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DAY THAT CHANGED LIFE
作者:李仁古
本作は銃などアクションなど一切ありません。純粋な恋愛ものです。
 雨の雫が窓硝子に当たり、弾ける。外は梅雨の影響でジメジメとした雨が降り注いでいる。
 俺の肩に頭を乗せながら眠っている女の子、本田真紀。俺の彼女であり、俺の人生を変えた人でもある。そういえば、あの日も雨だったな。


  一年前……
「行ってきます」
 玄関でナイキの靴を履きながらリビングにいる母親にそう言った。
「行ってらっしゃい」
 奥から母親の声が聞こえてくる。紺色の学生鞄を持ってドアを開けた。空が灰色一色になっている。曇り空の中をバス停に向かった。
 バス停までは歩いて五分の所にある。静かな住宅街を学ランのボタンが閉まっている事を確認しながら歩いた。
 俺は今日から高校一年の浅野すぐる。至って普通の男だ。いや、もしかしたら普通より下かもしれない。その証拠に十五年間彼女がいない。
 それもその筈だ。顔もそこまで良くないし、背も高くないし、勉強もできる訳でもない。友達はよく“モテるだろ?”と聞くがこんな俺に惚れる奴はいないだろ?
 俺は自分の悪態をつきながら、バス停に到着した。携帯電話を出し、時間を見る。七時四十七分。バスの時刻表によるとあと三分でバスが来るようだ。
 そもそも中学の後半から彼女を作るのをやめる事にした。理由は単純。できないから。
 “もっとポジティブになれ”とこれもよく言われるが余計なお世話だといつも思う。彼女ができないからといって死ぬ訳でもあるまいし。
 また悪態をついているとバスがゆっくりとスピードを落とし、所定の位置に止まった。バスに乗り込む。後ろから三つ目の窓際の座席に座った。
 窓から見える住宅街を見ているとなんだかとても落ち着く。これで青空ならと思いながらバスは俺の行く高校の方に向かって進み出した。
 高校に着くと玄関でクラスの名簿が載った紙を見て、クラスに向かう。
 クラスの殆どの席が埋まっていた。黒板に書かれた座席表を見ながら席につく。
 知らない顔ばかりだ。原因は知り合いが皆違う高校に行ってしまった事もあるだろう。それに俺の家はここから結構離れているので知る訳もない。チャイムが鳴った。同時に白髪混じりで、如何にも体育系の男が教室に入ってきた。
「お早う。早速体育館に行くから廊下に並べ」
 入学式なんてやらなくていいだろ。愚痴を呟いた。
 無駄に長い入学式は無事終わり、教室に戻り、自己紹介が始まった。適当に言ってすぐ終わらせた。先生の自己紹介も終わり、プリントが配られる。見ずに鞄に入れた。
「じゃ、明日から学校生活が始まるのでくれぐれも遅刻しないように」
「起立」
 その女の人のかけ声で一斉に立ち上がる。
「さようなら」
 かけ声と共に軽く頭を下げた。すぐに鞄を持って教室を出た。
「へぇ〜。お前あそこに住んでんだ」、「アド教えて」、「明日一緒に行こ」。
 様々な会話が耳に入る。俺は一人、人込みの中にいた。俺は人込みが嫌いなので人の少ない住宅街を歩いた。犬の散歩をしたおじさんや会社に向かうサラリーマンなどが横を通り過ぎていった。
「マジかよ」
 独り言を言った。無理もない。バス停に向かってるつもりがとんでもないとこを歩いていた。携帯電話の画面を見た。十二時二十七分。
「くそ」
 バスには間に合いそうにない。取り合えず、バス停がある方角に走った。
 バス停に着いたのはバスが出た五分後だった。息を切らしながらベンチに座った。
 皮膚に何かが当たる。空を見た。真っ黒な雨雲から雫が降ってきた。雫の数も増え始め、次第に本降りになった。雨宿りする所が無いので鞄を頭の上に持ってきて雨を凌ぐ事にした。
 俺は自分に苛立っていた。天気予報では降らないと言っていたぞ。何で傘を持って来なかったんだよ。何で住宅街を歩いたんだよ。その他諸々。
 水を弾く音がした。見るとセーラー服を濡らした女の子が自分と同じように鞄で雨を凌ぎながら走ってきた。
