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集結する者達

独自設定・解釈あり。

 ジーゲンから北へおよそ10km程のところにあるクロイツタール空軍基地。

 ここには中部から移動してきた第1航空艦隊の司令部が置かれている。


 アルベルト・ケッセルリンク大将は壁に掛かった時計を見つつ、執務机に置かれたコーヒーを一口啜る。

 若い彼が大将という地位に就いているのは任務や役職に応じて階級が上がるように制度化されている為であり、彼を航空艦隊の司令官に抜擢したのは他ならぬヴェルナーその人だった。


 口に広がるコーヒーの苦味を味わいつつ、傍に置かれている戦力配置状況を記した報告書へと視線を向ける。



 彼はコーヒーカップを机に置き代わりに、その報告書へと手を伸ばす。

 パラパラとページを捲り、改めてその戦力に確固たる自信を抱く。


「ここまで揃えたルントシュテット元帥は流石だ」


 ケッセルリンクは素直にその手腕を称賛した。

 

 現在、第1航空艦隊は定数を完全に充足した状態――4000機を超える航空機を揃えている。

 無論、ボーデンプラッテ作戦に参加している戦略爆撃機とその護衛部隊は除いている。

 そして、この完全充足状態は第1航空艦隊だけでなく、第2から第7の、全ての航空艦隊に言えることであった。 


 この数量が意味するものは空軍が陸軍の要望に完全に応えつつ、独自に作戦行動もできるということだ。

 そして、どれだけの戦果を上げたか、というのは戦後の発言権と予算の規模にも繋がっていく。


「戦争も変わったものだな」


 ケッセルリンクは改めて、感慨深く呟いた。

 つい20年程前はのんびりとした牧歌的な飛行機であったのが、今では戦争の趨勢を左右できる程に進化している。


 そして、その進化は今もなお続いている。




 ケッセルリンクは窓から外へと視線を向ける。

 そこにはちょうどとある新型機が滑走路へと進入してくるところだった。

 作戦開始まで残り2週間程度。

 最後の仕上げの訓練だった。


「アレは飛行機が本体というよりも、機関砲が本体だな」


 そう言った直後、盛大な爆音が轟き渡る。

 液冷24気筒という化け物エンジンを双発にしているのだから、それも当然だ。

 量産は当初の予定よりもやや早まり、昨年の12月の半ば頃から量産が開始、2月には早くも馬力を引き上げたタイプが出、最後のレシプロエンジンの名に相応しいものに仕上がっている。


 そして、そんなものを2つも使ったその双発爆撃機はそのペイロードのほとんどを胴体下に取り付けられたとある武装とその周辺システムを運ぶことに費やされている。

 というよりか、その武装を運ぶ為にその機体は設計されたという方が正しい。


 その武装とは30mmガトリングガン。

 本来なら航空機に積むような代物ではないものを、専用の複合弾――焼夷徹甲弾や焼夷榴弾を開発してまで載せていた。

 この30mmガトリングガンは航空機用に改修されているとはいえ、機関砲本体とその周辺システムを全て含めると3トンに達する。



「アレに狙われた敵は可哀想だな」


 ケッセルリンクも試験を見たことがあるが、着弾した後に独特の発射音が聞こえてくるという、初めて見る光景だった。


 ただし、欠点としては地上からの砲火には極めて強靭であるが、敵戦闘機には非常に脆弱であり、完全な制空権を獲得していなければ危なっかしくて戦闘に参加させることができない。




 ケッセルリンクは軽く肩を竦める。

 もはやフランス空軍はドイツ空軍に太刀打ちできる力が無いことは情報省からの報告やボーデンプラッテに参加している部隊の損耗状況から判断できた。


 とはいえ、油断はできない。

 クロイツタール基地から東へ数十kmのところには大規模な物資集積基地が幾つも連なっている。

 それらは西方装甲軍集団の作戦行動に際しては必要不可欠なものであり、膨大な燃料と弾薬、その他様々な補修部品が集積されている。


 もし万が一、敵軍による破壊を許せば西方装甲軍集団はその持てる能力を発揮できなくなる。

 無論、リスクの分散としてその集積基地群以外にも集積基地は幾つか用意されているが、それでも、物資の再集積が完了するまで、マトモに動けなくなってしまう。


「その為のJG66か……」


 ケッセルリンクの手元にはとある部隊があった。

 

