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 6月も終わりに近づいた頃、独特の甲高いタービン音が広大なクンマースドルフ実験場に響き渡る。

 その甲高い音と共にダミー砲塔を載せた三号戦車の車体がゆっくりと動き始めた。

 やがて三号は急激に加速していき、実験場に作られた試験コースへと入る。

 最初はアスファルト舗装がされた道路、そこを三号は高速で進んでいく。

 その道路が終わると次は荒地、砂場、湿地と様々なコースを乗り越える。


 驚くべきところはその速度と走破性だった。

 既存の三号戦車はもとより、試作車が完成間近の四号戦車の予定性能よりもあらゆる場所で速かった。

 

「どうですか?」


 問いかけたのはハインケル社のアドルフ・ミュラー博士だった。

 彼が問いかけた相手は陸軍兵器局の長であるフリードリヒ・フロム大佐であったが、彼はあんぐりと口を開け、間の抜けた顔を披露していた。

 彼の随員達も同じく唖然としており、マトモな返事は返ってきそうになかった。


「……ドイツの科学力は世界一と空軍のルントシュテット少将が宴席で言ったことがあるが、いや、ここまで凄いとは」


 ようやく出てきたフロムの言葉にミュラー博士はにんまりと笑みを浮かべた。


「そもそもはジェットエンジンの開発途上での副産物です。欠点は燃費が最悪なこと……特に低速・停車時はより顕著です」

「だが、それはGT101でのことだ。このGT102はGT101よりも小型化し、車内の余剰空間に燃料を多く載せることで補うことができる。そうだろう?」

「その通りです、フロム大佐。低出力時においても別途発電専用の小型ディーゼルを用意することで解決しております」


 その言葉にフロムは満足気に頷きつつ、告げる。


「合計4200馬力を発生させ、そのうち2600馬力が圧縮機の稼働に、そして1600馬力が変速機へ、それでいて重量は僅か500kg程度。化け物エンジンだな」

「空軍のルントシュテット少将が言うには馬力や推力さえあれば装甲も火力も速度も並外れたものになる、とジェットエンジン開発の際に聞いておりましたので、それを実践しました」

「魔法使い様々だな。彼の先見性は素晴らしい……だが、整備時の作業量は既存のエンジンと比べて多いと聞いたが、それへの対策は?」

「ニッケルやコバルトをはじめとした特殊な耐熱合金を使っている為、整備には専門の知識を必要とします。その為、エンジンとトランスミッションその他補機類を纏めて1つのパックにし、まるごと交換できるようにしてあります」

「随分と贅沢な話だな」


 まるごとエンジンを交換し、新品を載せて搭載車を作戦可能状態にした上で、じっくりと使ったエンジンを整備するというのだ。

 当然、その為にそのパック――パワーパックが多量に必要となる。

 

 しかし、それらの代償はあったとしても、小型でその大出力からくる走破性と加速力の良さはフロムに採用を決断させるに十分過ぎた。

 彼もまたドイツの発展を間近で見ていたこともあり、技術が発展すればより燃費も整備性も良くなると考えた為だった。


「よろしい。ただちに量産に入れ。各メーカーに告知も出すとしよう」


 五号戦車が楽しみだ、とフロムは心の中で呟いたのだった。


 








 空軍省での兄弟水入らずの会話から1週間。

 ヴェルナーはカールの言った通りに陸軍参謀本部にて行われる統合国防会議にオブザーバーとして出席することとなった。



「忙しい中、集まってくれたことに感謝したい」


 その言葉と共に開始宣言をしたのは陸軍参謀総長であるハンス・フォン・ゼークト大将だ。

 彼は忌憚のない意見を述べるよう参加者に求めた。


「はじめに言っておくが、海軍は正直動きたくはない」


 海軍総司令官であるラインハルト・シェーア大将はきっぱりと告げた。


「張り切っているレーダー中将やその他多くの将兵には悪いが、フランス艦隊を叩き潰すには些か戦力不足だ。同盟国の助力を求めようにも、イギリスは各個撃破されることを懸念し、ロシア・イタリアは練度に難があると素直に言ってきた」


