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春の目覚め

独自設定・解釈あり。

まだ登場していない人物を出そうと思ったら、長くなり過ぎて無理だった\(^o^)/

 澄み渡る青空はまるで今日という日を祝福しているかのようだった。

 ヴィルヘルムスハーフェン港には大勢の観客達が詰めかけ、今か今かとそのときを待っていた。 


 湾岸に設けられた特設会場には既に多くの軍人や政治家が集まっている。


 そして、そこからはひっくり返って艦底を晒しているバイエルンが良く見えた。

 元々浅かったヴィルヘルムスハーフェン港は度重なる浚渫により、大型艦の通行にも支障が出ない程度に深くなっているのだが、どれだけ戦艦というものが巨大かよく分かる光景だった。


 バイエルンの周りには多数の工作艦が集まり、最終作業が行われているようだ。


 しかし、何よりも凄まじいのは港外にいる戦艦群だ。

 ドイツ海軍所属のヘルゴラント、オストフリースラントの2隻に加え、日本・イギリス・ロシア・イタリアの同盟国海軍の艨艟達が見事な陣形を組んでいた。

 張り切った海軍の連中が観艦式にしてしまおう、と企み、それを実現させてしまった。


 それらの中でも特に強大さを放っているのはイギリス海軍が就役させたキングジョージ5世級戦艦だ。

 国力に余裕があるイギリスは計画されていた4隻を同時起工、そしてほとんど間を置かずに竣工、就役させていた。

 

 それらの戦艦群の上空や周囲をドイツ海軍所属の哨戒艇、哨戒機が目を光らせている。

 もはや二度とやられてなるものか、そういう声が聞こえてきそうだ。

 



「しかし、レーダーめ。年甲斐もなくはしゃいで……」


 ヴェルナーはそう呟いた。

 レーダーは大海艦隊旗艦であるバーデンに座乗し、今回の式典に出席することになっている。

 そもそも彼が大海艦隊の司令官であるから、そうするのが当然なのだが、そのはしゃぎっぷりが凄かった。


「……人のことは言えないだろう」


 横に座るヒトラーがそう告げた。

 彼のもっともな指摘にヴェルナーは聞こえない振りをする。

 ヴェルナーが新型機とかそういうのに目がないことは誰も彼もが知っていることだ。



 そんなとき、会場の一角からざわめきが聞こえてきた。

 政治家や軍高官しかいない会場で、そのような声を挙げさせる者は唯の1人しかいない。


 ヴェルナーとヒトラーがそちらへ視線を向ければシュトレーゼマンを伴い、ヴィルヘルム2世がゆっくりと用意された席に座った。


 ヴェルナーが時計を見ればあと少しで予定時間だ。


「船が離れていくぞ」


 ヒトラーの言葉に視線を海上へと戻せば、1隻、また1隻と工作艦がバイエルンから離れていく。


「どうやって引き上げるんだ?」


 ヒトラーの問いであったが、さすがのヴェルナーも詳しいサルベージ方法は知らない。


「破孔を塞いで、排水して浮かび上がらせるんじゃないか?」

「そんなに簡単なものなのか?」

「言うのは簡単だが、実際にやるのは難しいというやつなのだろう」


 そうこうしているうちに、会場内にいる海軍軍楽隊が演奏を始めた。


 明るい曲調の行進曲――ドイツ旗の歌だ。


 瞬間、その場にいた全ての者達は目撃した。


「バイエルンが……」


 響く誰かの声。

 ゆっくりとだが、確実にその完全にひっくり返った状態から、徐々に傾斜を復元しつつあった。

 一気に排水しないのは予想外の事故を起こさない為なのだろう。


 まるで映画のワンシーンのように現実感が無かった。

 

 そして、バイエルンの艦橋や主砲塔が浮かび上がってくる。

 その際、残されていた海水がバイエルンのあちこちから流れ出る様子はある種の神聖さすらも持っているようにヴェルナーには感じた。


 そこからは一気に浮上が加速する。

 同時に音楽が変わった。


 ドイツ旗の歌からプロイセンの栄光へ。


 ヴィルヘルム2世はゆっくりと立ち上がり、バイエルンへと敬礼を送った。


 会場内にいた全ての軍人達――ヴェルナーも当然含む――は遅れじと、椅子から立ち上がり、完全にその姿を露わにしたバイエルンへと敬礼を送る。

 またヒトラーら政治家や政府高官達も立ち上がり、直立不動の姿勢でもってバイエルンを迎える。


 国家の象徴たる戦艦――ドイツが初めて建造した16インチ砲戦艦のバイエルンは特に象徴としての傾向が強い。

 蘇ったバイエルンの姿は居並ぶ者達の心に働きかけてくる。


 数隻のタグボートがバイエルンに近づき、ゆっくりと彼女を横へと押していく。

 その最中、轟音が海上より響き渡った。


 そして、それは途絶えることなく次々と響き渡る。


 ドイツ海軍のヘルゴラント級2隻は勿論のこと、イギリス・日本・ロシア・イタリアの戦艦群がバイエルンの復活を祝い、祝砲を撃ち始めたのだ。

 