 目が合った。全てを飲み込んでしまうような瞳。真っ白な肌。髪が濡れて皮膚についている。ふっくらとした唇。右頬に小さな黒子。整った鼻。心臓の鼓動が少し早くなった。
 女が横に来る。俺は極力意識しないように遠くの景色を見た。雨で良い景色とは言えないが。
「えっと、浅野すぐる……君だよね?」
 驚きのあまり言葉を失った。女は顔を覗き込んでくる。
「あれ違った?」
「い……いや。そうだよ」
「良かった」
 女の子はほっとため息をついた。そういえばこの女の子同じクラスだったな。
「本田真紀さんだよね?」
「真紀でいいよ」
 白い歯を見せながら笑った。変な汗が出てきた。女の人と話すといつもこうだ。
 雨は一向に止まなかった。奥からヘッドライトを点けたバスがゆっくりバス停に止まった。俺と真紀は急いで乗り込んだ。バスの中は主婦が一人、サラリーマンが二人、OLが一人、計四人が乗っていた。
 俺は一番奥の席に座った。続いて真紀が横に座る。正直嫌ではないがちょっとうざかった。
「あのさ、家何処にあるの?」
伊蒲(いふ)
「ホントに?あたし阿浜(あはま)なんだよ」
 伊蒲(いふ)阿浜(あはま)は丁度隣にある町だ。
「もしかしたら昔会ってたかもね」
 白い歯が見える。真紀は大人に見えるが、笑うと少し幼く見えた。そこがとても可愛らしかった。
 バスは左右に小さく揺れながら進んでいた。段々制服が乾き始めた。急に右肩が重くなった。女の子独特の匂いが鼻をついた。
 真紀が目を閉じ、静かに眠っていた。変な汗がまた出てきた。心臓が爆発しそうになっている。落ち着け。
 顔を覗き込む。安心仕切った顔だった。起こそうとしたが真紀のその顔を見て起こすのを止めた。窓の外が明るくなってきた。雲の隙間から青空が見える。
『次は阿浜(あはま)阿浜(あはま)です。お降りの方はお知らせ下さい』
 機械の声を聞いて、左上にあるボタンを押した。
 肩を叩いて起こした。虚ろな目を擦りながら起きた。
「あれ?あたし寝てたんだ」
「少しの間だけだよ」
「ごめんね」
 赤い舌を少し出しながら謝った。
 バスがゆっくりとスピードを落とした。
「じゃあね」
 手を軽く振ってバスを降りた。
 バスが再び走り出した。大きく息を吐いた。額に乗った汗を手で拭う。とんでもない一日だった。

 その後も偶に一緒に帰った。メールアドレスも交換しメールする仲になった。凄く楽しかった。
 そんなある日の夜に真紀からメールの着信があった。コンポから流れてくる音楽を聞きながら内容を見る。“ちょっと相談事あるんだけどいいかな?”いつになく真面目なメールだった。“いいよ”と文字を打った。
 送信した二分後に返信が来た。“好きな人できたんだ”嫌な空気になった。絶対駄目だと勘がそう告げている。断って聞かなかった事にしよう。“そういう事は俺じゃなくて女子に相談した方がいいよ”
 再び二分後に返信が来た。“すぐるが一番まじめに答えてくれそうなんだもん”どうやら断れそうにないな。不安を抱きながら“わかったそれで?”と打った。
 “槇田君知ってるよね?彼女いるの?”心臓にナイフが突き刺さった。ゆっくり。確実に奥に突き刺さっていく。痛みで胸を押さえた。
 槇田、本名槇田和也とは同じクラスにいる男子だ。学年で一番を争うほどの人気だ。運動神経抜群、学力もあり、おまけに背も高い。俺が話す時はいつも少し見上げる体制になる。俺と正反対の人間だ。
 指が動く。“確かいないよ”送信。
 いないと言うか槇田も真紀の事が気になっていた。真紀も槇田と同様、学年の一番を争うほどの美人だった。槇田も気にならない訳がない。
 痛みが引いていった。替わりに最近なくなった苛立ちが蘇った。やっと真っ白になったのに真っ黒に染まっていく。俺は今気づいたよ。俺、恋をしてたんだな。それも今となってはどうでも良くなったがな。
 返信が届く。“ホントに?嘘じゃないよね?”乱暴にボタンを押した。“うん てか槇田もお前の事多分好きだよ”送信。
