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これ、ホラーかと聞かれたら、自信はない。しかし。ある意味怖い話だと思います。社会的メッセージを強くこめてみました。
パラダイス
作:カトラス


 梅雨明け宣言がされて、三日ほどたったある日。
 木下智は、額に心地よい汗を流しながら、日課である散歩を済ませて自宅に戻ってきた。何気に郵便受けを見た木下は、中に封書が入ってるの発見した。封書の送り主は厚生労働省、年金課となっていた。
木下は、また年金減額の通知かと思い、少し腹だたしかったが、生活に関わることでもあるので、見ないわけにもいかず、軽くシャワーで汗を流してから、封書の中身を取り出した。封書の中身はA4の便箋が三つ折にされていた。早速、木下は三つ折にされた便箋に書かれている文面に目を通した。
 文面にはこう書かれていた。

【厚生労働省から木下智様への重要なお知らせ!】
 拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申しあげます。
さて、このたびの通知は厚生労働省があなた様の年金受給者番号をランダムに抽選いたしましたところ、
見事、パラダイスに当選されたことをお知らせするものでございます。既にマスコミの報道等でご存知かとは思いますが、パラダイスとは、政府の働きかけによって、我々厚生労働省が以前保有していた保養所を、新たに整備しなおした大型娯楽温泉施設であります。これは、我々の今までおかしてきた不祥事を反省するものであって一切の料金はかかりません! 是非、この機会に御利用していただきたく通知した次第でございます。
詳しい、お問い合わせは下記連絡先までお願いいたします。
それでは、突然の通知失礼いたしました。 敬具。
 
 読み終わった木下は、まずは大きく息をつき一安心した。年金減額の通知では無かったからだ。
その後に、木下は思った。これは、新手の詐欺か何かなのだろうか? 文面には報道等でご存知かもと書かれていたが、最近、老眼がひどいので新聞など目を通してないのでパラダイスのことは知らない。とにかく、妻にこの事を聞こうと思った木下は、結婚して四十五年になる妻の道子を呼んだ。
「おーい、道子ちょっとこっちきてくれ」
妻は耳が遠くて聞こえないのか、なかなか来てくれない。
「おーい、おーい」
「なんですか? そんな大声だして!」
 道子は大声で呼ばれたので、少し不機嫌そうに現れた。
「あぁ、お前聞こえてたのか? まあいい、とにかく、これを見てくれ」
 木下はさきほど読んだA4の紙を道子に渡した。道子は老眼鏡をかけると、文面を読んだ。
「あなた、よかったじゃない。パラダイスにいけるのよ!」
 道子はパラダイスの事を知ってるような口調で言った。
「おまえ、パラダイスって知ってるのか?」
「えぇ、知ってますよ。毎日、テレビのニュースで言ってるじゃないのよ! あなた、もうちょっと世間の動きに敏感になった方がよろしくてよ。パラダイスってのは、最近政権を取った民民党が国民投票で決めた案じゃないのよ。あなた、そういえば国民投票にもいってなかったわね、そういうことしてたら、どんどん勝手な法案とか決まってしまって取り返しのつかないことになってもしらないわよ」
 木下は、どうも女房ってのは歳をとる度に小言がふえると思ってイライラした。
「それで、あなた、勿論パラダイスにはいくのでしょう?」
「ただなら、行ってもいいかな」
「じゃ、行くのね! それじゃ、あなたに任せたら不安なので、私がパラダイスに行く手続きしときますね」
「あぁ、頼むよ! 俺は面倒なことが嫌いだからな」
 木下は、そう言うと豪快に笑った。
 道子は早速、文面に書かれていた連絡先に電話した。木下は目も悪かったが耳も少々聞こえづらくなってきていたので道子が連絡先の事務員と何を話しているのか、あまり理解できなかった。
「あなた、パラダイスに行くのは、今週末でいいかしら?」
「あぁ、俺はいつでもいいよ。どうせ暇だから」
 そうして、二十分ほど経った頃、電話での手続きを終えた道子が木下の横に座った。
「あなたぁ、今週の土曜日にパラダイスに行きますしね。朝九時に年金課の方が迎えにきてくれますのよ」
「へぇ〜、ずいぶんと年金課もサービスがよくなったのだな! 民民党さま様だな」
 木下は久々に温泉に行けるのでご機嫌でそう言った。
 
