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粉砕するもの

独自設定・解釈あり。こっそりヴェルナーのイラスト後書きに追加。

「そろそろだな」


 ロンメルは晴れ渡った空を眺めながら、そう呟いた。

 中将の階級章をぶら下げているのだが、彼のいる場所は司令部ではなく前線の間近であった。

 1個軍団を預かる立場であるのだが、通信技術の進歩により、専用の指揮車両で事足りる。



 しかし、彼が待っているのは別のものだ。


 

「……お?」


 やがて彼の耳に聞き慣れない甲高いタービン音が聞こえてきた。

 次世代空軍の主力とされたジェット機だ。


 轟音はどんどん近づいてきており、やがて東の空に煌めく機体を発見した。

 高度は低い。

 2000m程だろうか。


 ロンメルはライカ製のカメラを構えて激写する。

 大型ジェット機とそれに追随する、ジェットエンジンに負けない程に低い音を発するうるさいレシプロ爆撃機。

 それをエスコートする小柄なジェット機達。


 それらはあっという間に西へと飛び去り、見えなくなった。

 ここから敵の要塞までは10kmもない。


 互いの重砲の射程内だが、撃ち合いをしていないのはひとえにそうする意味がない為だった。

 フランス側からすればどこにいるかも分からないドイツ軍を盲撃ちする程に潤沢な補給はなく、対するドイツ側は手持ちの火砲でどうにかなる要塞ではない為、無駄撃ちしたくない。


 しかし、今まさにドイツは神話に出てくるミョルニルでもってその要塞をぶち抜こうとしているのだ。


「良い写真が撮れたな」


 ロンメルは満足気な顔でそう呟いた。


 一回で足りなければ二回目を、二回で足りなければ三回目を、それでも足りなければ壊れるまで何度も続ける、とツィタデル発動のその日、空軍の魔法使いがラジオで言っていたのをロンメルは思い出した。


「空の守りは万全。あとは我々の仕事だ」


 彼はそう言って視線を向ける。

 その先にあったのは五号戦車であった。


 何としてもツィタデルに間に合わせろ、と陸軍の偉い人達の厳命で驚く程の速さで制式採用・量産開始がなされることになったのだが、その理由は空軍にばかり良いところを取られてなるものか、というものだ。 

 しかし、戦車自体を揃えることはともかく、転換訓練には時間が掛かる。

 そこで幾つかの師団から1個大隊分の四号戦車装備部隊をあらかじめ引き抜き、促成の転換訓練を行った上で元いた部隊に五号戦車装備部隊として戻すことになった。

 ロンメルの麾下にある師団の1つが幸か不幸か五号戦車の実戦試験部隊に選ばれたのは、上層部に評価されているからだったが、当の本人としては練度不十分な部隊を現場に回すとは言語道断と怒鳴り込みたかった。

 とはいえ、そこらは上も分かっているらしく、戦場に出す出さないは各軍団長や師団長の裁量に任せるとのこと。


 陸軍上層部としては陸軍の新型主力戦車がツィタデル作戦に参加した、という実績が欲しかったのだ。

 もし万が一、戦果を上げることができれば儲けもの、という程度だった。


 何分、ガスタービン戦車というものは従来のエンジンとは全く違った構造であり、本格的な修理や整備は専門の工廠へ送らねばならない。

 調子がおかしくなったら、とにかくエンジン丸ごと交換しろ、という通達がきたときはロンメルも呆れたものだった。

 

「まあ、今年のクリスマスまでには戦争は終わるだろう」


 ロンメルは呟きながら、そうしないと予算が大変なことになるとパウルスが言ってたな、と心の中で続けるのだった。










「便利になったもんだ」


 アルムスター大尉は操縦席でそう言った。

 現在、機体を操っているのは彼ではなく、爆撃手だ。

 いわゆる史実でいうところのノルデン式爆撃照準器と類似したものがこの機体には搭載されている。

 機密レベルが高いジェット機に搭載すればそこまで注意を払わなくて良い、なぜならジェット機自体が機密だから――という木を隠すには森の中といった発想であった。

 ちょっとした改修で既存の爆撃機に搭載することもできるものだが、戦後の大軍縮と技術的発展を見越した場合、少しでもコストを上げるものは搭載したくないという事情があった。