 携帯電話を壁に投げた。壁に当たり、電池パックが飛び出す。床に画面が真っ黒になった携帯電話と電池パックが転がる。
「すぐる?どうかしたの?」
 母親の声だった。
「何でもない。物が落ちただけ」
 母親がドアの前から離れるのが分かった。
 しばらく呆然としていたが、引き出しに入れて隠したセブンスターとジッポのライターを出し、ズボンに押し込んだ。
「少し散歩してくるから」
「暗いから気をつけろよ」
 目の前に父親が現れた。頷いて玄関のドアを開けた。
 近くの公園のベンチに座った。夜だから周りには誰もいなかった。煙草に火をつけた。煙を吸い込み、星空に煙を吐く。煙が水のように揺らめく。
 視界がぼやけてきた。涙が頬を伝って服に染み込む。煙を吸い込む。それでも涙は止まらない。真っ暗な公園でしばらく泣いていた。

 その後、槇田と真紀は付き合い、学校で大騒ぎになった。俺はまた昔の自分に戻り、悪態をつく毎日。話す数も減り、一人の時間が多くなった。真紀とは偶にバスで会うが俺は何も話さない。真紀は白い歯を見せながら黙ってないで話そと言う。それでも俺は何も言わない。ずっと窓から見える雲を見つめていた。
 メールの数も減った。メールが来ても理由を知らないのに謝罪のメールと明日の行事の事だけ。俺は嫌われても良いからそのメールを無理する。
 一年も終わりに近づいてきた。俺はバイトの金で買ったiPodで音楽を聞きながらバイトから家に帰っている時だった。家の前に女の人が立っていた。胸騒ぎ。でも家を教えた覚えはないので知らない人だろうと家に近づく。
 女の人が振り返った。真紀だった。赤いマフラーを巻いて、白いリブのファーコートを着ていた。寒いのだろう。手をコートのポケットに入れ、マフラーで口元は見えない。
 しばらくの間、お互いを見つめ合った。先に口を開けたのは真紀だった。
「久しぶり」
 俺は頷きながらイヤホンを外した。
「あのさ。何かあったの?」
「………」
「何か言ってよ」
「……別に」
 冷たく言った。
「変わったね」
「お前もな。何で俺の家を知ってるんだ?」
 憎たらしく言った。
「和也に聞いた」
 あっそと言う顔で聞き流した。
「それで何か用か?」
「あたしずっと考えてた。何ですぐるがそんな風になっちゃったか」
 黙って聞いていた。
「嫉妬してたんでしょ?」
「いや」
 即答した。
「あたしの事好きなの?」
「嫌いだよ」
 淡々と言った。真紀は目の下にうっすら涙が溜まっている。
「話は終わりか?」
 真紀が近づいてくる。平手が飛んできた。頬に当たり乾いた音が鳴る。真紀は涙を流しながら俺を見ていた。俺は道で貰ったポケットティッシュを渡した。
「お前には槇田がいるじゃん」
 そう言って家の中に入った。真紀はしばらく家の前にいたがティッシュを使うと帰っていった。
 俺は窓から真紀を見送った。これでいいんだよな。自分に言い聞かせた。だが良い筈なのに罪悪感を感じた。
「俺って最低だよな……」
 真っ黒な心に僅かに白が見えた。まるで雨上がりの青空の様に。今からでも遅くない。
 部屋を出て、玄関のドアノブを握った。だがドアを開ける事はなかった。自分の言った事に責任を持てと昔父親によく言われた事を思い出した。
「責任か……」
 部屋に戻ることにした。
 次の日、真紀は学校を休んだ。先生によると風邪らしい。ふと昨日の出来事が頭の中に現れた。罪悪感がまた一段と強くなった。
 学校から帰ると真紀の事をずっと考えていた。あの日、雨の中で出会って俺は変わったと思う。いや、人生が変わる一歩手前まで来ていた。なのに今の俺は昔に戻ろうとしている。
 携帯電話を開き、真紀にメールを送る事にした。“昨日はごめん”と文字を打ち、後は送信ボタンを押すだけだ。躊躇した。
 これで寄りが戻るとは限らない。それに真紀には槇田がいる。俺がしなくても槇田が真紀を慰めるだろ。俺は邪魔者だろう。クソ!どうすりゃいいんだよ!これは神の悪戯なのか。俺を苦しめて何がおかしい?試練を与えてるつもりなのか?笑ってんじゃねぇ!
