前哨戦
独自設定・解釈あり。
フランス海軍の動向までいれれなかった(´・ω・`)
5月16日
午前7時過ぎ
ヴェルナーは空軍補給本部へと戻っていた。
既に多くの書類が彼の机の上に山となっていたが、もはやそれは慣れっこだった。
彼の兄からは会敵予想時刻は9時頃と聞いていたが、始まったとしてもヴェルナーにはどうすることもできなかった。
彼は無心で書類を処理していくが、その中にはメーカーやら研究所から上がってきた面白いものが大量にあった。
戦時にありがちな、秘密兵器やら奇抜なアイディアだ。
ヴェルナーの改変でもドイツ人の根っこの部分は変えることができなかったようだ。
それらは色々と心躍るものがあるが、一応目を通した後、不可のハンコを押していく。
風力砲、音波砲、竜巻砲、太陽砲といった史実でもあった対空兵器はさくっと不可のハンコを押せたが、レールガンは彼も躊躇した。
彼のいた前世では2010年代になってようやく実用化が見えてきたレールガンであったが、この世界ならもうちょっとだけ早く実用化できるのではないか、と。
レールガン1門の為に専用の発電所が2つ必要とかいうえらくコストパフォーマンスが悪い代物だが、将来への投資と考えれば悪い話ではない。
レールガンを作るには大容量の電源と打ち出す際に生じる熱や圧力に耐えられる素材が必要だ。
大容量の電源ができれば、また、熱や圧力に耐える素材ができれば、それは軍事だけでなく民間にも膨大な需要がある。
そして、ヴェルナーは知っていた。
戦争における技術の急速な発展が人類の繁栄をもたらしている、と。
「とはいえ、空軍でやるよりかはアーネンエルベに組み込んだ方がいいな。ああ、どうせなら基礎技術の向上をより強力に推進する為に色々と……」
そう言うと彼は認可のハンコを押し、空軍ではなく別途設立される研究機関にて基礎研究のみ可、と彼は但し書きを書く。
その次に目にした書類にあったのはフォッケウルフ社が提出した円盤型航空機だった。
ヴェルナーは何も言わずに同じように認可印を押した。
フォッケウルフ社が出したのは「あの」ハウニブーではなく、その元ネタとなったらしい円盤型のVTOL機であった。
タンク技師がいないフォッケウルフ社はオートジャイロやそれに類するものの研究・開発に突き進んでいた。
最近ではアントン・フレットナーやゲルト・アハゲリスといった面々を引き込んでいるとのこと。
勿論、ヴェルナーも軍用ヘリコプターやVTOL機の開発には極めて前向きであった為、多額の補助金を出していたりする。
陸軍が泣いて喜ぶ直協支援ができるヘリコプターは次世代の陸戦において必要不可欠なものだった。
「何はともあれ、時間が必要だ」
昨日の空戦の結果、失った機数は46機。
補充能力から考えれば痛くも痒くもないのは確かだったが、現場での稼働機数減少は好ましくない。
報告書によれば昨日の深夜までにJF13が37機、各部隊に均等に補充されている。
他にもTa152やS85、Me209、He119がそれぞれ数機ずつ、昨日の戦いには参加しなかった各種爆撃機も同じ程度に補充されることになっている。
今日中にJF13は43機、新型機達は平均して10機程が補充される予定だ。
一応、1日で失った戦闘機戦力は補充できる計算だが、全ての航空団をフル編成にしようとすればとてもではないが遅いペースであった。
それから彼は上がってきている幾つかの計画の進捗状況を確認する。
それらの計画はどれもこれも空軍単独ではなく、三軍と民間企業合同で進めているものであり、もっとも大きな計画は電子関連技術であった。
レーダーや電子計算機など次世代において必要な様々な電子機器。
それらを製造・量産する為に必要な真空管、トランジスタ、集積回路、そして半導体。
電子計算機――いわゆるパソコンがあるのとないのとでは技術の進みが格段に違うのは言うまでもない。
そして、真空管に関してはもはや発展の余地が無いとされ、トランジスタ開発に邁進していた。
