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戦後に向けて

独自設定・解釈あり。

 ヒラースレーベンでは先のペーネミュンデ実験と比較すると、多少劣るものの、それでも十分に世界の常識を覆すものがお披露目されようとしていた。



 今回、ここで行われるのは海軍の新型戦艦の艦載砲の主砲発射実験だ。


 

 20インチという大口径砲であるが、実のところこれに関しては海軍だけでなく陸軍も協力している。

 ヴェルナーによる改革以前、陸軍は超重列車砲の開発と配備を推し進めていた。

 しかしながら、それは1907年の段階でキャンセルされており、陸軍における列車砲などの大口径砲は弾道学上の経験を積むということで試作砲が数年に2、3門の割合で作られ、データの蓄積が行われていたに過ぎない。

 

 だが、今回、艦載の大型火砲ということで陸軍から進んで協力を申し出、これまでのデータを海軍に提供している。

 国難に手と手を取り合って、という風に見れば美談であるが、実際のところ、陸軍がミサイルをはじめとした誘導兵器の登場や航空機の高性能化により、列車砲などの大口径砲は研究用の予算すら無駄と考えたからだった。


 故に、もし陸軍が大口径砲などが必要になった場合は海軍が提供する、という取引が行われていた。

 


 そして、この実験にはヴェルナーもまた招待されていた。




「ルントシュテット元帥閣下に敬礼!」


 そう言って見事な敬礼を披露するのはエーリッヒ・レーダー大将だった。

 そんな彼にヴェルナーは苦笑する。


「そっちも大将に昇進しているじゃないか? 大海艦隊司令長官殿?」


 一応答礼をしつつ、ヴェルナーはそう返すと、レーダーは笑ってみせる。

 彼は今年の1月付で大将昇進と同時に大海艦隊――ドイツの本国艦隊司令長官に就任していた。


「久しぶりだな。艦隊勤務は楽しいが、君と話せないのは寂しくもある」

「全くだ。戦争が終わったら、ベルリンで飲もう。穴場を知っているんだ」

「それは楽しみだな……しかし、勲章をたくさんもらったと聞いていたが、略綬が1つしかないじゃないか?」


 レーダーの言葉通り、ヴェルナーが身に着けている制服にはたった1つの略綬だ。


「誰にでも分かってもらえる、問題のないものを身に着けている」

「問題のないものって……」


 レーダーは呆れ返った。


 ヴェルナーが略綬として佩用しているのは黒鷲勲章。

 それはドイツ帝国における最高の勲章であり、受勲者は世襲貴族に叙せられる。

 彼の伯爵叙任もこの勲章を受勲したことによるものだ。


「それだけのものを身に着けているなら、誰も彼もが道を譲るだろう。いや、功績は分かるし、それでも足りないとは思うが」

「これはデザインが気に入っているんだ」


 レーダーは溜息を吐いたそのとき――


「ルントシュテット元帥」


 横からの声にヴェルナーとレーダーはそちらへと視線を向けた。

 そこには1人の将官――階級章から中将――がいた。

 彼はサッと敬礼し、告げる。


「お会いできて光栄です。自分は海軍総司令部のデーニッツであります」

「こちらこそデーニッツ中将。貴官のことはよく耳にしている」


 ヴェルナーは答礼し、そう答えた。

 彼はデーニッツが潜水艦や空母といった新しい海軍戦力の研究に熱心であるというのを耳にしていた。

 何でも潜水艦や空母の研究会を作って、色々やっているらしい。

 

「ところでヴェルナー、君が前々から提案していたアレだ。ほら、ロケット推進を補助として使った砲弾」


 レーダーの言葉にヴェルナーはまさか、と思いつつ、問いかける。


「できたのか?」

「いや、戦艦のような大型火砲には現状では必要無いと判断された。20インチ砲の最大射程距離は5万mにも達する。だが、最大射程で撃ち合って命中弾を得るには艦載レーダーと偵察機のレーダーの高性能化、優れた電子計算機が必要だ」