 携帯電話を床に投げた。しばらく呆然としていた。やっぱり送るのを止めよう。そう思い、携帯電話を拾い上げ、画面を見た。送信完了と映っていた。床を見るとジッポのライターがあった。またも神の悪戯か。だがその日返信はこなかった。
 次の日。真紀は何食わぬ顔で学校に来た。いつもの笑顔。だが何処か悲しそうだった。やはり一昨日の事が原因なのだろうか。俺にはそれしか思い当たらなかった。

 やがて高校生活初の冬休みが来た。冬休みの間は特にする事がなかったのでバイトに没頭する事にした。バイトは忙しいがその分金が入ると思うと嬉しくなる。クリスマスもバイトに行った。バイトの先輩に偶には休んだ方がいいぞと言われたがする事もないのにどうしろってんだ?と心の中で呟いた。
 年末は休みなので給料は少し早く貰った。これで彼女とデートしろと店長に言われた。いねぇよと言いたかったが止めといた。
 今年最後の日。三十一日は家でゴロゴロしていた。自分の部屋でベッドに横になり、音楽を聴いたり、漫画を読んでいた。
 すると母親にトイレットペイパーを買ってこいと夜の九時に突然言われた。明日でいいだろと言ったがトイレ入った時に困ると言われ、近くのコンビニに行く事にした。
 真っ黒な夜空から舞い降る雪はとても綺麗だった。心が不思議と落ち着く。俺は白い息を出しながら黒のミリタリーファーコートのポケットに手を入れながらコンビニの中に入った。
 買う物を買うとさっさと出た。外は相変わらず雪が降っていた。
「嫌だよ!絶対嫌!」
 聞き馴れた声が聞こえてきた。声を聞いたのはほんとに久しぶりだと感じた。
「大丈夫だって」
 これもまた聞き覚えのある声だった。こいつの声を聞くと嫌でも誰がいるか分かった。
 T字路の角を右に曲がると家に着く。左に曲がると声の主達がいる。
「どうでもいいか」
 と言いつつも左に曲がった。槇田と真紀が言い争っていた。
「ほら大丈夫だって」
 槇田が真紀の腕を引く。真紀は負けじと耐える。
「あたし帰る!」
 真紀は腕を振り払い槇田から離れる。
「いいから来いって!」
 槇田の手が水平に動き、真紀の頬に当たる。驚きの光景だった。真紀は頬を押さえ地面に座り込む。
「ほら!」
 槇田は真紀の腕を掴み、無理矢理立たせる。
 ここは見なかった事にしよう。そうだ。それが利口だ。下手に英雄を気取って真紀を助けるのは馬鹿な考えだ。簡単だ。百八十度体を動かせば済む事だ。だが口が開く。
「何やってんだよ」
 槇田が俺を見る。もう一人の俺が馬鹿野郎!と叫んだ。
「何でもねぇよ」
 真紀を見る。俯いていた。
「お前……殴ったろ。見てたんだよ。理由は知らないけど殴る事無いだろ?」
「だから何だってんだよ?カッコつけたいのか?おチビちゃん」
 憎たらしい言い方だった。
「別にそういうつもりじゃないけど。只、殴るのは良くないって言いたいんだ」
 真紀を見た。涙を流していた。
「何でもないから大丈夫だよ」
「ほらな?」
 何かが俺の中で弾けた。気づいたら俺は前に進んでいた。
「何だよ?」
 殴った。槇田が倒れそうになるが耐える。もう一撃と拳を握り、槇田の顔に飛ばしたが、腹に激痛。槇田に蹴られたのだ。腹を押さえ、後ろに退いたが第二の攻撃を喰らった。今度は顔面だった。後ろに仰け反り、倒れる。槇田が馬乗りしようと近づいてきた。左足を動かし、蹴る。だが槇田はその足を掴んだ。瞬時に地面に着いた右足を上げ、体を捻って右足を槇田の頬に当てる。
「もう止めて!」
 真紀が割って入る。だが槇田の攻撃は続いた。不意をつかれた俺は顔面に拳を受ける。生暖かいのが口元に流れる。続いて頬を殴られた。倒れる。
「もう止めて!」
 真紀が槇田の体にしがみつく。俺は鼻を押さえて地面に倒れたまま。
「弱ぇくせに粋がってんじゃねぇよ!」
 槇田はそう言って倒れた俺に蹴りを入れる。
「止めて!」
 真紀がまた言った。
「うるせぇ!」
 真紀が殴られる。真紀は地面に倒れ込む。
「けっ!」
 槇田は地面に倒れた二人を見て家に入っていった。
 携帯電話が震えた。多分母親からだろう。鼻を押さえながら携帯電話を開く。涙目になりながらメールの本文を読む。“早く帰ってこい”そう映っていた。
「大丈夫?」
 真紀が側に寄ってきた。
「いや」
 口の中が鉄の味で充満していた。地面に真っ赤な血を吐き出す。
「ごめんね」
 真紀の体が小刻みに震え始めた。
「いいって、俺が悪いんだし。それより大丈夫?」
「うん。平気」