また、この計画と連動して三軍共同の次世代兵器として各種誘導弾が研究されていた。
史実でもドイツの誘導弾――いわゆるミサイルは登場したとはいえ、それらは大戦末期の話だ。
しかし、この世界では1940年代前半には登場しそうな気がした。
「どこまでいくのかな、この世界は」
ヴェルナーは苦笑するしかなかった。
少し背中を押しただけで連鎖反応的に影響は拡がり、技術は急激に進歩した。
彼はこの世界の21世紀がどんなことになるのか、想像もできなかった。
ほぼ同時刻、フランスはパリ空軍基地には数種類の新型戦闘機が並べられていた。
その戦闘機達はD520を開発したデヴォアティーヌ社やVG33を送り出したアルセナル航空工廠、モラーヌ・ソルニエ社、そしてダッソー社により作られたものだった。
なお、このダッソー社は当初創立者のマルセル・ブロックからとったブロック社にしようとしたが、彼の兄が勇ましい名前をつけてはどうか、と提案し、フランス語で突撃を意味するダッソーとなった経緯があった。
昨日のドイツ空軍の新型機出現の為、新型機の評価実験は本来の予定であった8月から繰り上げられている。
史実フランスとは違い、この世界のフランスがドイツに勝るとも劣らない程度の開発力を誇っているのは史実における航空技術行政の失敗が無かった為であった。
史実フランスはプロトタイプ政策と呼ばれる独特のやり方であり、第一次大戦後の軍縮による予算縮小の流れの中で考えられた政策であった。
この政策は新鋭機の試作については通常のペースで発注するが、実際には量産しないか、たとえ量産をしても少数に留めるというものだった。
一見、予算を圧迫せずに技術の向上・維持が図れる政策であったが、各航空機メーカーにとっては大きな利益を上げることができる量産機の発注が無い為、経営の悪化を促す結果に繋がった。
一方、この世界では第一次大戦そのものがなく、またフランス自体がビスマルク体制再来による国家滅亡の淵に立たされていた為、史実とは正反対に予算は潤沢に投入されている。
その結果がドイツ空軍と張り合えるフランス空軍となって返ってきていた。
「VG33の武装強化版みたいなものばかりだな」
首都防空戦闘航空団所属のルイ・デルフィーノ少尉は並ぶ機体を見て呟いた。
ほとんどの機体のエンジンはイスパノスイザ製1280馬力の液冷倒立V型であり、2段2速過給器を装備しており、武装がモーターカノンの20ミリ機関砲に加え、13ミリ機銃を主翼に4門装備していたり、あるいは13ミリを2門と7.5ミリを2門装備しているタイプもあった。
異色なものはダッソー社であり、ノームローン社製空冷1200馬力エンジンを搭載し、主翼に13ミリ機銃4門を装備したダッソーMB152があった。
肝心の性能であったが、カタログ上ではどの機種も速度性能はD520を上回ることになっているが、VG33よりも遅い。
加速力・上昇力に関してはD520を上回る馬力である為、期待できた。
「まだこれは全て試作段階だ」
デルフィーノに声を掛けたのは彼の上司である中尉だった。
「残念だが、祖国はドイツに1歩及ばない」
中尉は溜息混じりにそう告げた。
試験飛行は済んでいるが、まだまだ細部の問題は残っており、ドイツのように実戦に参加させるようなことはできなかった。
あくまで首都防空戦闘航空団に配備されたのは新型の評価試験であった。
「おそらく前線部隊に配備され始めるのは早くて6月半ばか、下手をすれば8月になる。その間にクラウツ共は新型機を大量に配備していることだろう」
中尉の言葉にデルフィーノは背筋が寒くなった。
昨日の戦闘レポートは既に全空軍部隊に回されており、それによれば敵は開戦から5日で数百機近い数を消耗しているにも関わらず、迎撃に100機近い戦闘機を繰り出してきているとのこと。
しかも、その全てが戦前の主力機とされていたJF12ではなく、JF13とそれを上回る新型機であった。