「確かに。なら、巡洋艦以下の火砲には?」

「ロケットモーターを砲弾に組み込む、という構造的問題からどうしても通常砲弾と比較して炸薬が少なくなる。そこが問題になってな」

「……陸軍の砲兵器に限定した方が良さそうだな。海軍の艦船では得られる長所が少ない」

「だろうな。射程距離が伸びることから対空砲への使用も検討されたが、こっちは単純にそこまで小型のロケットモーターの製造が難しいということだ」


 確かに、とヴェルナーは頷いた。

 ドイツ海軍が使用している艦載高射砲は105mmや88mmといったものがある。

 だが、それらの砲弾に小型のロケットモーターを組み込む――それも発射時の衝撃に耐えられる頑丈なもの――というのは誰が見ても困難極まりない。

 やってできないことはないが、労力に対して得られる成果は僅少なものだろう。


「戦艦について、ルントシュテット元帥はどうお考えですか?」


 デーニッツの問いに、ヴェルナーは顎に手を当てる。


「国家の象徴と沿岸部の制圧力は評価できる。だが、汎用性は空母や潜水艦の方が余程、安上がりで有効だ。そして、ミサイルの発達に伴って将来的に戦艦という艦種はレールガンとかの、そういった類の兵器が出てこない限り、復活しないだろう」

「その意見には残念ながら、同意見だ」


 レーダーが同意を示したことに、デーニッツは目を丸くして彼を見た。

 デーニッツからすればレーダーは大艦巨砲主義の中核人物だからだ。

 その視線に当の本人は肩を竦める。


「ペーネミュンデ実験は報告書で見たが、あんなものが出てきてしまってはたかだか数十km程度の射程しかない戦艦の艦砲ではどうにもならないだろう」

「ああ、最終的には射程100km以上を駆け抜ける対艦ミサイルが20年以内に開発されるだろう。無論、命中精度は戦艦の艦砲とは比べるまでもない」

「とのことだ。中将もこの機会に何か、彼から助言をもらった方がいいぞ」


 レーダーの提案にヴェルナーはそれならば、とデーニッツに告げる。


「これからの海軍について予想したもの1本書こうか? 戦艦から潜水艦に至るまでだ」

「是非ともお願いします」


 デーニッツはその言葉に一も二もなく飛びついた。

 専門外ではあるが、あの魔法使いから助言をもらえる機会はまたとない。

 参考になる可能性は大いにあった。



「お集まりの皆様、本日はようこそお越しいただきました」


 その声にヴェルナーらが視線を向けると、壇上には司会の海軍将校がいつの間にか現れている。

 ヴェルナーがさり気なく懐中時計で時刻を確認すると実験開始時刻である10時を1分回ったところだった。


「今回、実験が行われる50口径の20インチ砲は艦載砲としては世界で初めてのものであり、その威力は現存する大砲の頂点に君臨すると言っても過言ではありません」


 それから20インチ砲の簡単な説明が行われていくが、どうにもこうにも大砲の大家クルップとラインメタルが共同開発して作り上げたものらしく、当初の予定よりも軽量・低コストを実現しているとのこと。


 そんな説明に海軍さんも議会や政府と戦っているなぁ、とヴェルナーはしみじみと思う。


 数さえ揃えなければそこまで維持費が掛からない陸軍と空軍――逆に言えば数を揃えなければ意味がない――であるのに対し、海軍は主力艦1隻であっても、その維持に非常に費用が掛かる。

 人件費は勿論のこと、艦艇は定期的にドックに入って整備を受けなければたちまちのうちにその戦闘力を喪失してしまう。


 新時代の艦隊法といえる海軍の戦時建艦計画であったが、予算の呪縛からは逃れられない。

 その為、戦争終結までに起工できそうにない艦艇に関しては海軍は最初から建造自体を諦めており、余った予算はもっぱら研究・開発部門に振り分けられている。

 とはいえ、やはり大艦隊の夢は捨てきれないらしく、ドイツ海軍では戦艦8隻、空母8隻の八八艦隊を平時においても維持しようと政府と交渉中だったりする。

 

