方針の転換
独自設定・解釈あり。
「ああ、くそったれな状況だ」
フランス空軍沿岸航空軍団に属するシャルロー大尉は現在の状況をそう評価した。
彼は現在、愛機であるダッソー社製の新型双発爆撃機を操り、高度50mという超低空飛行を編隊で敢行していた。
彼を含め、20機もの双発爆撃機が進撃する様は見る者を圧倒するが、あいにくと彼らの目標はその程度で怯んでくれる輩ではない。
速度は1トン近い魚雷を2本も抱えていることもあり、時速400km程度。
本来は大馬力エンジンによる高速双発雷爆両用機として開発されたこの機体からすれば、それは鈍足な部類に入るが仕方がない。
事の始まりは2時間程前、シェルブールにドイツ海軍が攻撃を仕掛けてきたことから始まった。
ただちに沿岸部の空軍基地及び海軍基地に迎撃命令が出され、シャルロー大尉のようにあちこちの空軍基地から迎撃部隊が相次いで出撃している。
だが、既にドイツ艦隊はシェルブールを完全に破壊しており、離脱にかかっている状況だ。
そのことから、後続するイギリス艦隊は第二の目標と思われるル・アーヴル方面に舵を切っているとのことだ。
とはいえ、ここでドイツ艦隊を見過ごすということは到底できない話だった。
たとえそれがフランス空軍の実態が控えめに言って、かなり良くなかったとしても。
そして、今、まさにシャルロー大尉をはじめとした空中勤務者にとって最高にくそったれな状況を迎えつつあった。
「11時上方スピット! 数20!」
上部銃座の銃手からの叫びにシャルローは心の中で十字を切る。
横に座る副操縦士は聖書の1節を読み上げながらも、しっかりとその仕事を果たしている。
護衛戦闘機はとうの昔にドイツ海軍を護衛する戦闘機との戦闘になっている。
イギリス空軍はドイツには及ばないものの、それでも豊富な物量を頼りに重厚な迎撃陣をドイツ艦隊上空に築き上げていたのだ。
その機種はスピットファイアとモスキートの混成部隊。
どちらも強敵だった。
他の空軍基地からも五月雨式にドイツ艦隊に襲いかかっている筈なのだが、とてもではないが他がどうなっているか把握できる状況ではない。
「見えました! ドイツ艦隊です!」
副操縦士の叫びと同時にシャルローにも見えた。
刃のような艦影がポツポツと前方にある。
「6番機墜落! 12番機爆散!」
後方からそんな報告が聞こえてくるが、シャルローは気を払う余裕はなかった。
ガンガンと嫌な音が何度も響く。
いつの間にか敵艦隊の防空圏に入ったらしく、執拗に編隊に食らいついていた筈のスピットファイアは見受けられなかった。
「敵艦の間をすり抜けるぞ! 戦艦を喰う!」
敵の対空砲火は熾烈の一言。
曳光弾の奔流、高射砲の炸裂による黒い花。
幾度も機体を揺さぶられるが、まだ致命的な損傷はない。
すぐ間近で爆発音。
目の前に咲く死へと誘う黒花。
だが、その破片は機体を叩くだけに終わる。
見る見るうちに迫る敵艦――駆逐艦らしき小型艦では見慣れぬ対空機銃に取り付いた敵兵の顔まで見える。
若いな――
今年で30になるシャルローは彼らをどうにも恐るべき、そして倒すべき怨敵には見えなかった。
しかし、その時すらも一瞬。
シャルローの操る機体は輪形陣をすり抜け、より高度を下げながら一直線に中心へと向かっていた。
護衛の巡洋艦が盛んに対空砲火を上げているが、そんなものはもはや目にも入らなかった。
「後続は!?」
「7……いや6機です!」
また1機落ちたのだろう、後部銃手の報告に十分だとシャルローは思いながらも、視線は戦艦に釘づけだ。
重厚な海に浮かべる鋼の城。
ドイツ海軍の象徴たるバイエルン級戦艦だ。
その艦上からは歓迎の砲弾と機銃弾が出迎えてくれる。