「今朝の8時頃に陸軍支援の空襲が行われるが……昨日よりはマシだろう」
中尉はそう言ったが、デルフィーノにはとてもそうは思えず、昨日と同じか、それよりも多い敵機が出てきそうでならなかった。
同日 午前8時過ぎ
ジーゲン近郊
朝日に照らされながら、フランス空軍第32戦闘航空団に所属するメスリー少尉は僚機と共に高度5000mを飛行していた。
護衛すべき爆撃機は高度3000m程のところを飛行している。
今回の攻撃隊は戦闘機107機、単発爆撃機87機、双発爆撃機28機の222機であった。
昨日よりは楽な戦いになるだろう、とメスリーは出撃前のブリーフィングで聞いていた。
予想ではドイツ空軍の戦闘機戦力は昨日の空戦の結果、半減している筈であったからだ。
こちらも補充されているとはいえ、昨日よりも戦力減であるが、そこは致し方なかった。
とはいえ、半減しているドイツ空軍であっても、舐めてかかれば大怪我をすることは間違いなく、攻撃隊に参加しているパイロット達は最大限の警戒を払っていた。
その為だろうか、彼らは蒼空に煌めくものを見つけた。
その煌めきは彼らよりも高いところにあった。
『敵機発見! 11時方向!』
無線から叫びが飛び込んできた。
上空にあった煌めきは見る見るうちに大きくなっていく。
相手もこちらに気がついたらしく、お得意の挨拶に出たようだ。
『小隊ごとに散開! 敵の一撃を回避しろ!』
中隊長からの指示の直後、ドイツ軍機が上空から射撃しながら高速で突っ込んできた。
メスリーは前を飛ぶ小隊長の動きに追随し、それを右旋回で回避した。
だが、回避が間に合わなかった不幸な味方機も存在したらしく、早くも黒煙を吹きながら落ちていくD520が数機あった。
メスリーはそのまま編隊戦闘に入ったが、そこであることに気がついた。
戦闘空域を乱舞する敵機の数がおかしかったのだ。
その異変に気がついたのは彼だけではなかった。
『敵の数が全く減っていないぞ!? どういうことだ!』
飛び込んできた叫び声は現実を追認するものでしかなかった。
『落ち着け! とにかく敵機を爆撃機に近づけさせるな!』
中隊長の怒鳴り声だったが、その声にも焦りの色が見えた。
それでもメスリーは湧き上がってきた疑問を口にせずにはいられなかった。
「ドイツ空軍はたった1日で戦力を回復したというのか……?」
「連中は驚いているようだな」
ヴィルケ少尉は顔に笑みを浮かべながらそう呟いた。
戦闘開始から10分が過ぎようとしているが、既に彼は3機の敵戦闘機を血祭りに上げている。
敵は動揺しつつも何とか立ち向かってきているが、戦闘機の数は昨日と同じく迎撃側とほぼ同数だった。
ならばこそ、機体性能に勝るドイツ空軍が優位に立つのは当然だった。
訓練時間の短さがネックであったが、昨日の実戦は彼らを強制的に新型に慣れさせる結果となっていた。
そのとき、小隊長からの指示が入った。
『次の獲物は爆撃機、カモ撃ちだ。遅れるなよ』
小隊長はその指示と共に機体を翻し、急降下に入った。
ヴィルケらも遅れずそれに続く。
敵味方の戦闘機が乱舞する高度5000m付近から一気に3000mへと舞い降りた彼らは僅かに8機であったが、フランス軍の爆撃機達にとっては死神に等しかった。
緊密な編隊を組んでいる単発・双発爆撃機の群れは旋回機銃で反撃してくるが、低高度での運動性にも優れているTa152はまるでサーカスの曲芸師のように回避しながら、接近し、弾丸を叩きこんでいく。
あっという間に5機が撃墜され、更に追加で7機が落とされたところでようやく護衛のD520が数機、舞い降りてきた。
『カモが追加されたぞ。注文した奴には不幸だが、我々がいただこう』
小隊長の言葉にヴィルケらは笑ったが、敵もさるもの。
フランス空軍の単発爆撃機達は目標地点に到達したのか、次々と急降下に入っていく。
双発爆撃機も編隊を維持したまま、爆弾を投下しつつあった。
如何なる犠牲を払ってでも、任務である陸軍の進撃路を作る――
