波紋
独自設定・解釈あり。
山本五十六は気が重かった。
彼をそうさせているのはひとえに、今まさに開かれている帝国海軍の行く末を決定づける会議だった。
この会議の為に急遽、彼はドイツから日本へと呼び戻されていた。
軍令部主催の独仏戦争における海軍の運用について――という名の戦訓分析会議であったが、参加者の誰も彼もが航空機か、それとも戦艦か、という二択を胸に抱き、この日の為に各々資料を用意していた。
艦隊決戦派、あるいは大艦巨砲主義と呼ばれる面々は海軍の将官が多く、対する山本も属する航空主兵論者と呼ばれる派閥には大西瀧治郎や井上成美などの佐官が多い。
「故に、バーデンが致命傷を受けたのは潜水艦によるものであり、航空機によるものではありません」
発表していた将官の1人がそう締めくくった。
問題を複雑にしているのは2週間前のシェルブール沖海空戦がフランス軍による立体的攻撃を受けたことにあった。
ドイツ側の戦闘詳報によれば推定で500機の航空機の波状攻撃を受けた上、ほぼ同時に潜水艦と魚雷艇による攻撃を受けた。
山本も含め、大艦巨砲主義者だろうと航空主兵論者だろうとまずはじめに思ったことは何でそれで戦艦5隻全て生き残らせることができたんだ、という点だった。
同じ艦隊規模で同じような攻撃を受けた場合、試しに兵棋演習を行ってみたところ、何回やっても艦隊は壊滅という散々な結果だった。
「次に航空機による有用性について発表させて頂きます」
航空主兵論者の急先鋒の大西が立ち上がり、広い会議室によく響く声で口火を切った。
彼はフランス軍の双発機の有用性について着目した。
魚雷を2本も抱えて低高度を高速で突切り、戦艦に肉薄したその練度と対空砲火を物ともしない防御力の高さだ。
潜水艦による魚雷は1本のみ命中していたが、航空機による雷撃は3本も命中していたことを挙げる。
単純にその3本の魚雷によりダメージが蓄積したところで潜水艦の魚雷をもらったのだから、当然に致命傷となりうると大西は結論づけた。
「ドイツ海軍と我が軍では士気や練度に差があるとは思わん」
双方の代表者の言い分を聞いたところで軍令部総長の加藤大将はそう告げ、一同を見回した後に更に続ける。
「要するに装備や戦術思想の差だ。我々はないない尽くしの中、どうにか精神力や根性で創意工夫して頑張ろうとした。だが、ドイツ軍は世界でも最新の装備を必要なだけ揃えており、また早期警戒機という全く新しい戦術を取り入れ、空襲に対処した」
もっとも、と加藤は続ける。
「イギリス空軍との連携不足で充分その力が発揮されなかったと言う。つまり、充分にその力が発揮されればフランス空軍の空襲はほとんど阻止できた可能性は高い」
その言葉に一同に緊張が走る。
空襲が阻止できた、ということはつまりそれは航空機が意味を為さなかったということだ。
そのような一同の心を見透かしたかのように、加藤は笑う。
「ドイツ海軍に見習うべき点は数多いが、ドイツ海軍、ひいてはドイツ帝国は我が国とはまるで規模が違う。そもそも、その気になれば連合艦隊を2、3個ポンと作れるのだ。そんな国と対等の戦備を整えようとしたら国が破綻する。故に、私はフランス軍を見習うべきだと思う」
「両者のいいとこ取り、ということですか?」
軍令部次長の末次の問いに加藤は深く頷いた。
「すなわち、我々は少数精鋭だが、その戦備や戦術は最先端でなければならぬ。質と量では質……それもドイツと匹敵するかそれを上回る質でもって圧倒的な量を駆逐できる程度にならねばならん」
「しかし、質とはいっても、予算が……」
渋い顔でそう告げる将官に加藤は告げる。
「ドイツが既に手本を見せているだろう? あの国は軍と民、そして官。それらを統合的に運用し、技術の開発に驀進している。そして、それは軍だけでなく、民や官にも利益をもたらすことになっている」
