?」
参謀長の問いにクライストはすぐには答えず、しばしの間を置いて答える。
「敵からすれば夜が明ければ空軍が動き出す。増援部隊も到着する。それまでに我々を追い落とさねばならん……必然的に再度の夜襲があってもおかしくはない」
制空権喪失状態の地上部隊がどれほど酷い目に合うかは、ドイツ空軍が詳細なレポートで陸軍に開戦以来提供し続けている。
空から一方的に叩かれて、戦場に到着した時には戦力喪失状態という笑えない事態がフランス軍に生じていることがよく分かった。
「砲兵と海軍の支援、そして針鼠のように陣を張る我々を潰すには少数兵力による奇襲は愚策です」
参謀長の進言にクライストは頷き、口を開く。
「とすれば、次は大兵力による圧倒的な物量で押し潰しにかかるだろう。何にせよ、夜明けまでが正念場だ。夜明けまで警戒を怠るな。そうすれば我々の勝ちが見えてくる」
そう言いながら、クライストは時計を見る。
午前1時15分過ぎ。
ツィタデルは今回のフランス軍の反撃も予定されたものであり、順調に進行している。
そして、クライスト達も結局のところ、本命であって囮であった。
とはいえ、陸軍の精鋭と海兵隊が囮役を担っていることを知っているのはクライストしかいなかった。
「当初の予定通りか……」
シャルル・ド・ゴールは地図を眺めながら、そう呟いた。
つい先刻、夜襲の結果が彼の下へ伝わってきたのだが、2個大隊規模の兵力では容易く跳ね返されてしまったとのこと。
その報告を受けてから30分程で、予定されていた師団規模の兵力を投入した大規模な夜襲は中止され、本格的な反攻は夜明け直前となった。
「空軍がこの日の為に兵力を温存していた、というのは良かったのか悪かったのか……」
ドイツ空軍の圧倒的な兵力と質の前にフランス本国の制空権すら失って久しいフランス空軍。
そんな空軍が実は兵力を温存していた――というのは実際のところ、1年程前に行われた陸軍からの要請によるものだった。
当時はまだ余裕があった為に空軍も承諾し、もしドイツ軍の反撃が行われ、要塞を突破された場合、温存した部隊でもって一時的に戦場の制空権を確保し、また同時に近接航空支援を行うことで機甲師団と共にドイツ軍部隊に打撃を与える――というのが作戦の簡単な概要だ。
とはいえ、ドイツ空軍の空襲により、基地や飛行場ごとすり潰されてしまった部隊も多い。
当初の予定では戦闘機300機、単発爆撃機200機であったが、実際に投入できそうなのは半分程度とド・ゴールは報告を受けていた。
それらの航空部隊は夜明け前に、あちこちの飛行場や空軍基地から飛び立つ予定だ。
強大なドイツ空軍からすれば蟷螂の斧に過ぎない。
だが、そうであるからこそ、圧倒的に優勢であるとドイツ側が確信しているからこそ、最高の奇襲効果を得られる筈だった。
「レーダーも案外弱点はあるものだ」
ド・ゴールは空軍の努力には頭が下がる思いだ。
ドイツ軍のレーダー網を誤魔化す方法を見つけたのだから。
ドイツ空軍はフランス方面からの空襲に対応できるよう、常に2、3機の早期警戒機を護衛部隊と共に独仏国境の上空をパトロールさせている。
高度は9600mという高高度であり、ジェット機と対空ミサイルの組み合わせでもない限り、まず対応できない高度だ。
レシプロ式の迎撃機ではこの高度に上がるまでは時間が掛かり過ぎる上、最優先の攻撃目標となる早期警戒管制機――FK44の探知範囲は広大だ。
それ故、逃げるも隠れるも主導権はドイツ側にあった。
「夜明けまで後少しか……」
レーダーオペレーターのカールは腕時計を見てそう言うと、傍に置いたコーヒーを一気に口へ流し込んだ。
夜明けがくれば勤務の終了まですぐだった。
前日の夕方から翌日の朝までが彼らの勤務時間。
仕事が終われば2日間の休みが待っている。
「カール、エーリカにはそろそろ愛のささやきの一つでもしてやったらどうだ? 幼馴染なんだろう?」
背中合わせに座る同僚のクラヴィッツがからかい混じりにそう言ってきた。
気の良い彼だが、こういう人の恋に口を突っ込んでくるところはカールにとっては頂けなかった。
ちらりと横を見れば、管制官のエギッツ少佐もニヤニヤと笑っている。
エギッツは気さくで話の分かる上官だが、こういうところはカールにとって頂けなかった。
「知らないね。エーリカとはそういう関係じゃない」
「お前がそうでも相手はそうじゃない、違うか?」
顔は見えないが、ニヤニヤと笑っているのが容易にカールには想像できた。
彼は溜息混じりに訂正しようと、口を開こうとした時――
唐突にレーダースコープ上に数多の輝点が現れた。
「敵味方不明機発見! 方位2-7-0!」
カールの怒鳴り声にたちまちのうちにクラヴィッツが反応。
「IFFに反応無し。敵機と認む。概算100以上」
「最寄りの空軍基地に連絡する。どうせ来るなら、勤務終了間際は止めて欲しいものだ」
エギッツ少佐のぼやきももっともだった。
