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問題への解決策

独自設定・解釈あり。

 海上には霧が出ていた。

 夜明け前の暗い海、なおかつ霧という悪条件下であっても、それをまったく物ともせずに進む一団が存在した。


 視界不良ということもあり、遠目に見ればさながら幽霊船として有名なフライング・ダッチマン号が出現しているようにも見えた。

 だが、あいにくと彼女達は語られる幽霊船よりも、遥かに恐ろしい破壊力を秘めた艨艟達であった。



「クラーケンでも出てきそうだな」


 エーリッヒ・レーダー大将は大海艦隊旗艦であるバーデンの艦橋にてそう呟いた。

 その顔はまるで出てきて欲しい、とでも思っているのか、笑みが浮かんでいる。


 彼と仲が良い魔法使いが聞けば溜息を吐くこと間違いない。


「出てきたなら、16インチ砲で吹き飛ばしてみますか?」

 

 バーデン艦長のエルンスト・リンデマン大佐が笑いながら問いかけた。


「それもいいな。だが、激しい競争になるだろう。イギリス人は勿論、日本人やロシア人、イタリア人すらもこぞって哀れなクラーケンに砲弾を叩き込むだろうからな」

「誰が退治したか、喧嘩になりそうですね」


 その通りだ、とレーダーは頷いた。


 気象予報班によれば数時間以内にこの霧も晴れ、フランスの海岸が見えるという報告が上がってきていた。

 今回の合同作戦において、もっとも復讐したがっているドイツ海軍を先頭に、イギリス海軍、日本海軍、ロシア海軍、イタリア海軍がそれぞれ戦艦を主力とした艦隊を派遣している。

 肝心の作戦内容であったが、主にイギリス空軍の事情から全艦隊が設定された目標を一つずつ、叩くことになっていた。

 異なる位置にいる複数の艦隊を同時に護衛できるだけの戦闘機を用意するのは流石のイギリスといえど、面倒であった為だ。


 最初に叩くべき目標は英仏海峡に面した主要な都市の一つであるシェルブール。

 その後、ル・アーブル、ディエップ、カレー、ダンケルクと合計して5つの都市を叩くことになっている。

 陽動としては過剰な戦力を用意している、とレーダーは勿論のこと、シェーア元帥も確信していた。



「そういえば、魔法使いが軍事博物館を計画しているのは聞いているかね?」


 レーダーの問いにリンデマンは首を傾げる。


「自然環境保護基金やら医療福祉基金やら、食文化向上基金やら色々作っているのはよく耳にしますが、博物館は初耳です」

「何でも、大昔のマスケット銃から、今の軍艦やら戦車やらまでの兵器から戦闘糧食のレシピその他多くの世界各国の軍事関係のものを全部集めた博物館だそうだ」

「……何とも壮大な話ですね」


 リンデマンは呆れと感心が入り混じった顔でそう言った。

 その反応にレーダーは同意するかのように頷きながら、さらに告げる。


「驚くべきはその博物館は博物館でありながら、実際に戦車に乗れたり銃を撃てたりするようにするらしい。おまけにマニア向けに戦車や航空機の製造まで行う会社も立ち上げる予定だとか」


 リンデマンは微妙な表情で問いかける。


「……戦争中にやることでしょうか?」

「私も聞いた時、そう言った。だが、何でも戦時体制が解除されてしまうとあっという間にメーカーは生産ラインを閉じて最低限の冶具を残して処分してしまうとか……まあ、将来の観光名所と考えれば悪くないだろう」


 それに、とレーダーは告げる。


「孫やひ孫、玄孫に我々は何を思い、どう戦ったのか、どんな生活をしていたのかを伝えるのも重要な役目だ。まあ、彼が私費でやる分には問題ないだろう」


 レーダーはそう締めくくったのだった。













 シェルブールは穏やかな朝を迎えていた。

 ここ数日はイギリス空軍の夜間空襲がなかったこともあり、住民達はゆっくりとその疲れを癒やし、また復興に精を出している。


 イギリスを対岸に望む軍港の街ということもあり、その防備は中々に整っている。

 多数の沿岸砲台が英仏海峡に睨みを効かせており、空からの脅威にはシェルブールを取り囲むように配置された対空陣地が敵機の侵入を許さない。


 とはいえ、住民や守備隊からすれば沿岸砲台はともかく、対空陣地が空からの脅威に対して不十分であることは十分過ぎる程に承知していた。




「まだこの街があることが不思議でならないよ」

 

