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限定的な反攻作戦

独自設定・解釈あり。


 12月初旬、日本の遣欧艦隊は無事にキールに到着し、日独友好ムードが高まる中、情報省から全軍にとある情報が伝えられた。

 フランス本国のランスをはじめとした空軍基地及びフランス占領地域の空軍基地や飛行場にて動きがあり、1週間以内に大規模な航空攻勢の可能性が高いという。

 元々、これらの空軍基地には戦線の膠着化から増援がフランス本国より送られてきていると情報が入っていた。

 対するドイツ側もフランス側と似たようなものだったが、互いに攻撃を掛けることができなかった。

 ドイツ側はフランス空軍の新型機を恐れ、大急ぎで開発した大馬力エンジンを既存の機体に積み替えるなどで攻撃に出る余裕はなく、フランス側も新型機が揃うまで動くに動けなかった。

 


 そのことから今日まで互いに睨み合いに終始していたが、届けられた情報はその均衡が崩れたことを意味した。


 情報を入手したドイツ空軍はただちに攻撃作戦を立案。

 南部方面に展開する第4航空艦隊を除く第1から第5航空艦隊が攻撃に参加することとなった。

 それらの航空艦隊が保有する戦闘機・爆撃機は1万機を超えており、その大半が稼働状態にあった。












「壮観過ぎるぞ、これは」


 南郷茂章大尉は思わずそう呟いた。

 5000mという高度を飛ぶ幾つもの梯団は四発機か双発機で構成されている。

 そして、それらにはそれぞれ数十機以上の護衛機がついており、猟犬の如く目を光らせていた。


 


 しかし、その全てはドイツ軍機であり、彼の所属する遣欧航空隊は後列の方であった。


『大尉、こりゃあ日本じゃ到底お目にかかれない光景ですなぁ』


 呑気にそう言ってきたのは2番機を務める赤松貞明少尉だった。


「このドイツ製無線電話が一番有難いな。雑音がほとんど入らない」

『全くです。しっかし、ドイツという国は本当に底無し沼に感じます』


 南郷は同意するように頷く。

 

『ウチの司令達がドイツ空軍のお偉いさんにどうにか参加させてくれるよう、頼み込んだから俺達がここにいるわけですが……』


 これ俺達いる必要があるの、と赤松は言いたげな声だった。

 南郷はそれには深く同意せざるを得ない。


 今回、南郷らが向かっているランス空軍基地には四発爆撃機446機、双発爆撃機352機、戦闘機及び戦闘爆撃機632機というのがドイツ空軍だけの戦力だ。

 ここに日本の遣欧航空隊の128機が加わる。

 

 南郷らの目標であるランス以外にも、フランスの占領地域であるケルン周辺の航空基地や飛行場に対しても数百機程度の攻撃隊が差し向けられている。

 それでいて必要があるならば規模は小さいながらも第二次攻撃隊も用意されている。


 これまでに溜め込んだ兵力を全て吐き出したかのような一大攻撃作戦だ。

 このような大規模同時攻撃を可能としたのはヴェルナーが空軍発足以後、コツコツと空軍基地や飛行場の新設・拡張に力を入れてきた為だった。



「しかし、ドイツ人の発想は非常識にも程があるだろう」


 南郷の言葉に赤松が反応する。


『プロペラが頭とケツについている珍妙な飛行機と笑っていたら、ウチの九〇式が手も足も出ない双発戦闘爆撃機だったという、笑えないオチがありましたな』


 ドルニエDo235、それが南郷や赤松にとって笑えない機体の正体だった。

 Do135のエンジンをより大馬力なものに積み替え、2基のエンジンで3600馬力を発揮する。

 最高速度は時速763kmにも達し、そのペイロードは1.5トンという日本の九〇式爆撃機よりも多い搭載量を誇っていた。

 


『しかし、電探とは便利ですなぁ』



 彼らを含め、ランス攻撃隊はフリッツラー空軍基地などのドイツ中部や西南部の基地や飛行場から出撃しており、FKF44という機体の誘導により、合流を果たしていた。

 このFKF44はB44を改装し、単発機や双発機には搭載できない比較的大型な対空レーダーや多数の通信機器を搭載し、初歩的な早期警戒管制機としたものであった。

 略称であるFKFはFruehwarn und Kontrollsystem Flugzeuge(=早期警戒管制機)からきている。

 この発想は画期的なことだったが、問題点はいくつも存在する。


 まず第一に専門の管制官の育成が間に合わなかった為、とりあえずパイロット経験を持つ高級将校を管制官としていること。

 第二にデータリンクという発想はあるものの、それを達成する技術がない為、情報共有化は無線による口頭のみ。

 それ以外にも大小様々な問題点により、当初は100機程調達する予定だったFKF44は通常のB44の5倍近い値段ということもあって、20機にまで提案したヴェルナー本人により調達数が減らされていた。


 そんなドイツ側の苦悩は当然、南郷らが知るよしもない。


 南郷はちらりと自分達が護衛している九〇式爆撃機に視線を向ける。

 日本にいた頃は無骨な機体だという印象を持ったが、ドイツ空軍のB43やB44を見た今となっては野暮ったい機体という感想しか出てこなかった。

 

 戦闘機乗りの自分ですらこうなのだから、爆撃機に乗っている連中からすればその落胆具合はあまりにも大きい、と南郷が考えたところで無線が入った。

 


『こちらゲシュペンスト1。先頭梯団の前方に敵機400以上。JG24及びJG18は迎撃に迎え』


 唐突に入った無線に南郷は目を鋭くさせる。

 ゲシュペンスト1はFK44の先頭梯団に所属している機体だ。


 南郷は熾烈な空戦を繰り広げるだろう独仏の戦闘機を思い描き、情けなくなった。

 最終的に空戦はパイロットの腕で決まるとはいえ、ドイツ空軍の厚意で見せてもらったフランス空軍の主力機であるVG42の性能書を見る限り、九〇式が勝る要素はほとんどない。

 無論、弱点探しや戦術の研究は行なっていたが、負ける可能性が高かった。

 そうであったが為、彼ら遣欧航空隊は敵機とまず当たらないだろう、後方に位置しているのだ。

 



