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開発競争

独自設定・解釈あり。

 5月17日に行われたフランス空軍の報復は双方の陣営に多大な影響を及ぼすこととなった。

 フランス側はBr482およびMB162合わせて最終的な未帰還機は84機、修理不能機は52機にも達し、出撃機数312機のうち5割近い損耗を強いられることとなった。

 言うまでもなく、四発爆撃機は1機作るのに戦闘機が数機作れるだけのコストが掛かる。

 フランス空軍は一定の成功を収めたと全世界に公表し、ドイツ側の不甲斐なさを喧伝したが、損耗率に頭を悩ませることになった。

 無論、生産力的には1ヶ月程度で補充が完了するレベルであったが、それでも100機以上の四発爆撃機の損失――特に搭乗員の損失は痛かった。

 そんな軍とは裏腹にフランスの一般市民は熱狂し、ベルリン占領、ドイツ降伏という期待を胸に抱いた。

 そして、傍観者である他国はドイツ・フランス共に一歩も引かない、凄惨な殴り合いに戦慄した。



 

 一方のドイツ側はフランスよりも冷静であった。

 ドイツ空軍及びドイツ政府は素直に自らの損害を公表しつつも、二度とフランス空軍はベルリンの空を飛べない、ということを宣言。

 また、フランス空軍の市民を初めから狙った無差別爆撃を痛烈に批判し、ドイツ空軍のパリ空襲はパリ郊外にある工場を狙ったものだ、と自己弁護しつつ、非道な仕打ちに対する対抗策として1000機の四発爆撃機による戦略爆撃を行う用意がある、と公表した。


 1000機爆撃――それはかつてゲーリングが語った構想であったが、すぐには実行できない為、ブラフであった。

 そしてドイツ国民の間では軍へ志願する者や工場で働こうとする者が――元々多かったが――激増し、1日でも早い戦争の勝利の為、団結しつつあった。

 

 また、ドイツの同盟国においても当然ながら反応があった。

 イギリス・ロシア・イタリアの欧州における同盟諸国は自国が戦略爆撃を受けたらたまらない、と戦闘機の量産と防空体制の拡充に努めることになる。

 対する日本はただちに本土攻撃を受ける心配が無い為、各国が構築する防空網を参考にしつつ、独自の防空網を作ろうと情報収集に励むことになった。


 

 そのような影響下でフランス・ドイツ両軍は共に戦力回復・増強の為、5月17日以降、全ての戦線で動きを止めた。

 お互いに攻撃せず、陣地に篭ったままの睨み合いへと移行することになる。

 フランス軍としてはドイツ軍の圧倒的な速度の増強を止める手立てがほとんどなく、歯ぎしりする思いであったが、このまま攻撃し続けてはいたずらに消耗するだけ、と苦渋の決断を下していた。

 フランスがドイツ国内に構築している諜報網があり、妨害工作をできないこともないが、ドイツ側の情報組織により一網打尽にされる可能性があった。



 そんなこんなで戦線は膠着状態のまま、6月へと入った。













 6月も半ばを過ぎた頃、ヴェルナーはひたすらに機嫌が良かった。

 急な昇進と同時の空軍長官就任と補給本部の空軍省への移管も仕事が増えるとボヤくこともなく、精力的にこなしている。

 彼はこれらに加え、ベルリン空襲のおかげでアーネンエルベの設立が正式に認可され、陸海軍との共同開発という条件がついたものの、200億マルクの予算を獲得していた。

 そのアーネンエルベはレーダーなどの元々三軍での開発をしていたものも組み込まれた為、当初の予定よりも大きな組織となったが、それは些細なことだった。

 

 そして、特筆すべきはその予算額だ。

 ドイツの戦時国債は国内の銀行や資産家を中心に多く買われ、中立国――アメリカなど――の資産家も多く買っている。

 ちなみに一番買っているのはヴェルナーだったりするが、いつものこと、とドイツ政府は気にしなかった。

 その為、予算はとにかく潤沢であり、湯水のように使ってもなお余るものだった。


 そんな空軍長官とアーネンエルベ総責任者として忙しいヴェルナーの機嫌が良いのはひとえに、フランス空軍の空襲がほとんど無い為、順調に前線部隊への新型機の配備が進んでおり、またその生産ペースが右肩上がりであるからだった。




 空軍省にある長官室。

 広々としたスペースには調度品はさほどなく、ソファとテーブル、そして執務机に棚がある程度だった。

 座り心地の良い革張りの椅子にヴェルナーは深く座り、背もたれにもたれかかりながら、ヒムラーから上がってきた報告書に目を通していた。


 全ての機種で5月と比べて大幅な増加を達成している。

 戦闘もほとんど無いことから消耗もなく、安心して機種転換訓練に励むことができている。

 また、機種転換訓練が不十分な状態で出撃したパイロット達からの意見を取り入れることで最適な訓練プログラムを割り出し、大幅な訓練期間の短縮を図っていた。


「これなら先月の予想よりも大幅に上回りそうだ」


 5月時点での6月の予想航空機生産量が全ての機種合計で1400機程度だったが、この分なら戦闘機だけで2000機を超えるのは確定であり、全ての機種を合わせれば6000機程度になるだろう。

 そして、7月になれば更に生産数は増加する。

 そのことを日本から来た武官団に親切心から教えると、彼らは誰も彼もが顔を真っ青にしたのはヴェルナーの記憶に新しい。


「しかし……ヘンシェル・ドルニエ共同開発のHD75って……まんま震電じゃないか、これ」


 ヘンシェル社は元々機関車製造メーカーであり、史実ではミサイルの元祖や戦車なども製造していたのはヴェルナーの記憶にもあったが、戦闘機も作っていたというのは知らなかった。