その姿勢が如実に現れていた。
「敵ながら良い精神だが、こちらも負けるわけにはいかんのでな」
ヴィルケはそう呟きながら、1番機の動きに追随するのであった。
この空戦でフランス軍は戦闘機32機、単発爆撃機37機、双発爆撃機4機の合計73機を失った。
甚大な損耗とパイロット達からのドイツ空軍が全く壊滅していなかったという証言に上層部は色めきだった。
とはいえ、フランス側はこのような大規模な航空支援を行う必要性は既に無かった。
両軍が入り乱れてしまえば少数機による局地的な航空支援の方が有効である、と考えられた為だ。
対するドイツ側は出撃した各種戦闘機103機のうち、31機を失ったに過ぎなかった。
ジーゲン近郊
午前10 時50分過ぎ
「静か過ぎる……」
第1装甲師団第2装甲砲兵――いわゆる自走砲大隊――を率いるパウル中佐は呟いた。
彼の大隊は105ミリ榴弾砲を自走化したヴェスペが12両配備されていた。
第2装甲砲兵大隊より数km後方に布陣する第5装甲重砲兵大隊には155ミリ榴弾砲を自走化したフンメルが12両配備されている。
そして、彼らは相手に先に撃たせるよう上から厳命されていた。
上空には師団所属のシュトルヒ連絡・偵察機が旋回しており、敵の発砲炎から位置を通報する手筈となっている。
既に敵が布陣するだろう位置のマッピングは済み、ドイツ軍砲兵は即応できる準備を整えており、開幕と同時に相手の砲兵を潰せる自信があった。
シュトルヒがのんびりと飛んでいる空はつい2時間程前まで激戦が繰り広げられていたようには到底思えなかった。
そのシュトルヒよりも更に上空には数機の戦闘機が旋回しながら待機しているのが見える。
20分程前にはフランス軍の観測機を撃墜しており、相手が同じようにこちらの観測機に仕掛けてくる可能性は非常に高かった。
シュトルヒの護衛機は見慣れた樽型のJF13ではなく、スマートな、いかにも高速を発揮しそうな尖った機影であった。
航続距離の長さを買われ、護衛任務についたのはS85であったが、パウル中佐は名前までは分からなかった。
彼に、否、全てのドイツ陸軍将兵にとってよく分かったことは自分達の頭の上はドイツ空軍が守護してくれることであった。
パウル中佐にとって何よりも印象的であったことはピークアス――スペードのエースのマークをつけた見慣れぬ戦闘機達であった。
彼らは低空に鷲のように舞い降りるや否や、パウル中佐率いる大隊の頭上にいた爆撃機を次々と落とし始めたのだ。
そんな彼らを落とそうと上空から降下してきた敵戦闘機がいたが、瞬く間に落とされた。
士気は否が応にもそれにより上がったが肝心の敵は――開戦以来の鬱憤で元々高いレベルにあったのだが――拍子抜けするように全く撃ってこなかった。
お互いに森林地帯に布陣している為、その位置が見えないことが何よりももどかしかった。
「……連中はここまで来て様子見でもしているのか?」
パウルが呟いたそのとき――
前方より聞こえる複数の砲声。
それは両軍将兵にとって開幕を告げるベルであった。
急行列車が通過するような甲高い音を発しながら、撃ちだされた砲弾はパウルのいる大隊本部から数百m離れたところに着弾し、樹木を薙ぎ倒す。
それを皮切りにフランス軍砲兵は全ての戦線において仕事を始めた。
敵の砲声と砲弾の飛翔音は将兵を恐怖に陥れるには十分なものだったが、パウルの視界に入る限りでは全く違った。
彼の回りでは大隊本部所属の将兵が慌ただしく動き回り、当初の予定通りに観測機から次々と入る敵の位置をヴェスペに伝えていく。
パウルにできることといえばこちらが撃つ前にやられないことを祈るくらいであったが、その祈りをする前に反撃が始まった。
ヴェスペの105ミリ砲が火を噴き、次々と砲弾を撃ちだしていく。
フランス軍も負けじと撃っているが、観測機とその護衛を用意できたドイツ軍に軍配が上がった。
「眼前の敵陣地が沈黙したとのことです!」
パウルの下にやってきた伝令がそう怒鳴った。