 将来的に価値を無くす戦艦を維持することは一見無駄に見えるが、実験ならともかく、作戦行動中の戦艦を撃沈した事例は未だ無く、戦艦は海の女王の座を完全に下りてはいない。

 故に戦前と変わらず、保持しておくことで他国に対する牽制となる。

 また更なる巨大戦艦の建造を他国に促すこともできる。

 すなわち、合理的で無駄を嫌うドイツが戦艦を造るのだから、戦艦はこれからも主力で在り続ける――そう誤認させることでドイツは悠々とジェット機やミサイル兵器などの次世代兵器の成熟に努めることができる。

 そして、H級を超える戦艦を造ろうと各国がやってくれるならば、それだけ他の予算を圧迫できるので願ったり叶ったりだ。


 対艦ミサイルを開発するのと、巨大戦艦を造るのでは開発コストはともかくとして、運用・調達コストは遥かに前者の方が安いのは言うまでもない。


  



「それでは試射に移りたいと思います。大きな音と衝撃がありますので、ご注意ください」


 司会の声にヴェルナー達は彼らのいる特設会場から数百m離れた位置にある1門の20インチ砲に視線を向けつつ、耳を抑える。

 やがて、発射を告げるサイレンが鳴り始め、それは10秒程続いた後に止んだ。


 

 世界が静寂に包まれた刹那――



 天地に木霊する轟音。

 一拍遅れ、全身を打ち叩く衝撃波。

 

 そして、それらから僅かに遅れて響く着弾音。

 着弾地点には天を貫くかの如き、土煙と炎が吹き上がった。






「凄まじい……」


 誰かが呟いた言葉が、会場に響いた。


「戦艦も、捨てたもんじゃないだろう?」


 レーダーはヴェルナーにそう問いかけた。

 対するヴェルナーは生返事をするだけで精一杯だった。


 彼は生まれて初めて、陸上設置ではあるものの、戦艦の艦砲を間近で体験し、これほどまでの迫力に文字通り度肝を抜かれていた。

 

 そこを見抜いたレーダーは笑みを浮かべる。


「偉大なる魔法使いを驚かせることができたのは、何よりの偉業だな」


 彼の言葉にヴェルナーは我に返ると、咳払いを何度かして誤魔化すのだった。















 2月の半ば、フランスの陸軍参謀本部は暗澹とした空気に包まれていた。

 この空気は参謀本部だけのものではなく、去年の6月辺りから参謀本部や空軍総司令部、海軍総司令部、首相官邸などのフランスの中枢部に醸成されてきたものだ。

 



「勝たねばならん、と言っていた去年の自分を殴ってやりたい」


 そう、マキシム・ウェイガン大将は執務室で過去の己を呪った。

 彼をはじめ、フランス陸軍は勿論、空軍も海軍も誰も彼もが見誤っていたのはドイツ軍の対応力だった。

 初動のアルデンヌ突破からケルン占領辺りまでは完全な奇襲となり、ドイツ軍の抵抗はほとんど無かった。

 だが、ジーゲンに迫った辺りから雲行きは怪しくなり、それでもドイツ軍が総動員を完了する前に突破をするべく、仕掛けたトネール作戦ではジーゲンを占領することはできず、反対に兵力が磨り潰される事態に陥った。

 それ以後、睨み合いが今日まで続いていたが、最近になってドイツ軍の動きが慌ただしくなっていることが、前線からの報告書に書かれていた。


 扉が叩かれる。

 ウェイガンが許可を出すと、入ってきたのは陸軍情報部の大佐だった。

 彼は小脇に抱えた書類鞄から分厚い封筒を取り出し、それをウェイガンへと渡す。


 受け取ったウェイガンは大佐を下がらせると、その封筒から報告書を取り出し、読み始めていく。


 そして、読み進めていくうちにどんどん彼の気分は落ち込んでいった。


「3月中に大規模な攻勢の可能性あり、か……」


 報告書を執務机に投げ出し、窓から空を眺めた。

 つい2時間程前にもドイツ空軍の空襲があったばかりであるが、パリの美しい街並みは攻撃を受けていない。

 狙われたのは郊外にある工場地帯だった。


「ドイツ空軍はイギリス空軍よりは紳士的だな」

 