 しかし、そんな予想はあっさりと外れることになった。





『敵機下方! 突き上げてくる!』


 その警告に南郷は反射的に機体を旋回させ、回避行動を取る。

 彼は見た。

 猛速で下から火箭が吹き上げたかと思うと、傍を飛んでいた九〇式爆撃機が爆発四散した。


『こちら日本遣欧航空隊! 敵機の襲撃を受けつつあり! 敵機は20以上、下から突き上げてきた!』


 陸軍の加藤少佐のドイツ語での怒鳴り声がどこか遠い世界の出来事に思えた。

 南郷の目には上昇し、小さくなった敵機の一団が急降下で襲い掛かってくるのがハッキリと見えていた。


 落とされる――


 そんな確信が南郷の心に芽生えた。

 恐ろしい勢いで迫ってくる敵の先頭機は見る見るうちに大きくなり――


 横合いから降り注いだ火箭により、その敵機は爆発し、敵集団の前を斜めに突っ切る輩がいた。

 目に映る鮮やかな鉤十字、長い機首にある夥しい撃墜マークと部隊マークであるスペードのエース。


『JG53のヴィルケ中尉だ。無茶はしないでくれよ、日本人(ヤパーナー)


 そんな声が南郷の耳に入った。


『救援、感謝する』


 加藤少佐の声だったが、その声には悔しさが滲んでいるように南郷には聞こえた。

 そんな加藤の声を無視するかのように言葉を発する者がいた。


『おっしゃ! いっちょ日本男児ここにあり、と知らしめましょうや!』


 赤松だった。

 彼の呑気な言葉はすぐさま加藤に咎められる。


『敵機と戦うな、と通達されていることは知っているだろう?』


 加藤の言葉に赤松は大きく笑う。

 およそ階級が上の者に対する態度ではない。

 加藤はその態度を叱責しようとした瞬間――


『俺達の仲間がやられたんだぞ!? 性能差が空戦の全てではないだろう! 敵が強いからと逃げまわるなんて、露助と戦ったご先祖様が泣くだろうが!』


 赤松が怒鳴った。

 

 欧州と比べて日本は劣っている、日本の兵器は欧州では役立たず、何のための援軍か分からない……


 それは遣欧航空隊のみならず、全ての欧州へとやってきた日本軍全体に言えることだった。

 圧倒的な性能差の前に、誰も彼もがその闘志を萎えさせてしまった。


 しかし、赤松の言葉は心のどこかで日本軍の誰も彼もが思っていることでもあった。

 相手が強いから、と逃げ回るのは栄えある皇軍のすべきことではない、と。


『……今の我々を見た靖国の英霊達は敢闘精神が足らん、と鉄拳をくれるだろうな』


 その加藤の言葉に誰ともなく、笑い声が巻き起こった。

 ひとしきり笑ったところで加藤が叫んだ。


『責任は俺が取る! 皇軍の意地を見せてやれ!』


 号令に日の丸を背負った荒鷲達が小隊ごとに次々に獲物を定め、突撃を開始する。


 南郷もまた闘志を奮い立たせ、赤松ら列機を率いて敵機に向かう。


『大尉、いっちょやりましょうしゃ』


 気楽な声でそう言ってくる赤松に南郷は心の中で感謝し、敵機を見定める。


 乱舞する敵味方の中、ある敵編隊が味方機を攻撃後、再攻撃を仕掛けるべく旋回に入ったのを見つけた。

 南郷は瞬時に機首をそちらへと向ける。

 大きく旋回する4機編隊のVG42を見、南郷は笑みを浮かべた。


 敵機はエンジンを2つ積んでいる為、その分重い――


 それが搭乗員達の間で見つけたVG42の数少ない弱点の1つだった。

 士気がだだ下がりであることと、敵機の弱点を見つけようとする努力はイコールではない。

 足らぬ足らぬは努力が足らぬ、という標語はこの世界の日本では良い意味で健在だった。


 そして、史実の零戦ほどのものではないが、それでも九〇式戦闘機は侮りがたい旋回性能を誇っていた。


 


 旋回するVG42は後方の警戒が疎かなのか、南郷らの九〇式戦闘機に気づいて急降下で逃げることをしなかった。

 その為、旋回する敵機の内側に簡単に潜り込み、真後ろに迫る。

 南郷は発射把柄を握った。

 

 飛び出る弾丸は狙い過たず、敵機に吸い込まれていく。

 数秒程握り続けたところでやがて敵機が火を噴き、黒煙を吐きながら落ちていった。


 初めての実戦、初めての撃墜であったが、南郷からすればどうにもしっくりこなかった。

 余りにも呆気なさ過ぎるのだ。

 ドイツ空軍のように、4機編隊(シュヴァルム)から2機編隊(ロッテ)へと瞬時に切り替え、反撃に転じてくることもなかった。


 とはいえ、それも仕方がなかったりする。


 彼ら遣欧航空隊が戦った模擬戦の相手はヴェルナーの厚意により、エースのみで臨時編成された特別チームだった。

 ドイツ空軍のオールスターチームに対し、機体性能に劣った状態で勝利を収めることができたならばそれはもはや人外の領域。


 チームを用意したヴェルナーも腕前からオールスターであることを日本も理解するだろう、と予測していた為、説明などもしていなかったりする。


 故に、攻撃を開始した遣欧航空隊の面々はこんなにも呆気なくて良いのだろうか、と妙な違和感を感じていた。

 


 しかし、南郷はその違和感を敢えて無視して呟く。


「アメリカ製の機銃はやはり弾道が良いな」

『ドイツ軍も採用しているブローニングの重機関銃ですからなぁ』


 無線の感度が良すぎるが為に呟きが拾われ、赤松がそう答えてきたことに苦笑しつつ、南郷は次なる敵機に向かった。

 







「これは夢か何かじゃないか?」


 ヴィルケはそう呟いた。

 彼の目の前では日本の戦闘機がVG42の旋回中に潜り込み、すぐさま叩き落としていた。

 VG42の旋回中に潜り込む、ということは実のところドイツ空軍の戦闘機であるならば双発機を除けばどの機体でもできる。


 エンジン2つの馬力は大きいがその分、重量のあるVG42は旋回がより苦手な航空機だ。

 

 ヴィルケが驚いたのは潜り込んでから叩き落とすまでの時間だ。

 九〇式戦闘機はドイツと同じく、ブローニング社の12.7mm機銃を採用しており、それらを両翼に合計で4丁装備している。

 弾道性が良いと言っても、彼らの落とす速さはとても初陣とは思えない。


『おいおい、日本人ってのは全員が魔弾の射手か何かなのか?』


 リュッツォウもそう思ったらしく、彼の声に列機の面々も同意の声を上げる。

 獲物を横取りされた、という怒りよりも東洋の魔術か何かを見せ付けられているような、不思議な感覚に彼らは囚われていた。


 元々、敵機の数が少なかったこともあり、戦闘参加を決めた後は日本軍の独壇場であった。

 一撃離脱に徹するVG42の突っ込みを闘牛士のようにひらりと回避し、二撃目を加えようと距離を離して旋回する敵機の内側に別の小隊が潜り込み、叩き落としていった。


 