加藤の言葉に一同はなるほど、と頷く。
それを知っていた山本はそこまで考えてやっていただろう魔法使いには脱帽する思いだ。
「山本大佐。ドイツ空軍のルントシュテット元帥がその原動力となったのは間違いないか?」
加藤からの問いに山本は立ち上がる。
「はい。ルントシュテット元帥は陸海空の全ての分野で民間や政府との共同研究や開発を推し進め、その開発費用や研究費用を大幅に削減し、またその期間も大きく短縮できております」
流石はルントシュテット元帥とあちこちから称賛の声が上がる。
色々と日本にとっては満州関連で確執があったが、結果として日本は大陸に深入りせず、浮いた予算を国内開発に回すことに繋がった。
そして、ドイツをはじめとした各国の利権がヴェルナーが個人で保有する満州に入り込んだことで、ロシアの南下に対する防波堤ができた。
これらに加え、彼個人の親日的な諸々のこと――日本料理をドイツに広めるなど――によりヴェルナーは日本でも充分過ぎるくらいに良い意味で有名人だった。
「ともあれ、ドイツ空軍の早期警戒機なるものを早急に調査し、正体を解き明かすと同時に来襲する敵艦隊に対しては海空からの同時立体的攻撃を主眼としたい。その為に必要な戦備は我が国は四方を海に囲まれていることから、どうしても航空基地の設置に関して制約が出る」
加藤の言葉に一同に緊張が走った。
「故に、戦艦と空母を同数揃えてはどうだろうか? 無論、航空機の開発や研究に関しては民間や政府の力も借り、さらには同盟国の力も借りようと思う」
妥協といえるものであったが、両者共納得できないものではない。
目指すところは日本に仇なす敵の撃滅であり、その手段がどうなのかと問題としているところだ。
結果さえ出れば、どちらの派閥も航空機だろうと従来の戦艦だろうと全く構わなかった。
「そうなりますと、戦艦は長門型を維持するとして、これからしばらくは空母を4隻揃えることになりますな」
末次の言葉に将官連中が眉を顰めるが、異を唱える者はいない。
空母の次は長門型の代艦として戦艦を建造すれば良く、そのときは長門型よりもより大きな戦艦を造れば良い、と考えたからだ。
数を増やそうと考える者はさすがにこの場にはいなかった。
予算は厳しいのだ。
「建艦計画に関してはまた別の機会に決定するとして、これからもドイツやフランスからその戦訓や思想を学び取ることを第一にしたい」
加藤はそう締めくくった。
会議の後、山本は大西に食事に誘われた。
彼としても断る理由もなかったので、積もる話ということで大西が用意した料亭で食事を取ることになった。
「どうですか? ドイツの航空機は?」
食事が運ばれた後、大西はそれまでの世間話から一転してそう問いかけた。
対する山本は肩を竦めてみせる。
「その様子だと我が国とはよほどに……?」
「ああ……我が軍の装備が立派な旧式装備とされれば誰でもな。それに、ドイツ空軍では既に噴進式の飛行機すらも実戦配備についている」
大西は目を丸くした。
彼としても、将来的にはそういうものができるという話を聞いたことがあるが、試作機どころかそもそも本当にそれで飛べるのか、という理論研究段階らしい。
「おまけに自分で敵機を追尾していく噴進弾まで装備しているのだ。精神力は重要だが、それは優秀な装備の上にあるものでなければならない」
「……報告書では恐ろしい差があることは分かりましたが、どうにも想像を絶する隔絶した差が我が国とあるように思えてなりません。既存の訓練や装備の開発すらもまるで無駄になりかねないでしょう」
大西の言葉に山本は苦笑し、言葉を紡ぐ。
「ドイツ空軍の次の世代の、具体的な戦術方針や調達予定の航空機に関しては向こうでは発表されているが、聞くかね?」