 パンをかじりながら、デュランダルと名付けられた砲台の指揮官であるクレール少佐は砲台の外に設けたベンチで溜息混じりに呟いた。

 彼は開戦以前からこのデュランダル砲台に勤務している。

 フランスの叙事詩であるローランの歌、それに出てくる伝説の剣の名を冠したこの砲台はそれに相応しい破壊力を秘めていた。


 ダンケルク級戦艦の艦載砲である16インチ砲、それを地上用に改修した上でここに設置したのだから、その威力は想像を絶する。


 この砲台は全部で2つあり、シェルブールを守護するように東西に1つずつ存在する。

 これらに加え、12インチ以下の砲台群も含めれば海上からの攻撃に対しては万全の備えだというのがクレールを含めた、フランス軍の一般的な認識だった。


 砲台からの眺めは良く、英仏海峡を超えて天気が良ければイギリス本土が見える。

 平時なら英仏海峡は漁船などの民間船で賑わうが、開戦以後、通行する船舶は無い。

 交戦国の漁船はそれぞれの政府から英仏海峡をはじめとした幾つかの海域での操業を禁止され、また貨物船などは迂回するよう厳命されている為だった。


 通る可能性が比較的あるのはドイツ海軍やイギリス海軍の艦船であったが、それすらも空襲と沿岸砲を警戒して滅多に通らない。

 クレールは霧はもう晴れただろうか、と思いつつも、見慣れた海上へと視線を向ける。


 まだ霧は少し残っているが、気にする程でもない。

 

 今日も何もない、平穏な光景だ。


 クレールがそう思った瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。

 同時に不安を引き起こすかのようなサイレン音が鳴り響き、あちこちで敵襲の怒鳴り声が聞こえてくる。


 クレールは慌てて首からぶら下げていた双眼鏡を使って海上を見る。

 開戦前、私費で購入していたドイツのツァイス社製のものだ。

 

 それは程なく、見つかった。

 同時に空からは無数の爆音が響いてきた。


 フランス空軍? 否、敵機だ!


 そう思った瞬間、後方から砲撃音が響いてきた。

 砲台群を守護する対空陣地が早くも撃ち始めたようだ。


「なんてことだ……」


 クレールは頭上の敵を気にすることなく、彼方に見える光景に唖然とした。

 無数の艦船のマストが見えた。

 それらはじわじわと大きくなり、やがて三連装砲塔が彼の視界に入ってきた。

 続々とその艨艟の列は続いている。


 彼女達から少し遅れ、巡洋艦以下の艦船もまた見えてくる。

 まるで女王を守護する戦乙女のようだ。


 その艦影は独特のシャープさがあり、刃のような美しさがあった。


ドイツ帝国海軍カイゼリッヒ・マリーネ……」


 呆然と呟いたクレールであったが、すぐに我に返って駆け出した。

 彼が向かった先は砲台からやや離れたところにある地下指揮所。

 