 敵機が全て落とされたところで先ほど話した加藤少佐の声が響いた。


『敵の掃討を完了』


 それは先ほどの悔しさ混じりの声ではなく、覇気に溢れたものだった。

 彼らは仲間の仇を討ったのだ。


 ヴィルケは思わず笑いが込み上げてきた。

 日本軍は確かに機体の性能はよろしくない、だが、乗っているパイロットまで二流ではなかった。

 模擬戦のときのあの負けっぷりが嘘のように。


『前、俺達と戦ったときはボロ負けして、いざ実戦では何で圧倒しているんだ?』


 リュッツォウの疑問も最もだったが、他国の軍人からすればドイツ空軍が恵まれすぎていると答えることだろう。


 開戦初期の激戦で多数のエースパイロットを輩出し、その航空機も世界最高レベルのものを十分な数、揃えている。


 ともあれ、この戦いでヴィルケらは確信した。

 日本軍が欧州で戦う資格を持ったプレーヤーであることを。


 故に、ヴィルケは告げる。


「ようこそ、日本の諸君! 欧州戦線へ!」








 








 


 エドモント・マリン・ラ・メスリーはただ無言で穴だらけになった基地を見つめていた。

 ドイツ空軍の攻撃は徹底しており、かつてフランス最大の空軍基地であったランス基地の面影は全くなかった。

 今ここにあるのは瓦礫の山と死体だけだ。


 彼は天を仰いだ。

 迎撃に出た彼はこれまでにないほど大規模であり、熾烈な空戦を味わったが、彼も含め、迎撃に出た戦闘機は戦闘終了後、滑走路復旧まで空中待機を強いられた。

 土木機械は全て失われていた為、生き残った基地要員総出で滑走路に空いた穴が埋められ、どうにかこうにか着陸したのは1時間前のことだ。

 

 迎撃隊の被害も凄まじいものだった。

 ランス基地からは430機余りのVG42が飛び立ったが、帰還した数は200機程度。

 おまけに修理不能機は40機にも上り、損耗率は60%を超えた。

 断片的に入ってきている情報ではケルンからランスまでの間にある全ての基地と飛行場が襲われたらしく、全体の被害は洒落にならないレベルだろうことは誰も彼もが予想していた。


「よう、相棒。まだ生きてるか?」


 その声にメスリーが振り返れば、そこにいたのは彼の二番機を務めるピエール・ル・グローン少尉だった。


「不思議と生き残った。まだ悪運はあるようだ」


 メスリーはそう返しながら、穴が空いていないところを見つけ、寝転んだ。

 グローンもまた彼の横へとやってきて寝転んだ。


 今の時刻は午後13時過ぎ。

 空は晴天であり、のどかな冬の昼下がりだった。


「完敗……だな」


 グローンの言葉にメスリーは肯定した。


「きっとドイツ空軍は今日以降、我々に回復の暇を与えないように攻撃にくるだろうな」


 メスリーの言葉にグローンは頷いた。


 限定的だが、ランスから最前線までぽっかりと防空網に穴が空いた状態なのだ。

 そこを進撃路に工業地帯や基地を叩かれるだろうことは想像に容易く、またドイツ空軍の支援を受けてドイツ陸軍がフランスをドイツ領内から叩き出す可能性も高い。


「ベルギー方面から部隊を引き抜いたら、今度はそこからドイツ空軍がやってくる。かといって、大西洋や英仏海峡方面から引き抜けば今度はイギリス空軍。八方塞がりだ」


 グローンの言葉にメスリーは溜息を吐いた。


 冷静に考えなくても、勝てる可能性が薄い戦争なのだ。

 四方八方を敵に囲まれて勝てるのは圧倒的な国力を誇るドイツか、国土自体が広大なロシアやアメリカくらいなものだ。


「国家の威信を懸けて徹底抗戦というのは美談としては良い」

「お偉いさん達の賢明な判断を期待しよう」


 メスリーの言葉にグローンは返す。


 徹底抗戦した後に残るのは焼け野原と疲弊した国民だけだ。

 そんな状態から復活できる国はまずない。

 それが常識だった。


 そのとき、唐突に空襲を告げる警報が鳴り響いた。

 メスリーとグローンは慌てて立ち上がったが、すぐに自分達の現状を再認識することとなった。

 着陸はどうにかできたが、滑走路は離陸に耐えられる状況ではない。

 また弾薬や燃料の補充をしようにも、その貯蔵庫ごと爆撃で吹っ飛んだのでどうしようもない。


 2人が周囲を見回せば案の定、他のパイロット達も寝そべったり、瓦礫で椅子を作ってそこに座っていたり、と好きに過ごしていた。

 また他の基地要員も退避するよりも、基地の復旧や負傷者の手当に動いており、避難する者も迎撃しようとする者もいなかった。


 もっとも、迎撃しようにも残っている武器は個人携帯の小火器程度しかないのでどうしようもないのだが。


 そうこうしているうちにドイツ空軍の攻撃隊が近づいてきた。


「2、300機といったところか?」


 メスリーはおおよその数を割り出し、その攻撃隊がランスを悠々と横切っていく様を見つめる。


「高度は6000かそこらか? どちらにせよ、予想した通りにやってきたわけだ」


 工業地帯か、それともランスより内陸の空軍基地を叩きにきたのか、予想もつかなかった。

 だが、メスリーやグローンも含め、この日戦った者達はフランス空軍が決定的な敗北を喫したことを否が応にも悟らざるを得なかった。








 ドイツ空軍はこの空襲で潰したケルンからランスまでの地域にあるフランス空軍基地に毎日定期便を送り込み、その復旧を阻害し始めた。

 基地そのものは勿論、周辺の鉄道や道路を含めたインフラまで根こそぎ破壊された為、フランス軍は増援や復旧の機材を送り込もうにも送り込めない状況に陥った。

 

 これによりフランス側はイル・ド・フランスなどのフランス中央部の基地から戦闘機を出し、破壊された基地の上空に待機させるという苦肉の策を取りつつ、工兵を動員して簡易飛行場をあちこちに作成することで何とか凌いでいた。