 どうせあと1年かそこらで戦争は終わらせねばならない、ならば現在充分に戦果を上げているのに、わざわざカネを掛ける必要はない――


 搭乗員の命に関わってくるならば話は別だが、こういうところにヴェルナーはわりとシビアであった。

 


 ともあれ、そういった裏事情を知らないアルムスターにとっては便利になった程度にしか思わなかった。

 

『爆弾倉、開きます』


 投下目前となったのだろう、そんな声が耳に響いた。

 それからすぐに――


『投下!』


 同時にふわり、と機体が浮き上がる。

 アルムスターは素早く機体の操縦を自身のところへと戻し、機首をゆっくりと引き起こしながら、加速させる。

 タービン音はより一層に甲高くなり、大重量の機体がぐんぐんと加速され、蒼空へと駆け上がっていく。

 操縦席に体を押し付けられながら、アルムスターは常々思うことがある。


 巨体が空を駆け上がる様はまるでドラゴンが飛翔しているかのようだ、と。


 やがて地上よりタービン音に負けない程の轟音が響いてきた。

 ついで爆風により機体が揺さぶられるが、特に異常を感じることなく、アルムスターは機首を水平に戻し、機体を減速させる。


 僚機が欠けたという報告は当然に無い。

 すると都合、彼らのB46だけで60発、B48も同じく5発ずつで12機編隊で60発、B45は1発ずつで12機編隊で12発の20インチ砲弾が降り注ぐことになる。

 合計すれば132発という恐ろしい数だ。


『後続編隊、投下中。火災が多数見えます』

「そりゃ、100発以上の20インチ砲弾だからな……どこかには当たる」


 海軍が建造中という8隻の20インチ砲戦艦が艦砲射撃をしたようなもので、相手が戦艦なら一瞬で轟沈だろうことは想像に難くない。

 そのことから、ある結論が当然に導き出されるのだが、アルムスターはそれを敢えて考えない。

 今回の戦争が終わるまで、航空機で戦艦が撃沈できるという戦例を出してしまうのはよろしくないのだ。

 

「さて、帰るぞ」


 アルムスターは短く告げ、機首を基地へと向けた。














「……何が起きた?」


 エモニエ少尉はゆっくりと顔を上げた。

 辺りにはつい数秒前まで談笑していた彼の部下達が床に倒れている。

 フランス陸軍が技術の粋を費やして構築した要塞地帯の前面、連なるトーチカ陣地の一角に彼らは配置されていた。

 これまで数えきれない程の要塞に対する空爆や砲撃があったが、先ほどの衝撃は今までにない程に強烈なものだった。


 とはいえ、死傷した者はいないらしく、倒れていた者は時間差はあるものの、起き上がってきた。


「少尉、空爆……ですよね?」


 頭をぶつけたらしい曹長が頭を押さえながら、そう尋ねてきた。


「音からして敵のジェット機によるものだと思うが……それにしては戦艦の艦砲射撃でも食らったようなものだな」


 各軍の交流ということでフランスでは戦前から様々な催しが行われている。

 海軍の催し物として戦艦の対地砲撃を目の当たりにしていた。


 食らう側には絶対になりたくない、と当時強く彼は思ったものだ。

 

「少尉! 大変です! 要塞が!」


 悲鳴染みた叫び。

 報告した兵は覗き窓から後方を覗いていたらしい。

 エモニエはすぐにその覗き窓に駆け寄り、自ら確認した。



「なんてこった……」


 彼の視界にはあちこちから黒煙を上げる要塞がよく見えた。

 1トン爆弾の直撃にも耐えられる、と太鼓判を上層部が押していた要塞は確かにこれまでに行われた空襲や砲撃に耐えた。

 しかし、どうやらドイツ軍はそれを上回るモノを投入したらしかった。


「ドイツ軍が来るぞ! 警戒を怠るな!」


 エモニエが告げたその時だった。

 彼らのトーチカ正面方向より、雷鳴のような砲撃音が連続して響き渡る。

 また雷鳴とは違う、独特な飛翔音までも聞こえてきた。


「ロケット弾まで使ってくるとは……こりゃ本気だな。司令部にも伝えろ!」


 エモニエはそう指示し、トーチカ正面の覗き窓に駆け寄り、外の様子を探る。

 そうしている間にも次々と着弾し、トーチカの外は文字通りに地獄の釜の如く、炎が荒れ狂っている。


 やがてエモニエの耳に砲撃音に混じって聞き慣れたレシプロエンジン音が空から幾つも響いてきた。

 敵の空軍機、それも本格的な直協部隊のお出ましだ。


「ドイツ人はよくもまあ、色々考えるもんだ」

 