 第66戦闘航空団『カイザーライヒ』


 帝国を意味するこの戦闘航空団はヴェルナーによって推進され、世界で初めてジェット戦闘機――JF30を装備した部隊だ。

 JF30はいまだ先行量産型であったが、戦闘行動に不安を残すような大きな不具合は無く、細かな問題点の洗い出しと実戦テストを残すところとなっている。


 そして、そんな先行量産型を1個戦闘航空団分――256機とその予備機含めて300機程作ったのは単純にヴェルナーが宣伝を優先したからだった。

 

 何よりもJG66のパイロット達はヴェルナーが去年の10月頃からちょこちょこと引き抜いた腕利きばかりだ。

 ガーランド、メルダースをはじめ、昨年の暮れ辺りにはヴィルケやリュッツォウも引き抜かれている。


「それにしても、元帥の命名はどこからきているんだ?」


 JG66の飛行中隊はそれぞれ「メビウス」「ガルム」「ロト」「ゲルプ」といった、まるで統一性が無いものだった。

 












「中々良い仕上がり具合らしいな」


 ヴェルナーは空軍省の執務室にて報告書を流し読みしてそう告げた。

 その報告書を持ってきた人物は頷き、答える。


「閣下、我々は如何なる困難な任務も達成できるだけの練度と装備を備えております」


 その人物――クルト・シュトゥデント大将の言葉にヴェルナーは満足気に頷いてみせる。


 ヴェルナーの元帥昇進に伴って、多くの若手もまた昇進しているか、重要な役職に就任している。

 その中の1人がシュトゥデントであった。

 

「3個師団の降下猟兵による空挺降下か。壮観な光景だ」


 ヴェルナーはそう言い、手を回した甲斐があったと再び満足気に何度も頷く。


 降下猟兵師団、いわゆる空挺師団は色々と便利であるがその分、カネが掛かる。

 そんな降下猟兵をどうやって3個師団も揃えたかというと、陸軍との共同作業であった。

 ヴェルナーが陸軍とのパイプが強かったということもあり、あれよあれよという間に降下猟兵師団は設立されていた。

 その所属は史実とは違い、当然ながら陸軍だ。


「私としては戦車を降下させようとする閣下の発想に脱帽です」

「降下させてみたら実験では半数以上が破損した。うまくいかないものだ」


 空挺戦車の開発も考えられたが、専用車両を開発するよりもペイロードを増加させた新型の輸送機を開発して既存戦車を迅速に展開させた方が良いという、ヴェルナーの一声で空挺戦車開発は立ち消えている。