「山本大佐も人が悪い。そのように言われたら聞かざるを得ませんよ」
大西はそう苦笑するが、一転して真面目な顔となる。
「そういった話は内地では全く聞きません。どこかで統制が?」
「上がな。あまりにも荒唐無稽と判断しているのか、それとも本当にそうなりそうで下の動揺を抑える為にかは理解できんが」
山本はそう前置きし、更に告げる。
「航空本部の君は遅かれ早かれ知ることだろうから、話しておくが……ドイツ空軍の次世代の航空機は全て噴進式のものであり、また爆弾に加えて多種多様な噴進弾を搭載するそうだ。遅くても5年以内にドイツ空軍の主力機は全てそれに入れ替わる」
大西はその衝撃的事実に絶句した。
未だに日本国内では大馬力の空冷エンジンの開発や欧州で主流となっている液冷エンジンの開発に躍起になっているような段階なのだ。
ドイツがそうなるということは遅かれ早かれイギリスやロシアなどの欧州諸国やアメリカもそうなっていくということが容易に想像できる。
「……雲の上の話です」
大西はただそう言うだけで精一杯だったが、山本は首を横に振ってみせる。
「これだけで終わるならまだ良いのだが、既に空軍はルントシュテット元帥の下、新たな戦術思想を確定している。その戦術思想に基いて、これからドイツ空軍は航空機を開発していくだろう」
大西は目を数度、瞬かせた。
言うまでもなく、日本をはじめ多くの国々では戦術思想というのは曖昧なもので、メーカーに航空機を発注するときは大雑把な目標と全部の項目に渡って厳しすぎる要求性能を求める。
しかし、言うまでもなくその戦術思想が定まっていれば必然と厳しく要求する性能は幾つかに限定され、それはメーカー側に機体設計上での余裕を与えることになる。
その余裕があるかどうかが機体に大きく影響するのは言うまでもない。
「その戦術思想はファーストルック・ファーストシュート・ファーストキル、3つのFだ。初見殺しと言ってもいいかもしれん。敵に見つからず、一方的に噴進弾で遠距離から攻撃して相手が何が起きたか分からないうちに潰す。その戦術を達成する為にドイツ空軍は動いている」
「そんなことは……」
大西はそう言いかけるが、何よりもあの魔法使いがいるのだ。
彼が言うのならばそれは本当に達成できることなのだろう。
「……我が国も、ドイツのそれを見習うべきかもしれません」
大西はそう告げた。
山本もまた頷いてみせる。
それが達成できるならば、日本海軍がこれからの方針とした少数精鋭で圧倒的な多数を撃ち破るということが可能になるだろう。
だが、2人共それは国力が圧倒的なドイツだからこそできることである、と判断する。
元々予算上の必要性から少数精鋭とならざるを得ない日本にとって、そんなものを研究する余裕は無い。
既存の装備の開発・改良や配備で精一杯だった。
いくら欧州で日本のものは旧式だからと言っても、途切れずに生産することで生産技術の維持となる。
ドイツに学び、新しい技術を導入するにしてもその直前まで途切れないことは重要だった。
とはいえ、その生産状況や開発状況は当然によろしくはない。
遠い欧州、ドイツに援軍を派遣していることから常に陸海軍共その予算はいっぱいいっぱいであり、政府や議会を今の同盟から離脱するのは拙いから、と宥めすかしているのが現状だった。
「ただ、元帥もそれが5年や10年で達成できるとは考えていない。順調に進んで40年から50年の間で達成できるだろう、という程度だ」
「それでも追いつくのは無理でしょうね」
「ああ……まさしく、未来にある国だよ。我が国は学ぶことはできるが、並ぶことなど到底できん。できる国があるとすればイギリスやロシア、アメリカくらいなものだろう」
山本が挙げた国はどれもこれも列強で上位の国々だ。