怒鳴らなければヴェスペの砲声にかき消されてしまう為だ。
「目標を健在な敵陣へ向けろ! その後は前進してくる敵部隊への阻止射撃を行う! 装甲大隊や歩兵大隊からの要請を聞き逃すな!」
「……これが欧州の戦争だというのか……」
呆然と牟田口廉也中佐は呟いた。
彼の目の前にはフンメルが展開し、皇軍が1ヶ月で使う弾薬をたった数時間で使い切ってしまうのではないか、という程に景気良く撃っていた。
彼は欧州戦争勃発ということで飛行機を駆使し、日本より駆けつけた観戦武官団の1人だった。
彼と同じようにやってきた若手将校達はドイツ軍の物量にただ驚くばかりであった。
「撃ち方止め!」
ドイツ語で叫ばれたその言葉を牟田口は正確に聞き取り、すぐさま案内役の士官に問いかけた。
「この後は敵が来るのを待ち構えるのですか?」
相手の方が階級が下であったが、戦力を引き連れていていないからこそ、礼儀は重要であると牟田口は考えていた。
彼ら当事者のドイツ軍からすればただの邪魔者でしかなかった。
「はい、中佐。現状の兵力では攻勢は考えられておりません」
「現状の……?」
牟田口の疑問に若い士官は笑みを浮かべる。
「我が祖国はあと1週間もすれば動員が終わります。動員完了後は490万人……おおよそ100個師団を戦力として投入可能です」
牟田口は思わず唸った。
国家存亡の危機であった日露戦争ですら日本側が投入した兵力は諸々の事情からおよそ30万人程度。
実に15倍以上の兵力差であった。
そして、それらの師団を支える兵站ともなるともはや想像もつかない。
「まあ、フランスもこれくらいは動員するでしょうから、楽な戦いではないでしょう」
士官の言葉に牟田口はもはや驚きを通り越してしまった。
彼が何とか絞り出した言葉はたった一言。
「我々とは国力が違いすぎる……」
彼はドイツ軍の戦術や兵器よりも、根本的な国力こそが皇軍に、日本に最も足りないものだ、と実感したのだった。
そのとき、彼は甲高い風切音を多数聞いた。
何事かと視線を向ければ木々の合間から白い煙が無数に立ち上っており、そこから何かが発射されている。
「あれはパンツァーヴェルファ―という、自走ロケット砲です」
「あれでは命中率が悪いと思いますが、その点に関しては?」
「数を揃えて点ではなく面で制圧することを主眼としています」
なるほど、と牟田口は頷いた。
確かに砲を撃つよりも多くの範囲を攻撃でき、たとえ当たらなくても敵歩兵を萎縮させることができる、と彼は判断した。
しかし、と彼は発射されている数を見て溜息を吐いた。
皇軍が中途半端な数を揃えて、運用しても効果はほとんどないだろう、と。
牟田口は参謀本部に勤めていたことから陸軍の台所事情をよく知っていた。
故に、こんなに大量のロケット弾を揃えることも、また揃えたとして一度に消費することも不可能である、と判断したのは当然といえば当然だった。
となれば百発百中の砲弾なりロケット弾なりが必要となるが、そんな都合のいいものは存在しないことくらい、牟田口にも分かっていた。
ドイツ・フランス両軍の砲兵の撃ち合いは3時間程で終結した。
この間にフランス軍砲兵は大きな損害を受けていたが、対するドイツ側もフランス軍の反撃により、それなりの損害を受けていたが、許容範囲内であった。
砲撃戦後、フランス軍は警戒の為、小部隊を扇形に展開させつつ、その後に戦車・自走砲といった車両と共にハーフトラックやトラックに乗った歩兵が続いた。
森林地帯ということもあり視界は限りなく悪かったが、地の利のあるドイツ軍は視界が悪いことを逆手に取り、多数のトラップを仕掛け、巧妙な陣地を築いていた。
午前13時過ぎ
ジーゲン 左翼
アスカリド軍曹はゆっくりと目を開けた。
体のあちこちから痛みがあるが、幸いに出血しているようではなかった。
彼は伏せたまま、周囲に注意深く視線をやり、その惨状を目の当たりにした。
彼の所属する部隊は左翼に位置する敵陣地へ攻撃を仕掛ける途上であった。