レーダーと思しきものが幾つも艦中央部にあるのが見えた。
レーダーと連動させているんだろうな、とシャルローは考えつつ、機体を雷撃コースに導く。
「後続5機!」
20機で突入し、敵戦闘機で9機、対空砲で6機も落とされた。
対空砲というのはそうそう当たるものではないのだが、どうやらドイツ人は何か魔法を使っているらしい。
シャルローは知る由もなかったが、彼ら以外の雷撃機は輪形陣を超え、その中心に近づくことは未だできていなかった。
彼らの乗る新型機がそれだけ頑丈に作られているという証拠だった。
爆撃手が叫ぶ声をシャルローは聞く。
「距離3000! 距離1500で投下します!」
「了解! ここまで来たんだ! 必ずぶち当てろ!」
そう返し、シャルローは眼前に迫りつつある敵戦艦を睨みつけた。
1500mの距離など、あっという間だ。
だが、そのあっという間の時間が急激に引き伸ばされたようにシャルローには感じられた。
目の前で高射砲弾が海面に着弾し、盛大に水を機体に被せる。
副操縦士が「これで掃除しなくてすむ」と叫んだ。
一手間省けたなぁ、とシャルローも場違いなことを思いながら、その声を聞く。
こちらが雷撃機であることに気づいたらしく、敵戦艦はゆっくりとだが回頭を始めている。
「投下ぁ!」
瞬間、機体がふわりと空へと浮かび上がる。
1トン近い重量物が離れたのだから、それも当然。
「離脱! 離脱!」
シャルローは叫びながら、機体を思いっきり操縦桿を引き上げ、上昇を開始する。
彼は敵艦の真上を飛び越えるような形となるが、眼下に注意を払う余裕なんぞ無かった。
「命中! 命中です! 2本……いえ、3本!」
背後から響き渡る叫びは興奮に満ちたものだった。
後部銃手が戦果を確認してくれたのだろう。
5機で10本を撃って3本命中……
十分及第点だ、とシャルローは口元に笑みを浮かべた。
「くそったれが!」
リージ・ビショップ少尉は眼下で水柱を吹き上げたドイツ戦艦に悪態をついた。
当然、その水柱はフランス軍による雷撃の結果だ。
彼の愛機は2000馬力級のグリフォンエンジンを搭載したスピットファイアMk6。
ドイツ軍機の発展を間近で見てきたイギリス空軍にとって、大馬力エンジンの開発は急務であり、それはドイツから若干遅れてではあったが、それでも十分に早く達成されていた。
ビショップは離脱していった敵の双発爆撃機を睨みながら、新たな獲物を探す。
多方面から五月雨式に空襲を受けており、既にマトモな編隊戦闘は望めず、混沌の坩堝だった。
味方機はとりあえず手近な敵機を探して攻撃している、という状況であり、それは酷く無駄を生じさせていたが、戦場全体を管制できるような術をイギリス空軍は持っていなかった。
当初はドイツ空軍から戦場管制を行うべく、申し出があったらしいが、総隊長は自分に判断する権限がなく、また本国に伺いを立てる時間もなかった為に拒否したらしかった。
ビショップからすれば優秀だが、堅物過ぎる上官に溜息を吐かざるを得なかった。
以後、ドイツ空軍の早期警戒管制機とかいう聞き慣れない機体は敵機の侵入方向を教えてくれてはいるが、多方面からの襲来に対処できていなかった。
そんな中、彼は大陸側から低空で侵入してくる単発機の群れを発見する。
彼の高度は3000m程だったが、新たな敵機はそれよりも遥かに低い。
レーダーの弱点は敵もよく分かっているらしい、と彼はあたりをつける。
「敵機5時下方! ついてこれる者はついて来い!」
無線にそう怒鳴りつけながら、彼は愛機を降下させる。
速度計はあっという間に時速700kmを超え、900kmに迫る。
見る見る迫る敵機の編隊は10機程だった。
