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危機の前兆

独自設定・解釈あり。


 5月11日 午前7時過ぎ


 マクデブルク近郊 オッシャースレーベン



 戦争が始まろうと彼の仕事は変わらなかった。

 代々続く農家である彼は今年で63歳となる。


 そんな彼の農家も昨今の機械化・効率化の影響を受け、農業用トラクターや農薬散布用の軽飛行機を導入し、その生産量を飛躍的に高めていた。


 ともあれ、彼は今日も今日とて畑の手入れにトラクターに乗って出かけたのだ。



 彼の畑から少し離れた場所には鉄道が通っており、大量の貨物を積んで行き交っているのがよく見えた。


 

 畑に到着して30分程したときだった。

 機関車の音が遠く、ベルリン方面から聞こえてきた。


 彼は手を止め、線路の方へ視線を向けた。

 やがて蒸気機関車特有の蒸気音と共に機関車が現れた。


 そして、その機関車は多数の天蓋貨車と無蓋貨車を引っ張っていた。

 彼はそれを見、目を疑った。


 大勢の兵士達が窓から顔を出しており、また無蓋貨車には戦車、装甲車、自走砲など様々な車両が積まれ、その無蓋貨車にも多くの兵士達が乗っていた。

 彼らは畑にいる老人に気づくと皆、一様に手を振った。


 中には上官が許可したのか、連隊旗を振る者もいた。

 その連隊旗に描かれているのは黒い鷲と王冠。


 ベルリンで年に1回開かれる軍事パレード、そこで老人は孫を連れて見に行ったとき、その旗を見たことがあった。

 

 その旗はホーエンツォレルン家の紋章をイメージしたものであり、皇帝を守護するドイツ帝国陸軍の最精鋭部隊とパレードにて紹介された。


「近衛師団……」


 ぽつり、と彼は呟いた。


 戦況は思わしくない、と老人は聞いていた。

 ドイツ政府は素直に開戦劈頭の敗北――無論、具体的な被害は非公表――を公表し、同時に国民の団結と戦時国債の購入、労働力確保の為に女性を工場へ、とそういうキャンペーンを張っていた。



 そうこうしているうちに列車は通り過ぎていった。

 そして、それから30分も経たないうちに、またベルリン方面から機関車が貨車を引っ張ってやってきた。


 それにも大勢の近衛師団の兵士達が乗っていた。



「……東から西へ、兵士が集まっている。ドイツはまだ、敵と刃を交えていない」


 老人の言葉は5月の空に消えた。

 彼の言葉はまさしく正しかった。




 開戦から1日。

 たった1日でドイツ軍は混乱から立ち直った。

 近衛軍団の前線配備は誰の反対もなく承認され、不眠不休で部隊移動に必要な準備を整え、翌日の夜明けには移動を開始していた。


 そして、近衛軍団と第1装甲軍団を西方装甲軍集団として一纏めにし、軍集団の司令官にはヴェルナーの兄である、カール・ルドルフ・ゲルト・フォン・ルントシュテット中将が大将に昇進した上で着任した。

 近衛軍団の後任司令官にはエヴァルト・フォン・クライスト中将、第1装甲軍団の司令官は変わらず、パウル・ハウサー中将であった。


 また、ルントシュテット大将の下には参謀の1人としてマンシュタイン大佐が予定通りに着任した。

  

 動きはまだあった。

 


 陸軍広報部は開戦より18時間が経過した午前7時現在、既に10個師団相当の現役・予備役の将兵を編成中であると発表した。

 他に空軍広報部は西部方面には600機以上の第一線機が集結中である、と発表、また海軍広報部においても、ダンツィヒを拠点とするバルト海艦隊及びキールを拠点とする北海艦隊が出撃した、と発表した。


 陸軍と空軍はともかく、海軍は主力である大海艦隊がヴィルヘルムスハーフェン港でバイエルン級の残る3隻と共に巡洋艦11、駆逐艦28が閉じ込められており、大急ぎで水門を塞ぐバイエルンのサルベージ準備が行われていた。


 幸いにも北海艦隊には15インチ砲搭載のバイエルン級の廉価版であるヘルゴラント級戦艦2隻が配置されており、それなりの海上打撃戦力ではあった。

 しかし、バルト海艦隊には巡洋艦3隻――史実の軽巡洋艦クラス、ロンドン海軍軍縮会議が無かった為、この世界では未だ明確な定義がされていない――と駆逐艦10隻という、警備艦隊レベルであった。




 

 このように現在の状況を発表したドイツ軍は当然、これをフランス軍に察知されることを予期していた。

 しかし、開戦劈頭からいいところ無しのドイツとしては何よりも国民の士気を高める必要があった。

 もっとも、察知されたとしてもフランス軍はどうすることもできない、と考えられていた。

 

 エッセン・コブレンツ・ザールブリュッケンを結ぶラインには既に西方軍集団から抽出された2個歩兵師団が展開を開始しており、彼らはエッセンにあるクルップ社の工場で直接装甲車両を受領した。

 無論、動かすだけなら、あるいは砲を放つことだけはできるが、それで戦闘などできる筈もなかった。

 そのため、これらの新品の装甲車両達は主に遮蔽物や移動トーチカとして使われることとなった。

 非常に勿体ない使い方であったが、戦車などの装甲車両はいくらでも補充がきくので問題はなかった。








 午前8時40分過ぎ ニーダーザクセン州 ヴィットムントハーフェン空軍基地



 基地司令のグライム大佐は臨時司令部にて現在、基地に所属する航空団の名簿をパラパラと見ていた。

 昨夜から続々とヴィットムントハーフェンには空軍機が飛来し、戦闘機256機、単発爆撃機84機、双発爆撃機32機、四発爆撃機64機にまでその戦力を回復していた。

 

 空軍参謀本部はこの西部最大の基地を新型機で統一しようと考えた為、これらの全ては新型機であった。

 戦闘機に関しては機種転換訓練を行なっていたものが全て来ていたが、これはパイロット達全員が嘆願した故に実現したことでもあった。

 中には訓練が6割、7割程度の者も70名近くいたが、この戦闘航空団の司令が許可した。

 基本は中隊単位で各航空団から引き抜かれて訓練していたが、戦闘機は違った。

 その航空団司令が定数編成とその装備機体を最新鋭機にするようかけあい、ヴェルナーも史実での彼の活躍を知るからこそ、上にかけあって後押しし、実現していた。


 ともあれ、わざわざフランスから遠い、ヴィルヘルムスハーフェン近郊のこの基地に新型機を集めたのはフランス空軍の空襲をなるべく避ける為でもあった。

 ドイツ空軍にとってヴィットムントハーフェン基地にある新型機はかけがえの無い、反撃戦力であったのだ。



 グライム大佐は背伸びをし、硬くなった体をほぐす。

 疲れはあったが、心地の良いものであった。

 何よりも、フランス人の心臓を鷲掴みにしてやる為に昨夜、空軍参謀本部より派遣されてきた参謀が反撃作戦をつい20分前まで説明していた。


 作戦名はワーテルロー。

 フランスのナポレオンを破った古戦場に由来し、フランス人の心臓を鷲掴みにする作戦であった。


「フランス人の戦闘機や爆撃機がここまで往復できるのには驚いたな」


 グライム大佐の言葉は空軍の多くの人間の心を代弁していた。

 独仏国境に程近い、フランスの空軍基地はランス空軍基地だ。

 そこからここまでは片道680km弱、往復で1400km近くにもなったが、フランス空軍のものと思われる落下増槽があちこちから発見されている為、その程度の侵攻能力を持っていることはそこまで不思議なことでもなかった。