 あと数時間で――早ければもっと短いうちに、血みどろの戦闘が繰り広げられる。

 

 情報によればドイツ陸軍が今回の作戦に投入した兵力は80個師団以上という。

 単純な数の上ではこちらはドイツ側に劣っており、一点に集中でもされたらとてもではないが支えきれなかった。



 











「気楽な戦い、とはいきそうにないな」


 クルト・マイヤー少尉はそう思わず呟いた。

 こちらの準備は万端で、不足しているものはない。

 だが、要塞の攻略がどれだけ難しいかはマイヤーのような20歳そこそこの若造でも容易に想像がついた。


 彼は指揮車の上面ハッチから身を乗り出し、後続する部下達が乗った装甲兵員輸送車を見る。

 そして、その後はさすがに見えないが、師団主力である装甲部隊や装甲擲弾兵部隊が続いている筈だ。

 これらはマイヤーが子供の頃に習った戦争の風景とは全く違うものだった。


 

 第28装甲師団の装甲偵察大隊に彼の小隊は属しており、師団は第6装甲軍の指揮下にある。



 そして、その第6装甲軍はザールブリュッケンに配置されている。

 西方軍集団に属する第6装甲軍の最終的な目標はベルギーのバストーニュ、そこで北から進撃してくるA軍集団と邂逅を果たし、丸々にフランス軍を包囲する。

 元々、第6装甲軍はケルン方面へ進撃する西方装甲軍集団に属していたが、今回の作戦にあたり西方軍集団へと移動していた。


 ドイツ領であるエルザス・ロートリンゲン方面から直接フランス本国を叩いた方が早く戦争が終わるのではないか、という意見も参謀本部にはあったが、ドイツ国内に残ったフランス軍が降伏せずにしぶとく抵抗する可能性もあったので、とりあえずドイツ国内の敵を降伏させてからフランス本国を叩くという方針だった。


 マイヤーは次いで前方を見る。


 道路の両側には森林があるが、そこまで深いものではない。

 また、先鋒を務めた第31装甲師団から敵が陣地を作っていないことが報告されている。


 砲爆撃は3時間にも及んだが、30分前に終了している。

 敵の要塞に対しては要塞前面にある多数の陣地にも加えられ、要塞攻撃に使用された20インチ砲弾を改造した徹甲爆弾も使用されたが、完全に叩き潰すことはできなかった。


 要塞は半壊状態、多数の陣地も大きく損害を与えたとはいえ、熾烈な戦いになることは間違いない。


 不安は募り、緊張感は増すばかりだ。



 遠くには数多の黒煙が上がっているのが見え、また多数の砲声が聞こえてくる。

 空には空軍機が多数舞っており、幾つかの編隊が舞い降りているのもよく見えた。

 そして、時折、敵の砲弾がこっちにも飛んでくるが、たいていは見当外れのところに落ちている。

 