 その言葉を聞き、ヴェルナーはそりゃそうだろうな、と思いつつ、ゼークトやファルケンハインの様子を見る。

 彼らもそれを承知していたらしく、特に驚いているようには見えない。


「唯一、日本はこっちが補給を受け持ってくれるならば参加したいと申し出があったが……」

「日本が? 彼らは一度艦艇を消耗したら、補充ができないのでは?」


 ゼークトの言葉にシェーアは肩を竦めてみせる。


「彼ら曰く、同盟国の危機に助力するのは当然とのことだが、実際には戦訓を得たいのだろう」

「長門級を派遣してくれるなら有難いが、その長門級が1隻でも沈んだら、海軍の上層部が纏めてハラキリさせられるんじゃないのか?」


 シェーアの答えに対するファルケンハインの言葉に一同、笑いが巻き起こった。

 そして、笑いが静まったところで ゼークトが問いかける。


「現状、フランス艦隊は脅威といえるのか?」


 シェーアは短く「(ナイン)」と答えるが、しかし、と続ける。


「海軍の面子が丸潰れのまま、戦争が終わるのはよろしくない。それに戦訓を得たいのは我々も同じだ」


 その言葉にファルケンハインもゼークトもヴェルナーも頷いた。


「現在、20インチ砲戦艦をはじめとした戦時拡張計画で計画された全ての艦艇の設計が完了している……戦前から次期主力艦として建造するしないはともかく、海軍が設計させていたことが幸いした。現在は資材の調達中で建造開始は早くて10月だ」

「竣工・就役予定は?」


 ファルケンハインの言葉にシェーアは痛いところを突かれた、と頭をかいた。


「1番艦竣工までに戦艦で3年、5万トン級空母で1年半、3万5000トン級で1年といったところだ。就役するには更に3ヶ月かそこらかかる……まあ、同時に4隻くらい起工していくから、竣工・就役も4隻ずつになりそうだが」

「2年も待っていたら戦争が終わってるぞ? 陸軍は年内には全ての準備が一応整う。今日の議題の1つでもある、どこを先に攻めるかで変わってくるが……」


 フランス軍との矢面に立たされている陸軍としてはさっさと戦争を終わらせたい、というのが参謀本部内の総意であった。

 どこを攻めるかで意見が参謀本部内でも意見が分かれているが、戦争の早期終結という点では一致している。

 だらだらと戦争を続けて良いことは何もない上、短期決戦はプロイセン以来のドイツ軍の教条だ。


「空軍はどうか?」


 シェーアの問いにファルケンハインはちらりとヴェルナーに一瞬視線を送った後、告げた。


「敵が我が主力戦闘機を圧倒する新型機を出してきた。それに対抗する為に現在、新型機の量産が急がれている。空軍としては最低でも年内は動きたくはないな」


 事前にヴェルナーからの要請を受けてのファルケンハインの発言だったが、ゼークトとシェーアは驚いたらしく、目を丸くしている。


「私は航空機というものに然程詳しくはないのだが、そんなにポンポンと新型機を送り出せるものなのかね?」


 ゼークトの言葉にファルケンハインはヴェルナーに答えるよう促す。

 それを受け、ヴェルナーは立ち上がって告げた。


「本来ならば出せるものではありません。ですが、フランスは世界で一番我が国の影響を受けており、その危機感は半端なものではないでしょう。それ故に、彼らは効率的に努力し、最小の労力で最大限の成果をもたらす術を身に着けているかと思われます」

「中国の言葉だが、こちらが無敵の矛を作ればあちらは無敵の盾を作る関係か……」


 なるほど、とゼークトが頷いた。


「結論としては年内はどの軍も動けない、動きたくないという点で一致しているかな?」


 シェーアの言葉にゼークト、ファルケンハインは各々頷いた。

 その様子にヴェルナーは安堵の息を吐く。

 年明けともなれば十分な新型機とそれに習熟したパイロットを揃えることができるからだった。


「それでは次の議題だが、攻撃先だ。フランスを先に潰すか、オーストリア・ハンガリーを先に潰すか……」


 ゼークトの問いに他の面々は難しい顔をした。

 二重帝国軍はフランス軍よりも脆弱であり、倒しやすい相手ではあるが、西部戦線から兵力を移動した瞬間にフランス軍が攻撃を仕掛けてくる可能性が非常に高い。

 かといってフランスを先に倒そうとすれば今度は周辺国が二重帝国を潰そうと動いてくる。

 そのように動くのはロシアとオスマントルコであったが、そのように動かれるとドイツとしては困った事態に直面する。

 ロシアもオスマントルコも互いにライバル同士であり、二重帝国の領土切り取りを巡って対立が激化しかねない。

 事前にドイツ・イギリスの了承を得ているロシアならばともかくとして、オスマントルコがその勢力をバルカン半島で拡大することはドイツ・イギリス・ロシアの三国は望んでいなかった。 