 しかし、そんなフランス側の対策をあざ笑うかのように、ドイツ空軍は次なる一手を打った。





















 12月24日、クリスマスを前日に控えたこの日、空軍省の長官室にてヴェルナーはクリスマスプレゼントの準備に余念がなかった。

 各地にいる子供達や妾達には既に宅配便でプレゼントは発送済みであり、彼が準備しているのは直接手渡すベルリンの屋敷にいる者達――妻のエリカと娘のゾフィーへのものだった。


 プレゼントの予算というものに困らない彼は今年、大粒のダイヤモンドを幾つも連ねたネックレスと大粒のサファイアのネックレスをそれぞれエリカとゾフィーにプレゼントする予定だ。


 そんな最中、ドアが叩かれた。

 彼が壁時計を見れば午前10時ちょうど。

 そして、10時に来客の予定があった。



 ヴェルナーが許可を出すと、入ってきたのは遣欧航空隊の司令官である山口多聞少将(・・)だった。

 彼もまた人事改革の一貫でその航空機に対する知見から今回の司令官に抜擢されていた。



 ヴェルナーは山口にソファに座るよう促した。

 そして、ヴェルナー自身もソファに山口と対面する形で座り、従兵のクルツに緑茶を2つ頼んだ。

 クルツは5分と掛からずに緑茶と芋羊羹を2人の前に置いた。


 山口はドイツの空軍省で緑茶と芋羊羹が出てくるところに軽く驚きながら、本題を切り出した。


「ルントシュテット中将、次の作戦では我が方を出さない、ということについては如何なる理由か、お聞きしたい」

「それはあなたが一番よく知っていると思うのですが?」


 ルントシュテットの返しに山口は頷きながら、言葉を続ける。


「性能差は確かにありますが、カタログスペックでは分からないものが先の空戦で明らかになっております」

「確かに、日本の九〇式はVG42を落とせましたが……」


 言葉を切り、ヴェルナーは緑茶を啜る。

 独特の苦味を堪能しながら、彼は言葉を続けた。


「それでもそれは紙一重の勝負だったでしょう。報告によれば先の空戦時、VG42の数は九〇式の4分の1程度。同数か、それ以上で襲われた場合、勝てますか?」


 山口は押し黙った。

 対して、ヴェルナーは更に続ける。


「我が方はパイロットはともかくとして、機体は幾らでも揃えられますが、あなた方はそうではないでしょう?」


 駄目押しの言葉に山口の表情は苦いものとなる。

 勝負にはどうにか勝てるが、試合には負けるというのが日本の現状だった。


「そこで提案ですが、どうでしょうか? ウチのTa152などの単発機やB44などの爆撃機、好きなものをお売りするということで……」


 山口は耳を疑った。

 確かに噂としてそういうものがあったが、具体的な話はドイツ側から全くなかったのだ。

 それがここにきて相手から提案される、というのは唐突な感が否めない。


 もっとも、遅れた理由はヴェルナーがあちこちの根回しに時間がかかった為という単純な理由だったりする。


「よろしいのですか?」

「ええ、料金は安めで提供させていただきます。ああ、それと陸軍さんの方にも四号戦車をはじめとした諸々の装備を売却させていただきますので……そちらはまた別に話がいくと思います」


 その言葉に山口は呆気に取られた。

 最新鋭機や最新戦車を売る、という感覚はいくら同盟国であっても、余りにも非常識に過ぎた。


「お言葉ですが、本当ですか?」

「無論ですとも。どちらにせよ、来年の5月辺りにはフランス軍が手も足も出ないものが陸でも空でも登場しますので」


 山口は絶句した。

 ドイツ側の兵器更新の速さに。


 その様子にヴェルナーは満足気な笑みを浮かべながら、更に告げる。


「空軍に関しては試作機はできておりまして、現在細かな問題点の洗い出しと修正中です。最高速度は時速1050km(・・・・)程です」


 山口は自分の耳がおかしくなったのか、と考え、もう一度、ヴェルナーに問いかける。


「……申し訳ありませんが、もう一度、速度をお願いします」

「いいですとも。最高速度は時速1050kmです」


 聞き間違いでも、耳がおかしくなったわけでもなかったことに山口はどういう顔をして良いのか、さっぱり分からなかった。

 

「新鋭機が控えているので既存のレシプロ機が不良在庫にならないうちに捌いてしまいたいのですよ。型落ちしたものを大量に持っていても、使い道がありませんからね」


 ヴェルナーの言葉通り、イギリスやロシア、イタリア、アメリカ、オスマントルコといった同盟国や友好国に対し、作りすぎて余っている型落ちした三号戦車やJF13などを安く売り払う計画が進行中だった。

 既にオスマントルコとイタリア、アメリカが購入契約を結んでいる。

 前者2カ国は単純に戦力増強の為、後者は試験の為だった。


 しかし、新鋭の部類に入る機体や戦車の売却は日本に限定されていた。

 

 理由は単純で日本本土ではそれらを作ることができないからだ。

 ライセンス契約を結び、実機と設計図と技術者を提供したとしても、その基礎技術の低さから見た目は同じでも中身は全く及ばない粗悪品しかできないことをドイツ側――特にヴェルナーは重々承知していた。

 そして、それは日本が強大化しないことを意味している。

 購入する数には当然予算の制約上限りがあり、また補修で必要な部品もドイツ純正品でなければならない。

 たとえ、日本で同種の部品を生産したとしても、その材質や工作精度の悪さからたちどころに性能を発揮できなくなる。


 もし日本が牙を剥いたとしても、購入した機体はあっという間に消耗し、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。


 日本は価値が高いうちに売れる取引先(=ちょうど良いカモ)にぴったりだった。

 

 ヴェルナーの考えは商売人ならではの発想だったが、やり手の大蔵省の官僚などではない、軍人の山口にはヴェルナーの言葉の裏に潜むものを見抜くことはできなかった。

 そして、それは日本本土にいる軍高官達にも言えることだった。


 既に彼ら高官達には大使館経由で伝わっており、可能な限り購入するという返事が空軍省補給本部や陸軍兵器局に届いていた。

 


「まあ、そんなわけで日本の皆さんには次の作戦から外れてもらい、士気を養い、機種転換訓練を行なっていただきたいのです」


 ヴェルナーは笑みを浮かべ、そう告げたのだった。



 