 そして、そんなヘンシェルとドルニエ社が共同開発したという戦闘機がエンテ式であり、縦に液冷エンジンを2基繋げ、4翅の二重反転プロペラを採用しているものだ。

 双子エンジンというところにヴェルナーとしては眉を顰めたものの、彼によって改変されたドイツの工業技術レベルは史実とは比較にならない程に向上しており、若干過熱気味ではあるものの、十分実戦に耐えうるレベルであるとされていた。

 

 同じように上がってきた報告書には先月、レヒリンにドルニエが直接持ち込んだDo135があった。

 エンジン馬力や搭載兵装こそ異なるものの、その機体形状はどう見ても史実のDo335であったりする。


 HD75の串型双子エンジンやDo135の串型双発というのはコストや整備、量産性の面で通常エンジンよりも悪い。

 おまけに機体自体もDo135、HD75共にTa152などよりも一回り大きく、重い。


「性能としては満足できる性能だが……既存の航空機で対応できているしなぁ」


 Do135・HD75共にダイムラー・ベンツ社の液冷エンジンを2基搭載し、それぞれ2500馬力を発揮する。

 当然、それだけ大馬力ならば最高速度も既存の戦闘機よりも100km以上高速であり、重武装で、かつ航続距離も長い。

 いいとこ尽くめであったが、ジェット機が控えているとなると、浪漫で少数生産――といっても数百機レベルなのだが――しても良いかな、という程度にしか思えない。

 既にJF13、Ta152、Me209、S85と単発機だけで4種類もある状況であり、これ以上機種を増やすのは運用面から考えて面倒くさい。


「まあ、ヘンシェルやドルニエにも仕事を回してやるか……」


 ヴェルナーは早速関係部署に電話を掛け、月産数の見積もりを出すよう指示を出しつつ、根源となっているエンジンの開発状況を確認すべく、書類を手繰り寄せる。


 そして、開発状況を記した表を見て彼は顔を顰めた。 


 ズラッと並ぶ数字は説明があったとしても、分かり難かった。

 しかし、シリンダーの数と大きさ、回転数、排気量に着目すれば良いということをダイムラー・ベンツの営業担当から聞いていた為、どうにかその性能表を読み取ることができた。


 性能表には現在開発中の空冷・液冷合わせて幾つかのエンジンが並んでおり、空冷四重星型28気筒・空冷星型複列18気筒・空冷星型複列14気筒・液冷H型24気筒・液冷正立・倒立V型12気筒であった。

 しかし、開発会社はダイムラー・ベンツ、BMW、RFR、ユンカースの4社のみだ。


 なお、表にはダイムラー・ベンツの串型双子エンジンがあったが、それは見なかったことにして、ヴェルナーは通常エンジンの要目をざっと見る。

 回転数や過給器はどれもこれも違いがあり、予定馬力は概ね1500馬力程度。

 こちらはヴェルナーが考えていた2年毎のサイクルではなく、もっと早い時期――遅くとも今年の10月にはできるらしく、最低でも年末には馬力向上型の各種航空機が登場する予定だ。


 1500馬力程度までは回転数の調整や過給器などの性能向上で――すなわち、排気量を変えないまま馬力を上げることができる。

 ここに記載されているうち、空冷14気筒・液冷12気筒エンジン系列は開戦前からあった既存エンジンの改良であることが分かる。

 

 それに対して2000馬力クラスの大馬力を発揮するにはシリンダーの大きさや数を変え、排気量を増大させる必要があった。

 この作業はエンジンを一から開発するのに等しく、膨大な時間と費用と人手を要するが、開戦前から研究されていたこともあり、開戦に伴って予算の大幅増加により、遅くとも2年以内、早ければ1年以内に実用化できるレベルにあった。

 どうやらメーカー側はヴェルナーが提示していた1700馬力という微妙な馬力よりも2000馬力を目指した方が良い、と判断したらしく、1700馬力を最低ラインと考えて研究に取り組んでいたようだ。


 そして、徹底した品質管理と高精度工作技術を誇るドイツは他国ならば無理難題と思われることに普通に挑戦していた。

 その最たるものが液冷H型24気筒エンジンと空冷四重星型28気筒エンジンだった。


 前者の液冷H型24気筒エンジンは史実でネイピア社の無理な設計や杜撰な製造工程の為、失敗作の烙印を押されたが、1943年に同社がイングリッシュ・エレクトリック社に買収された後、徹底した品質改善の結果、1944年――たった1年で――2400馬力を安定して発揮できるようになっており、キチンとやれば24気筒エンジンはものになることを示している。

 そして、後者の空冷エンジンのお化けはRFR社の空冷部門と航空機設計部門が共同で提出してきた大陸間戦略爆撃機の為のものだった。

 これらの化け物エンジンは予定では3年以内の実用化を目指しているが、どう転ぶか不透明であった。


 そしてレシプロエンジンに加え、上記の4社にハインケル社を加えたジェットエンジン開発や、ジェットエンジンとレシプロエンジンの間の子であるターボプロップエンジンも開発がされている。