つい数秒前まで頼もしかった、20ミリ機関砲を振りかざしていた装甲車は轟々と燃え盛る炎の中にあった。
前方からは猛烈な射撃が加えられ、あちこちに倒れ伏している味方が見える。
生きているのか、死んでいるのは判別はつかない。
装甲車の炎のおかげで敵陣からは丸見えになっている、とアスカリドは判断し、すぐさま痛む体に鞭打って匍匐してその場から離れた。
数m程離れると横から声が掛かった。
視線を向ければすぐ近くに見慣れた顔があることにアスカリドは気がついた。
「アスカリド、生きているか?」
声を掛けてきたのは同郷のブイーズ軍曹だった。
「何とか……何が起こったんだ?」
「遠くから敵が撃ってきた。そしたらこうなった」
そう言いながらブイーズは敵の射撃地点と思われる辺りを指さした。
既に射撃は止んでおり、ドイツ軍はこちらの様子を窺っている、とアスカリドは判断した。
昼間であっても薄暗い森の奥は何とも不気味であり、いかにも魔物が潜んでいそうであった。
だが、アスカリドは森の奥に潜む輩は魔物よりも余程に凶悪で、恐ろしい相手であることを知っていた。
「フン共め……」
ブイーズはそう呟いた。
その言葉はクラウツと並ぶドイツ人の蔑称であったが、そう言ったところで状況は変わらなかった。
彼らの所属する部隊は偵察・警戒部隊。
後続にはB2戦車3両を主力とする部隊が続いている。
そこへ小隊長であるオベール少尉が匍匐前進でやってきた。
「アスカリドとブイーズ、2人は分隊を率いて敵陣地の側面へ回れ。敵は少なくとも野砲と機関銃を2丁は有している。規模は1個小隊程度だ」
「後続には?」
「既に伝令を向かわせた。5分後に援護射撃開始、それまでに隊を纏めておけ」
オベールはそう答えるとその場を離れていった。
ブイーズとアスカリドは各々頷くと分かれ、部隊掌握に動いた。
そして5分後――
オベール少尉の予告通り、前方に位置するドイツ軍陣地目掛けて攻撃が開始され、その火力密度は非常に高かった。
これはフランス軍もまたドイツ軍と同じように、アサルトライフルを導入している為であり、ドイツ軍だけでなくフランス軍も強化されている証であった。
援護射撃が始まり、すぐにブイーズとアスカリドはそれぞれの分隊を率いて行動を開始した。
射撃音が響く中、木々に紛れて腰を屈めて小走りで移動する。
幸いにも視界が悪いのはドイツ側も同じであり、敵は彼らに気づいていなかった。
互いにハンドシグナルでもって意思疎通を行いつつ、敵の側面へと進出。
ブイーズとアスカリドは生き残った兵達を率いて一気にドイツ軍陣地へ突撃を開始し――
轟然と響く爆発音。
それらは連続し、複数巻き起こった。
オベール少尉は側面へ回った2隊が手榴弾でも投げ込んで、それが敵の砲弾と誘爆でもしたのか、と一瞬考えたが、その割には敵の砲火は全く衰えていない。
「地雷か……!」
思いつくのはそれしかなかった。
ドイツ軍は側面に回り込まれることを承知で、なおかつ、視界が悪いことを利用して地雷を多数埋設しているとしか考えられなかった。
「後退! 後退!」
突破できない、と判断したオベールはすぐさま叫んだ。
彼の叫びに、兵たちは銃撃を加えながらゆっくりと後退を開始。
そこに砲声が響いた。
オベールの視界は真っ白に染まり、彼の意識はそこで永遠に途切れることとなった。
「第一陣は撃退完了と言ったところかな?」
カール・バッハ大尉はそう呟き、彼のいる陣地よりも後方にある88ミリ砲へと視線をやる。
今しがた敵部隊にとどめを刺したその砲は開発から既に10年以上が経過しているが、常に改良が加えられ、開発当時よりも長砲身化し、非常にその性能を向上させていた。
「すぐに第二陣が来るでしょう」
古参の――といっても軍歴が長いだけで実戦経験は無い――曹長がそう進言した。
バッハは僅かに頷きつつ、戦場を眺める。
「先程の敵はうまいこと側面の地雷原に引っかかってくれたが、次はどうかな?」