 数十門にも及ぶ16インチ砲の発射は見る者を圧倒する。


 やがてバイエルンが完全に港口から退くと、待ってましたとばかりに大海艦隊の艦艇が続々と出てきた。


 曲はプロイセンの栄光から変化し、キールに敬礼となる。


 軽やかなメロディに合わせて露払いの駆逐艦、彼らを統率する巡洋艦、そしてバイエルン級の3隻の戦艦が続々とヴィルヘルムスハーフェン港から出てきた。

 どの艦艇にも手すきの水兵達が甲板上に並び、こちらに向かって敬礼をしているのが遠目に見えた。


 バーデンにはレーダーがいる筈だが、さすがにこの距離からではさっぱり分からなかった。

 だが、ヴェルナーには彼がにんまりと笑っている光景が容易に想像がついた。


「しばらくレーダーには近寄りたくはないな」


 ヴェルナーはやれやれ、と溜息を吐きながら、1週間で全ての試験を海軍の艦艇が終えることを思い出す。


「まさか実戦が最高の試験です、とか言う気じゃないだろうな」


 今のレーダーなら不具合があっても、無理をして作戦に参加させようとするかもしれない。


「しかし、こうしてみると戦艦は良いものだな」


 ヒトラーの言葉にヴェルナーは頷く。


「問題は何をするにもカネが掛かることだ。人員の削減を考慮する必要があるだろう」

「自動化を発展させる為にもカネが必要だ」


 ヒトラーの言葉にヴェルナーが返す。

 その返事にヒトラーは当然、と頷きつつ、言葉を続ける。


「あと少し……だな」


 ヒトラーの言うことをヴェルナーは正確に理解した。

 今日から1週間後に海軍を主力とする陽動作戦――ツェルベルス作戦が始まり、そこから数日後に春の目覚めが開始される予定だった。


「何も問題はないだろう。いつもと同じ日常の延長で、誰も彼もがその時を迎えることになる」


 ヴェルナーはそう告げたのだった。





















 1931年3月15日――


 ケッセルリンクは司令部から外に出、暖機運転を行なっている攻撃機の群れを見た後、視線を自らの腕時計へと向ける。

 時刻は午前5時25分。

 日の出は午前6時20分だが、既に空は白み始めている。

 攻撃隊の発進開始は5時40分からであり、幾つもある滑走路から次々と航空機が上がり、基地上空で編隊を組んで攻撃目標に向かうことになっている。

 とはいえ、攻撃目標と基地の距離から考えれば道中の飛行よりも、編隊を組む方に時間が掛かることになるのが予想されていた。


「長かった冬は今日で終わりだ」


 ケッセルリンクの呟きは様々な機体のエンジン音によって掻き消された。

 

 そのとき、士官が駆け寄ってくるのにケッセルリンクが気がつく。

 士官は彼の前で敬礼をし、その手に持っていた電文をケッセルリンクへ差し出す。

 ケッセルリンクは首を傾げながらも、その電文に目を通せば微笑みよりも深い笑みを浮かべた。


「飛び立つ前に、魔法使いからの激励を伝えねばな」

  

 ケッセルリンクが時計を見ると30分を指していた。

 パイロット達はまだ待機所にいる筈だった。




 

 ケッセルリンクが駆け足でカマボコ型の大きな格納庫のような見た目の待機所へ向かうと、そこには大勢のパイロット達が思い思いに過ごしていた。

 作戦開始直前というのに過度な緊張を抱いている者はいないようだった。


「か、閣下!?」


 ケッセルリンクの姿に気がついた1人の若いパイロットの上げた声に、他の者達も気づき、慌てて姿勢を整えて敬礼する者が続出した。

 

 そんな彼らにケッセルリンクは渾名とされる微笑みを浮かべながら、ゆっくりと待機所の奥へと向かう。

 最奥には飛行長が作戦を説明する為に使用するマイクなどが置かれており、ケッセルリンクはマイクを持った。

 気を利かせ、近くにいたパイロットが電源を入れるとケッセルリンクは彼に礼を述べ、ゆっくりとパイロット達を見渡した。


 彼らはその多くが実戦経験が無い。

 だが、彼らは十分に訓練を積んでおり、送り出すことに不安は無い。


「諸君、私はたった今、空軍の総責任者であるルントシュテット元帥より、激励を受け取った」


 そこでケッセルリンクは言葉を切り、一拍の間を置いた後に告げる。


 彼が告げた言葉は――













「ラインへ、ドイツのラインへ、大河の護りとならんとするは誰ぞ……か」


 フランス陸軍中央通信局に勤務するアンジェ少佐はそう呟き、自らの執務室で背伸びをして体をほぐした。


 

 今日の天気は晴れのようで、空は青く、太陽は地上をよく照らしている。


 しかし、アンジェの気持ちはその天候とは裏腹に暗澹たるものだった。


 ここ1ヶ月で傍受されたドイツ軍をはじめとした各国軍の無線通信、その量は前月と比較して急激に増大しており、何かしらの大作戦が間近に迫っていると予見されている。

 