 そして、パラダイスに行く週末になった。
 朝九時少し前に、呼び鈴がなって年金課の者が木下達、夫婦を迎えにきた。
 その日は快晴で初夏の日差しを浴びて、迎えにきた高級乗用車のボンネットがキラキラ光っていた。
 木下の心も快晴の天気のように晴れやかで、年甲斐もなくウキウキして、旅行かばん片手に車に乗り込む。
 木下達、夫婦が乗り込んだ車は、ほどなくして、パラダイスに向かって出発した。
 車中で、木下は道子にパラダイスのことを聞いた。
「パラダイスってのは、遠いのか?」
「あなた、何度も同じこと聞かないでくれる。行く前に何回も話したじゃないのよ! あなた、まさかぁ、
呆けてきてるのじゃないでしょうね!」
 道子は冗談とも本気ともとれるいい方をしたので、木下は少しムッとした。
 道子の話によると、パラダイスは全国に三十ヶ所ほどあって、今からいくところは、K県の山合いにあるのだそうだ。車でだいたい二時間といったところと言う話だった。木下は昨日、旅行に行く興奮の為、寝つきがわるかったので、道子にパラダイスに近づいたら起こしてくれと言って、少し睡眠をとることにした。
 木下はどれくらい寝たかわからないが、道子に肩をゆすられて目覚めた。
 車はどうやら山間部を走っているみたいで、木下が目覚めてから、ずっと、くにゃくにゃカーブ道を登っている。木下は酔わないように、ひたすら窓から外の景色を見ていた。
 すると、道子が木下にパラダイスが見えたといって山の頂上付近を指差した。
 木下は道子が指差した方向を見てみると、山の頂上付近に立派な建物が見えた。さすが大型娯楽施設らしく、遠くからみても、大きくて立派に見える。温泉施設だけあって、建物についてる煙突からは、濛々と煙が上がってるのも確認できた。それから、三十分ほどして車はパラダイスと呼ばれる温泉施設に到着した。
 年金課の役人はお疲れ様でしたと言って、深々と頭を下げると再び車を走らせて帰っていった。

 木下夫婦はパラダイスの中に入って、フロントで宿泊の手続きを行った。
 パラダイスの中は、流石、元厚生労働省の保養所だけあって、税金を湯水のように使った為か、贅の限りを尽くした素晴らしいものである。床は恐らく大理石であろう、中央には噴水が設置されていて実に涼しげだ。
噴水の周りには大型のソファーが設置されていて、先客の御老人達がくつろいでいる。天井を見てみると、大きいシャンデリアがいくつも設置されており、まるで宝石箱をひっくり返したようである。しかし、木下が一番驚いたのは、カジノ施設であった。以前若かりし頃にラスベガスにいったことがある木下だったが、それにひけを取らぬ立派なものであった。道子の話によると、民民党が最近、強引にパラダイスにだけカジノ運営権を与えたのだそうだ。木下自身ギャンブルが大好きだったので、大歓迎である。木下は後でおちついたら、ゆっくり遊びにこようと思った。ちょうど、フロントでカジノで使用するコインを千枚無料でくれたので、木下はご機嫌であった。木下は施設をまだ満喫する前に、まさにこの世のパラダイスだと興奮した。
 木下夫婦は一通り、パラダイスの従業員に施設内の説明をしてもらった後、客室に案内された。従業員の話によると、パラダイスには三千もの客室があるのだそうだ。従業員は部屋のカードキーを木下に手渡すと、
「施設内、広いので迷子にならないでくださいね」
と言って、愛想笑いをうかべてフロントに戻っていった。
 部屋の方は、ホテル調の施設に関わらず、老人にくつろぎ易いように和室である。また部屋のつくりも、おちつけるように配慮されていて、バリアフリーは勿論のこと、いかにも高そうな調度品があちこちに飾られていて素晴らしかった。
 木下夫婦は立派な木目調の檜作りのテーブルの周りに座ると、足をのばしてくつろいだ。くつろいでいると、部屋がノックされて女中が部屋に入ってきた。
「失礼いたします。間もなくお食事持ってまいりますので!」
 女中は、人あたりのよさそうな笑顔でそう言うとお茶を入れてくれた。
「お客様、明日の特別入浴はどちらの方で用意いたしましょうか?」
 女中はそう言って、木下夫婦の顔を見た。
 木下が特別入浴ってなんだ? と女中に聞こうとしたところ、道子が主人でお願いしますと言っていた。
「かしこまりました。御主人様でございますね! では、そのようにご用意させていただきますね。それと、
入浴時間でございますが、明日の午前十時でお願いいたします、なにぶん、混み合いますので申し訳ございません」
 女中は手を丁寧について頭をさげた。
「それでは、失礼いたします」
 女中はまた、頭を下げると部屋をあとにしていった。
「ずいぶんと丁寧じゃないか!」
 木下は女中の態度に感服して道子に言った。
「そうですわね」
 道子はまんざらでもない表情をしていた。
 女中が出ていくと木下夫婦は浴衣に着替えて食事を待った。