 ともあれ、ドイツ空軍はドイツ本土だけではなく、広大なアフリカで、満州で、そして太平洋で活動しなければならなかった。

 アフリカや満州ではまだ不時着しても助かる見込みは大いにあったが、太平洋方面では海の上を飛ぶ必要があった為、不時着しては助かる見込みがほとんどなかった。


 その為、ドイツ空軍は長距離を単発戦闘機が飛べる方法を模索し、ある程度機体が大型化することを許容して機体内に大容量の燃料タンクを設け、さらに落下増槽の使用を決断していた。

 無論、ヴェルナーの働きかけが大きかったのは言うまでもなく、防空戦闘機に関しては勿論例外としていた。


 そのときであった。

 けたたましい空襲を知らせるサイレンが鳴り響く。

 同時にスピーカーががなり立て、敵機の規模と方向、速度が知らされる。


「フランス人も間抜けではないようだが、我々の早期警戒網は今度は間に合ったぞ」


 西部国境地帯から内陸部にかけて多くの防空監視所が設けられている。

 これらは互いに無線で連絡を取り合い、敵機の目標や進入方向を割り出すのだ。

 開戦時こそ、油断からくる誤認や連絡の不備などで役に立たず、挙げ句の果てにはフランス陸軍の侵攻で穴が開くことになったが、より内陸部に臨時に設けることで何とかその機能を補っていた。


 ちなみに、最近ではやはりヴェルナーの肝入でジーメンス社、テレフンケン社そしてヒュールスマイヤー社の三社合同で開発されている対空レーダーなるものを導入しようという動きがあった。





「ようやくだ」


 ヴェルナー・メルダース少尉はそう呟くと舌なめずりをした。

 彼は空軍士官学校を出たばかりであったが、抜群の飛行成績を示し、早くも小隊長を任せられていた。


 そんな彼は早くも実戦に巡り会えたことに感謝と同時に実戦への不安も覚えていた。

 彼の乗機は空軍正式名称JF13ファルケ。

 JFはJagdFlugzeugの略であり、戦闘機を意味し、1は単発、3は3回目の採用を示している。

 隼の名を持つこの戦闘機はRFR社製であり、社内名称は別のものであった。


 その名はメッサーシュミットMe109。

 ウィリー・メッサーシュミットがクルト・タンクやエドガー・シュミュード、ライト兄弟やアントン・フォッカーといった様々な人物から影響を受け、世に送り出した作品であった。



「空飛ぶ重騎兵とはよく言ったものだ」


 メルダースはそう言い、誘導に従い、駐機場から滑走路へと自機を移動させ、すぐに彼の順番がやってきた。

 漆黒(・・)に染め上げられたその機体を彼は軽やかに操り、たちまち滑走を開始、やがて彼の乗るJF13は空へと舞い上がっていった。



 彼の言葉通り、このMe109ことJF13は史実のそれとは全く違っていた。


 極力小型の機体に極力大馬力のエンジンを、というのが史実のメッサーシュミット博士のコンセプトであったが、この世界では違った。

 彼のコンセプトは大馬力エンジンを搭載し、とにかく扱いやすく、頑丈な機体を追求した。


 大馬力エンジン搭載に必要な容積を確保しつつ、贅肉を後からごっそり削ぎ落とすそのやり方はエンジンを第一に考えた設計思想であった。

 その為、史実のMe109というよりか、どちらかというとF4FやP47のようなずんぐりとした樽のような形であり、その見た目は流麗とは言い難いものであった。


 V型液冷12気筒1100馬力、燃料噴射装置などを備えたこのダイムラー・ベンツ社製DB601エンジンを搭載したこの機体は液冷特有の尖った機首は健在であったが、そこから先がずんぐりとしており、砲弾のようにも見えた。

 その為、旋回性能はよろしくなく、またDBエンジンがプロペラ軸内機銃――いわゆるモーターカノン――が装備するには不向きな正立V型であるなどの史実と比べて弱体化していると言える面もあった。


 しかし、それを補ってあまりあるものが存在した。

 徹底的な機体内部の部品点数の削減やコンポーネント化による生産・整備の簡略化、また装甲板やゴムを機体内の各所に取り付け、座席後部には防弾処置が施された大容量の燃料タンクが設置され、視界を確保しやすいように涙滴型風防となっていた。

 さらに、多少デコボコしてようが楽に飛び立つ、または降りることができるよう主脚の強度・配置に至るまで考慮された。


 そして、武装は主翼にラインメタル社製の13ミリ機銃を4門装備している。

 このため、主翼は極めて頑丈であった。

 なお、このラインメタル製の13ミリ機銃であるが、史実のMG131ではなく、ブローニングM2であった。

 ラインメタル社はクルップ社、マウザー社、ワルサー社などの他社と常に争っており、どうにか他社を出し抜くものがないか、と世界中を見て回った結果、ジョン・ブローニングが開発した12.7ミリ機銃に目をつけた。