「……近いな」


 彼の場所から右に400m程のところに敵弾が着弾し、樹木を薙ぎ倒し、土を吹き上げた。


 徴兵前は警察官だった彼は当時から体が頑強であり、甲冑のようだ、としてパンツァー・マイヤーと渾名されていたが、さすがの彼も肝を冷やす。

 こうして肝を冷やしたのはつい数年前、屋根から落ちそうになった時以来だ。


 しかし、そんなことはおくびにも出さず、どんどん近づく敵の陣地を頭の中で再復習する。


 地雷や鉄条網が当初はあったらしいが、今はもう見る影もない。

 これまでの空軍や砲兵の攻撃で全部吹っ飛んでいるとのことだ。

 問題となるのはその後に控えるトーチカ群と対戦車壕や塹壕。

 情報によればフランス軍は四号戦車の正面を貫けるような、艦砲を転用した128mm対戦車砲を備え付けているらしい。


 そして、それを突破したとしても、要塞の出入口か、破孔を探して内部に進入しなけれなばならない。

 戦車や装甲車が入れない為、文字通りの人海戦術で虱潰しに敵兵を叩かねばならない。


「何とかなるさ」


 マイヤーはそう呟いた時、前から兵員輸送車が何台もやってきた。

 すれ違う時、排気ガスに混じって濃密な血の臭いをマイヤーは嗅いだ。


 最後の一台が唐突に停まり、上部ハッチから頭に包帯を巻いた男が姿を見せた。

 階級章から大尉だ。


 マイヤーは運転手に車を停めるよう命じ、すかさずに敬礼しようとするが相手がそれを止めた。


「後続の28師団か!?」


 轟く砲声やエンジン音に負けないよう、相手が怒鳴った。


「そうです、大尉!」


 マイヤーも怒鳴り返す。


「トーチカの一部を突破したが、塹壕に手間取っている! 混戦だ! 銃剣は忘れるなよ!」


 喉から手が出る程に欲しい、生の情報だ。


「ありがとうございます!」


 マイヤーは礼を言うと、大尉は健闘を祈る、と言って輸送車を走らせた。

 それを見送ることなく、マイヤーは部下達に告げる。


「総員、着剣準備。殴り合いになりそうだ」


 彼がそう命じてから20分と経たず、部隊は戦場に到着することになった。











 硝煙と血の臭い、吹き上がる土砂、轟く砲声とエンジン音。

 戦場は人間の命があっという間にダースどころかグロス単位であの世に送られる、地獄と呼ぶに相応しい場所だった。


 空襲と砲撃により、敵陣は損害を受けているが、それでもなお敵の砲火は熾烈。

 その地獄にマイヤー達はやってきた。


「降車!」


 あちこちの車両からその声と共に車両の後部が開き、兵士達が飛び出してくる。

 マイヤーも指揮車から降り、戦況を伺う。

 

 彼らが輸送車から降りたのは敵の第一線陣地から300m程離れたところだ。

 ここからは要塞がよく見えるが、同時に味方の苦戦具合もよく見えた。

 

 主力戦車である四号戦車があちこちで対戦車壕に落っこちていたり、あるいは砲塔が吹っ飛んで擱座している。

 味方兵の死体もあちこちにあるが、マイヤーは込み上げてくるものを堪える。


 そして、彼は辺りを見回し、やがて先行している第31装甲師団所属部隊の本部を見つけた。

 事前の予定によればその部隊は第31装甲師団所属の第3装甲大隊の筈だ。


「少し行ってくる」


 とにもかくにもより詳しい情報が必要だ。

 マイヤーは駆け足で本部に向かう。


 さほど離れていなかった為、すぐに彼は本部に辿り着く。

 兵達に敬礼しつつ、所属を尋ねると予定通りの第31装甲師団の第3装甲大隊とのこと。

 マイヤーは自らの所属を述べ、大隊長に面会を頼むとすぐに士官がやってきて、案内してくれた。


「失礼します。第28装甲師団、装甲偵察大隊所属のマイヤー少尉であります」

「28師団か、よく来てくれた。時間通りだ」


 大隊長がそう言うと、皮肉と受け取ったマイヤーは短く「恐縮です」と答える。

 とはいえ、それは皮肉でも何でもなかったようで、すぐに大隊長は告げる。


「フランス軍のトーチカと塹壕は幾重にもある。空軍が支援してくれているが、混戦状態のところではそれも難しい。そして、支援がもっとも欲しいのはその混戦した場所だ。うちの装甲部隊には師団所属の装甲擲弾兵が随伴しているのだが……難しい状況だ」

「我々はそこへ?」

「そうだ。貴官も知っての通り、我々の両翼は他の部隊が攻めている。文字通りの全面に渡っての攻勢だ。どれか一つでも穴を開けられればそこに一気に部隊を投入し、穴を押し広げる……既に要請はしてあるから、追って正式に命令が下るだろう」