「敵もバカではないでしょうから、歩兵と戦車が協同してくるという可能性が高いかと……」
「そこで我らの守護神の出番というわけだな」
88ミリ砲――アハト・アハトの神話はこの世界でも作られそうだった。
午前19時過ぎ
ジーゲン 西方装甲軍集団司令部
「小規模な戦闘の積み重ねだな」
ルントシュテット大将は会議室で1人、呟いた。
大規模な会戦は森林地帯であることから起こらないのではないか、とある日の作戦会議で言われたが、その予想通りであった。
各地での戦闘は始まってから10時間近くが経過しており、いくつかの陣地を突破された、という報告も入っている。
その為、油断はできない。
「フランス軍は戦力が薄い左右の両端を攻めているが、問題となるのはこちらの予備戦力の投入時期だ」
彼は大テーブルに置かれた地図を見る。
ジーゲンを中心とし、敵味方の駒が置かれているが、そこから後方に離れた駒が1つだけあった。
近衛装甲師団「グロス・ドイッチュラント」
ドイツ陸軍最精鋭のこの師団は戦場の火消し役には勿論、膠着した戦線に穴を開けるのにも最適な戦力であった。
しかし、懸念がある。
森林地帯では戦車を有効に活用できない。
戦車が活躍できる場所は何も遮るものがない平原であった。
だが、敵軍は正面を全く攻めていない。
となればこそ、当初の予定通りに敵中央を切り裂き、そのまま後方へ回り込み包囲殲滅するのが良いが、ルントシュテットは何かが引っかかっていた。
その違和感はマンシュタインをはじめとした参謀達も感じているらしく、違和感の原因を突き止めるべく、情報収集に努めているが、芳しくはない。
「……フランス軍の歩兵師団はどこへ消えた?」
ルントシュテットは地図を眺め、ぽつりと呟いた。
後方で遊ばせておく程、フランス人は怠慢ではない筈だ。
もしや、と思ったルントシュテットは会議室の外に待機している従兵へ声を掛けた。
「至急、参謀達を集めてくれ。憂慮すべき事案がある」
戦場はここだけの、ボードゲームのような切り取られた空間ではない。
ドイツ軍もフランス軍も好きなだけ後方から増援を送り込める。
攻撃に参加しているフランス軍が今、攻撃をかけている部隊だけとは限らなかった。
静かに、彼らは夜の森の中を月明かりを頼りに東へと歩いていた。
誰もが緊張に顔を強ばらせ、手に持つトランペットに見えそうなアサルトライフルをいつでも射撃できるようにしてあった。
彼らにあるのはアサルトライフルと手榴弾、そして部隊毎に持っている12.7ミリ機関銃や迫撃砲くらいなものだ。
彼らより後方からは砲兵がついてきているが、心許ない。
だが、やるしかなかった。
たとえ侮ったりしても、フランスにとってドイツとは油断ならざる強敵であり、仇敵。
そして、ドイツ軍が強かであることはフランス軍内では常識のこと。
その為、彼らを欺くには彼らが食いつく大きな餌を用意する必要があった。
モーリス・ガムラン大将率いる機甲軍集団、彼らが餌であった。
彼らは定石通りに最も脆い部分である、両翼の端を攻め、敵の目を引きつける役目を負っていたのだ。
無論、そのまま突破できれば快速を生かして敵後方へ浸透する。
そして、ドイツの目が両翼へ向いている間に、フランス本国やベルギー方面から回した歩兵師団によって正面陣地を突破する、というものだった。
ドイツ軍は全戦線において攻勢に曝されることになる。
さすがのドイツ軍もあっちこっちの戦線をしっちゃかめっちゃかにすれば対応が追いつかなくなる、とフランス軍は考えた。
フランス軍としてはたとえドイツ軍がこちらの意図に気が付き、ドイツ軍自慢の装甲師団を出してきたとしても、行動が制限され、視界も悪い森林地帯ならば十分に勝算があると踏んでいた。
現時点で第4軍集団と後方からもってきた歩兵師団3個がドイツ軍正面へと投入されているが、1週間以内に更にその数は増える予定となっている。
フランス陸軍とドイツ陸軍、欧州での二大陸軍国のぶつかり合いはまだ始まったばかりだった。