 とはいえ、オスマントルコがドイツを盟主とする同盟に参加したい、という非公式の申し出があることもゼークトらは既に聞いていた。

 オスマントルコとドイツとの関係は深く、官民問わず交流が盛んだ。

 ドイツは中東安定化の為、オスマントルコに軍事顧問団や技術顧問団なども派遣しており、準同盟国と言っても過言ではない。


 イスラム教徒の抑えとしてオスマントルコは重要な相手であったが、ロシアとの調整も難しいところであった。


 そこらの面倒な事情も含め、ファルケンハインが言った。


「空軍としてはフランス軍をドイツ本国から叩き出すことを優先したい。そうすれば陸軍も戦闘正面を減らすことができ、余剰兵力が生まれるのではないか?」

「その通りだ。現在、西部戦線には94個師団が展開しているが、もし戦線を整理できたならばその半数程度で防衛できる。その案でいこう」


 ゼークトが答えた。

 あっさりと方針は決まったが、蚊帳の外となった海軍としては手柄を少しでも立てておきたいところ。

 それ故にシェーアは提案した。


「海軍も僅かだが助力できるかもしれない」


 シェーアはそう前置きし、言葉を続ける。


「巡洋艦以下の快速艦艇や潜水艦を投入して全面的な海上封鎖を試みる。場合によってはフランス軍の兵力を引きつける為、フランス本国の沿岸都市を攻撃してみよう」


 その提案にゼークトもファルケンハインも歓迎し、感謝の言葉を述べる。

 そして、その後は二重帝国を叩き潰し、フランス本国侵攻と話題がなったとき、ヴェルナーは挙手をした。


 ゼークトが発言を許可をすると、ヴェルナーは問いかける。


「フランス侵攻に関して、マンシュタイン大佐がアルデンヌの森を突破する計画を立てていたと聞きますが……他に何か計画はありますか?」

「それ以外とするとベルギー経由の計画が立てられている」


 ゼークトの問いにヴェルナーは頷きつつ、告げた。


「大西洋側から上陸できませんか?」


 その問いにゼークトらは言葉を失った。

 それはドイツとフランスが陸続きであったが故の盲点を突いたものだ。


 無論、掛かる費用も時間も人手も膨大だが、フランス軍に二正面作戦を強いることができる。

 それによって軽減できる戦闘時間と死傷者数は計り知れないだろう。


「貴官は実戦部隊の指揮経験はないと聞くが、どうしてそのような発想ができるのか?」

「私が魔法使いだから、では不足ですか?」


 ヴェルナーの問いは無礼にも思えたが、ゼークトは笑みを浮かべた。


「貴官は全く、とんでもない人物だ。まさしく、ドイツの偉大なる魔法使いだ」


 

 最大級の賛辞にヴェルナーは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

 まさか史実で連合軍が取った作戦です、とは口が避けても言えない。


 それから国防会議は幾つかの議題が協議されたが、それほど紛糾することもなく、すんなりと方針が決まったのだった。









 

 RFR社のマクデブルク車両設計局は興奮に満ちていた。

 


「こいつは化け物だぞ」


 設計主任はつい30分前、届けられたばかりの陸軍からの告知に思わずそう呟いた。

 新型エンジンの試験をする、ということは1ヶ月前、陸軍から告知されていた。

 その結果でRFR社の五号戦車設計チームは五号戦車のエンジンを決めるつもりだった。


「1600馬力のガスタービンエンジンだと……? 予定していた105mm砲よりも、もっと良いものが積めるじゃないか!」


 そんな主任の声に設計チームは歓声を上げた。


「確か、ラインメタルが六号戦車の為にと50口径125mm滑腔砲を開発していたな?」

 