 100m程の距離であったが、彼は指揮所に辿り着くまでに敵の攻撃が始まらないかどうか、恐ろしかった。


 だが、幸いにもその心配は杞憂に終わる。


「現在、攻撃準備にかかっています」


 指揮所に飛び込むや否や、副官がそう報告してきた。

 直後に砲撃開始を警告する警報。


 数瞬の後、轟音が響き渡った。

 同時に襲う微かな揺れにクレールは驚くよりもまず、心の中で快哉を叫んだ。


 指揮所内でも大きく歓声を上げる者こそいないが、小さくガッツポーズを取る者などがいた。

 だが、クレールは咎めるつもりはなかった。


「目標の割り振りは?」

「戦艦クラスをデュランダルが、他の砲台にはそれ以下の艦艇を狙わせています」

「十分だ。張り切りすぎて倒れないように気をつけよう」


 待ちに待った砲術屋の悲願、艦艇と沿岸砲台ということで違いがあるが、それでも興奮を抑えることは難しかった。


 勿論、命の危険に晒されているわけであるが、その恐怖を忘れる為にも興奮することは重要だった。


「ドイツ人も、ついに本腰を入れてきたか」


 クレールがそう言って、指揮官席に着席したそのときだった。


『東44沿岸監視所より入電中、スピーカーに流します』


 クレールはシェルブール沿岸守備軍の中で最東端に位置する監視所だ、と思いながら、報告を待つ。


『こちら東44、シェルブール方面に向かって戦艦を含む艦隊が最低でも2個以上航行中!』


 クレールは思わず立ち上がった。


「ただちに守備軍司令部に空軍と海軍に援軍要請を出すよう伝えろ!」


 そう怒鳴った直後、スピーカーは絶望の報告を告げた。


『軍艦旗を確認、ホワイト・エンサイン、イギリス海軍です! 後続する艦隊は聖アンドレイ十字……ロシア海軍! イタリア海軍に……あれは旭日旗、日本海軍までいる!』

「くそったれが!」


 クレールは悪態をつき、被っていた軍帽を床に叩きつけた。


「5カ国の海軍、その主力艦隊と殴り合い? 誰がこんなシナリオを考えやがった!」 

 











「イギリス空軍、対地支援を開始しました」

「艦隊全艦健在、敵の砲撃による被害無し」

「沿岸より多数の砲火を確認」


 次々に入る報告をレーダーは艦橋ではなく、艦の奥深くに設けられた戦闘指揮所にて受けていた。

 レーダーや無線の急激な進歩により舞い込む情報量は格段に増加しており、それらを統合的に処理し、指揮官が適切な判断を下せるようにする為、戦闘指揮所は今や軍艦ならばどの艦艇でも備えている。

 

 そのような戦闘指揮所に設けられた長官席にレーダーはどっしりと座っていた。

 彼は次々と入る報告を受けていたが、今の彼にやることはほとんどなかった。


 既に戦闘は開始されており、後は各々が訓練通りに動くだけだ。

 そう、訓練通りに。


「初めての実戦だな」


 レーダーは呟き、苦笑した。

 ドイツ海軍にはイギリス海軍やフランス海軍のように積み上げられた膨大な戦訓というものが無い。

 その歴史も創設自体が1871年であり、1931年の時点で僅か60年程度しかない。


 その不安は海軍に属する者ならば誰もが感じるものであった。


 だが、やらねばならん、とレーダーは小さく呟く。

 

 幸いにも、揃えている艦艇や兵器は先輩であるイギリス海軍やフランス海軍よりも余程に恵まれており、予算に関しても大きく引き離している。

 そういったハード面での優位はソフト面のそれを補う筈だ、と彼は確信していた。


「上空警戒中のゲシュペンスト2より連絡。周辺空域に敵影無いものの、低空奇襲の可能性大。十分に注意されたし」

「第二戦隊のリュッチェンス中将より意見具申。沿岸部より快速艇による奇襲攻撃の可能性大。護衛部隊へ注意を促されたし」

「ただちに警戒するよう伝えよ。無論、潜水艦からの奇襲についてもだ」


 レーダーは即座にそう返す。

 元々ここまで警戒を厳重に行うように命令を下してあった。

 だが、戦闘時は何が起きるか分からない。


 改めて注意を促しても問題はない――と彼は判断した。


「巡洋艦部隊の司令はラングスドルフ、駆逐艦はバイか……」


 どちらも聡明で勇猛な指揮官だ。

 彼らなら十分に役目を果たしてくれるだろう。


 そのとき――


「主砲発射警報が発令されました! 衝撃に注意を!」


 オペレーターの警告にレーダーは僅かに身構えた。


 直後、艦が右に揺れ、同時に発射音が聞こえてきた。

 さすがに戦闘指揮所において、主砲発射の凄まじさを感じることはできない。

 とはいえ、レーダーは艦隊全体の指揮を取る為にここにいなくてはならない。

 もっとも早く情報を入手できる場所がここであるからだ。


 間近で主砲の射撃が見られないことを彼は残念に思った。








 レーダーが悔しがっている頃、戦闘艦橋ではリンデマンが仁王立ちし、沿岸を見つめていた。

 主砲は暫し沈黙している。

 先の射撃で得られたデータを基に、より正確な射撃をすべく、距離の再測定や射撃誤差の修正などを行う為だ。

 


 その間も敵の沿岸砲台はひたすらに砲弾をこちらに送り込んでくる。

 時折、情報にあった16インチクラスの沿岸砲によるものと見られる大口径砲弾が落ちてくるが、その精度はこちらと似たようなものであり、良いとは言えない。

 ともあれ、それらの砲弾の大部分は戦艦群にとって大して問題にはならないが、巡洋艦以下の護衛部隊にとって極めて脅威だ。

 故に、彼女らは近づいてその主砲を撃つことは叶わず、ひたすら戦艦群の護衛に徹している。

 