 ただ、と大隊長は続ける。


「我々の損耗も激しい。大隊は半数以上の戦車を既に失っている。どうにか第一線陣地は抜いたのだが……」

「損耗の原因についてお聞きしても……?」

「構わんよ。フランス人の大口径対戦車砲はこっちの四号の装甲を正面から撃ち抜く。事前情報にあった通りだが、連中はこっちが予想した以上に多数、運び込んでいたようだ」


 なるほど、とマイヤーは内心納得する。

 文字通り対戦車砲による弾幕だったのだろう。

 しかし、第一線陣地を突破してくれたのは有り難い。



 マイヤーは特に悲嘆したりはしなかった。

 やることが決まったならば、やるだけなのだ。


「情報提供、ありがとうございます」


 マイヤーは敬礼してそう告げる。


「貴官らの健闘を祈る」


 大隊長もそう答礼しながら返した。









 

「どうでしたか?」


 マイヤーは大隊本部を出、駆け足で部隊に戻ってすぐ、先任軍曹が尋ねてきた。

 分隊長達もいる。

 

「地獄に突撃しろ、とのことだ。戦乙女の加護がいるぞ。ありったけにな」


 悲嘆はしないが、愚痴の一つは出る。

 それくらいは許されてしかるべきだ。


「それは何とも難しい注文です。あっちでもこっちでも戦乙女は引っ張りだこですから」

「それでは別のものに……フレイヤに祈っておこう」


 そのとき、伝令がやってきた。

 彼は第3装甲大隊の大隊長が言っていたものと同じ命令を持ってきた。


「各分隊、装備の確認を行うように。5分後に攻撃を開始する」



 マイヤーはそう命じ、改めて戦場を見回す。

 あちこちに擱座した四号を遮蔽物に駆け足で目標まで突破していくしかない。

 

 そう思いながら、マイヤーはルートを頭の中で思い描いていると、軍曹が声を掛けてきた。

 どうやら時間のようだ。

 あっという間のようにも感じられたが、何か大きなことを為す時は大抵そんなものだ。


「よし。これより我らは突撃する。やることは簡単だ。敵陣に乗り込んで、敵を叩く。分隊ごと、先行分隊が動いたら動け、止まったら止まれ。分隊ごとに戦車の影に隠れるようにしろ。先頭は私とアントン分隊だ」


 マイヤーは告げ、駆け出した。


 彼は着剣したアサルトライフルを構えながら、中腰で素早く進む。

 装備は重いが、これまでの訓練でもう慣れた。

 訓練は実戦のように、実戦は訓練のように、そういった標語は耳にタコができるほどに教官から聞いていた。


 そして、それが今まさに、発揮されていた。


 敵はこっちに注意を払っていないのか、それとも第3装甲大隊の相手で精一杯なのか、弾丸は飛んでこない。

 マイヤーは30m程進んだところに擱座している四号戦車の影に隠れ、後方を振り返る。

 マイヤーの指示通りにアントンがついてきており、残る分隊は最初の位置で停止している。

 アントンが動いたら、ベルタがアントンが隠れていた戦車のところに来る筈だ。


 マイヤーは更に前進する。

 風に混じる血の臭いと硝煙の臭いは嫌なもので、自然としかめっ面になるが、しょうがないと諦める。

 戦場はそういうものなのだ、と。


 そうこうしているうちに再び四号の影に隠れる。

 乗員は炭となったか、それとも奇跡的に脱出できたのか、死体は見当たらない。

 ただ焼け焦げた臭いがするだけだ。


 マイヤーは前方を見る。

 目測で残り200m程。

 良いか悪いか、擱座している四号の数は充分に多い。


 後方を振り返れば指示通りに分隊は動いている。

 それを確認し、マイヤーは前進する。

 

 敵陣が近づくにつれ、重度の緊張感が彼を蝕む。

 汗が吹き出し、心臓は早鐘を打つ。

 

 やがてマイヤーは敵陣の目前まで来ていた。

 そして、彼はその両眼で敵陣を捉える。


 塹壕を乗り越えようとしたところで撃破された四号が炎を上げながら、擱座している。

 敵味方の兵が塹壕の傍で折り重なって死んでいる。


 その陣地から奥へ進んだところでは四号戦車が第二線陣地へ発砲しているのが見えた。

 ただ、その数は少なく、目算で30両いるかどうかといったところだ。

 大隊の定数は90両以上。

 となれば3割損耗どころの話ではなく、6割以上の損耗なのだが、どうやら後続の自分達が来るまで踏ん張ってくれているらしい。


 マイヤーがそんなことを考えていると――


「こっちだ!」

 