 おまけに前線部隊からの報告ではドイツ軍は今もなお兵力を増強中であり、続々と部隊が集結しているらしかった。

 そして、今まで傍受した様々な通信のうち、師団クラスと思われる部隊符号は陸軍だけでも100を超えている。

 空軍に至っては200を超える有様であり、ドイツという国家の底力を考えるとあながち欺瞞はなく、全てが実在する部隊ではないか、と思えてきてしまう。


 そして、つい数日前にはドイツ海軍が誇る大海艦隊の主力が作戦行動に就いた、ということが判明していた。

 

 その矢先、2時間程前にベルリンから発せられた一文――ラインの護りの一節。

 フランス軍が使ったヴェルレーヌのように、間近までその反撃は迫っている、とアンジェは判断し、警報を発したのは1時間前のこと。

 彼が壁時計を見れば時刻は午前7時22分を回ったところだった。



 そのとき、扉が叩かれた。

 アンジェが許可を出すと、入ってきたのは総合通信部の部長だった。

 無線傍受部などとあからさまに表記する訳にはいかないので、一見それと分からないように偽装されている。


 彼は敬礼もそこそこに口走る。


「前線にてドイツ軍の通信が急増しました!」


 アンジェは来るべきものがきた、と直感するが、既に警報を出している以上、できることは敵軍の意図を無線傍受から分析することくらいだ。


「幽霊部隊と実在部隊の仕分け、敵軍の目標の割り出し……やれることは全てやるんだ。前線部隊と同じように、我々も死力を尽くさねばならない。まだ、我々は負けてはいないのだから」


 彼の言葉に部長は敬礼し、部屋を駆け足で出て行った。

 静寂の訪れた執務室でアンジェは呟く。


「ミーミルか……その場所を特定できたのは僥倖というしかない」


 アンジェが言う通りに特定できたのは幸運としか言い様がなかった。

 頻繁にその単語自体は通信には出てきており、燃料や弾薬などがそこに集まっていることから主要な補給基地と判断はできた。

 とはいえ、その具体的な場所が全く分からなかった。


 しかし、ここで解決の糸口となったのは軍用通信ではなく、民間ラジオだった。

 ジーゲンから北へ50km程のところにある、グレーヴェンプリュックで軍の移動に伴う交通渋滞が起きているらしく、交通事故の注意を呼びかけると共に迂回をラジオは呼びかけていた。


 そして、決定的となったのはとある部隊が発した通信だった。

 ミーミル付近で午前10時頃に交通事故があり、到着が遅れるというもの。

 アンジェらはただちにその時刻でグレーヴェンプリュックに交通事故が起きたかどうかを調べてみると、ラジオニュースでグレーヴェンプリュックで交通事故が起きたことを伝え、交通事故の注意を呼びかけていた。


 割り出した後は速かった。

 ただちに空軍がドイツ側の反撃作戦を頓挫させる作戦が立案し、慎重にその準備が進められた。

 幸いにも位置が判明したのは11月であり、時間は十分にあった。



 










「とんでもない数だな」


 呆れたように、エルンスト・ステーン少尉は呟いた。

 彼はつい最近、士官学校を出、今回の作戦に参加することになった。

 

『落ち着いて訓練通りにやれば良い』


 緊張していると思ったらしい、中隊長がかけてくれた言葉にステーンは応じつつも、自分があんまり緊張していないことに苦笑してしまう。


 彼の愛機は双発攻撃機ということで横旋回はよろしくはない。

 だが、操作性能としては強い癖もなく、また機体自体の頑丈さから多少の無茶をしても大丈夫であることが新米少尉である彼にとっては頼もしい。


『小隊長殿、こんだけ味方がいて緊張してるんですか?』


 からかうような口調で言ってきたのは2番機を務めるベテランのバイラー伍長だ。


「いや、緊張はしていないね。前後左右、どこを見回しても味方ばかりだからな」


 ステーンの言葉通り、彼の属する第2地上攻撃航空団はクロイツタール空軍基地から出撃していた。

 クロイツタールからは他にも戦闘爆撃機部隊や攻撃機部隊が全力出撃しており、その総数は数百機にも達する。


 そして、前線とは文字通り目と鼻の先だ。

 再出撃を1日のうちに何回するか、ということは部隊内で賭けの対象となっていた。


 ステーンらの属する航空団が目指す目標はクロイツタールから僅か20km程しか離れていない、フロデンベルク近郊のブリッタースハーゲナ―川の西岸に陣取る敵軍への地上攻撃だ。


 そのとき、ステーンの耳にラインの護りの歌声が飛び込んできた。

 誰かが歌っているらしいが、誰も注意するものはいない。


 ステーンは出撃前、ケッセルリンク大将が言っていた、ルントシュテット元帥からの言葉を思い出すが、回想に耽るような時間は無い。

 

『そろそろ攻撃地点だ。全員、落ちるなよ』


 中隊長の言葉にステーンは肩を竦める。

 移動距離よりも、基地上空で僚機を待っていた時間の方が遥かに長かった。


『一番槍はヤーボ達に譲ってやろう』


 中隊長の指示は予定通りのものであった。

 そもそも戦車をはじめとした装甲車両の破壊を目的として作られたこの攻撃機――A(=angriff)5は森林地帯に隠れた敵をあぶり出すような装備や高精度な照準装置は持っていない。

 爆弾なり何なりで木々を薙ぎ払い、敵を丸裸にしてもらわないと貴重な弾丸を無駄遣いして終わってしまう。

 