 これをラインメタル社はライセンス生産させてもらいつつ、本来の12.7ミリにはなかった炸裂弾を開発した。

 そして様々な試験の結果、ドイツ陸軍正式採用のMG13、13ミリ機関銃として1920年に採用され、その優秀性から陸軍だけでなく海空軍でも使われるようになった。





 メルダースは続いて上がってきた小隊機を従え、一路、西へと進路を取りつつ、上昇を開始した。

 旧式化したJF12と比べ、その上昇性能は比べるまでもなかった。

 彼の小隊以外にも次々とJF13戦闘機が上がってきている。

 あっという間にヴィットムントハーフェン上空は100機以上のドイツ空軍機でうめつくされた。


『管制塔より全機へ。敵編隊は高度2000付近を一路、こちらへ向けて飛行中。敵機の数はおよそ100、単発機のみ。歓迎会の準備を頼む』


 管制塔からの指示を受けるまでもなく、既に全ての戦闘機は歓迎会の準備に入っていた。


『高度4000まで上がれ。フランス人に我々(ルフトヴァッフェ)の作法を教えてやろう』


 中隊長からの指示を受け、メルダースは更に高度を上げる。

 彼はちらりと横を見、やはりあるべきものを見つけた。


 そこにいたのは彼より1歳年上であり、同じく小隊長のアドルフ・ガーランド少尉であった。


 ガーランドと視線があった。

 彼は無線電話のスイッチを切り、口だけ動かした。

 無線電話は高性能であり、意思疎通は容易に行えたが、軽口を叩けなくなったという不満点もパイロット達の間にはあった。


 ともあれ、ガーランドのそれはメルダースの闘争心に火をつけた。


「ついてこれるか……だと? お前がついてきやがれ!」

『隊長、丸聞こえです』

『ガーランド隊には負けませんよ』


 その言葉にメルダース隊の意志は集約されていた。

 それは険悪な意味のものではなく、純粋なライバル心から出たものであった。


『お喋りの最中悪いが、メルダース少尉』


 割って入ってきた言葉にメルダース以下、小隊全員がビクッとした。

 相手はボスであるマンフレート・フォン・リヒトホーフェン大佐その人であったからだ。

 彼はベルリンから駆けつけ、戦闘航空団司令という立場にありながら、パイロットとして参加していた。


『我々は誰であるか?』


 問いかけに、メルダースはすぐさま答えた。


「我らはラーズグリーズ。ドイツの空を守護する者」

『我らは倒れるその時まで』

「襲い来る敵を尽く討ち果たし」

『漆黒の悪魔とならんことを願う者なり』


 リヒトホーフェンとメルダースが言ったのはこの戦闘航空団のモットーであった。

 リヒトホーフェンが率いる戦闘航空団は第22戦闘航空団「ラーズグリーズ」と呼称されていた。

 この戦闘航空団の最大の特徴は機体を漆黒に染め上げ、機首には見目麗しい銀髪の戦乙女を描いていることにあった。

 リヒトホーフェンの派手好きな性格――元々は全ての機体を赤く染め上げようとしたが、航空団全員で反対した――とヴェルナーの後押しもあり、これは実現していた。


『よろしい、メルダース少尉。我々はこれより戦乙女(ヴァルキュリア)の加護の下、ジャンヌ・ダルクの加護を受けたフランス人を打ち倒す。気を抜くな、編隊を崩すな、戦友の死は自分の死だと思え。それだけだ』



 それきり、通信は途切れた。

 沈黙が続く中、メルダースは眼下に目を向け、敵機を探した。

 


 1分、2分と時間が過ぎる中、メルダースは右下方に大地の風景に混じって小さな黒いシミのようなものを見つけた。

 そのシミは無数であり、およそ自然のものとは思えなかった。


「敵機発見! 右下方!」


 彼は無線電話に叫ぶや否や、リヒトホーフェンから指示が来た。


『全機急降下! 訓練通りにやれ!』


 メルダースは反射的にスロットルとフットバーを操作し、急降下に入った。

 彼は僅かに後ろへ視線をやれば、小隊機はぴったりとまるで糸で繋がっているかのようについてきていた。


 メルダースは視線を前へと戻し、見る見る迫る敵機を見据えた。

 速度計は既に600kmを超え、700km目前であった。



 眼前にある敵機、その機種名は何だったか、と彼が思い出すよりも早く、スロットルバーにある機銃発射ボタンを押していた。

 たちまち主翼から13ミリ機銃弾が奔流となって敵機に吸い込まれた。

 その弾丸のシャワーを浴びた敵機は胴体にミシン目のように多数の弾痕が刻まれた。


 メルダースが敵機の真下へと抜けたとき、後方から鈍い爆発音が幾つも響いた。

 彼は訓練通りに反転上昇――小隊機は誰1人欠けていなかった――しつつ、戦果を見た。


『こいつは凄い』


 ガーランドの声が聞こえた。

 メルダースも思わず口笛を吹く。


 彼らの視界内には火を吹いて墜落していく敵機や爆発したと思われる敵機が残した黒煙が多くあった。


『全員、再攻撃を掛ける。いいか、初めての空戦だ。誰1人、死ぬことも撃墜されることも許さん。小隊ごとに攻撃!』


 リヒトホーフェンの声は興奮と緊張が混じったものだった。

 あの派手好きな大佐も緊張するんだなぁ、とメルダースは思い、その顔に笑みを浮かべた。


『怒り狂った敵機がやってくるぞ!』

『来やがれ! カエル野郎!』


 色々な声が交じり合い、既に無線電話はまともな指示を飛ばせそうになかったが、戸惑いはなかった。


 メルダースはその最中、静かに、だが力強く無線電話に言った。


「征くぞ、ラーズグリーズ諸君。聖女とダンスだ!」


















 午前9時過ぎ フランス ランス空軍基地




「くそったれが……」


 栄えあるフランス空軍の士官としてはおよそ相応しくない言葉を彼は吐いた。

 彼は悪態をついた後、芝生に腰を下ろし、そしてこの数時間で起こったことを思い出す。



 7時発表のドイツ軍の現状を知った司令部から、復旧しているかもしれないから叩いてこいと、ランス基地からはヴィットムントハーフェン基地へと戦闘機60機、単発爆撃機50機からなる攻撃隊を繰り出していた。


 そして、もし基地が瓦礫のままであったならば、周辺の道路や線路を爆撃し、復旧を妨害せよという命令であった。


 しかし、国境を超えて1時間程のところでドイツ空軍の戦闘機が大歓迎してくれた。

 その数は100機どころか200機を超えていた。

 出迎えた敵は機体を漆黒に染め上げ、銀髪の戦乙女を機首に描いた見慣れぬ新型機であった。


 彼はデヴォアティーヌD520を操り、漆黒の敵機から這々の体で逃げることに成功した。

 このD520もドイツの技術加速の影響を受け、5年以上早く開発・量産に移されたフランス空軍の主力戦闘機であった。

 このD520は史実と比べるとしっかりと量産・実戦配備され、こうして宿敵たるドイツ空軍と戦っていることからかなりマシであったが、総合的な性能差は大きかった。

 唯一、互角であるのはその航続距離であり、ランスからヴィットムントハーフェン――ヴィルヘルムスハーフェンのすぐ傍にある地点まで片道およそ680km――を戦闘行動半径に収めていた。

 無論、落下増槽有りであったが。


「速度差はあまりなかったが……」


 彼は溜息混じりに告げた。


 その予測は正しかった。

 D520は直線飛行における最大速度が533kmに対し、JF13は最大525kmとほとんど差がないどころか、JF13の方が僅かだが遅かった。

 D520はイスパノスイザ製液冷倒立V型960馬力であり、140馬力の差があった。

 だが、JF13の場合、その馬力のほとんどを速度ではなく装甲と武装に費やしている為、馬力に差があったとしても、D520と速度に差はなかったのだ。


 またD520の敗因としては燃料噴射装置にあった。

 この装置は激しい戦闘機動の際に威力を発揮するものであり、通常のキャブレター式エンジンの場合は戦闘機動の際、マイナスGによる影響から極めて短い時間であるが燃料供給が途絶えてしまう。

 しかし、この燃料噴射装置は液体燃料を吸入空気に霧状に噴射することでその弱点を補い、戦闘機動においても安定的に燃料を供給できるものであった。

 なお、史実のドイツ空軍、あるいは日本軍が使っていた水メタノール噴射装置はどのエンジンにも採用されていなかった。

 1930年時点でドイツはアメリカから接触分解法を全面的に導入しており、ドイツ空軍ではオクタン価100の航空燃料が標準であったからだ。

 元々、水メタノール噴射装置はオクタン価の低い航空燃料を使用した際、最大過給圧を上げることでエンジン出力を一時的に増加させる装置だ。

 無論、オクタン価の高いガソリンで使ってもエンジン出力を一時的に増加できるのは言うまでもない。

 しかし、デメリットとしては使用しないときは100kg程度のデッドウェイトとなり、使用した場合もシリンダー内の腐食などを引き起こす可能性があった為、この装置は未だどのエンジンにも採用されていなかった。