彼は編隊の先頭機に狙いを定めたが、敵も気づいたらしく、旋回機銃の火箭が彼に集中する。
その火箭の太さから13mmクラスの機銃と推測するが、大型爆撃機の密集編隊でもなければビショップは落とされない自信があった。
彼は降下のGに耐えながら、敵機を照準器の真ん中に捉える。
どんどん敵機は膨らんでおり、彼は手早く機銃を発射した。
連続して放たれる20mm機関砲と12.7mm機銃。
それぞれ2門ずつ搭載したスピットファイアの火力は従来の7.7mm機銃を多数搭載したタイプとは比べ物にならない火力を発揮する。
敵機の翼、胴体に大穴が空いたところを彼は見たが、それも一瞬。
彼はあっという間に降下していった。
迫る海面に対し、彼は機首を引き起こしながら、敵機を見た。
先ほど攻撃した1機は錐揉みしながら海面へと降下しており、残った敵機にも数機のスピットファイアが取りついている。
撃墜スコアを1つ伸ばした彼だったが、まだまだ油断はできない。
任務の達成と個人の戦果は別物と彼は考えている。
『敵快速艇接近!』
悲鳴染みた叫びがビショップの耳をついた。
誰が発したのか分からないが、彼は高度を3000mに回復した後、眼下を見つめる。
すると、北へと進むドイツ艦隊に接近するかのように、航跡を多数発見。
戦艦をも撃沈できる、という謳い文句で海軍が宣伝していた魚雷艇だろう、とビショップはあたりをつける。
図らずも、ドイツ海軍はそれが事実かどうかを証明してくれることに彼は苦笑いをしつつ、残弾数を確認。
20mm機関砲は合計55発、12.7mmは合計203発。
敵機を撃墜するには十分だが、魚雷艇を撃沈するには心許ないと言わざるを得ない。
『敵艦に攻撃を開始する! ドイツ人にイギリス空軍の力を見せてやれ!』
ビショップは10機程のモスキートが急降下していくのを見た。
木製多用途機という中々に斬新な概念に基いて開発されたモスキートは20mm機関砲を4門搭載しており、その火力は地上攻撃や軽艦艇攻撃に威力を発揮する。
連中に任せておけば大丈夫だろう、とビショップは考え、更なる敵機を求めて目を凝らすのだった。
「右舷より敵艦接近! イギリス空軍が攻撃を掛けます!」
「先の魚雷によるダメージは食い止めました!」
「プリンツ・オイゲンのラングスドルフ司令より報告! 我、これより敵艦隊を撃滅せんとす!」
リンデマンは休む間もなく入る報告に対し、バーデンの艦橋にて指示を出し続けていた。
艦橋内は発砲音とエンジン音、そして報告の怒号が飛び交い、うるさいことこの上ない。
正確に命令を相手に伝える為には同じく怒鳴り返さなければならなかった。
何かうまい手があれば良いのだが、と彼は思いながら、艦橋の窓から空を見上げる。
空襲前は晴れ渡った大空であったのだが、現在は対空砲火による黒煙に覆われており、南海のスコールにでも突入したのではないかと思ってしまう程に薄暗い。
「敵機左舷より4機! 雷撃機と思われます!」
「右舷低空より5機! 接近中!」
しつこいフランス空軍の攻撃と新手のフランス海軍にリンデマンはその闘争心に敬意を抱かざるを得ない。
リンデマンは左右の敵機、どちらが早いかを見極め、叫んだ。
「取舵一杯!」
すぐさま操舵手が復唱しつつ、舵をきる。
徐々に左へと回頭を始めたバーデンに対し、リンデマンはすかさず叫ぶ。
「戻せ!」
即座に舵が戻される。
左へと回頭しつつあったバーデンは右へと回頭を始め、これにより敵機は射点を外された。
やり直すこともできないわけではないが、戦闘中にそれは著しく困難だ。
「敵機、魚雷を投棄! 離脱します!」
そんな報告を聞きながら、リンデマンはいつの間にか出ていた汗を拭う。