 ウェイガンはそう皮肉気に告げた。

 彼は空軍からドイツ空軍とイギリス空軍のそれぞれの攻撃方法の違いについて、詳しく聞いていた。

 ドイツ空軍は昼間に高高度か中高度でやってくることが多いのに対し、イギリス空軍はほとんど夜間に低高度でやってくる。

 この違いから、イギリス空軍の攻撃は市街地への誤爆の確率がドイツ空軍よりも高い。


「ブレスト、ロリアン、シェルブール……軒並み、大西洋や英仏海峡沿岸の都市は大きな被害を被っているが、どうにもできんのだろうな」


 夜間にやってくるイギリス空軍に対し、フランス空軍は有効な対策を講じることができないでいた。

 機上レーダーは未だ試験段階であり、また地上設置型の対空レーダーや射撃レーダーも一連の戦略爆撃で工場が被害を受けており、その生産は遅延していた。

 そして、生産が遅延しているのはレーダーだけではなく、ほとんど全ての兵器に言えることだった。

 無論、疎開は進めているが、そういった情報をどこからか嗅ぎつけられて、疎開作業の真っ最中にドイツ軍機が攻撃を仕掛けてくることも多かった。

 それ故に、疎開は遅々として進んでいない。


 


「ドイツ陸軍の反攻か……勝てる勝てないの問題ではないぞ、これは」


 既にドイツ国内のフランス占領地域における制空権はドイツ空軍が完全に握っている。

 ドイツ側はやろうと思えばいつでも、地上部隊に対して空襲を仕掛けられるのだが、それをしないのはひとえに、フランス本国への攻撃に集中しているからだ、というのは分かりきっていた。


「ドイツにいるウチの部隊は全てあわせて60個師団程度。とてもではないが、100個師団以上のドイツ軍を支えきれない」


 フランスの場合、ドイツと違ってベルギーやイタリア国境、そして大西洋岸にも部隊を貼り付ける必要があり、それが前線の兵力減少という形になって現れていた。


 ウェイガンは壁に掛かった時計へと視線を向ければ午前10時を回ったところだった。

 11時から首相官邸で三軍の司令官に加え、首相をはじめとした政府要人が出席する国防会議がある。



 最近、その国防会議ではどうやってうまく負けるかが議論されていた。

 このまま戦っていては確かにドイツをはじめとした各国に出血を強いることはできるが、対するフランスはドイツ・イギリスによって全土が焦土となり、戦後、経済的に崩壊して国家が無くなる。

 それだけは避けねばならないし、何よりも無益に国民を死地に送り込むのは彼らの心情的にもよろしくない。


 幸いにも、ドイツ側も水面下でフランスとの和平交渉の一貫としてオルレアン派に接触してきていることが判明しており、オルレアン派を通じてフランス政府関係者とも会談している。