 声が聞こえた。

 マイヤーはその主を探し、すぐに見つけることができた。

 塹壕から少しだけ顔を出した、兵がいた。


「28師団だな! 来い!」


 それを聞くなり、マイヤーは後ろに分隊がついてきていることを確信し、続けと叫んで塹壕へと駆ける。

 銃声が聞こえるが、幸いに戦車の相手で忙しいらしく、こっちには飛んできていない。

 

 マイヤーが塹壕に飛び込むと、そこに多くの味方がいた。


「31師団の装甲擲弾兵大隊所属、シュノールだ」


 そう挨拶したのは少尉の階級章をつけたマイヤーと同じ年頃の青年だった。


「28師団、装甲偵察大隊所属のマイヤー。状況は?」

「第一線陣地は制圧、第二線は牽制中だ。敵は第二線にも対戦車砲と機関銃をありったけ据え付けてお出迎えしてくれるぞ」


 断続的に戦車砲の発砲音が響く。

 四号は狙い撃たれないよう、発砲、移動、停止を繰り返しながら、巧妙に敵の射線から逃れている。

 だが、敵のトーチカを叩くには至らない。


「28師団の本隊は?」


 シュノールの問いにマイヤーは腕時計を見、時刻を確認して告げる。


「あと30分以内に来る筈だ」


 マイヤーがそう言った直後、エンジン音が多数、響いた。

 彼が上を見上げれば30機程の双発機が横隊を作って次々と第二線陣地に向かっていくのが見える。


 そして、味方戦車を双発機が飛び越えたところで一斉に着弾を示す土煙が味方戦車の前方から敵陣目掛けて盛大に上がり、ついで低い獣の唸り声のような音が木霊する。

 