「マックス・シュルツより緊急電! ソナーに感あり、こちらへ接近中! 充分なる注意を要請するとのことです!」
この状況でよくも探知できたものだ、とリンデマンは驚きながらも、マックス・シュルツの位置を頭の中に思い浮かべる。
輪形陣の左翼側、その最外縁に位置している駆逐艦だった。
味方潜水艦の可能性もある。
救助の為に多数の潜水艦を予め待機させてあるからだ。
だが、戦闘真っ最中の艦隊に近づくような馬鹿な真似はしないだろう。
そう考えているが、リンデマンにマックス・シュルツに対する命令権はない。
彼はあくまでもバーデンの艦長だからだ。
「敵潜に厳重注意!」
リンデマンがそう命じた直後――
「敵機直上! 急降下っ!」
「面舵一杯!」
入った報告にそう怒鳴り返し、上空を見据える。
すると薄暗い空から糸で繋がったかのように、単発機が数機、こちらに向けて急降下してきていた。
リンデマンは舌打ちする。
雷撃機を最初に投入し、低空に目を向けさせたところで爆撃機を投入する――
意図したのかどうかは分からないが、航空戦のお手本にしたいくらいだった。
たちまちのうちに急降下してくる敵機に対し、高射砲が火を噴き始めたが遅く、敵機はあっという間に内懐に飛び込んでくる。
猛速で迫る敵機に対し、近接対空火器とされている30mmガトリング砲や20mmガトリング砲、果ては吹きさらしの13mm機銃までが猛烈な弾幕を張り始めた。
1機の敵機が壁にでもぶつかったかのように、爆散する。
また1機は翼をへし折られて、錐揉みとなって落ちていく。
だが、そこまでだった。
「総員衝撃に備えっ!」
リンデマンがそう叫んだ直後、敵機から黒い物体が切り離された。
風を切り裂く嫌な音を聞きながら、彼は手近な手すりに掴まり、足に力を入れる。
バーデンは徐々に回頭を始めていたが、回避は間に合いそうになかった。
瞬間、艦橋を地震が襲い、爆音が辺りに響き渡る。
リンデマンは襲い来る揺れに耐えたところで、もう1度、似たようなものを味わうことになった。
先の魚雷をもらった時も似たようなものだったが、彼は魚雷よりはマシだと思うことにする。
「被害報告! 艦中央部に命中弾が2発あるものの、損害は軽微!」
「戦闘指揮所より緊急! レーダーが全損!」
リンデマンは予想通りの結果に溜息を吐く。
とにかく被弾に弱いのがレーダーだ。
装甲で覆ってしまえば良いものだが、そうすると今度は電波を通さなくなってしまい、意味が無くなる。
現状ではどうしようもできなかった。
ともあれ、これでバーデンは目を失った。
そのとき、唐突に巨大な爆音が左舷より轟いた。
リンデマン以下、艦橋要員が視線を左舷に転じるとそこには巨大なキノコ雲が立ち上っていた。
「プリンツ・アーダルベルト轟沈!」
左舷の防空を担っていた大型巡洋艦だ。
「何が起こっ……!」
リンデマンの声を遮るように、それは報告された。
「左舷より雷跡4!」
「面舵急げっ!」
リンデマンは息つくまもなく、即座に指示を飛ばす。
この状況下で何の邪魔もなく、雷撃できるものは先ほど探知された敵潜水艦をおいて他ならない。
ちょうど左舷を見ていたこともあり、雷跡がよく見えた。
「さすがはフランス軍だ」
リンデマンは最大級の賛辞を送る。
空から、海上から、海中から。
この立体攻撃に対応するのは極めて難しい。
ゆっくりと右へと回頭し始めたバーデンであったが、リンデマンは慌てずに告げる。
「総員衝撃に備えろ!」
確実に1本は当たるコースだった。
リンデマンは左舷より迫り来る雷跡のうち、1本はあらぬ彼方へ走り、もう2本は艦に平行に逆走して後方へ抜けていった。
そして、残った1本は――
地震のような揺れとずん、という音。
高く立ち上る水柱は瞬く間に崩れ落ち、艦上を洗う。