 1ヶ月前は10年以内に実用化できれば御の字、というものであったが、1930年代後半にはおそらく実用化できそうだ、という程度には短縮されていた。


 空軍長官となり、補給本部が空軍省に移管されたことでヴェルナーは参謀本部に縛られることなく、わりと好き勝手に航空行政を牛耳っている。

 とはいえ、彼の好き勝手な航空行政は他者から見れば極めて大胆であり、かつ明確なドクトリンをもって進められているように見えた。




 ドアがノックされた。


「閣下、お時間です」


 入ってきたのはエアハルト・ミルヒ大佐だ。

 彼を空軍に引き抜いたのはヴェルナーであったが、その後、ミルヒは空軍省へと配属となり、ヴェルナーが長官就任にあたって次官へと誘った。

 突然の次官就任要請にミルヒは困惑したものの、最終的には了承し、ヴェルナーの読み通りに優秀さを発揮している。


 ヴェルナーは壁に掛かった時計を見れば9時30分を回ったところだった。


「ああ、行こう。今日はニュルンベルクにあるヒュールスマイヤ―の技術研究所だったな」


 ヴェルナーの言葉にミルヒが頷く。

 ニュルンベルクとベルリンは離れているが、テンペルホーフ空港から空路でひとっ飛びだった。













 ニュルンベルクにあるヒュールスマイヤ―通信技術研究所はヒュールスマイヤ―社が幾つか持っている研究所のうち、最も大規模なものだった。


 ベルリンから空路で1時間半ほどでヴェルナーとミルヒは到着した。

 彼らは応接室へと通され、そこからほとんど待つことなく研究所の総責任者が部屋へと入ってきた。



「所長の八木秀次と申します」


 にこやかな笑みを浮かべ、八木はそう言った。

 ヴェルナーは鷹揚に頷く。

 彼ともう一人の宇田新太郎を引き抜いたのは他ならぬヴェルナー本人だった。


 八木と宇田はヴェルナーに招かれ、ドイツへとやってきてレーダー開発計画に加わったとき、その機材の凄さと人材・資金の豊富さに狂喜乱舞し、ついでその進み具合に驚愕した。


 しかし、そのような状況下でも、彼らは持ち前の研究者としての欲求・頭脳を存分に発揮し、瞬く間に頭角を表し、今の地位に就いていた。

 すなわち、八木は研究所所長に、宇田は開発グループのリーダーに、といった具合である。



「今回は早期警戒レーダーであるフライヤ及び射撃管制レーダーであるヴュルツブルクの進捗状況についてだが……先月の終わり頃に試作型ができたと聞くが、量産化までにどれくらいの時間が必要か?」

「テレフンケン、ジーメンス、ヒュールスマイヤ―の三社で現在、量産の為に生産ラインを立ち上げている真っ最中です。早ければ7月初旬には……」


 ヴェルナーは満足気に頷いた。

 早期警戒網及び防空網構築の為、レーダーの量産化は不可欠であったからだ。

 

 史実では大戦中にイギリスに差をつけられたドイツであったが、既に水冷式大出力マグネトロンを実用化、トランジスタにすら迫りつつあった。

 そして、マグネトロンの早期実用化により、現在試作あるいは実験されているレーダーは全てGHz帯であった。

 その為、フライヤレーダーもヴュルツブルクレーダーも史実とは比較にならない程に洗練・小型化され、その性能も大幅に向上していた。


 特にヴュルツブルクレーダーは試験から史実では等感度方式あるいはローブ・スイッチングと呼ばれる運用方法を編み出すことに成功していた。

 これは複数のレーダーもしくは1つのレーダーから電波を複数回飛ばし、その精度をより向上させるというものだったが、後者の方が運用上無駄が少ない、ということでそちらに特化した造りとなった。

 そこから、レーダー本体が動くよりも、電気的にコントロールして異なる方向に2つの電波を飛ばした方が信頼性が高い、としてそのように改良され、更に複数のレーダー反射波の大きさをもとに、レーダー基部のモーターを常に目標を指向するように動かすシステムが開発されることとなった。

 

 その結果、できたのは自動追尾型射撃管制レーダーという、時代を先取りし過ぎた代物だった。



 そして、開発が進められているのは地上・艦船設置型のこれらのレーダーだけではない。


「機上レーダーに関しては?」


 ヴェルナーの問いに八木は笑みを崩さずに答える。


「機上用航空機探知用としましては飛行機の機首内部に設置できるような、小型の金網型パラボラアンテナレーダーの試作型を製作している最中です。6月の終わり頃には完成しますので、試験の為に飛行機を回して頂きたいのですが……」

「勿論だとも。全ての種類の航空機を回そう。地形判別レーダーは?」

「こちらも同時期に……ただ、レーダー全般に言えますが、重量増加の為に飛行性能の若干の低下が見込まれますが……」

「ある程度は仕方がないだろう。ただ、次のものは軽くて精度が良いものにしてくれ」

「トランジスタの開発状況によります。それができればもっと軽くて精度が良く、そして小型のものを作ることができますので」

「トランジスタ、集積回路、半導体とそれらを使った電子機器開発は国家の急務だ。これらを如何に早く、高品質に大量に供給できるかで様々なものが変わってくる」


 ヴェルナーの言葉に八木は重く頷く。


「ところで提案なんだが……B43を改修してレーダーを含む様々な電子機器を搭載した早期警戒管制機なる機体を作ろうと思う。あとで必要な要求は纏めて提出しようと思うが、作れるな?」

「勿論です。その時のレーダー上での敵味方の判別ですが……敵味方識別装置は既に完成しておりますが、改良をしておきましょう。部隊毎に違った周波数を出せるようにして、PPIスコープ上で簡単に判別できるように」