 そのことから、フランス側はドイツがオルレアン・ブルボン朝を再興し、うまくドイツの味方に引き込みたい、という思惑を見抜いていた。

 そこをうまく利用すれば第三共和政のフランスは無くなるものの、それでもフランスという国家は残る。

 そして、有り難いことに王政復古を願う者は軍や国民にもそれなりに多くいた。


 うまくいけば自分達が汚名を被るだけで、フランスはドイツの有力なパートナーとして、より発展していけるチャンスを掴めるかもしれない。


 確かにドイツはフランスにとって仇敵であったが、それでも1人でも多くのドイツ人を地獄に送り込んでやる、という過激な思想をする者はどこにもいなかった。


「少し早いが、そろそろ出かけよう」


 考えを纏める為にも、時間は必要だった。










 首相官邸の会議室にウェイガンは30分程で到着した。

 会議までにはまだ時間があるが、既に空軍と海軍の責任者が集まっていた。


「ウェイガン大将、聞いているか?」


 空軍のベルリオーズ大将の問いにウェイガンは3月攻勢のことか、と思いつつ、言葉を返す。


「ドイツ軍の3月攻勢についてか?」

「そうだ。陸軍としての見解はどうか?」


 ベルリオーズの問いにウェイガンは肩を竦めてみせる。


「どうもこうも、どこで終わりにするかを決めない限りは戦うしかない。たとえ、それが絶望的なものであってもな」

「まだ良い状況だ。ウチはケルンからランスに至る航空基地は簡易なものも含めて片っ端から潰され、本国の防空で手一杯だ。去年の12月にはこっちから攻勢に出ようとしていたのに……」


 ベルリオーズの悔しさが滲んだ口調に、ウェイガンは同意するかのように頷く。


 フランス空軍は昨年の12月より、ドイツに対して本格的な戦略爆撃を敢行しようとしていた。

 だが、それは直前になってドイツ側に察知され、大軍を投入したドイツ空軍によって揃えた多数の爆撃機は基地ごと壊滅させられた。

 幸いにも、パイロット達は多くが生き残ったが、それ以後のドイツ空軍の戦略爆撃により、爆撃機を大量に揃えるのは難しくなっていた。

 難しくさせているのはドイツ空軍が工場そのものを破壊していくことと、生産の優先順位が戦闘機が最上位となり、爆撃機が後回しにされている為だ。


 それでも双発・四発機合わせて500機程度はどうにかこうにか揃いつつあったが、どのように使うかは未定であった。


「空軍は陸軍の支援をすることはできない。少なくとも、ドイツ国内では」

「フランス国内でも?」

「ケルン方面が奪還されたら怪しいな。質と量、両方で相手は押してくる」

「どうしようもない事態だ」


 ウェイガンの言葉にベルリオーズは頷いた。


「景気の悪い話ばかりだ」


 そう告げたのはフランソワ・ダルラン大将だった。

 彼は開戦と同時に海軍の総司令官となったが、何分、相手が圧倒的に優勢な英独海軍であり、潜水艦を使って最小の犠牲で最大の成果を上げることを海軍の方針としていた。

 いわゆる艦隊温存策を取ったのだが、それを批判する者はフランスにはどこにもいなかった。


 ドイツを主敵としている以上、雌雄を決するのは陸空軍であり、海軍は重要ではない、と誰も彼もが――国民すらも――思っていたからだ。

 だが、その艦隊の避難先であるダカールも、怪しくなりつつある。


「最近、ダカールでは飛行機を横に2つくっつけた珍妙な偵察機が度々目撃されている。あのドイツのことだ、こちらを攻撃する手段を持っている可能性は高い」


 ダルランの言葉にウェイガンもベルリオーズも頷いた。

 ドイツは底が知れない国、というのはフランスの誰もが認めるところだ。

 ましてや、隣国であり、長年の仇敵であることから世界で一番フランス人はドイツという国を知っている。

 

「ダカールの防空については見直しを図っているが、どうにもな……ドイツ海軍が空母をまだ持っていないことが唯一の救いだよ。彼らは建造技術習得とパイロット養成の為に数隻の小型空母を戦前から持っているが、それらはとても実戦で使えるものではない」


 ダルランはそこで言葉を一度切り、少しの間をおいて続ける。


「だが、彼らは戦艦も空母も大量建造に入っている。それらが就役する前に、終わらせねばならない」


 その言葉を聞いて、ベルリオーズは言葉を紡ぐ。


「やはり、ベルリンの薔薇作戦を認可すべきではなかったのか?」

「それをすればドイツは無条件降伏しか認めなくなるだろう」


 ベルリオーズの言葉に対し、ダルランは躊躇なくそう返した。


 昨年の5月、開戦と同時にドイツ国内の諜報組織を動かし、ヴェルナー・フォン・ルントシュテット暗殺作戦――ベルリンの薔薇が立案されたが、それは実行に移されることなく、そのまま破棄された。