 手近なところにいた部下にそう問いかければ響くように答えが返ってくる。


「はい、主任。最近開発されたばかりの装弾筒付翼安定徹甲弾は滑腔砲の方が威力が出るとかで……本来なら陸軍の規格にはないものですが、自主開発ということで認められたそうです」

「それを採用だ。すぐに連絡しろ。速度は時速100kmを目指すぞ。燃費は最悪らしいが、燃料は2000リットル搭載できればいいだろう……ああ、ジャイロスタビライザーも搭載して……」


 部下達は関係各所へ連絡する一方で次々にパワーウェイトレシオの関係から断念したものを次々に提案していく。

 

 しかし、その途上であまりに重すぎると橋を渡れなくなるのではないか、という懸念が出てきた。

 ドイツ本国内にある橋梁は50トン超の戦車も対応できるようになっているが、他国や植民地ではそうもいかない。

 だが、とりあえずは全部欲しいものを載せてみて、そこから削っていった方が良いという方向に定まり、欲しい装備を取り付けていくことになった。




 そのようなお祭り騒ぎが戦車開発を担うメーカーで巻き起こる中、そのガスタービンエンジンを快く思わない連中も当然いた。

 それはその戦車開発を担うメーカーの一部門でもあるディーゼルエンジン開発部門やエンジンメーカーであり、戦車用の小型軽量大馬力のものが未だにモノになっていなかった為だ。


 特にディーゼルエンジンの老舗であるMAN社やエンジンメーカーのマイバッハ社、RFR社ディーゼルエンジン開発部門は共に苦々しく思っていた。

 しかしながら、既存戦車に使われている航空機用空冷ワスプエンジンは馬力・重量・整備性・信頼性などの要素が既存のディーゼルエンジンと比較して勝っており、車高が高くなるという代償を十分に補って余りあるものであった。




 ガスタービンエンジンの試験結果にRFR社のリューベック・ディーゼル開発設計局はお通夜のような雰囲気だった。

 同じ会社でありながら、マクデブルクの設計局とはえらい違いだったが、自分達の努力が一向に実らないのだから当然の状態でもあった。




「忌々しい……」


 設計局局長はそう呟き、コーヒーをがぶ飲みした。

 目の前にあるデスクには設計チームから上がってきた無数のディーゼルエンジンの設計図が散乱しているが、どれもこれもガスタービンエンジンには到底及ばない馬力でありながら、ガスタービンよりも重かった。

 

 これまでに採用されているRFR社製の戦車には全て航空機用ワスプエンジンが採用されていたこともあり、ディーゼルエンジン部門への風当たりは強い。


 局長は足をデスクの上に投げ出し、椅子の背もたれに体を預けた。


「……どうしたものか」


 そのとき、ドアがノックされた。

 局長が許可を出すと入ってきたのは入社2年目の若い社員だった。


 彼はツカツカとデスクの前まで歩いてくると、おもむろに持っていた鞄から数枚の設計図を取り出し、デスク上に散乱していた設計図を押しのけて――というよりか、床に落とし――デスクに置いた。

 局長は興味無さげな視線をその設計図に向けたが、すぐに目を擦った。

 その設計図はただのディーゼルエンジンではなかった。

 

 局長はその設計されたディーゼルエンジンに付属品が2つあることを瞬時に悟ったのだ。


「……君、これは?」

「開き直って航空機のエンジンを真似してみました。航空機用のエンジンでは標準装備のターボチャージャーとスーパーチャージャーの2つを搭載し、これらにより出力の増大をはかりたいと思います」


 いくら航空機エンジンに負けているからといって、まさか戦車が空を飛ぶわけでもあるまい、と思ったものの、袋小路の息抜きとしては調度良いと局長は考えた。

 

「よろしい。物は試しだ。どうせ行き詰まっていたのだから、やってみたまえ……好きなだけ人員を持っていくといい」


 今回のガスタービンエンジンにより、この設計局の人員全てが不貞腐れた状態だった。

 五号戦車こそディーゼルを、という願いは脆くも打ち砕かれていたが故に。


 そんな連中をリフレッシュさせる意味を込め、局長はそう指示したのだった。













 そんなすったもんだがあるドイツとは裏腹に、フランスのランス空軍基地では明確な変化があった。

 基地近くに設けられた鉄塔、その頂上部にある巨大な金網型の台形を凹ませたような形のアンテナ。

 それが明確な変化であった。


 