 ヴェルナーは鷹揚に頷き、告げた。


「では予定通りに施設を見て回りたい。ああ、先ほどの件も含めて予算は幾らでも出すから安心して欲しい」

「よろしくお願いします。では参りましょうか」


 日本では絶対に聞けない言葉だと思いつつも、八木は笑顔でそう答えたのだった。









 同じ頃、RFR社の本社ではヘンリー・フォードが各地の工場から上がってくる報告書を不満気な顔で読んでいた。

 時計をちらりと見れば11時50分ちょうど。

 そろそろ昼食だが、目の前にある不満な報告書では到底うまい飯は食えそうにないとフォードは判断する。



 RFR社の工場は本社近くにあるアシュスレーベン工場をはじめとし、ドイツ全土に大規模な工場が幾つもある。

 陸海空軍からの大量発注により、それらの工場は全力稼働を始めているが、まだまだ足りなかった。


 彼は電話を取り、オストプロイセンにある大型航空機製造専門のケーニヒスベルク工場へと繋げるよう交換手に告げる。

 

 数回のコールの後、工場長が出た。


「B43が日産20機? ダメだ、せめて30機にしろ」


 もしドイツ以外の軍事関係者がいれば耳を疑うことだろう。

 B43はコストは勿論のこと、工程も多く製造には時間が掛かるということが誰が見ても分かる。

 しかし、今、RFR社のケーニヒスベルク工場ではB43を日産20機、およそ1時間で四発爆撃機が1機、完成するという異常な事態にあった。

 先月時点では日産6機程だったので4時間に1機というまだ常識的なレベルにあったが、工員の増加と24時間休日無しのフル稼働体制に入ったことで可能となったことだ。

 

 これは他のメーカーの工場にも言えることであり、工員の集まり具合から当初こそ3ヶ月程度は全力稼働に掛かると見積もられたが、ベルリン空襲により一気に国民の団結が高まり、1ヶ月程度でその持てる生産力を完全に発揮し始めていた。


 ドイツのあらゆる工場はマニュアル化・規格化された流れ作業であり、経験も学歴もいらない。

 誰にでもできるが故に、労働者は老若男女を問わず誰でも良い。


 人さえ集まればあとは必要な原料が工場に運ばれさえすれば問題なく、その原料自体も海路はドイツ・イギリスがほぼ完全に制海権を保持し、ロシア経由の陸路は全く妨害を受けていない。

 これで全力稼働ができないわけがなかった。


 

「いいな? このチャンスを逃すわけにはいかない。とにかく作って作って作りまくるんだ。提示された予算は500億マルクだ」


 フォードは一方的にそう言って電話を切った。


「500億マルクか……ウチの戦闘機・爆撃機が主力というのは何とも良いものだ」


 エンジンこそダイムラー・ベンツ社のものが使われているが、それでも2000馬力クラスのエンジンで巻き返しは可能だ、と踏んでいた。

 

 現在、空軍におけるRFR社の製品はJF13、Me209、Ta152、S85、B43と現在の主力作戦機のほとんど全てであった。

 やはりというか、ヴェルナーから直接にもたらされる情報は大きく、また彼が集めた人材によるところが大きい。

 唯一、B13とB23はユンカースにもっていかれたが、それでもそれらの機体もライセンス生産していることもあり、十分に利益が出ていた。

 無論、上述したRFR社の航空機達も他のメーカーがライセンス生産しており、ドイツ全土でのこれらの生産数はとんでもないことになっている。



 対して自動車分野では戦車や各種装甲車、トラックなどを製造しているが、戦車以外のほとんどは他のメーカーが開発したものをライセンス生産という形になっている。

 なお、主力戦車である三号戦車ならばRFR社だけで月産1200両という生産力を誇っていた。


 色々と数がおかしいが、造船部門でも植民地や中立国からの輸入・輸出用として輸送船とそれを護衛する駆逐艦の需要が急増し、その注文に応えるべく、極限まで工程を簡略化した艦艇が建造され始めている。

 どれか1つだけが進行されているのではなく、航空機・自動車・船舶の全てにおいて同時進行で大量生産されているのだ。

 史実でも大量生産システムをアメリカで構築し、大量生産・消費社会の扉を開いたヘンリー・フォードの面目躍如であった。

 

「しかし、陸軍の予算は600億、海軍・空軍はそれぞれ500億、技術開発として200億……その他諸々加えて2000億マルク。戦時国債が売れに売れているのは分かるが、刷りすぎじゃないか?」


 2000億マルクというのはドイツの国家予算のおよそ8年分に値する。

 とはいえ、勝てさえすればフランスが保持する植民地権益を丸々分捕れることに加え、フランスが発見していない多数の油田や鉱脈を掘り返すことで長期的に元が取れるとドイツ政府は読んでいた。


 ちなみにヴェルナーはヴェルナーで戦争中に開発される数多の新技術の特許により、すぐに返せると考えていた。

 

 フォードはそれから更に幾つもの工場に電話を掛け、発破をかけた後、生産関連の書類を横にどかし、別の書類をどかっとデスク上に置いた。

 それは陸軍の次期主力戦車の試案であった。


 三号戦車の性能はすぐに陳腐化する――あくまで欧州基準で――と陸軍は考え、三号戦車の量産が決定された1ヶ月後には次期主力戦車の設計案が募集されている。

 RFR社は資金力・技術力にモノを言わせ、またヴェルナーから得ていた次世代型戦車に関するアドバイス――T72やM1エイブラムスやレオパルト――も参考にしつつ、他のライバルメーカーを引き離すような案を提出した。