 しばらくしてから、豪勢な食事が運ばれてきた。食事は懐石料理で味の方は申し分なかった。食事後、木下は温泉に入りにいき、そのあと、朝になるまでカジノを満喫した。
 部屋に戻ると、道子は起きていて、神妙な顔をして木下に言った。
「あなた、もうすぐ特別入浴ね。今までいろいろあったけど、お世話になりました」
「はぁ〜? 道子、お前寝ぼけてるのか?」
 木下は道子の言ってる事がよくわからなかった。
「ところで、昨日、聞こうと思っていたのだが、特別入浴ってなんだ?」
「私も、実は……よくわからないのよ! とにかく気持ちいい、温泉みたいなのよ」
 道子は今にも泣きそうな声で言った。
「なんで、お前泣きそうになってるんだ!」
「なんでもないわぁ、ただ……あなたと久々に旅行にこられて、少し考えぶかげになってるだけよ」
「そっかぁ、おかしな奴だな、ところで、今何時だ?」
「九時三十分よ」
「そっかぁ、じゃ、そろそろ、その特別入浴ってのを体験してくるかなぁ」
 木下は、浴衣姿のまま、タオル片手に部屋をでていった。

 部屋を出た木下だったが、よく考えたら特別入浴する場所ってどこだ? と思った。昨日から、ぶらぶら施設内を歩きまわったが、特別入浴室ってみかけなかったからだ。道子に聞こうと思って部屋に戻りかけた時、
食事を運んでくれた女中に出くわした。
「すいませーん。特別入浴室ってどこですか?」
「特別入浴室は本館にはございませんの。フロントからまっすぐ歩いていただければ、別館に行く通路がございますので、そちらをお通りになってくださいませ」
「あい、わかった。ありがとさん」
 木下は、今始めて、自分のいたところが本館である事を知った。なるほど、別館ってあるんだ! どうりで特別入浴室っての見かけないわけだと、一人納得した。
 木下は、鼻歌をくちずさみながらエレベータに乗って、フロントまで行くと、別館目指して歩いていった。
通路には同じく、特別入浴室目指して歩いているお仲間がたくさんいたので、迷う心配なく、特別入浴室まで行く事が出来た。特別入浴室の入り口にはゲートが設けられていて係員が男女を振り分けて中に誘導していた。しかし、木下は少し気になることがあった。昨日までと違って、ゲートに吸い込まれている老人達の顔が暗いのだ。カジノとかにいた老人達はみんな笑顔だったのに、ここにいる老人達はほとんど、青い顔して神妙な表情なのだ。中には泣いている老人や何故だかわからないが、温泉に入るのに珠々を握りしめてるものもいた。
 そして、木下もゲートを通って男風呂に係員によって誘導された。ゲート内の男風呂の着替える部屋にも係員が居て、裸になった老人達を三列に並ばせていた。木下も裸になると列に加わった。隣に並んでる老人は泣いている。木下は思い切って隣で泣いてる老人に聞いてみた。
「あの……すいません。どうして、さっきから泣いておられるのですか?」
 泣いてる老人は木下の方を見ると、怖い目で睨んで言った。
「なんで、泣いてるかって? 悲しいにきまってるじゃないか! 今から私たちは国によって合法的に処刑されるんだぞ!」
「え!? 処刑って?」
「あんたも、先月行われた国民投票したんだろう。そこで民民党の案が成立したじゃないか! それに、案が決まってからマスコミでも大々的に取り上げられていただろう」
 木下は老人が言ってる事の意味が全くわからなかった。
「す……すいません。私、バカなもので、おたくさんの言ってる事が理解できんのですわ、それに、先月の国民投票にも行ってないんですよ! テレビとか新聞も最近見ていないものでして」
「ホントに知らないのかい? あなた独り身なのかい?」
「いえいえ、ここに来たのは妻と一緒にきたのですけど……」
「それだったら、奥さんから説明があっただろう。それにこの部屋に来てるって事は同意書にも判子押してるだろうし、通知とかもきたでしょう」
「いえ……妻からは、ただ気持ちがよくなる温泉だとだけ……通知はきましたけど、パラダイスってなっていたし、恥ずかしながら、同意書とかは全く知らないです」
「そっかぁ。あんたぁ、ほんとに何もしらないようだね! 冥土の土産に教えてあげるよ」
 