イギリスは紛れもなく世界第二位の帝国であり、ロシアもロシアで革命騒動以後は順調にその勢力を強めている。
そして、アメリカは潜在能力といった点ではロシアと同等か、それ以上と山本は見ていた。
「ドイツのそういったものを支えているのは何ですか?」
大西の問いに山本は告げる。
「金だよ。武士は食わねど高楊枝といえど、それは今の時代では通用せん。金で兵器を作り、兵士を雇い、部隊を動かす。戦争するには莫大な金が必要だ。我が国には戦争を仕掛ける金なんぞ本州を逆さにしても出てこん……」
「ならば、なぜ我々は存在するのでしょうか?」
「それは簡単だ。無駄飯食いの我々が存在するのは100年のうち、たとえ1日でも平和でない時の為だ。それはドイツ軍でも同じことだ」
それ以外にあるまい、と断言する山本だった。
「どうにもしまりが悪い」
そう呟いたのは西方装甲軍集団司令官であるルントシュテット元帥だった。
彼が言う、しまりが悪いというのは春の目覚めが始まってすぐに躓いたことにある。
山下中将などの日本の将官は日露戦争の経験から強固な要塞への強襲による被害の甚大さをよく理解してくれたが、イギリス軍のマウントバッテン中将やロシアのトハチェフスキー中将は勿論、イタリア軍のグラッツィアーニ中将すらも臆病風に吹かれたと思っているらしかった。
突っ込めるものなら突っ込んでみろ、とルントシュテットは言いたかったが、グッと堪えている。
イギリス軍などからすればドイツ軍は質でも量でも圧倒的に上回っているのに、ちょっと強固な陣地にぶつかったからといって躊躇う理由が分からないのだ。
それに必要ならば空軍に支援を頼み、トン単位で爆弾を落とすこともできる。
確かにそれは正しくはあったが、最後は歩兵に頼ることになる。
今回の場合、歩兵を浸透させようとしても充分に敵の火点が潰せない以上はいたずらに損害を増やすだけ、という判断だった。
そのとき、上空をエンジン音が幾つも聞こえた。
ルントシュテットは執務室の窓から空を眺めて見ると、四発機と双発機の混成部隊が数十機程、西へと向かっていた。
西方装甲軍集団の司令部はジーゲンからベッツドルフに移動しており、そこから前線は目と鼻の先だ。
毎日休みなく空軍は敵の陣地にトン単位の爆弾を投下しているが、それは陣地の破壊を目的とするものではなく、敵兵に精神的な圧迫を加える為だった。
「真後ろに降下猟兵でも下ろして、そこに輸送機で師団を輸送してみるか?」
ルントシュテットはそう呟いたが、すぐにそれが実現不可能だと悟る。
輸送機で運ぶには戦車は重すぎる。
戦車が無くても充分な火力を発揮することはできるが、それは敵の戦車に対抗できることを意味しない。
できないことはないが、敵の戦車をどうにかする前にこちらが大きな被害を受けることになるだろう。
「……ライン川を通じて送り込めないものか?」
狭いところでも100m程の川幅であり、深さも大型船の通行が可能な程だ。
戦艦はさすがに無理でも、巡洋艦か駆逐艦クラスなら充分に送り込めるような気がしないでもない。
途中に幾つも橋が掛かっているが、その大半はフランス軍の制圧下に置かれる間際に爆破されるか、後の空襲により破壊されている。
それからフランス軍が復旧したにしても、多くが破壊されたままと考えても良かった。
ルントシュテットは参謀本部に問い合わせてみると同時に、弟にも尋ねてみることにした。
ヴェルナーは先月に公表された次世代空軍整備計画の冊子に目を通していた。
その整備計画とは今後の空軍の方向性を決定づけるものであったが、その実態は彼の知るアメリカ空軍と似たようなものだった。
高度なステルス性とレーダーを有し、大推力のジェットエンジンを搭載した航空機とミサイルを組み合わせ相手に見つかる前に攻撃する、というものだった。