 それこそ重力・慣性制御でもしない限り、全くの破損・故障無しに戦車という重量物を空挺降下させることはできないことを彼は知っていた。

 知っていてもなお、実験してみたのはもしかしたらできるかも、という淡い期待があったりしたからだったりする。


 また、その使用するパラシュート自体も改良されており、史実のようなほとんど何も持てず、また降下中の姿勢制御も難しい上に着地の際も負傷率が高い、という代物ではない。


「君の部下の、ラムケ中将やマインドル中将にもよろしく言っておいてくれ。それと、もし必要な装備があれば遠慮なく言って欲しい」


 ヴェルナーの言葉にシュトゥデントは見事な敬礼を返し、部屋から出て行った。


「海兵隊の方も順調といえば順調か……」


 海軍の一部門である海兵隊の独立組織化をヴェルナーは強力に推進している。

 勿論、それらは21世紀におけるアメリカ海兵隊を真似たものだ。

 意外と知られてはいないが、ドイツ海兵隊――正式には海兵大隊は1852年という古い段階からプロイセン王国海兵隊として存在している。

 彼らは史実と同様にその任務として世界各地にある植民地への展開していたが、史実と比較して目立つ程の活躍をしていない。

 そんな彼らにとって、ヴェルナーの提案は渡りに船であったのだが、海軍の一部門ということで予算が中々回ってこず、また開戦後は動員も伴って人員的な面で不遇であった。


 しかし、ヴェルナーはへこたれなかった。

 人員が少ないなら、今のうちに教官となりうるだけの技術と練度を全員に持たせてしまい、将来の拡大に備えるべきだ、と。

 そういうわけで海兵隊からは士官・兵卒達が陸海空軍の全てに派遣され、戦車や艦船の、飛行機の操縦から作戦指揮などを学んでいる真っ最中だった。

 

 問題があるとすれば予算になるが、それはどこにも言えることだ。 


「何はともあれ、あとは消化試合だ。できるだけ損害を抑えられれば文句はないが、そこは現場指揮官の仕事だ」


 十分に現場が力を発揮できる状況を整える、それが総責任者の仕事だった。


 そのとき電話が鳴る。

 ヴェルナーが出ると、相手はレーダーだった。


『春の目覚めの直前に、バイエルンは蘇りそうだ』

「あのバイエルンが?」


 ヴェルナーは思わずそう返してしまった。

 一度も敵艦に対してその強力な砲火を浴びせることなく、潜水艦に呆気無く撃沈された上にヴィルヘルムスハーフェン港の出入り口を塞ぐという見事なオウンゴールをかましてくれたバイエルン級戦艦のネームシップ、バイエルン。


 彼女を蘇らせるべく、驚くほどの速さで必要な機材と人員が整えられ、5月の半ば頃からは早くもバイエルンの調査が開始されている。


 本格的なサルベージ作業は6月の終わり頃からであったが、巨大な戦艦を1年も掛からずにサルベージしてしまうのはさすがのヴェルナーも驚くしかない。


 逆に言えば、それだけ海軍は失態をどうにかしたがっているという証拠でもあった。


「再戦力化にはどれくらいの時間を?」

『早くて1年、遅くとも2年は見積もっているが、復活することに意味がある。ああ、完全な浮揚作業は1週間後に行われる。陛下もご臨席される予定だ。君のところに招待状は届いてないか?』

「まだ届いていないな。で、彼女の姉妹は当初とは別物なくらいに変化していたが、それに準じた改装も行うつもりか?」

『そのつもりだ』


 レーダーの肯定にヴェルナーは肩を竦める。


 姉妹艦であるバーデン、ザクセン、ヴュルテンベルクの3隻は索敵レーダーと射撃レーダーが完備され、またその対空火器に関しても増強・更新されるなど、諸々の改装が加えられている。

 どうせなら、と換装に時間が掛かる機関部にも手が加えられた結果、速度を落とさずに攻防の性能を向上させることに成功している。

 この成功しているには「理論上は」という但し書きがつく。

 港に閉じ込められた状態ではマトモな試験もできないからだ。

 バイエルン浮揚後、ただちに試験が開始され、作戦までに間に合わせるつもりだった。



「海軍の前途は明るいようで、羨ましいものだ」

『君が海兵隊を海軍から引き抜こうというのは知っているぞ。また何で?』

「理由としては一番に殴り込める部隊を創設しようと思ったことだ。それに、これからの戦争は軍人の技術者化とどれだけ速く現地に展開できるかが勝負になるだろう」

『軍人の技術者化?』

「ジェット機を君は促成教育を受けただけで操縦できるか、そういうことだ」

『そういうことか。確かにそれは言えることだ』


 高度化する兵器に対して徴兵されて促成教育を受けただけでは追いつかなくなる――ヴェルナーが言うことはそれであった。

 そして、それに対処するには全ての徴兵対象者に対して常日頃から軍が教育を施せば良いが、現実的に考えてそれはまず不可能。

 となれば、志願して軍人となった者に時間を掛けて教育を施せば良いのだが、それでもやはり人件費の増大という頭の痛い問題はついて回る。

 