 老人は、木下に丁寧に説明してくれた。老人の話によると、わが国の年金は破綻をむかえてしまって、この国の財政ではとても、老人を養えなくなってしまった。しかし、医療技術の発展によって老人はなかなか死なない。若者はこの国の将来を悲観して結婚もしないし、結婚している家庭でも子供を作らない、超少子化をむかえている。世界人口は発展途上国の多産化問題を解決できず、莫大的に人口が増えてしまい、深刻な食料問題を抱えてしまっている。そこで、地球の将来を考えて、世界中の首脳が集まって、人類抑制計画が発案された。そして、国土のわりに人口が多い、この国が槍玉にあげられて、どんな手段を使ってでも、この国の人口の2割を削減しろと他国から言われた。もし、実現できない時は世界中から制裁措置をとられて、エネルギーは勿論のこと、食料の輸入もストップすると脅されたのだ。そこで、政府は考えたのが、パラダイス計画だった。
パラダイス計画とは、七十歳以上の老齢世帯のみが対象で、夫婦の場合どちらか一方が、人口抑制の対象になるというものである。仮に協力を反対した場合、その時は夫婦そのものが対象になる。ただし、積極的に協力したときは、遺族年金が支給されるというものであった。色々な議論が出たが、抑制措置をとるかどうかを決めるべき、先月国民投票が行われたのだった。結果、パラダイス計画案が可決された次第であった。

 木下は、老人の話を聞いてようやく自分の現在おかれている状況を把握する事ができた。
 突然、木下の目からも大粒の涙がこぼれてきた。そして、なぜだか、木下は隣の老人に親近感が沸いてきて気がつくと、手を握っていた。
「それで、これから、私たちはどうなってしまうのですか?」
「うん。政府の話では、苦しまないように安楽死させてくれるらしい。米軍が最近開発したガスを使うそうですよ。その後は、すぐに焼却されるだろうね! あんたも見なかったかい? ここに来る前に、ここの施設の煙突からモクモクと煙があがっていたのを……」
「はい、見ました。私はバカなものですから、てっきり温泉の湯気だとばかり思ってました」
「そうですか、何も知らなかったのですから、仕方ないですよ」
 そう言って、老人は木下の手を強く握ってくれた。
 
 係員がマイクを取り出して話し出した。
「え……大変遺憾では、ありますが……あなたたちは、お国のために、ただいまから、名誉ある死を選ばれます。ただ犬死ではないことだけ、ご理解ください。あなたたちの名誉ある死によってこの国は救われるのですから」
 それから、木下達、老人は恐らくガス室であろう大部屋の中に順番に並ばされて入れられた。
部屋の中は白い壁が一面に張ってあって、壁の隙間からは、まるで、昆虫の空気入れのような無数の穴があいていた。ここから、ガスが飛び出すのは明白だった。そして、全員が部屋に入ったのを確認してから、入り口のドアが閉められた。
 木下は実に怖かった。怖くて、怖くて仕方なかった。
 そして……低いブザー音の後、天井の照明が消えた。老人達は一斉に悲鳴をあげた。悲鳴をかき消すかのように、プシュゥーというガスの噴出音が部屋全体にこだました。

「あなた、あなたってば! ひどい汗よ! いったいそんなにウナサレテどうなさったの?」
 木下智は妻の道子に起こされて目を覚ました。
「あなたぁ、凄い汗よ! どうなさったのよ」
「あぁ、凄い怖い夢を見てたんだよ!」
「よかった、あまりにウナサレテいたので、どこか体でも調子悪いのかと思ったわよ」
「あぁ、心配かけてごめんよ! ところで今日って何月何日?」
「えっと、今日は七月二十九日の日曜日よ!」
「そっかぁ、道子、悪いのだけど、今から出かける支度してくれるかい」
「え、まだ朝の七時よ、いったいこんなに朝早くどこ行くのよ?」
「うん。今日ほら、参院選挙の日だろう。俺達も清き一票入れにいこうよ!」
「あら、珍しい! 選挙にいったことなんて無いあなたがいったいどうして?」
「うん、俺達や俺達の子供の未来の為だよ!」

 そして、その後、二人が投票しに行ったことはいうまでもない。 了。


最後までお読みいただきありがとうございました。
よければ、感想などいただければ、嬉しく思います。













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