 口角は殴られたせいで青く腫らしていた。真紀はそれでも無理に笑おうとしていた。
 “用事できたから家の前に置いとくから”真紀がいる事もあったし、この傷だらけの顔では家に帰れないって事もあった。
「悪いけどあれ取ってくれない?」
 俺は震える手で地面に転がったトイレットペーパーの袋を指さした。真紀がすぐに取りに行く。やっぱり帰ることにしよう。傷の手当てだってこんな所じゃできないし。
 真紀が袋を掴んで持ってくる。それを立ち上がりながら受け取ろうと手を差し出した。
「あたしが持つ」
「いいよ。家すぐだし、それに帰らなくていいの?」
「今日親いないんだ」
 何となく喧嘩の原因が分かった様な気がした。
 家に着くと袋を受け取り、玄関に置いて真紀に近づいた。真紀の手に見覚えのあるポケットティッシュが握られていた。
「これ。出すの忘れてた」
 俺は微笑しながらティッシュで血を拭き取る。思ったより結構出ていた。あっと言う間に白い紙が真っ赤になった。
「ほんとごめん」
 真紀が頭を下げる。
「だからいいって」
 ティッシュを丸めてポケットに突っ込んだ。
「何であんな事したの?」
 もう一人の俺が“自分の気持ち伝えるべきじゃねぇか?”と言っていた。
「好きだから」
「えっ?」
 真紀は目を丸くした。顔が赤くなるのが分かる。後ろを向く。
「何でもない」
 腕を掴まれた。真紀を見ると微笑んでいた。
「あたしも」
 体を真紀の方に戻す。
「和也と付き合ってからずっとすぐるの事を考えてた。嘘じゃないよ。でもあたし悪いことした。すぐるに和也の事聞いたりして」
「いいよ。俺も悪い事した」
 真紀が首を横に振る。
「そんな事もうどうだっていいよ」
 お互い見つめ合った。
「じゃあたし帰るね」
 真紀が頬を赤くしてそう言って俺から離れていく。
 しまった!今完全にキスするタイミングだった!ほんと肝心な時に思い出さないとは。情けない。
「あ、うん。気をつけて」
 真紀が手を振ったのでそれに答えて玄関に向かって歩いた。
 トイレットペーパーの袋を持ち上げ、ドアへと近づいた。足音がした。振り返った。真紀だった。体と体が一緒になる。真紀は強く抱きしめくる。ぷっくらした胸が当たってる。また変な汗が出てきた。
「キスはまた今度ね」
 耳元でそう囁いた。甘い香りが離れていく。
「じゃあね」
 満面の笑みで手を振る。それに軽く答える様に手を振った。


  現在……
 バスは揺れながら着々と家に近づいていった。雨は相変わらず降っていた。
 槇田と真紀との関係は学校が始まってから忽ち噂になった。真紀に新しい彼氏が出来た。槇田がふった。いろんな噂が出来た。俺は所詮噂だと思いながら聞いていた。
 そういえばやり忘れてた事があった。相変わらず静かな寝息をたてた真紀の顔に近づく。少し恥ずかしいが、見つめ合ってするよりはいいだろう。唇と唇を重ねた。ほんの少しの間。唇を離し、再び窓の外を眺めた。袖が引っ張られる。見ると真紀は頬を膨らませていた。
 バスは阿浜(あはま)で止まり、雨が降る中バスを降りた。
 傘を差しながら真紀は相変わらず文句を言っていた。
「分かったからそんなに怒るなよ」
 俺は傘を広げながら真紀を慰める。
「もう」
 手を腰を置き、ため息混じりに言った。
「はい」
 真紀は目を閉じ、顔を出す。
「何だよ?」
 真紀は片目を開ける。
「キス」
「さっきしただろ」
「ちゃんとして欲しい」
「また今度な」
 真紀はまた頬を膨らませた。
「もう嫌い!」
 そっぽを向いた。
 困ったな。俺さっきので随分汗をかいたのにまたやれって言うのかよ。ため息をついた。
 真紀の腕を掴んで、体を引き寄せる。再び唇と唇を重ねる。今度は少し長くした。唇を離す。
 真紀は涙を流していた。
「ちょっ……何で泣くんだよ」
 真紀は涙を拭って笑った。
「嬉しいんだよ」
 真紀が傘を落としながら抱きついて来る。
「ありがとうね、すぐる」
 礼を言いたいのはこっちだよ。俺の人生を変えてくれてありがとうな。
読んで下さった方ありがとうございました。本当にありがとうございました。
この小説は台風が来た時に思いつき、雨が降って気分が落ちてる時に読んで元気になればと思いながら書きました。
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No Roads Left
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