 ヴェルナーは勿論のこと、他の多くの軍高官も、戦後は兵器そのものの値段の高騰により、その軍事規模が財政が落ち着いたとしても縮小されることに疑う余地は無い。


「そういえば海軍の八八艦隊計画はどうなったんだ?」

『一応の了解は得られた。だが、最低でも20年は主力艦の代艦建造無し、という条件付きだ』

「そいつは素敵だ。なら、今の段階で作れる最高のものを作る必要があるな」

『ああ、戦艦はH級……いや、グロス・ドイッチュラント級の8隻さ。ところで空母のクラス名はまだ決まっていないが、何か良いものはあるか?』

「飛行船の船長やその開発者から取るのはどうか?」

『それも一理あるが、海軍としてはもっと適任なものがあると考えている。つまるところ、君の名前を使いたい』

「……は?」


 思わず、ヴェルナーは間の抜けた返事をした。

 そんな彼に構わず、レーダーは続ける。


『そもそも、私が電話した要件もバイエルンの復活とクラス名に関してだ。クラス名に関する正式な要請は後日となるが、前もって根回ししておくのは当然だろう?』

「私よりも、ライト兄弟とかの、もっと適任な者はいるだろう」

『君のところに電話をする前にもうしてある。彼らは謹んで遠慮するとのことだ。自分達がこうしているのは君のおかげだと言っていたぞ』


 うまい具合に厄介事を押し付けられた、ヴェルナーはそう直感した。

 確かに彼としても、そういう風に自分の名前が残るのは悪いわけではないが、万が一沈没したときは気分がよろしくない。


「むしろ、人名をつけるのはやめるというのはどうだ?」

『グロス・ドイッチュラント級の2番艦には陛下の名前を戴くことになっている。今更中止になんぞできん』


 にべもなく切り捨てられた。

 

「ドイッチュラント級に予定されている艦名を教えてくれないか?」


 必死に話題を逸らそうとするヴェルナーに対し、レーダーは笑いながら答える。


 カイザー・ヴィルヘルム2世

 カイザー・ヴィルヘルム1世

 カイザー・フリードリッヒ3世

 フリードリッヒ・デア・グロッセ

 カイザー・バルバロッサ

 グローサー・クルフュルスト・フリードリッヒ・ヴィルヘルム

 ケーニッヒ・フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世


 全てをレーダーは言い終え、ヴェルナーに再びバトンが回ってきた。


「ドイツの礎を築いた方々を差し置いて、私が名を連ねることはできないのではないか?」

『安心したまえ。君は未来のドイツを作っているのだ』


 レーダーの一言でヴェルナーの儚い抵抗も無駄に終わる。

 

「……もし沈没でもしたら私の気分も沈む。それへの対応は?」

『そうなったらベルリンの店で一杯奢ってやる。日本人がやっている良い店を私も知っているぞ。それに加え、君の船は永遠に、という題名でもつけて沈んだ空母のイラストをプレゼントしよう』

「最後に2人で『私には1人の戦友がいた』でも歌えば完璧だな」


 ヴェルナーはそう言って深く溜息を吐いた後、再び言葉を紡ぐ。


「分かった分かった。好きにしろ。ただし、最新で最高の空母にしてくれ」

『ああ、そうさせてもらうよ。何しろ、3万5000トンの空母も5万トンの空母も技術習得の為に2隻ずつ建造するが、それ以外の空母は全て建造中止、10万トンクラスの、ジェット機を運用可能な大型空母を設計中だからな』