 ステーンが見れば一緒にやってきていたJB21が次々に緩行下していき、爆弾を手当たり次第に投下していく。

 往復しても40km程度。

 故に、戦闘爆撃機や爆撃機は燃料の搭載量を減らし、爆弾を目一杯に積み込んでいた。

 

 地上で次々に爆弾が炸裂していき、美しい森林地帯を荒野に、穏やかで澄んだ川を泥の混じった濁流へと変えていく。

 

『おかしいな……』


 バイラー伍長の声にステーンもまた違和感を覚えた。


『敵の反撃がない』


 中隊長の声にステーンは納得した。

 いくらフランス軍がこちらの戦略爆撃によって疲弊しているとはいえ、対空砲を1つも前線に配備していないのはおかしい。


『攻撃隊全機へ、何が起こるか分からない。敵機の低空奇襲を警戒しつつ、より西のツム・シュテッカー・ホーフの敵陣を叩け』


 管制機からの指示に次々と低空に舞い降りていた戦闘爆撃機達が高度を上げていく。

 既に爆弾を投下し終えた機はそのまま護衛任務に就くことになっている為、基地へと引き返す機はいない。


「どういうことだ?」


 ステーンは勿論、攻撃隊の全てのパイロット達は首を傾げながら、管制機の指示通りに西にある小さな町、ツム・シュテッカー・ホーフへ向かった。


 

 





 しかし、ツム・シュテッカー・ホーフにも敵の姿は全く見えなかった。

 あったのは巧妙に作られた戦車の模型や人形などが置かれた陣地らしきものであり、他には多数の地雷をはじめとしたトラップしかなかった。






「……つまり、我々は一杯食わされた、と?」


 ベルリン宮殿にて開かれた国防会議の席上でヴェルナーは諸々の報告を一言にまとめた。


 元帥昇進に伴い、ファルケンハインに代わって空軍の代表として国防会議に出席するようになっていたヴェルナーは今回の一件に溜息を吐きたかった。


「弾薬と燃料を浪費した、と見ればよろしくはないが、将兵をほとんど失わなかったと見ればプラスの方が大きいだろう。訓練された軍人はカネでは買えん」


 ヴェルナーはゼークト元帥の言葉に頷いてみせる。


 結論から言うと、攻撃を仕掛けたほぼ全ての戦域において、フランス軍は存在しなかった。

 そうであるが故に、トラップや地雷で若干の被害――とはいえ、死者や重傷者はおらず、軽傷者のみ――を出しながらも、一番前進できたところではジーゲンからベッツドルフまでの20km程。



 対して、膠着状態である場所がエッセン近郊のデュイスブルクだ。


 市街地であることと、ライン川の支流が多いこともあって敵も味方も建物の1つ1つを要塞化しており、数m進んでは数m撤退するということを互いに繰り返していた。

 速度の犠牲を前提に増加装甲を取り付けた市街戦用に改修を施した四号戦車を投入したことで少しずつではあるが、市街に入り込んでいるフランス軍を駆逐し始めている。

 

 だが、ドイツ側の被害も多い。

 物陰から火炎瓶や手榴弾を投擲されたり、地雷があったり、あるいは有線・無線式のIED(=即席爆発装置)まである始末であった。

 

 しかも、そのIEDに使われるのがドイツ製の圧力鍋というのだから堪らない。

 

「事前の偵察に不備はなかったのか?」


 シェーア元帥の言葉にヴェルナーは首を左右に振り、答える。


「事前に、それこそ何ヶ月も前から幾度も偵察機を繰り出していた。情報省からの情報提供もあったが、それらは兵力の増強を意味していた。後方に、フランス本国に戻ったという報告は聞いていない」


 情報省からの情報には占領地のドイツ国民から提供された情報も含まれている。

 現地の状況を伝えてくれる彼らの情報は何よりも有り難いものであったが、彼らは専門の教育を受けた者ではない為、伝えられる情報は断片的でなおかつ、大雑把なものだ。


 しかし、それらを分析しても、前線からフランス軍が撤退したという報告はまったくない。

 とすると、違和感を出させない程度に自ら下がることで戦線を整理し、強固な陣地を築いて待ち構えていると考える方が自然だった。

 そもそも、ジーゲンからベッツドルフまでの区間は開戦初期のフランス軍の攻勢作戦前、ドイツ軍によって迅速に、そして半ば強引的な住民の避難を行っており、住民からの情報提供はなかった。

 他の地区においても避難できるところは避難されており、それは同様であった。



 ヴェルナーの脳裏には史実の硫黄島や沖縄がよぎった。

 火砲も戦車も航空機も比較にならない程に史実とは発達しているとはいえ、硫黄島や沖縄の如く、地下陣地でも作られてそこに篭もられたら生半可な砲爆撃ではどうにもならない。

 生半可ではない攻撃をすれば良いのだが、さすがに自国の領土内で余りにもやり過ぎると、後々面倒なことになる。

 特にヒトラーからグチグチと言われるのでそれは勘弁願いたい。


「不備はなかったが、精度を上げる必要はあった。従来のやり方では戦車の模型やら人形やらに簡単に騙される。ましてやそれが森林地帯ならばなおさらだ。既に対策チームを立ち上げ、改善に乗り出している」