リンデマンは左舷への傾斜がより酷くなったことを体で感じ、手すりに掴まって空と海を見る。
空は相変わらず対空砲火により薄暗く、数多のエンジン音が木霊している。
レーダーがない今、いったい何がどうなっているのかさっぱりと分からない。
海からは右舷より巡洋艦や駆逐艦部隊の砲声が聞こえてきていた。
「艦長!」
呼びかけにリンデマンが振り向けば、そこにはずぶ濡れになった伝令がいた。
「機関室より報告。浸水増大により、出しうる速力は最大で12ノットとのことです。伝声管及び電話線途絶の為、自分が参りました」
「ご苦労。それは4本目を貰う前か?」
「そうです」
「では、速力8ノットだ」
了解、と伝令が答えると駆け足で艦橋を飛び出していった。
即座に新たな伝令が入れ替わりで入ってくる。
どうやら艦内連絡に深刻な状況を先ほどの1本はもたらしてくれたらしかった。
「浸水が稼働する排水装置の許容量を超えています! 左舷傾斜復旧不可能!」
「排水装置の稼働数を増やすことは?」
「現在、電気系統の復旧に努めておりますが、見込みは薄いとのことです」
リンデマンが頷くと、彼もまた艦橋を飛び出していった。
「もう一発も貰うわけにはいかんぞ……」
その直後、朗報が入った。
「ゲシュペンスト1より連絡! 艦隊近辺に敵機なし!」
リンデマンがその報告に口を開こうとした直後、轟音が響いた。
その音は被雷や被弾によるものではなく、聞き慣れた頼もしい音であった。
「ザクセン、敵艦隊に対して射撃開始!」
「ヴュルテンベルク、同じく射撃開始!」
「ヘルゴラント、オストフリースラント、射撃開始しました!」
小癪な連中に対し、海の女王として鉄槌を下すべく、彼女達は報告を聞くなり主砲の射撃を開始したのだ。
朗報は更に続く。
「バイ司令より連絡! 我、海中を完全に制圧せり!」
ドイツ海軍史上最悪の日とされたヴィルヘルムハーフェン封鎖というあの屈辱以後、彼らは海のハンターとしての研鑽を積んでいたのだ。
故に、迅速な対応が行われるのは当然であった。
「各員、警戒を怠らず、迅速な被害の拡大阻止と復旧を行うように」
リンデマンのその命令は事実上の戦闘終結宣言だった。
戦闘終了から30分後、レーダー大将は艦橋にて軽く溜息を吐きながら、窓から見える光景に肩を竦めるしかなかった。
フランス空海軍による波状攻撃はイギリス流に言うならば、それなりの損害を大海艦隊に与えている。
大海艦隊はその損害状況から作戦を終了し、ヴィルヘルムハーフェンに向けて航行している。
シェルブールという最大目標を単独で壊滅に追い込み、幾多の波状攻撃をどうにか凌いだことでドイツ海軍の面目は立った、とレーダー大将は判断した為だ。
「司令、艦隊の被害状況についてご報告致します」
参謀長の言葉にレーダーは頷く。
一応の報告は既にきていたが、正式なものはまだだった。
「本艦バーデンは左舷に魚雷4本、爆弾2発を受けました。戦闘終了から30分程が経過しておりますが、状況は可もなく不可もないところです」
「艦長、速度はこれ以上は出せないか?」
「傾斜の復旧及び排水が現段階では絶望的であり、不可能です」
リンデマンの言葉にレーダーは頷き、参謀長に続きを促す。
「本艦は大破判定です。他には戦艦3隻が小破、大型巡洋艦1隻撃沈、2隻が中破、巡洋艦1隻が撃沈、同じく3隻が中破、駆逐艦4隻が撃沈、同じく2隻が大破。なお、敵の空襲は合計500機と推定されています」
戦闘前、大海艦隊は戦艦5隻、大型巡洋艦6隻、巡洋艦6隻、駆逐艦22隻という合計39隻であった。
そのうちの6隻が撃沈され、加えて2隻の駆逐艦が使い物にはならない。