 71口径88mm砲搭載、エンジンは変わらず航空機用ワスプエンジンをデチューンし、950馬力のものを搭載した背の高い45トンクラスの戦車、それがRFR社の案であった。

 他社が長砲身75mm砲とディーゼルエンジン搭載の40トンクラスで堅実的かつ、軽量小型低車高を目指したのとは対照的な案であったが、インパクトは抜群だった。


 折しも、長年の――20年程前に植民地で天然資源が発見されたときから――冶金や精製・掘削技術へ史実とは比べものにならない程に膨大な投資がなされており、それが実を結ぶことになった。

 つまり、新素材の発見や複合素材の開発だ。

 なお、三号戦車では設計年度が古いこともあり、それらを活用することはできなかった為、その鬱憤を晴らすかの如く、四号戦車ではそれらがふんだんに盛り込まれ、三号でも使われた避弾経始概念なども取り入れられた。

 その結果、車体がデカくて車内が広いRFR社案は今後の発展性が大いにあり、としてめでたく採用されたのが1年前の話だ。

 そこからすぐに試作車製作に移り、来月にようやく試作車が完成する。

 とはいえ、既に五号戦車の設計案も募集が始まっており、RFR、ヘンシェル、クルップ、ダイムラー・ベンツ、MANなどの各メーカーが火花を散らしていた。


「値段は若干高いが、10万両くらい生産すれば安くなるだろう。五号が出るまでにそれくらいはやらねばな」


 フォードはそう言い、ようやく笑みを浮かべた。

 ちなみに値段は四号戦車1両で三号戦車が2両作れるくらいであったりする。


 しかし、ドイツだけが技術加速しているわけもなく、フランスもまた当然に加速していた。













 同じ頃、パリにあるフランス空軍基地では――



「なんつーか、次元が違うな」


 ルイ・デルフィーノ少尉はそう呟き、目の前の機体をこんこんと叩いた。

 4翅二重反転プロペラを持ったその機体はVG33よりも一回り大きい。


 アルセナル航空工廠のVG33を改良発展させ、操縦席の前後にエンジンを載せるという特異なスタイルを持ったその機体の名はVG42であった。

 史実ではVB10と呼称されたその機体はやはりというか史実よりも15年以上早く登場することになった。


 エンジンは史実よりもパワーアップしており、イスパノスイザ製液冷V型エンジンであり、1250馬力を2基、合計2500馬力搭載している。

 主翼に20mm機関砲を2門、13mm機銃を4丁装備しており、胴体下には500kgまでの爆弾を積むことができたが、対大型爆撃機用として30mm機関砲2門と13mm機銃2丁を装備したタイプも存在する。

 そして、その最大速度は高度7500mで時速713kmにも達し、既存のいかなる航空機も追いつけない速度であった。

 この戦闘機としても爆撃機としても使えるVG42に空軍首脳部は狂喜し、すぐに量産が開始された。

 この機体が出てきたのが6月初めであり、そこから2週間程度の僅かな期間で量産に移ったことから空軍の本気具合が良く分かる。

 ちなみに様々な問題があったエリコン社の20mm機関砲は改良したものへと変更されており、発射速度・初速・装弾数の面でエリコン社のもの上回っていた。


 試作試験に出していたものがダメになった各メーカーはがっくりとしたものの、更なる性能向上の為、イスパノスイザ社などのエンジンメーカーに開発資金を提供し、大馬力エンジンを早期に開発するよう求めることになった。


「ようやくだな、少尉」


 後ろから掛かった声にデルフィーノが振り向くや否や、慌てて敬礼した。

 そこにいたのは飛行中隊の中隊長であるジョルジュ・ギンヌメール大尉その人だった。

 

 ギンヌメールはデルフィーノの態度に苦笑し、答礼しつつも口を開く。


「ドイツ人にキツイ一撃を食らわせることができる。試し撃ちでもしたいところだが、今、連中にやって来られるのは拙いな」


 そう言って笑うギンヌメール。

 量産が開始されたばかりであり、数が揃っていない。

 パリとランスに少数が配備されているだけであり、目下量産中だった。


 フランスにおける航空機月産数は全機種合わせて6000機程度。

 開戦時期が分かっていた為に工場の全力稼働体制は早期に整えられており、先月半ば辺りには完全に戦時体制への移行を完了していた。


 フランスが膨大な生産力を発揮しているのは単純な理由からだった。

 ドイツを仮想敵国としていたフランスはドイツのことをほとんど知り尽くしており、ドイツにおける大量生産システムをはじめとした諸々の産業構造を真似して導入していた。

 皮肉にも世界で一番ドイツの影響を受けているのはフランスであり、フランス企業であり、フランス人であった。


 とはいえ、大量生産できる設備があっても、イギリス・ドイツ海軍の海上封鎖が本格化すれば急激に生産量が低下することは目に見えており、海上封鎖対策として戦前――それこそロシアとドイツが同盟を結んだ辺りから資源備蓄に努め、5年程度は耐えられる備蓄があったが、5年でドイツを倒せるかというと怪しいところだった。


 予算についても戦時国債を国内の資産家や銀行、あるいは中立国――アメリカなどの資産家もそれなりに買ってくれるのでドイツ程ではないが、中々に潤沢だ。

 

「陸軍の方でも新型戦車が量産に入ると聞く。数が揃うまでは待機だろう」

「待機していたら、ドイツが目も当てられないことになるのでは?」


 デルフィーノの問いは多くのフランス軍人が抱えている疑問だったが、ギンヌメールは何とも言えないと肩を竦める。

 