 ヴェルナーの言葉にゼークトとシェーアは頷く。


「空軍は今回の件で今後の作戦行動に支障があるか?」


 ゼークトの問いにヴェルナーは否定し、告げる。


「我々が用意した燃料と弾薬、その他の物資は膨大だ。敵の爆撃機に焼き払われない限り、空軍は必要なときに必要なだけ陸軍の支援を行える。勿論、我々が先手を打って敵の陣地を叩くこともできる……とはいえ、相手となるフランス空軍の行動は低調だ」


 ゼークトはその答えに頷きながら、問いかける。


「敵には新型機が出始めていると聞いているが?」

「全く問題はない。我々が1年前に通った道をようやく彼らは通っているに過ぎない」


 はっきりとヴェルナーは答える。

 確かに去年の夏辺りから新型爆撃機が、年末辺りから新型戦闘機がフランス側にぽつぽつと出始めているが、質・量の両面でドイツ側は圧倒的に上回っていた。

 スペックどころか、その生産数や生産工場すらも情報省から情報提供があった為、ドイツ空軍の戦略爆撃部隊は容赦なく叩いていた。


 その答えに安心しつつも、ゼークトは更に問いかける。


「予定では敵陣地を叩いた後に大規模な増援防止の為に後方のインフラを叩く予定であったが、当初の通りにやるのか?」


 ヴェルナーは暫し考える。

 参謀本部から今回の肩透かしの後、3つのプランが提案されていた。

 それは当初の予定通りに敵陣地を徹底的に叩く案ともう一つがまず後方のインフラを叩いた後に敵を直接叩く案、そして3つ目はそれらを同時に攻撃していく案だ。


 ファルケンハインはどちらを実行するかをヴェルナーに任せていた。

 参謀本部としてはどれに転んでも十分に成果を出せると判断をしていたからだ。


「時間的余裕はこちらにも、そしてあちらにもあった。地下陣地を構築し、そこに弾薬を貯めこむには十分過ぎる時間だ。故に、フランス側は本国防衛に支障が出ない、ぎりぎりのところまで我々の正面に兵力を持ってきている可能性が高い。予備兵力は多少はあるだろうが、それはあくまで多少であって同時多発的に突破された戦線の穴埋めをできる程ではない」


 ヴェルナーの言葉は現状を確認するものであり、その認識についてゼークトもシェーアも頷く。

 その様子を見つつ、ヴェルナーは告げる。


「後方の道路などのインフラを叩く部隊と直接敵陣を叩く部隊の2つに分け叩きたいと思う。その作戦自体は参謀本部から提案されており、すぐにでも実行可能だ」


 ヴェルナーの答えにゼークトが頷いたところで今度はヴェルナーが彼に問いかけた。


「降下猟兵の投入時期は予定通りか?」

「3日以内に予定された進撃速度が確保されていなければ延期する。虎の子を敵中で長期間孤立させる訳にはいかない……空軍の輸送機で装甲師団を根こそぎ送り込めれば良いのだが」


 ゼークトの言葉にヴェルナーは苦笑した。


 四号戦車の重量は45トンにも達する。

 輸送機から降下させるのではなく、滑走路に着陸してから戦車を下ろすにしても、そもそも45トンもの重量物を搭載して離陸できる機体がない。

 とはいえ、ジェットエンジンやターボプロップエンジンを使用した四発以上の大型輸送機に関しては着々とその開発・実験が進んでおり、近い将来においては可能になりそうなことであった。


 しかし、今はまだ絵に描いた餅に過ぎない為、ゼークトとしても諦めざるを得ない。

 一応の代替兵器として、装輪装甲車や歩兵戦闘車などの比較的軽量な装甲車両を降下猟兵には配備している。

 彼らは空挺降下ではなく、輸送機で強行着陸して前線に展開する役割を担っていた。



 陸と空の話が落ち着いたところでシェーアが口を開く。


「海軍としては特に修正なく、明日の夜明けから沿岸部に艦砲射撃を加えていく。不安要素としては空襲と潜水艦くらいなものだ。主力艦に関しては細かな不具合こそ出たが、致命的な不具合は出ていない」


 そう言うシェーアだったが、心配しているようには見えなかった。

 イギリス海軍の戦艦も参加する今回の作戦に関しては特にイギリスが張り切っており、イギリス空軍が上空援護の役割を負っている。

 イギリス空軍は常時十分な数の戦闘機を艦隊に張り付けることを約束していた。



「この状況を引っくり返すには補給基地を潰し、こちらの進軍を停滞させた上で航空支援と共に戦車で乗り込むのがもっとも良い。フランスが海軍の陽動に引っかかってくれれば良いが……」