具体的な艦名はこちらに、と参謀長が差し出した報告書を受け取りながら、レーダーは報告書に記載されていた推定戦果に目を向ける。
「推定200機撃墜とは大きく出たな。イギリス空軍のものと合わせれば襲ってきた敵よりも多いんじゃないか?」
まあ、それはさておき、とレーダーは話題を変える。
「やはり色々と課題が出たな」
「はい、司令。ここでもやはり魔法使い殿の正しさが証明されました」
うむ、とレーダーは鷹揚に頷く。
今回、ヴェルナーの好意により早期警戒機を2機、ドイツ艦隊につけていた。
彼らはいち早く敵機の探知するのに役立ったが、イギリス空軍の戦闘機に対する命令権は当然ながら持っていなかった。
IFFはかろうじて搭載されており、それに合わせて敵味方の識別はどうにかできたのが不幸中の幸いだった。
その為、ヴェルナーはレーダーに伝えていた。
早期警戒機の管制能力が活かされることなく、艦隊は被害を負う、と。
イギリス空軍の戦闘機隊は混沌とした状況下で多数の編隊が同一の敵編隊に攻撃を仕掛けたりするなど、ひどく無駄が多かったのだ。
「そして、これも奴の配慮か」
レーダーはそう言い、苦笑した。
既に艦隊上空にはイギリス空軍の姿はなく、代わりにドイツ空軍が戦闘機と哨戒機、早期警戒機を張り付けていた。
どうやらシェルブール攻撃前から待機させ、艦隊が攻撃を受けると同時に飛び立たせていたらしい。
彼らはヴィットムントハーフェン基地からやってきており、往復で2000kmにもなるのだが、戦闘機――Do235は大型増槽込みで2800kmという航続距離を誇っていた。
レーダーは言葉を続ける。
「問題は解決していかなくてはならん。今、分かったことが幸いだ」
そこで言葉を切り、レーダーは一拍の間をおいた後に更に告げる。
「予定通り、救助態勢は万全か?」
「万全であります。既にドイツ・イギリスの基地より飛行艇が多数飛び立ったと報告されています。また、潜水艦部隊も事前に……」
「ならば良し。我々は残った仕事をこなすとしよう」
「今回のことは良い教訓になった」
シェーア元帥は統合国防会議の席上でそう述べた。
ドイツ艦隊によるシェルブール攻撃から始まる一連の戦闘はシェルブール沖海空戦と名付けられており、既に3日が経過していた。
「とはいえ、無視できない問題が発生したことも確かだ」
シェーアの言葉に対してヴェルナーが問う。
「途中で潜水艦に乱入されたが、あれはフランス側が意図したものであったのか?」
その潜水艦により、プリンツ・アーダルベルトが轟沈し、バーデンが被雷している。
水上はともかく、水中では鈍足な潜水艦が艦隊を狙いすませるとは思えない。
「あれはどうやら完全に偶然らしい。最初に発見した駆逐艦によれば魚雷の注水音により初めて探知したとのことだ。戦闘前に探知できなかったのが悔やまれるが、そこもこれからの教訓であり課題だ」
シェーアは一度言葉を切り、数秒の間をおいて更に続ける。
「そもそも、もしフランスに作戦が漏洩していたならば、より多数の潜水艦で罠を仕掛けるだろう」
シェーアの問いにヴェルナーは頷く。
そんな彼からシェーアは視線をゼークトへと向け、問いかける。
「我々は当初の作戦の通りにフランス沿岸部の都市の壊滅に成功した。陸はどうか?」
シェーアの問いかけに苦々しい表情となるのはゼークトだった。
彼はゆっくりと口を開く。
「頑強な陣地に立て籠もった敵を排除すべく、提案された計画がある」
既にシェーアもヴェルナーもあちこちの伝手からその内容を知っていたが、正式に陸軍からの要請が無ければ動けない。
軍隊も結局のところ巨大な官僚組織なのだ。
「陸軍としては海軍の16インチ砲弾か20インチ砲弾を使い、空軍の爆撃機にそれを洞窟陣地に投下してもらいたい。我々が所有する火砲では粉砕するのは不可能だ」