「既存の戦闘機じゃ歯がたたない、ようやく出したVG33も敵の新型機……Ta152やら何やらに速度では勝るが、それ以外はダメ……これでは勝負にならんだろう」

「陸軍は善戦していると聞きますが……」


 フランス陸軍広報部はエッセンではドイツ側の戦車と互角の戦いを演じていると発表している。


「陸軍補給本部にいる知り合いに聞いた話によると、確かに戦車は互角らしいが、他の面で火力が段違いらしい」

「兵器が優れていると?」

「いや、単純に数が違うようだ。こっちが1発撃つと最低10発は返ってくるそうだ」

「戦車だけでいいんですか?」

「とりあえず戦車で圧倒すれば後は何とかなるらしい。海軍の10cm高射砲を戦車砲に転用したらしいからとんでもないぞ。エンジンも航空機のものを変わらず使うとかで……」


 デルフィーノはピンとこなかったが、とにかく凄いものができたらしいこととしばらくは待機ということは分かった。


「まあ、ウチもとりあえず戦闘機だけ強化しとけ、みたいな風潮があるから陸軍のことは言えんだろう。ああ、でも8月だかに新型爆撃機が量産されるとか聞いたな」

「いいんですか? そんなにペラペラ喋って」

「構わんさ。ドイツ人が聞いていようがいまいが、連中はこっちと同じくらいのものを量産しているだろうからな。ドイツという国はそういう国だ。そして、そんなバカげた国に勝たねばならん」


 調べれば調べるほど、戦争するのがバカらしいぞ、とギンヌメールは締めくくったのだった。














 ドイツ

 ベルリン 空軍省 14時過ぎ 


 ニュルンベルクから戻ったヴェルナーは急な来客を受けることとなった。

 相手は兄であるカール――西方装甲軍集団司令官のルントシュテット大将その人だった。


「総動員はとっくに完了したが、動くに動けんよ」


 カールは開口一番そう言った。

 

「空軍ですか?」

「そうだとも。そっちが早急に準備を整えてくれんことには兵を進ませることは到底できん……必要なのは十分な戦闘機とピザの宅配のようにすぐに呼び出せる爆撃機だ」


 なるほど、とヴェルナーは頷きながら告げる。


「しかし、問題点もあります。軍集団クラスはもとより、連隊・大隊司令部にはウチから連絡将校を派遣することで対応できますが、肝心の実働部隊……もっとも支援が欲しい中隊や小隊といった小規模部隊と司令部とは認識に差異があることです」

「信号弾ではダメか?」

「難しいでしょう。大雑把な目標としてはいいですが、誤爆を防ぐ為にはより詳しい情報を伝えねば」


 ふむ、とカールは腕を組む。


「中隊に小隊、そして分隊の指揮官が航空支援を的確に要請できるような体制を整えねば駄目だな」


 ヴェルナーは兄の言葉に頷きつつ、手元のコーヒーを啜る。

 広がる苦味を堪能しつつ、彼は口を開く。


「欲を言えば9月辺りまでは戦力を整えたいです。その頃になれば全ての航空艦隊を定数を満たした状態で投入することができますから」

「難しいところだ」


 カールはそう言い、渋い顔で告げた。


「陸軍内ではエッセン方面から南に進撃し、敵主力を分断すべし、という意見がある。現状は知っての通り、エッセンの近くにあるライン川沿いに防衛線がある。よりラインに近いデュイスブルクは陥落しているが、あそこらはラインの支流が多い」


 そこをうまく使っている、とカールは説明する。


「そして、南部も含めればザールブリュッケン、フランクフルト・アム・マイン、ジーゲン、エッセンの4箇所を線で繋いだ部分でフランス軍と睨み合っているわけだが……」


 頭の中で地図を描き、ヴェルナーは分断できると感じた。

 しかし、そうするだけの兵力が必要であることも確かだ。

 一気呵成に押し潰せるだけのものがあればジーゲン手前で対峙している敵主力を丸々に包囲することができる。


 そうすればきたるべきフランス本国侵攻も楽になるだろうことは間違いない。


「まあ、どうなるかはわからんよ。二重帝国を先に片付けるべしという意見もあるからな。1週間後に開かれる統合国防会議で決まるだろう」

「陸海空の三軍司令官が集まる会議ですか……自分は1日でも攻撃開始が伸びることを祈るまでです」

「何を言っているんだ? お前も参加するんだぞ? オブザーバーとして」


 ヴェルナーは思わず目を丸くした。


「鍵となっているのは空軍の稼働機状況だからな」


 陸軍はどこでも攻撃できる準備が既にできているらしい、とヴェルナーはその言葉から悟った。

 

「今、展開している兵力はどのくらいですか?」

「動員完了前は私の指揮下には装甲師団3個、自動車化師団4個の7個師団がいた。だが、今は装甲師団12個、装甲擲弾兵師団32個の44個師団だ」

「自動車化師団を装甲擲弾兵に改編を?」

「ああ。ザールブリュッケンを拠点とする西方軍集団の歩兵師団やエッセンを初期から防衛していた部隊も装甲師団や装甲擲弾兵師団に順次改編中だ。こちらは7月中に終わる」


 そこで言葉を切ったカールは数秒の間をおき、何とも言えない表情で告げる。


「これからは自動車化・装甲車両配備が普通になってくるだろうから、いずれ単なる歩兵師団という名称になるかもしれない。ここ数十年でこれほど兵器体系が大きく変化するとは思ってもみなかった」