 ゼークトの言葉に頷きながら、ヴェルナーは壁に掛かった時計を見る。

 時刻は13時を回ったところだ。


「時間は有限だ。我々がこうしている間にも、敵は攻撃を仕掛けてくるかもしれない。ただちに決定通りに攻撃を開始した方が良いと思う……無論奇襲を警戒した上で」


 ヴェルナーの言葉に異を唱える者はいなかった。


 だが、フランス軍はヴェルナーらが考えているよりも遥かに迅速であった。
















「中々難しい注文を出してくれたものだ」


 ベルラン少佐はコックピットでそうボヤいた。

 かつてベルリンを強襲した栄光あるフランス空軍であったが、その実態はドイツ空軍の攻撃により基地や工場を襲われ、稼働機も生産数も低下し続けている。

 幸いにも、ベルランをはじめとした爆撃機乗り達は去年暮れのドイツ側の大空襲以降、攻勢に出るような間がなく、地中海沿岸の比較的安全な基地に機体と共に避難し、待機と訓練の繰り返しであった。

 その間、ベルランはベルリン強襲の戦功を称えられて少佐になっていたが、大してやることに変わりはなかった。


 おかげで配備された新型機に慣れることはできたが、それでも宝の持ち腐れであることに変わりはない。


 

 そんな彼ら爆撃機乗り達がようやく受けた任務は困難極まりないものであった。


「損害を抑えて、敵の物資集積所を破壊しろ……ですか。ドイツ空軍は少数でも厄介なことは去年、味わったのに……」


 溜息混じりにそう言うのは副操縦士のルーカだった。


「まあ、Br482よりももっと高速で高高度を飛べるのは有り難い。爆撃時は高度を下げるからあまり意味はないかもしれんが……」


 ベルランらの乗機はダッソーDa220――

 ダッソー社が送り出した四発の大型爆撃機であり、ようやく実用化がなったグノームローン社製の1800馬力クラスの空冷18気筒エンジンを搭載し、高度11000mを5トンの爆弾を搭載して時速511kmで飛行することができた。

 また液冷エンジンにおいても12気筒エンジンを無理矢理チューンして1800馬力クラスを発揮できるようになってきており――ただし、エンジン寿命は130時間程度――それを搭載した新型戦闘機VG53も順次配備されつつあった。


 しかし、悔しいことにドイツ側にそれらを察知され、集中的にその生産工場を叩かれていた。

 四発爆撃機の保有数はフランス空軍の書類上では300機近くあるのだが、稼働機は200機程度、そのうちDa220は60機程度だった。

 双発機・単発機にまで範囲を広げても、生産の優先順位から爆撃機の生産数はあまり伸びておらず、1000機を超えるかどうかギリギリのところだ。

 

 今回は虎の子のDa220が50機とその護衛にVG53が60機。

 そして、頼みの綱であるVG53はようやく実用化した大馬力液冷エンジン、VG42を戦訓などを取り入れて改修したものだ。

 最高速度こそドイツ側の主力機に劣る時速733kmであったが、それでもVG42と比較して旋回性能などをはじめとして多くの面で上回っていた。



 ドイツ空軍の空を覆い尽くす程の編隊と比較すれば見劣りがするが、それでも恐るべき戦力であった。


「全く、少佐になったと思ったらこんな作戦の指揮官か。戦争が終わったら、退役してワインでも作って逝ったブノワに供えてやるか」

「再就職先として、自分も雇用してください。実家は農家なんですよ。ただ、三男なので気楽なもんです」


 ルーカの言葉にベルランは笑いながら、告げる。


「まずは作戦を生き残ってからだ。まあ大丈夫、どうにか生きて帰れるさ」

「そろそろケルンです!」


 そのとき、航法士からの声が響いた。



 フランスを南から北へ縦断し、フランス軍の占領下にあるルクセンブルクを通過しつつ、ベルギー寄りに飛ぶことで航路を欺瞞したが、ここからが本番だった。


 ケルンから目的地であるグレーヴェンプリュックまで僅か100km。

 しかし、最大速度で飛行するにしても約12分掛かる計算になるが、あいにくと自然条件などにより常に最大速度を出せるわけではない。

 実際には20分は掛かると見積もられていた。


 ドイツ空軍がすぐにでも上がってくるだろうことは想像に難くなかった。













 異変を察知したのは第504早期警戒航空団に属するFK44だった。

 その機は護衛機であるTa152の1個小隊を従えて高度9500mという高空に陣取り、前線空域の監視を行っていた。


「複数の光点がケルン方面より複数、東へ向かってきます。IFFに反応無し」


 オペレーターの報告にすぐさま管制官は近隣の空軍基地に警報を発令するよう指示。

 直後、敵の予想進路が航法士によって割り出された。


 グレーヴェンプリュックに一直線であることを知らされるや否や、管制官は最高レベルの警戒態勢を取るように要請する赤色警報を空軍だけでなく西方装甲軍集団に対して発令した。












「急げ急げ急げ!」


 顔馴染みの整備員の急かす声と共に、ヴィルケは愛機であるJF30に乗り込んだ。

 彼はこういうことを予期していた魔法使いに舌を巻くしかなかった。

 

 横を見れば長い付き合いであるリュッツォウが同じように乗り込んだところだった。


 対して、滑走路を見れば緊急出撃態勢にあった2個中隊――Ta152が次々と離陸しているのが見える。

 他の基地からも上がっていることを考えると、100機程度の敵に対して、2、300機の戦闘機が襲いかかることになる。


 こりゃ俺達の出番はないか、とヴィルケは思いつつも管制塔の誘導に従って、自分の順番が来るのを待つ。

 彼が属するのはJG66のメビウス中隊。

 その第1小隊の3番機を務めており、リュッツォウは4番機だった。


『全員、燕での初めての実戦だ。緊張し過ぎて追い越してしまわないように』


 メビウス中隊の中隊長であり、第1小隊の小隊長でもあるガーランド大尉の声に笑い声が無線から聞こえてきた。

 