 ヴェルナーは再び間の抜けた声を出した。

 そんな話は全く聞いていない。

 確かに、海軍用の艦載型のジェット機開発は行われているし、ヴェルナーも一枚噛んでいるが、肝心の空母に関してはそこまで話が進んでいるとは思ってもみなかった。

 とはいえ、さすがの彼も海軍の内情をそこまで知っているのはそれはそれで問題があるので、当然ともいえた。


 しかし、今回の戦争には間に合わない、ならば次世代のものを造る踏み台としようというのは賢い判断ではあったが、中々にできることではない。

 既に建造が開始されているものもあったが為、朝令暮改に等しい愚かな判断ともいえるのだが、実際のところ今回の戦争においては海軍はそこまで重要な役割を持っているとは言えない。

 基本的に主力は陸軍と空軍であるからだ。

 その為に、こういったことができる余裕がある。


「随分と凄まじい話だな。というか、よく決断したな?」

『元々、今回の戦争は海軍はどう頑張っても主役になれない。なら、最初から補助に徹し、浮いた予算で技術の開発に努めるのは当然だ。予定された建艦計画は戦争終結までに間に合わないとされてそのほとんどがすぐにキャンセルされている』

「余った予算は技術投資や施設拡張に回されているのか。よく財務省が納得したな」

『財務省の連中もそれが分かっていたらしい。現在建造されているのは戦艦4隻と空母が4隻、それらを護衛する艦艇が20隻程度と潜水艦や小艦艇が少々といったところだ。建造予定は戦艦と設計中の大型空母くらいなものだ』


 ヴェルナーは何だか随分と凄いことになっている海軍に唖然としたものの、まさかと思い問いかける。


「ところで、アーネンエルベで開発している原子炉については前、話したことがあったな?」

『制御を間違えれば地球が壊れる代物だろう? あんなものは使わんよ。空母や潜水艦に搭載すればそれは多くの面で魅力的ではあるが、リスクが大きすぎるし、価格も高くなる。何よりも、それに匹敵するより安全なエンジンを、ドイツが開発できないわけがない』

 

 レーダーの言葉にヴェルナーは肯定しながら、そういえば、と話題を変える。


「海軍はどう動くんだ? フランスの沿岸部を攻撃するという話だったらしいが」

『バイエルンの復活式典後、1週間以内に攻撃は開始される。参加戦力は我々に加えて、イギリス・日本・ロシア・イタリア海軍、同盟国揃い踏みだ』

「豪勢な話だな。あやかりたいものだ。空はともかく、陸は日本人とロシア人はやる気で練度も良いが、イギリス人はやる気がなく、イタリア人はやる気はあるが困窮していると兄から聞いている」

『そんなものだろう。海軍に関してはどこもやる気に溢れているぞ。ただ、ロシア人とイタリア人の練度が怪しいところではあるが』

「やる気があるなら、乗り越えるだろう」

『それもそうだ。そろそろ失礼するよ』

「ああ、式典で会おう」


 ヴェルナーは電話を切り、部屋の外で待機している従兵のクルツに緑茶を頼む。


「万事順調、あとは春の目覚めが失敗しないことを祈るばかりだ」


 彼の呟きは虚空に消えていった。









 フリードリッヒ・パウルス中将はコーヒーを啜って無理矢理に頭を覚醒させた。

 徹夜は既に2日目に突入しているが、やってくる書類と客は減るどころかむしろ増加傾向にあった。



 ミーミルと名付けられたこの物資集積基地は前線から100kmも離れておらず、そうであったが故に西方装甲軍集団への主要な補給基地の一つとして機能している。

 それなりに大きな司令部には常時大勢の軍人・軍属が詰めており、あちこちから上がってくる報告や要請に対処している。

 しかしながら、それでも人員的に十分とは言えない。


 パウルスの肩書きは西方装甲軍集団兵站軍司令官という立派なものであったが、彼本人からすれば書類にハンコを押して、打ち合わせをする簡単なお仕事だ。

 勿論、簡単なお仕事というのは彼なりの皮肉であった。


「パウルス、生きてるか?」


 そんな軽い声と共に執務室に入ってきたのはパウルスと同じく、中将の階級章をつけた男だった。

 パウルスがまだとある中隊の中隊長だった時、同僚だったのが彼であった。

 ノックもせず、アポイントメントも無い突然の訪問だったが、パウルスにとってはもはや諦めていた。

 