 そのような技術面での不利は士官とはいえ、ただのパイロットに過ぎない彼には分からなかった。

 彼にとって重要なのはD520に代わる新型機の登場であり、如何にして性能の不利を補うかであった。


 彼は乗機がある格納庫へと視線をやった。

 彼のD520は主翼や胴体に幾つもの穴が開いており、その穴を塞ぐべく整備員達が奮闘しているのが見えた。

 当初は過剰な防弾性能ではないか、と言われたが実戦となってその有り難さが良く分かった。

 しかし、今回の交戦で出撃数110機のうち、37機が未帰還、33機が修理不能と判断されていた。

 損耗率は7割近かったが、2倍以上の敵機に襲われたと考えればよくそれだけで済んだといえるかもしれない。

 もっとも、残った機も大小様々な損傷を受けており、再出撃に耐えられる機体は皆無であった。


「……D520は頑丈だが、敵機はより頑丈だった」


 彼は悪戦苦闘しながらも、敵機に銃弾を叩きこむことに成功していた。

 D520の装備は20ミリ機関砲1門と7.5ミリ機銃4丁。

 しかし、このエリコン社が開発し、イスパノスイザ社がライセンス生産している20ミリ機関砲はモーターカノンであったが、中々当たらず、結果として7.5ミリ機銃弾を集中的に叩き込んだが、破片を撒き散らすだけで中々落ちず、しまいには敵機は急降下で射線から逃げてしまった。

 そして、急降下に入った敵機に追いつくことは不可能であった。


「どうやって戦えばいいんだ?」


 彼、エドモント・マリン・ラ・メスリーは天を仰いだ。

 悲嘆に暮れる彼であったが、このような壊滅的被害を受けたのはヴィットムントハーフェン基地を攻撃した部隊のみであった。


 他の攻撃隊を護衛していたD520は迎撃に上がってきたJF12を翻弄し、ヴィットムントハーフェン攻撃隊の被った損害をドイツ空軍に対して与えていた。

 このことからJF12では敵戦闘機に太刀打ち不可能という認識がドイツ空軍に芽生えることとなった。

 






 ほぼ同時刻 レマーゲン ルーデンドルフ橋


 レマーゲンにあるルーデンドルフ橋はエーリッヒ・ルーデンドルフ将軍により西部戦線への補給物資輸送の為に架けられた鉄橋であった。

 ルーデンドルフ将軍はモルトケと同じく、ヴェルナーのドクトリンを支持し、少しでも補給をしやすくする為に、とこの橋を提案したのだ。

 そんなルーデンドルフ将軍の功績を称え、この橋はルーデンドルフ橋となった。


 そして、その橋は今、重要な局面を迎えていた。




「くそったれが!」


 ランスで悪態をついた空軍士官と時を同じく、こちらでは陸軍士官が悪態をついていた。

 彼はフランス第8機甲師団の先遣隊であり、B2戦車4両とハーフトラックに搭乗した歩兵1個小隊を率いていた。


 フランス陸軍のドイツ侵攻作戦の第一段階は72時間以内にライン川を複数箇所において渡河し、対岸に橋頭堡を築くことであった。

 ライン川下流域ではケルンを占領したド・ゴール少将率いる第3機甲師団が当初の予定通りに4時間前の午前5時過ぎからベルリンへ向け、東へと向かって動き出している。

 その後を2個の自動車化師団が追従している。

 また、1個自動車化師団はボンを占領し、そこからライン川を渡り、第3機甲師団と合流しようと北上している。


 だが、ライン川を渡り終えたのは第3機甲師団とボンの1個自動車化師団だけであった。

 沿岸部へ向け、機甲師団2個、自動車化師団2個が北上しており、機甲師団1個、自動車化師団3個が南下し、エルザス・ロートリンゲン地方に展開している有力なドイツ軍部隊を横から殴りつけようとしている。

 そして、その快速部隊が通った後は第4軍集団の歩兵師団が固めつつあった。


 一見すると多少の遅れこそあったが、順調に進撃しているように見える。

 だが、士官クラス以上の者は極めて重大な危機に陥っていることに気がついていた。

 

 航空偵察により、エルザス・ロートリンゲン地方から鉄道でエッセンやマインツ、コブレンツといったライン川に近い都市にドイツ軍が集結しつつあることが確認されていた。

 またケルンから90km程に位置するジーゲンにも、飛び交う無線の量や潜ませた諜報員などにより、有力なドイツ軍部隊が集結していることが分かっていた。


 数日以内にドイツ軍による防衛線が張られることが間違いなく、そうなった場合、短期決戦という目論見が見事に瓦解する。

 長期戦になれば国力で、人口で、同盟国で劣るフランスが負けるのが確定していた。


 そのようなドイツ軍を叩くのは空軍の仕事であったが、たった1日で機能を回復したドイツ空軍の基地や飛行場を叩くのに手一杯であった。

 フランス空軍は5000機に及ぶ第一線機を持っていたが、ドイツ西部だけで大小含め30以上の基地や飛行場があった。

 また、フランス空軍は英仏海峡を出入りするイギリス・ドイツ海軍の艦船を見つけ、これを攻撃しなければならず、フランス本国の防空もしなければならない。

 それらの任務もあった為、実際に西部戦線に投入できる数は3000機程度であり、その3000機には戦闘機・爆撃機に加え、連絡機やら輸送機やらのそういった補助的航空機も含まれており攻撃に使える航空機はとてもではないが数が足らなかった。

 おまけにヴィットムントハーフェンを攻撃した部隊が壊滅状態に陥り、その稼働機数を更に減らしている。


 その為、本来ならばやらなくてはならない陸軍への近接航空支援は極少数機によるゲリラ的な攻撃に留まっていた。


 そして、そのしわ寄せの結果が目の前に出ていた。




 忌々しげに彼はルーデンドルフ橋を見た。

 その対岸側には少なくとも1個中隊のドイツ軍が展開している。

 橋を渡る事自体は簡単であった。

 ドイツ軍は橋を渡る間はそこまで激しい攻撃を仕掛けてこない。


 だが、橋を渡り終えた直後から苛烈な砲火を受けることになる。

 B2戦車を先頭にして無理矢理突破しようとしたが、渡り終えた瞬間に一瞬で前面装甲を抜かれ、爆発炎上した。

 それにより、後続の3両とハーフトラック搭乗の歩兵達は慌てて橋の上へと逃げ戻った。

 そのときには重機関銃やら短機関銃やらの橋を傷つけないレベルの重火器・小火器でもって追撃された為、橋の上に留まることができずに戻ってきていた。


 B2戦車の前面装甲はドイツ軍の三号戦車と同程度とされていたが、その装甲を一撃で抜くということは新型戦車か、それとも大口径砲によるものとしか考えられない。


 そして、彼は既にその攻撃の正体を見抜いていた。


「88ミリ砲だろう。クラウツ共はこの砲をよく使うらしいからな」


 そう呟いてみたが、現状はどうにもならなかった。

 