分かりやすくする為にわざわざ英語を使用してファーストルック・ファーストショット・ファーストキルの3Fだとまで宣言している。
ここまでする理由はひとえに予算の獲得にあった。
言うまでもなく、これからジェット機は開発コストや製造コストに膨大な金額を要することになる。
これらは空軍が予算を通しやすくする為の広報活動だった。
仮想敵国にまで知れ渡ることになるが、ヴェルナーとしては追随できるものならして欲しいくらいだった。
戦時よりも冷戦下の方が軍は予算を通しやすい上に被害が無いからだ。
それで軍が肥大化しては意味が無い為、ある程度の締め付けは必要であることは言うまでもない。
だが、ようやく大馬力のレシプロエンジンを開発したばかりの他国にとって、数世代先のステルスジェット機を開発する為にカネを使え、というのは酷な話だった。
国家レベルではどこも反応はなく、少数のメーカーや個人が問い合わせをしてきたくらいだった。
「日本人がB2もどきをみたら、腰を抜かすだろうなぁ……」
既にジャック・ノースロップとホルテン兄弟がRFR社でB2もどきの開発を始めていた。
彼らは全翼機の操縦性や姿勢安定の困難さに難儀しながらも、グライダーによる飛行実験などを重ねている。
とはいえ、試作機を作って飛ばすならコンピューターによる姿勢制御が不可欠と彼らは結論づけていた。
ヴェルナーもそこらは理解している為、全翼機に限らず多くのジェット機は基礎研究の段階だ。
だが、既にドイツが他国を大きく引き離していることは確実であり、性能で突出してはいないが、保守的で堅実な機体を開発・配備しつつ、将来に備えるという選択をすることができた。
唐突に電話が鳴る。
ヴェルナーが出れば、相手は兄のカールからで、ライン川を遡上して部隊を上陸、フランス軍を分断できないかというものだった。
ヴェルナーは検討する、と答え電話を切り、椅子の背もたれに体を預ける。
「ライン川か……」
その発想はなかった、というのが兄から尋ねられたことに対するヴェルナーの率直な思いだった。
制海権・制空権は完全にこちらが握っており、水上と空からフランス軍に邪魔をされる恐れはない。
問題があるとすればその通行を邪魔する為に川の中に障害物や機雷があったり、あるいは岸辺に野砲を備え付けていたりする場合だが、それでもフランス本土に直接上陸するよりかは遥かにリスクが少なく、また費用や時間も掛からない上に、うまくすればドイツ軍と対峙しているフランス陸軍の主力を丸々包囲できる可能性もある。
輸送船そのものを乗り入れることもできる為、装甲師団を揚陸することも困難だが不可能ではない。
何よりも、ライン川はドイツ人にとって親しまれている場所であり、また水運の要としてその水路をよく知られているという利点――地の利もある。
現在、ドイツ国内を流れるライン川の多くの流域がフランスの支配下にあり、それを取り戻せばドイツ国民の士気は否が応でも高くなるだろう。
「やってやれないことはないが、どうにもこうにも……」
フランス上陸作戦――バルバロッサの策定が順調に進んでいたのだ。
なお、ヴェルナーはその作戦名に難色を示し、ゲルプとかロートでいいんじゃないかと言ったりもしたのだが、陸軍側の強い要請で験担ぎも兼ねてこの名前に決定したという経緯がある。
そして、それに伴い、ドイツ空軍はフランス本土における偵察機を大幅に増強すると共に、フランス空軍の殲滅を目指す、ベシュトラーフンク(=懲罰)作戦を発動。
積極的な基地攻撃と戦闘機狩りをこれまでの戦略爆撃と共に始めていた。
元々フランス空軍の殲滅は予定されていた事項であった為、空軍に関しては特に混乱はない。
陸軍はどこの師団を割り振るかで頭が痛いだろうが、それはゼークトが考えることであり、ヴェルナーには関係が無かった。