「ああ、お前か」


 あんまりと言えばあんまりな言葉にその男は苦笑する。

 彼はその手に持っていた袋から、ドンと彼の執務机に瓶を置いた。


「まあ飲め」

「バーボンか?」

「ああ。ウチの部隊に視察に来たアメリカ人の、パットン大佐が持ってきたものだ」


 パウルスは首を傾げた。


「アメリカは世論がうるさいのに、よく送り込んできたな」

「観戦武官までは制限しないさ。それに、彼は好ましい人物だよ」

「お前がそう評価するとは、余程にコチコチの突撃バカなんだろうな」


 その言葉に男は豪快に笑う。

 勿論、その突撃バカというのは嫌味ではない。

 そもそもからして、パウルスも目の前にいる友人が後方撹乱や奇襲といったものを使い、火力のゴリ押しで敵を叩き潰すような指揮官ではないことを知っている。

 無論、必要があれば火力を全面に押し立てるのだが。


 ともあれ、パウルスとしてはロンメルが評価したパットンなる人物はできる奴なのだろう、と判断した。


「私としてはお前と友人になれて良かった。お前は私に無いものを持っているからな」


 そう告げる男――エルヴィン・ロンメル中将にパウルスは盛大に溜息を吐いた。

 西方装甲軍集団で一番補給についてうるさく言ってくるのが目の前の男なのだから、それも致し方ないだろう。

 彼は中隊長時代からあまりにも補給について疎かであったから、それについて教えたら今度は供給量と消費量を絶妙に見極め、限界ギリギリまで部隊を扱うようになった。

 もっとも、そのおかげでルーデンドルフ橋で十分な遅滞戦闘を行えたのだが、補給を預かるパウルスとしては友人でありながら最大の敵でもあった。


 そして、そんなロンメルはルーデンドルフ橋での一件が評価され、前々から希望していた装甲師団の師団長へと昇進。

 その後、彼は1個装甲軍団を預かる司令官に任命され、同時に中将に臨時昇進した。

 勿論、パウルスもまたそうであったが、彼としては臨時とはいえ昇進後の仕事量の増加は好ましくない事態であった。


「で、一体何をしにきたんだ? 弾薬か? 戦車か? 大砲か?」


 何が欲しいんだ、と言外に告げるパウルスにロンメルは肩を竦めてみせながら、告げる。


「ただ友人に会いに来ただけだ。それ以外はない」


 そんな彼に対し、パウルスは訝しむ。

 これまでの経験からロンメルがやってくるときは昔話などではなく、何かが欲しいときだ。


 疑いの視線を向けてくるパウルスにロンメルは耐え切れなくなったのか、両手を上げて言う。


「ウチの装甲軍団に燃料と弾薬を少しだけ多めに回して欲しい」


 そらきた、とパウルスはしかめっ面で書類へと視線を落とす。

 聞こえない振りだ。


「フランス本国に一番乗りするんだ」

「あーあー聞こえんなー」


 わざとらしく声を上げてみせるパウルスにロンメルはボソッと呟く。


「耳でも悪くなったか……」

「黙れ。お前と私では1歳しか歳が違わんだろう」

「それじゃあ、回してくれるよな?」

「それこれとは話が違う」


 2人が押し問答していると、扉が叩かれた。

 パウルスはロンメルに黙ってソファに座るよう指示した後、入室を許可する。

 