 砲台群との距離は25000m程度という比較的近距離であり、また相手が固定目標であることからこちらの命中精度は高くなると予想されている。


 射撃準備完了を告げる報告が次々と入り、主砲発射を告げる警報音が鳴り響く。


 再び、交互撃ち方。


 全砲一斉射撃という射撃法はドイツ海軍では既に行われなくなっていた。

 

 言うまでもなく、全砲を一斉に撃ったとしても、目標に確実に命中するということはない。

 むしろ、全ての砲弾が外れる可能性があり、そうなった場合、次の射撃までに全ての砲が使えなくなることになる。

 それよりかは夾叉した後も交互射撃を繰り返し、絶え間なく砲弾を相手に送り込んだ方が命中率は高くなる――という考えだ。



「目標付近に着弾するものの、目標は健在の模様」


 もたらされる報告にリンデマンは当然だ、と思う。

 16インチ砲の戦艦と撃ち合うことも想定されているだろうことから、下手をしたら目標の装甲はバイエルン級を上回る程に強固な可能性もある。

 何しろ、艦船と違い、地上の砲台というものには制約はほとんどない。


 現在、バーデンを先頭にザクセン、ヴュルテンベルク、ヘルゴラント、オストフリースラントが単縦陣を組んで航行している。

 これらのドイツ艦隊の後続にはイギリス、ロシア、イタリア、日本の艦隊が控えている。

 あと1時間もしないうちに続々とこの海域に達するだろう。


「何としても、同盟国軍が来るまでに叩き潰さねばならん」


 ドイツ海軍の威信を示す為にも、英仏海峡沿いで最も強固で大規模に要塞化されているシェルブールを叩き潰したい。

 それはこの作戦に参加しているドイツ海軍将兵の切実な思いだった。

 

 



 










「今頃、フランス軍の守備隊は泣いているだろうな」


 ヴェルナーは屋敷にて優雅に朝食を食べながら、妻のエリカと長女のゾフィーにそう告げた。


「あら、どうして?」


 エリカの問いにヴェルナーは微笑み、告げる。


「10隻以上の戦艦を使った、対地攻撃は空襲よりもよほどに恐ろしいからだ。この世に地獄を作れるだろうね」

「お父様、空襲とどう違うのですか?」


 ゾフィーが首を傾げる。

 彼女からすれば戦艦の砲撃よりも空襲の方が余程に広範囲を破壊できると思えたからだ。


 ヴェルナーはゾフィーのその疑問にすぐには答えず、マウントバッテンから友好の証として贈られたセイロンティーを一口飲む。

 広がる香りと味を堪能しながら告げる。


「どんな大型爆撃機でも1機に積める爆弾には限りがある。だから、空襲はなるべく数を揃えないと効果的な攻撃を行えない。対して、戦艦は1隻で大型爆撃機の編隊と同じか、それ以上の砲弾を短時間に叩き込める。航空機の時代ではあるが、一長一短だ。要は使いどころと費用の問題だよ」


 なるほど、とゾフィーは頷いた。

 もっとも、とヴェルナーは続ける。


「将来的にはよりスマートな攻撃が行われることになるだろう。兵器体系は再び、大きな転換を迎えつつある……まあ、戦争の話はこれくらいにしておこう」


 ヴェルナーは壁にかかった時計へと視線をやり、時刻を確認しながら本日の予定を思い返す。

 今日の彼は比較的に楽な仕事だった。


 9時から日本陸海軍と航空機メーカーの代表と会談予定だ。

 その内容についてはヴェルナーに一任されているが、シュトレーゼマンとヒトラーからは戦後を見据えて行動しろ、と言われていた。


 戦後を見据えて――つまり、戦後に襲い来るだろう不況と兵器の過剰在庫をどうにかしろ、とそういうことだった。

 とはいえ、既に航空機の購入に関しては話が纏まっており、今回の協議会は単純な情報交換会ついでに日本側の危機感を煽って、自国産業の育成に努めてもらおうというのがヴェルナーの狙いだ。

 