 理由は単純であり、彼1人を暗殺したところでドイツに対して精神的打撃を与えることはできるものの、それでその戦争遂行能力に多大な影響を与えることはできない。

 また、ドイツ人を完全に激怒させ、ヴェルナーと親交のあった世界中の政治家や企業家、記者達を敵に回すことに繋がる。

 そうなってしまえば、もはやフランスに生きる道は全く無くなる……という風に判断された為だ。


「どちらにせよ、どこで線引をするか、だ。今日の会議で決まると良いのだが……」


 ウェイガンがそう言った時、会議室に新たな人物達が入ってくる。


 アルブール・ルブラン大統領とエドゥアール・ダラディエ首相だった。


「諸君、始めよう」


 ルブランの開始宣言と共に、国防会議が始まったが、会議はすぐに暗礁に乗り上げることとなった。



「ドイツ軍の反攻作戦か……」


 聞かされた情報にダラディエは渋い顔だった。

 彼の隣に座るルブランもそれは同じだ。


「攻撃3倍の法則というものがあります。攻撃側は防御側の3倍の兵力を用意しなければ防御を破ることが難しいというものですが……地上兵力においてはドイツ側はおよそ1.5倍程度しか用意していません」


 ウェイガンの言葉をベルリオーズが引き継ぐ。


「空軍に関しては陸軍への航空支援は行えない状況にあります。本国の防空や数の不足は勿論ですが、単純に飛行場がありません。ドイツ空軍はいまだにケルンからランスに至る飛行場や空軍基地を散発的に攻撃し、それらの完全復旧を阻害しています」

「内陸部から飛ばせないのか?」


 ルブランの問いにベルリオーズは首を横に振る。


「残念ながら、双発以上の爆撃機ならともかく、近接航空支援の要となる単発爆撃機では搭載する爆弾を減らして航続距離を稼ぐしかありません……元々の機数が少ない上、更に爆弾を減らすというのは焼け石に水程度の効果しか期待できません」


 それに、とベルリオーズは続ける。


「ドイツ空軍の戦闘機が数は少ないですが、常時、彼らの陸軍の頭上を守護しています。忌々しいことに、連中には我々の工業地帯を叩きつつ、更に地上軍の支援を行えるだけの兵力があるのです」


 ウェイガンははて、と首を傾げつつ、問いかける。


「ベルリオーズ大将、ドイツ空軍は戦略爆撃に力を割いているが故に、我々の陸軍がドイツ国内にいられる……私はそういう認識だったのだが?」

「戦略爆撃部隊は総動員されている。これは間違いない」


 だが、とベルリオーズは続ける。


「無線傍受などから、ドイツ空軍はまだ戦闘機戦力のおよそ50%、単発爆撃機などの近接航空支援向けの部隊に至ってはほぼ100%の余力を残している。これらは必要に応じて、空襲を仕掛けてくるだろう」

「……来るべき時に備えている、そういうことか」


 ウェイガンはそう言い、瞑目した。

 地上兵力だけ考えるならばどうにか防衛はできる。

 だが、航空兵力まで考えたならば防衛できるか甚だ怪しい。


 対空兵器は多く配備しているが、それらは無いよりはマシという気休めに過ぎない。




 やがて、ダラディエが口を開く。


「単刀直入に聞くが、軍としてはどこまで戦闘ができるのか?」


 問いにウェイガンはゆっくりと目を開き、答える。


「ドイツ軍がどのような作戦を取るかにもよりますが、根こそぎ包囲殲滅でもされない限り最低でも半数の兵士はフランスへと後退できるでしょう。その後、徴兵年齢を引き下げて動員すれば書類上ではより大きな兵力を持つことができます」