 そして、入ってきた人物を見るなりパウルスは椅子から慌てて立ち上がり、ロンメルもまたソファから血相を変えて立ち上がって身なりを正した。


「そのままで構わないよ。私の訪問も、ロンメル中将と同じだからな」


 そう告げたのはハインツ・グデーリアン大将だった。

 彼はロンメルの装甲軍団も所属する第6装甲軍の司令官だ。


「ウチに燃料と弾薬を少し多めに回して欲しい」


 パウルスは心の中で嘆いた。

 どいつもこいつも、補給品は魔法の壷から湧いてくるんじゃないんだぞ、と彼は言い返したかったが、ぐっと我慢する。


「軍集団司令官のルントシュテット元帥にあたってください。私の一存ではどうにもできません」


 パウルスの言葉は当然過ぎるものであったが、グデーリアンは一枚上手であった。

 彼は懐から封筒を取り出し、それをパウルスに渡した。


 パウルスはその中身を見たくない、と心で拒絶しながらも軍人として行動する。

 彼はその封筒に折りたたまれていた一枚の書類を取り出し、目を通した。


 内容は思っていた通りのものだ。

 要約してしまえば、第6装甲軍を後方に回りこませたいので燃料と弾薬を多く手配して欲しい、とのこと。

 

 作戦の概要に関してはパウルスも聞いている。

 

「単純にやってもまず勝てる。だが、より効率的に勝利するには退路を断ち、多くの敵を包囲し、降伏させることが必要だ」


 そうグデーリアンは言うが、パウルスからすればルントシュテット元帥の指示書があるならば拒否する必要はない。


「第6装甲軍の最終的な目的地はどこですか? そこまで辿り着けるだけの量を割り振りましょう」


 グデーリアンは口元に笑みを浮かべ、告げる。


「我々の目的地はバストゥーニュだ」










「良くもまあ、こんだけ集めたもんだ」


 パットン大佐は呆れた顔でそう呟きながら、目の前に並ぶ戦車の軍団を眺めていた。

 ここは前線から5km程離れた場所であり、目と鼻の先と言っても良い距離だ。


「見渡す限り、戦車しかありませんが、ここにはどれほどの戦車が?」


 パットン大佐が問いかけた相手はこの第18装甲師団の師団長であるハッソ・フォン・マントイフェル少将だ。


「1個師団あたりおよそ400両の戦車を装備しています。装甲擲弾兵師団になるともう少し減少しますが」

「400両……」


 パットンはその数に驚きながら、並ぶ戦車の台数を簡単に数えてみるが、40まで数えたところで諦めた。

 かつて森林であったここは切り開かれ、広大な基地と化している。

 そして、この基地にいるのはマントイフェルの師団だけではない。


 パットンが諦めたのは一つの看板を見つけたからだ。

 彼が見つけた看板には「満車」と書かれていた。


 まるで戦車の駐車場だ、とパットンは思いながらも尋ねた。


「ドイツでは戦車を自動車代わりに使うのですか?」

「あいにくと戦車は燃費が悪いので軍だけです。もう少し燃費が良ければ自家用車にも使えるでしょう」


 ドイツ人は本当にやりそうで怖い、と感じたパットンは肩を軽く竦めてみせる。

 そんな彼にマントイフェルは言葉を続ける。


「ただ、戦車の台数が多いことがそのまま戦闘力の高さに繋がるわけではありません」

「兵站ですか?」

「大雑把に言ってしまえばそれが原因です。十分に補給がある状況であっても、戦車をはじめとした装甲車両というのは何分、整備が手間ですので数が増えれば増える程、整備に掛かる時間も増えます」