「空軍としては必要な爆撃機を確保できる。無論、砲弾の多少の改修は必要だろうが……」
ヴェルナーの実質的な承諾に続き、シェーアもまた告げる。
「海軍としても最低でも3ヶ月は大規模な艦隊行動を予定していない。また、20インチ砲弾も製造ペースは艦自体の就役がまだまだ先ということから低調だが、必要であればより大規模に量産することができる」
「当然、ウチからも実際に対峙した者を派遣する。実行に移すにはどれくらいかかるか?」
「空軍は積み荷の準備ができればいつでも可能だ。肝心の海軍は?」
ヴェルナーに対し、シェーアが告げる。
「具体的な数値は出せないが、1ヶ月以内に間に合わせる」
1ヶ月か、とゼークトは言葉を反芻する。
春の目覚めはどうやらいきなりつまずくことになったが、彼としても現状ではどうしようもないことから承知せざるを得ない。
被害を最小限に抑えないと、戦後に響くのだ。
「しかし、必ずその要塞を抜かなければならない、ということもないのではないか?」
シェーアの言葉にヴェルナーとゼークトは数度、瞬きする。
「前、ルントシュテット元帥が言ったように英仏海峡から直接フランス本土に乗り入れるのはどうだろうか?」
「……一考の価値はあるが、時間的にどうだろう?」
シェーアの言葉にヴェルナーはゼークトへと振る。
彼は難しい顔となった。
なるべく作戦を遅延させたくはない。
フランス軍はこれからも続く空軍の戦略爆撃により弱体化の一歩を辿ることになるだろうが、それでもこちらにも予算というものがある。
時間が経てば立つ程にドイツ軍にも予算の限界が見えてくるのだ。
政府からはこれ以上の戦時国債の発行はできない、とピシャリと言われてしまっている。
余裕をもって終わらせるならば年内が望ましいが、それが無理ならば最悪でも来年末までには決着をつけなければならない。
それ以降は大幅に縮小した軍備で戦わなければならなくなる。
「半年もあれば海軍は充分に用意ができる。幸いにも、海兵隊用に揚陸艦などの上陸戦用の戦備は少数だが整えてあるし、戦前からそういう訓練も最低限行っている。何よりも、今回の攻撃で沿岸都市とその防備に大打撃を与えることに成功している……これを生かさない手はない」
そう押してくるシェーアだったが、元々は海兵隊を使った上陸戦などはヴェルナーの提案によるものだ。
とはいえ、ヴェルナーからもゼークトからも海軍が点数を上げておきたいことが良く分かった。
ヴェルナーは告げる。
「空軍は必要なところを偵察し、必要な場所にいつでも攻撃をできる。特に問題はない」
フランス本国をこれまで通りのペースで戦略爆撃をするとし、また洞窟陣地を叩く為に部隊を抽出し、さらに陸軍の支援に回したとしてもなお、空軍には若干の余裕があった。
ひとえに、フランス空軍が半壊状態であり、ドイツ側の被害を最小限に減らせていることがその直接の原因だった。
また戦線も基本的に西部戦線のみと限定され、戦力が集中しやすいのもあった。
「陸軍としても、そのことについては内部で一応検討はしている。だが、どこから部隊を引き抜くかによるだろう。無論、現在の全ての戦線で防御に徹するだけなら多くを引き抜けるが……」
ゼークトはそこで言葉を切り、一拍の間をおいた後に更に続ける。
「本格的に検討してみよう。もしかしたら、こちらの予想を上回る防御力を敵の陣地は発揮するかもしれないしな。海軍の砲弾が使えるようになるまでは現状維持を行い、陸軍は攻勢に出ないこととする。春の目覚めは一時延期だ」
20インチ砲弾が通用しないかもしれない、とチクリとシェーアに嫌味を言い、ゼークトはそう締めくくったのだった。