 その頃、ルーデンドルフ橋の向こう側では1人の若い大佐がじっとフランス軍の動きを見つめていた。


「どうやら敵もバカではないらしいな」


 そう言い、彼は不敵な笑みを浮かべつつ、近くにいる中隊長に告げる。


「どうだ? 潰せただろう?」


 その問いに中隊長の大尉は曖昧な笑みを浮かべ、頷きつつ、告げた。


「ロンメル大佐、連隊長であるあなたがこんなところにいて良いのですか? 我々は先遣隊で兵力も少ないのですが……」


 その言葉に彼――エルヴィン・ロンメルは笑みを崩さずに答える。


「だからこそ、だ。連隊主力はまだ後方。主力が到着してから本格的な戦闘となるが、それまでに情報収集をしておかなくてはな。何より、君の隊を先遣隊に選んだのは私だ」


 ロンメルの判断が正しいのかそうでないのか、いまいち大尉には判断がつかなかった。

 だが、彼はロンメルが自分の中隊に88ミリ砲装備の砲兵1個小隊をつけてくれたことには感謝していた。

 何しろ、敵の先遣隊は戦車と自動車化歩兵であったのだから。

 戦車に有効とされている歩兵武器としては集束手榴弾や対物ライフルがあったが、好き好んで危ない橋は渡りたくないのが心情であった。


「もっとも、聞いた話では歩兵携行の対戦車ロケット兵器が近々正式採用されるそうだ。パンツァーファウストとか言ったかな……? あと、何でも航空機に対して有効なフリーガーファウストとかいう、対空ロケット兵器も採用されるそうだ」


 ロンメルの言葉に曖昧な返事の大尉。

 一介の大尉でしかない彼には何とも返事に困る言葉であった。


「ロケット兵器といえば、砲兵所属のパンツァーヴェルファーを持ってくれば橋の向こう側に直接叩き込めたかな……?」


 ロンメルの言うパンツァーヴェルファーとは史実における同名のものと全く同じであった。

 パンツァーヴェルファーには15cmロケット弾を同時に10発発射する10連装タイプと8cmロケット弾を同時に24発発射する24連装タイプの2種類があった。


「とりあえずはここを確保し続けることに専念しよう」


 ロンメルはそう言い、双眼鏡で敵の様子を探るのであった。










 午前9時30分

 ベルリン 空軍参謀本部


 ドイツ空軍参謀本部では次期主力機についての会議が行われていた。

 基本は5年毎の更新であったが、それは平時のこと。

 戦時ともなれば1日でも早く高性能なものが欲しいのは言うまでもない。


 そんなわけで参謀総長以下、作戦部の大佐と補給本部の長、ヴェルナーをはじめ、主要な面々が揃っていたのだが、終始ヴェルナーのペースであった。


 それもその筈で彼は作戦部が要求するよりもより高い性能の機体を求めたからだ。

 本来ならば逆転する筈であったが、今回ばかりはより高性能機を求めるヴェルナーを他の面々が宥めるという珍しい現象が発生していた。



「しかしだな、ルントシュテット大佐。この、高度6000mで直線飛行速度700km以上というのはいくら何でも無理があるのではないか? いや、君の提案は非常に魅力的だが、ここまで性能が良いものはたとえ10年後でも作れないと思うのだ」


 作戦部の大佐はそう告げた。

 彼は昨日に引き続き今日もヴェルナーにある意味、振り回されていた。

 元々は反ヴェルナーの急先鋒であった彼自身もその変化に戸惑うばかりであった。


「いいえ、大佐。私はこの国難にあたって各メーカーは設備投資および研究費に対してより大規模な投資を行うことでしょう。それ故に5年以内には可能となります」


 5年か、と多くの面々が唸り声を上げる。

 彼らの基準では平時における機種更新が5年、戦時ではその5年で一気に現状の航空機よりも性能が向上するのかどうか、理解し難いものがあった。

 とはいえ、ヴェルナーは未来知識として――もはやほとんど思い出せず、かつて記録したメモやノートなどを見て思い出していた――戦争が大幅に技術を発達させることは知っていた。


 そのような彼らに対し、ヴェルナーはさらに言葉を続ける。


「現在、RFR、ダイムラー・ベンツ、ユンカース、BMWの大手エンジンメーカーは1500馬力クラスの液冷・空冷エンジンの試作に取り掛かりつつあります。また、各社では1700馬力クラスのエンジンの基礎研究に取り掛かっており、1500馬力クラスは2年以内に、1700馬力クラスはそこから更に2年で可能でしょう」


 ヴェルナーの言葉は自信に満ちていた。

 彼はこの世界のドイツが史実のドイツとは違い、豊富な戦略資源をふんだんに使うことができ、また各メーカーが史実とは比較にならないレベルの技術力・量産力を保持していることを把握していた。


「また、既存の航空エンジンに代わる次世代型エンジン……いわゆるジェットエンジンの開発も前述した4社に加え、ハインケル社が基礎研究を始めています」


 ジェットエンジンという言葉にその場にいた面々のほとんどが難しい顔をした。

 彼らはこのプロペラを使わないエンジンで本当に空を飛べるのか、半信半疑であった。

 ちなみに彼らが半分は信じているのは他ならぬ、ヴェルナーが強烈に推進している為であった。

 基本、ヴェルナーの言ったことは技術面に限っては外れていなかった。


 もっとも、これらの全ては2年以上先の話であり、ジェットエンジンに至っては10年以内に実用化できれば御の字という程度であった。

 その為、半年後、1年後の新型機はどういうものにするか、という声が上がった。


 その話題転換に真っ先に飛びついたのは作戦部の大佐であった。


「作戦部としましては次期主力戦闘機にはJF13を基に、更に速度を強化したものが欲しいのです」


 大佐はそこで言葉を切り、周囲を見回した後、さらに続けた。


「現状のJF13は敵戦闘機に対し、速度面で優位かと言われるとそうではありません。もっとも、JF13は武装・防御力・航続距離の3点においては満足すべきレベルにありますが……」


 大佐の言葉にヴェルナーが答える。


「JF13の速度向上を目指すとなると武装と防御のどちらかを削るか、それとも根本的なレベルでの大幅な機体改修を施す他ありません。前者では本末転倒ですし、後者では時間が掛かり過ぎます」

「とすると1年か、最悪2年程度は我々はJF13で戦わねばならない、ということか?」

「エンジンができないことには何ともいえません。既存のエンジンをこねくり回したところでできるものは知れています。JF13に前線部隊からの意見を反映し、細かな改良を施しながらエンジンを待つしかありません」


 その為には、とヴェルナーは続けた。


「各メーカーの技師達には前線飛行場で過ごしてもらう必要があります。そうすればより良いものができるでしょう」


 まさかの提案に一同は沈黙した。

 そんな彼らにヴェルナーは更に言葉を加えた。


「カタログスペックのみを追求しないように、釘を刺す必要があるのです。我々が必要としているのは最強無敵の航空機ではなく、参謀本部の立案する戦略・戦術を達成しうる能力を持つ航空機です」

「……君が先ほどいった時速700kmの戦闘機はカタログスペックのみを追求しているのではないかね?」

「敵戦闘機の世代交代を大幅に厳しく見積もった結果、その程度は必要だと考えたまでです」


 作戦部の大佐の指摘にヴェルナーは涼しい顔で返した。


 まさか彼が史実では理論性能のみが独り歩きしてしまったTa152やDo335などの大戦末期の航空機を実際にその理論性能通りに出せるようにしたい、と密かな野望を抱いているとは誰も分からないだろう。