「こいつは凄い」


 バルトリ大尉は目の前にあるPPIスコープを絶賛した。

 そこには哨戒飛行中の味方機が青い点で表示されている。


「対空監視レーダーとして配備されたソレイユ(=太陽)です。航空機を大型機ならば180km、小型機ならば120kmで探知することが可能です。低空侵入の場合は探知距離が大幅に落ちますが……」

「前置きはいいから使い方や整備の仕方を教えてくれ」


 バルトリは目の前にあるレーダーに夢中だった。

 派遣された技術者はその様子に苦笑しながら、バルトリに操作方法や表示されているものを教え始めていくうちに彼からある質問が出てきた。


「これは敵味方識別装置っていうものからの電波を拾っているのは分かったが、これじゃどの部隊の、どのような機種なのか分からない。そこをどうにかできないか?」

「周波数を変えれば可能です。早速、上に報告しておきましょう」


 その答えにバルトリは頷きつつ、告げる。


「しかし、レーダーとは凄いものだな」

「古くから概念はあったのですが、それを成し遂げる技術が無かったのです。レーダーが研究され始めたのはここ10年程のことですよ。ドイツも開発しているという情報が入ったときはより加速しましたが……」

「だろうな。何はともあれ、1000機爆撃をどうにか防がないとな……」


 バルトリの言葉に全くです、と技術者は同意した。


 フランス側はドイツが発表した報復攻撃である1000機爆撃を恐れ、それに対抗する処置として防空レーダー網の構築を推し進めていた。

 ソレイユレーダーは全ての国境地帯と大西洋・地中海に面した地域――要するにフランス本国の外周部から順に内陸へ設置されることになるが、優先順位はドイツ及び旧ベルギー国境地帯であり、次に大西洋沿岸部がきて、3番目がイタリア国境地帯、4番目が地中海沿岸部となっている。

 その為、前線に近いランス基地は第一号機が回されていた。


 また対空監視レーダーであるソレイユ以外にも、射撃管制レーダーであるビアンビニュレーダーがあった。

 後者のビアンビニュはフランス語で歓迎の意味であり、ドイツ空軍機を鉛弾で歓迎するという皮肉を込めた意味だった。


 このビアンビニュレーダーと連動させた対空砲の配備も始まっており、VG42の量産も加えて、フランス側は着々と防空体制を整えていた。


 












 フランス側のそういった努力は諜報員や無線傍受によりドイツ側に断片的に伝えられていたが、それはドイツ空軍の攻撃意思を挫くには至らなかった。

 皮肉にも、大編隊でもって攻撃すれば多少の損害が出るものの、攻撃は成功するとフランス空軍のベルリン空襲でもって実証していたからだ。

 また、フランス軍爆撃機よりもドイツ軍のB43の方がその防御力が上であることも拍車を掛けた。

 




 そして、空軍参謀本部では幾つかの組織改変が国防会議開催に先立ち行われていた。


 元々あった作戦部が統合航空作戦局と発展的解消され、局内の部門として戦術作戦部と戦略作戦部、航空優勢作戦部が設立されることとなった。

 こうなったのはひとえに、ヴェルナーによる航空機調達数が参謀本部の予想を超えて凄まじいペースであること、全ての航空艦隊のフル編成状態が1万機を超えることから既存の作戦部だけでは煩雑になりすぎる為に取られた処置であった。


 戦略作戦部の部長にはヴァルター・ヴェーファー大佐、戦術作戦部の部長にはフーゴ・シュペルレ大佐、航空優勢作戦部はヘルマン・ゲーリングが大佐に昇進した上で就任していた。

 戦略作戦部は名前からして戦略爆撃における作戦全般を統括し、戦術作戦部は戦術爆撃における作戦全般を統括、航空優勢作戦部には制空権を確保する戦闘機狩り関連の作戦全般を統括する。