「本番前の予行とすれば良いかもしれない」
上陸作戦を実際に行うことでその問題点を見つけ出し、それを改善することが重要だ。
1個師団が無理なら、1個大隊程度でも、とヴェルナーは思い、うってつけの部隊があることを思い出した。
「海兵隊にお願いしてみよう」
海兵隊の多くは陸海空のあちこちの部隊に分派されてその能力を磨いている最中であるが、やってやれないことはないだろう。
元々ヴェルナーがテコ入れする前から、彼らはドイツの植民地で戦ってきたのだから。
「その為にまた国防会議を招集せねばなるまい……」
ヴェルナーはゆっくりと電話に手を伸ばすのだった。
ヴィルヘルムスハーフェンにある海軍工廠はとにかく広かった。
数百ヘクタールの土地には所狭しと様々な工場や実験棟が立ち並び、ドイツ海軍の重要拠点の一つとして充分にその機能を備えている。
その中の一つに戦艦の主砲弾を製造する工場も当然ある。
だが、それは空から見た限りではまず分からないだろう。
なぜならその工場は全て地下にある。
完全な温度・湿度管理が必要であることとその危険性により極めて厳重な警戒がなされていた。
「まさか世界で初めての実戦が、航空機による投下とはな……」
工場長であるレーベック大佐は溜息混じりに呟いた。
2週間程前、シェーア元帥から20インチ砲弾の製造ラインの大拡張が下命され、また同時に16インチ・15インチ砲弾の在庫と僅かにあった20インチ砲弾の在庫もそのほとんどが空軍に持っていかれることになった。
彼が嘆いているのは勿論20インチ砲弾のことだ。
満を持して世に送り出す、ドイツの技術の結晶の1つともいうべき20インチ砲弾。
その恐るべき砲弾は大人ほどの大きさがあり、その重さは2トンを超える。
現時点において紛れもない世界最強の砲弾であり、これに貫けない装甲はない、とレーベックをはじめとした関係者達は確信していた。
しかし、現実はうまくいかないものだった。
相手は戦艦ではなく、陸軍が手間取っている洞窟陣地とのこと。
確かに理解はできるのだが、感情的にどうにもよろしくない。
「やぁ、レーベック大佐」
後ろから聞こえた声にレーベックは振り返り、そこにいた人物を見るなり慌てて敬礼をする。
相手はレーダー大将だった。
彼は答礼しつつ、告げる。
「20インチ砲弾の具合はどうかね?」
「万全です。貫けない装甲は現時点では存在しないでしょう」
レーベックは自信を持ってそう告げる。
その口調にレーダーは鷹揚に頷く。
「ただ、数が少ない。量産体制の確立はいつ頃になるかな?」
「早ければ3ヶ月程度です」
「急場には間に合わないな、やはり」
「何分、精密な工程を要するのでどうしても時間が掛かります」
「爆発事故だけは起こさないでくれよ。もし起きたら、ヴィルヘルムスハーフェンが吹き飛ぶからな」
そう言い、笑うレーダーだったが、レーベックとしてはシャレになっていなかった。
とはいえ、20インチ砲弾の直撃にも耐えられるよう地下数十mの地点に設けられたこの工場が吹き飛ぶのは内部の事故に他ならない。
レーベックは手順や工程についてこの後すぐに抜き打ち検査をしようと決断した。
彼がちらりと視線を時計に向ければ15時過ぎだった。
レーベックの心情など知らず、レーダーは続けた。
「しばらく艦隊が出ることはない。着実に作業を進めてくれ」
「上陸させる部隊を手配できるのか? 制空権の確保は?」
シェーアは議題を聞くなりそう返した。
ヴェルナーからの緊急的な案件ということで招集された国防会議。
既に窓の外は真っ暗であり、時刻は21時を過ぎたところだ。
「ルントシュテット元帥……ああ、兄の方だ。彼が発案し、参謀本部に問い合わせてきた。橋頭堡を確保できればそこに兵力を次々輸送し、フランス軍を包囲できる」