 実際のところ、Ta152の諸々の性能や逸話(タンク博士がP51を振り切ったなど)は予定されていたJumo213エンジンがまるで駄目な出来栄えであり、肝心の高空性能も機械式過給機――スーパーチャージャーが作動しなかったり、とFw190Dよりも低性能の駄作機であった。

 タンク博士が振り切った逸話に関しても、彼が乗っていたTa152H0型は武装などが全くない試作機であり、完全武装状態のH1型とは1トン以上の重量差があったことからこそできたものであった。


 故に、ヴェルナーは思った。

 エンジンが完全な状態ならばきっと21世紀に囁かれた通りの最高のレシプロ戦闘機になりうる、と。

 

 同じようにDo335に対してもそうであった。

 双発戦闘爆撃機としては旋回性や運動性が良く、速度も中々出、何よりも一度見たら絶対に忘れられない強烈な見た目が良かった。

 もっとも、こちらは単純に工場が空襲で潰されてしまった為、量産がほとんどできなかったというだけであったが。


 ともあれ、そんなヴェルナーの浪漫と夢が詰まっていたが、正直なところ、駄作に終わったとしても試作機が作られる頃には今の戦争が終わり、平時となっている筈であった。

 また、たとえ、どこか別の国と戦争中であったとしても、Ta152とDo335が駄作に終わったところで揺らぐようなドイツではないし、当然堅実設計の本命機も作る予定であった。

 そして、その頃になればジェットエンジンの目処がついており、究極のレシプロ戦闘機であると同時に最後のレシプロ戦闘機となるだろうことも。


 ある意味、空軍を私物化しているが、それを知ることができる者はドイツどころか世界中のどこにもいなかった。

 

「とはいえ、性能向上が望めないというのは単発機であるならば、という但し書きが付くでしょう」


 ヴェルナーの言葉に大佐が答える。


「双発戦闘機か……だが、色々盛り込み過ぎて結果として駄作機になってしまうのではないか?」


 大佐の問いにヴェルナーは答える。


「目的を明確化すれば良いのです。単座で一撃離脱のみに特化した機体にすれば良いのでは?」

「その双発戦闘機はどれくらいでできるのか?」

「万事順調に進めば1年以内にはできるかと……」


 ハインケル辺りが双子エンジンを機首に搭載して、単発機でありながら大馬力だぜ、とかやりそうな気がしたが、ヴェルナーは大いに構わなかった。


 それは双子エンジンを搭載したHe177グライフがどういう性能を持っていたか、知っていた為であった。

 He177は製作当初こそ、多大な問題点を抱えた欠陥機であったが、その問題の大部分は搭載したエンジンDB606――DB601を2基連結させたもの――にあった為であり、新型のDB610――DB605を2基連結させたもの――に変えた後はその大部分の問題が解決され、2台のエンジンを繋ぐギアボックスの問題のみが残ったが、それは致命的な問題ではなかった。

 その結果、大戦末期のドイツ空軍にとって、皮肉にも性能・技術面の両方で最も信頼できる爆撃機となっていたのだ。

 そして、戦後のイギリス空軍のテストにより、He177がB29に匹敵する性能を持っていることが確認された。


「色々とゲテモノ……失礼、奇抜な、いやもとい……えーと、とにかく、最新で最先端過ぎて理解できないが何でか知らないけれど、ちゃんとマトモに性能を発揮できる不可思議な代物ができるかもしれません」

「何だそれは?」


 ヴェルナーの言葉に大佐が問いかけた。

 彼の問いはその場にいる全ての者の心を代弁していたに違いない。


「と、ともあれ、そういう風に進めていきます」


 ヴェルナーの締めの言葉にファルケンハイン大将がゆっくりと口を開く。


「結論としてはその双発戦闘機の開発と現行機の量産及び小規模改良に注力し、大半を占めている25年度調達作戦機については早急にJF13などの30年度調達機に転換する……それで良いかな?」


 ファルケンハイン大将の言葉にヴェルナーをはじめとした全員が頷いた。

 さすがに5年も前の採用時のまま使ってはいなかった。

 JF12をはじめとした旧式機はエンジン出力の向上や武装の変更など、小規模な改修を繰り返している。

 とはいえ、既に前線部隊からはJF12が敵戦闘機に太刀打ちできないという悲鳴のような報告が入っており、唯一フランス空軍に痛打を与えたのはJF13であった。


「次期主力機に関してはエンジンの開発に空軍側からも補助金を出しつつ、目処がついた段階で改めて協議する。以上だ」


 ファルケンハインの言葉で今回の会議はお開きとなった。

 





 その後、ヴェルナーは自らの執務室に戻った。

 そこで雑務を片付けようと書類に手を伸ばしたところで電話が鳴った。


「もしもし?」

『やぁ、ヴェルナー。エーリッヒだ』


 海軍省にいる年上の友人からの電話にヴェルナーは首を傾げた。

 レーダーの声色はかなり興奮に満ちたものであったからだ。


「海軍はお通夜状態ではないのか? 香典はいるか?」

『香典はいらんよ。帝国海軍はこの機会に新たな飛躍を遂げるのだ』

「どうしたんだ?」


 問いにレーダーはふふふ、と笑いながら言った。


『我がドイツ海軍は将来を見据え、昨日、新たな補充計画が承認された』

「で?」

『太平洋と大西洋。我らは両洋艦隊を整備するのだ!』

「……イギリスが黙ってないんじゃないか?」


 ヴェルナーの言葉はもっともであった。

 しかし、レーダーは自信に満ちた声で答える。


『イギリスは今回の戦争で経済的に大きく疲弊するだろう。そして、我らが祖国への依存を強めることになる』


 あり得る話であった。

 イギリスが大陸派遣軍を編成するかどうかはさておいて、既に戦艦2隻を失っている。

 それを補充すべく、またフランスに対して盤石の体制を取ろうと大規模な建艦計画を作成することは間違いない。

 そうなってしまえば如何に大英帝国とはいえど、もはや落ち目の彼の国の経済を大幅に圧迫することは間違いなかった。


 ドイツが欧州でアメリカの役割を担うのかぁ、とヴェルナーは思いつつ、更に問いかけた。


「それで、どれだけ建造するのか?」

『ああ、聞いて驚け。主力艦は20インチ砲を搭載した10万トンクラスの戦艦を8隻だ』

「……は?」


 ヴェルナーは呆気に取られた。

 海軍も航空機で戦艦を撃沈できることは知っている。

 そして、空母研究が盛んに行われている。

 だが、なぜ戦艦なんだ、とヴェルナーは不思議でしょうがなかった。


「いや、待て。何で戦艦?」


 その問いにレーダーは問いかけた。


『君は空と陸についてはよく知っているが、海のことは知らないだろう? そこで問題だ。同数の戦艦と同数の空母。どちらも速力は30ノットとして、果たして空母は戦艦を全て撃沈できるのかな?』

「……無理だな。たとえ、その空母が200機を搭載できる10万トンクラスであったとしても」


 ミサイルのようなほとんど百発百中のものが存在しなければ、魚雷や爆弾を戦艦に当てて沈めるしかない。

 だが、戦艦も当然回避運動や対空砲で反撃する為、航空機による攻撃も命中率が極めて高い――8割とか9割といったレベル――とはいえない。

 例えば史実におけるインド洋で日本海軍の九九式艦爆がイギリスの巡洋艦ドーセットシャーとコーンウォールを撃沈したときは87%という驚異的な命中率を記録しているが、これはパイロットの技量によるものが大きく、大戦末期になってもこの命中率を維持できていたかというと当然そうではなかった。