 当初、JF30に愛称はつけられていなかった。

 だが、ガーランドをはじめとした多くのパイロット達は天使が押してくれているかのような、この機体に対してシュワルペ(=燕)と名づけていた。

 そして、それを聞きつけたヴェルナーがそのまま正式名称としてしまった、という顛末がある。


『怖気づいて遅れるなよ、食い放題だ』


 そう勇ましく告げてきたのはガルム中隊の中隊長のメルダース大尉だった。

 ヴィルケはこのオールスターチームに苦笑するしかない。

 

 ドイツは空軍という比較的目に見えた戦果を上げやすい新しい軍ができたことで従来の勲章制度内に騎士十字章という新しい勲章を設けている。

 また同じように空軍の規定では5機以上の敵機を撃墜した者をエースと認定する制度もあり、騎士十字章を受賞する基準は基本的に敵機を5機撃墜に定められている。


 そして、そのエース認定を受け、騎士十字章を受賞者がこのJG66の大半を占めており、おそらくは最初で最後の、最高にして最強の戦闘航空団であった。


 そのとき、管制塔からメビウス中隊に滑走路進入許可の指示が下りた。


 どうやら他の連中よりも優先してJG66を空へと上げてくれるらしい――そうヴィルケは思いつつも、何度か会ったことがある魔法使いことヴェルナーの顔が浮かんできた。

 こうするようにしたのは絶対に魔法使いの手回しがあった筈だ、と彼は確信する。


『メビウス隊、上がるぞ』


 ガーランドはそう言い、ゆっくりとその機体を動かし始めた。

 垂直尾翼に描かれた部隊マーク――メビウスの輪をイメージした青いリボン――が日光に照らされ、よく映えていた。


『ベルリン空襲を思い出すな。あの時、シュワルペがあれば良かったんだが……』


 テストパイロットからJG66に引き抜かれ、第1小隊の2番機を務めるシュタインホフ中尉はそんなことを言いながら、滑走路へと進入していった。


 ヴィルケはシュタインホフ中尉に続いて、機体を動かしていく。


「もう一発も落とさせない。その為の俺達だ」












 メスリー中尉は愛機であるVG53を操りながら、高度11000mの高高度を飛行していた。

 その眼下には巨大なDa220が編隊を組んで飛んでいる。

 目的地まで目前と迫っており、ゆっくりと爆撃隊は降下を開始していた。


 しかし、その飛行は順調とは言い難い。

 あちこちで黒い花火が咲き誇り、その炸裂による振動や破片が当たるなどして機体が揺さぶられ、嫌な音が聞こえてきたりしているからだった。

 その密度は濃いが、幸いなことに脱落する機は今のところない。


 VG53は燃料的な問題からDa220に最初から帯同しておらず、イル・ド・フランスに設けられた急造の飛行場から出撃し、途中で合流を果たしていた。


『嫌な時間だ』


 2番機を務めるグローンの言葉は今ここにいる全てのパイロット達の心情を代弁していた。

 敵機が出てきてくれた方が精神的には楽だった。


「ドイツ軍はレーダーを積んだ航空機で警戒・監視をしているらしいが、中々出てこないな」


 メスリーがそう言った直後――聞きなれない甲高い音が聞こえてきた。

 それから数秒と経たたないうちに、悲鳴染みた叫びが無線に響き渡る。

 

『敵機12時上方!』

『タンクを落とせ!』


 指示が出るや否や、メスリーをはじめとした全ての護衛機達はほとんど空となった落下増槽を投棄。


 その間にも敵は猛烈な勢いで近づいてくる。


 しかし、歴戦のメスリーは極めて落ち着いていた。

 ドイツ人がこちらの予想を上回るものを繰り出してくるのは彼からしてみれば当然のことだった。


「どんなに速くても旋回中は速度が落ちる。それを狙おう」


 メスリーの判断は至極常識的なものであったが、残念なことに彼の敵は世界一般の常識という範疇から逸脱していた。


 最初はケシ粒程の大きさであった敵機はどんどん大きくなっている。

 その速さはこれまでのドイツ軍機の比ではない。


 甘く見積もっても時速にして100kmは敵が速く、みるみるうちに近づいてくる。


 そして、高度も目測で500mは相手が上であり、数も40機はいそうだ。

 ところが、敵機はこちらに気づいていないのか、降下してくる様子がない。

 Da220は1機あたり13mm機銃を10丁装備しているが、彼らが防御砲火を張っていないのはその可能性を考えているらしかった。


 そのまま通り過ぎてくれ、と。

 