 それからしばらく歓談し、山口が部屋を出ていった。

 ヴェルナーは執務机の引き出しから今回の作戦計画書を取り出し、パラパラと捲る。


「急過ぎる、というわけでもないんだがな、今回の作戦は」


 先の空襲はフランス側が仕掛けてくる、という情報を掴んだが故の予防作戦だった。

 しかし、今回は違う。


 作戦名――ボーデンプラッテ


 フランス本国に存在する工業地帯・航空基地を徹底的に叩き潰すと同時に、迎撃に出るフランス空軍に甚大な出血を強要することを目標にしており、継戦能力と制空権の奪取を狙った作戦だ。


 作戦参加には既存の全ての航空艦隊――第1から第5に加え、新設された第6・第7航空艦隊も加わる。


 作戦参加機数は戦闘機・爆撃機合わせておよそ2万機。


 対するフランス空軍は情報省によれば戦闘機は1万機程度だが、このうちVG42はおよそ半数であるとのこと。

 参謀本部では遅くとも半年、早ければ数ヶ月程度で数に劣るフランス空軍は壊滅し、またその継戦能力も甚大な損害を与えることができると予想している。


 そして何より、この作戦が立案されたのは陸軍からの要請によるものだった。


 陸軍は来年3月にドイツ領内からフランス軍を叩き出す限定的反攻作戦『春の目覚め』を予定している。 

 また、海軍でも沿岸部をヘルゴラント級戦艦を出して艦砲射撃をする予定だ。


 そして、ここにいたってようやく同盟国が動いた。



「イギリスもようやく動いてくれて何よりだ」


 ヴェルナーはそう呟き、笑みを浮かべる。

 フランス側は何よりもドイツを倒すことに戦力を傾けている為、イギリスは攻撃を受けず全く消耗していない。


 彼らの助けもあり、空軍参謀本部の予想通りに遅くても半年でフランスの背骨をへし折ることができる。

 そうなればもはやフランス陸軍もさしたる脅威ではない。

 制空権の無い陸軍は幾ら精鋭部隊を揃えようとも、容易く壊滅させることができる。


 勝利は1年か2年以内、どんなに遅くとも3年以内に転がり込んでくるとヴェルナーは予想していた。


 

 そのとき、ドアが叩かれた。

 来客の予定はもうなかった筈だが、とヴェルナーは思いつつも許可を出す。

 入ってきたのはヒトラーだった。


 彼は何だか難しい顔であった。

 そんな彼にヴェルナーはとりあえずソファに座ることを勧め、従兵のクルツに緑茶を2つ頼んだ。


「で、どうしたんだ? 難しい顔して」


 ヴェルナーの問いにヒトラーはお茶を一口啜ると、ゆっくりと切り出す。


「簡単にいえば戦後処理だ。マトモに併合して統治では反発が強すぎてやっていられん。イギリス人もちょっかいを掛けてくるだろうしな」


 そりゃそうだ、とヴェルナーは頷きつつも、どうせならばと提案してみた。


「いっそのこと、王政や帝政を復活させてみたらどうだ? オルレアニストなりボナパルティストなりレジティミストなり、色々いるだろう?」


 その提案にヒトラーは顎に手を当てつつ、口を開く。


「ボナパルティストは駄目だな。普仏戦争が原因で帝政が倒れているから協力は得られまい。レジティミストも今の情勢に合致しない。支持は得られるかもしれないが……」


 ヒトラーはそこでようやく微かに笑みを浮かべる。


「オルレアニストと交渉してみよう。連中は確か、イギリス型立憲君主制を理想としていた筈だ」

「そうしてくれ。この戦で分かったが、フランス人の死に物狂いの努力は驚嘆に値する。くれぐれも、敵に回すなよ。寛大なやり方で締めるべきところは締めるのが効果的だ」


 ヒトラーは頷き、言葉を続ける。


「もう一つある」

「もう一つ?」


 ヴェルナーの問いにヒトラーは頷き、溜息を吐いた。


「作りすぎた兵器、売り切れるのか?」


 ヴェルナーは固まった。

 売り払う計画があるとはいえ、予算ぎりぎりまで買う国はまず無く、ドイツ軍が保有している量からすれば売却される数は極僅かなものだ。


「四号戦車やらの最新兵器ですら、練習用に改造してもまだ余るから、と部隊配備されているものと同じ車両が訓練学校に置かれている始末なんだぞ?」

「おかげで部隊に配属される新兵の練度が上がったという嬉しい報告が……」

「維持費はどうするんだ?」


 ヒトラーの正論にヴェルナーは押し黙った。

 今は戦時ということもあって、予算も潤沢極まりない。

 問題なのは平時となったときだ。


 今が大盤振る舞いなだけに、どれだけの反動があるか想像もつかない。


「空軍としてはこれまでの戦訓を踏まえて、最低でも第一線機を全ての機種合計で3000機は揃えておきたいところである」


 ほう、とヒトラーは目を細め、告げる。


「今、アーネンエルベで開発・試作されている各種ミサイル兵器、電子機器、空軍はジェット機、陸軍だとガスタービン搭載戦車、海軍だと戦艦に空母……海軍はともかくとして、陸空軍にアーネンエルベは1台、1機あたりの調達価格が余りにも高くなり過ぎている。とてもではないが、君が言う、3000機のジェット機を配備するのは不可能だ」

「海軍は?」

「海軍は戦争が終わったら戦艦と空母を数隻ずつとその護衛を残して全部破棄させるから問題ない」


 涙目になるとある中将の顔がヴェルナーの頭に浮かんできたが、それを振り払う。


 周囲に敵国無し、と判断するのは簡単だが、ロシアもイギリスも、そして戦後のフランスもいつ手のひらを返すか分かったものではないのだ。

 イギリスもロシアもその黒さは筋金入りであり、フランスは何だかんだでドイツとは仇敵。

 うまいこと牙を抜かない限りは安全になりそうにはないが、そんなに簡単に牙を抜かせてくれる相手でもなかった。

 戦後処理のやり方を間違えればすぐにまた襲い掛かってくるだろう。

 

「1機辺りの調達価格を安く抑えることができるなら、考えないでもない。まあ、機数を増やしたところで人件費で火の車になるだろうが」

「……つまり、1機辺りの調達価格を安くし、なおかつ人件費も安くすればいいんだな?」

「それが理想だ。予算内で収まるなら、政治家は何も言わんよ」


 うむ、とヴェルナーは鷹揚に頷いた。

 ヒトラーは何だか嫌な予感がした。

 突拍子もないことを考えるヴェルナーだ。

 今この瞬間にも、そういうことを考えているに違いないと彼は確信する。


「……参考までに、何を考えているか聞いても?」

「人間が乗らない無人戦闘機なり爆撃機なりを造ればいい」

「どうしてそういう発想になるんだ」


 ヒトラーは唸る。

 このバカ、もとい、魔法使いは本気でやらかしそうだ。

 それもあちこちから資金を集めて。


 幸か不幸か、それができるだけの人脈と実績と地位がヴェルナーにはあった。


「まあ、そのレベルに達するには1世紀はかかりそうだから、とりあえずは既存の技術の発展に努めることにする」


 ヴェルナーのその言葉にヒトラーはよろしくない響きを感じた。

 