しかし、彼はぼやきながらも仕事をしっかりとこなしていた。
すなわち、予想ルート上の空軍基地に対し、警報を発令したのだ。
「空襲?」
ヴェルナーは思わずオウムのように問い返した。
『はい、閣下。久しぶりのフランス空軍の反撃なので、一応閣下のお耳にも、と思いまして』
電話の相手はエアハルト・ミルヒだ。
彼は徹夜で書類を片付けていたところ、その情報を得たらしい。
「うぅ……ん……あなた……」
ヴェルナーは自分の背中に引っ付いているエリカの声とその体温の心地良さに頬が緩みそうになるが、どうにか堪える。
一緒に寝ていたエリカが離してくれない、というのが彼の現状である。
しかし、電話に出ない訳にもいかないので、仕方がなくこのような格好で電話に出ているのだ。
「しかし、どうにも解せん。どうして、今なのだ?」
『友軍の支援の為では?』
「いや、それは有り得るのだが、すぐに早期警戒機の網に引っかかって対処されるだろう? 例え、それを潜り抜けたとしても地上のレーダーに探知される。来ると分かっていれば、その進路上に出迎え部隊を送り込むのは容易い」
『……確かに』
ヴェルナーは頭を捻り、あることを思いつく。
「……ミルヒ。迎撃に出た機数はどの程度だ?」
『報告によれば300機程と聞いています』
「そのうち、1機でも敵機を見た者はいるのか?」
『そこまではまだ把握しておりませんが……何か懸案事項でも?』
「いや、レーダーを無効化する方法は幾つもある。事前にヤーボを送り込むようなハードな方法や妨害電波を出すとかそういったソフトなやり方もだ」
そこまで言って、ミルヒも気づいたらしく、電話越しに彼が息を飲む音が聞こえた。
『敵はチャフでも使用したのでしょうか? 狙いは再度のベルリン空襲を?』
「いや、それは無い。あれは開戦当初であったからこそ大きな意味があり、また効果があった。今はもう意味は然程ない」
『では、もしかして……?』
「おそらく軍事的な目標……例えば、実質的に敵中で孤立しているに等しい、敵の装甲軍団に囲まれた、ローレライ作戦部隊とかな。敵の狙いは一時的な航空優勢、及び近接航空支援。それと協同してこちらのローレライ部隊の撃滅、それに伴う要塞部隊の退却路の確保……そういったところか。念の為にローレライ部隊の頭上に戦闘機を張り付けておこう」
『陸軍にも警戒するよう、要請しておきます』
「頼む。私もなるべく早く空軍省へ向かう……背中にくっついている者がいるのでな」
『ああ、奥方様ですね……分かりました』
受話器を置いて、ヴェルナーは壁にかかった時計を見た。
もうすぐ夜明けだった。
「ウチもフランスもお互いに予想外の展開になりそうだな」
ハノーファー近郊にあるヴンストルフ空軍基地では数多の大型輸送機が駐機場にあった。
四発機が多数を占めるが、中には六発輸送機も見受けられる。
ヴンストルフ基地は長大な滑走路を多数備えた、大規模な空軍基地とはいえ、さすがにここまで多数の大型機を受け入れると手狭に感じた。
この基地に輸送機が集まったのはとある作戦が今まさに実行に移されようとしているからだ。
緑色迷彩の軍服を纏い、独特の形状のヘルメットをその兵士達は被っていた。
夜明け直前の薄暗い中、彼らは分隊ごとに指定された輸送機に黙々と搭乗していく。
作戦名――エーデルヴァイス――
3個師団の降下猟兵による空挺降下により、ガイレンキルヒェン空軍基地を奪還する。
この基地は国境に近い中で最も大きな基地であり、ここを奪還することでフランス陸軍の機甲部隊の動きを完全に封じるのが狙いだ。
基地が確保されたならば、迅速に輸送機で土木機械や必要な物資を運び込み、空軍部隊が進出してくる予定となっている。
また、上陸部隊がいるニールストから直線距離で80km程であり、合流するのは比較的容易と考えられた。
現地の敵の状況はある程度判明している。
ガイレンキルヒェン周辺には有力な部隊は存在せず、歩兵主体の部隊しか存在しないとのこと。
確保は容易いが、敵の装甲師団が奪還に動くことが想定できるので、中々に難しい仕事であった。
「士気も練度も十分だ」
しかし、そのような難しい仕事が待ち受けているとしても、総司令官であるシュトゥデント大将には一片の不安も無かった。
彼は輸送機へと搭乗していく兵達の顔に満足していた。
誰も彼もが精悍な顔つきであり、恐怖している者はいない。
敵地ではあるが、ドイツ国内であるのだ。
国内で降下作戦を行うのなら、怖がる必要がない――
そう下士官達が兵に言い聞かせているとシュトゥデントは聞いていた。
それもその筈で、地図はそれこそ100m縮尺の細かなものまで用意され、果ては出身者までいる始末。
どこに何があるか分かるのなら、あとは居座っている部外者を排除するだけなのだ。
「予定通り離陸時間に合わせてベルリンへ伝えよう。鷲は飛び立った、と。護衛してくれる空軍部隊とすれ違ってはかなわないからな」
シュトゥデントは傍にいる参謀にそう声を掛けるのだった。