「今日は昼から買い物に行こう。たまには家族でのんびりするのも良いものだ」


 ヴェルナーは昼前までに終わらせることを決意し、席を立つ。

 それに習ってエリカが立ち、彼の軍服の襟を手早く整える。


 対するゾフィーは素早くコートと制帽を取りに行き、満面の笑みでそれをヴェルナーに手渡す。

 女同士の戦いを目撃した彼であったが、伊達に何百人も妾を囲っていない。


 過剰な反応をすることなく、礼を言って部屋を出た。

 その後をエリカとゾフィーの2人が続く。



 エントランスを抜け、外へと出ると顔馴染みの警備員達が今日も警備に励んでいるのが見える。

 とはいえ、ただの警備員ではない。

 

 ヴェルナーの邸宅はベルリンの中央部に位置している。

 史実でいうところの連邦首相府があるシュプレー川沿いの、公園に囲まれた一角だ。

 公人としても私人としても多方面に影響力がある彼はなるべく宮殿や首相官邸から近いところに住んでもらった方が良い、というドイツ政府の判断からだった。


「……相変わらずやり過ぎだと思わないでもないが」


 自分の立ち位置を理解しているヴェルナーとしても、この警備はいくら何でもやり過ぎではないかと思う。

 空を睨む対空砲はまだ良いとして、戦車やら自走砲、対戦車砲やらに加え、2個歩兵中隊が屋敷の周囲の公園内や屋敷に通じる道路に分散配備されている。

 さらにはシュプレー川からの攻撃に備える為ということで海軍が小型の武装モーターボートの1個戦隊を用意している。

 おまけにテンペルホーフ空港には2個小隊のTa152が備えているという。


 これらの軍の直接的な護衛に加え、情報省やら通常の警察に加え、内務省直轄の秘密国家警察――いわゆるゲシュタポまでもが警備してくれている。

 ゲシュタポは史実通りのそれではなく、内務省における国内防諜やテロ対策の特別警察組織である為、表にはほとんど出てこない。

 


 ベルリン宮殿の警備もここまで大げさなものではないというのに、どこまで高く買っているんだとヴェルナー個人としては呆れるしかなかった。

 また、移動中でも覆面の警備車両が護衛してくれているらしい。

 しかも、それはヴェルナー本人だけでなく、エリカとゾフィーに対してもだ。

 

 仕事熱心なのは良いことだが、もうちょっと削減しても良いのではないかと思わないでもないヴェルナーだった。




 

 






 シュトレーゼマンはヴィルヘルム街77番地にある首相官邸の自室にて、書類に目を通していた。

 今、彼が力を入れているのは戦後を見据えた数々の政策であった。

 肥大化した軍については各軍の責任者と話がついており、段階的に削減されていく。

 動員解除により、多くの者が軍を離れることになるが、彼らが職を得ることができるかどうかはまた別の話だ。

 

 戦時は膨大な物資が必要となるから、多くのモノとカネが動くが、それは戦時だからであり、平時となればその過剰在庫や過剰な設備投資が企業に負債となって跳ね返ってくる。


 となれば経済対策は必然であり、最重要のテーマだった。

 

「タイにエチオピアにスペインにポルトガル、そして日本か……」


 シュトレーゼマンが呟いた国家はどれもこれも中堅的な国家だ。

 それでいて発展してもドイツの脅威には成り得ないという点で共通している。


 シュトレーゼマンは戦後の外交・国防方針に関して、これまでの列強同盟からより拡大し、世界的な同盟にしようと画策していた。


 彼は世界各地に同盟国を作った方がより安上がりだ、と考えている。

 無論、利害関係で面倒くさい調整が必要となるが、それでもやった方がドイツの安全はより強固なものとなる。

 欧州ではスペインやポルトガル以外にも、ルクセンブルクやネーデルラント王国といった国家にドイツはラブコールを送っている。

 過去の歴史からくる確執を乗り越え、未来志向で、というのが謳い文句だ。

 その謳い文句を聞いた時、何故か魔法使いが顔を顰めていたが。



 ともあれ、いつロシアやイギリスが掌を返すか分かったものではなく、万が一敵対した場合にあちこちに同盟国があるということはそれだけ選択肢が広がる。

 