 ベテランパイロットと最新鋭機を常に満足のできる数だけ供給できれば戦艦は打倒できるし、ドイツはそれを可能であったが、同数の戦艦相手となるとどこまでできるか怪しかった。

 半分は潰せるだろうが、残る半分は空母が魚雷や爆弾、搭載機などの補充をせねばならない可能性は多々あった。


 無論、戦艦の主砲と比べれば命中率は高いが、果たして同数の戦艦と同数の空母が戦ったらどちらが勝つか、というのは想像がつかなかった。


『勿論、海軍は空母の有用性を認めないわけではない。空母の艦載機やパイロット、整備員などは海軍が自前で持つことが既に決定している』


 一度そこでレーダーは言葉を切り、つまり、と続けた。


『使い所の問題なのだよ。太平洋や大西洋のど真ん中で戦艦と空母がやり合えば空母が勝利するだろう。戦艦は敵の姿を見ること無く、一方的に叩かれ続け、空母はいつでも好きなときに寄港して補充し、何度も反復攻撃を仕掛けることができる』

「使い方というと?」

『限定された海域……例えば英仏海峡などの狭いところでの殴り合いさ。他にも陸軍が泣いて喜ぶだろう対地支援もできるぞ』


 なるほど、とヴェルナーは頷いた。

 確かに使い所さえ間違わなければ戦艦とて使い道はある。

 

「だが、空母のような便利さはないだろう?」

『戦艦のような国力を内外に明確に示せる威圧感はあるのかね?』


 むぅ、とヴェルナーは押し黙った。

 確かに平べったい空母では浮かべる鉄の城というものとはかけ離れている。

 とはいえ、見た目のかっこ良さ=戦略・戦術目標を達成できる優秀な存在ではない。


『ヴェルナー、開戦と同時にバイエルンを沈められ、港に大海艦隊主力が閉じ込められた我が海軍の面子は丸潰れだ。我々には舐められないようにする為の存在が必要なのだ』


 結局のところ、そこであった。

 確かに実用性を重んじれば20インチ砲戦艦なんぞよりも、空母とそれを護衛する防空巡洋艦でも建造した方が良い。

 だが、往々にして実用性だけでは通じないことが世の中にはあった。


「……というか、よく予算が下りたな? 当然、戦艦だけではないんだろう?」

『ああ、さっき言った戦艦を建造する為のドックをはじめとした港湾設備の拡張が必要だからな。年々タンカーや貨物船も大型化していることだし、ちょうど良いと判断してくれたようだ』  


 造船技術の進歩により、大型船舶であっても比較的安く、速く建造することが可能となり、これらは海軍艦艇から民間のタンカーや貨客船、貨物船といったものにまで波及している。

 特に変わり種は規格化されたコンテナのみを積むコンテナ船の存在であった。



 ヴェルナーはかつて陸軍参謀本部で軍集団レベルでの補給に苦心していた。


 そのとき、21世紀の日本でありふれていたコンテナに目をつけた。

 彼はコンテナの歴史や経緯といったものについて詳しく知らなかったが、輸送に使われているのだから便利に違いない、と確信してポケットマネーを使って試作し、調べたところ、その有用性が明らかとなった。


 そのコンテナは今やドイツでは21世紀と同じように溢れており、アメリカやイギリス、ロシア、フランス、日本と各国では積極的に導入されていた。

 そして、コンテナの特許も勿論ヴェルナーは抜かりなく自らで取得している為、金には困りそうになかった。


『まあ、もっとも重要なドックに関しては実はそこまで大きな問題ではない。ブローム・ウント・フォスのハンブルク造船所にあるエルベ17乾ドックは底部で幅60m、長さ310m程で計算上は15万トンクラスの艦艇を建造できるらしいし、RFRのノルトーゼヴェルケは勿論、他の会社も似たようなドックは多数持っているそうじゃないか?』


 そう言われるとヴェルナーは何も言えなかった。

 RFR社の造船部門であるノルトーゼヴェルケは順調に規模を拡大しており、海軍からも注文をよくもらっていた。


「で、20インチ砲の戦艦だけではないんだろう?」

『当然だ。5万トンクラスの空母10隻、3万5000トンクラスの空母20隻、大型巡洋艦24隻、小型巡洋艦36隻、駆逐艦126隻、潜水艦82隻……総額500億マルクにも及ぶ計画だ』


 ヴェルナーは言葉を失った。

 どう見ても史実のアメリカ海軍であった。


『ちなみに20インチ砲の戦艦は1隻10億マルクを予定している』


 史実のビスマルク級戦艦が1隻でおよそ2億マルクであるから、5倍の建造費用で20インチ砲戦艦が作れるならば安いといえるかもしれない。


「……改めて思うが、これは絶対に戦後を見据えた拡張計画だ」

『当然だとも。フランスや二重帝国相手に海軍は必要ない。我々が本領を発揮するのは大洋を隔てたところにある国家だ』

「アメリカは友好国だぞ?」

『最悪の事態に備えるのが軍というものだ。特に建造に時間がかかるフネはな……』

「戦争が終わった後の維持費はどうするんだ? いつまでも戦時体制ではいられんよ」

『何、戦争終了までに就役するのは良くて中小艦艇で半分、悪ければ3分の1にもいかない。空母は2隻程度、戦艦は無理だろう』


 レーダーの言葉にヴェルナーそれで、と続きを促した。


『我々が欲しいのは経験だ。これから軍艦はますます大型化していくだろう。その為、大型艦を建造・運用したところでどのような不具合が出てくるかを割り出す必要がある。平時ならばできることだ。20インチの戦艦もおそらく最終的には最小行動単位である2隻にまで減るだろうし、空母も5万トンと3万5000トンを合わせて4隻程度だろう』