 一見すればそれぞれの作戦部が機種毎に実権を握っているように見える――例えば、戦略作戦部は戦略爆撃機のみに絶対的な支配権を有しており、作戦部が了承しなければ戦略爆撃機は一切使えない――などということは当然なく、攻撃目標に応じてそれぞれの作戦部で作戦が立てられ、必要に応じて各航空艦隊から兵力が抽出され、作戦部隊を編成するという、より柔軟な行動を可能としていた。


 どこの作戦部も設立直後とあって忙しいが、戦略作戦部の忙しさは他の作戦部の比ではなかった。

 ヴェルナーが敵の新型戦闘機出現当日、それに対する回答の1つとして、1000機爆撃の実施を求めてきた為だ。

 手が付けられなくなる前に工場ごと吹っ飛ばそうという単純であるが故に、非常に強い論理だった。




 しかし、ヴェーファー大佐はどこの工場で新型戦闘機を量産しているか、皆目検討がつかず、目標が定まらなかった。

 情報省から送られてくる情報には無い為、自前で偵察するしかないのだが、偵察機を送れば落とされるのは火を見るより明らか。


 主要な航空機メーカーの工場は把握していたが、図ったようにフランス全土に散らばっており、またそれらは全てドイツと同程度の生産力を持っていると情報省からの情報では評価されていた。

 とはいえ、当然だが全ての工場を破壊し尽くすには戦略爆撃機が足りない。

 そもそも1000機爆撃であっても、余裕を持たせる為にその2倍の数――2000機は最低用意しなければならず、年内に実行できるかどうか怪しいところだった。


 もっとも、何もしないという選択肢もない為、ヴェーファーが頭を悩ます結果となっていたが、国防会議の決定により、年内一杯は動かないという通達がファルケンハインから出され、安堵することとなった。


 その一方で参謀本部内に新たに設立された局は国防会議後も忙しかった。

 それが防空統制局であり、ドイツ本土及び植民地における防空体制構築及びその運用を統括する。

 部長にはヨーゼフ・カムフーバー大佐が少将に昇進の上で就任し、彼は防空レーダー網及びレーダー連動対空砲、そしてレーダー搭載型迎撃機の大量配備――そして、それらを全てリンクさせ、徹底的な情報共有化による効率的な運用を目標に掲げ、関連部署との折衝などで飛び回っていた。


 この防空統制局はベルリン空襲を受けて設立されたものだが、その人事といい、内容といい、ヴェルナーが関わっている事がよく分かるものだった。






 そして、国防会議が開催されてから2週間余りが経過し、7月に入って幾日かが経過した。

 フランス・ドイツ両軍は相変わらず戦力増強に時間を費やしている為、戦闘が起こらず、奇妙な戦争と両国の国民や他国の国民が囁きはじめた頃。



 ドイツ政府の宰相であるシュトレーゼマン――史実では前年の1929年に脳卒中で急死している――は自らの執務室で同盟諸国へ提出した条約案を眺めていた。


 彼は同盟国の同盟からの離反を防ぐ為、幾つかの条約を纏めていたのだ。


 それらの中でもっとも大きなものが領土の確認に関する条約だ。


 各国の争いのもととなっているバルカン半島やらロシア・ドイツ国境やらの、そういった紛争が起こりそうな地域の帰属に関する話し合いを行い、領土の確認をすると共にそれぞれの領土を勢力圏として認め合うというものだ。

 要するに同盟国内で互いの植民地や領土を奪い合うのではなく、同盟国以外の国家の領土や植民地を奪いましょう、というパイの分配だった。

 無論、同盟国以外の領土を云々、というところは条約文に書かれていない。


 

 シュトレーゼマンが自ら各国の大使、1人1人と会談し、この領土確認条約を提示したところ、日本とイタリアはかなりの好感触であり、乗り気だった。


 イタリアも日本もドイツやイギリス、ロシアと比較し、国力が貧弱であり、安全保障上の理由から同盟を抜けられないことは判明していたのでシュトレーゼマンの予想通りだった。

 そして、この二国はドイツにとっても重要な国家だ。

 イタリアはドイツの下腹部にあり、また地中海の交通を抑えることができる位置にある。

 対する日本はドイツの太平洋及び極東アジアにおける権益を保護する為にちょうど良い足場であり、また東洋国家で唯一の近代化を成し遂げ、欧米に並ぶ16インチ砲戦艦を4隻も保有している。