「無理だな。そんなことをすれば取り返しのつかないことになる」


 ルブランの言葉にウェイガンは頷き、告げる。


「軍に余力があるうちに、我々は勇気ある決断をしなければなりません。完全に無力となった後では国家国民を守護する、という我々の存在意義を遂行することができないのですから」


 ウェイガンの言葉にベルリオーズ、ダルランもまた僅かに頷いた。

 空軍もその戦力は大幅に減少しているが、それでも侮れない数があり、海軍に至っては本国艦隊がそっくりそのまま残っている状況だ。

 軍事力の大きさはそのまま国家の発言力に繋がる。


 戦後において、フランスの言い分をドイツやイギリスに通す為には必要不可欠だ。


「……少し時間を貰いたい。1週間以内には確実に回答する」


 ダラディエのその言葉で今回の国防会議はお開きとなったのだった。

 

 











「極めて難しい問題だ」


 ドイツ帝国の宰相を務めるシュトレーゼマンは椅子に座りながら、目の前にいる男に告げた。

 彼の前にいる男は戦後の欧州地図のデザインを描いて、それを認めさせた人物であり、新進気鋭の若手政治家として国内でも人気が高い。


「フランスへの降伏条件。これは戦後フランスにおける決定的な要素だ」


 シュトレーゼマンの問いにその人物――アドルフ・ヒトラーは何の気負いもなく、答える。


「そこまで大きなものを要求しない方が良いでしょう」

「寛大過ぎやしないか?」

「目先の利益を追い求めるよりも、フランス人が我々に対する態度を軟化させる方が長期的には利益になります」

「だが、甘やかせば復讐の牙を研ぐのではないか?」

「魔法使い殿直伝の恩の押し売りです。フランス人の雇用を保障し、生活を安定させ、その成果をしっかりとフランスメディアに喧伝させる。ドイツのおかげで戦前よりも生活が良くなったとなれば、こちらを恨むような連中はおりません」

「もし、そうならなかった場合は?」

「経済的に乗っ取りましょう。生かさず殺さず、利益を吸い上げるシステムが必要なのです」


 シュトレーゼマンはゆっくりと頷いた。

 ヒトラーの言うことは正論であり、こちらに感謝されつつ、利益を得られるのならば将来の復讐的な戦争を予防することができる。


「では我々の取り分となっているフランス領土はどうするか?」

「本国については戦前のまま、植民地はドイツ系企業の進出を認めさせれば良いかと。植民地省と財務省が共同で出した試算によれば、資源産出地域や港湾などの重要地域だけを抑えれば黒字、全て抑えると赤字だそうですから」