 パットンはマントイフェルの言葉に彼が何を言いたいか、よく理解できた。


「結果として行軍速度が低下し、快速部隊の長所を殺してしまいかねないということですか……」


 パットンは横目で行き交うトラックやあちこちに駐車している装甲車や見慣れぬ歩兵戦闘車というものを順に見ていく。


 これだけの多くの車両を揃えているのだから、メンテナンスもそりゃ大変だろう、と彼は思う。

 しかし、その戦闘力は実にパットン好みであった。


「ところで私は歩兵戦闘車というものを初めて見たのですが、どのようなものかお聞きしても?」


 パットンは既にロンメルと会談しているが、あくまで会談であり、実際にその装備を視察してはいない。

 そうであるが故に、全装軌車両である歩兵戦闘車というものはパットンには軽戦車にしか見えなかった。


「軽戦車との違いはその車内に1個分隊程度の兵士を載せ、装甲部隊に追随できるところです」

「ハーフトラックが発展したもの、と考えればよろしいでしょうか?」

「そうです。装軌車の場合は高速を出そうとすればする程に大馬力を発揮するエンジンなどが必要になりますので、我が国でもつい最近に導入されたばかりのものです」

「実に画期的なものです。我が国にも是非とも欲しい」


 パットンは素直にそう告げたが、マントイフェルは苦笑する。


 歩兵戦闘車は戦車よりは安いが、それでも装輪の装甲車両と比較した場合は高価であり、メンテナンス費用や手間も多く掛かる。

 彼の上司であるロンメル中将やグデーリアン大将は全ての師団に配備すべき、と主張しているが、その価格の高さから装輪装甲車を装備している部隊の方が割合としては多かった。

 

 そのとき、爆音が遠くから無数に響いてきた。

 音はどんどんと近づいてくるが、パットンは尋ねる。


「空軍ですか?」

「ええ、作戦前の仕上げの訓練でしょう。よくウチの師団も地上攻撃の標的にされるんですよ」


 マントイフェルはゆっくりと空の一点を指さす。

 パットンがそこへ視線を向ければそこにはポツポツとした小さな黒いシミのようなものがあった。

 随分とその高度は低い。 


 ウチの空軍にあそこまで度胸がある奴はいるかな――


 パットンはそう感じた。


 少ない予算と議会の反対に遭いながらも、どうにかこうにか3年前の1928年にアメリカ空軍はドイツ空軍を手本として設立されたが、その規模は非常に小さい。

 広大な国土に反して、その保有する航空機は練習機まで含めても3000機程度。

 しかし、数は揃えられなくても最新の機体を、ということからどうにかこうにか列強に遅れを取らない――ただし、ドイツは除く――レベルにあった。


 ヴェルナーからすればこの世界のアメリカ空軍は色々な意味で美味しい存在だった。

 空飛ぶパンケーキが主力戦闘機として部隊配備されている――その事実だけでアメリカ空軍がどれだけ愉快なことになっているか、よく分かるだろう。

 

 ドイツ空軍や航空機メーカーの一部では円盤型航空機に着目しているが、その原因は他ならぬパンケーキの思いもよらない高性能っぷりにあった。

 結果として円盤型航空機開発は元々の推進者であったフォッケウルフ社だけでなく、他のメーカーに対しても本来の開発計画に遅延が無い範囲で、という条件で開発をヴェルナーが命じた。

 そして、悪ノリした彼はその開発計画にハウニヴ―と名付けていた。




 自国のパンケーキが思いの外、ドイツで高評価を得ていることにパットンは気づかないまま、その視線は急速に近づくドイツ空軍機に固定されている。

 双発機は地上を舐めるかのような低空を進撃してくる。

 数は20近い。

 そのどれもがその腹から砲身を突き出しているのがパットンには見えた。


 次々と上空を通過していくその双発機の群れにマントイフェルは告げる。


「今のでここにある戦車は半数が潰されたでしょうな」


 パットンは思わず目を丸くする。

 確かに大砲らしきものは積んでいたが、それでも時速数百kmという速度で通過する航空機が地上の戦車をそこまで狙って破壊できるものなのか――?


 彼の疑問を見透かしたかのように、マントイフェルは更に言葉を続ける。


「魔法使い殿が関わっている、とだけお伝えしておきましょう」

「一度、お会いしてみたいものです。彼はもしかしたらナポレオンやハンニバルの生まれ変わりかもしれません」


 ヴェルナー本人が聞いたら、苦笑いしか出てこないものであった。


 パットンは再度、並ぶ戦車達を見つめて思う。

 ドイツ軍は反攻作戦に必要な準備をほぼ完了している、と。

 

「フランス軍が可哀想だ」


 パットンは素直に哀れな敵に同情するのであった。

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