「イギリスもロシアも調印せざるを得まい」


 情報省や大使館などからもたらされる莫大な各国情報、それらによればイギリスの国力は衰え始めており、世界の4分の1を占める植民地を維持する方向へ動いている。

 そして、ロシアはロシアで国内開発に手一杯であり、今回のような他国がふっかけてくる戦争以外の、戦争を自ら起こす余裕は全くなかった。


「……しかし、日本か」


 シュトレーゼマンが呟く。

 

「そういえばあのルントシュテット少将も親日派だったな……」


 日本料理が食べたい、と多額のポケットマネーを使ってドイツに日本の料理屋を多数誘致したことなど、ヴェルナーが親日派であると考えられる要素は多い。

 そして、彼は黄色人種は黄色い猿である、という欧米人の一般的認識から逸脱した価値観――黄色人種も黒人も人間である――を持っていることを公言はしていないが、その行動から読み取れた。


「何はともあれ、同盟維持路線を取るべきだ。黄色人種の国だろうが何だろうが、日本は実際に欧州列強に比肩しうる力を持ち始めている。極東安定化の為にはちょうど良い」


 目先の常識に囚われることなく、シュトレーゼマンは冷静に日本を評価したのだった。

 





 そして、提案から2週間後、シュトレーゼマンの読み通りに領土確認条約が同盟国間で無事に締結された。

 この条約に一番喜んだのは日本であり、日本政府や国民はドイツをはじめとした欧州列強が日本のアジアにおける地位を認めた、とお祭り騒ぎになった。

 その一方で日本政府は限られた国土、人材、資源を最大限に有効活用すべく、ドイツをはじめとした列強諸国に産業・教育に関する大規模視察団を送り込みたい、という旨を申し出た。

 この対価として陸海軍共に欧州戦線に最大限の兵力を派遣することも併せて伝えられた。


 予定になかった大規模視察団派遣と渋っていた兵力派遣の実行にあたって、政府や軍上層部を説得したのは他ならぬ陸海軍のドイツ派遣武官団であった。

 彼ら武官達は戦線が小康状態に陥ったことで日本に帰国する余裕が生まれ、次々と帰国した。

 そして、彼らは帰国するやいなや国力を増大させる為、そして欧州諸国に恩を売る為に兵力と視察団を派遣すべし、と声高に主張したのだ。

 中でも牟田口中佐の直訴は凄まじく、認められないならば腹を切る、と小刀と遺書を抱えて関係部署に突撃していった。


 その結果が産業・教育といった国家の基礎レベルでの大規模視察団の派遣と欧州への兵力派遣に繋がったのだ。


 ドイツ政府としてもフランス艦隊への抑えが欲しい為、軍と協議の上でこの派遣を了承した。


 日本が大規模な兵力派遣を決定する中で他の同盟諸国の動きは鈍かった。

 ロシア陸軍はオーストリア・ハンガリーとの国境地帯に100個師団近い兵力を張り付けていたが、攻勢に出る気はなく、またドイツ領内に援軍として入れることもしなかった。

 イギリス陸軍は植民地軍を本国内に入れてその規模を増大させていたものの、こちらも本土の守りを優先し、当面はドイツへ大規模な援軍を送るつもりはない、とハッキリ言ってきていた。

 それは両国の空軍も同じであり、どちらも自国防空で手一杯という返事だった。

 同盟国とはいえ、イギリスはイギリスでドイツとフランスが適度に潰し合ってくれるのが望ましく、ロシアはロシアで一応参戦したものの、防衛だけに留め、国内開発を重視したい、という考えだった。


 もっとも、戦訓を得たいのはイギリスもロシアも同じ事であり、また、ドイツの機嫌を損ねるのはよろしくない。

 その為、数個師団や数個航空隊といった小規模な援軍を派遣すること、様々な資源を破格の安さで提供することを約束した。



 