 その構想の為にそういった中小国家に対して恩を売り、友好関係を結んでおく必要があった。


 とはいえ、それらの国家の中で最も重視されるのは日本だった。

 残念ながら、同じアジアであってもタイでは極東の憲兵となりえるだけの力がない。


 日本には極東の憲兵として東南アジアや極東ロシア、あるいは中国に対して睨みを効かせてもらいたい、というのがドイツ政府の方針だ。


 その為には彼の国に対し、大きく支援をする必要があるが、それに関してはほとんどヴェルナーに一任されている。


 そして、日本以外の国に対しては型落ちした兵器が格安で提供される。

 勿論、メンテナンスや補修部品も込みであり、必要な人員に関してもドイツ側が派遣する。

 だが、これだけでは弱い。

 確かに過剰在庫の兵器をそこそこ捌けるし、ある程度の軍人にも仕事を回せるが、それでも圧倒的に足りない。

 その為にこれ以外にも幾つもの対策が予定されているが、中でも目玉は減税処置だろう。

 大赤字をこしらえたのだから、増税するというのは近視眼的な考えだ。

 それをするよりも、期間を限定した減税を行った方が景気は良くなる――その考えを持ってきたのはシャハトとヴェルナーとヒトラーだった。


「一時的な減収にはなるが、財源は幾つかあるから問題はない」

  

 そう言い、シュトレーゼマンは財源の1つである中国に意識を向けた。


 中国は軍閥による戦国時代となっているが、軍閥の後ろには列強がスポンサーとしてついており、物資や兵器などを売りつけている。


 ドイツが支援しているのは北京政府、いわゆる北洋軍閥政府であった。

 大量の型落ちした兵器や物資と共にドイツ軍事顧問団や新兵器のテストを任務とする実験開発団が現地に送り込まれ、他の軍閥と衝突を繰り返している。

 とはいえ、中国が統一されてしまうのはドイツにとっては勿論、一枚噛んでいる列強諸国にとってもよろしくはない為、程々に勝って程々に負けるということを繰り返す茶番劇と化している。

 軍閥としても、基本は自分の懐が潤えばそれで良い為に列強に便乗し、好き勝手やっていたりする。

 そういった意味では利害が一致していた。


 

 

「あの国はもはや統一した国家を築くことはないだろう。眠れる獅子は眠れる豚だったのだからな」


 シュトレーゼマンは中国を意識の外へ追いやり、とある問題への対策を考えることにする。


「アメリカ人にも困ったものだ」


 米西戦争やハワイ併合などにより、実質的にモンロー主義を破棄し、対外進出を進めていったアメリカであるが、それは中国進出の達成により終わりを迎えていた。


 軍閥に関与しているのは欧州列強や日本の他にアメリカもまた一枚噛んでいる。


 日露戦争の結果、まず満州が開かれ、ついで朝鮮半島が開かれた。

 それにより、アメリカは中国進出を果たし、当初の目的を果たしている。


 それ以後はその権益の維持と拡大に努める一方で親独的でありながらも、それなりの距離を保った外交を展開している。


 どうにもアメリカの世論にはドイツと同盟を結ぶと戦争に引きずり込まれるかもしれない、という懸念があるらしかった。


 その懸念はある意味では正しい。

 イギリスとロシアが敵に回った場合、いの一番で味方になってもらいたいのがアメリカであったからだ。


 広大な国土と豊富な資源、それなりに発展している工業――


 何かしらのきっかけがあれば一気に急成長し、ドイツやイギリスに迫るどころか追い抜いて列強のトップに躍り出ることができる潜在能力を秘めていると予測されていた。


「確か、次期大統領候補のルーズベルト氏と魔法使いは親しかったから……」


 また魔法使い頼りか、とシュトレーゼマンは苦笑してしまう。

 