「空軍としてもそっちの方が有り難い。精神的な圧迫を加える為に爆弾を落としているが、相手に実質的な被害がないことから現場の士気に関わる」
ゼークトとヴェルナーの言葉にシェーアは唸る。
彼としても海軍の艦艇を突っ込ませることはできないことはない、と考える。
むしろ、点数を上げるチャンスであるのだが、いくらライン川が広いとはいえ、基本的に前へ進むか後ろへ進むかしか艦艇はできない。
それなのに左右からフランス軍の砲に狙われれば甚大な被害を受けかねない。
たとえ制空権を確保し、空軍が爆弾の雨を降らせたとしても、陣地を完全に破壊できないことは既に証明されている。
だが、陸軍に恩を売ることができるのは捨てがたいことだ。
シェーアは素早くそれらを考え、結論を出す。
「駆逐艦と巡洋艦を派遣しよう。機雷などがあるかもしれないから、掃海艇も。無論、近接戦闘に必要な装備を整えた上で……」
「できれば海兵隊を出していただきたい」
ヴェルナーの提案にシェーアが問う。
「海兵隊は3個大隊程度しかないぞ。おまけに君が陸軍や空軍に出向させているおかげで実際の人数はより少ない」
「呼び戻せば問題ない。これまでの学んだことを生かすテストだ」
「あちこちに声を掛けたのは君だから、そうするなら君がそうしてくれ」
「勿論だとも」
ヴェルナーがそう答えたところでシェーアは一応納得する。
そんな2人のやりとりが済んだことを見計らい、ゼークトが口を開く。
「ウチからも上陸部隊を出そう。だが、そこまで大規模なものは出せない。無論、後続部隊に関しては師団規模を出す。空軍には上陸前から橋頭堡確保まで充分な支援を要請する」
ゼークトにヴェルナーは不敵な笑みを浮かべる。
「ピザの出前よりも迅速にお届けしよう」
「もう0時過ぎか……」
堀越二郎は割り当てられたホテルの部屋で報告書を書いていた。
彼がドイツに派遣されて早くも2ヶ月が経過しようとしているが、これまでに得たものは膨大だった。
ドイツ空軍のルントシュテット元帥が協力的ということもあり――何故か日本側技術者の多くがサインをねだられたが――非常に順調だ。
堀越はRFR社で見たジェット機達を思い浮かべる。
レシプロ機を見慣れた彼としてはどうにもこうにも、それで本当に飛べるのかと言いたくなるようなデザインばかりだった。
特に目を引いたのものは平行線を意識した機体と菱型の主翼にV字尾翼を有し、武装は全て胴体内に収納する航空機――開発名称X23という戦闘機のモックアップだった。
この機体はステルス性に優れているという。
堀越をはじめ多くの日本人技術者が見たものは秘中の秘と言えるような機体だったが、あえてドイツ空軍がそれらの開示を許可したのはまともな神経をもった人間ならただの夢物語に過ぎない、とうまい具合に断定してくれると判断していたからだ。
また、たとえその先進性に気がついたとしても、他の常識的な判断能力をもった者に邪魔され、大規模な研究は全くできないとも。
それはまさしく正しかった。
「将来的にああいうものになる、と意識することはできるが、実際に研究するなどとんでもない」
彼としてはドイツ空軍では旧式化しつつあるレシプロ機の方がよほどに参考になった。
それらを見れば、これからは大馬力エンジンと火力にモノを言わせる時代になると堀越は確信している。
幸いにも、ドイツ側から基幹技術の援助については決定しており、問題はそれをどう日本に取り入れるかであった。
軍は当面はドイツ機の輸入もしくはライセンス生産で凌ぐらしいが、それもそこまで多数――航空隊全部を入れ替える程ではないようだった。
これまで数多の人員がドイツへと派遣されており、ドイツにおける様々な分野について記録し、日本でそれを活かそうと躍起になっている。
しかし、それはまだまだ時間が掛かりそうだった。