娘は高校を中退すると家出した。
とめる暇なく最低限の荷物を持ってどこかへ行ってしまった。
しばらく音沙汰がなかったので警察へ捜索願を出そうと妻に相談すると返事は素っ気なかった。
「そのうち、帰ってくるわよ」
妻と娘に会話はなかった。言い争いやケンカしたところを見ていないが、仲むつまじい姿は記憶にない。
自分が覚えているかぎり、娘の服を妻が黙って町内会の会合に着ていったことが発端だった気がする。娘も娘だが一言も謝らない妻もどうかしてる。意地の張り合いがこじれると収拾がつかない。
特に女同士は…。
一年後、突然、娘が帰ってきた。
最初に娘を見たとき、誰だかわからなかった。
眩しいくらいの金髪と化粧も服装も派手でまるで別人だった。
「いま、どこに住んでるんだ?」
おれは心配になって訊く。
「関東地区」
娘はメンソールのタバコをくわえながら答えた。
「食べていけるのか?」
「大丈夫」
「仕事してるのか?」
「もちろん」
「なんの仕事をしてるんだ?」
「キャバ嬢」
「店の名前は?」
「もういいでしょ!」
娘はうんざりした顔でせんさくされることを嫌った。
「何しに来たの?」
妻が冷たい麦茶をお盆にのせておれの隣に座った。
「おい、せっかく帰ってきたんだから、そんな口の利き方するなよ」
おれは妻をたしなめた。
「お盆だから帰ってきたんじゃない。いまの時期は人がいないからお店は暇なの」
娘は意外にも妻の問いかけに答えた。本当に久し振りに二人が会話したところを見た。
「これ、仏壇に上げて」
娘は大手デパートの紙袋をテーブルにのせた。老舗で有名な和菓子屋の包みが見えた。
「いつから信仰心が芽生えたの?」
妻の嫌味な一言におれは肝を冷やしたが、娘は「あら、昔からよ」と素っ気無く返答した。
そういえば確かに娘は祖父や祖母の命日がくると「お花は?」とか「線香は?」とか、さかんに気にする素振りを見せていた。祖父や祖母にかわいがられていたからだろう。
娘はお盆になるとかならず家に帰ってきた。
年々、指輪やネックレスなどの宝石類は大きくなり、去年は顔半分くらい隠すサングラスをはめて赤いスポーツカーで帰省してきた。
それに高層マンションに引っ越したことも自慢していた。娘はお小遣いをあげるとすぐに使ってしまう浪費癖がある。幼い頃から派手な生活にあこがれていたのは薄々感じていた。
親から援助を受けず、自立して生活しているのだから文句は言えない。
そして今年はお盆の数日前に娘から電話がかかってきた。
「あのね。海外旅行に二人を連れていってあげる」
娘の声は弾んでいた。
「それはありがたいが…」
「ハワイよ。心配しないでお金は全部私がもつから」
一方的に押し切られ、家族三人でハワイ旅行にいくことになった。
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さらに一年後…夏の暑い日にけたたましく電話が鳴った。
「はい、梶山です」
「あ、私」
娘からだった。
「どうした?」
「どうした?はないでしょう。娘が久し振りに電話をかけてきたのに…」
「元気にしてるのか?」
「まぁね」
「いま、どこにいるんだ?」
「えっ?」
娘が上擦った声で訊き返す。首をかしげている画が頭に浮かぶ。
「まぁ、声が聞けただけでも安心したよ。じゃぁな」
「ちょっと、待って、いま私がいるの…」
会話の途中で電話を切った。
「誰から?」
台所から妻が訊いてきた。
「美佐子からだよ」
「また冗談ばっかり、美佐子はハワイの海の底じゃない」
妻が笑いながら言った。
〈了〉
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