 その願いが届いたのか、敵機は確かに通り過ぎていった。

 だが、そこからが悪夢の始まりだった。


『敵機が緩行下してくる。後方に食いつかれたが、距離を調整しているようだ。何がしたいんだ?』


 編隊後方のDa220からの無線にメスリーも首を傾げた。

 気づかれてはいるが、敵が踏み込んでくる様子がない。


 普通ならば圧倒的な速度差を活かして、後ろから一撃を加えて離脱すれば良いのだ。


 何かされてからでは遅い、と編隊後方に位置するDa220が防御砲火を張り始め、また護衛機の半分程が敵機に向かっていく。

 メスリーの小隊に迎撃指示は出されない為、そのまま定位置で事態の推移を見守ることになったのだが、そのときだった――


『敵が撃ってきた! ロケット弾だ!』


 その通信を皮切りに、次々と爆発音が大空に響き渡る。


『迎撃しろ! 全力で敵を叩け!』


 同時に中隊長の指示。

 メスリーはすぐさま機首を翻し、後方へと向かう。

 後ろを振り返る必要はなかった。

 彼の2番機のグローンをはじめ、その列機は歴戦の猛者揃いだ。

 遅れるような者はいない。


 メスリー達はすぐに後方へと辿り着き、そこで惨劇を目の当たりにした。

 敵機はロケット弾を撃ち尽くしたのか、一撃離脱を繰り返している。

 これまでなら急降下すればどうにか逃げられたが、今回はあっという間にVG53が追いつかれて叩き落とされていた。


 そこに、更なる絶望が舞い降りる。


『敵機来襲! 3時方向! 数、20以上!』

『新たな敵、10時方向より! 40以上!』


 次々と敵の増援だ。


 メスリーは機体を操りながら、混沌とした戦場を見る。

 爆撃機は最優先で叩かれたらしく、20機程しか残っていない。

 そして、護衛機である筈のVG53すらもメスリーらを含めて半分程に減っている。

 戦闘開始から10分も経っておらず、目的地は目前。

 しかし、肝心の爆撃機はこのままでは投弾開始前に全機撃墜されそうだ。


『作戦中止! 作戦中止! 全機、撤退! 撤退だ! 損傷が酷い場合は脱出しろ! 命を捨てるな!』


 脱出はドイツ軍の捕虜になることを意味するが、作戦指揮官のベルラン少佐はそんなことよりも個々のパイロットやクルーの命を優先した。


「爆撃隊を援護する!」


 メスリーはそう告げるや否や、次々と爆弾を投棄して機体を旋回させるDa220を援護すべく、敵機に立ち向かう。

 相手は4機のJF30――シュワルペだった。


 あまりの高速に目が眩みそうになるが、ロケット弾が無ければ敵にあるのは同程度の射程を備えた機関砲のみ。

 急降下で追いつかれるならば、旋回して回避するしかない。


「急降下は指示あるまでやるな。横旋回が正しい逃げ方だ」


 そう彼は指示を出す。

 明確に観察したわけではないが、どうも敵機は真っ直ぐに突っ込んで急降下で逃げて、また上昇するという教科書通りの一撃離脱戦法しか行っていないように彼には思えた。

 Ta152などの従来のドイツ空軍機ならば格闘戦においても優れた性能を発揮する為、一撃離脱を基本としながらも、柔軟に格闘戦に切り替えていた。


 その為、メスリーは教科書通りにしかやらないのは何かしらの理由があるのではないか、と直感していた。




 その直感は正しかった。

 


 急速に接近するJF30を前にメスリーは縦旋回ではなく、横旋回でもって逃げる。

 すると、敵は旋回することなく、急降下していき、再び上昇を――その上昇力すらもVG53とは比較にならない程に速かったが――してきた。

 メスリーはその隙を見逃さず、下から突き上げてくる形のJF30に正面から戦いを挑む。


 あっという間に迫り来るJF30に対し、VG42から引き継がれている――ただし、13mm機銃は重量の関係から半分に減らされている――20mm機関砲と13mm機銃を連射するが、当たらない。


 そのままJF30は上に、メスリーらのVG53は下へと抜けていった。


 メスリーは再び上昇に転じようと指示を出そうとしたところで、2番機のグローンが告げる。


『メスリー、上に味方が残っていない』


 その言葉は暗にこれ以上の戦いは無駄であることを告げていた。

 それを察したメスリーは答える。


「このまま離脱する。低空から逃げよう」


 メスリーの判断は妥当なものであった。

 







 フランス軍は空において、またしてもドイツに敗れた。

 だが、それはこれまでと同じことだった。


 故に、フランス陸軍の想定は制空権を完全喪失した状態での地上戦。

 彼らは時間を利用し、ドイツ側の予想通りに生半可な砲爆撃ではどうにもならない、地下陣地を多数構築していた。


 戦争の趨勢はドイツに大きく傾いているとはいえ、フランスはその抵抗力を失ってはいなかった。

 しかし……春の目覚めはまだ始まったばかりであった。

 ドイツ陸軍は空軍と連携し、その膨大な戦力をフランス陸軍に叩きつけようとしていた。






戦車(パンツァー)前へ(フォー)!」


 その掛け声と共に、数多の鉄獅子達がゆっくりと動き始めた。

 強大にして長大な主砲を振りかざしながら、獅子達は速度を上げ、楔形の陣形で進撃を開始する。


 緑を基調とした三色迷彩に彩られた獅子達、彼らに乗り込む兵達。

 彼らの誰かが歌い出した。

 戦車の歌を。

 

 獅子達は進む、歌と共に。

 東から西へと――

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