 一応、ヒトラーはまだ政府の要職に抜擢されていないが、その有能さと情熱は多くの議員の心を掴んでおり、また国民にもその演説の巧さと具体的な政策立案をすることから人気が出ている。

 シュトレーゼマンの次はヒトラー、という噂もあるくらいであり、またヴェルナーと仲が良いというのも非常に大きかった。


 故に、中々大きな影響力を持っていたりする。



「で、何が欲しいんだ?」


 ヒトラーは単刀直入に尋ねた。

 それに対し、ヴェルナーは至極真面目な顔で言った。


「官民問わない、教育……特に高等専門教育の充実を。また、戦後により景気が悪化する可能性もあるから、失業者専用の教育機関の設立や一時手当金などの失業保障の強化を」


 ヒトラーはその言葉に盛大に溜息を吐き、言う。


「絶対政治家になった方が良いだろう、君は」

「自己利益を全く追求せずに政策提言したら、誰でもこれくらいは出るさ。ああ、それと……日本を完全に味方にする情報があるんだが、聞くか?」


 ヒトラーは躊躇することなく頷く。

 何だかんだで魔法使いの情報は外れが少ない。

 そして、情報を制するものは勝利者になれるのだ。


「日本の領土で南鳥島という太平洋に浮かぶちっぽけな島があるんだが、あそこの海底にはレアアースが大量に眠っている。我が国が必要とするだろう量の数百年分がな」


 ヒトラーは呆気に取られ、ポカンとした表情を披露した。


「で、もう一つ。日本本土近くになるんだが、沖縄から近いところに尖閣諸島というところがある。あそこの海底には莫大な石油と天然ガスが眠っている」


 ヒトラーはごくり、と唾を飲み込む。

 そんな彼にヴェルナーは続ける。


「無論、海底ということもあって探査・試掘にも時間が掛かるし、本格的にプラントを建設してとなればまた時間が掛かる。今世紀中に商業化できれば御の字だが、どうするかね?」


 ヒトラーは不敵な笑みを浮かべる。


「明確な宝の山があり、技術が発展すればその分、採掘は容易になるという事例を私はよく知っている。そう、ニューギニアだ」


 当初こそ困難極まったニューギニア開発であったが、今では特に問題もなく資源採掘が進んでいる。

 ヒトラーの言葉にヴェルナーもまた笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「あくまで日本国内であるからして、日本企業が全面的にやるべきだ。我々は資金と人手を貸すだけで良い」

「ヴェルナー、君は日本をどう位置づけている?」


 問いにヴェルナーは躊躇なく告げる。


「日本は極東地域の憲兵となってもらう。我々の植民地と市場を守るには最も良い位置にあるからな」

「ある程度のテコ入れ……というよりか、相当なテコ入れをしないといけないぞ?」


 ヒトラーの言葉にヴェルナーは鷹揚に頷きながら、言葉を続ける。


「だが、彼らは我々の知る東洋人とは一線を画しているのは知っているだろう? 日本だけだぞ、自前で航空機や戦艦を作れる東洋国家は」


 ヒトラーはその事実に対し、頷いて肯定する。


「日本は相当な潜在能力を秘めていることは間違いない。限定的とはいえ、あのロシアにも勝ったことだし、育て上げる価値は大いにある。そして、育て上げ、一人前となったところで日本は我々に手を向かないだろう」


 ヴェルナーのその言葉にヒトラーは首を傾げたが、すぐにあることに思い至った。


「軍事力という目に見える力ではない、恩を売ることで心情的にこちらの味方にしてしまうのか? アメリカのように」

「アメリカには知人や友人も多い。特に次の大統領選出馬を考えているフランクリン・ルーズベルトとは最も仲が良い」


 ヒトラーはその名前に思い当たる節があった。


 当時、ドイツが開発に成功したポリオのワクチンを使い、回復したと新聞で報じられていた。

 彼が報道されたのはひとえに、元海軍次官であり、その後に副大統領候補として大統領選に出馬したという経歴とあのセオドア・ルーズベルトの従弟という出生からだ。


「彼とは友人か?」

「私は陸軍、空軍と渡り歩いているが、海軍も好きなんでね。話は合うよ。パナマ運河の制限を苦々しく思っていたから、ウチも協力するから拡張してみないか、と提案してみたり」

「……そういえばそのルーズベルト氏はパナマ運河の大拡張を明言していたような……」

「うむ、私の入れ知恵だ。他にも選挙対策とか色々と……」


 ヒトラーは溜息を吐いた。

 ヴェルナーがバックについているのなら、まずそのルーズベルトが次――1932年の大統領選で当選するのは間違いない。


 これは挨拶しておくべきか、とヒトラーが考えたところでヴェルナーが更に言葉を紡ぐ。


「しかし、私が思うにアメリカもそろそろ新しい植民地を獲得する必要がある。彼の国を我々の仲間に迎え入れるには相応の市場を用意せねばなるまい」


 彼の言葉にヒトラーは頷きながら、口を開く。


「だが、どこにそれを? 地球上のほとんどは欧州諸国が抑え、もはや手頃な土地はどこにもないぞ」

「簡単な話さ。地球上に無いならば、地球の外に作れば良い」


 そう言い、ヴェルナーは上へ視線を向けた。

 彼が見ているものは天井などではなく、もっと遠くだ。


「宇宙進出とは……大きく出たな」

「やってやれないことはない。予算と人手と時間があればどんなことでも可能だ。それに、宇宙進出によって開発されるだろう多くの技術を押さえれば我々は特許料だけで笑って過ごせる……問題は途中で結果が出ないから、とやめてしまわないことだ」