 なるほど、とヴェルナーは納得した。

 つまり、最初から計画の完遂を見込んでいないものであり、平時においても金食い虫の軍艦をそこそこ揃えやすくする為のハッタリであった。

 当初の500億マルクという膨大な金額からその半分以下にまで減らせれば財務省や議会も心情的に満足してくれる。

 その為、お情けとして戦艦2隻と空母4隻とそれらを護衛する艦艇分くらいの予算は平時でも確保できる、と海軍は予想しているようだった。


「アングルドデッキについてはどうか?」

『アレはしばらくは研究に留め、カタパルトの方を優先する』

「妥当な判断だ」


 アングルドデッキは着艦作業をしつつ、発艦作業もできる、というのがよく知られている理由であったが、実際はアメリカ空母特有の事情が関係していた。

 アメリカの空母は日本のそれとは違い、格納庫は一段式であり、また安全の為、格納庫内で燃料や弾薬類を航空機に搭載しない。

 その為、アメリカ空母はどこでそういった燃料などを搭載するかというと、甲板上で行う必要があった。

 また、格納庫が一段であることから格納庫内に搭載できる機数は必然的に限られた。

 その為、甲板を駐機場として利用せざるを得なかった。

 発着艦する航空機以外にも航空機を常に並べておかなくてはならない。

 このとき、着艦する航空機がある場合は前方に航空機を並べておかなければならないが、もし、着艦に失敗した場合は前方に並べてある航空機に突っ込んで大惨事となる。

 そこで甲板の作業スペースの確保とそのような大惨事を防ぐ為の専用の着艦甲板として採用されたのがイギリス生まれのアングルドデッキであったのだ。

 この着艦甲板にもカタパルトを装備して発着艦、どちらもできるようになったのが21世紀のアメリカ海軍の空母であった。


 ともあれ、今回のフランス・二重帝国との戦争において空母機動部隊による航空決戦は起こりそうもない。

 また、空母を揃えることができる国もドイツ以外ではアメリカ・ロシア・イギリス・日本・イタリアくらいなものであった。

 そしてアメリカとは友好関係にあり、それ以外の国々とは同盟関係にある。

 その為、空母機動部隊同士の戦いというものは当分の間、起こりそうもなく、ゆっくりと準備すれば良かった。


『そちらはどうだ?』

「ああ、強いて言うなら……年産10万機体制を整えようかなと」

『……は?』


 今度はレーダーが固まる番であった。

 そんな彼にヴェルナーはゆっくりと告げる。


「エンジンの馬力向上がおそらく2年毎になる。今から2年間は今の主力機で戦うしかない。小さな改修はするが、新型機はない」

『それで?』

「劇的な性能向上が見込めない以上、空をドイツ軍機で埋め尽くせばいいかなと思った」

『いや待てなんだその理論。正しいが何かが間違っているぞ』

「戦争は数だよな。な!」

『なぜ、念押しなんだ』

「それはさておき、今日の昼過ぎにパリは面白いことになるだろう。そう、パリは燃えているか……とな。それでは失礼する」


 作戦部の大佐はいい仕事をした、とヴェルナーは心の中で呟きつつ、レーダーとの電話を切った。

 その直後、扉がノックされた。


 誰何すると、その作戦部からの使いでゲーリングだった。

 ヴェルナーが入室を許可すると彼は小脇に書類を抱えてやってきた。


「大佐、これが作戦部からの双発戦闘機に関する要求性能です」

「早いな。まだ30分かそこらしか経っていないぞ。ともあれ、見せてもらおう」


 ヴェルナーはそう告げ、ゲーリングから書類を受け取った。


「……妥当なレベルだな」


 流し読みしたヴェルナーはそう述べた。

 要求性能書にあった双発戦闘機は単座で高度5000mで直線飛行速度600km以上、武装は13ミリ以上の機関銃もしくは機関砲4門以上、急降下速度800km以上で航続距離や旋回性能は短い、考慮しなくて良い、と書いてあった。


 他にもつらつらと細かいことが書いてあったが、必要な箇所はそれだけであった。


 作戦部はどうやら完全な迎撃機としたことが窺えた。


「30分で双発戦闘機の仕様を考えたのは凄いのか、それともいい加減なのか、よく分からんな」

「まあ、繋ぎですし……」


 繋ぎでポンポン新型機を開発・量産されてはフランス側はたまらなかったが、悲しいことにそれが戦争であった。


「早速、参謀総長に伝え、各メーカーに指示を出しておこう」








 午前11時過ぎ ヴィットムントハーフェン空軍基地


 フランスの攻撃隊を壊滅させた第22戦闘航空団(=JG22)であったが、被害もまたあった。

 撃墜された機体は12機と比較的少ないものの、修理不能機は25機と2倍近くにのぼり、全体の喪失数は37機であった。

 出撃機数256機のうちの37機となればおよそ6%の損失だ。

 また再出撃に耐えられる機体は219機中192機であり、27機が早期の戦線復帰を望めなかった。

 その為、完全損失機と合わせて1個飛行隊がまるまる消えた計算になる。

 もっとも、パイロットの戦死者はおらず、撃墜された機のパイロット達は全員パラシュートで脱出し、歩いて、あるいはタクシーを捕まえて基地へと戻った為に再出撃可能なパイロットは256人であった。

 機体自体もフランス側の70機喪失、残る40機も早期の出撃不能という点から見ればドイツ側の勝利といえる。


 さて、そんなJG22であったが、士気は高かった。

 それはJG22司令のリヒトホーフェン大佐を筆頭に撃墜マークを増やした者が大勢いた為だった。


 当然、メルダース少尉もそれに洩れなかった。

 彼は撃墜2をガンカメラ映像の分析から認定されていた。

 その為、彼のJF13の機首には早速フランス空軍の識別マークである赤・白・青の丸いマークを2個つけていた。


 そんな彼は再び愛機に乗り込んでいた。

 JG22の2個飛行隊128機はワーテルロー作戦の為の前衛部隊としていち早くフランス本国へ向けて出発し、敵戦闘機を狩るのが仕事であった。

 

 前衛部隊が敵戦闘機を引きつけている間、第53戦略爆撃航空団のB43、64機をJG22の残った1個飛行隊64機が護衛し、パリへと侵攻するのだ。



 メルダースは次々に離陸していくJF13を見ながら、静かに自分の番を待つ。

 彼の心は曇り一つ無かった。

 移動してきた第1、第5航空艦隊所属の戦闘航空団はJG22のように定数を満たしておらず、また新型機が全てJG22に回された為、少ない機数で質・量共に上の敵機を相手にしなければならなかった。

 悲鳴のような叫びがヴィットムントハーフェン基地にも届き、幾つかの基地や飛行場は再び通信が途絶した。


 メルダースはそのことで責任や罪悪感は全く感じていなかった。

 そういったものを感じるのは上の仕事だ、と彼は割り切っていた。

 彼の仕事は敵機を叩き落とすことであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

『メルダース、落とされるんじゃないぞ?』


 同じく順番待ちで暇なのか、ガーランド少尉が話しかけてきた。


「ガーランド少尉、あなたこそ落とされないでくださいよ」


 一応、ガーランドの方が一つ年上なので敬語のメルダースであったが、ガーランドはくつくつと笑う。


戦闘機狩り(フライヤクト)か……一番待ち望んでいた任務だ』


 ガーランドの言葉にメルダースは同意した。

 爆撃機の護衛や基地の護衛もなく、思う存分に暴れられる戦闘機狩り――いわゆるファイター・スイープ。


 そこでガーランド隊の番が来たらしく、彼は先に上がると告げて滑走路へ入り、滑走を開始していった。


「5機撃墜でエースか……」


 メルダースはそう呟き、エースの称号が目前にまで迫っていることに笑みを浮かべる。

 このエースに関してだが、ヴェルナーが士気向上の為に導入した制度だったりする。

 勿論、ただの称号だけではそこまで劇的な効果は無い為、称号以外にも報奨金や感状など様々なものが用意されていた。


 ともあれ、フランス上空での戦闘機狩りは数の上で劣勢ではないか、という懸念もないではなかったが、フランス空軍は今日も今日とてあちこちの基地を攻撃している為、迎撃に上がれる戦闘機の数は少ないのではないか、と予想されていた。


「戦争はクリスマスまでには終わるだろうな。無論、祖国の圧勝で」


 そう言った直後、メルダース隊の順番が来た。

 彼は手慣れた様子で機体を操り、滑走路へと愛機を導いていくのであった。




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