 全部お前の仕業だろう、と言外に告げられたヴェルナーは苦笑いを浮かべるしかない。


「確か、総動員で100個師団以上の兵力と聞きましたが、残る師団はどこへ?」

「エッセンを拠点とする新たに創設されたA軍集団に30個、ザールブリュッケンを拠点とする西方軍集団に20個師団、他に14個師団がミュンヘンを拠点とする南方軍集団に配置されている。総数108個師団がドイツ陸軍の全兵力だ」

「フランス側もそれくらいでしょう?」

「おそらくな。何はともあれ、局地的に数の優位を作らねばならん。その為の空軍だ」

「時間さえあれば空を空軍機で覆い尽くてみせますよ」


 その言葉にカールは笑い、壁時計を確認する。

 時刻は15時を少し回ったところだった。


「私はこれで失礼する。今から参謀本部に行くのでな……お前達夫婦も、子供達も元気でな」


 カールはそう言ってソファから立ち上がった。

 続いてヴェルナーも立ち上がる。


「兄上もお元気で」

「ありがとう、ではまた会おう」

 

 彼はヴェルナーの肩を軽く叩いた後、部屋を後にした。

 カールと入れ替わるように入ってきた士官が月産数の見積もり書を立っていたヴェルナーに手渡す。


 彼はそれを受け取りながら、告げた。


「全てのメーカーに新しい機体の開発指示を。双発・単発は問わず。武装搭載箇所10箇所以上、低速域での運動性能に優れ、長時間空中待機可能」


 唐突な言葉に部下は慌ててメモを取り出し、ヴェルナーの言葉を書き込んでいく。


「卓越した生存性、20mm以上の強力な機関砲を備えること」


 そこまで言い、ヴェルナーは更に追加で指示を出す。

 輸送機に榴弾砲やら機関砲を載せ、旋回しながら地上掃射できるように、と彼が言ったとき、部下は色々と言いたげな顔をしたが、寸分違わずメモをし、そのまま退室していった。


「フランス人は可哀想だ。だが、一瞬で死ねるのは幸福でもあるだろう」


 中途半端に苦痛にのたうち回りながら死んでいくよりは大口径機関砲でミンチになった方が痛みはない。

 ヴェルナーの告げた要求性能は史実におけるアメリカ空軍のA10であり、AC130であった。


「……A10とルーデルを組み合わせてはいけないような気がしないでもない」


 そのルーデルは史実と同じように飛行機に憧れ、空軍に入隊していることも、ヴェルナーは調べてあった。

 そして、彼がいる空軍士官学校の先輩に史実での彼の恩師であるエルンスト・ステーンも在籍していることも。


「新型機が単座であることを祈っておこう」


 主に後部座席に座る人間の為に。









 ほぼ同時刻――フランス ランス近郊


「いよいよだぞ」


 機長のバイエル大尉は僅かに緊張した声で乗員達に告げた。

 彼らの乗機であるB43の偵察機型――Af43であり、高高度を高速で飛ぶことを重視した機体だった。

 尾部以外の銃座は取り払われた代わりに最高で時速503kmを達成し、B43譲りの頑丈さから戦略偵察機として十分な性能を――コストが高いことを除けば――誇っていた。


 彼らは現在、高度9800mを時速430kmで飛行している。

 フランス空軍は開戦以来、この高度を飛行するAf43の迎撃をすることはできなかった。


 今回、バイエル大尉らに下された任務はランス空軍基地の偵察だった。

 ドイツ中部の基地を14時過ぎに出撃した彼らは順調に行程を消化しており、目的地は目前だった。


「今日も楽な任務です」


 副操縦士がそう言った。

 バイエルも彼に同意しようとしたそのとき――


「敵機後上方! 数2! 速い!」


 尾部銃手の叫び声と共に13mm機銃の発射音が木霊する。


「ただちに司令部に連絡! 敵の新型戦闘機の攻撃を受ける、だ! 今起こっていることを余さず伝えろ!」


 バイエルの怒鳴り声に通信手が通信機にかじりつき、鬼気迫った顔で暗号化し、通信を発していく。


「偵察はどうしますか?」


 副操縦士の問いにバイエルは迷ったが、告げた。


「このままなぶり殺しにされるよりか、我々が生きて帰って敵新型機の情報を持ち帰った方が良い」


 臆病風に吹かれたと言われるかもしれんがな、とバイエルは言ったが、副操縦士は笑った。


「敵前逃亡罪などには問われそうにありませんよ」


 通信手がそう言ってきた。


「司令部よりただちに帰投せよ、とたった今、命令が下りました」

「そりゃ安心だ。逃げるぞ」


 バイエルは操縦桿を傾け、ゆっくりと機体を旋回させた。

 ガンガンというドラム缶を叩くような耳障りな音が聞こえてくる。

 だが、機内の与圧系統に異常は感じられない。

 どうやら装甲は貫通できなかったらしい。


「さすが空の要塞だ」


 バイエルはそう呟く

 軽口の1つでも叩かねば恐怖に負けてしまいそうだった。


 普段ならなんてことはない旋回も、このような状況に限っては数時間にも感じられたが、やがて機体は旋回を終え、進路を完全に変更した。


 バイエルは機体を最高速度まで加速させながら敵戦闘機の様子を問う。


 敵は上方から高速で一撃離脱を仕掛けているとのことだ。

 その情報はただちに通信手によって暗号化され、司令部へと送られる。


 考えたくもないが、もし万が一撃墜されたとき、少しでも味方に役立てて欲しいが為だった。


「敵機、離脱していきます!」

「敵さんもさすがにこの高度では何度も攻撃できまい」


 高高度迎撃が難しいのは一度でも高度を失えば取り戻すのに大きな時間が必要となる為だった。

 