「戦後は国防大臣を任せることになるだろうが、いったいどうしたものかな……」


 良い働きをした者には報酬を、というのが組織として当然である。

 しかしながら、ヴェルナーは正直ちょっと働き過ぎであった。

 おかげで与えることができる報酬がない。


 私利私欲で行ったと本人は言っている満州の個人的な領有も、列強諸国にとっては利益となっている上、特に日本に対しては大きな恩を売ることになった。

 ロシアがもし万が一、南下をしようとした場合、ロシア以外の列強諸国の利権とぶつかるのだ。

 何よりも、表面上は満州はヴェルナーの個人的な土地――貴族的な言い方をすれば彼の領地だ。

 各国の政財界に顔がきく彼が敵に回った恐ろしさは言うまでもない。


 そして、これらは日本にとって大きな防波堤となる。


 悩むシュトレーゼマンだったが、ドアがノックされた為にその思考を一時中断する。

 彼が入室の許可を出せば、入ってきたのは財務大臣のフォン・クロージクだった。


「何かあったのかね?」

「戦後の不況対策についての具体的なプランが纏まりましたので、その報告に」


 報告するクロージクから書類の束を受け取り、シュトレーゼマンはパラパラと眺める。

 おおよそ当初の予定に沿ったものであることに彼は満足気に頷きながら、問いかける。


「魔法使いの日本に対する支援や援助でどの程度の利益が見込めると思うか?」

「彼はこれまでと同じように結果を出してくれるかと」

「また彼への報酬で頭を悩ませなければならないのか……」

「他国からすれば贅沢な悩みです」


 だろうな、とシュトレーゼマンは笑いながら、壁に掛かった時計へと視線を向ける。

 時刻は9時を回っていた。

 日本との会談が始まっている頃だ。


「彼がどんな結果を出してくれるか、楽しみにして待つとしよう」









 マンシュタイン大将は1人、司令部の執務室にてコーヒーを飲んでいた。


「困ったものだな」


 彼は現状を一言で表現した。

 現在、マンシュタインは西方装甲軍集団所属の第2装甲軍を指揮している。


 西方装甲軍集団司令部の参謀から1年程で一気に昇進しているが、彼の同期であるグデーリアンをはじめとした多くの者がそうなっているので不思議なことではなかった。


 ともあれ、そんな彼が困ったと言っているのは第2装甲軍の行く手を阻むフランス軍の陣地だ。

 ここ1年ほどでただの丘陵地帯が教科書に載せたいくらいに見事な要塞と化していた。

 航空支援を頼めば爆撃機がピザの出前よろしくすぐに飛んできてくれるが、あいにくと内部をくり抜いて作った洞窟陣地であり、露出している部分はほとんど無い。


 大小爆撃機200機による事前爆撃と2時間に及ぶ砲撃を行って麾下の部隊を進出させたが、フランス軍の砲火が盛んであった為にただちにマンシュタインは後退させた。

 日露戦争の旅順戦を間近で見ていた彼は要塞攻略というものが難儀であることを知っており、その為に航空支援をアテにしていたのだが、フランス軍の回答は見事だった。

 


 攻撃を中止させて既に2時間が経過しており、参謀達は対策に駆けずり回っているが、かつて開発されていた超重列車砲でも持ってこない限り、生半可な火砲ではどうにもならなかった。


 また、同様の現象がほとんど全ての戦線で起きているらしく、持てる火砲と利用できる航空機を全て動員し、戦車を前に押したてて無理矢理突破を図っている部隊もあれば、マンシュタインのように一時攻撃を停止して解決策を模索している部隊もある。


 空軍は空軍で戦前より幾つもの種類の爆弾の開発を行っており、その中には地中貫通爆弾があったが、初期作戦能力を獲得するにはまだ時間が掛かった。

 現時点で空軍が持つもっとも強大な貫通能力を持つ爆弾はSc1000ヘルマンであったが、その貫通能力では不足していることは既に明らかであった。



「いっそのこと、対艦ミサイルや対地ミサイルでも使わせてもらうか?」


 ペーネミュンデでは戦艦の装甲をもぶち破るという、対艦ミサイルや地上目標を遠距離から撃破する為に対地ミサイルを開発していることを彼は知っていた。

 しかしながら、それが現実的ではないこともまた承知していた。


 彼の先輩である魔法使いに頼めば無理を通してくれるが、それでも日数は掛かる。

 何よりも戦場や輸送中に爆発事故でも起こしたら、それこそ大問題だ。


 そのとき、彼はあることに気がついた。


 戦艦のような強固な装甲をぶち抜ける威力を持った砲弾。

 それは戦艦の主砲弾に他ならない。


 そして、戦艦の主砲弾なら、世界最強の主砲弾をドイツ海軍は既に持っている筈だった。

 マンシュタインは執務室から足早に出、そのまま通信室へと向かう。


 急に現れたマンシュタインに通信室の室長は仰天するが、彼が落ち着くよりも前にマンシュタインは告げる。


「ただちに西方装甲軍集団のルントシュテット元帥宛に連絡を。洞窟陣地を抜く為、海軍の20インチ砲弾もしくは16インチ砲弾を空軍の爆撃機から落として欲しい、と」

 

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