 そんなヴェルナーにヒトラーは苦笑する。

 宇宙進出となれば国家事業となり、その予算を工面するのはヒトラー達、政治家の仕事。

 戦後の方が今よりも大変そうだ、とヒトラーは溜息を吐きたくなった。









 ドイツ陸軍参謀本部の大会議室。

 そこに招待された日本遣欧軍司令官である山下奉文中将の表情は優れなかった。

 その理由は主に2つある。


 1つは彼の前には西方装甲軍集団司令官のルントシュテット大将をはじめとし、多くのドイツ陸軍の高級将校やらドイツ空軍の高級将校が並んでいた為だ。


 無論、ドイツ側には日本側を威圧している意図は全くなく、単純に春の目覚め作戦時における各軍の役割とドイツ軍のやり方を知ってもらうこと、ついでに友好関係を築くという3つの目的で集まったに過ぎない。

 また、参加しているのは日本軍だけではなく、同盟国であるイギリス・ロシア・イタリアの将官も同席している。

 イギリスからはルイス・マウントバッテン中将、ロシアからミハイル・トゥハチェフスキー中将、イタリアからロドルフォ・グラッツィアーニ中将だ。


 そして、彼らの率いる軍勢だが、イギリスは大陸派遣軍として機甲師団2個、歩兵師団5個、ロシアは西部方面軍として戦車師団3個、歩兵師団6個、イタリアはドイツ派遣軍として戦車師団1個、歩兵師団2個という兵力となっている。

 イタリアや日本以外は全力で支援する、というような兵力ではないが、かといって少なすぎるものでもない。


 


 そして、山下の表情がよろしくないもう1つの理由は白人だらけの会議室に紛れ込んだ東洋人一行として、不思議なものを見るかのような視線に晒されていた為だった。

 事前に山下は挨拶回りをしているとはいえ、彼ら白人からすれば東洋人がいることはやはり信じられないことだった。


 そんな日本人の心情は露知らず、会議はルントシュテット大将による形式的な挨拶から入った。


「本日、忙しい皆さんを呼んだのは他でもありません。来年の春に行われる作戦についてです」


 居並ぶ各国軍の司令官達は各々頷く。


「とはいえ、基本的には我々ドイツ軍が主攻を担うことになります。同盟国軍の皆さんは予備戦力として待機することが多くなりますが、そこは了承して頂きたい」


 その言葉に真っ先に頷いたのはマウントバッテンだった。

 彼は乏しい自軍の戦力で強大なフランス陸軍と殴り合う気は全くなかった。

 またイギリス政府からも、過度な戦闘と甚大な被害を受けるようなことは避けるよう、秘密裏に通達されていた。

 言うまでもなく、戦後を睨んだ措置だ。


「我が軍としてはドイツ軍に及ばずとも、それなりの働きはできると思いますが……」


 そう告げたのはトゥハチェフスキーだ。

 ルントシュテットはその言葉に頷き、肯定の意を示す。


 ロシア陸軍の主力戦車はT-34。

 しかし、史実のT-34とは当然ながら違う。

 ドイツからの支援により工業レベルが史実とは比較にならない程に向上しており、そのドイツとは同盟国でありながらもライバルであった。

 故にドイツ戦車に劣らない戦車を、という声が出てくるのは当然であり、そして開発されたのがT-34だ。

 だが、その実態は史実におけるT-44に相当する。


「だからこそ、ロシア軍にはいざという時の戦力予備となって頂きたいのです」


 ルントシュテットの言葉にトゥハチェフスキーは渋い表情で口を閉じた。

 彼としては自らが鍛え上げた機械化部隊で戦果を上げ、予算増額を政府に認めさせたい、という目的もあった。

 陸軍国ということもあって、海軍や空軍よりも優遇されてはいるが、それでも予算の大部分はもっぱら国内開発へ振り向けられており、戦時になっても所詮はドイツの戦い、と軍事予算の大きな増額は認められていなかった。


「我々は特に異論はありません」


 そう告げたのはグラッツィアーニ中将だ。

 イタリアもフランスと直接国境を接しているだけに、ドイツへイタリア軍が援軍としてやってきたのは意外であった。


 しかし、当のイタリアとしてはドイツからの支援を引き出したいが為のご機嫌取りだった。

 イタリアは欧州における日本のような立ち位置であり、貧弱な国力でありながら、強大なフランスと二重帝国の両方と国境を接している。

 後者はともかくとして、フランス軍は強敵であり、軍備増強はイタリア軍の悲願であったが、予算と技術がそれを許さない。

 慢性的な予算不足で長い時間を掛けて四苦八苦して新兵器を開発するものの、その開発されたばかりの新兵器が既に通用しない旧式兵器であったことに泣いたことも数知れない。

 特に戦車は悲惨の一言であり、とてもではないがフランス軍の戦車と撃ち合えるレベルにはなかった。


 そんなイタリアのグラッツィアーニ中将を山下は複雑な表情で見つめる。

 山下は挨拶に行った時、派遣軍の戦車師団「アリエテ」の戦車を見せてもらったが、八九式戦車よりは多少マシなレベルだった。


「閣下、よろしいでしょうか?」


 山下に小声で囁く者がいた。

 彼が何か、と横を見ればそこには丸メガネを掛けた若い大尉。

 山下はすぐにその男が分かった。

 熱心に会議への同席を頼み込んできたが為、山下もその熱意に負けて特別に出席を許していた。


「どうかしたのか? 辻大尉」

「欧州列強に皇軍の歩武を示す必要性があります。舐められたままで内地へ帰るのは皇軍のすべきことではないかと……」


 日本語で行われる会話ということもあり、そのやり取りを理解できたのは山下の参謀長の八原博通少将(・・)だけであった。

 山下はどうしたものか、と八原に視線を向ければ彼は僅かに頷き、小声で告げる。


「帝国陸軍が現代戦争の洗礼を受け、旧体制から脱却を図る為には致し方ありません」


 八原の言葉を継ぐように、辻が更に告げる。


「頭の固い内地の連中の目を覚まさねば、差は開いていくばかりでしょう……なお、私は司令部付きですが、戦闘の際には一番槍の誉れを頂きたく……」


 辻の言葉に山下は溜息を吐いた。

 陸大出の辻は普通にやっていれば普通に昇進するのだが、どうにもおかしなところがあった。

 

 先の言葉も形式的なものではなく、辻の場合、本当に司令部から飛び出して前線に立ち、兵達を鼓舞して敵陣目掛けて突撃しかねないのだ。

 しかも、兵達からも破天荒な行動に定評のある辻は人気がある。

 ならばこそ本当に陣地の一つや二つ、落としかねなかった。 


 山下とて改革を行なっているとはいえ、まだまだ陸軍には改善すべき点が山ほどあることは知っている。

 だが、兵をむざむざ死なせるのは指揮官としては無能の極み。


 揺れ動く心情を見据えたかのように、ルントシュテットが声を掛けた。


「山下中将はどうですか?」

「……我が軍としましては」


 山下はそこで言葉を切り、深呼吸を一度行う。


「機甲兵力でも砲兵力でも劣っています。ですが、我々は歩兵戦闘においてどこの国にも負けるつもりはありません。もし、十分な火力支援が受けれるのでしたならば、フランス軍の陣地を我々だけで攻め落としてみせましょう」