「敵の速度はどのくらいだった?」


 喉元に装着した咽頭マイクを通じ、その問いは尾部銃手へと鮮明に届けられる。


「時速600kmは確実に出ていました。火箭の太さから20mmクラスの機関砲が2門と中口径の機銃を多数搭載している模様です」


 その問いへの答えは絶望だった。

 確実に時速600kmということは最高速度はもっと速いことが容易に予測できる。


「やれやれ、空軍の主力機が一気に立派な旧式機になっちまったな。何があるか分からん、今の証言も司令部に送っとけ」

「既に暗号化中です」


 通信手の返事にバイエルは笑ったのだった。










「重爆迎撃仕様の機体だったら落とせていたな」


 エドモント・マリン・ラ・メスリー少尉は逃げていく敵機――Af43を見ながらそう呟き、笑みを浮かべた。

 技量優秀であった為に回された新型機VG42はD520をあらゆる面で上回る性能を誇り、一瞬で彼の心を掴んでいた。


『惜しかったな、メスリー』


 僚機のピエール・ル・グローン少尉にメスリーは答える。


「ああ、だが、これでようやくドイツ軍機を狩れる。今までは常に敵が優位だったからな」

『全くだ。ドイツ人が使っている2機編隊や4機編隊への戦術移行も滞りなく進んでいるし……祖国フランスに栄光あれ、だ』


 メスリーはグローンの言葉に頷きつつ、帰投すると告げた。

 操縦席前後にある2基のエンジンから発せられる音はD520とは比較にならない程にうるさいが、むしろそれは頼もしく感じられた。




 2人のVG42はランス基地へ意気揚々と帰還するのだった。













 美しい夕陽がベルリンを照らす中、空軍省の長官室ではヴェルナーは各メーカーから派遣されている営業担当達を呼び出していた。

 壁に掛かった時計は17時を回っている。


「一日でも早くDo135とHD75の量産ラインを整えるんだ。予算に糸目はつけない」


 呼び出すなり、ヴェルナーはドルニエとヘンシェルの営業担当にそう言った。


「何かあったのですか?」


 尋常ではない様子にドルニエ社の営業が問いかけた。


「フランス軍が新型機を出してきた。高度9800mで時速600km以上を出し、20mm機関砲と中口径機銃を多数搭載した単発(・・)の戦闘機だ。それに対抗する為Do135、HD75を10分前に参謀本部と協議の上で採用した」


 第一報は参謀本部からもたらされた為、ヴェルナーは即座に対抗できる新型機を提案、それがすぐさま参謀本部側に了承された、という5分以内で決着したものだったが、協議は協議だ。


「場合によっては既存の主力機の生産ラインを転換することも検討している。月産数は見積もりではどちらも200機程度だったが、最低でも1000機を目指して欲しい」


 唖然としてヴェルナーの言葉を聞いていた2人を尻目に、ヴェルナーは更に告げた。


「エンジンも担当するメーカーの諸君らには似通ったエンジンを統合整理して2ヶ月以内に最低でも1500馬力を安定して出せるものを作り、3ヶ月以内にそのエンジンを搭載した既存戦闘機を量産して欲しい。ジェット機については来年の今頃までに最低でも推力1000kgを安定して発揮するものが欲しい」


 どんなときでも余裕があったあの魔法使いが本気で焦っている光景に、各メーカーの担当者達は一様に拙いと感じた。

 つまり、それだけドイツにとって危機的状況であり、道理を引っ込めて無理を通さないといけない状況である、と彼らは確信した。

 本社に連絡すると答えるや否や我先にと部屋を飛び出していった。


 ヴェルナーはやるべきことをやり終え、ソファに腰を下ろす。


「……何が出てきても、最初に化け物を送ってきたフランス軍が悪いんだからな」


 Ta152をはじめとした主力機の完成型(=大馬力エンジン搭載型)なんぞ、二次大戦末期の連合軍機ですら梃子摺るだろう。

 逆に言えばそれだけのものをこんなにも早く世に出してきたフランスの底力は凄まじい、としか言い様がなかった。


「この分だとフランスがジェット機を送り出してくるのも時間の問題だろう……嫌だぞ、ミラージュやラファールが1930年代に出てくるなんて」


 改変の影響で史実よりも早くMB社がダッソー社になっていることもヴェルナーの不安に拍車を掛けた。

 とはいえ、フランスがトランジスタなどの次世代電子機器の核となるものやミサイルの開発に成功した、という情報は入ってきていない。

 逆に言えばドイツ側が掴めていないだけで実は開発が終わり、量産準備に入っているのではないか――?

 不安は不安を呼び、それはヴェルナーにある決意をさせるに十分だった。


「やれやれ、まさかドイツが史実のアメリカやイギリスの真似をすることになるとは……」


 何の皮肉だろうか、とヴェルナーは思いつつもソファから立ち上がった。

 敵が新型機や新兵器を繰り出してくるならば、それらを生産する工場を都市ごとこの世から吹き飛ばせば良い。


 実に単純な論理だった。


 ヴェルナーは厳しい表情で部屋を出る。

 行き先は空軍参謀本部だった。

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