 日本海軍の大規模兵力派遣にドイツ海軍は喜びながらも、バイエルン級の復活と次期主力艦に胸を膨らませていた。

 公表されてはいないが、次期主力艦が建造されるという噂はどこからか漏れ出ており、海軍のみならず国民すらも知っていた。


 次期主力艦の建造を知る1人、エーリッヒ・レーダー中将は海軍総司令部にある自室にいた。


「本当にとてつもないな」


 彼の前にあるのは次期主力艦たる20インチ砲戦艦の最終性能表と搭載兵装の仕様書だった。


 全長362m、全幅54mという巨大な船体に20インチ砲を三連装4基搭載し、ワグナー式高圧重油専焼缶を18基搭載、ブローム・ウント・フォス製のギヤード・タービンを3基3軸搭載している。

 このワグナー缶は蒸気圧力70気圧、蒸気温度480度程度で常用できるレベルに達しており、タービンもまたそれに対応したレベルだった。

 だが、より信頼性を高める為に60気圧、470度程度に抑えられていたのだが、それでも満載排水量12万トンに達する巨艦を最大33ノットという高速で走らせることが設計上はできた。

 実際には自然条件などの諸々の要素が噛みあってくるので、そこまでの高速は発揮できないが、それでも機動部隊に随伴可能なレベルとみなされた。


 ちなみに、これらの基準はあくまでドイツ基準であり、他国――イギリスやアメリカやロシアや日本、フランスなどでは60気圧、470度というボイラーは十分過ぎる程に高温高圧缶だった。


 そして、こんな巨大戦艦はキール運河を通れないように思えたが、そのキール運河自体が昨今の船舶の大型化に伴い、大規模な浚渫工事――1926年からの五カ年計画によるものだが、五カ年計画自体が予想より早く4年程度で完了している――が行われ水深が20mにも達していた為に通行に問題はなかった。



 なお、当初予定されたブローム・ウント・フォスのハンブルク造船所にあるエルベ17乾ドックでは入りきらない為、同社のキール造船所やRFR社傘下のノルトーゼヴェルケなどの大手造船会社が保有する全長400m・幅80mの巨大ドックで建造されることが決まっていた。



「主砲もさることながら、対空兵器の数々も素晴らしい。これなら多少の空襲にもビクともしないだろうが……このガトリング砲というのは聞いたことがないな」


 レーダーの目に止まったのは20mmガトリング砲と30mmガトリング砲というものだった。

 彼は搭載兵装の分厚い仕様書を手に取り、目次で探してその項目を開く。


 それによればマウザー社が開発した航空機搭載用のモーター駆動のガトリングガンであり、それを艦艇・地上部隊用に改修したもののようだ。

 毎分3000発とかいう桁違いの発射速度にレーダーは目を見張った。

 そんな物凄い発射速度ならば給弾も大変だろう、と思ったものの、仕様書によれば1000発入りのドラム弾倉から銃身までベルト給弾されるが、そのドラム弾倉は人力で交換する必要があるとのことだ。


「弾の消費も物凄い。兵站部がうるさそうだ」


 そう呟いたが、その顔は晴れやかだった。

 しかし、レーダーはふとあることに気がついた。


「この戦艦はH級と仮称されているが、どのような名前が相応しいだろうか?」


 そう自問自答して、レーダーの頭に浮かんだものが1つあった。

 それはまさしくドイツを示す単語と言っていいものだった。



 レーダーはこの20インチ砲戦艦がおそらくドイツが建造する最後の戦艦になるだろうことが薄々感じられていた。

 躍起になって開発されているミサイルは戦艦の主砲弾よりも飛び、その命中力は比較にならない程に高い。


 そして、今回の戦争が終われば戦争を仕掛けてくるような国は無くなる。

 大規模な海戦ができる程の海軍力を持つ国は限られており、更に同盟に参加していない国となるとアメリカくらいしか残らない。

 そのアメリカは世論も政府も企業も親独であり、戦争となることはまず考えられない。

 

 もし、戦争が起こるとすれば内陸部の情勢が不安定な中華民国くらいなものだったが、それとて今回のような総力戦は到底起こらない。


「ドイツ帝国海軍最後の戦艦だ。故に、この艦を示すものはドイツを示すもの……グロス・ドイッチュラント以外に考えられないだろう」


 レーダーは椅子から立ち上がり、許可を得るべく部屋を出た。

 







 それから数日後、ドイツ帝国皇帝のヴィルヘルム2世は演説で次期主力艦について言及した。

 そこで発表された1番艦の艦名はグロス・ドイッチュラントであった。




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