 山下の言葉は妥協したものだった。

 マトモに突っ込めば蜂の巣にされ、無駄死する。

 ならばこそ、ドイツ軍の絶大な火力支援の下に突破するならば幾分犠牲も少なくなるという計算だった。


 随分と大きな言葉に真っ先に反応したのはマウントバッテンだった。


「良いのではありませんか? 地球の裏にも等しい、アジアからやってきたお客人ですから、何もせずに待機しているのでは帰った時の土産話に困るでしょう」


 皮肉の混じった物言いであったが、山下からすれば頼もしい援護だった。


「日本だけが活躍するというのは些か気に入りませんな」


 トゥハチェフスキーがそう言った。

 このことから、援軍としてやってきた中では日本とロシアがやる気満々であることがよく分かる。


「我々も異論はありませんが、閣下もご存知の通り、我が軍は色々と問題がありまして……」


 言葉を濁すグラッツィアーニにルントシュテットは軽く頷く。

 彼とて、イタリア軍の装備の貧弱さは十分に知っていた。

 また、その兵質に大いに問題があることも。


「確か、イタリアはおよそ20年前の伊土戦争で大敗しておりましたな……」


 マウントバッテンの言葉にグラッツィアーニは肩を落としながら、告げる。


「……どうにも、オスマン帝国軍の統制が取れ過ぎていました。今となっては詳細は確認できませんが、どこかの国が軍事顧問団や義勇軍を派遣していたそうで」


 そう言い、ルントシュテットへと視線を送るが、彼は素知らぬ顔だった。


 ドイツ帝国とオスマン帝国――オスマントルコは長年友好関係にある。

 故に、1911年から1912年に行われた伊土戦争の際、事前に情報をキャッチしていたドイツ政府は軍事顧問団と義勇軍を送り込んだ。

 ドイツ政府としては中東権益の強化、軍としては砂漠地帯での戦闘経験を積む為という目的があった。

 この義勇軍はコンドル軍団と命名され、トリポリに上陸してきたイタリア軍をあっという間に海に叩き落とし、以後イタリア軍の上陸を許さなかった。

 そのまま膠着状態に陥り、イタリアは戦費に耐えかねて撤退し、オスマン帝国が伊土戦争で勝利を収めた結果となった。


「ドイツとオスマン帝国は仲が良いですからね」


 トゥハチェフスキーも同調するようにそう言った。

 明確な証拠はないが、伊土戦争から数年後、リビアでドイツ系企業により油田が幾つも発見されるなどの動きを見ていれば、どこが黒幕であったか一目瞭然であった。


 そういった欧州勢のやり取りに山下らは辟易とした。

 完全に彼ら日本勢にとっては蚊帳の外の話であり、居場所がないのだ。


 会議は踊る、されど進まず――そんな言葉が山下の脳裏に浮かんでくる。


「過ぎたことは終わりにしましょう」


 マウントバッテンの一言にグラッツィアーニもトゥハチェフスキーも口を閉じる。

 彼らとしても、既に終わったことをアレコレ言っても仕方がないことは百も承知だ。

 だが、勝ち続けているドイツに嫌味の一つでも言いたくなるのは仕方がない。


「さて、話を戻しますが……日本軍の作戦参加については了承しましょう。しかし、矢面に立つ日本軍にはそれなりの装備をしてもらわねばなりません」


 暗に日本の装備は酷すぎる、とルントシュテットに言われているのだが、山下らは嫌という程にその差を見せつけられたので悔しくも何ともなかった。


「故に、我が軍から四号戦車をはじめとした諸々の装備を売却しようと思います」


 その言葉に山下は耳を疑い、ルントシュテットをまじまじと見つめた。

 辻と八原も信じられない、という顔だ。


「それは良い案ですね。日本軍の装備は些か旧式の部類に入りますから」


 しかし、そんな風に驚いたのは山下らだけだった。

 マウントバッテンがまず賛同し、次いでトゥハチェフスキーもまた異論はない、とばかりに頷く。


「我が軍にも多少の支援が欲しいのですが……」


 そう言うグラッツィアーニだったが、彼の言葉から日本への装備売却に関しては文句はない口ぶりだ。


「ほ、本当によろしいのですか?」


 山下はそんな周囲の様子などお構いなしに身を乗り出し、問いかける。


「無論ですとも。是非とも有効活用していただきたい」

「必ずや赫々たる戦果を上げてみせましょう」


 力強くそう告げる山下だったが、八原と辻は何だかおかしい、と気がついた。


「……つかぬ事をお聞きしますが、ドイツ陸軍は既に五号戦車の開発をされているのですか?」


 八原の問いにルントシュテットは軽く頷く。


「予定では来年の5月に五号戦車『パンター』の試作が完了、本格的な量産は9月以降になります。空軍の新型に関してはもう少し早くなるかと……」


 あっさりと答えたルントシュテットに対し、質問者の八原を含め、全ての面々が呆気に取られた。


 四号戦車は欧州の水準で見ても、十分過ぎるくらいに強力な戦車だ。

 その四号戦車が1年も経たないうちに旧式に成り下がる――


 信じられないことだった。

 そんな彼らに対し、ルントシュテットは不敵な笑みを浮かべる。


「パンターはその名の通り、恐ろしい速さと強力な牙でもって、敵の喉笛を食いちぎるでしょう」


 そう締めくくったルントシュテットに山下らは完全に気圧されてしまう。

 四号戦車ですらも旧式となる次期主力戦車となればもはや彼らの想像の外だった。


 その為、マウントバッテンらが何故、ドイツ製装備の売却に反対しなかったのか、気づく機会を失ってしまった。

 マウントバッテン達も知っていたのだ。

 日本の技術力では例えドイツの最新戦車を購入したとしても、ドイツからの部品供給が無ければとてもマトモに運用できないということを。

 それはドイツに首輪をつけられることに等しかった。


「では話を再び、春の目覚めに戻しましょう」


 ルントシュテットはそれから春の目覚めにおけるドイツ空軍の支援体制について説明し始めたのだった。


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