 シュトレーゼマンは再び頷く。

 彼としても、これまでフランスにより統治されてきた植民地をドイツのそれに改めるとなると膨大なコストが掛かることは承知している。

 そもそも公用語からして違いがあり、その行政組織やら司法組織やらまで変更するとなれば10年単位の時間が掛かる。

 その間に頻発するだろう反乱などを考えると、とてもではないが割の合うものではない。 


 それ故に、重要地域だけを抑えるというのは極めて正しい選択だった。


「だが、国民が納得せんよ。彼らはドイツ企業の進出をフランスに認めさせても、それがどういうことを意味するのか、すぐに理解できる者はまずいないだろう」

「視覚的に分かりやすいものが必要と?」

「そういうことだ。かといって、英独協定で定められている植民地全てをドイツ領とするのは難しい」

「つまり、我々が手に入れるべきものは土地という土地を余すところなく有効活用でき、かつ、国民も納得できる手頃な植民地……ということですか?」


 そうだ、とシュトレーゼマンは頷く。

 ヒトラーはおもむろにシュトレーゼマンの執務机の上に置かれている世界地図へと目を向ける。


「フランス領インドシナ、ニューカレドニアはどうでしょうか?」

「その理由は?」

「インドシナはフランス政府が公開している資料によれば、農業と鉱業が盛んであり、特に北部で取れるホンゲイ炭は上質の無煙炭とのこと」

「だが、石炭なら本国でも取れる」

「そうですとも。石炭だけならば」


 その言葉に引っかかりを覚えたシュトレーゼマンは興味深そうに尋ねる。


「石炭以外にも?」

「おそらくは石油があるかと……」

「魔法使い殿か?」

「ええ、そうです。彼は経営の第一線からは退きましたが、グループ内にある石油会社を使って、秘密裏にあちこちを調べて回っているそうです」


 なるほど、とシュトレーゼマンは頷く。


 あちこちに顔がきく彼ならば、そういうことをしていても全く不思議ではなかったからだ。

 日本付近にある海底油田というものをヒトラーから聞かされたとき、魔法使いはどうやってそれを知ったんだ、とシュトレーゼマンは不思議に思ったが、そういうカラクリであったのか、とようやく納得がいった。


 それはヴェルナーが適当に誤魔化す為のものであったのだが、実際に資源探索は行われているので嘘ではない。


「私もそれを知ったのはつい最近、食事をした時に問い詰めてようやくでしたが……」


 シュトレーゼマンは頷きつつ、口を開く。


「インドシナを抑えればアジアに睨みを効かせ、ニューギニアとの連絡路を確保できる」

「日本との連携及び関係強化がますます重要になりますね」


 ヒトラーの言葉にシュトレーゼマンは頷き、日本という東洋人の国に思いを馳せる。

 明治維新という改革から僅か数十年で欧米と肩を並べてくる程に成長した、アジアの突然変異国家。


 それでいて列強上位国と比較して遥かに貧乏な癖に、大艦隊と大軍を地球の裏に等しいドイツ本国へ送り込んでくる律儀さ。

 そして、大陸への蓋、太平洋の出入り口として立地上でも仲良くしておいて損はない国家だ。

 

「日本に関しては魔法使い殿が妙に入れ込んでいるから、彼に任せれば良いだろう。そして、ニューカレドニアに関しては聞くまでもないな。ニッケルとコバルトだ」


 シュトレーゼマンの言葉にヒトラーは頷いた。

 次世代産業において最も重要となってくるのがニッケルなどの希少資源だ。

 それを抑えることの重要性は語るまでもない。


「ところで植民地を表向きには独立させ、利益だけを吸い上げるというのも一つの手段ですが、どう思われますか?」


 ヒトラーの問いにシュトレーゼマンは肩を竦める。


「植民地を独立させれば他の植民地を不穏にさせかねない。それをイギリスは許さんだろうし、何より国民が許さんよ。国民はせっかく得た植民地を何故手放すのか、と手放す理由を考えない。イギリスと国民の機嫌を損ねるのと、インドシナなどの幾つかの植民地をドイツ式に改めることを考えるならば、後者の方がカネは掛かるが面倒は少ない」


 ヒトラーは同意するかのように頷きながら、更に問いかけた。


「日本にも何か分け前を与えるべきですか?」


 シュトレーゼマンは顎に手を当て、数秒思案した後に問いかける。


「去年の年末に日本へ売却したのはあくまで完成した兵器だったな。ならば、部品の作り方から教えてやれば良いだろう。何なら、追加で余った兵器を格安で提供しても良い」

「では、その方向でいきましょう。丁度良い在庫処理です」


 頷きながらシュトレーゼマンは告げる。


「君を戦争処理委員会の委員長に任命して良かった」


 戦争処理委員会――名前通りに今回の戦争の終わらせ方について、政府に提言する委員会だ。

 その委員長になったヒトラーはシュトレーゼマンが期待した通りに様々な提言をこれまでに出していた。


「私はただ、国家に尽くしているだけです。早く戦争を終わらせなければ、やりたいこともやれませんよ」

「やりたいこと?」

「魔法使いと組んで新しい大衆娯楽を作ります。前々から話し合っていましてね」

「それは素敵だな。政府としても、そういうことに関しては全面的に協力しよう」


 そう告げるシュトレーゼマンにヒトラーは笑みを浮かべるのだった。

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