「あれがA5か……」


 マイヤーは知識としては知っていたが、実際にA5を見たことはなかった。


 A5の制圧攻撃の隙に、次々と四号が後退してきた。

 土煙のおかげで敵の狙いが定まらなくなった為、あさっての方向に敵弾は着弾している。

 また幾分、その砲火も弱まっている。

 どうやら何かしらの被害を与えることに成功したらしい。


「戦車は後退させるそうだ。損耗が酷い上に弾薬も乏しいらしい」


 シュノールの言葉にマイヤーは問う。


「あなた方は?」

「第一線陣地を確保せよ、としか命令がきていない。第二線は君ら、28師団が主力だろう」


 マイヤーは僅かに頷き、第二線陣地を見る。

 先ほどのA5の攻撃が幾らか損害を与えたか、はたまた、こっちの戦車の後退を見て取ったのか、敵の攻撃は一時的に止んでいる。

 遠くで砲声が響いているが、今、この場は静寂が訪れていた。


「……こっちの本隊が来るまではどうにか保ちそうだ」


 敵は積極的に攻撃を仕掛けてこない。

 それもそうだ、例え半壊状態とはいえ、堅固な要塞に篭っていた方がこっちに損耗を強いることができる。


 それに対抗するにはこっちも1歩1歩着実に物事を進めることだろう――


 そんなことを考えた直後、マイヤーの後方から雷鳴のような音と独特の飛翔音が次々と聞こえてきた。


 何事かと思っているうちに、それは起こった。


「……休ませる暇も与えないのか」


 呆れたように、マイヤーは言った。

 目前の第二線陣地。

 そこに次々と盛大に着弾する味方の砲弾。


 どうやら砲兵が牽制として撃ちこんでいるらしいが、その数が尋常ではない。

 陣地ごと掘り返してやる、という意志が見受けられる程に激しい砲撃で、敵の陣地は土煙によってまったく見えなくなった。

 300m程しか離れていない為、マイヤーは肝が冷える思いだ。


 もしこっちに流れ弾の1発でも飛んできたら甚大な被害を被る。


 そんなマイヤーの心を悟ったのか、シュノールが告げる。


「ここを攻略中に何発か降ってきやがった。幸いにも被害はなかったが……さすがに二度目はないだろう」


 誤射があったらしいことにマイヤーは縮こまりながら、そうだろうな、と返すので精一杯だった。

 ただ、マイヤーには確信があった。

 確実にこの要塞を制圧することができるだろう、と。
















 一方その頃、ドイツから遠く離れた日本の東京では――


 陸軍参謀本部の大会議室にて小畑信良大尉は居並ぶ面々を見回した。

 彼は比較的珍しい輜重科出身であるが、今やその輜重科は騎兵科や歩兵科、あるいは機甲科と並ぶか、それに勝る程に重要な兵科となっている。

 その理由は簡単だった。


 日露戦争の経験から日本陸軍は弾薬の備蓄に関しては敏感であり、必要充分な量を少ない予算の中、確保するよう努めていた。

 しかし、久しぶりに始まった戦争の蓋を開けてみると、日露戦争を遥かに上回る弾薬消費量であると共に壮絶な空陸による立体化された戦闘だった。


 もっとも、予算はこれ以上の増額は望めない。

 だが、弾薬は欲しいし、前線の兵に必要十分な量を補給したい……ではどうすれば良いか、という疑問が湧いてくるのは当然だ。

 散々にドイツ派遣団から国家としての基盤から、果てはネジの工作精度まで圧倒的に違うことが報告され、指摘されている。


 しかし、ドイツのように質と量で上回ることは到底できず、列強諸国と比較すれば質も量もよろしくない。

 しかも島国であることからもっぱら海軍に予算が取られているという状況の中で最良の選択を選びたい、というのが日本陸軍の総意と言っても過言ではなかった。

 

 そういう背景の中、小畑は牟田口の随員としてドイツへ共に行っており、牟田口が一足先に帰国した後もなお、ドイツの戦略や戦術、兵站、その部隊運用まで調べられる限りで調べ、牟田口へ報告を送っていた。

 そんな彼はドイツで行われる大作戦の直前に帰国していたのだが、その理由は牟田口から直接、参謀本部での研究会に出席し、ドイツの件に関して報告して欲しいとのことだった。



 広い会議室は上は将官、下は尉官まで様々な兵科の将校達が集い、壇上に立つ小畑へと視線を注いでいる。

 彼らは皆、真剣な顔だ。

 

「例えば我が軍の戦車は月産20両程度、戦時体制に移行したとしても良くて40両程度です。対してドイツは主力の四号戦車だけで月産2200両です」


 嫌という程に報告されていたことであり、出席者は特に反応を示さない。

 戦車以外の、各種火砲や装甲車、トラックなどを数千単位で生産していることはよく知られたことだった。


「ここで問題となるのは生産されている数ではなく、それを前線で使用可能にできるかどうかです。書類上では右から左へと数字を移動するだけで編成が完了しますが、当然ながらまともに戦力として使えるようになるには時間が必要です」


 つまり、と小畑は続ける。


「我々は様々な事情から劇的に生産数を増やすことはできませんが、生産されたものを現場へ運び、戦力として使えるようになるまでの時間を短くすることは可能です。また同じように、兵器の稼働率を上げて常に最高の戦力を発揮できるようにしておくことも可能です」


 そのためには、と小畑は資料として用意した冊子を高く掲げた。


「これはドイツ陸軍をはじめ、ドイツ各軍で使用されているマニュアルです。絵柄を多用し、非常に分り易いものです。最初に導入したのは空軍で、ルントシュテット元帥が提案したそうです」


 冊子にはドイツ語で『空の英雄になる為に』という題と共に妙にデフォルメされた女の子が描かれていた。


「……その絵は何か関係があるのか?」


 とある将官の疑問は出席者達の心を代弁していた。


「前書きに、女の子が解説してくれた方がやる気が出る。少なくとも私はそうだ……とルントシュテット元帥の一文があります。陸軍や海軍も同じように、デフォルメされた女の子が懇切丁寧に解説してくれます。色々と過激な描写もありますが……」


 出席者達は反応に困った。

 私情が入りまくっているのだが、空軍のみならず各軍でも似たようなものが制式採用されているものならば出来は良いだろう。

 日本ならばあり得ないことなのだが、そういうところも受け入れてしまうところがドイツの強さなのかもしれない。


「……こういったものを受け入れる寛大さがドイツの強さの秘密なのかもしれない」


 出席者の誰かがぽつりと言った言葉が会議室に響き渡った。




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